Since 2008/ 5/23 . To the deceased wife
わけがありまして「読後かんそう文」一歩一歩書き留めていきます。
妻の生前、展覧会の鑑賞や陶芸の町を見学したりと共にした楽しかった話題は多くありました。
読書家だった妻とそうでない私は書物や作家、ストーリーについて、話題を共有し語り合ったことはありません。
悲しいかな私は学生時代以来・・半世紀近くも小説や文学作品を読んだことが無かったのです。
妻から進められていた本をパラパラとめくり始めたのをきっかけに・・・
先にある”もっと永い人生・・・”かの地を訪れるとき、共通の話題を手土産にと思って。
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[No. 161 ] 5月 18日

文春web文庫
「父とガムと彼女」角田光代
2008年作・ 55ページ
父は脚本家としてテレビドラマなどを手掛けていたりしていたおかげで比較的裕福な家庭で私は一人っ子として育てられていた。学校も電車で通うほどの私立小学校に入らされていた。
学校は比較的厳格で帰りには校門の前まで迎えに来る保護者と一緒に帰ると言うものであった。
しかし3年生に上がる前ころから父の仕事が上手く行かなくなり収入も減り母も働きに出なくてはならない状況になった。学校からの迎えは代りにまだ若い初子さんと言う人が母に代って来てくれる
ようになった。
私はクラスのお迎えに来る保護者のどの人よりも若く溌剌としたお迎えに来る初子さんのことを誇りに思っていた。初子さんはいつもミカンの香りのするガムを噛んでいていつの間にかその匂いは
初子さんに対する慕いとともに私の身についてしまっていた。
その年の夏、母は実家の祖母の看護と言うことで家を開けた。しかし一カ月しても母は戻って来ることは無かった、わたしは初子さんにすっかり懐いてしまっていたので別に母が帰ってこなくても
寂しさを感じなくなってきていた。
私が4年になった頃いつの間にか初子さんは私の家に来なくなってその代わり母が何時も居るようになった。もう昔の思い出であった・・・。
私の結婚が来春に決まった頃、父は亡くなった。そしてその葬儀に初子さんがきてくれた、通夜ぶるまいの席から母と初子さんがいなくなっていることに不審を抱き私は下の斎場へ行って見た、
すると母と初子さんは抱き合って泣き合っていた。・・・・・あのとき初子さんはひょっとして父の恋人だったんでは無かったんだろうか・・そして父を愛した二人の女性としてふたりはその別れを
悲しみ合っていたのだ。
普段の生活の中でときとしてフッと嗅いだ香りが昔忘れかけていたある思い出をかなり鮮明に思い出す事がある。彼女も小学生の頃のことをミカンの香りのガムの匂いと共に鮮明に思い出し
そして冷静にその場では理解できなかった大人の行動が具体的によみがえった事を思い知った。
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[No. 160 ] 5月 14日

文春web文庫
「八月の舟」樋口有介
1990年作・ 337ページ
ぼく葉山研一は前橋市内の高校生、母親はピアノの先生をしていて父とは離婚したいわゆる母子家庭だ。中学時代のちょっと不良じみた仲間の田中とはその長女と母が同級生だったこともあって
ときどき遊びをしている。その田中には4人の姉がいて長女とは親子ほど年が離れていて田中の母親代わりをしているが実はその昔姉は校長と結婚して娘晶子を出産し離婚している。
つまり複雑そうな関係ではあるがぼくと田中と晶子は市内の同じ高校生同志で付き合っている・・・という関係図式であった。
夏の前橋の夜は大変蒸し暑い。田中の提案で僕と晶子とで夜の赤城山大沼へドライブしようと決めた、もちろん車は田中の姉の経営する会社のライトバンを拝借、しかも田中は無免許だ。
母子家庭の僕も姉育ちの田中も校長の娘晶子もまだ高校生のくせにたばこを吸っているのにそれをとがめる人は誰ひとりとしていない環境だ、そして赤城の大鳥居の傍の酒屋で缶ビール10本
を買い到着した大沼のほとりでしこたま呑んだ。空き缶は沼に投げ捨てた、酔いが回って晶子は沼にざぶざぶと入って遊んだ。
パトロール巡回の警察がパトカーから沼まで降りて来て尋問した「・・僕たちは大学生、向こう側でキャンプしています、彼と彼女は結婚しています・・」「・・・あの車は先ほどアベックが乗ってきて
降りてそのまま茂みに入って行ったようです・・・」と嘘を言って遠ざけた。
案の定、山を下る途中田中は運転を誤って自損事故をおこす。運よく僕と晶子は大したことも無かったが田中は入院するほどの怪我をし姉を悩ませた。
僕がある日彼らとしこたま飲んで帰って来ると母は死んでいた、脳梗塞であったが既に予感はしていたようで研一宛の”ことば”までのこしていた。
樋口さんは前橋市出身の作家・・ということですがこの頃多数の作品を発表していたようで、同年には直木賞候補作「風少女」やサントリーミステリー大賞の「ぼくとぼくらの夏」
など4〜5作品のうちの一つでした。
実は日本経済崩壊のバブル景気の終焉前に描かれたこの作品のようにこの頃育った不幸な青少年が主人公というのも彼らの前途に暗雲の幕開けを感じさせる。
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[No. 159 ] 5月 10日

