インドネシア拉致事件
LAST UPDATE  2005-01-02
ンドネシアのバリ島でマフィアに拉致され、犯人逮捕のため「もう一度拉致されろ」と警察におとり捜査に協力させられたりした。俺自身が逮捕されそうになったり、日本領事にマフィアの連中に暗殺されると警告されたり、挙げ句の果てに、車にはねられ、ひき殺されるところだった。  (お笑いずっこけ体験辞典「い」の項)
1995年夏、「よくぞ生きて帰れた〜!」
と、うなったこの旅行記をここに記します。長編になりそうです。
連載ノンフィクションとして、お楽しみいただければさいわいです。
もちろん、 すみからすみまで事実です。

目次ページ

オランウータンを抱きしめたい  世界は狭い!A  ラフティングとトップレス
僕の旅行スタイル  特例措置  サンパイジュンパラギ!
バリ島到着  ボロブドゥールはダメです  深夜の捜索
バリ島市内観光  現地警察を信用するな  漢字にふりがなナシゴレン
世界は狭い!  完全警護せよ!  レンタサイクルで自力捜索
Are you Chinese?  お前を逮捕する!  殺されるからやめなさい
ボブの別荘で  私服警官トラ  怪しい高級住宅街
Mr.マリックとの勝負  おとり捜査  車にはねられる
身体検査  調書と笛  バリ島は楽しかったですか?
I'm a gentleman!  ボブからの伝言 悲惨な帰路とダフ屋のおっさん
You're a baby!  戦時中の農民運動と労働運動 小室哲哉の大失敗
警察にバレたら逮捕されます  深夜の訪問者 病院

第1章 オランウータンを抱きしめたい

 1995年と言えば、阪神淡路大震災の年だ。俺はその夏、インドネシアに旅立った。

 実は、インドに行きたかった。一度行った人は、その不思議な魅力にとりこになるという。原始仏教とカースト制度を生み出した、亜大陸を歩いてみたかった。ところが、JTBのおじさんが、雨期に行っても大変なだけだよ、と言う。それもそうだ。

 それならタイに行こうと思った。泰面(たいめん)鉄道を見たかった。映画「戦場にかける橋」で有名なところだが、日本軍が連合軍捕虜などを酷使し、「枕木一本人一人」と言われるほどの犠牲を出したというその現場を、俺はこの目で見、現地で考えたかった。ところが、プーケット島への観光客が増えだした頃で、間際には、とても航空チケットは手に入らない。

  仕方がない、ベトナムに行こう。当時、ベトナムは韓国に続く高度経済成長で、活気づいているという。世界史上、中国やモンゴルの圧迫をうけながらも、誇り高く立ち向かった民族の国。元寇の陰には、高麗人やベトナム人の抵抗も忘れられない。ベトナム戦争の傷跡も感じてみたかった。ところが、ベトナムはビザが必要で、間に合わない。

 こんなわけで、インドネシアは、JTBのおじさんのお勧めであった。
 「ちょうどいいパック旅行がありますよ」
 「すみません、パックはやめときます」
 「いやいや、自由滞在のものです。一応、宿泊のホテルがついていますが、無理に泊まらなくてもかまいません。市内観光も、体調不良といえば、行かなくてもいいんです。お金は戻ってきませんが、それでも、往復の航空チケットだけを買うよりも安いですよ」

 それなら、インドネシアに行こう。インドネシアなら、いろんな島を回りたい。
  何と言ってもオランウータンを抱きしめたい。動物園以外はボルネオ島にしか残っていないというオランウータン。それも、本来山のふもとの森林に住むはずが、森林伐採で、やむを得ず山頂の方へ移り住んでいると聞いていた。昔「われら動物家族」というTV番組があって、単にそのイメージがあったからかもしれないが、ともかくボルネオ島に行ってみたい、と思った。

 ジャワ島のボロブドゥール遺跡にも行ってみたい。スマトラ島は、日本軍の占領時代に整備されたらしいが、きれいな町並みがあるという。ニューギニア島の高地民の村にもできれば近づいてみたい。旅のイメージが、ぐんぐんわいてきた。

 ところが、おじさんはこういう。
 「ホテルはバリ島です」
 「バリ島!バリ島は、僕には似合わないと思うんですが」
 「いやいや、バリ島に着いても、すぐに別の島に飛べばいいんです」
 「では、そうします」

 俺は、なんでも行き当たりばったり、即決だ。ついでに、自由滞在のパックだからと、行きと帰りのグループをずらして、長めにしてもらった。
 早速、銀行で貯金をおろし、支払ったが、実は残高1万円になってしまった。これは、残しておかないと、光熱費の引き落としができなくなる。それが、逆によかったのか悪かったのか....。そして、これらの旅のイメージが、完全に狂ってしまったのも、大変な計算違いだった。(2001-1-30筆、31語句修正)

第2章 僕の旅行スタイル

 高校時代に読んだ放浪術の本に、タオルと歯ブラシだけでアマゾンを旅する日本人が出てきたが、そこまでいかなくても、俺もたいがい荷物は少ない。ともかく、日頃からコンパクトを旨とする俺だから、荷物が多いのはご免なのだ。スーツケースなんて、何を入れるの?と思っていた。新婚旅行で初めて買ったけど。

 結婚前の一人旅では、持っていくのはナップザック一つ。その中に、シャツ・パンツ・靴下・パスポート・現金・旅行ガイド・カメラ・フィルム袋・辞書・手帳・ペン・浮世絵の絵はがき。それですべて。下着も替えの一式しか持っていかない。それも、重ね着をして、その他をポケットに詰め込めば、実は手ぶらでいけるのだ。国内旅行では、もっとコンパクトになる。これで1週間でも10日でもいける。

  コツは、まめに洗濯すること。ホテルに泊まるなら、部屋に着くなり下着を洗う。着替えるもよし、ノーパンでズボンをはくもよし。翌朝には、かなり乾いている。そういえば、「下着をタオルにして、体を洗えば一石二鳥」と、これも高校時代に読んだ放浪術の本に出てきたなぁ。

 浮世絵の絵はがきはお勧めなのだが、これは「メキシコ放浪記」の「浮世絵グッズは役に立つ」を読んでもらいたい。また、カッターナイフはあれば便利だが、飛行機には持ち込めない。僕は関空に寄付したことがあったけど。

 人が暮らしていれば、日用品は買えばいい。重い荷物をさげ歩くより、よほどましだと思ってしまう。それで、庶民の生活に少し入れるし、実用的な土産になる。もちろん自分への土産だ。人への土産は俺は買わない。絵はがきをたっぷり出すだけだ。
 
 見栄えの良いズボンは役立つ時がある。薄手で折り畳んで、バッグにつっこんでおけば、王立なんとか美術館とかには入りやすい。国によっては、国境での検問で、あまりの姿形では手間取ることもあるようだ。また場所によっては、帽子やサングラスが必要にもなる。これは当然現地で買うけど。

 でも、荷物が軽いのは、何よりだ。飛行機の乗り降りも楽だし、町中の移動も快適だ。重い荷物を担いだり、引きずったりして、ウロウロしている旅行者をよく見かけるが、僕はゴメンだネ。僕なんかは、連日数十qてくてく歩き倒すことが多いので、荷物は大敵なんだ。

 ただ、困ったことには、税関でよくトラブルのだ。まず「スーツケースを先にとってきなさい」と言われる。次に、「何をしに行った(来た)のですか」と聞かれる。「観光だ」と答えても、何かの運び屋と怪しまれることもしばしばだ。仕事柄、書物の土産がままあるが、パラパラページをめくって点検されたりする。麻薬か何かの運び屋と疑われているようだ。

 それと、ここだけの話だが、機内食のスプーン・ナイフ・フォークをよく持ち帰ったものだ。キャセイ航空のワイングラスセットなんかは特に気に入っていた。もう人にあげたけど。空港の防犯ゲートをくぐるとき、ブザーが鳴って身体検査をされる時に、ズボンのポケットにそんなものが入っていたら格好悪い。案の定香港で念入りな身体検査を受けてうんざりしたが、ナイフ・スプーンはバッグの中で助かった。

 一度、韓国の独立記念館で大量の書物を買い、地下の露店で買ったサブバッグに詰め込んで帰ってきたことがあったが、このときも関空で、分厚い書物を一つ一つ点検された。拳銃でも埋め込んでいると思ったのだろうか。俺が疑われるのは、荷物が少ないだけではないのかな?(2001-2-8執筆)

第3章 バリ島到着

 日航ジャンボ墜落事件で知人の兄が坂本九さんらとともに亡くなってから10年目、堀江謙一さんが小型ヨットで太平洋単独横断に成功してから33年目にあたる、1995年8月12日、俺は関空からインドネシアに飛び立った。

 飛行機の一人旅では、となりにどんな人が座るかが、まずは楽しみだ。バリ島のデンパサールまで約6時間のささやかな幸福への期待は、若い男性同士ということで、互いにささやかな失望にかわってしまった。通路をはさんだ隣には、若い女性が二人座っていた。「懸命」に「地球の歩き方」と「JTB自遊自在」を読む俺をチラチラと見ていたが、数日後、彼女たちに助けられることになるとは、その時は想像だにできなかったのもムリはない。

