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九十九里浜18。

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大丈夫なんだろうね!?

撮影しながら他人事ですが・・・ 心配。

カメラマンに成りたいと大空に飛ぶ、その殆んどが成れない、かつて写真学校で聞かされた最初の現実に、そうなんだ~と他人事であった時がある。

誰にも言えない秘密が出来てしまったようにも思えた、成れないものに成りたいなんて人には言えません、まして他人がそれを分かっているとしたら恥ずかしいとも思えた、青春時代。

いつも諦めるのが遅かったそれで得したり損をしたり、いまでも諦められないものもある。

出来ないことの理由、諦めるための理由、そんな言葉が上手くなってもしょうがないと最近は思う、そうなりたい事に理由も要らないのかも知れない、志を持てることからものごとは始まる様にも思える、夢や希望はそうした気持ちのなかに見えて来るものの様にも思える、いずれにしてもそれぞれの人生の時となる、その時間を大切に出来るのは自身でしかない、そして共有できる人なのだと思う。

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九十九里浜17。

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思い掛けない光景が待っている海。

とは言っても海に限ることではありませんがそのように思いながらイメージを膨らませて行くのだと思います、それぞれの個性なり見方の違いもおそらく現実とのかかわり方とその思いにあるのだと思う、それがそれぞれの世界であると思う、だから写真がこうでないとならないということもない。

今日は車の整備点検のため代車で仕事先へ行く、カーナビが付いていないので地図を見ながらの運転でしたがこれが結構大変なんだとあらためて感じた一日でした。

九十九里浜16。

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ここにも海を見詰める人がいた。

時には大きな感動があったりもする、今は少なく成っちゃったけれど覚えているものがある、理解してくれる人を大切にしたい、一緒に歩む人を大切にしたい、同じ志の人を大切にしたい、海はいろいろと教えてくれる、だから今日は良かったと思えるのかも知れない、人は心に海を持っているのかも知れない。

それぞれの思いを語る、この日はH.Taka氏とも語り合えたのが嬉しい。

九十九里浜15。

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登ってみました!あまり高いところは好きではないのですが・・・ 楽しかった。

仕事の方は合唱コンクールのビデオ撮影行きでした、いつもと違うプロ用のビデオカメラでの撮影、緊張しませんかと聞かれ・・・ !?

どんな時にでも冷静でいられることが大切だと思う、焦る理由もないけれど集中力にウエイトがあるようにも思える、どたん場に強くなければプロでいられる訳も無い。

遠くを見つめている人がいる・・・ その心に何を映しているのかとも思う、それぞれの人の分だけ気持ちがある、だから自分の気持ちは自分で大切にしたい、受けとめられる気持ちが大きくなれたれと思う、写真を撮りたい気持ちには見えないところにも隠れているものがある、その理由は要らないけれど、その気持ちが遠くを見つめさせていることもある。

九十九里浜14。

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ファインダーを覗いて危ないと焦りながらシャッターを切る。

望遠の圧縮効果でこのように見えた訳ですが、この日はいつもよりは実際にも波は高かったです。

日ごろ写真を撮っていないのでまだ九十九里浜です、私のBlogは何でもありと考えています、こうした気持ちのもやもやの中から次の行動が出てくる訳ですからマイペースともいえます。

九十九里浜13。

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波を見て美しいと思う時もあれば怖いと思う時もある、気まぐれな心がどちらに見えても波は波でしかない現実もある、誰のための美学と云って自身のためであることが優先されるものだとも思える。

こんな心も穏やかな時もある、鏡のような静けさを海に見る時もある、そうして気がついてゆく海もある、それぞれの心に海がある。

犬吠埼灯台からパチリ。

九十九里浜12。

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海へむかってダッシュ!

波音に消されて足音も聴こえない、まぁ普通どこでもそうかも知れないけれど、海にくるとあらためて見詰めてしまうものなのかも知れないと思う。

海を見詰めて眩しいと思う時もある、海に自分を映し見ている時もある、それぞれの海はそれぞれの心なのだと思う、そこに見詰める自身の世界があればそれを写真にしたいと考えている。

全ては興味から始まっているようにも思える、どう見えるかというよりもどう思えるかをパチリ。

九十九里浜11。

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誰でもそうだと思うけれど自分のパターンが見えて来る。

惰性とかの言葉をよく使う方もいるけれど自身を惰性なんていう言葉でかたずけたくはない、簡単に気持ちも感性も変われる訳も無い、ある程度は自身を肯定していくべきだと思う、人は気持ちのどこかに信じるものを持っている、自信の無い心ほど弱弱しいものも無いと思う、全てが表れてしまうのが表現なのかも知れないと思う。

つまらない写真でも自分の写真を大切にしたいものだと思う。

九十九里浜10。

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朝方の海も光っていた、逆光ですが良い感じです。

広過ぎるのかカメラマン諸氏に出会うことも少ない、海をどう撮るかもそれぞれなのだと思う、ジャンル的には何でもこなせることも大切だと思う、イメージは自身が創造していくところにあると思う。

九十九里浜9。

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九十九里浜夕方の海がまた良い。

波打ち際が鏡のように光る、日中も同じなのですが光線状態でそのように感じてしまうのかも知れません。

海に来ると走る姿が似合うな~~。