知的生活をするための教育日記

 初稿・1989年4月3日。以来、360号。 そして、2002年ホームページ上で復稿。現在、11年目になりました。

 退職教師の生き様を記しておきたいという願いで書き綴ります教師は、現職を退くと、もぬけのカラになると言われます。学級王国の主から引退して、何もすることなく、ボーッとしているのもつらい。 まあ、これから退職する人の何かの参考にでもなればねえ。 退職教師のひとりごとです。

2012年 1月〜12月

12月30日 日曜日
 9月ごろだったと思いますが、ひょんなことから、facebookにつながってしまい、メールで情報が寄せられるようになりましたが、私の画面はfacebookにありません。そんなこんなで4ヶ月が経ちましたが、本日 やっと息子に画面を起こしてもらいました。私の顔写真を携帯で撮って載せました。「もっと若々しいのがいいなあ」と言うのも無視。「一先ず載せるだけ。また、追加で載せればいい」と言われて載せたのですが、もうすぐに反応があり、びっくり。 せいぜい活用できるといいのですが、私は仕組みがわかっていません。ぼちぼち進めていくことになりますが、まだしばらくは 私から発信していくことはできないと思います。

12月29日 土曜日
 昨日は、愛犬イブの誕生日でした。9歳になりました。黒ラブなのですが、顎の下はあ白髪が目立つようになり、胴体の方にも斑点のように白髪が出てきました。やはり、よる年波には勝てないのでしょうか。 でも、イブの食欲は快調そのものです。食欲が、衰えるなんてことは考えられません。サイエンス・ダイエットという輸入品のドッグフードを主として、ジャーキー・減塩にぼし・ビスケットをおやつにしています。そしてそして、一番大好きなりんごは欠かせません。いたずら好きなイブも、「りんご」と言えば、即座にいたずらを止めます。それはそれは、すごい効き目です。
 あと何年、生きるかな? 人間様よりも長生きをするつもりかな?  イブの生きているうちは、今の生活ペース。イブが大往生したら、夫婦で旅行でもしようかと思っていますが、さてどうなるかな?

 箱根駅伝の区間エントリーが発表になりました。駒大の油布くんは1区にエントリーされています。2日8時から、テレビの前で応援をお願いします。
 
12月28日 金曜日
 昨日、安倍政権は「まあ、来夏の参議院選までは、経済と復興を掲げると思いますが、・・・・」なんて書きましたが、まったく甘かったようです。各大臣が、早速、「原発ゼロは見直す」「新規原発建設凍結は、白紙撤回」「河野談話、見直し」「高校無償化は止め」「生活保護費は値下げ」等々。とどのつまりは、石原環境相は「引き継ぎ拒否」と、民主党の施策を全否定。消費税増税だけは、3党合意なので実行てな具合。 ため息が出るばかりですね。これじゃあ、日本崩壊を早めるだけです。
 「危機突破内閣」と謳うならば、各党が総力を出し合う体制を作るのが当たり前でしょうに。 まあ、日本は経済界に牛耳られて、一等国を目指しているかぎり、一流国としての国家維持は難しいと思います。私は、アメリカを見習うよりも、大英帝国であったイギリスを模範にすべきだと考えています。(いつか、理由を詳しく展開します) もっと自然に優しい施策をとらなくては日本の未来はない! なんで、こんな単純なことがわからないのでしょうかね。 あああ。

12月27日 木曜日
 
昨日、第2次安倍内閣が発足した。即座に組閣が進められる。ところが、マスコミには多くの情報が乱れ、内定者として報道される。不思議ですね。議会での選挙が行われもしていないのに、情報だけが先に出るというのは、内閣に情報管理能力がないのか、あえて情報操作をしているのかどうかは知らないけれど、議会無視もはなはだしいですね。手順はきちんと踏まえるべきです。「政治主導」とは、議会を軽視することではありません。
 そうそう第2次安倍内閣=学力低下内閣と称していました(お見事!)。教育委員会制度にしても、日銀法にしても、「なぜ、そうなっているのか」「なぜ、そうしたのか」をしっかり学んでほしいものだ。教委制度にしても、今日のような骨抜き状態にしたのは、自民党が、強行に“公選制”から“任命制”にしたからですよ。日銀の独立性を強めたのも、戦前のように、国費を、政治家・軍人が勝手に使うのを防ぐためでしょ。 まあ、来夏の参議院選までは、経済と復興を掲げると思いますが、それ以降は、何をしでかすかわからない内閣ですね。恐怖政治が始まりそうです。でも、国民は、ノホホン・・・・

