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第三中間期 第24王朝

テフナクト/テフナクテ

Tefnakht

在位年代;前736-729年頃
誕生名; テフナクト(テフナクテ)
即位名; シェプセスラー Shepsesre' (ラーのように高貴なるもの)
ギリシャ語名:テナファチェトス Tnephachthos
治世;8年


王朝の首都;サイス 埋葬地; 出身地; サイス

家族構成; 息子? バクエンレネフ

Data;
ギリシャ語のチェパケソスは彼の別名とされている。
第24王朝の創始者。サイスでアメン神の司祭をしていた家系の人物で、リビア人首長たちのもとで役職についていた可能性がある。
第24王朝はリビア系の血を引くマー首長国、リブ首長国の系列から生まれたとされているが、実際はテフナクトの家系はアメン神官をつとめたエジプト人の血筋で、リビア系ではないようだ。
タニスを中心とした第22王朝崩壊後に頭角を現し始めた人物の一人。

第22王朝の崩壊後、下エジプトのデルタ地帯は既に多数の小国に分かれ、テーベをふくむ上エジプトはヌビア人支配が始まっている。
テフナクトは、ヌビア人王朝の支配下にあった上エジプト、中部エジプトを奪還するために近隣の小国の王たちと同盟関係を結び、兵を挙げる。テフナクトは、唯一ヌビア人支配に歯向かったエジプト人王ということになる。
結果、一時期はメンフィスまでを奪還するが、すぐに取り戻され降伏。しかしピイ王はエジプト統一後ヌビアの自らの首都に戻ってしまい、はるか北方の第24王朝は直接支配されることも滅ぼされることもなく存続することになる。

持っていた称号は「メシュウェシュ/マーの首長」「全軍の長」「リブの酋長」「ネイト女神の預言者」「エジョの預言者」「西の諸州の支配者」。ショシェンク5世の治世38年の碑文に名前が登場する。