文春web文庫
「いちば童子」朱川湊人
2008年作・ 41ページ
ちょっと不思議な話をしたろか。・・・かれこれ37、8年前になるかなーそうそう、ちょうど千里で万博やる前の年や。俺が小学2年の時やから間違いない。
この年大阪では万博開催の為あちこちでビルが建ち道路が拡張されいつも街中がひっくり返されるような時代であった。とうじ俺の住む近くには狭い道を挟んだ50mほどの商店街があって
アーケードも無いので俺んちでは”いちば”と呼んでいた。車も入れないような道幅でしかし近所の人たちはそのおかげで心行くまで立ち話をしたり子供たちも安心して道端で遊んだりして
どちらかと言うと新興商店街にくらべて緊張感のないいちばであった。
母親のいいつけで買い物を頼まれて乾物屋に行った、いくら大きな声を出してもお店の人が出てこなかったので冗談に「・・・火いつけたるで・・」と言った所、後ろの方から子供の声がして
「あかんあかん、火いつけたらあかん」と変な子が出てきてなんとか買い物のシイタケを買って帰って来た。
またある時今度は文房具屋さんにノートを買いに行った、ここでもいくら呼んでも話し声は聞こえるのに店の小父さんが出てこなくて困った。するといつぞやの変な子が出てきて「いらっしゃいませ」
といった。「うわあっ」俺は思わず大きい声を出してもうた、だって鼻にあるホクロまでこの間乾物屋にいた子とおんなじだもの。
そんな事を帰ってきておばあちゃんに話したら「・・・それはきっといちば童子じゃないかぇ・・、東北にはざしき童子って居てその家は栄えるんだよ、だからいちば童子がいるかぎり商店街は
何時までも栄えるのさ・・」
そのうちにこの商店街に大きな道路が接続される計画が出て皆は賛成、反対と意見は分かれた。変な子は俺に相談したんだ「このいちばに道路がつながって車が通れるようになったらボクは
もうここに住めなくなってしまう・・」俺はさっそく商店主の集まりに出て行っていちば童子の話しをしたんだ、みなゲラゲラ笑い出したんで赤っ恥を掻いて帰って来た。
でも結局は投票で反対する人が多くなって道路の接続は中止になったんだ。変な子は俺に礼を言ったんだけど「ちょっと、3っつ数える間目をつむっててよ・・」で目を開けてみるとその子のいた
後ろの塀に白い猫が気だるそうにあくびをしてヒョイっと向こう側に飛び降りて行ったんだ。その白猫の鼻にはクッキリと黒い模様が目に焼き付いて離れなかったのさ。
以来大阪の街は大きく変わったけれどそこの商店街は今も昔の善さを残したまま栄えた商店街として残っていると言う・・・。
短い作品ではありましたが強烈なメッセージが伝わる作品であった。そして初めて出会った朱川湊人さんにたいへん魅かれる感情を持ったのでした、これからも彼の作品を探して読んで見たい
気持ちが湧きました。
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[No. 158 ] 5月 7日

