アーメン
参照:祈り

「そうでありますように」あるいは「そのとおりです」の意味。これは、心から厳粛に受け入れて同意すること(申命27:14-26)、あるいは自分の語ることが真実であること(列上1:36)を示すために述べる言葉、今日では、祈りや証、話の後で、同意し、受け入れたことを示すために、それを聞いた人々がこの言葉を声に出して唱える。

旧約の時代には、誓いを立てるときに「アーメン」と唱えるように求められた(歴上16:7,35-36;ネヘ5:13;8:2-6)。キリストは「アァメンたる者、忠実な、まことの証人」と呼ばれている(黙示3:14)。この言葉はまた、預言者の塾で聖約のしるしとして用いられた(教義88:133-135)。



参照:哀れみ,慈悲,敵意

心から大切に思い、そのために献身すること。神への愛には、献身、礼拝、敬虔、思いやり、憐れみ、赦し、同情、優しさ、奉仕、感謝、親切などの要素が含まれる。御自身の子供たちに対する神の愛は、イエス・キリストの無窮の贖罪の中に最もよく示されている。

  • あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない(レビ19:18[マタ5:43-44;22:37-40;ロマ13:9;ガラ5:14;新ヤコ2:8;モサ23:15;教義59:6])。
  • あなたは心をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない(申命6:5[モロ10:32;教義59:5])。
  • あなたがたの神、主はあなたがたが主を愛するか、どうかを知ろうと、あなたがたを試みられる(申命13:3)。
  • 主は、愛する者を、戒められる(箴言3:12)。
  • 友はいずれの時にも愛する(箴言17:17)。
  • 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった(ヨハ3:16[教義138:3])。
  • わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい(ヨハ13:34[ヨハ15:12,17;モセ7:33])。
  • もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。(ヨハ14:15[教義42:29])。
  • 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない(ヨハ15:13)。
  • ペテロよ、わたしを愛するか(ヨハ21:15-17)。
  • どんな被造物も、わたしたちの主イエス・キリストにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない(ロマ8:35-39)。
  • 目がまだ見なかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた(1コリ2:9)。
  • 愛をもって互に仕えなさい (ガラ5:13)。
  • 夫たるものよ。妻を愛しなさい(エペ5:25[コロ3:19])。
  • 世を愛してはいけない(1ヨハ2:15)。
  • 神は愛である(1ヨハ4:8)。
  • わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである(1ヨハ4:19)。
  • 人の子らに対して愛にあふれた優しさと寛容に富んでおられる(1ニフ19:9)。
  • 神とすべての人を愛して力強く進まなければならない(2ニフ31:20)。
  • 子供たちに、互いに愛し合い、互いに仕え合うように教える(モサ4:15)。
  • 贖いをもたらす愛の歌を歌おうと感じたことがあるのであれば、今でもそのように感じられるか(アル5:26)。
  • 聖なる御霊の導きを得て、謙遜になり、愛に富み (アル13:28)。
  • 激情をすべて制し、愛で満たされるようにしなさい(アル38:12)。
  • 民の心の中に宿っていた神の愛のために、地の面にはまったく争いがなかった(4ニフ1:15)。
  • 神を愛するように誘い、促すものはすべて、神の霊感を受けているのである(モロ7:13-16)。
  • 慈愛はキリストの純粋な愛であって(モロ7:47)。
  • 完全な愛はあらゆる恐れを取り除く(モロ8:16[ヨハ4:18])。
  • 愛を持つ者には、神の業に携わる資格がある(教義4:5[教義12:8])。
  • 聖めは、神を愛し、神に仕えるすべての人に与えられる(教義20:31)。
  • あなたはわたしを愛するならば、わたしに仕え、わたしのすべての戒めを守るべきである(教義42:29[ヨハ14:15])。
  • あなたの責めた人にいっそうの愛を示しなさい (教義121:43)。
  • 神よりもサタンを愛した(モセ5:13,18,28)。


    哀歌
    参照:(なし)

    『旧約聖書』の中の1書。エレミヤが書いたもの。エルサレムとイスラエル人の国の滅亡を嘆く詩と歌の集成。哀歌はエルサレムが滅ぼされた後の紀元前586年ごろ書かれた。



    参照:証する,証人;証,聖霊

    聖霊によって与えられる知識と霊的な確信。個人が真理として理解していることを公式に、あるいは律法に基づいて宣言する証言も証の一つである(教義102:26)。

  • わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる(ヨブ19:25-26)。
  • わたしたちの主のあかしをすることを、決して恥ずかしく思ってはならない(2テモ1:8)。
  • イエスのあかしは、すなわち預言の霊である(黙示19:10)。
  • いつでも神の証人になる(モサ18:9)。
  • 純粋な証をもって責めるほかに、人々を改心させる方法がない(アル4:19-20)。
  • わたしはすべての事物をもって、これらのことが真実であると証する(アル30:41-44)。
  • 信仰が試されてからでなければ、証は得られないからである(エテ12:6)。
  • わたしはあなたの心に平安を告げなかったであろうか。神からの証よりも大いなる証があるであろうか(教義6:22-23)。
  • そして今、小羊についてなされてきた多くの証の後、わたしたちが最後に小羊についてなす証はこれである(教義76:22-24)。
  • わたしは、人々に証し警告するためにあなたがたを遣わした(教義88:81-82)。
  • その遺言者たちは今や死に、彼らの遺言は効力を持つ(教義135:4-5)。
  • エノクは、天使たちが御父と御子のことを証するのを見た(モセ7:27)。
  • 示現を見たと言ったことで憎まれ、迫害されたとしても、それは真実であった(ジ-歴史1:24-25)。


    証する
    参照:

    聖霊の力によって証言をすること、また自分の知識や信念に基づいて厳粛に真理を宣言すること。

  • 助け主はわたしについてあかしをするであろう(ヨハ15:26)。
  • 人々に宣べ伝え、またあかしするようにと、神はわたしたちにお命じになった(使徒10:42)。
  • 3人はその書物が真実であることを証する(2ニフ27:12)。
  • 聖霊の力がそれを人の子らの心に伝えるからである(2ニフ33:1)。
  • 聖文はキリストを証している(ヤコ7:10-11[ヨハ5:39])。
  • わたしは、自分が語ってきたこれらのことが真実であることを知っている(アル5:45[アル34:8])。
  • あなたがたは神の力によってこれらのものについて証しなければならない(教義17:3-5)。
  • 御霊があなたがたに証する事柄を行うように(教義46:7)。
  • わたしは、人々に証し警告するためにあなたがたを遣わした(教義88:81)。


    贖い;贖う
    参照:イエス・キリスト,死(肉体の),死(霊の),贖罪,救い,堕落(アダムとエバの)

    代価を払って人を束縛の境遇から自由にするように、人を解放したり、買い取ったり、人のために賠償をしたりすること。贖いという言葉は、イエス・キリストの贖罪と罪からの解放を指す。イエスの贖罪は、全人類を肉体の死から贖う。贖罪により、キリストを信じる信仰をもって悔い改める人は、霊の死からも贖われる。