12月26日 水曜日

 中沢啓治さんがお亡くなりになったという報道が昨日あった。中沢さんと言えば、『はだしのゲン』であるが、他には『黒い雨にうたれて』と『オキナワ』しか、私は持っていないが、現職の頃、教室に置いていたので、どの本もボロボロである。それほど、子どもたちも愛読した。また、「はだしのゲン」の映画化の撮影がされていて、丁度 私たちの一行(子ども40名ほどで、総勢50名位)が、広島の原爆養護老人ホームなどを訪問する旅の途中の路上でバッタリ出会い、一緒に写真を撮った。ゲンをやっていた役者は誰だか知らないが、うす汚い学生服を着たゲンを中心に撮った写真は、今も残してある。もう32年も前のことである。古い古い話です。
 しかし、日本は、再び放射能に汚染され、苦しんでいる大勢の人達が居るのに、平然と原発再稼動を容認する政治が行われようとしている。もっと言えば、そうした政党は、今回の選挙で国民から、信任を得たとする。つまり、日本人の心は、冷たいです。思いやりの心も何もないのです。『黒い雨にうたれて』『はだしのゲン』を読んでください。 今も続く沖縄問題については『オキナワ』を読んでください。漫画だと言って、漫画をバカにしちゃあいけませんよ。ここに描かれている事実さえ知らない・知らされていない日本人が多すぎます。日本人は、不勉強です。学力レベルが低すぎます。

12月25日 火曜日
 今朝は名古屋も氷点下で、ウォーキングをしていても、なかなか体が温まってきませんでした。で、本日のボランティア場所の犬山は、名古屋よりも低く、リトルは さらに犬山市外よりも2〜3℃低いので、いっぱい着て行きました。午前中は、陽射しもありよかったのですが、午後になると、小雪が舞い始めました。そうなると、年寄りにはきついです。若いカプッルは心も温かく平気でしょうけどね。 そうした気温の変化に、体温調整がついていけないのか、午後になると、頭が痛くなってきました。
着過ぎもひとつの原因かも知れませんね。寒空の4時間の野外活動は、だんだんしんどくなってきます。
 帰りは「よいお年をお迎えくださいね」と言って挨拶し、帰路につきました。

12月24日 月曜日
 毎度のことですが、振り替え休日でも大学というところは講義があります。唯一の救いは、高速料金に休日割引があることです。それで、2コマのうちの1コマは、本日が15回目で、最終講義なのです。テストレポートもありますから、単位のほしい学生さんは皆出席です。改めてびっくりするほど着席して待っていました。レポートテーマは事前に知らせてありますから、準備してきた学生さんは気楽なものです。 最近、年々意地悪な設問になってきました。でも、まだ大学1年生なので、素直なもので、今年はよく書いてくれます。(多人数なので、読むのがたいへんです) まあ、正月中に読み終え、評定を出せたら、いいなあと思っています。いずれにしても、ざ〜っと読むだけで、たっぷり10数時間はかかりますからね。評定までというと、さらに・・・・。予定は、2週間以内にやり遂げたい。

12月23日 日曜日
 デフレ脱却を図るのは、とても大事なことと思うけど、景気が上向き、物価が安定し、若者の雇用が促進されなくちゃあ、ダメですよね。でも、自民党様は、言うことを聞かないので「日銀法を改正する」とか、財源不足なので「国債でまかなう」とか、ままごと遊びのような施策を強行するらしい。選挙期間中に「国債をじゃんじゃん刷ればよい」と言ったとか。 これじゃあ、国を守れないのと違うかいな? 国債を乱発すれば、国の格付けが下がるでしょうに・・・。 それで、国を守ることになるのでしょうかね。まあ、これから、めちゃくちゃな幼稚な政治が行われ、国がぼろぼろになりかねない。 そうなれば、戦争を仕掛けるしか道はない。いやな、世の中なったものだ。
  そうそう「尖閣列島に 公務員を」という策の賛否のアンケート。賛成が圧倒的に多かったのには、びっくりした。これが、国民の意識なのですかね。