文春web文庫
「きれぎれ」町田 康
2000年作・ 257ページ
・・・ぽんぽんと景気よく、ご祝儀って感じで百貨店の屋上から人間が飛び降りてくる。巨大化した僕の顔が空中に君臨して、またひとり落ちていったのは妻。みんなと同じように、いきまーす、
かなんかいって主体性が無い。白いブラウス、膝までの丈の赤い襞のあるスカートの、ふわっとした感じのなかから黒い靴下に包まれた足がのぞいているのが猥褻だ。・・・
この本は何だ・・・?、少し慌ててもう一度冒頭から読み返してみた。よかった、わたしが「変!」と感じたことは正しかった。この人は精神を患っているらしい・・・だから精神科医のお医者さんに
なったつもりでこの人のお話を読んであげよう・・・・と思ってから急に面白く読み切ってしまった。しかも読んだあとは爽やかささえ残るではないでしょうか。
ストーリーらしいものは漠然とありましたがそんなものを此処になぞる気はしません。絵画でいえば・・いつだったかパウル・クレーの絵のカレンダーを友人からもらった中の作品に似た感情を
持ったのは偶然でしょうか。
・・・あちこちに我儘な自分がいて、こちらで見合いを壊すためにわざと相手の嫌がる事をし破談に導いた。その彼女は画家として名を挙げた同級生の妻になった。しかしその彼女は随分と磨かれて
とても羨むばかりに変身していた・・・。太い墨で描かれた描線のあちこちに繊細な色彩の領域があって小さな人間の小宇宙とでも・・・
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[No. 157 ] 4月 23日

二見書房e版
「誓いの酒」早見 俊
2008年作・ 434ページ
宝暦元年(1751年)兄の花輪征一郎は公儀目付の要職にいるが弟の征史郎はというと特に大した仕事も無く実家から離れた長屋で気楽に過ごしていた。
しかし、剣術の腕を見込まれて大岡出雲の守忠光に内々の特命をうけて臣を待つ身分であった、その忠光は九代将軍徳川家重の側近中の側近、おそば御用取次として仕えていた。
家重は言語障害がありその言葉を理解して政を担うことは難しかったが忠光はひとりそれを理解し聴き取り役に徹し家重の意思を通達するという重責を担っていた。しかしその家重の跡取りに
最後まで半旗を掲げていた一派がことあれば家重の失政あらば・・と虎視眈々として狙っていた。
家重は町民から直接の意見を聞くため「目安箱」なる投書箱を設置して政策に反映させようと勤めていた、しかし反対派はそこに目をつけて金貸し業の両口屋十兵衛に「喜多方藩の藩主は
毎日吉原に通って”喜連川”という花魁にぞっこんの遊蕩にふけっている・・」と書き込ませた。その喜多方藩は近々に将軍家より紀美姫さまをお迎えする矢先でもあった。
家重は忠光に命じその先行きを調べさせた。当然のことに花輪征史郎は両口屋十兵衛の所におもむきその先の喜多方藩主の行状を子細に調べていた。
偶然にある大会・・「大酒飲み大会」で征史郎は喜多方藩江戸詰の木島幸右衛門と最終決戦をしていた。両者引き分け・・・と言う判定の折、幸右衛門は一升ますに残る僅かな酒量を見て
「征史郎どのの方が勝ちじゃ・・!」と一方的に自分の負けを宣言した。征史郎はその潔白さに惚れ込んで幸右衛門と意気投合した。
幸右衛門は喜多方藩の財政を救うため酒造りに精を出しそれなる酒、”喜多方誉”を江戸で拡販するために精を出していた。征史郎はそれに出来るだけ力を貸そうと努力したが想わぬことが
きっかけで任務とする調査の中に幸右衛門が濡れ衣を着せられていることが判った・・・。
時として呑み屋で隣同士になった事がきっかけで無二の親友になる人もいれば、とんでもない詐欺に出くわす人もいる。私にはそのどちらもかつて心当たりになる人には巡り合っていません。
私はお酒を飲むと気が大きくなるたちです。たとえ素敵な女性であっても呑み屋さんだから素敵に思えるだけでしょう・・・と思っていればマチガイナイ。
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[No. 156 ] 4月 20日

光文社電子書店
「純平、考え直せ」奥田英朗
2011年作・ 480ページ
新宿歌舞伎町に部屋住み込みのやくざ、坂本純平21歳は親分の命令で敵対する組頭を狙撃する命を受けた。
慕う兄貴分にべったりであったから人として成長するための他人と接したり見聞を広めたりと言ったことは一切したことが無かった。だから親分・・と言う雲の上の存在の者からの命令には自分が
認められたと思い有頂天になってしまった。
さて、この仕事を成し遂げれば一人前のやくざとして箔がつくことは言うまでも無いがそれ以前に10年の服役に就く覚悟も必要であった。従って相応のお小遣いをもらって3日間ほどシャバの
空気を堪能して来い・・・と暇をもらった。
純平は、この3日間のあいだに今まで経験もしてこなかったほどの大勢の人と出会ってそれなりに単純な頭の中の改革を迫られる羽目になった。しかも遊び半分につきあった女が掲示板に
書き込んだ”純平の討ち入り計画”は同年代の親身な警告や不道徳なそそのかし意見などそれなりに大反響を呼んで大いに盛り上がってしまった。
しかし、3日間と言う時間が過ぎ純平はその任務を決行した。
出会った人の中に大学教授の職と家族を投げ捨てて気ままに放浪する老人がいた、無論老人も純平の行動に待ったをかけたひとりではあった。
「若者が死を恐れないのは、人生を知らないからである。知らないのは、ないと同じだから、惜しいとも思わない。我が子を抱いた感動も、大業を成しえたよろこびも、肉親を看取った悲しみも、
旧友と語り明かした温かみも、ろくな経験が無いから、今燃え尽きてもいいなどと平気で言う。まったく若者はおめでたい生き物だ。おまけにやっかいなのは、渦中にいる者はその価値がわから
ないということだ。健康の価値は病気にならないとわからないと同様、若さの価値は歳をとらないとわからない。まこと神様は意地が悪い」
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[No. 155 ] 3月 26日