  • わたしはあなたがたをあがなった(イザ44:22)。
  • 彼らを死から、あがなう(ホセ13:14[詩篇49:15])。
  • わたしたちはキリストの血を通して贖いを得ている(エペ1:7,14[ヘブ9:11-15;1ペテ1:18-19;アル5:21;ヒラ5:9-12])。
  • 主はわたしを地獄から贖ってくださった(2ニフ1:15)。
  • 贖いは聖なるメシヤによって、またメシヤを通じてもたらされる(2ニフ2:6-7,26[モサ15:26-27;26:26])。
  • 彼らは贖いをもたらした愛について歌った(アル5:9[アル5:26;26:13])。
  • 悪人はあたかも贖いがなかったかのような有様であり(アル11:40-41[アル34:16;42:13;ヒラ14:16-18])。
  • イエス・キリストは世の贖いをもたらされた(モル7:5-7)。
  • 贖いの力は律法を持たないすべての者に及ぶ(モロ8:22[教義45:54])。
  • 信じない者は霊的な堕落からの贖いを受けることができない(教義29:44)。
  • 幼い子供たちは、世の初めから贖われている(教義29:46)。
  • 主はその民を贖われた(教義84:99)。
  • ジョセフ・F・スミスは示現の中で死者の贖いを見た(教義138章)。
  • アダムとエバは、贖いを受けられることを喜んだ(モセ5:9-11)。


    贖い主
    参照:イエス・キリスト,救い主

    贖罪によって全人類の罪の代価を払い、万人が復活できるようにされたイエス・キリストは、人類の偉大な贖い主であられる。

  • わたしをあがなう者は生きておられる(ヨブ19:25)。
  • わたしはあなたを助ける。あなたをあがなう者はイスラエルの聖者である(イザ41:14[イザ43:14;48:17;54:5;59:20])。
  • あなたの救主、またあなたのあがない主であることを知る(イザ49:26[イザ60:16])。
  • その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をもろもろの罪から救う者となるからである(マタ1:21)。
  • 人の子がきたのも、多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである(マタ20:28[1モテ2:5-6])。
  • 主なるイスラエルの神はその民を顧みてこれをあがない(ルカ1:68)。
  • わたしたちは御子の死によって神との和解を受けた(ロマ5:10)。
  • キリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、聖別するためにほかならない(テト2:13-14)。
  • イエス・キリストは、その血によってわたしたちを罪から解放された(黙示1:5)。
  • 贖いは聖なるメシヤによって、またメシヤを通じてもたらされる(2ニフ2:6-7、26)。
  • 御子は人の子らの罪悪と背きを身に負い、彼らを贖い、正義の要求を満たされる(モサ15:6-9,18-27)。
  • キリストは、悔い改めのためのバプテスマを受ける人々を贖うために来られる(アル9:26-27)。
  • 神の御子は御自分の民を贖うために、将来この世に来られ(アル11:40-41)。
  • 贖いは悔い改めを条件に成し遂げられる(アル42:13-26)。
  • イエス・キリストが世を贖うために来られる(ヒラ5:9-12)。
  • キリストは人類を肉体の死と霊の死から贖われた(ヒラ14:12-17)。
  • キリストによって贖いは可能になる(3ニフ9:17)。
  • わたしは、自分の民を贖うために世の初めから備えられた者である(エテ3:14)。
  • 主なるあなたがたの贖い主は、肉体において死を受けた(教義18:11)。
  • 神であるわたしはすべての人に代わって苦しみを負い(教義19:1,16-20)。
  • 幼い子供たちは、独り子によって贖われている(教義29:46)。
  • わたしは、世の贖いのためにわたしの独り子を世に遣わし(教義49:5)。
  • キリストは世の光であり、世の贖い主である(教義93:8-9)。
  • ジョセフ・F・スミスは死者の贖いに関する示現を受けた(教義138章)。
  • わたしたちは、キリストの贖罪により、全人類は救われ得ると信じる(箇条1:3)。


    贖いの計画
    参照:イエス・キリスト,贖罪,救い,堕落(アダムとエバの),福音書

    人の不死不滅と永遠の命をもたらすために定められたイエス・キリストの完全な福音。その中には、創造や堕落、贖罪、ならびに神から与えられたすべての律法と儀式と教義が含まれる。この計画によってすべての人が昇栄し、永遠に神とともに住むことができるようになった(2ニフ2;9章)。この計画は聖典の中で、救いの計画、幸福の計画、憐れみの計画とも呼ばれている。

  • 彼はわれわれのとがのために傷つけられ(イザ53:5[モサ14:5])。
  • わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていない(使徒4:12)。
  • アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである(1コリ15:22)。
  • あなたがたの救われたのは、信仰によるのである(エペ2:8;2ニフ[25:23])。
  • 神が永遠の昔に約束された永遠のいのち(テト1:2)。
  • 彼は永遠の救いの源となり(ヘブ5:8-9)。
  • 贖いの計画が死者にも伝えられた(1ペテ3:18-20;4:6[教義138章])。
  • 死は大いなる創造主の憐れみに満ちた計画を成就する(2ニフ9:6)。
  • わたしたちの神の計画の何と偉大なことよ(2ニフ9:13)。
  • 贖いの計画は復活と罪の赦しをもたらす(アル12:25-34)。
  • アロンはラモーナイ王の父に贖いの計画について教えた(アル22:12-14)。
  • アミュレクは救いの計画について説明した(アル34:8-16)。
  • アルマは救いの計画について説明した(アル42:5-26,31)。
  • 近代の啓示の中で創造や堕落、贖罪、バプテスマの教義が確認された(教義20:17-29)。
  • この計画は世界が存在する前に定められた(教義128:22)。
  • 人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと、これがわたしの業であり、わたしの栄光である(モセ1:39)。
  • これが、すべての人に与えられる救いの計画である(モセ6:52-62)。
  • わたしたちはこれによって彼らを試し(アブ3:22-26)。


    悪魔
    参照:地獄,反キリスト,滅びの子,滅ぼす者,ルシフェル,霊-悪霊

    サタン。悪魔は義の敵であり、また神の御心を行おうと努める人々の敵である。悪魔は実際には神の霊の子であり、かつては神の前で権威を持っていた天使であった(イザ14:12;2ニフ2:17)。しかし、彼は前世で御父に背き、御父の霊の子供の3分の1を説きつけて背かせた(教義29:36;モセ4:1-4;アブ3:27-28)。彼らは天から投げ落とされ、肉体を受けて現世の生活を体験する機会を与えられず、やがては永遠の罰の定めを受ける。悪魔は天から投げ落とされて以来、絶えずすべての人を欺いて神の業から遠ざけ、自分と同じように惨めにしようとしている(黙示12:9;2ニフ2:27;9:8-9)。

  • イエスがおしかりになると、悪霊は出て行った(マタ17:18)。
  • 悪魔とその使いたちとのために永遠の火が用意されている(マタ25:41)。
  • 悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。(新ヤコ4:7)。
  • 邪悪な人々は悪魔に束縛されるようになる(1ニフ14:7)。
  • 悪魔はあらゆる偽りの父である(2ニフ2:18[モセ4:4])。
  • 悪魔は、すべての人が自分のように惨めになることを求めている(2ニフ2:27)。
  • もしも肉体がもう二度と起き上がることがないとすれば、わたしたちの霊は、悪魔となったあの天使に従うようになり(2ニフ9:8-9)。
  • 悪魔は、荒れ狂い、人々をなだめ、へつらう(2ニフ28:20-23)。
  • 悪いものは悪魔から出る(オム1:25[アル5:40;モロ7:12,17])。
  • あなたがたの中に争いが起こらないように、また悪霊に従おうとすることのないように気をつけなさい(モサ2:32)。
  • もし良い羊飼いの羊でなければ、悪魔があなたがたの羊飼いであり(アル5:38-39)。
  • 悪魔は終わりの火には自分の子らを助けようとせず(アル30:60)。
  • 悪魔の誘惑に惑わされることのないように、絶えず祈りに心を配る(アル34:39[3ニフ18:15,18])。
  • 贖い主の上に基を築けば、悪魔の大嵐に屈することはない(ヒラ5:12)。
  • サタンはあらゆる罪の根源である(ヒラ6:26-31)。
  • 悪魔は狡猾な計画を企ててきた(教義10:12)。
  • 悪魔が人の子らを誘惑するのは必要である。そうでなければ、人の子らは自ら選択し行動する者とはなれない(教義29:39)。
  • アダムは誘惑に負けたので、悪魔の意に従うことになった(教義29:40)。
  • 滅びの子たちは、悪魔やその使いとともに永遠に治める(教義76:33,44)。
  • 悪魔は千年の間縛られる (教義88:110[黙示20:2])。
  • 邪悪な者が光と真理を取り去る(教義93:39)。
  • サタンはその第一の位を守らなかった(アブ3:28)。

