旅行社現地支店が俺のため急きょ開いた会議の結論は、「警察へは出頭するな」というものだった。
警察へ捜査協力を申し出るのに日本語ガイドを同行させて欲しいという俺の希望を検討してもらったはずだったが、現地支店では、そのガイド派遣の可否以前に、警察への出頭は危険だと判断したというのだ。
というのは、インドネシア警察は、マフィアとつながっている者も多く、警察へ出頭した場合、そのことがボブに伝わるのは時間の問題だという。そして、命を狙われる可能性も高いというのだ。下手をすると、警察へ出頭したその帰りに交通事故を装って殺されることもありうるというのだ。インドネシア警察をそんなに信用するなというわけだ。
な、な、なんと! それこそ、心わくわくなんかしていられない!警察なんか行くもんか!
直面している現実の厳しさに、ようやく気付き、身がすくむ思いがした。現地支店は、さらにこう付け加えた。
「午後4時に、ホテルにいてはいけない」
その日の午後4時に、ホテルに迎えに行くとボブから言われていた。改めて勝負をしなおし、金を取り戻すようにと命じられていたのだ。もし、ボブの一味から何らかの接触があった場合、どんな目にあわされるかわからないという。ところが約束の時間にホテルに不在であっても、警察へ通報されたと勘ぐられてやはり危険な事態になるので、ホテルも変えた方がいいというのだ。とにかく、警察には行かず、どこかへ外出してホテルから離れるようにという。
オプションツアーも拒否したくせに、金を奪われた俺によくそんなことが言えるものだ。
「金がないので、別のホテルも借りられないし、行き場もない」
と答えると、
「浜辺でのんびりしていれば金もかからない」
だって。そりゃそうだけど、その後の約1週間、来る日も来る日も浜辺でのんびりするなんて気分にはとてもなれない。哀しすぎるじゃないか。
電話が切れ、ホテルの自室に一人取り残されたかのような俺は、しばらく呆然としていた。
すでに、お昼時を過ぎようとしていたのだが、電話のベルが鳴った。
この電話が無ければ、また違った展開になっていたはずだったのに。