文春web文庫
「雪ひらく」小池真理子
2008年作・ 412ページ
暫くスキーの転戦が続くのでまとまった本よりは短編集の方が・・・で読み始めた本がこれであった。
6編が収録されていたが全ての作品は・・どうだろう、実を言って私の感覚の中にある中年の女性のイメージからしたらふしだらでどうしようもない・・・妻子ある男性に不倫をしてその中にある種の
恍惚を生きがいにして生き延びて行く得体のしれない生物・・上品に見積もって見ても「秘められた女の官能の炎・・?」。
「雪ひらく」聡子は4年間付き合った作家の沢木と別れた。実家は画家の父70歳、妻に先立たれて今では小料理屋を近くで営む若い光子と言う女性と実質上夫婦と言うことになっている。
聡子は暮れの休暇を利用し父のもとに帰って来た、食事はもっぱら光子の店の開店前にいって済ませることにしていたのでここへ出かけた。
聡子はここで写真家の勇作と知り合う。大みそかの夜、勇作からドライブを誘われる。ラジオからはいつしか除夜の鐘が鳴らし始まっていた、四輪駆動の車は雪の中峠を昇って行く。
次第にその雪は本降りとなり、ヘッドライトの中に白いカーテンが幾重にも幾重にも折り重なって突き進む・・・。
スキーをしているとこんな様な場面で車を運転する事情はいくらでもある。ひとり未知の未来に向かって車を操ってひたすらつき進めて行くとき本能の奥底にある自身の運命的な
予感を感じることがある。
もし私が作家だったとしたらそんな方向の作品に発展させていくだろう。でもこの本は私にそれ以上の想像をもたらせてくれることは無かった。
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[No. 154 ] 3月 7日

幻冬舎e文庫
「パレード」吉田修一
2002年作・ 499ページ
井原直輝28歳、映画配給会社勤務。恋人の美咲と住んでいたマンションであったが仲たがいして美咲はここから出て行ってしまった。
部屋代をひとりで払うことがきついので後輩や酒飲み友達などの繋がりで契約違反ではあるがH大学経済学部3年の杉本良介21歳、イラストレーター志望の相馬未来24歳、売り出し中の
タレントと熱愛中の大垣内琴美23歳らと不思議な同居生活をしていた。そこにもうひとり未来が呑み屋で拾ってきた夜の仕事をする小窪サトル18歳も加わった。
しかし、井原と不仲になったはずの美咲も時々来ては皆と楽しく時を過ごしてはたまに泊って行く事もあるのです。このマンション、リビングを挟んで男部屋と女部屋に別れていたが次々と
事件が起こる。
それぞれの生活を通して他の4人とどう関わっているかが大きなテーマではないでしょうか。しかし作者はひとりひとりの個性を丹念に描写し同居という5人の社会生活がその個人主義と
どう結びついているのかを現実の“社会”に投影させて考えさせてもくれるようです。
甲州街道に面したマンションの3階の一室、直輝はとあることがきっかけで街道を挟む向かいのビルの外階段にのぼって自分たちの共同生活を営む住まいを初めて外から覗き見てみた。
いつも自分たちが使っている部屋を外から眺めると言うことは何とも奇妙な感覚だった。リビングを挟んで男部屋、女部屋、明かりが灯されて中は丸見えだったががらんとした三つの部屋に、
誰かがいる所を見てみたかった。
直輝はおもった、「誰もいない・・・」実はそれぞれ自分をも含め実際にはそこに住んではいないんではないだろうか。本当の自分をさらけ出してそこに溶け込んで今まで住んでいたんだろうか?
私はこの本を読んでいる時暫くの間わたしが下宿していた彼らと同年代の19〜23歳の頃のことを想い浮かべていた。『青春切符』
第2章
それと第9章の参照。
言って見れば時代は違いますが木造二階建て戦火を免れたおんぼろ民家、男部屋の二階と女部屋の一階、婆ーさんの部屋はいわばリビング・・とでも表現しておきましょう。そこでの生活は
やはりそれぞれは個人主義ではありましたが真剣に”社会の一員”としての自覚は持っていました。ですからリビングで交わされる会話もそのまま大きな社会人としての責任は負っていました
のでお互いに対しても親身な付き合いであったと思う。
半世紀後の若者たちの集団生活にはその肝心なところが感じられず”空虚”さが美徳だとさえ感じさせる寂しさを感じてしまう。仲間?の中には多くのそれぞれの問題を抱えているにもかかわらず
”知らん顔”することが都会生活だと勘違いしている若者が多過ぎるし風潮だと思うことに恐ろしさを感じてしまう。
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[No. 153 ] 2月 16日