    【悪魔の教会】

    純粋で完全な福音をねじ曲げ、神の小羊に戦いを挑む、この世のすべての邪悪で世俗的な組織。

  • 悪魔は大きな忌まわしい教会を設けた(1ニフ13:6[1ニフ14:9)。
  • 教会は二つしかない。一つは神の小羊の教会であり、もう一つは悪魔の教会である(1ニフ14:10[アル5:39])。
  • 悪魔の教会のほか、いかなる教会とも争ってはならない(教義18:20)。
  • 大きな忌まわしい教会は、倒されるであろう(教義29:21)。


    アグリッパ(人名)
    参照:パウロ

    『新約聖書』の中の人物。ヘロデ・アグリッパ1世の息子。ベルニケとドルシラの兄弟。レバノンのカルキスの王。彼は使徒パウロの言葉に耳を傾け、もう少しでクリスチャンとなるほどの確信を得た(使徒25-26章;ジ-歴史1:24)。


    悪霊
    参照:霊-悪霊

    アサ(人名)
    参照:(なし)

    『旧約聖書』の中の人物。ユダ王国3代目の王。『聖書』には「アサの心は一生の間、主に対して全く真実であった」(列上15:14)と記されている。彼は在位中に軍隊を強化して、エジプトのくびきを断ち、偽りの偶像を取り除き、民にエホバを求めるという誓いを立てさせた(列上15-16章;歴下14-16 章)。しかし、足を病んだときに主の助けを求めず、死んだ(列上15:23-24;歴下16:12-13)。


    欺き
    参照:偽り

    聖典では、人に真実でないものを信じさせるという意味で用いられる。

  • 偽って誓わない者は主の山に登る(詩篇24:4)。
  • よこしまな人からわたしを助け出してください(詩篇43:1)。
  • わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい(イザ5:20[2ニフ15:20])。
  • だれも自分を欺いてはならない(1コリ3:18)。
  • だれにも不誠実な言葉でだまされてはいけない(エペ5:6)。
  • 悪人は人を惑わし人に惑わされる(2テモ3:13)。
  • 全世界を惑わしたサタンは地に投げ落とされた(黙示12:9)。
  • サタンは諸国民を惑わすことがないようにつながれた(黙示20:1-3)。
  • 主を欺くことはできない(2ニフ9:41)。
  • 御子に従い、神の前に決して欺きを行うことがなければ、あなたがたは聖霊を受ける(2ニフ31:13)。
  • シーレムは、自分が悪魔の力によって欺かれていたことを告白した(ヤコ7:18)。
  • ノア王の民はへつらいの言葉にだまされた(モサ11:7)。
  • 賢い者は自分の導き手として聖なる御霊を受け、欺かれない(教義45:57)。
  • 欺く者は災いである(教義50:6)。
  • 彼はサタン、すなわち、あらゆる偽りの父である悪魔となって、人を欺き、惑わし(モセ4:4)。


    アセル(人名)
    参照:イスラエル,ヤコブ(イサクの息子)

    『旧約聖書』の中の人物。ヤコブとレアのつかえめシルパの間に生まれた息子(創世30:12-13)。

    【アセルの部族】

    ヤコブはアセルに祝福を授け(創世49:20)、モーセはアセルの子孫に祝福を授けた(申命33:1、24-29)。アセルの子孫は「えりぬきの大勇士」と呼ばれた(歴上7:40)。


    アダム(人名)
    参照:アダム・オンダイ・アーマン,エデン,エバ,堕落(アダムとエバの),天使長;天使のかしら,ミカエル

    地上で創造された最初の人

    アダムは地上の人類の始祖、族長である。エデンの園での背きにより(創世3章;教義と聖約29:40-42;モセ4章)、アダムは「堕落」し、死すべき者となった。それは人類がこの地上で進歩するのに必要な一つの段階である(2ニフ2:14-29;アル12:21-26)。したがってアダムとエバは、人類に成長の機会を与えるという役割を果たしたことで、称賛を受けるに値する。アダムは日の老いたる者であり、またミカエルという名でも知られている(ダニ7章;教義27:11;107:53-54;116章;138:38)。アダムは天使長であり、イエス・キリストの再臨に先立ち、人類の家族の長として再び地上を訪れる(教義29:26)。

  • 神は自分のかたちに人を創造された(創世1:26-28[モセ2:26-28;アブ4:26-28])。
  • 神は人に地を従わせる権威を与え、ふえよ、地に満ちよ、と命じられた(創世1:28-31[モセ2:28-31;アブ4:28-31)。
  • 神はエデンの園にアダムとエバを置き、善悪を知る木からは取って食べてはならないと命じられた(創世2:7-9,15-17[モセ3:7-9,15-17;アブ5:7-13])。
  • アダムはすべての生き物に名を与えた(創世2:19-20[モセ3:19-20;アブ5:20-21])。
  • アダムとエバは神によって夫婦となった(創世2:18-25[モセ3:18-25;アブ5:14-21])。
  • アダムとエバはサタンに誘惑され、禁断の実を食べたために、エデンの園から追放された (創世3章[モセ4章])。
  • アダムは930歳で死んだ(創世5:5[モセ6:12])。
  • アダムは最初の人であった(教義84:16)。
  • アダムは死ぬ前に、義にかなった子孫をアダム・オンダイ・アーマンに呼び集め、彼らに祝福を授けた(教義107:53-57)。
  • アダムは犠牲をささげた(モセ5:4-8)。
  • アダムはバプテスマを受け、聖霊を受け、神権に聖任された(モセ6:51-68)。


    アダム・オンダイ・アーマン
    参照:アダム

    アダムが自らの死の3年前に、義にかなった子孫に祝福を授けた場所(教義107:53-56)。再臨の前にアダムはこの地を訪れる(教義116章)。


    新しくかつ永遠の聖約
    参照:聖約(契約)

    イエス・キリストの完全な福音(教義66:2)。背教の時代の後に新たに啓示されるイエス・キリストの完全な福音は、いつの場合も新しいということができる。またそれは神の聖約であり、進んで受け入れようとする人々がいたすべての神権時代に授けられてきたという意味では、永遠である。新しくかつ永遠の聖約は、預言者ジョセフ・スミスを通して、イエス・キリストにより再び地上の人々に明らかにされた。その中には、神権の権能によって執行されるバプテスマや神殿結婚などの神聖な儀式も含まれる。これらの儀式は人の救い、不死不滅、永遠の命の備えとなるものである。人々が福音を受け入れ、神の戒めを守ると約束するときに、神は新しくかつ永遠の聖約に伴う祝福を与えると聖約される。