 いつもは10万もあればいい方だが、今回は国内便で島々を飛び回ろうと、約30万もの金をもっていった。
 実は、JTBにパック料金を支払ったら、銀行預金の残高が一万円、アパート暮しの独り者には公共料金引き落としの限度額になってしまったとは、第1章で書いたが、ところが旅行代金には、食事代が入っておらず、なんとか金を工面しなければならなかった。

  そこで、思いついたのが、生命保険解約。早速保険会社に出向いたが、「危険な旅行前に解約することはないだろう」と言われて納得。結局、保険額を引き下げて、目一杯払い戻してもらったのだった。この話がまた後々出てくるのだが。
 また、「写るんです」専門だった俺だが、今度は空港で普通のカメラを買った。フジフィルムの安いのを買ったのだが、ペンタックスでなかったので、あとで助かる事になったとは、情けない。

 日系以外のホテルは両替レートが悪いので銀行に行きたかったが、あいにく到着は土曜の晩。でも空港で両替できたので、2万円を45万ルピアに。豪華なツアーなら、TC(トラベラーズチェック)も便利だけれど、一人旅で現地にとけ込むなら、やっぱり現地通貨かアメリカドル。

 ホテルについたのは午前1時前。クタビーチ沿いのマハラニホテル206号室。このツアーからこのホテルに送り込まれたのは、先の若い女性2人と俺の3人だった。クタは治安が悪く、夜の外出は責任がもてないと旅行社は言う。翌日午前中の市内観光に参加したとしても、どうせ俺は違う島へ飛ぶんだからと、気楽に眠りについた。

 ところが、明け方早くに停電。エアコンが止まり、電灯もつかない。かつて盗難が相次いだというホテルだけに、ちょっと緊張したが数分で復活。部屋の窓からは満月のクタビーチが見える。散歩する人、ランニングする人々。俺は、インドネシア語会話の暗誦。「パギ ペルミシ ミンタ イニ」(おはよ!すみません、これください)。早速ホテルのレストランで、焼きめし・お茶・ジュースを頼む。5500ルピア=250円弱。ナシゴレンとコーヒーを追加注文。ウェイターが笑顔とたどたどしい日本語で「おいしいですか?」「ベナール ベナール エナック」(とてもおいしい)。このウェイターとも、その後仲良くなった。(2001-2-12執筆)

第4章 バリ島市内観光

 バリ島クタビーチに面するマハラニホテルを出発する。市内観光に参加したのは、同じホテルに宿泊していた例の若い女性2人と俺との3人だけだった。

 現地ガイドは、サイババを信仰する27歳の独身男性。一ヶ月の給料が15万ルピアというから、7000円弱である。物価の差とはいえ、円高放漫旅行の後ろめたさを感じてしまう。タクシーや屋台で少々ボラれようが、土産店からガイドへ紹介料がこそっと渡されていようが、エラそうに言いにくい経済の皮肉である。また彼は、ヴァイシャ階級だという。インドネシアはイスラム教の国だが、バリ島はヒンドゥー教の島。カースト制度はこうして生きている。

 クタビーチには世界中から観光客やサーファーが集まるが、物売りの子ども達には辟易してしまう。しかし、ガイドさんによれば、失業率33%だということだった。観光ガイドブックには、クタの物売りは、日本人観光客が生み出している、とあった。どういうことか?彼らは元々は地元で平和に暮らす住民だった。しかし、リゾート開発がすすんで、悪どい商売人が侵入し、彼らから家も仕事も奪ってしまった。悪どい商売人を増長させているのは、誰か?それは、ドラッグと売春と法外な価格の商品にすぐ手を出す日本からの観光客だ、というのだ。

 kurochanもクタで、「いい子いるよ!」「ドラッグ!」「夜ヤル?」などと声をかけられた。堅物の俺はそんなのキライだが、ひょいひょい手を出す日本人はままいるだろう。以前韓国の料理店内で、どうやってホステスをホテルへ連れ込むかを大声で喋っている日本人青年二人組を見かけて、頭に血が上ったことがあったが、バカな日本人の日本語会話を、現地の人々はちゃんと理解しているのだ。

 さて、市内観光だが、バトゥムラン村でバロンダンスを見物。小泉文夫の集めた世界の民族音楽集で聞いて以来、ガムラン音楽が好きだったので、まさに本場のガムラン生演奏にkurochan感激! ガイドさんの言うままに芝居中にステージに上がり記念写真まで撮ってしまった。続いて、銀製装飾品の製造直売。来た来た、パターンだ。でも、ブローチなどを買ってしまう。残念ながら、母上へ。

 次は、絵の店に連れて行かれる。高校時代にエゴン=シーレの絵を友達に教えてもらってから、絵をみるのは好きな俺だが、熱帯らしい濃い色彩の植物や動物の油絵をじっくり観察していたら、「買わないか」と言われ、「買わない」と言うとさっさと追い出された。「1000円、1000円」と叫ぶ物売りが多い。Tシャツ1枚で1000円というわけだが、7枚売ればガイドさんの月給に匹敵する。やはりボロ儲けだ。

 中華料理店で昼食。ここで、世界の狭さに、一回目のびっくり仰天が待っていた。(2001-2-16筆)

第5章 世界は狭い!

 みんなに1000人の知り合いがいるとすれば、知り合いの知り合いは100万人になる。

 もちろん多数重複もするのだが、案外「知り合いの知り合い」はその辺にたくさんいるはずである。仕事上の「顔見知り」(kurochanの場合、生徒・卒業生とその保護者などは万にも達する)はもっと多いし、知り合いの同業者の「顔見知り」という事になれば、1億人を上回ってもおかしくはない。

 共通の知人がいるのに、そうとは気づかず街ですれ違う、電車のシートで隣り合わせるということは、大きな街でも、ままあるだろう。楽しくもあるし、ちょっと怖い気もする。

 思わぬ場所で、そうと分かった時に、驚いたりすることがあると思う。kurochanも、「こんなおもろい奴がいる」と騒いでいる酔っぱらいのおっさんの話に聞き耳を立てていたら、kurochanの事だったり、知り合いに民事裁判の相談を受け、話を聞いているうちに、相手がたまたまkurochanの古い知り合いで困ったりしたこと等がある。猟銃を持った犯人が銀行に立てこもったある事件なんか、遠い地域のテレビの向こうの事件だと思っていたら、犯人は親戚のごく近所の住人で、その銀行のすぐそばの病院に親戚が入院していたり、人質にされた女性がkurochanの小学校の卒業生で、最後に突入した警官隊に撃たれた犯人をタンカで運んだ救急隊員がこれまた、kurochanの親の知り合いで、世間の狭さにとても驚いたことがある。

 知り合いだと思って声をかけたら人違いで、ごまかすのに苦労した経験は多くの人にあるだろう。卒業生の女性に声をかけたら、ナンパと思われてムッとされたり、見知らぬ女性に声をかけられ、変な期待をしたら、卒業生で慌てたり、「先生久しぶり、覚えてる?」と声をかけられ、覚えていないので、どうごまかそうかと困っていたら、本当の卒業生が友達に頼んで仕組んだイタズラだったりと、仕事柄、笑えぬ話も多い。ある知り合いの教師なんか、ナンパしたら在校中の女子生徒で、本当に困ってしまったという話もある。

 前置きが長くなったが、バリ島でも「世間の狭さ」いやいや「世界の狭さ」に驚いてしまった。
 まずは、バリ島の同じホテルに泊まっていた例の若い女性2人である。市内観光でワニ園を訪れたとき、私ら「奈良の田舎から来たんです」という。そうか、奈良は「田舎」なんかと思いつつ、「僕も奈良の田舎です」と答えたのだが、そこまでは、同じツアーで来たんだから、特段不思議ではない。

 ところが、その後中華料理屋で昼食をとったとき、女性の一人が、高校時代の地理の女の先生と卒業後も親しくしているとの話を聞いたが、その高校はkurochanの「実家」のすぐ近所だし、その先生は、また別の高校でkurochanとも同僚であった。同じ社会科でもあり、驚いた次第だ。ちなみに、彼女が勤めていたパン屋さんは、kurochanの別の同僚の行きつけだったし、彼女が最近まで働いていた次のパン屋さんのすぐ目と鼻の先が、kurochanの新居である。もう一人の女性は、kurochanの小学校の後輩であった。もちろん共通の知人もいるし、「最近あの交差点にも信号がついた」とか、ローカルな話をバリ島でしていた。

 次に、あるインドネシア人である。当時、コレラに感染し、日本に帰国後発症する人が続き、奈良県にもいたぐらいだった。同僚の娘さんが、バリ島の男性と結婚し、プラザバリという有名な免税店で働いているとのことだったが、娘さんの夫の兄弟で日本語が上手い人がいるので、もしコレラにかかったら連絡しろと、電話番号のメモをもらっていた。後の章で出てくるが、「事件」が起こって、彼に電話したのだが、まだ会社から帰宅していなかった。その後、今回の旅行社のバリ支店に電話し、事件の報告と、食費さえなくなったことを言うと、現地の人に知り合いがいないかと言う。そこで、一人いて電話したが、まだ帰宅していない、と話したところ、「知人」がいるとは思わなかったのだろう。名前を聞くのである。答えると、電話の向こうの旅行社の女性職員はびっくりしていた。

 彼女はこう言った。「帰宅していないのは、当然です。その人は今、私の隣に座っています」。何と、その旅行社の現地ガイドだったのだ。彼が電話に出て、「日本の親戚から聞いている。よかったら今日から家に泊まりに来なさい」と言ってくれるが、あまりに急なので、申し訳ないし、今晩はホテルに泊まりますと、告げた。それにしても、この時は、まさに「世界は狭いなぁ」とあきれるばかりのkurochanであった。

第6章 Are you Chinese?