文春web文庫
「時雨の記」中里恒子
1977年作・ 452ページ
僕たちが再会したのはあの人が40過ぎぼくも50を過ぎていた。
ぼくは20そこそこの頃に見たあの人の面差しを忘れなかったのはやっぱりひとつの縁と言うものではないだろうか。勤務先の会社と関係の深い社長の通夜が大森にあった時であったと思う。
そして数十年私たちが再会したのは帝国ホテルで知人の息子の結婚式の席で偶然にもあの人と向かい合いの席になったのでした。わたしは「あのひとだ、あのひとに違いない・・!」
「・・お忘れかと思いますが以前、大森の・・」「・・・お送りしましょう、どちらへでも・・・」わたしは有無も言わせず自分の車を呼び寄せると押し込むように乗りこませた。
東京駅でおろしたとき、わたしはとんでもない事を口走っていた「・・・大磯のおたくに明日お伺いしてもいいでしょうか・・・」
ぼくの女にしてしまいたい半面、自由自在とは言いかねるへだたりのある、暗黙のうちの許しあいを多江も楽しんでいるとうぬぼれているこの純真さ、これは恋をしているものの本心だと思っている。
恋のたのしみを長くたのしむためにはただならぬ事になってはいけないと僕は想っている。
再会を果した実業家、壬生孝之助と夫と死別しひとりけなげに生きる堀川多江はこうしたきっかけをもとに生涯に一度の至純の愛に巡り合ったのであった。しかし壬生は持病の心臓発作で
亡くなってしまう。多江は壬生の友人に尋ねられる「あの、壬生の墓はわかっておいでですか、」「いいえ、でもお墓も、わたくしの中にございます、壬生さんの好きだった場所をわたくしはお墓に
きめてしまいました、ゆきたい時にはそこへ参ることにいたしますから、」
本当はもっとなまめかしい事でしょう、妻子ある男が未亡人に恋心を抱く・・・。この作品は中里さんが68歳の時の作品です、どうしてこう言った美しい言葉で綴られ読む人の安心感をさそって
くれるのでしょう。その点、某作家の「雪○」と状況は似ていますが壬生の心の動き、多江の心の受け止めに作家の優しさが滲み出ていて好感のもてる作品でした。
「雪○」とはその作品の暦では40年の時代の差があります、まだ女性に対しての認識度の違いもありますが男の作家の描く身勝手な表現と、女性作家の描く世界観にこれ程の差が生じるものか
と改めて感じるのでした。
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[No. 152 ] 2月 7日