  • わたしはあなたと契約を立て(創世17:7)。
  • これは彼とその後の子孫に永遠の祭司職の契約となるであろう(民数25:13)。
  • とこしえの契約を破った(イザヤ24:5[教義1:15])。
  • わたしは、あなたがたと、とこしえの契約を立てて(イザ55:3[エレ32:40])。
  • これは彼らの永遠の契約となる(エゼ37:26)。
  • 神は、「新しい」と言われたことによって、初めの契約を古いとされた(ヘブ8:13)。
  • 新しい契約の仲保者イエス(ヘブ8:24[教義76:69])。
  • これは一つの新しくかつ永遠の聖約である(教義22:1)。
  • わたしの永遠の聖約を世に送って(教義45:9[教義49:9])。
  • 主は完全な福音、すなわち永遠の聖約を送られた(教義66:2[教義133:57])。
  • 日の栄えの王国の最高の階級を得るためには、人は結婚の新しくかつ永遠の聖約に入らなければならない(教義131:1-2)。
  • 新しくかつ永遠の聖約が、主の完全な栄光のために定められた(教義132:6,19)。


    悪口
    参照:争う,偽り,うわさ話

    正しくない、人を傷つけるような、悪意のあることを口にすること。聖典では、人を苦しめようとの意図を持つ人の言動を指していうことが多い。

  • あなたの舌をおさえて悪を言わせず(詩篇34:13[1ペテ3:10])。
  • よこしまな人は悪を企てる(箴言16:27)。
  • 人々があなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである(マタ5:11[3ニフ12:11])。
  • 悪い思いは、心の中から出てくるのであって(マタ15:19[マコ7:21])。
  • 民のかしらを悪く言ってはいけない(使徒23:5)。
  • いっさいの悪意を捨て去りなさい(エペ4:31)。
  • 互に悪口を言い合ってはならない(新ヤコ4:11)。
  • 陰口、悪口のないように取り計らう(教義20:54)。


    アッスリヤ
    参照:(なし)

    宿敵バビロニアと同様、旧約の時代に長期にわたって、シリアとパレスチナの国々の多くを支配した古代帝国。アッシリア人(アッスリヤ人)は紀元前12世紀中ごろから紀元前7世紀末にかけて大きな勢力を振るっていたが、決して安定した政治体系を確立することはできなかった。彼らは火と剣で敵を壊滅させる、あるいは民の大部分を帝国内の他の地域に追放して弱体化を図るなど、恐怖による統治を行った。征服された人々の敵意は消えることがなく、帝国の全歴史を通して反乱が頻発した(列下18-19章;歴下32章;イザ7:17-20;10章;19:37)。


    アナニヤ(エルサレムの)(人名)
    参照:(なし)

    『新約聖書』の中の人物、妻のサッピラとともに、主に奉献した金銭の一部を差し出さずに、主を欺いた。ペテロに見破られ、二人は地に倒れ、息絶えた(使徒5:1-11)。


    アナニヤ(ダマスコの)(人名)
    参照:パウロ

    ダマスコにいたキリストの弟子。パウロにバプテスマを施した(使徒9:10-18;22:12)。


    アハブ(人名)
    参照:イゼベル

    『旧約聖書』の中の人物。北王国の非常によこしまな強権を誇った王。シドンの王女イゼベルと結婚。彼女の影響によって、イスラエルにバアルとアシタロテへの礼拝が持ち込まれ(列上16:29-33;列下3:2)、預言者を殺し、エホバ礼拝を滅ぼそうとの企てがなされた(列上18:13)。

  • サマリヤで22年イスラエルを治めた(列上16:29[列上16-22章])。
  • 彼よりも先にいたすべての者にまさって、主の目の前に悪を行った(列上16:30)。
  • 戦いで殺された(列上22:29-40)。


    アビナダイ(人名)
    参照:殉教者;殉教

    『モルモン書』の中のニーファイ人の預言者

  • 悔い改めなければ、神が邪悪なノア王の民を罰せられると預言した(モサ11:20-25)。
  • ノア王とその民の滅亡を預言したために投獄された(モサ12:1-17)。
  • ノア王の邪悪な祭司たちにモーセの律法とキリストについて教えた(モサ12-16章)。
  • アルマは彼の言葉を信じてそれを記録した(モサ17:2-4)。
  • ノア王によって焼き殺された(モサ17:20)。



    参照:油注ぎ,オリーブの木,病気への癒しの祝福

    一般的に、聖典に出てくる油という言葉は、オリーブ油を指す。旧約の時代から、オリーブ油は神殿や幕屋での儀式、また油注ぎに用いられ、灯火用や食用にも使われてきた。時として、オリーブ油は純粋さや、聖なる御霊とその影響力の象徴とされることもある(サ上10:1,6:16:13;イザ61:1-3)。

  • 祭司は油を右の耳たぶにつけなければならない(レビ14:28-29)。
  • 主は、わたしをつかわし、あなたに油をそそいで、その民イスラエルの王とされました(サ上15:1)。
  • やもめの油のびんは空にならなかった(列上17:10-16)。
  • わたしのこうべに油をそそがれる(詩篇23:5)。
  • 大ぜいの病人に油をぬっていやした(マコ6:13)。
  • 教会の長老たちを招き、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい(新ヤコ5:13-15)。
  • あなたがたのランプの芯を切りそろえて火をともし、油を備えて(教義33:17[マタ25:1-13])。


    油注がれた者
    参照:イエス・キリスト,メシヤ

    イエスはキりスト(ギリシャ語)あるいはメシヤ(アラム語)と呼ばれるが、これらはどちらも「油注がれた者」の意味である。イエスは人類の救いに関するすべての事柄について、御父の代理を務める者として、御父から油を注がれた御方である。

  • 主がわたしに油を注いで(イザ61:1-3)。
  • 主は福音を宜べ伝えさせるために、聖別してくださった(ルカ4:16-22)。
  • イエスは父なる神から油を注がれた(使徒4:27)。
  • 神はイエスに油を注がれた(使徒10:38)。


    油注ぎ
    参照:,病人への癒しの祝福

    昔、主の預言者は、アロンや祭司、イスラエルを治める王など、特別な務めを果たす人々に油を注いだ。今日の教会では、特別な祝福の一部として、頭に聖別された油を1、2滴注ぐ。これは、メルキゼデク神権の権能と権威によってのみ行われる。油が注がれた後、一人のメルキゼデク神権者がその油注ぎを結び固め、油注ぎを受けた人に対して特別な祝福を授けることができる。

  • 彼らに油を注ぎ、彼らを聖別し、わたしに仕えさせなければならない(出エ28:41(レビ8:6-12,30])。
  • その人に油を注いで、わたしの民イスラエルの君としなさい(サ上9:16:10:1)。
  • 長老たちは病人に油を注ぎ、祝福を授ける(新ヤコ5:14-15[教義42:44])。


    アブラハム(人名)
    参照:アブラハムの聖約(契約)

    テラの息子。カルデヤのウルの生まれ(創世11:26,31:17:5)。アブラハムは主の預言者であり、主は彼と永遠の聖約(契約)を交わされた。その聖約を通して地上のあらゆる国民が祝福を受ける。アブラハムの元の名はアブラムであった。