 オランウータンを抱きしめたい!というのが、一番の目的だったので、ともかくボルネオ島には行きたかった。

 ホテルマハラニにはもう泊まらないだろう、ということで、すべての荷物−といっても貴重品をポケットに分けて入れ、あとはナップザック一つだが−を持って空港に向かうことにした。午前中は市内観光に参加し、昼食も済んでいたが、どの島への航空券が即日買えるかわからないし、ホテルも見つけなければならない。俺は、こういう時、とてもわくわくする。細かいことは何も決まっていない一人旅。

 バリ島は俺には似合わない、と思いつつも、せっかく来たのだからと、サーファーでにぎわうクタビーチの商店街を一往復だけしてみることにした。早速、子ども達がミサンガを売りつけに来る。「NO,NO」とあしらっていたが、こういうときは、その返事すらしないがいいという。ひたすら相手にしないことだとガイドブックなんかにはよく書いてある。しかし、その子たちをそういう生活に追いつめたのは誰か、という問題もあるし、元々俺は性格が甘い。ついつい無視出来ずにいると、数人の子ども達に囲まれてしまった。

 「タダ、タダ。つけるだけ」と、可愛い日本語で幼い女の子が、俺の左手首にミサンガをくくりつけた。そうしておいて「千円」という。「タダって言ったじゃないか」と言っても、ひらすら「千円」攻撃だ。返したくても、余りにきつく縛ってあるのでほどけない。立ち去ろうとすると、「お金払え」と大騒ぎである。こうして食いつないでいる子ども達だから仕方ないか、とついつい千円を払ってしまう。すると、受け取った子はすぐさま立ち去った。別の子がまだ「千円」をせがむ。「もう払ったよ」「あの子、知らない」。遠巻きに、中年の女性が僕と子ども達のやりとりを見つめていた。すべて作戦であろう。ミサンガを縛ってくれた女の子にも千円を渡し、強引に立ち去るしかなかった。

 しばらく歩くと、前方から地味な中年女性が歩いてくる。アロハシャツを着たカップルや若者連ればかりのその通りには、リュックを背負ったその女性は浮いて見えた。きっと俺も、まわりからみれば浮いて見えるんだろうなと思いつつ、その女生とすれ違ったのだが、俺の背中に向かってその女性が声をかけた。「Are you Chinese?」「No I'm Japanese」
 やっと話し相手を見つけたと言わんばかりに、彼女はすがるように英語でまくし立てた。「Speak slowly,please」

 数分後には、すぐそこにあった喫茶店で、パパイアジュースを飲みながら、キム=サウィーおばさんの熱弁を聞いていた。タイのバンコクでホテルの従業員をしていて、有給休暇をとってバリ島にやってきたが、物売りの子どもにつきまとわれ大変だ、とのことだった。いとこが日本の千葉にある電気会社の工場で働いているとか、日本にも是非旅行したいとか、タイに来てうちのホテルの泊まればサービスするとか、いろいろと話を聞く。タイは仏教国で僧侶をとても尊敬する国だがら、俺は実は寺の息子だと言ってみた。少し驚いたようだったが、仏教の話しになった。片言の英語だけど、むしろその方が会話はしやすい。難しい単語や構文抜きに、単語を並べるだけだからだ。

 サウィーおばちゃんは、ヌサドゥの海岸に行きたいという。景色のいいところだとガイドブックに書いてあったが、俺は他の島に行きたいのだ。ところが、サウィーおばちゃんは、一人では心細いと訴える。旅は道連れ、同行することにした。すると、喫茶店の前に車が停めてある。運転手も座っている。一人旅のはずじゃなかったのか?と問うと、兄がバリ島に別荘を持っていて、兄も来ている。車は、兄が雇っているものだという。ドライバーの運転技術もvery goodだというのだ。外国に別荘を持ってるなんて、すごい金持ちじゃないか!タクシーならカネがかかるし、ぼったくられることもあるが、この車なら、タダじゃないか。

 何も知らない俺は、まんまと拉致されたのである。

第7章 ボブの別荘で

 サウィーおばちゃんが喫茶店の外に待たせていた白い車に乗り込んだ。

 後部座席は左右が向き合うシートになっていて、サウィーおばちゃんと向き合って座る。サウィーおばちゃんが、熱心に話しかけてくる。日本の話や仏教の話。ともかく喋りたそうで、間をあけずにまくし立てる。
 実は、これもワナだったのだ。おかげで、窓の外の風景をほとんど覚えていない。ある交差点でふと見た看板だけが記憶に残っただけだった。

 20〜30分も走っただろうか、車から降りると、白いおしゃれな屋敷だった。あたりは、高級住宅街という感じである。でもおかしい。
   kurochan「ヌサドゥの海岸へ行くんじゃなかったのか?」
   サウィー 「ここは、兄の別荘で、食事をしていこう」
 インドネシアでたまたま出会った人の兄の別荘で、タイ料理が食べられるなんて、食いしん坊で冒険好きのkurochanには嬉しい話じゃないか!事の意外な展開に、ワクワクしながら、サウィーの後について玄関へ向かった。

 サウィーが、タイ式挨拶は玄関で合掌するんだと説明する。kurochanも、タイ人の留学生に教わったタイ語の挨拶を覚えていたので、玄関で出迎えた兄のボブに、合掌しながら「サワディー」と挨拶した。ボブは、怖い顔をしていた。特に目つきにクセがある。しかし、そんな怖い顔とは裏腹に、ボブは俺をソファーに案内し、親しげに話し始めた。
 ここは、自宅ではなく別荘であること。たまたま今、タイからこのバリ島へ来ていること。今回の神戸の地震で、太郎という日本の友達が心配だということ。そんなことを片言の英語であれこれ話していた。サウィーは途中で、奥の部屋へ入っていった。どうやら食事の準備のようだった。

 しばらくして、食事が出来たと、奥の部屋へ招き入れられた。何と召使いが2人もいる。ドライバーも雇っているし、こりゃ大変な金持ちだ!と驚いてしまった。名前は知らないが、シーフードカレーライスのような料理がメインディッシュだった。一応遠慮がちに食べていたのだが、「遠慮するな」と言われて、正直にガツガツ食べ出したら、ボブもサウィーも驚いていた。そのあたりは「お笑いずっこけ体験辞典」を読んでいただいた方には、納得していただけると思います。

 食事中、ボブは、実はバンコクのカジノでカードゲームの親をやっていると話しだした。それで納得。プロの博打師だから、そんな怖い目つきをしているんだな、と思った(これって偏見かな?)。しかし、話を聞いていると面白い。
 だいたいカジノに来る客は、大金持ちか貧乏人かに分けられる。金持ちは所詮暇つぶしだし、貧乏人は一攫千金をねらっているというのだ。なるほど。プロのカード師としては、どうせ暇つぶしの金持ちから金を巻き上げ、貧乏人に勝たせたいという。そして、それはちょっとしたトリックで簡単にできるというのである。なるほどなるほど。いつもそうしているというこのボブは、顔は怖くても、いい奴じゃないか!まるでねずみ小僧だぁ!と感心していた。ちなみに、ねずみ小僧の真相は、金のありそうな屋敷をねらったまでで、決して貧乏人の見方ではなかったんだけどね。
 「今度バンコクに来たらぜひうちのカジノに来い、勝たせてやる」という。あまり賭事はしないkurochanなので、カジノで賭けをすることはないと思うけど、そこは食事をさせてもらっている手前、「その時は、ぜひヨロシク」と答えた。

 食事も終わると、ボブに別の部屋に連れていかれた。部屋にはベッドが置いてある。そして、ボブが背後に立った。一瞬、襲われたらどうしよう!とおののいた。俺は同性愛者ではないし、強引に押し倒すのはルール違反だ。これもちなみに、同性愛者も異性愛者も、どちらもありのままに認めるべきだと思っていますが。
 ボブは、部屋の隅から折り畳み式のテーブルを持ち出してきて、俺の目の前に広げた。この位置関係も、実はワナだったんだけどね。

