インドネシア拉致事件(1)
2001-02-16 18:15
第1章  オランータンを抱きしめたい

 1995年と言えば、阪神淡路大震災の年だ。俺はその夏、インドネシアに旅立った。

 実は、インドに行きたかった。一度行った人は、その不思議な魅力にとりこになるという。原始仏教とカースト制度を生み出した、亜大陸を歩いてみたかった。ところが、JTBのおじさんが、雨期に行っても大変なだけだよ、と言う。それもそうだ。

 それならタイに行こうと思った。泰面(たいめん)鉄道を見たかった。映画「戦場にかける橋」で有名なところだが、日本軍が連合軍捕虜などを酷使し、「枕木一本人一人」と言われるほどの犠牲を出したというその現場を、俺はこの目で見、現地で考えたかった。ところが、プーケット島への観光客が増えだした頃で、間際には、とても航空チケットは手に入らない。

  仕方がない、
ベトナムに行こう。当時、ベトナムは韓国に続く高度経済成長で、活気づいているという。世界史上、中国やモンゴルの圧迫をうけながらも、誇り高く立ち向かった民族の国。元寇の陰には、高麗人やベトナム人の抵抗も忘れられない。ベトナム戦争の傷跡も感じてみたかった。ところが、ベトナムはビザが必要で、間に合わない。

 こんなわけで、インドネシアは、JTBのおじさんのお勧めであった。
 「ちょうどいいパック旅行がありますよ」
 「すみません、パックはやめときます」
 「いやいや、自由滞在のものです。一応、宿泊のホテルがついていますが、無理に泊まらなくてもかまいません。市内観光も、体調不良といえば、行かなくてもいいんです。お金は戻ってきませんが、それでも、往復の航空チケットだけを買うよりも安いですよ」

 それなら、インドネシアに行こう。インドネシアなら、いろんな島を回りたい。
  何と言ってもオランウータンを抱きしめたい。動物園以外はボルネオ島にしか残っていないというオランウータン。それも、本来山のふもとの森林に住むはずが、森林伐採で、やむを得ず山頂の方へ移り住んでいると聞いていた。昔「われら動物家族」というTV番組があって、単にそのイメージがあったからかもしれないが、ともかくボルネオ島に行ってみたい、と思った。

 ジャワ島のボロブドゥール遺跡にも行ってみたい。スマトラ島は、日本軍の占領時代に整備されたらしいが、きれいな町並みがあるという。ニューギニア島の高地民の村にもできれば近づいてみたい。旅のイメージが、ぐんぐんわいてきた。

 ところが、おじさんはこういう。
 「ホテルはバリ島です」
 「バリ島!バリ島は、僕には似合わないと思うんですが」
 「いやいや、バリ島に着いても、すぐに別の島に飛べばいいんです」
 「では、そうします」

 俺は、なんでも行き当たりばったり、即決だ。ついでに、自由滞在のパックだからと、行きと帰りのグループをずらして、長めにしてもらった。
 早速、銀行で貯金をおろし、支払ったが、実は残高1万円になってしまった。これは、残しておかないと、光熱費の引き落としができなくなる。それが、逆によかったのか悪かったのか....。そして、これらの旅のイメージが、完全に狂ってしまったのも、大変な計算違いだった。(2001-1-30筆、31語句修正)

第2章