  • ハランに移住した(創世11:31-32[アブ2:1-5])。
  • 神から召されてカナンへ旅をし、神聖な契約を受けた(創世12:1-8[アブ2:4,15-17])。
  • エジプトに旅をした(創世12:9-20[アブ2:21-25])。
  • へブロンに住んだ(創世13:18)。
  • ロトを救った(創世14:1-16)。
  • メルキゼデクに会った(創世14:18-20)。
  • ハガルが息子イシマエルを産んだ(創世16:15-16)。
  • 名をアブラハムと変えられた(創世17:5)。
  • 主はアブラハムとサラに男の子を授けると言われた(創世17:15-22;18:1-14)。
  • サラが息子イサクを産んだ(創世21:2-3)。
  • イサクを犠牲としてささげるように命じられた(創世22:1-18)。
  • サラが死んで葬られた(創世23:1-2,19)。
  • アブラハムは死んで葬られた(創世25:8-10)。
  • アブラハムがイサクをささげようとしたことは、神と神の独り子の相似であった(ヤコ4:5)。
  • メルキゼデクに什分の一を納めた(アル13:15)。
  • キリストの来臨を予見して、証した(ヒラ8:16-17)。
  • メルキゼデクから神権を受けた(教義84:14)。
  • 忠実な人々はアブラハムの子孫となる(教義84:33-34[ガラ3:27-29])。
  • 啓示によってすべてのものを受けた(教義132:29)。
  • 昇栄に入った(教義132:29)。
  • 先祖の祝福と神権に任じられることを求めた(アブ1:1-4)。
  • カルデヤの偽りの祭司から迫害された(アブ1:5-15)。
  • 主によって救い出された(アブ1:16-20)。
  • 太陽と月と数々の星について学んだ(アブ3:1-14)。
  • 前世と創造について学んだ(アブ3:22-28)。

    【アブラハム書】

    アブラハムが書いた古代の記録で、1835年に当教会の所有となった。この記録は幾体かのミイラとともに、アントニオ・レボロがエジプトの地下納骨堂で発見したもので、レボロによりマイケル・チャンドラーに遺贈された。チャンドラーは1835年にアメリカ合衆国の各地でこれらを展示した。ジョセフ・スミスの友人たちがこれらをチャンドラーから買い求め、預言者に贈った。そこで預言者ジョセフ・スミスはこれを翻訳した。現在、この記録の一部は『高価な真珠』の中に収められている。

    第1章には、カルデヤのウルでアブラハムの身の上に起こったことが記録されている。ウルの邪悪な祭司たちは、アブラハムを犠牲としてささげようとした。第2章には、アブラハムのカナンへの旅の様子が述べられている。主がアブラハムに現れ、聖約(契約)を交わされた。第3章には、アブラハムが字宙を見て、様々な天体の間の関係を理解したことが記されている。第4-5章は、天地創造に関する記録である。

    【アブラハムの子孫】

    イエス・キリストの福音の律法と儀式に従うことにより、神がアブラハムに授けられた約束と聖約(契約)を受ける人々、アブラハムの血統に属する人、また福音を受け入れてバプテスマを受けることにより、アブラハムの家族に養子縁組された人は、男女を問わずこの祝福にあずかることができる(ガラ3:26-29;4:1-7;教義84:33-34;103:17;132:30-32;アブ2:9-11)。しかし、アブラハムの文字どおりの子孫であっても、不従順によって祝福を失うことがある(ロマ4:13;9:6-8)。


    アブラハムの子孫
    参照:アブラハム-アブラハムの子孫

    アブラハムの聖約(契約)
    参照:アブラハム,割礼,聖約(契約)

    アブラハムは福音を受け入れ、大神権に聖任され(教義84:14;アブ2:11)、昇栄の聖約である日の栄えの結婚をした(教義131:1-4;132:19,29)。アブラハムは、これらの聖約に伴うすべての祝福が地上の自分の子孫にも授けられるという約束を受けた(教義132:29-31;アブ2:6-11)。これらの聖約と約束は、まとめてアブラハムの聖約(契約)と呼ばれる。この聖約の回復が、終わりの時における福音の回復であった。それは、地上のすべての国民がこの聖約を通して祝福を受けるためである(ガラ3:8-9,29;教義110:12;124:58;アブ2:10-11)。


    アブラム(人名)
    参照:アブラハム

    アベデネゴ(人名)
    参照:ダニエル

    『旧約聖書』の中の人物。シャデラク、メシャク、アベデネゴの3人のイスラエルの若者は、ダニエルとともにバビロンの王ネブカデネザルの宮廷に召された。アベデネゴのヘブライ語名は、アザリヤである。この4人の若者は、王の食物と酒を口にして自らを汚すのを拒んだ(ダニ1章)。シャデラク、メシャク、アベデネゴは王によって火の燃える炉の中に投げ込まれたが、神の御子によって守られた(ダニ3章)。


    アベル(人名)
    参照:アダム,カイン

    『旧約聖書』の中の人物。アダムとエバの息子。

  • カインよりも優れた犠牲を神にささげた(創世4:4-5[ヘブ11:4;モセ5:16-21])。
  • カインに殺された(創世4:8[モセ5:32])。
  • アダムから神権を受けた(教義84:16)。
  • サタンはアベルを殺すようにカインと謀った(モセ5:28-31[ヒラ6:27])。


    アマリキヤ(人名)
    参照:(なし)

    『モルモン書』の中の人物。ニーファイ人の反逆者。レーマン人の中で権力を握り、彼らをニーファイ人と戦わせた(アル46-51章)。


    アマレカイ人
    参照:(なし)

    神の教えに背いたニーファイ人のグループ。ニーファイ人と戦うようにレーマン人をそそのかした(アル21-24;43章)。


    アマレク人
    参照:(なし)

    アラバと地中海の間にあるパランの荒れ野に住んでいたアラブの1部族。彼らはモーセの時代(出エ17:8)からサウルやダビデの時代(サ上15章;27:8;30章;サ下8:11-12)に至るまで、絶えずヘブライ人と戦った。


    アミュレク(人名)
    参照:アルマ(アルマの息子)

    『モルモン書』の中の人物。息子アルマの同僚宣教師。

  • 天使の訪れを受けた(アル8:20;10:7)。
  • アルマを自分の家に迎えた(アル8:21-27)。
  • アモナイハの民に、教えを説いた(アル8:29-32;10:1-11)。
  • ニーファイ、リーハイ、マナセの子孫であった(アル10:2-3)。
  • 真理について証した (アル10:4-11)。
  • 人々に悔い改めを呼びかけたが、拒まれた(アル10:12-32)。
  • ゼーズロムと論じ合った(アル11:20-40)。
  • 復活と裁き、回復について教えた(アル11:41-45)。
  • 信じた人々の殉教を阻止したいと思った(アル14:9-10)。
  • アルマとともに投獄された(アル14:14-23)。
  • 信仰によって牢から解放された(アル14:24-29)。
  • 贖罪と憐れみ、正義について証した(アル34:8-16)。
  • 祈りについて教えた(アル34:17-28)。
  • 悔い改めを引き延ばすことのないように人々に勧めた(アル34:30-41)。
  • 牢を地に倒したのは、アルマとアミュレクの信仰であった(エテ12:13)。


    アムリサイ(人名);アムリサイ人
    参照:(なし)

    『モルモン書』の中の人物。さばきつかさの治世に、王を望むニーファイ人の一団を率いた。アムリサイ人と呼ばれたこのニーファイ人たちは公然と神に背き、そのためにのろいを受けた(アル2-3章)。


    アモス(人名)
    参照:(なし)

    旧約の預言者。ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヤラベアムの時代に、紀元前792-740年ごろにかけて預言した。