 「Mr.Kurodaに、さっき話した、カードゲームのトリックを教えてあげよう」と、ボブが言う。カジノのプロのカード師にじきじきトリックを伝授してもらえるなんて、実にすごい話じゃないか!「カードゲームは、何を知っている?」「ポーカー、ブラックジャック......」「じゃあ、ブラックジャックのトリックを教えてやろう」。

 さすがにカードさばきは見事だった。カードを裏向きに配るときに、チラッと表を見て、勝たせたいプレーヤーに指の動きで教えるという。テーブルに積むカードの山も、一番上のカードが何であるかを指の動きで伝えるんだから、後はよく考えてやれば、ゲームに負けることはない。俺は、13種類の指の動きをマスターした。実に自然で何気ない動きだが、暗号になっているのだ。何度か練習させられたが、分かってみれば簡単なこと。「Mr.Kurodaはマスターが早い」と褒めてくれる。
 これは面白い。日本に帰ったら、いつもの飲み屋のカウンターで、飲み友達を驚かせてやろう!と楽しみに思った。偶然の出会いから得た、ヒットなお土産だ。

 そこで、ボブが切り出した。実は、Mr.マリックという大金持ちの男がまもなくここへやって来る。昨日ここでゲームをして、負けさせたかったが、大勝ちしてしまった。今日もここへゲームをしに来るが、今日は金を巻き上げたい。どうせ、ブルネイ王国の金の商人の暇つぶしだから、負けたってどうってことない。お前がゲームの相手をしろ。というのだ。

 当然、断った。話は分かるが、危険だ。トリックを教えてもらって面白いとは思ったが、実際金を賭けたゲームとなると話は違う。だいたい、インドネシアでは、買売春と賭事は厳罰だ。旅行者であっても、処罰される。ガイドブックにも、旅行社からもらった注意書きにも書いてあった。ボブは、みんなやっているという。処罰されるので公には出来ないが、みんなこうして自宅でこっそり賭事をしているというのだ。お前なら、絶対勝てるという。それでも、このまま成り行きで、ゲームをしてしまうのは、危ないと思った。

 その時、Mr.マリックが部屋に入った来た。

第8章 Mr.マリックとの勝負

 いきなりボブの部屋に入ってきたMr.マリックは、慌てた様子でアタッシュケースをひろげて見せた。そこには、100ドル紙幣がぎっしりと詰まっていた!ざっと見積もって1千万円ほどにもなろうか。恰幅のいい図体を上等そうなスーツに包み、金縁のめがねをかけ、大きな金の指輪を何個もつけている。超魔術師のMr.マリックとは全くタイプが違っていた。

 こいつが、今さっきまでボブが話していたマリックだな。ブルネイの金の商人で、大金持ちで、どうせ暇つぶしの賭け事というわけだ。そんなやつから金を巻き上げようというのは、結構な話だが、あまりに急な話の展開で、当然俺は、カードゲームなどする気なんか、さらさらなかった。

 しかし、ボブが話していた通り、Mr.マリックは、仕事の合間にこっそり賭け事をし、今日も儲けたいらしく、「今日の相手はだれだ?」とせかすようにボブに言った。ボブは俺を紹介して「Japanese young man.」と言ったが、Mr.マリックは「なんだこいつは?」と言った目で俺を見すえ、「俺は、金持ちしか相手にしたくないんだ」という顔をしている。ボブが「He is rich.」とか何とか言っている。Mr.マリックは、仕方ない、といった顔で、俺と挨拶を交わした。

 ボブがプラスチックのおはじきのようなものを出してきて、この色は1枚何ドルだとか説明を始めた。「俺はゲームをしない!」と言い張ったのだが、都合のいい部分しか俺の片言の英語を理解しないつもりらしく、説明を終えるとボブはカードを配り始めた。こうなったら態度で示すしかないと、いすの向きを変え、壁に向かって座った。囲まれていたので、逃げ出せなかったのだ。

 ここで、とことんゲームに参加しなかったら、どうなっていただろう。何だかんだと言いがかりをつけて、結局は身ぐるみをはがれていただろうと思う。しかし、俺はしぶしぶながらカードを手に取ってしまった。Mr.マリックは自信ありげに、カードの追加を拒否し、勝負に出ていた。すかさずボブがサインを送ってくる。カードの山から1枚とれば、俺はちょうど21。Mr.マリックは21ではないはずだから、いきなり勝利だ。
 ※ブラックジャックは21以下21に近い方が勝ちとなる。

 こうなれば、やるしかなった。勝った。Mr.マリックは、大いに驚いたそぶりを見せた。そして、2回目、3回目と、俺は勝ち続けた。そのうち、俺が21、Mr.マリックが20になった。もちろん、Mr.マリックは俺が21だとは、知らない。いや、知らないはずだった。Mr.マリックは勝負に出た。おはじきを大量に積み上げた。1枚で100ドルなんておはじきもあったから、大金には違いなかったが、プラスチックのおはじきでは、ほとんど実感がなかった。これがくせものだったのだ。

 最初の約束で、相手と同じだけおはじきを積み上げなければ、カードの持ち札にかかわらず、負けることになっていた。自信がなくて負けを宣告し、損失を少なく抑えようと思うのなら、おはじきを積まずにゲームを降りればいい。そうでなければ、おはじきを相手と同じだけ、または、相手以上に積み上げるしかなかった。俺は21、相手は20。ここは、俺も積み上げるしかない。

 ボブがゲームの一時中断を宣告し、俺を隣の部屋へ連れて行き、俺にこう言った。
 「Mr.kuroda,do you know how much you'll get?」「I don't know.How much?」
 何と3万6000ドルの勝ちだという。そしてボブが付け加えた。「お前に1万ドルやるから、残りは俺のものだ。OK?」
 な〜んだ。貧しきものの味方ネズミ小僧みたいなやつだと思ったら、ちゃっかり自分の分はとるんだ!
  ※ねずみ小僧が貧しき者の味方であったというのは、史実ではない。
 でも即「OK!」と答えた。1万ドルは俺のもの??!! 地元の銀行には残高1万円しか残ってなかったので、100万円なんて、夢のようだ!

 何をしてるんだという顔で待っていたMr.マリックが、戻ってきたボブにこう言った。
 「現金は準備してあるんだろうな!俺は仕事でこの島に来ているだけだから、キャッシュでないと困るんだ」
 「じゃあ、30分待ってくれ。銀行に行って引き出してくる」
 「妻がホテルで待っているから、いったんホテルに戻っている」
 またもやゲームは一時中断。ボブが準備した封筒に、互いのカードを裏向きに入れて、封をしてサインした。さらに、それらを金庫に入れて鍵をかけ、その鍵をボブはMr.マリックに渡そうとしたが、Mr.マリックは「鍵まで預からなくてもいい」と、そそくさと部屋を出ていった。

第9章 身体検査

 Mr.マリックが部屋を出ていって、ボブが俺にこう言った。
 「どうだ、大勝利だ。しかし、現金を彼に見せる必要がある。見せるだけでいい。ところで、俺はインドネシアの銀行には金なんか預けていない。これから街に出て、クレジットカードでキャッシュを準備してこい。」
 「クレジットカードは持っていない」(当時は本当に持っていなかった)
 「日本人は金持ちなのに、なぜ持っていないんだ?」
 「I'm poor!」
 「じゃあ、Mr.マリックに連絡して明日まで待たせるから、日本に帰って貯金をおろして、とんぼ返りして来い」
 「日本に帰っても、貯金は100ドル(1万円)しかない」
 「100ドルしかない?お前は本当にpoorだ!それなら、友達や親戚に借りてこい」
 「友達も親戚も、みんなpoorだ!」
 頭に来たけど、そういうしかなかった。貯金は本当に1万円しかなかったし、友達や親戚に迷惑をかけたくもなかった。だが、生命保険がある。解約するつもりが、額を少なくしたと先に書いたが、完全に解約すれば、いくらかにはなるだろうと思った。しかし、「生命保険」という英単語が浮かばなかった。仕方ないので、黙っていた。

 ここから、身体検査が始まった。
 前にも書いたと思うけど、結婚前の俺は、海外一人旅では、荷物はナップザック一つしか持っていかない。後は、ポケットがたくさんついているゴルフ用のチョッキの各ポケットにパスポートや小銭やカメラや筆記用具を分けて入れてそれでおしまい。信用できるホテルなら貴重品はフロントに預けるべきなんだが、毎晩宿を変える俺はすべて身につけているのだ。
 サザンオールスターズの3枚組ベストアルバムの初回限定についていた「Happyはっぴ」を、サウィーおばさんが、俺のナップザックから見つけ出して、勝手に袖を通し、
 「これは私のモノ」
 なんて言いやがる。市販のはっぴじゃないから、彼女にあげるわけには行かない。
 「それはスペシャルはっぴだから、日本に帰ったら別のを送ってやる」
 と、何とか取り返した。
 関西空港で買ったフジフィルム社製の安いカメラを、ボブが僕のゴルフチョッキから見つけだし、しげしげと眺め回した挙げ句、  「これはペンタックスじゃない!」
 と、テーブルに放り投げた。安モンで悪かったな!それがペンタックス社製なら、取り上げられていんだろう。
 やがて、抵抗むなしく、内ポケットの26万円も見つけられてしまった。いつもの旅行ではこんな大金は持っていかないが、最初に書いたように、インドネシア国内便であちこちの島を巡ろうと、生命保険の保険額をさげてまで準備した金だ。
 「持っているんじゃないか!」
 「いやそれは.....」
 「まあいい。3万6000ドル(360万円)にはほど遠いけど、どうせMr.マリックには見せるだけだ。俺たちの所持金を貸してやるから、それで何とか納得させよう」
 ということになって、ボブとサウィーはあちこちの引き出しから、何十ドルかを準備した。
 「これで合わせてだいたい1万ドルだ。お前は旅行中なんだから、これだけ持っているだけでも、Mr.マリックは信用するだろう」

 そこまで話が進んだ時、30分ほどで戻ると言っていたMr.マリックが、もう帰ってきた。その時はすこし早いなと思っただけで、隣の部屋で聞き耳を立てていたんだろうとは想像できなかった。

第10章 I'm a gentleman!

