インドネシア拉致事件(6)
LAST UPDATE 2001-07-12
Are you Chinese?

 オランウータンを抱きしめたい!というのが、一番の目的だったので、ともかくボルネオ島には行きたかった。

 ホテルマハラニにはもう泊まらないだろう、ということで、すべての荷物−といっても貴重品をポケットに分けて入れ、あとはナップザック一つだが−を持って空港に向かうことにした。午前中は市内観光に参加し、昼食も済んでいたが、どの島への航空券が即日買えるかわからないし、ホテルも見つけなければならない。俺は、こういう時、とてもわくわくする。細かいことは何も決まっていない一人旅。

 バリ島は俺には似合わない、と思いつつも、せっかく来たのだからと、サーファーでにぎわうクタビーチの商店街を一往復だけしてみることにした。早速、子ども達がミサンガを売りつけに来る。「NO,NO」とあしらっていたが、こういうときは、その返事すらしないがいいという。ひたすら相手にしないことだとガイドブックなんかにはよく書いてある。しかし、その子たちをそういう生活に追いつめたのは誰か、という問題もあるし、元々俺は性格が甘い。ついつい無視出来ずにいると、数人の子ども達に囲まれてしまった。

 「タダ、タダ。つけるだけ」と、可愛い日本語で幼い女の子が、俺の左手首にミサンガをくくりつけた。そうしておいて「千円」という。「タダって言ったじゃないか」と言っても、ひらすら「千円」攻撃だ。返したくても、余りにきつく縛ってあるのでほどけない。立ち去ろうとすると、「お金払え」と大騒ぎである。こうして食いつないでいる子ども達だから仕方ないか、とついつい千円を払ってしまう。すると、受け取った子はすぐさま立ち去った。別の子がまだ「千円」をせがむ。「もう払ったよ」「あの子、知らない」。遠巻きに、中年の女性が僕と子ども達のやりとりを見つめていた。すべて作戦であろう。ミサンガを縛ってくれた女の子にも千円を渡し、強引に立ち去るしかなかった。

 しばらく歩くと、前方から地味な中年女性が歩いてくる。アロハシャツを着たカップルや若者連ればかりのその通りには、リュックを背負ったその女性は浮いて見えた。きっと俺も、まわりからみれば浮いて見えるんだろうなと思いつつ、その女生とすれ違ったのだが、俺の背中に向かってその女性が声をかけた。「Are you Chinese?」「No I'm Japanese」
 やっと話し相手を見つけたと言わんばかりに、彼女はすがるように英語でまくし立てた。「Speak slowly,please」

 数分後には、すぐそこにあった喫茶店で、パパイアジュースを飲みながら、キム=サウィーおばさんの熱弁を聞いていた。タイのバンコクでホテルの従業員をしていて、有給休暇をとってバリ島にやってきたが、物売りの子どもにつきまとわれ大変だ、とのことだった。いとこが日本の千葉にある電気会社の工場で働いているとか、日本にも是非旅行したいとか、タイに来てうちのホテルの泊まればサービスするとか、いろいろと話を聞く。タイは仏教国で僧侶をとても尊敬する国だがら、俺は実は寺の息子だと言ってみた。少し驚いたようだったが、仏教の話しになった。片言の英語だけど、むしろその方が会話はしやすい。難しい単語や構文抜きに、単語を並べるだけだからだ。

 サウィーおばちゃんは、ヌサドゥの海岸に行きたいという。景色のいいところだとガイドブックに書いてあったが、俺は他の島に行きたいのだ。ところが、サウィーおばちゃんは、一人では心細いと訴える。旅は道連れ、同行することにした。すると、喫茶店の前に車が停めてある。運転手も座っている。一人旅のはずじゃなかったのか?と問うと、兄がバリ島に別荘を持っていて、兄も来ている。車は、兄が雇っているものだという。ドライバーの運転技術もvery goodだというのだ。外国に別荘を持ってるなんて、すごい金持ちじゃないか!タクシーならカネがかかるし、ぼったくられることもあるが、この車なら、タダじゃないか。

 何も知らない俺は、まんまと拉致されたのである。

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