インドネシア拉致事件(10)
LAST UPDATE 2004-01-09
I'm a gentleman!

 「金は準備できたか?」
 いかにも「時間がない!」といった表情でボブの部屋に戻ってきたMr.マリックは開口一番に言った。

 キャッシュで支払う準備があることを示すために、チラッと見せるだけとはいえ、3万6000ドルもの大金はやはり急には準備できなかった。しかし、身体検査で取り上げられた僕の26万円に、ボブとサウィーおばさんの持ち金を合わせて約1万ドルにしたものを、全部僕の持ち金として見せることで、納得させようという作戦で、ボブが言い訳をし始めた。

 「Mr.kuro○○は、今旅行中なのに、それでもキャッシュで1万ドルを持っていた。それぐらいだから、日本に帰れば相当金があるようだ。だから安心して勝負を続けてくれ。」
 それでもMr.マリックは不満そうな顔をしている。てっきり自分が勝つものと思っているのだ。なのにキャッシュで受け取れないから不満なのだろう。....と思わせる演技だった。

 しかし、Mr.マリックにしても了解するしかない。仕方がないという顔つきでこう言った。
 「I'm a gentleman!」

 「そうか!『俺も男だ』と言う時は、こう言えばいいのか!」と、ついつい感心したkurochanだったが、その間にボブは金庫を開け、サインして封印した封筒から、Mr.マリックとkurochanのカードをそれぞれ取り出して、ゲームが再開した。

 すかさず、Mr.マリックは自分のカードをテーブルに広げ、嬉々としてキャッシュボックスの札束をつかもうとしている。Mr.マリックのカードの合計が20であることは分かっていた。Mr.マリックは、kurochanが21であるはずがなく、自分が勝ったものだと思っているようだ。

 ボブが「待て、待て」と止める。俺もテーブルにカードを広げた。合計は21だ。この勝負は俺の完璧な勝利である。これで、1万ドルは俺のもの、2万6000ドルはボブのものになる。

 愕然とするMr.マリック。何しろ、この勝負いただき!とばかりに、3万6000ドルもの大金を賭けていたのだ。それに、このカードが配られる前に、俺は「Last game!」と宣言していた。強引に巻き込まれたとはいえ、こんな賭博行為を続けるわけにはいかなかった。都合のいい部分しか俺の英語を解さない様子が見て取れたので、大声で宣言したのだ。何としてでも早くこんなことはやめたい。そんなこともあって、Mr.マリックは勝負に出たんだろう。そして、見事カードを20に揃えてラストゲームを大勝利で終えられると喜び舞い上がっていたようだった。ところが見事に負けてしまった。

 ただでも苦虫をかみつぶしたような顔のMr.マリックだが、その顔がますます険しくなった。
 「もう少しゲームを続けたい」
 と言い出した。俺もすかさず、
 「これがラストゲームと言ったはずだ!」
 と強く言い返したが、
 「お前は、3万6000ドルを準備しなかった。しかし、俺は許してやったではないか。あと少しぐらいゲームをしたっていいじゃないか」
 律儀な俺は、「I'm a gentleman!」というMr.マリックのセリフを思いだし、恩を返さねばと思ってしまったのだ。これが自分の首を絞めることになろうとは。

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