 「金は準備できたか?」
 いかにも「時間がない!」といった表情でボブの部屋に戻ってきたMr.マリックは開口一番に言った。

 キャッシュで支払う準備があることを示すために、チラッと見せるだけとはいえ、3万6000ドルもの大金はやはり急には準備できなかった。しかし、身体検査で取り上げられた僕の26万円に、ボブとサウィーおばさんの持ち金を合わせて約1万ドルにしたものを、全部僕の持ち金として見せることで、納得させようという作戦で、ボブが言い訳をし始めた。

 「Mr.kuro○○は、今旅行中なのに、それでもキャッシュで1万ドルを持っていた。それぐらいだから、日本に帰れば相当金があるようだ。だから安心して勝負を続けてくれ。」
 それでもMr.マリックは不満そうな顔をしている。てっきり自分が勝つものと思っているのだ。なのにキャッシュで受け取れないから不満なのだろう。....と思わせる演技だった。

 しかし、Mr.マリックにしても了解するしかない。仕方がないという顔つきでこう言った。
 「I'm a gentleman!」

 「そうか!『俺も男だ』と言う時は、こう言えばいいのか!」と、ついつい感心したkurochanだったが、その間にボブは金庫を開け、サインして封印した封筒から、Mr.マリックとkurochanのカードをそれぞれ取り出して、ゲームが再開した。

 すかさず、Mr.マリックは自分のカードをテーブルに広げ、嬉々としてキャッシュボックスの札束をつかもうとしている。Mr.マリックのカードの合計が20であることは分かっていた。Mr.マリックは、kurochanが21であるはずがなく、自分が勝ったものだと思っているようだ。

 ボブが「待て、待て」と止める。俺もテーブルにカードを広げた。合計は21だ。この勝負は俺の完璧な勝利である。これで、1万ドルは俺のもの、2万6000ドルはボブのものになる。

 愕然とするMr.マリック。何しろ、この勝負いただき!とばかりに、3万6000ドルもの大金を賭けていたのだ。それに、このカードが配られる前に、俺は「Last game!」と宣言していた。強引に巻き込まれたとはいえ、こんな賭博行為を続けるわけにはいかなかった。都合のいい部分しか俺の英語を解さない様子が見て取れたので、大声で宣言したのだ。何としてでも早くこんなことはやめたい。そんなこともあって、Mr.マリックは勝負に出たんだろう。そして、見事カードを20に揃えてラストゲームを大勝利で終えられると喜び舞い上がっていたようだった。ところが見事に負けてしまった。

 ただでも苦虫をかみつぶしたような顔のMr.マリックだが、その顔がますます険しくなった。
 「もう少しゲームを続けたい」
 と言い出した。俺もすかさず、
 「これがラストゲームと言ったはずだ!」
 と強く言い返したが、
 「お前は、3万6000ドルを準備しなかった。しかし、俺は許してやったではないか。あと少しぐらいゲームをしたっていいじゃないか」
 律儀な俺は、「I'm a gentleman!」というMr.マリックのセリフを思いだし、恩を返さねばと思ってしまったのだ。これが自分の首を絞めることになろうとは。


第11章 You're a baby!

 キャッシュの準備不足を許してくれたことに、義理堅く恩を感じてしまった俺は、惨敗したMr.マリックの、「もう少しぐらいゲームを続けてくれ」という申し出を受けてしまった。

 Mr.マリック 「何分ならゲームを続ける時間があるんだ?」
 kurochan  「.... 20分」

 そこにボブが割り込んだ。
 「俺も妻が出産間近で、これから病院に見舞いに行かなきゃならないんだ。5ゲームが限度だ」

 ボブに出産間近の妻がいたとは知らなかったが、そういうことなら、ずるずると引き延ばされる事はなかろう。
 早速ボブはカードを配り始めた。俺としては、残る5ゲームを消化試合としてやりすごせばいいわけだ。

 その1ゲーム目、俺の勝利だった。続く2ゲーム目、やはり俺の勝利だった。そして3ゲーム目、Mr.マリックが勝負をかけてきた。プラスチックのおはじきを大量に積み上げている。
 テーブルに積まれたカードの山から1枚とるかとらないかが、勝負の分かれ目になりそうだった。俺の番なのだが、ボブのサインが無かったのだ。見落としたのだろうか?とも思ったが、俺の耳元で、いつもその数字を小声でささやいていたサウィーおばさんも首をかしげている。ボブはサインを出し忘れたのだ。さもなくば、俺やサウィーにうまく伝わるようなサインの出し方ができなかったのだ。

 一番の上のカードが何か分からない。
 そのカードを俺が取るべきか、Mr.マリックに取らせるべきか。俺もMr.マリックも勝負に出るには、まだ数が小さかった。Mr.マリックはカードに手を伸ばすだろう。そのカードが何かが分かれば、俺が取るべきか、Mr.マリックに取らせるべきかが判断できるのだが、ここは勘に頼るしかなかった。

 俺はカードを取った。Mr.マリックもその次のカードを取った。勝負があった。Mr.マリックの大勝利だった。俺がもしカードを取っていなければ、Mr.マリックは21をオーバーして、俺の勝ちだったのに。

 まだ2ゲームを残していたが、「これで納得!」とばかりに、現金をアタッシュケースに放り込み、Mr.マリックはドアから出ていった。あっという間の結末だった。

 俺は負けた。が、どれくらい負けたのだろう?ボブやサウィーが言葉もなく、うなだれているところを見ると相当負けたようだ。
 「Mr.マリックはどれくらい勝ったのだ?」
 「オール(すべてだ)!」
 現金ボックスに、現金は何一つ残っていなかった。

 ボブが激しく怒り出した。
 「どうしてあのカードを取ったんだ!マリックに取らせていれば、お前は勝ったんだ!お前に貸した金をどうしてくれる?!出産費用も無くなってしまったじゃないか!」

 あのカードに手を出してしまったことが無性に悔やまれたのだが、ボブの最後のセリフが俺には辛かった。大変な迷惑をかけてしまった!俺はどうしたらいいんだ!!!俺もボブもサウィーも、現金を失ってしまったのだ。今度は俺が言葉を失い、うなだれる番だった。

 「お兄ちゃんがサインを出し忘れたんでしょ!私にもサインは見えなかった。Mr.kuro○○は悪くない。サインを出し忘れたお兄ちゃんが悪いのよ!」
 サウィーが猛然と反撃してくれた。これは相当嬉しかった。追いつめられた俺は、このサウィーの激しい言葉で随分救われたのだっだ。ボブも、妹の反撃にすこしひるんで、やがて部屋を出ていった。

 サウィーが俺に慰めの言葉をかけてくれる。
 「Mr.kuro○○は悪くない。お兄ちゃんがサインをちゃんと出さなかったのが悪いのよ。」
 そして、こう付け加えた。
 「Mr.マリックが、また明日来る、って言って出ていったでしょ。明日もう一度勝負して勝てばいいのよ。私たちも困るけど、あなたも困るでしょ。明日は勝負に勝って、お金を取り戻しましょう」
 Mr.マリックがまた明日来ると言ったことは、聞き漏らしていたが、「あなたは悪くない。明日の勝負に勝てばいい」を繰り返すサウィーの言葉にすがるしかない気分だった、、、、気分にさせられていた。

 それでも、その時点では最悪の状況であることに変わりはない。俺はまだうなだれていたのだが、部屋に戻ってきたボブが、そんな俺をどなりつけた。

 「You're a baby!」

 うなだれながらも、「意気地なし!」という罵声はこう言うのか、英語の勉強になるなぁ、と感心していたkurochanであった。

第12章 警察にバレたら逮捕されます

 明日の勝負に勝てばいい。
 いや、必ず勝って、ボブの妻の出産費用を返さなければならない。

 「身体検査」で26万円を取り上げられた時、「こんな、はした金は要らない」と返されたのが610円。いくらかでも取り返さないと、俺も残りの日々、610円では食事さえほとんどできない。自由滞在のパック旅行には食事はついていなかったのだ。だいたい、関空から難波までの電車賃は800円だ。これでは、ボルネオでオランウータンを抱っこするなど、とてもかなわぬ夢ではないか。

