いきなりボブの部屋に入ってきたMr.マリックは、慌てた様子でアタッシュケースをひろげて見せた。そこには、100ドル紙幣がぎっしりと詰まっていた!ざっと見積もって1千万円ほどにもなろうか。恰幅のいい図体を上等そうなスーツに包み、金縁のめがねをかけ、大きな金の指輪を何個もつけている。超魔術師のMr.マリックとは全くタイプが違っていた。
こいつが、今さっきまでボブが話していたマリックだな。ブルネイの金の商人で、大金持ちで、どうせ暇つぶしの賭け事というわけだ。そんなやつから金を巻き上げようというのは、結構な話だが、あまりに急な話の展開で、当然俺は、カードゲームなどする気なんか、さらさらなかった。
しかし、ボブが話していた通り、Mr.マリックは、仕事の合間にこっそり賭け事をし、今日も儲けたいらしく、「今日の相手はだれだ?」とせかすようにボブに言った。ボブは俺を紹介して「Japanese
young man.」と言ったが、Mr.マリックは「なんだこいつは?」と言った目で俺を見すえ、「俺は、金持ちしか相手にしたくないんだ」という顔をしている。ボブが「He
is rich.」とか何とか言っている。Mr.マリックは、仕方ない、といった顔で、俺と挨拶を交わした。
ボブがプラスチックのおはじきのようなものを出してきて、この色は1枚何ドルだとか説明を始めた。「俺はゲームをしない!」と言い張ったのだが、都合のいい部分しか俺の片言の英語を理解しないつもりらしく、説明を終えるとボブはカードを配り始めた。こうなったら態度で示すしかないと、いすの向きを変え、壁に向かって座った。囲まれていたので、逃げ出せなかったのだ。
ここで、とことんゲームに参加しなかったら、どうなっていただろう。何だかんだと言いがかりをつけて、結局は身ぐるみをはがれていただろうと思う。しかし、俺はしぶしぶながらカードを手に取ってしまった。Mr.マリックは自信ありげに、カードの追加を拒否し、勝負に出ていた。すかさずボブがサインを送ってくる。カードの山から1枚とれば、俺はちょうど21。Mr.マリックは21ではないはずだから、いきなり勝利だ。
※ブラックジャックは21以下21に近い方が勝ちとなる。
こうなれば、やるしかなった。勝った。Mr.マリックは、大いに驚いたそぶりを見せた。そして、2回目、3回目と、俺は勝ち続けた。そのうち、俺が21、Mr.マリックが20になった。もちろん、Mr.マリックは俺が21だとは、知らない。いや、知らないはずだった。Mr.マリックは勝負に出た。おはじきを大量に積み上げた。1枚で100ドルなんておはじきもあったから、大金には違いなかったが、プラスチックのおはじきでは、ほとんど実感がなかった。これがくせものだったのだ。
最初の約束で、相手と同じだけおはじきを積み上げなければ、カードの持ち札にかかわらず、負けることになっていた。自信がなくて負けを宣告し、損失を少なく抑えようと思うのなら、おはじきを積まずにゲームを降りればいい。そうでなければ、おはじきを相手と同じだけ、または、相手以上に積み上げるしかなかった。俺は21、相手は20。ここは、俺も積み上げるしかない。
ボブがゲームの一時中断を宣告し、俺を隣の部屋へ連れて行き、俺にこう言った。
「Mr.kuroda,do you know how much you'll get?」「I don't know.How much?」
何と3万6000ドルの勝ちだという。そしてボブが付け加えた。「お前に1万ドルやるから、残りは俺のものだ。OK?」
な〜んだ。貧しきものの味方ネズミ小僧みたいなやつだと思ったら、ちゃっかり自分の分はとるんだ!
※ねずみ小僧が貧しき者の味方であったというのは、史実ではない。
でも即「OK!」と答えた。1万ドルは俺のもの??!! 地元の銀行には残高1万円しか残ってなかったので、100万円なんて、夢のようだ!
何をしてるんだという顔で待っていたMr.マリックが、戻ってきたボブにこう言った。
「現金は準備してあるんだろうな!俺は仕事でこの島に来ているだけだから、キャッシュでないと困るんだ」
「じゃあ、30分待ってくれ。銀行に行って引き出してくる」
「妻がホテルで待っているから、いったんホテルに戻っている」
またもやゲームは一時中断。ボブが準備した封筒に、互いのカードを裏向きに入れて、封をしてサインした。さらに、それらを金庫に入れて鍵をかけ、その鍵をボブはMr.マリックに渡そうとしたが、Mr.マリックは「鍵まで預からなくてもいい」と、そそくさと部屋を出ていった。