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古代王国2000年の栄華は過ぎ去り、残る1000年は、ただゆっくりと衰退していく時代だった。
第三中間期には、王国分裂の動きが加速。地に落ちた王の権威、王国の支配力の衰退は、巨大な富をたくわえた第二の権力・神官たちの離反を許す。様々な人種の流入と、かつての支配地・ヌビアの離反。乱立する王朝の中、自らの守護する土地を守る力を失った神々は、信仰を失い消滅し、あるいは、全く異なった神として変容していく。

新王国時代から王朝並立時代 への移行

※この時代は説が多数あり、継承順や王名は変動する可能性がある。

時代区分 王名 埋葬地
第二十一王朝
(タニス)
前1076年−944年

※テーベの王朝と並列
スメンデス1世 -
アメンエムネスウ -
プスセンネス1世 タニス
アメンエムオペト タニス
(大)オソルコン -
シアメン -
プスセンネス2世
※プスセンネス3世と同一人物として統合された
-
第二十一王朝
大司祭国家
(テーベ)
前1076年ごろ−944年

※タニスの王朝と並列
ネスィバネブジェデト1世 -
ヘリホル ※テーベの大神官
【第20王朝と並列】
テーベ対岸(王家の谷)
ピアンク
【第20王朝と並列】
テーベ対岸(王家の谷)
ピネジェム1世 ※ここから完全独立 テーベ対岸(王家の谷)
マァサヘルティ/マサハルタ Masaharta/Masaherta テーベ対岸(王家の谷)
ジェドコンスイウフアンク Djedkhonsuefankh -
メンケペルラー -
スメンデス2世 -
ピネジェム2世 テーベ対岸(王家の谷)
第二十二王朝
(ブバスティス/リビア朝)
前943年−746年ごろ
ショシェンク1世 ※短期間ではあるがエジプト統一 タニス
オソルコン1世 タニス
タケロト1世 タニス
ショシェンク2世 タニス
オソルコン2世 タニス
ホルスィエセ ※オソルコン2世の時代に並立 テーベ?
ショシェンク3世 タニス
パディバステト1世/ペドゥバスト1世
※ショシェンク3世の時代に並立
タニス
ショシェンク4世 ※ショシェンク3世の時代に並立 タニス
パミ/ピマイ タニス?
ショシェンク5世 タニス?
ペドゥバスト2世 タニス?
(オソルコン4世) タニス?
第二十三王朝
(テーベ司祭国家)


第二十ニ王朝と並立
タケロト2世 -
イウプト1世 ※パディバステト1世の摂政or共同統治 -
オソルコン3世 -
タケロト3世 -
ルドアメン ※実質最後の王 -
イウプト2世 ※名前のみ知られる -
テーベ(二十三王朝と別) イニ ※一地方の王
ルドアメンの死後
第二十三王朝から分離

(ここまで二十三王朝に
含める場合もある)

※この頃、テーベ付近は第25王朝支配下
ニムロト (ヘルモポリス)
Nimlot
-
ペフティアウィバセト (ヘラクレオポリス) 
※ルドアメンの娘婿
Peftijau'aw'wybast
-
リブ首長国
前805年頃-732年ごろ
多数の(自称を含め)王がいたようだが、
一部の名前以外は不明点多し。
-
第二十四王朝
(サイス)

前736年−723年
テフナクト -
バクエンレネフ -

* ここでは、第25王朝(ヌビア支配/クシュ王朝)から「末期王朝時代」とする分類を採用しました。
第三中間期なしで第21王朝から直接「末期王朝時代」と分類する分類や、
第25王朝まで「第三中間期」に含めて第26王朝から「末期王朝時代」とする分類も存在します。(研究者による)


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