光文社e書店
「スイング・ブラザース」石田依良
2011年作・ 524ページ
さして優秀でもない私立大学を卒業して11年目、同じ同級生であった3人はそれ以来の腐れ縁の仲間同士であった。
近ごろ頭の毛がメッキリ薄くなってきた地元信金顧客係をしている小林紀夫、プログラマーでゲームソフト開発に精を出す時代遅れの長髪やせ形の矢野巧、清涼飲料水会社で営業マンを
している少し太っちょの堀部俊一であったがほぼ同時に彼女に振られて失意のどん底にあった。今日も寄りあって京浜東北線ガード下の焼鳥屋で安酒を呑んで憂さを晴らしていた。
3人の大学時代憧れであった1年先輩の女性河島美紗子に再会する。彼女は今もってその美貌を武器にエステ事業を軌道に乗せていたが今度男性向けエステを立ち上げた、彼女にしても
格好の三人組を第一期特待生として受け入れて彼らを見た目だけでなく内面も磨きあげ目指すはズバリ”モテ男”にさせると言う。
さて、美紗子が揃えた腕利きの講師たちの用意する試練に耐えて彼らは誰もがうらやむようなモテ男に成れるのでしょうか。
彼らは最初講義を受け女性たちを誘うためのテクニックを教わればいとも簡単にその目的は果たせられると勘違いしていた。
「何度断わられても、あきらめない気持ち。傷ついても折れない、タフで太い心。それさえあれば、いつかは必ず願いがかなう日がくる」と言う事を知る。
考えてみれば、それは恋愛に限った事ではありません。仕事でも、練習でも、生活でも、基本になるのはシンプルで強い心のもちかたなのかもしれない。自分は異性にもてないと最初から
あきらめていたら、どんな絶好のチャンスだって見逃してしまうだろう。
そして大切なのは私たち人間は、ほんの50年も恋をしなければ、つぎの世代が消えうせて、滅び去っていく”か弱い生き物”なのです。男性が女性に飽きる事がないように、また女性が男性を
見限る事がないような世の中であってほしいと願うのです。
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[No. 151 ] 2月 3日

文春web文庫
「やさしい訴え」小川洋子
2005年作・ 474ページ
「わたし」は夫の暴力をきっかけに家を飛び出してきた、何故ぶたれたのかその経緯もはっきりと思い出せない、そして子供のころからよく父母と来ていた別荘に逃げ込んできた。
ああよかったと安堵した、もう別荘など無いのではないか記憶の中の風景全てが手の届かない場所へ遠のいてしまったのではないかと・・・。でも風景はどこにも消え去ってなどいなかった。
忠実な記憶の番人のようにわたしを待っていてくれた。
夫は眼科医だった、目を見てもらったのをきっかけに結婚したが以来愛情の通った生活など無かったような気がする。だから何の理由でぶたれたのかさえ定かでないうちに飛び出してきた。
「わたし」はもともとカリグラフィーとしてアルファベットを図案化した作品を作る事を仕事として来た。だから別荘に来てもその仕事を持って来たのでここで続ける覚悟でいた。
散歩のつもりで近くの小道をたどると風変わりな男女の作業場があり顔を出してみた。男性は新田といいチェンバロを作る職人だと言う、女性は薫と言い彼の弟子ということで近くから通ってきている。
二人とも快く向かい入れてくれて薫さんの挽くチェンバロの曲に魅入られた。彼女は実家が教会だったのでよく演奏をしていたと言う、新田はピアニストを目指していたが心の病から人前で演奏
することができなくなってしまった経緯がある。二人の関係はどうなのか知れないが「わたし」も新田さんに心を惹かれてしまった。そして・・・・
粗雑なミステリー作品の後なだけにしっとりとした文章が気持ちに潤いを与えてくれる感じがした。そして登場する主だった人物も「わたし」と新田さん、薫さんの3人だけで心のやり取りがあるだけ
と言う落ち着いた作品であった。新田さんと薫さんの二人の世界に首を突っ込んでしまった「わたし」はそこで自由気ままに新田さんを欲すると言う我儘をする。しかし彼らにはその中に「わたし」
一人ぐらいいともたやすく受け入れてくれる事ができる包容力があった。
物を創ると言う事を通して男女の間もその垣根を越えた世界と言うものを持つことができる。傍目にもそこには夫婦よりも強く大きな繋がりがあって「わたし」が割り込んだと思っていても実はカヤの外
であったことを思い知る。
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[No. 150 ] 1月 25日