    【アモス書】

    『旧約聖書』の中の1書。アモスの預言の多くは、イスラエルとその近隣諸国に、義に立ち返れとの警告を発している。

    第1-5章では、イスラエルとその近隣諸国に悔い改めを呼びかけている。第3章では、主が預言者に隠れたことを啓示されること、また、イスラエルが背きのために敵から滅ぼされることが述べられている。第6-8章では、アッスリヤ(アッシリア)の侵攻よりもはるか以前にイスラエルが没落することが預言されている。第9章では、イスラエルがやがて彼らの所有の地に回復されることが預言されている。


    歩む(神とともに)
    参照:,従順;従う,

    神の教えに従い、神が望んでおられる生活をすること、聖霊の促しを受け入れ、それに従うこと。

  • 主は直く歩む者に良い物を拒まれることはありません(詩篇84:11)。
  • 彼らがわたしの定めに歩み、わたしのおきてを守って行い、わたしの民となるためである(エゼ11:20-21[申命8:6])。
  • 主のあなたに求められることは、ただへりくだって神と共に歩むことではないか(ミカ6:8[教義11:12])。
  • 神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば(1ヨハ1:7[2ヨハ1:6;3ヨ$ハ1:4;4ニフ1:12])。
  • 命に至る細い道を歩み(2ニフ33:9)。
  • ベニヤミン王は澄んだ良心をもって神の前を歩んだ(モサ2:27)。
  • あなたがたが神の御前を罪のない状態で歩めるように(アル7:22)。
  • 信仰深い歩みと会話によって、すなわち主の前を聖く歩むことによって(教義20:69)。
  • わたしの前を完全に聖く歩み、わたしの言葉と戒めを受けるとき(教義21:4)。
  • 子供たちに祈ることと、主の前をまっすぐに歩むことを教えなければならない(教義68:28)。
  • あなたはわたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたとつながっていよう。それゆえ、わたしとともに歩みなさい(モセ6:34)。


    洗い
    参照:贖罪,バプテスマ

    肉体的あるいは霊的に清めること。悔い改めた人は、象徴的な意味において、イエス・キリストの贖いの犠牲を通して、罪を負った生活とその結果から清められる。正当な神権の権能の下に執行される洗いは、神聖な儀式の中に数えられている。

  • 祭司は衣服を洗い、水に身をすすいで(民数19:7)。
  • わたしの不義をことごとく洗い去り(詩篇51:2,7)。
  • 身を洗って、清くなり、悪を行うことをやめ(イザ1:16-18)。
  • イエスは弟子たちの足を洗われた(ヨハ13:4-15[教義88:138-139])。
  • バプテスマを受け、あなたの罪を洗い落としなさい(使徒22:16[アル7:14;教義39:10])。
  • だれも衣を白く洗い清められないかぎり、救いを得られない(アル5:21[3ニフ27:19])。
  • 彼らの衣はキリストの血によって白く洗い清められた(アル13:11[エテ13:10])。
  • 戒めを守ることによって、彼らが自分のすべての罪から洗われて清くされ(教義76:52)。
  • あなたがたの油注ぎと、あなたがたの洗いは、わたしの聖なる家の儀式によって定められる(教義124:39-41)。


    争い
    参照:背く

    不和、敵対、論争など。特に主の教会の会員同士の争い、家族同士の争いは、主の不興を招く。

  • わたしとあなたの間に争いがないようにしましょう(創世13:8)。
  • 高ぶりはただ争いを生じる(箴言13:10)。
  • もし互に責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい(コロ3:13)。
  • 愚かな議論と争いを避けなさい(テト3:9)。
  • 主なる神は、互いに言い争ってはならないと命じられた(2ニフ26:32)。
  • あなたがたは子供たちが神の律法に背くのも、互いに戦うのも、争い合うのもほうってはおかないであろう(モサ4:14)。
  • アルマは、教会員の間に決して争いがないように指示した(モサ18:21)。
  • サタンはうわさと争いを広め(ヒラ16:22)。
  • 悪魔は争いの父であり、互いに怒って争うように人々の心をあおり立てる(3ニフ11:29[モサ23:15])。
  • わたしの福音を確立し、ひどい争いがないようにするためである(教義10:62-64)。
  • 互いに言い争うのをやめなさい(教義136:23)。


    アルコール飲料
    参照:知恵の言葉

    アルパとオメガ
    参照:イエス・キリスト

    アルパはギリシャ語アルファベットの最初の文字で、オメガは最後の文字である。これはまた、イエス・キリストに与えられた名称でもあり、創造された万物の本源と究極の目標がキリストであることを示す象徴として用いられている(黙示1:8;教義19:1)。


    アルマ(アルマの息子)(人名)
    参照:アミュレク,アルマ(父),モーサヤの息子たち

    『モルモン書』の中の人物。ニーファイ人の国の最初の大さばきつかさであり、預言者であった人。初め彼は教会を滅ぼそうとした(モサ27:8-10)。しかし天使の現れを受けて、福音に心を向けた(モサ27:8-24;アル36:6-27)。後に、人々に教えを宣べるために、大さばきつかさの職を辞した(アル4:11-20)。

    【アルマ書】

    『モルモン書』の中の1書。アルマの息子であった預言者アルマと、その子ヒラマンの記録を要約したもの。アルマ書に書かれているのは、紀元前約91-52年にかけての出来事である。63の章から成っている。第1-4章には、ニーホルやアムリサイに従った者たちのニーファイ人に対する反逆の様子が述べられている。その結果起きた戦争は、それまでのニーファイ人の歴史の中で最も悲惨なものであった。第5-16章には、良い羊飼いに関する説教(アル5章)や、アモナイハの町でアミュレクと行った宣教など、アルマの初期の伝道での話が述べられている。第17-27章には、モーサヤの息子たちについて、またレーマン人の中での彼らの働きについての記録が収められている。第28-44章には、アルマの説教の中でも特に重要なものが幾つか含まれている。第32章で、アルマは御言葉を種にたとえている。第36章では、息子ヒラマンに自分が改心したいきさつを述べている。第39-42章には、道徳的な過ちを犯した息子コリアントンへの勧告が記されている。この重要な説教は、正義、憐れみ、復活、贖罪について説明したものである。第45-63章には、当時のニーファイ人の戦争と、ハゴスのもとでの移住のことが述べられている。司令官モロナイ、テアンクム、リーハイなどの偉大な指導者が、勇気と時宜を得た行動によって、ニーファイ人を窮地から救っている。


    アルマ(父)(人名)
    参照:(なし)

    『モルモン書』の中のニーファイ人の預言者。邪悪なノア王の時代に教会を設立した。

  • 邪悪な王ノアの祭司で、ニーファイの子孫であった(モサ17:1-2)。
  • アビナダイの言葉を聞いて信じたが、王に追い出された。彼は逃げて身を隠し、アビナダイの言葉を記録した(モサ17:3-4)。
  • 悔い改めてアビナダイの言葉を教えた(モサ18:1)。
  • モルモンの泉でバプテスマを施した(モサ18:12-16)。
  • 教会を設立した(モサ18:17-29)。
  • 民とともにゼラヘムラの地に着いた(モサ24:25)。
  • 教会を管理する権能を与えられた(モサ26:8)。
  • 教会員を裁き、導いた(モサ26:34-39)。
  • 息子を大祭司の職に聖任した(アル4:4[モサ29:42;アル5:3])。