 「明日の4時に迎えに行くから、ホテルで待っていろ。完璧に打合せをして、Mr.マリックから金を取り返すんだ」

 ボブが俺に命じる。そして、インドネシアでは賭け事は厳罰が科せられる事、バリ島の人間は「おしゃべり」だから、今日の事は一切誰にもしゃべらない事、でないと、逮捕されてしまうぞ、という事を、ボブは俺に強調した。そして、ホテルの名前とルームナンバーを確認され、予定が変わるかもしれないから、明日はホテルでじっとしておくように、といわれた。

 ボブが俺に100ドル紙幣を1枚貸してくれた。それもまた手口なのだろうが、俺としては610円でこれからどうしよう!と思っていただけに、ありがたく借りる事にした。といっても、使うわけにはいかないんだけどね。

 ボブの妻が入院している病院に、妹のサウィーがこれから行くので、ホテルの近くまで送ってやると車に乗せられた。やはりサウィーは、あれこれと俺に話しかけ続ける。その時、俺は、気を紛らわせてくれるサウィーは優しい人だなぁと思っていたのだが、これまたこの手の詐欺の手口らしく、車外の景色の記憶がほとんど残らなかったのだ。

 クタビーチ沿いのホテルマハラニの脇道を入ると大通りに出るが、その通りに出たあたりにある大きな三叉路で車から降ろされた。バリ島の交通事情はきわめて悪かった。信号など誰も守らないし、平気で反対車線を走る車も多く、時には車線が左右逆転する事もあるほどだ。だから俺は、慌てて歩道へ走った。実は、車を降りる間際に、やっと「騙されたかもしれない」と思い始めていたので、車のナンバーだけは確認しようと思っていたのだが、そんな余裕は無かった。かろうじて車の特徴を目に焼き付けただけだった。

 病院に行くというサウィーの乗った車を見送り、脇道を抜けてとぼとぼと歩いてホテルに戻る。一人になってみて、やっと「これは騙されたに違いない」との意が強まってきた。

 正直言って、「明日の勝負に必ず勝ってやる!」という気持ちもむくむく湧いてくるのだが、「俺はまんまと騙されたのだ」という気持ちがだんだんとふくらんできて、心がなかなか整理できず、ホテルのロビーで、一人ソファーに座り込んでいた。その時、

 たまたま、外出しようと通りかかった、例の若い日本人女性二人が声をかけてきた。
 「kuro○○さん、どうしたんですか?何かあったみたいですね」
 「いや、何もないよ。大丈夫」
 と答えるしかなかった。俺自身、まだ整理しきれていなかったし、だいたいこの件を口外するわけにはいかなかったのだから。

 でも、この時、この二人に偶然目撃された事が、後に俺を救う事になったのだから、俺は幸せ者なのだろう。




第13章 世界は狭い!A

 やはり俺は騙されたのだ。話が出来すぎている。
 もし俺がボブなら、Mr.マリックから金を取り返すために、金を失ったpoorな若造を再び呼び出して、再度勝負をさせるなんてことはしないだろうと思った。

 ホテルの部屋に戻った俺は、やがて、そういうふうに心を整理した。しかし、大変な事態に陥った事にはかわりない。警察に被害届を出すわけにもいかない。

 当時の同僚がくれたメモを引っ張り出した。インドネシア人の名前と電話番号が書かれてある。実は、その同僚の娘がバリ島の男性と結婚し、バリ島の有名な免税店で勤めていた。そして、その夫の兄弟が日本語が達者で面倒見がいいので、もしコレラにでもかかったら電話して相談しなさいと言われていたのだ。その年、日本人がインドネシアでコレラに感染する例が続いており、奈良県の男性にも帰国後死亡した人がいたのだ。

 相談できる人がいるということが、その時の俺には、この上なく救いだったのだ。
コレラに感染したわけではないが、早速、その番号に電話した。しかし、彼は仕事からまだ帰宅していないとのことだった。

 次に頼ってみようと思いついたのが、旅行社だった。珍しく、この旅はパック旅行を利用していたので、これ幸いと旅行社の現地事務所に電話してみた。日本人らしい女性の声が応対してくれた。

女性「 典型的な詐欺ですね」
俺「 ええっ!やはりそうですか」
女性「 いかさま賭博に巻き込まれたようですが、警察にバレたら逮捕されてしまいます。実際に、警察にいけば、いかさま賭博の被害にあったにも関わらず、拘置されている日本人がいます。若い女性で拘置されている人もいるぐらいだから、kuro○○さんは、確実に逮捕されると思いますよ」
俺「 どうしたらいいんでしょうか。お金もないんです」
女性「 誰か、個人的に相談できる方が、バリ島にいますか?」
俺「 一人いるので、電話してみたら、まだ仕事から帰っていないらしいんです」

俺に、バリ島内に知人がいるとは思っていなかったのだろう。電話口の女性が、俺に問い返した。
女性「 こちらに知り合いがおられるんですか!何という方ですか?」

その人の名前を聞いてもどうなるものでもないのに、と思いつつ、
俺「 ※□◎△さんという方です」
女性「 その方なら、まだ仕事から帰っていませんよ」

おいおい、知り合いなのか?
女性「 その方は、今、私の隣にいます」
俺「 ?????」


 何と、同僚に紹介してもらった男性は、俺が利用した旅行社に勤務する現地ガイドさんだったのだ。追いつめられた俺がその男性に電話したが不在だったので、旅行社に電話したところ、応対してくれた女性の隣のデスクにその男性が座っていたのだ!
 バリ島の市内観光でも「世界は狭い!」と思ったkurochanだったが、その時再び「世界は狭い!」と、つくづく実感したのであった。

 その男性が電話口に出てくれ、日本の親戚(=俺の同僚)から聞いている事、今晩から早速男性の自宅に泊まりに来いという事、食事も出してやるから心配するなという事を、申し出てくれた。俺は本当に感謝一杯だったが、夕刻から急に訪問するのは失礼だと思い、今晩の飯代ぐらいはあるから、今日はこのホテルに泊まります。明日からお願いします、と告げた。

 

電話口は再び女性にかわり、こう付け加えた。

日本領事館が力になってくれるかもしれませんよ。領事館は現地警察への通報義務はありませんから、警察に突き出されることはありません。でも、あれこれ聞かれるだけかもしれませんから、どうするかはkuro○○さんにお任せします」




 でも、そういわれると電話せずにはおれなくなった


第14章 特例措置

 そこで俺は、旅行社現地支店の助言に従い、日本領事館に電話することにした。

 ことのあらましを説明したのだが、電話口の女性職員は、
 「残念ですが、まず間違いなく詐欺です」とほぼ断定した。しかし、こういった件の担当者が出張中なので、翌日の朝に改めて電話して欲しいというのだ。

 この日はもうどうすることもできない。もちろん金もない。所持金は610円。

 同僚に紹介されていた男性が、偶然にも今回の旅行社の現地ガイドだということがたまたま分かった、と先に書いた。そして、事情が事情だから今夜から泊まりにおいでと言われていたのだが、さすがに急な泊まり客は失礼だろうと遠慮したので、この日の夕食は610円で済まさねばならない。ボブが貸してくれた100ドル紙幣が1枚あったのだが、そんな金を使うわけにはいかなかった。

 この晩も、ホテルのレストランで食事をすることにしたのだが、前夜とは随分と気分の違う食事となった。本来なら、すでに他の島へ飛び、その島の料理を食べていたはずだったのに、詐欺の被害にあって今夜も同じレストランで侘びしく食べていると思うと、いくら予想外の展開を楽しむタイプの俺とはいえ、面白いわけがない。

 気晴らしに、外を歩くことにした。そして、玄関ロビーを通り抜けようとすると、アロハシャツのようなインドネシアの綿シャツをきた男性が近寄ってきた。たどたどしい小声の日本語で、
 「ミスターkuro○○、どこいく?」
 「...、ちょっと海へ」
と俺。だいたい何故俺の名前を知っているんだ?一般客のように見えたが、ホテルの従業員なのだろう。それにしても、外出しようとする宿泊客にいちいち声をかけるとは。俺が、そんなに心配な日本人に見えるのだろうか、それとも不審な人物に見えるのだろうか?

