インドネシア拉致事件(19)
LAST UPDATE 2004-12-28
私服警官トラ


 捜査協力するなら逮捕しないという約束だったのに、言葉の解釈の違いで逮捕されてはたまらない。俺は必死に弁明した。
 「interesting」と言ったのは、「土産話として面白い」と思ったからだということを具体的に証明するために、行きつけの飲み屋やよく頼むメニューなどについて細かく説明し、実際に土産話をしている場面を想定して説明を試みた。この説明には30分以上かかったように思う。

 それまで取り調べをしている副署長をロビンソンと呼び捨てにしていたのだが、「副署長」という英単語を知らなくても、「Mr.」をつければいいのだと気付き、「Mr.」をつけることにしたのだが、それまでの呼び捨ても、彼の気分を害していたのかもしれない。

 やっとのことであらましを説明し終える頃、私服警官が入ってきた。日本語ガイドになりすまして捜査活動をしているという、「トラ」と名のる男だった。トラの登場で、とんとんと話が進むことになったのだが、もっと早く登場してくれよ!と心の中で叫んでいた俺だった。
 言葉の通じぬ国で、警察の取り調べを受けることが、どれほどの困難と苦痛を味わうか、その一端を身をもって経験したのだ。もし、日本領事館の事前の説明と、日本語が使えるトラという警官の登場がなかったら、ある程度のウラがとれるまで、拘束されていたに違いない。
 日本の入管における外国人への劣悪な処遇がよく問題にされているが、言葉の壁に加えて、アジア系外国人への蔑視や犯罪者扱い、密室での取り調べが重なり、相当な人権侵害が引き起こされているということは想像に難くない。
 言葉の通じぬ外国人に、外部への連絡と通訳を保障することは極めて大切なことなのだ。

 さて、トラの登場でスムーズに意志疎通ができるようになり、俺の身に何があったかの説明はすぐに終わった。その後、トラとロビンソンが何やらインドネシア語で相談している。俺のインドネシア語は、まだ初歩的な「レストランでの会話」の類だけだったから、何の話かさっぱり分からない。

 やがて、トラが俺に説明をし始めた。捜査協力とは、早い話、「おとり捜査のカモになれ」ということだったのだ。つまり、「もう一度拉致されろ」ということだった。

 第18章 第20章