    アロン(モーサヤの息子)(人名)
    参照:モーサヤ(ベニヤミンの息子),モーサヤの息子たち

    『モルモン書』の中の人物。モーサヤ王の息子。アロンは宣教師として働き、その熱心な努力によって多くの人がキリストに帰依することとなった。

  • 不信仰で、教会を滅ぼそうとした(モサ27:8-10,34)。
  • 天使が彼と彼の仲間に現れた(モサ27:11)。
  • 悔い改めて、神の言葉を宣べ伝え始めた(モサ27:32-28:8)。
  • 王位を受けることを辞退し、神の言葉を宣べ伝えるためにレーマン人の地へ行った(アル17:6-9)。
  • 導きを求めて断食し、祈った(アル17:8-11)。
  • ラモーナイ王の父を教えた(アル22:1-26)。
  • ゾーラム人のもとに行って御言葉を宣べ伝えた(アル31:6-7)。


    アロン(モーセの兄)(人名)
    参照:アロン神権,モーセ

    『旧約聖書』の中の人物。アムラムとヨケベデの息子。レビの部族(出エ6:16-20)。モーセの兄(出エ7:7)。

  • モーセを助けてイスラエルの子らをエジプトから導き出すように、またモーセの代弁者となるように主から召された(出エ4:10-16,27-31;5:1-12:51)。
  • モーセはシナイ山で、アロンとその4人の息子をアロン神権に任じることについて指示を受けた(出エ28:1-4)。
  • 民の求めに応じて金の子牛を造った(出エ32:1-6,21,24,35)。
  • ホル山で123歳で死んだ(民数20:22-29[民数33:38-39])。
  • 主はアロンとその子孫にも、代々一つの神権を確認した(教義84:18,26-27,30)。
  • 神権の召しを尊んで大いなるものとする者はモーセの息子たち、またアロンの息子たちとなる(教義84:33-34)。
  • 主はアロンのように御父から召された人々の義にかなった働きを義とされる(教義132:59)。


    アロン神権
    参照:アロン(モーセの兄),神権,モーセの律法

    小神権(ヘブ7:11-12;教義107:13-14)。アロン神権には監督、祭司、教師、執事の職がある(教義84:30;107:10,14-15,87-88)。古代においてはモーセの律法の下に大祭司、祭司、レビ人がいた。アロン神権がモーセに啓示されたのは、古代のイスラエル人が神に背いたためである。彼らは、聖めを受けることと、メルキゼデク神権とその儀式を受けることを拒んだ(教義84:23-25)。アロン神権は、律法と福音の実務上また外形上の儀式を執り行う(歴上23:27-32;教義84:26-27;107:20)。アロン神権は、天使の働きの鍵と、悔い改めの福音の鍵と、バプテスマの鍵を持つ(教義13章)。アロン神権は、この神権時代において、1829年5月15日に地上に回復された。バプテスマのヨハネが、ペンシルベニア州ハーモニー近くのサスケハナ川の岸辺で、ジョセフ・スミスとオリバー・カウドリにアロン神権を授けた(教義13章;ジ-歴史1:68-73)。

  • 彼は永遠の神権の聖約を交わすであろう(KJ民数25:13)。
  • 主はレビの子らを清められる(マラ3:3[3ニフ24:3])。
  • だれもこの栄誉ある務を自分で得るのではなく(ヘブ5:4)。
  • レビ神権によって完全になることはない(ヘブ7:11)。
  • レビの子らがささげ物をささげるまで、この神権は決して再び地上から取り去られることはない(教義13:1)。
  • ジョセフ・スミスとオリバー・カウドリはアロン神権に聖任された(教義27:8)。
  • 小神権は天使の働きの鍵を持つ(教義84:26[教義13:1])。
  • 二つの神権、すなわち、メルキゼデク神権とアロン神権がある(教義107:1)。
  • 第二の神権は、アロンの神権と呼ばれる(教義107:13)。


    哀れみ
    参照:,憐れみ,慈愛

    聖典の中では、同情や気の毒に思う心、慈しみなどの意味で用いられる。

  • 主は民に哀れみを示すように求められた(ゼカ7:8-10)。
  • 彼らを深くあわれまれた(マタ9:36[マタ20:34;マコ1:41;ルカ7:13])。
  • あるサマリヤ人が彼を見て気の毒に思い(ルカ10:33)。
  • 同情し合いなさい(1ペテ3:8)。
  • キリストは人の子らを哀れむ思いに満たされている(モサ15:9)。
  • わたしの心は、あなたがたに対する哀れみに満たされている(3ニフ17:6)。
  • ジョセフ・スミスは主の哀れみを祈り求めた(教義121:3-5)。


    憐れみ
    参照:イエス・キリスト,贖罪,正義,恵み,赦し

    同情、優しさ、赦しの精神。憐れみは神の属性の一つである。イエス・キリストは贖いの犠牲を通してわたしたちに憐れみをかけられる。

  • 主は、あわれみあり、恵みあり(出エ34:6[申命4:31])。
  • そのいつくしみはとこしえに絶えることがない(歴上16:34)。
  • 恵みといつくしみとが伴うでしょう(詩篇23:6)。
  • 貧しい人をあわれむ者はさいわいである(箴言14:21)。
  • わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない(ホセ6:6)。
  • あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう(マタ5:7[3ニフ12:7])。
  • もっと重要な、公平とあわれみと忠実とを見のがしている(マタ23:23)。
  • あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ(ルカ6:36)。
  • わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、救われたのである(テト3:5)。
  • 主の深い憐れみは、すべての者のうえに及び(1ニフ1:20)。
  • 悔い改めない者には憐れみは及ばない(モサ2:38-39)。
  • 神は御自分の御名を信じるすべての人に憐れみをかけられる(アル32:22)。
  • 憐れみは正義の要求を満たし(アル34:16)。
  • あなたは憐れみが正義から何を奪うことができると思うか(アル42:25[アル42:13-25])。
  • 幼い子供たちは皆、神の憐れみのおかげで、神によって生きている(モロ8:19-20[教義29:46])。
  • 憐れみの腕があなたがたの罪に対する贖いをした者(教義29:1)。
  • わたしは、わたしの名を信じたすべての者を受け入れた者である。わたしが流した血によって、父の前で彼らのために弁護をしてきた(教義38:4)。
  • 聖約を守ってきた者は憐れみを受ける(教義54:6)。
  • 主なるわたしは罪を赦し、またへりくだった心をもって自分の罪を告白する者たちに憐れみ深い(教義61:2)。
  • 主なるわたしは、柔和な者すべてに憐れみを示す(教義97:2)。
  • 幼子のようにあなたを受け入れる者は、わたしの王国を受ける。彼らは憐れみを受けるからである(教義99:3)。
  • 憐れみはあなたの前を進み(モセ7:31)。


    按手
    参照:聖任,聖霊の賜物,任命,病人への癒しの祝福

    神権の儀式の一部として、人の頭に手を置く行為。聖任や祝福、病人への癒しの祝福、教会員としての確認、聖霊の授与など、神権の儀式の多くがこの按手によって行われる。

  • モーセは主が命じられたようにし、彼の上に手をおき(民数27:18,22-23[申命34:9])。
  • 病人に手をおいていやされた(マコ6:5[モル9:24])。
  • 使徒たちは祈って手を彼らの上においた(使徒6:5-6)。
  • 手を彼らの上においたところ、彼らは聖霊を受けた(使徒8:14-17)。
  • アナニヤはサウロの上に手をおいて彼が再び見えるようにした(使徒9:12,17-18)。
  • パウロは手を彼の上においていやしてやった(使徒28:8)。
  • パウロはバプテスマや按手についての教義を教えた(ヘブ6:2)。
  • アルマは按手により祭司たちと長老たちを聖任した(アル6:1)。
  • イエスは弟子たちに、按手によって聖霊を授ける力を与えられた(3ニフ18:36-37)。
  • あなたがたが手を置く者に聖霊を授ける(モロ2:2)。
  • 長老たちは子供に手を置き、彼らに祝福を授けなければならない(教義20:70)。
  • 按手によって人々は聖霊を受けるであろう(教義35:6[箇条1:4])。
  • 長老たちは病人に按手をしなければならない(教義42:44[教義66:9])。
  • 子供たちはバプテスマの後で按手を受けなければならない(教義68:27)。
  • 神権は按手によって授けられる(教義84:6-16)。