 また、この日の晩、同じフロアの廊下に面したトイレを延々と掃除している従業員がいた。その時は、やけに丁寧に掃除をするのだなぁと思っていたのだが、あとから思えば、それらの従業員の動きには、秘密の目的があったのだ。

 翌朝、日本領事館に電話した。詐欺事件も担当しているという男性職員は、すでに報告を受けていたようだが、新しい情報を提供してくれた。インドネシアの法律では、「いかさま賭博」に強引に巻き込まれた被害者であっても逮捕されるところなのだが、ちょうど今、警察に捜査協力をすれば逮捕されないという特例措置が講じられているというのだ。この年もすでに何人かの日本人が詐欺の被害にあっており、できれば捜査協力をしてほしいという。

 そういえば、ボブは時々、俺のことを「ミスター山田」とか「ミスター吉田」とかと呼び間違えていた。山田さんも吉田さんも被害にあったのかと思うと、ますます腹が立ってきた。あの憎きボブを捕まえるためなら、協力を惜しまない。それに、他の島々をめぐるための金をすっかり巻き上げられ、予定が無くなってしまった俺には、時間だけはもてあますほどあったのだ。むしろ面白い展開になってきたと、ワクワクしはじめていた俺には、その後の苦難など予想できずにいたのだった。


第15章 ボロブドゥールはダメです

 特例措置で逮捕されないということなら捜査協力しよう。
 早速、警察に電話しようと思うのだが、心配なことがあった。言葉が通じず、逮捕拘禁されてしまったら大変だと思ったのである。
 そこで例の旅行社現地支店に電話した。日本語ができる人に同行して欲しいと思ったのだ。
 現地支店は、「特例措置」については知らなかった。

 実は第13章で書き忘れていたのだが、事件当日に旅行社に電話した際、オプションツアーの申込を断られていたのだ。国内便チケットを自分で買って、いろんな島に渡ろうと思っていたのだが、詐欺の被害で金を巻き上げられてそれができなくなったのだとはっきり自覚でき、それならばと思いついたのが、料金後払いでオプションツアーに参加するということだった。

 ボルネオ島オランウータンツアーやパプアニューギニア島現住民交流ツアーなどはなかったが、さすがにボロブドゥール遺跡見学ツアーはあった。サーファーでもなく金もない俺が、長々とバリ島に滞在するのはあまりに辛い。日本に帰っても銀行の預金残高は1万円しか無かったのだが、そこはなんとかなるとして、せめてオプションツアーでも申し込もうと思ったのだ。もちろん金はないから、料金後払い。旅行社にはすでに身元を登録してあるのだし、事情は把握してもらっているのだから、何とかなるだろうと踏んだのだ。
 現地支店の職員は、日本の本社に問い合わせてみますと請け合ってくれた。しかし、後ほど電話がかかってきて、本社はダメだと言っているとのことであった。当然俺は、ねばってみたのだが、らちがあかなかった。

 そんないきさつがあったので、「せめて日本語ガイドを派遣しろ!」と思ったのだ。
 さすがに俺のことを可哀想だと思っていたのだろう。特例措置で逮捕されないのならば、日本語ガイド派遣を検討してみるとのことである。やはり頼んでみるものだ。改めて電話するので、しばらく待って欲しいという。

 予想外に時間が経ち、ようやく電話がかかってきた。ところが、現地支店の返答もまた、予想外だった。日本語ガイドを同行させるかどうか以前に、警察へ出頭するな、というのである。旅行社の現地支店で急きょ会議を開いて出した結論だということであった。その説明を聞いていて、さすがにワクワクなどしていられない恐怖に襲われることになった。


第16章 現地警察を信用するな

 旅行社現地支店が俺のため急きょ開いた会議の結論は、「警察へは出頭するな」というものだった。

 警察へ捜査協力を申し出るのに日本語ガイドを同行させて欲しいという俺の希望を検討してもらったはずだったが、現地支店では、そのガイド派遣の可否以前に、警察への出頭は危険だと判断したというのだ。

 というのは、インドネシア警察は、マフィアとつながっている者も多く、警察へ出頭した場合、そのことがボブに伝わるのは時間の問題だという。そして、命を狙われる可能性も高いというのだ。下手をすると、警察へ出頭したその帰りに交通事故を装って殺されることもありうるというのだ。インドネシア警察をそんなに信用するなというわけだ。

 な、な、なんと! それこそ、心わくわくなんかしていられない!警察なんか行くもんか!

 直面している現実の厳しさに、ようやく気付き、身がすくむ思いがした。現地支店は、さらにこう付け加えた。

 「午後4時に、ホテルにいてはいけない」
 その日の午後4時に、ホテルに迎えに行くとボブから言われていた。改めて勝負をしなおし、金を取り戻すようにと命じられていたのだ。もし、ボブの一味から何らかの接触があった場合、どんな目にあわされるかわからないという。ところが約束の時間にホテルに不在であっても、警察へ通報されたと勘ぐられてやはり危険な事態になるので、ホテルも変えた方がいいというのだ。とにかく、警察には行かず、どこかへ外出してホテルから離れるようにという。
 オプションツアーも拒否したくせに、金を奪われた俺によくそんなことが言えるものだ。
 「金がないので、別のホテルも借りられないし、行き場もない」
 と答えると、
 「浜辺でのんびりしていれば金もかからない」
 だって。そりゃそうだけど、その後の約1週間、来る日も来る日も浜辺でのんびりするなんて気分にはとてもなれない。哀しすぎるじゃないか。

 電話が切れ、ホテルの自室に一人取り残されたかのような俺は、しばらく呆然としていた。
 すでに、お昼時を過ぎようとしていたのだが、電話のベルが鳴った。
 この電話が無ければ、また違った展開になっていたはずだったのに。


第17章 完全警護せよ!

 電話は日本領事館からだった。

 詐欺事件担当の領事館男性職員が言うには、現地クタ警察署のロビンソン副署長が待ちくたびれているというのだ。
 日本領事館から直接警察に事情を説明し、捜査協力をする俺を逮捕しないように要請もしたということだが、俺がなかなか出頭しないので、ロビンソン副署長から問い合わせの電話があったという。クタ警察署の署員たちは昼飯をとりに出かけたが、出張中の署長に代わって俺の事情聴取をすることになっているロビンソン副署長はお腹をすかせたまま待ちぼうけの状態だというのだ。
 だから、早く警察に出頭せよ、というわけだ。

 しかし、旅行社現地支店から「現地警察を信用するな」と言われたことを説明すると、それは大丈夫だという。事情はすでに説明してあるし、警察には日本語ができる署員もいるというのだ。それに、日本領事館としても俺の警護に全力をあげるし、警察にも依頼してあるという。ホテルのセキュリティガードマンや私服警官がすでに俺を完全警護しているというのだ。
 「Mr.kuro○○どこいく?」と声をかけてきた私服の男性たちも、夜通しトイレ掃除をしていた従業員たちも、俺を警護していたのだ。
 その上、外部から俺への電話は、ホテルの電話交換手がすべて身元を確認し、それが不明なら俺の部屋にはつながないという措置もとってあるという。

 だから安心して、警察に出頭しろというのだ。そこまで言われれば、引けないではないか。
 「わかりました。今すぐ、クタ警察署に行きます」
 と答えざるをえなかった。

 俺を尾行警護している私服警官がいるはずだったが、それがどの人物かは分からない。キョロキョロしながら、クタ警察署までの道を急いだ。

 警察の受付で、「ロビンソンに会いに来た」と告げた。「副署長」という英単語なんか知らない。
 「アポイントもとってある」
 と告げると、奥の部屋へ案内された。
 待ちぼうけをさせたうえ、敬称もつけなかったのが、俺の印象を悪くさせたかもしれないと後から気付いたが、その時は、捜査協力の打合せとは、いったいどういうものなのだろうか、ということしか考えていなかった俺であった。


第18章 お前を逮捕する!

 日本領事館から事情は聞いているはずなのに、ロビンソンは俺の口から説明を聞きたいという。

 お互い片言の英語での事情聴取が始まった。お互いがおぼつかない第二外国語という会話は、以外と会話はスムーズにいくものだ。難しい単語も構文も使えないので、話の筋が伝わりやすい。語彙の解釈がずれがちだったりするが、そのずれも朗らかな笑いを誘う。
 ところがこの日の会話はそうはいかなかった。ただでさえ、警察署での取り調べなのだから、いい加減な言葉は立場を危うくするし、そのずれは致命的な結果を誘う。

 最初からつまづいた。
 「サウィーは若い女性のはずだ、そしてお前はサウィーとホテルに行ったのだろう!」と、ロビンソンは決めつけた。そして、助平の日本人男性が年輩のおばさんの後をのこのことついていく訳がないと、強く俺を問いつめるのだ。
 だいだい俺は、「飲む」は好きでも「打つ」と「買う」はしない。確かに、海外旅行先の各地各地で、助平丸出しの日本人男性を多々みてきたが、俺はそんな人間ではない。「詐欺と売買春は厳罰」というインドネシアの法対策以前に、俺という人間の誇りとして、断固拒否する俺だった。
 この押し問答だけでも、20分くらいはかかったのではないだろうか。ようやく納得してくれたロビンソンだったが、しばらく話が進んだ後も、
 「ところで、サウィーのプロポーションはよかったか?」などと、罠にかけるのである。あきれるばかりの俺だったが、こういう時こそ、適当な相づちを打ってはいけないのだ。

 随分と時間をかけて説明を続ける俺だった。日本語ができる警官が同席するという話だったが、いっこうに現れる気配がない。

 再びつまづいてしまった。
 ボブの別荘での食事中、カジノでカードゲームの親をしているという話を聞いていた場面の説明で、俺は「interesting」という単語を使ってしまったのだ。「旅の土産話として、面白い話を聞くことができたと思ったんだ」と言いたかったのだが、ロビンソンは「カード賭博に積極的に参加したい」と俺が意思表示をしたのだと解釈したのだ。そして、お前は積極的に賭博に参加したのだから特例措置には当たらないとし、こう宣言した。