幻冬舎e文庫
「天国への階段(下)」白河 道
2011年作・ 676ページ
一馬は実父に対して芯から恨みを抱いていた、そして育ての親及川の殺害に関しては柏木圭一が深くかかわっている事も知る。
それを確認したいがため一馬は柏木に脅迫状めいた事をワープロで手紙を書いて反応をうかがった。柏木とその腹心である常務の児玉はかなり狼狽し、あろうことか児玉ははやまって
関係の無い警備員を口封じのためといって殺害してしまった。
一馬はそれに対しても執拗に「見ていたぞ・・」と脅迫を繰り返す。それら一連の彼らの不可解な行動に担当警部は関係するとみられる証拠を見つけ出そうと昼夜に亘り尾行し続ける事とした。
児玉は警備員殺害の件からその追求の手が柏木にまで及ぶ事を恐れて自ら運転する車を崖から転落させて命を絶った。捜査の糸口を完全に断たれた警察は一馬の心情に訴えて
柏木が自白するように語りかけた。しかし当初は憎んでいた柏木ではあったが実の父親と言うことで情もありこの線での追及は断念せざるを得なくなった。
担当警部の桑田は完全に本人の自白以外にその根拠を見出せなくなってしまった。桑田は柏木に捜査の行き詰まりを告白するとともに心理はただ一つしかない確信を持っている事を伝えて
この件から降板することを告げた。
一方柏木も決して自白はしなかった。しかし、カシワギ・コーポレーションの解体と優良企業に育ちつつある二つの会社はそれぞれ独立させた。そこにはカシワギと言う名前を全て消して
自分の気持ちを整理する意図が強く表れていた。
柏木は仕事の為・・と称してアメリカ・ゴールドビーチに飛んだ。しかしその海岸で死体となって発見された。死因は心臓麻痺と言うことであったが海岸で横たわりながら向けていた方角は奇しくも
同じ緯度であった絵笛であった。
2000頁にも及ぶミステリー巨編ではありましたが読み終わって何かの空しさを感じる。
やはりこう言ったミステリー作品にはどうしても無理が生じる、ストーリーに不自然さが残る。作家の描くストーリーに不都合が生じると不治の病だ、ガンだ、病死だ、自殺だと登場人物の三分の一
も殺されてしまっては読後の空しさも判ってもらえると思う。老後の愉しい読書はもっと情緒豊かな希望に満ちたものでなくてはならない・・・と強く感じるのです。
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[No. 149 ] 1月 22日

幻冬舎e文庫
「天国への階段(中)」白河 道
2011年作・ 654ページ
一馬は父の及川から実の父親は柏木圭一だと言うことは手紙で読んで知っていた。
青年実業家として脚光を浴びていた柏木圭一、そのカシワギコーポレーション20周年記念式典を前後して柏木に対する脅迫文が幾通か届いている。腹心である常務の児玉はどんなことが
あっても社長を守り通すと言うのだが・・・
柏木には人に言えない暗い過去があった、兄のように慕っていた及川とコソ泥を企んだものの見つかってしまい被害者を殺してしまった。何とか逃げお失せたものの及川は捕まりしかもこの事件は
自分ひとりの単独犯行だと言い通して柏木の存在をかばい通したのであった。
担当刑事は及川が殺された時その犯人はあの時やはり共犯者がいてそいつの手に下ったのではないか・・・と推察していた。
一馬は実父である柏木に自分の素生は隠したままカシワギコーポレーションに職替えをし、しかもこともあろうに柏木の専属運転手代理としてその懐に飛び込んでした。
柏木が北海道から上京するきっかけとなったのは父圭吾の牧場が騙し取られてしまった事もあったが、もうひとつの大きな理由として幼なじみであり将来も約束したに等しかったとなりの牧場の
娘であった亜木子が自分を裏切るようにして東京の資産家のもとへ嫁いでしまった事もあった。
しかし不思議な縁のめぐりあわせとでも言うのでしょう、その娘未央が写真家として道を切り開いているのを陰ながら支援するという立場にあってお互い気持の上で繋がるようになってきていた。
亜木子はある時娘の未央が柏木と懇意にしている事を知り驚く。まさか、男と女の関係にまでは発展しないまでも過ちを起こさないとは限らない・・・・「あの娘は実は圭ちゃん、あなたの実子
なんですよ・・」。
読後感想は全巻読み終わってからにしたいと思う、それにしてもいよいよ随分と生臭い小説になって来たぞ・・。
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[No. 148 ] 1月 14日