    安息
    参照:安息日,平安;平和

    心配事や不安から解放された安らぎの状態。主は忠実に従う人々に、現世においてこのような安息を与えると約束された。また主はこのような人々のために、来世にも安息の場を備えておられる。

  • わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう (出エ33:14)。
  • すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう(マタ11:28-29)。
  • わたしたちは、民が神の安息に入るようにするために、民の中で熱心に働いて(ヤコ1:7[ヘブ4:1-11])。
  • 悔い改める者はだれであろうと、わたしの安息に入るであろう(アル12:34)。
  • 清められて、主なる神の安息に入った人々は大勢おり、非常に多くの数に上った(アル13:12-16)。
  • パラダイスと呼ばれる幸福な状態、すなわち安息の状態(アル40:12[アル60:13])。
  • わたしの血により衣を洗われた者のほかには、父の安息に入る者はいない(3ニフ27:19)。
  • この民に悔い改めを告げて人々をわたしのもとに導き、父の王国で彼らとともに安息を得られるように(教義15:6[教義16:6])。
  • 死ぬ者はその労苦をすべて解かれて休み(教義59:2[黙示14:13])。
  • 主の安息とは、主の完全な栄光のことである(教義84:24)。


    安息日
    参照:安息,創造;創造する

    休息と礼拝のために設けられた、週に1度の聖日。神は万物を創造された後、7日目に休まれた。そして週の1日を、人々に神を思い起こさせるための安息の日とするように命じられた(出エ20:8-11)。

    キリストの復活まで、教会員はユダヤ人と同じように週の最後の日を安息日として守っていた。復活後は、ユダヤ人であれ異邦人であれ、教会員は主の復活を記念するために週の最初の日(主の日)を安息日とするようになった。今日の教会員も週の1日を、神を礼拝し世の働きを休む聖なる安息日として守り続けている。

    安息日は人々に霊的な養いの必要性と神に従う義務を思い起こさせる。安息日の遵守をおろそかにする国は、生活全般にその影響を受け、その宗教生活が崩れ始める(ネヘ13:15-18;エレ17:21-27)。

  • 神は第7日に休まれた(創世2:1-3)。
  • イスラエルの民は安息日にはマナを集めなかった(出エ16:22-30)。
  • 安息日を覚えて、これを聖とせよ(出エ20:8-11[モサ13:16-19])。
  • 安息日は神と人との間のしるしとして与えられた(出エ31:12-17[エゼ20:12,20])。
  • 安息日には売り買いをしてはならない(ネヘ10:31)。
  • 安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、おのが楽しみを求めず(イザ58:13-14)。
  • 安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない(マコ2:23-28)。
  • 人の子は安息日の主である(ルカ6:1-10)。
  • イエスは安息日に会堂で教え、病人を癒された(ルカ13:10-14)。
  • ニーファイ人は安息日を聖なる日として守った(ジェロ1:5)。
  • 安息日を守って聖なる日として保つ(モサ18:23)。
  • わたしの聖日に祈りの家に行って、聖式をささげなければならない(教義59:9-13)。
  • シオンに住む者はまた、安息日を守らなければならない(教義68:29)。
  • 神であるわたしは、わたしのすべての業を離れて休んだ(モセ3:1-3[創世2:1-3;アブ5:1-3])。


    アンタイ・ニーファイ・リーハイ人
    参照:アンモン(モーサヤの息子),ヒラマンの息子たち,モーサヤの息子たち

    『モルモン書』の中の、モーサヤの息子たちによって改宗したレーマン人の呼び名。アンモンの民とも呼ばれたこの人々は、改宗した後、生涯従順であった(アル23:4-7;16-17;27:20-27)。

  • 彼らは、自分たちをアンタイ・ニーファイ・リーハイ人と名付けた(アル23:16-17;24:1)。
  • 彼らは人の血を流すことを拒み、武器を埋めた(アル24:6-19)。
  • 彼らの息子たちは戦争に備え、ヒラマンを自分たちの指揮官に選んだ(アル53:16-19;56-58章[これらの息子たちは2千人の若い兵士としても知られていた])。


    アンデレ(人名)
    参照:(なし)

    『新約聖書』の中の人物。シモン・ペテロの兄弟。イエスが地上で務めを果たしておられたときに召された十二使徒の一人(マタ4:18-19;マコ1:16-18,29)。


    アンナ(人名)
    参照:(なし)

    『新約聖書』の中の人物。アセル族の女預言者。イエスの降誕のときに、彼女は年老いた寡婦であった。彼女は神殿に連れて来られた幼子イエスを見て、贖い主であると認めた(ルカ2:36-38)。


    アンナス(人名)
    参照:カヤバ

    『新約聖書』の中の人物。サンヒドリン(議会)の有力者。イエスは逮捕されたとき、まずアンナスのもとに連行された(ヨハ18:13)。使徒たちの裁判においても指導的な役割を演じた(使徒4:3-6)。


    アンモン(ゼラヘムラの子孫)(人名)
    参照:リムハイ

    『モルモン書』の中の人物。屈強な力の強い男で、ゼラヘムラからニーファイ・リーハイの地へ向かう捜索隊を率いた(モサ7:1-16)。昔の記録を見せられて、聖見者とは何かを説明した(モサ8:5-18)。後に、リムハイ王とその民をレーマン人から解放する手助けをし、彼らをゼラヘムラに連れ戻した(モサ22章)


    アンモン(モーサヤの息子)(人名)
    参照:アンタイ・ニーファイ・リーハイ人,モーサヤ(ベニヤミンの息子),モーサヤの息子たち

    『モルモン書』の中の人物。モーサヤ王の息子。アンモンは宣教師として働き、彼の熱心な努力によって多くの人がキリストに帰依することとなった。

  • 不信仰で、教会を滅ぼそうとした(モサ27:8-10,34)。
  • 天使が彼と彼の仲間に現れた(モサ27:11)。
  • 悔い改めて、神の言葉を宣べ伝え始めた(モサ27:32-28:8)。
  • 王位を受けることを辞退し、神の言葉を宣べ伝えるためにレーマン人の地へ行った(アル17:6-9)。
  • 導きを求めて断食し、祈った(アル17:8-11)。
  • 縛られてラモーナイ王の前に連れて行かれた(アル17:20-21)。
  • ラモーナイの羊の群れを取り戻した(アル17:26-39)。
  • ラモーナイに教えを説いた(アル18:1-19:13)。
  • 神に感謝し、喜びのあまり力を失ってしまった(アル19:14)。
  • 彼が改宗に導いた人々は、二度と道を踏み外さなかった(アル23:6)。
  • 神の手に使われる者となり、何千もの人々を真理に導けたことを喜んだ(アル26:1-8[アル26:1-37])。
  • アンタイ・ニーファイ・リーハイの民を安全な地に導いた(アル27章)。
  • 同僚たちとともにアルマに出会って、大きな喜びを感じた(アル27:16-18)。