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窓。

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最近は居酒屋行きはほとんどありません、サラリーマン時代は週に2~3回は通っていたのに今は0・・・。

忘年会も1回2回あるかないかになってきたので健康的なのですが体重は平均値よりも4Kgオーバーとなる。

夢や希望も語る年齢から実践実行確立の段階にあるように思う、自身の今もそれぞれなのだと思う、この今を大切にしたいと思う。

空。

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ストレスも少しずつ上昇中。

こんな時には自身にここまで出来たらご褒美なんてことをすることにしている・・・ でなかったらやってられないな~。

とりあえずUSBメモリーの8GBを購入、DVDビデオ編集時にも役に立つからと考える、後は旅行を計画したいと思います。

野球場。

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合間に近場を散策、パチリ。

とにかく忙しいので困ったもんです、今日はこれから仕事行きです。

いつの間に秋。

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今年も残すところ2カ月です、以前は年が変わるくらいなことでしたが現在は仕事やその他いろいろで時が貴重に思えてしょうがない、この時は止められないのでせめて充実できたらと考えています。

最近はコンビニではないけれど24時間態勢になってきた、睡眠の確保が重要です、睡眠不足に弱いのでどこで寝るのかが問題です、とにかく健康管理には気をつけないとと思う。

11月です。

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今日からBlogも4年目に入りました、いつまで続けられるか分かりませんがこんなに続けられるとも思いませんでした。

始める前と現在では大分意識も変わったように思えます、電車に乗りたとえ鈍行でも確実に走っている、その車窓は遅いけれど確実に流れています、これは自身を見詰めてこれたからだと考えています、そしてもう少しこの電車に乗っていようと思う。

応援してくださる方々に感謝です。

九十九里浜23。

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夜は某大学行きなので早めにUP。

そろそろ九十九里浜シリーズも終わりにしたいものですが写真を撮れなくなってきているのが気がかりです。

自身との戦いともいえる写真ですが楽しくなかったら写真でないを心がけていきたいものだと思います。

九十九里浜22。

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最近は忙し過ぎてH.Taka氏と電話する機会も少なくなったように思う、車で移動中の時が唯一空いている時間となってきた。

来年に向けては仕事の見直しをはかりたいと思う、忙しければ良いなんてことも無いと思う、自身を見詰められる時間が大切なのだと思う。

趣味写真のベースは3Friends、写真展は開催グループ、思考はArtEyeなり黎明会、総合企画は研究所サイトでしょうかね。

九十九里浜21。

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ここにも黒装束の忍者・・・ 。

今日は病院へ行き採血をする、体重がまた増えていた!なんでも美味しくてついつい食べ過ぎのようです。

三日坊主に終わった自転車の話しをした、まぁとにかく運動しないとと苦しい弁解をする。

何だかんだで10年は通っていることとなる、冷静に考えると治ろうとしているのかとも思える、生活習慣病は自覚が薄れ易く普段の撮影意識にも似ている、とにかく忘れてしまう治しいくい病気なのだと思う。

九十九里浜20。

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黒装束の忍者でしょうか・・・ 。

向こう側を見たくて登ってみましたが特に面白くなく引き返しました、テトラポットがありました。

カメラを持つとどこへでも行って見たくなるとしたらこんなにも素敵な道具はないかも知れないと思う、これもある意味では魔法の箱なのかも・・・

結局、写真には感性を通してみた世界、興味を持ったもの、綺麗な景色、お粗末な景色、可愛い仔猫など何でもパチリ。

写真で何かを表現するなんて本当に出来るものなのでしょうか!そもそも表現したいものも無いんじゃないかと自問自答しています、また感覚的な視点で撮影されたものであり、見る側の想像力により補完されても本人の意識外なんてことは多いのが現状のように思う、写真展などのアンケートなどを分析してみるとそんな感じがしてならない、本人が良いと思えない写真が何故か良い評価なんてどこか複雑な思いすることがある、見る側の想像力って云う感じ・・・ 褒め殺しにでもあっているそんな感覚に恥ずかしさを覚える、これが自身の写真展の現状かも知れない。

これは一つの一面であると思う、いろいろな一面がどれだけ自身に想像出来るのかそうした葛藤が結局自身の思いに近くなる、ようするに自身の気持ちに近いかであると思う、それ以上は自身でも作品に対して自信を持てない、つまりは自信を持って作品に仕上ているか以上は不明瞭な感じがする、これが自身の作品ですと云い切れる心構えが写真を作品とする魔法なのかも知れない。

結構いい加減なものなのかも知れない、反面考え過ぎもな・・・ でも面白いから続けているのですから良い答えが見えてくると信じたい。

それぞれの写真が写真なんだと思う、どういう気持ちで見詰められるかこんなことを日常に気軽に溶け込ませる写真はやっぱり面白いということにつきる。

九十九里浜19。

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気持ち良さそうに・・・ でも命がけ。 墜落しないでね!

個人的に苦手なのがスポーツ観戦というやつです、プレーすることの楽しさは理解出来るのですが見る側というのはじれったいというか面白くない、話題性がないとと見る程度、とは言っても感動は理解出来るのですが年俸何億何てドリームは何でも無いと思う、全てが金というところが人の心をもて遊んでいるように思えてしまう、名誉を与えるのは理解出来てもしがらみが金の評価ではどこに精神があるのかとも思う、人間が貨幣通貨というものを考え出し経済的評価にまで高めて来てもその自由度に精神的自立の評価にまで達するには難しいのかも知れない、極論では神よりも金の方が評価が高いともいえる。

精神の自由またこれが無くなったら人でいられなくなると思うと現実というのは先人達の功労の上に成立っていることも理解できる、幼い時は神がいるいないという二元論でしたが今は神がいなくても神がいるとも思える感じは理解できる、それは精神ということの方が近いかも知れませんが自身が人であることの理由を自覚できるものかも知れない、いずれにしても自身を構築して行くための原理は人間が人に成ることにあると思う。

思いつくための足跡は自身のためのものであることをご承知ください。