幻冬舎e文庫
「天国への階段(上)」白河 道
2011年作・ 652ページ
ミステリー巨編、たまにはこういった本も・・・と、ダウンロードした所奇しくも上、中、下の3巻もの本になる大作らしいことが判った。ここでひるんでは先に進めません、読破するのみ。
青年実業家として名を成した柏木圭一44歳、その若き日は多難な人生であった。
北海道々央、太平洋にサイの角のように突き出た襟裳岬の西麓は日高本線絵笛駅付近に広大な牧場が広がっている。父圭吾は付近の牧場主から騙し取られるようにして農地を失い
そして家族を失い圭一はひとり東京へ出て来た。苦学の末大学には入ったものの手がけた不動産関係の仕事が忙しくなり中退する、理科系学友であった中条俊介のその才能を高く評価し
後に多角事業拡大のため経営参画を任せた。
今や飛ぶ鳥をも落とすほどの勢いのある”カシワギ・コーポレーション”の代表として経済界からも若年層の雑誌からもその業績をうらやむ声が高かった。
話は変わって及川広美は若い頃妻の経営する呑み屋を不動産屋に騙されて運転資金を取られてしまった、ほんの出来心でその資金の足しにと忍び込んだ工場で主人に見つかってしまい
殺害し、金を奪った。及川は調べに対しあくまで単独犯と主張し強盗殺人犯として15年の服役を済ませた。その時の担当刑事は及川からの手紙によって立派に更生した事を知る。
及川には出所後亡くなってしまった妻のほかにすでに立派に成人した父親想いの一馬という子がいた。しかし及川は自分がすでにガンに犯されている事を知り一馬にその出生の秘密を手紙に
託していた。
そんな時、及川がとある所で殺害された。当時の担当刑事は「ひょっとして彼は先の事件の共犯者によって殺されたのではないか・・」と思いこの捜査の担当を志願した。
改めて以前の事件から洗いなおしてみると更に深い諸々の人間模様が浮き彫りにされるのであった。
この上巻には主役を取り巻く20名ほどの重要な役目を果たす人物が描かれるがこれらの人々が今後どのような役を演じて行くのか関係図式を手元にメモしておかないと話しの道筋をはずして
しまいそうである。
読後感想は全巻読み終わってからにしたいと思う。
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[No. 147 ] 1月 5日

幻冬舎e文庫
「ハッピー・リタイアメント」浅田次郎
2011年作・ 572ページ
4年後に定年を控えた財務官僚、樋口と自衛隊からたたき上げて二佐にまで上り詰めた大友、共に56歳での転属命令であった。これは出向では無く退職して再就職・・・つまり天下りをしろ、と
の辞令を受けたのであった。
樋口は天下の財務省に勤務しやっとこさ課長補佐の肩書を手に入れたノンキャリアであった。息子と娘、妻までが大喜びで即離婚、退職金はみんなで分けてしまって身軽な独身になった。
大友はあちこちの駐屯地を渡り歩きはしたが最期は北海道の陸上自衛隊旭川駐屯地に収まりたたき上げではあったが大学の通信教育を履修し一般幹部候補生の受験資格を得た。階級
ごとに定められた定年から危うく身をかわすようにしてついに二等陸佐まで這いあがってきたのである。しかもどさまわりの時期が長く婚期を逸しこれまたひとり身であった。
いずれにしろ二人は立場は違えど組織の中では次の階級を得るには不都合な存在でありかと言ってつらい仕事も耐え忍んでやってきた実績から再就職を斡旋されたと言う所である。
さてその先はJAMSという名の金融保証機関であった。もともと無担保無保証人の零細事業主の債務保証を代行する事によって公平なビジネスチャンスを拡大する
ことが目的であった。銀行はこの債務保証に基づいて融資をを行い弁済が滞った場合はJAMSが無条件に代位弁済する。
多くの個人経営者はこれをよく理解し弁済が滞らないようまじめにそれを履行していた・・が、中には事業も失敗し借りっぱなしのまま逃げてしまう輩もいた。そこでここの
仕事と言うのは逃げてしまった人に返済の意思があるのかはたまた無いのかを確認することを主仕事とするのであった。
もともとこの職場は樋口や大友のような環境のもとで再就職した人間ばかりと言うう事とすでに弁済の法的期限もすぎたものはどうでもいいようなものであるから仕事としての意気は全く上がらない。
しかし彼らはもともと仕事は一生懸命する性質なのでついつい逃亡者をさがしてしまう、するとその逃亡者たちはその後大儲けをしてして社会的地位まで築き上げている人間が実に多いことに
気がついた。
こんな機構にうんざりしていた中年の事務女と共謀してこの金を横取りしてやろうと考えるようになった。つまりもう返してもらわなくてもいい様なお金の処理を当事者の良心に訴えて取り返す。
そして債務不履行然としておけば事は丸く収まるであろうと考えていた。
しかし、この結末はどうやら別の道から霞みとられてしまったような雲行きで話は終わる。
私たち日本には江戸時代から長く終身雇用制度なるものがあって大過なく奉仕してきた人間は決して不利益はこうむらないようにして来た。しかし資本主義と合理主義を突き詰めると組織
の効率化のためにはピラミッド型の構成組織が求められ当然その形態からはみ出した人間をどこかに移さなくてはならないことになる。
だからそんな組織の相似形をあちこちに作って運用する・・・つまり天下り先を作っておきたいものである・・・。これから超高齢化社会に突入する社会の歪みをどうやって調整して行く必要があるか、
一見、痛快ドタバタ劇場のようではあるがとてもたくさんの問題を抱えて将来を暗示させている。
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