 「お前を逮捕する!」


第19章 私服警官トラ

 捜査協力するなら逮捕しないという約束だったのに、言葉の解釈の違いで逮捕されてはたまらない。俺は必死に弁明した。
 「interesting」と言ったのは、「土産話として面白い」と思ったからだということを具体的に証明するために、行きつけの飲み屋やよく頼むメニューなどについて細かく説明し、実際に土産話をしている場面を想定して説明を試みた。この説明には30分以上かかったように思う。

 それまで取り調べをしている副署長をロビンソンと呼び捨てにしていたのだが、「副署長」という英単語を知らなくても、「Mr.」をつければいいのだと気付き、「Mr.」をつけることにしたのだが、それまでの呼び捨ても、彼の気分を害していたのかもしれない。

 やっとのことであらましを説明し終える頃、私服警官が入ってきた。日本語ガイドになりすまして捜査活動をしているという、「トラ」と名のる男だった。トラの登場で、とんとんと話が進むことになったのだが、もっと早く登場してくれよ!と心の中で叫んでいた俺だった。
 言葉の通じぬ国で、警察の取り調べを受けることが、どれほどの困難と苦痛を味わうか、その一端を身をもって経験したのだ。もし、日本領事館の事前の説明と、日本語が使えるトラという警官の登場がなかったら、ある程度のウラがとれるまで、拘束されていたに違いない。
 日本の入管における外国人への劣悪な処遇がよく問題にされているが、言葉の壁に加えて、アジア系外国人への蔑視や犯罪者扱い、密室での取り調べが重なり、相当な人権侵害が引き起こされているということは想像に難くない。
 言葉の通じぬ外国人に、外部への連絡と通訳を保障することは極めて大切なことなのだ。

 さて、トラの登場でスムーズに意志疎通ができるようになり、俺の身に何があったかの説明はすぐに終わった。その後、トラとロビンソンが何やらインドネシア語で相談している。俺のインドネシア語は、まだ初歩的な「レストランでの会話」の類だけだったから、何の話かさっぱり分からない。

 やがて、トラが俺に説明をし始めた。捜査協力とは、早い話、「おとり捜査のカモになれ」ということだったのだ。つまり、「もう一度拉致されろ」ということだった。


第20章 おとり捜査

 1995年夏の俺は、バリ島でおとり捜査に協力させられることになった。
 ロビンソン副署長と何やら相談をしていた私服警官トラは、俺におとり捜査の手順について説明を始めた。

 いかさま賭博の場合は、被害の親告だけでは検挙できず、賭博の現場に踏み込んで一斉検挙するしかないというのだ。よって、俺が再びボブの別荘に行き、賭博をする必要があるというのだ。

 その日の午後4時にボブから電話がかかってくることになっていたのだが、トラは、日本領事館と同じく、ボブ一味の時間かせぎだろうと判断した。金を取り戻すことができるかもしれないと期待を持たせて、警察への通報を遅らせる常套手段だそうだ。
 俺の場合は、再び勝負して金を取り戻するように命じられていたのだが、俺を再び呼びだしても、もうしぼりとる金がないのだから、引き続き時間かせぎをするために、その日は都合が悪くなったので延期すると告げられるに違いない、とトラは説明した。

 しかし、それではおとり捜査にならない。ボブからの電話があった時に、「友達に偶然会い、金を借りた」とかといった理由をつけて、「金ができたから、今すぐゲームをしたい」と強く申し出るようにと、トラは指示した。
 そして、できるだけ話を長引かせて、少しでも捜査の手がかりを引き出すようにしろというのだ。
 身元不明の電話は俺の部屋につなげないという措置がとられていたが、それも一時的に解除するという。

 また、ボブ一味が直接ホテルへ俺を迎えに来ることも考えられるので、その場合は、素直についていけという。トラは、俺の部屋のクローゼットに隠れて様子をうかがい、ボブ一味と俺が部屋を出ていった直後に、すぐさまホテル周辺に配備した覆面パトカーに連絡することになっていた。

 どちらにせよ、俺が乗り込んだ車を複数の覆面パトカーが追跡することになった。ボブの別荘に着いた後はしばらく待機して、ゲームが始まる頃を見計らって捜査員が一斉に踏み込み、一味を検挙するという手はずであった。

 おとり捜査は、捜査員が身代わりにでもなるのでない限り、通常はおこなわれない。民間人をおとりにすることは、その人物を危険にさらすことであり、もしもおとりであることが発覚すれば、その人物は人質になってしまうからだ。

 俺の場合も、もしおとりであることがボブ一味にバレたら、俺は人質とされ、どんな目にあっていたか分からないのだ。第5章で、同僚の娘さんがバリ島の男性と結婚し、プラザバリで働いていると書いたが、その男性の身内でインドネシアの警察官をしている人も、「おとり捜査に協力させるなんて危険すぎる」と怒っていたようだが、本当に危険な目にあうところだったのだ。


第21章 調書と笛

 おとり捜査の打合せも終わり、警察からホテルに戻って待機すると思ったら、調書を作るので、もう一度説明しろというのだ。
 また一から話するのかと、うんざりしたが、これは仕方がない。警察署入口近くへ移動し、丸顔で真面目そうな制服警官と向き合って、最初から話をすることになった。その警官は日本語も英語も分からないということで、私服警官のトラが横に座って翻訳し、その警官がタイプライターを打つという作業が始まった。
 おとり捜査の準備なのか、他の日本人のための通訳なのか、トラは時々席を外す。そのたびに、この作業は中断するのだ。

 すぐ隣には、同じように調書を作ってもらっている大柄な白人男性がいた。少々頼りなさそうな若者だったが、どうもドイツ人のようだ。そして、時々「ボブ」だの「マリック」だのと言っている。俺と同じ連中に金を巻き上げられたに違いない。こいつと俺とは同じ立場なのかと思うと、なぜか情けない気分になったが、声をかけようにも、俺にはドイツ語は分からない。

 そうこうして、時々中断しながら調書づくりが進められていたのだが、なかなかトラが戻ってこない中途半端に長い沈黙の時間があった。その時、俺は信じられない光景を見た。

 目の前の制服警官が、おもむろに引き出しから笛を取り出し、ぴーひょろと、吹き出したのだ。

 一瞬何が始まったのか理解できなかった俺だったが、次第に腹が立ってきた。こちらは詐欺の被害にあって大変だというのに、この警官は勤務中にのんきに笛を吹き出したのだ。しかし、次の瞬間、ガイドブックのある一節を思い出した。「バリ島の人間は、沈みかけの船の上でダンスが踊れる」というものだ。バリ島の人間は、これ以上努力を尽くしても仕方がないと判断したら、後は楽しく過ごそうとする文化をもっているというものだった。だから、沈みかけの船でも、それがどうしようもないと判断すれば、楽しくダンスを踊ることができるのがバリの文化だというのだ。日本では、不謹慎にあたるような言動に、思わず腹を立ててトラブルを起こしてしまいがちだが、それは「文化の違い」であるのだという理解が必要であると説明されていた。

 異文化理解が苦手な日本人は、こうした落とし穴に陥ることが往々にしてあると思う。例えば、北朝鮮の金日成が死んだ時、大泣きをする女性達の姿をテレビで見て、北朝鮮では「将軍様の洗脳」がいかにすすんでいるか、といった論評をする評論家がいたりしたが、これはむしろ「文化の違い」と解すべきだった。北朝鮮や韓国では、人が死んだ時に「泣き女」と呼ばれる女性達に大泣きしてもらい、参列者の悲しみをストレートに引き出す風習があるのだから。「文化の違い」を無視して、手前勝手な解釈をすることは、有害無益であると心するクセが日本には欠けているように思う。こんなところにも、多文化共生社会への課題があるのだ。

 さて、いったんは腹が立った俺だったが、次の瞬間、「これはまさに文化の違いなんだ」と思って、その警官の笛を聞くことにした。近々祭りがあるのか、彼の趣味なのかどうかは分からないが、彼もまた、俺との意志疎通ができなくなって、それがどうしようもないことだと判断したからこそ、笛を吹き出したのだろう。

 異文化に触れる貴重な体験をした俺だったが、それでも不都合はあった。ボブとの約束の時間、午後4時が近づいていたのだ。俺はホテルの自室で待機していなければならないのだから。


第22章 ボブからの伝言




第23章 戦時中の農民運動と労働運動




第24章 深夜の訪問者




第25章 ラフティングとトップレス




第26章 サンパイジュンパラギ!




第27章 深夜の捜索




第28章 漢字にふりがなナシゴレン




第29章 レンタサイクルで自力捜索




第30章 殺されるからやめなさい




第31章 怪しい高級住宅街




第32章 車にはねられる




第33章 バリ島は楽しかったですか?




第34章 悲惨な帰路とダフ屋のおっさん




第35章 小室哲哉の大失敗




第36章 病院




旅行記