12月22日 土曜日
 思い切って、車を買い換えました。逆輸入車のァベンシスから、ハイブリットカーのプリウスαです。
 別段、調子が悪いわけではありませんが、退職直前に、もう最後だと思って車を買い換えて、もう8年。あと老い先を考えてみると、乗り潰すまで乗るよりも、今、燃費のよい車に早目に買い換えた方が得策だと考えたのです。ここ1年ほど、迷っていたのですが、先月決断し、今日納車となったのです。 いろいろ装備も進歩していて、まだ、迷うことばかりですが、ガソリンを補給しに、早速 ガソリンスタンドへ行きました。初乗りです。ちとアクシデントもありましたが、ここには恥ずかしいから書きませんが、なんとか動きそうです。いつまで、大事に乗れるかな? 前は、カーナビの指示のまま走ったら、すぐ傷つけてしまいましたが、今回は ご勘弁願いたいね。

12月21日 金曜日
 朝のウォーキングの時、いつもは明けの明星がはっきり見えるくらいですが、今日は、私の目にも星もいっぱいみえました。 それほど空気が澄んでいたということですが、当然、いつもより寒く、手もなかなか温まってきませんでした。「冬至」前から、今年は本当に寒かったですね。
 さて、名古屋市の職員採用試験で不正があったと報道されています。実は、名古屋市に、不正採用がないなどとは、誰も思ってやしません。証拠がないだけです。それが、今回 急に浮上したのは、先の選挙がらみの事だと思います。仲介したW議員がこの選挙期間中に取った行動と大いに関連があるのです。知らない人はいませんよ。

12月20日 木曜日
 朝日の『天声人語』は有名ですが、このところ中日新聞の『中日春秋』は切れ味鋭く読み応えがある。今日も自民の憲法改正戦略に対して、伊藤博文と森有礼の論戦を紹介して、憲法の精神を問い正している。憲法改正論者が多いと言われる議員さんは、必ず読み、考えてほしいものだ。 そうか、「女性宮家」の創設に反対するのは、日本国憲法が、天皇の名のもとに出されたものであるから、「アメリカの押し付け憲法」という批判点をはぐらかされるのを嫌っているのかな? まあ、これからの日本は復古調一色になるのかねえ。それじゃあ、世界から取り残されるばかりなのにね。
 そうそう 今日寝転がっていて、「なぜ、原発の近くに、古い古い活断層が次々見つかるのか」と、ふと思いました。科学的ではありませんが、人類はそうした活断層のある場所を避けて、住み、都市が発達してきた。古代遺跡などには、何層にも遺跡が積み重なっているように、安全な場所に家を建てるのは自然の習わしに他ならない。つまり、近代社会になって、原発建設で土地を探せば、人の住んでいない所となる。安全でない場所が、候補地となり、建設される。だから、次々 見つかるのはあたり前のことなのだ。 現代人が、人類の叡智に逆らい続けている限り、不幸が庶民に降りかかってくる。
 そうですよね、私がいつも愚痴っている治水の件でも、洪水の被害に合うのは、新興住宅地です。先人の知恵に逆らっての結果なのです。

12月19日 水曜日
 自民党支持票は4割なのに、絶対多数の「民意」とは・・・。 まあ、こうした選挙結果の振り子現象は、毎度の事となっているのは、政治家のうぬぼれに他ならない。誰も信頼していない。投票率だって、戦後最低でしょ。 でも、テレビのワイド番組を見ていると、「選挙公約に賛意が寄せられた」とほくほくで語る党があるかと思えば、「時期が悪かった」とぼやく党もある。いずれにしても、謙虚であってほしいね。印刷機を回せば、デフレが脱却できるような単純な話ではないでしょうに・・・。もっと知性あふれる政治家が増えないことには、平和憲法が守れない。 知性のない奴は腕力に頼る。つまりは、軍備増強しか考える方策が思い浮かばないのだ。もう、語ることが短絡的で、危なっかしくて仕方がない。諸外国は、「組し易し」と、手ぐすねひいて待っていることでしょう。
 このところ、自衛隊機の訓練飛行?が、急に多くなったように感じますが・・・・。気のせいですかね。

12月18日 火曜日
 30数年前に導入した「たてわり・異年齢集団による全校遠足」をやる学校が、リトルに来ました。私の、今日の担当場所もチェックポイントのひとつになっていて、担当の先生がいました。こうした異年齢集団の取り組みには、ことの外 思い入れがあるものですから、ついついいろいろ話しかけてしまいます。 でも、どうやら、うっとうしがられているようなので、大人ではなく、子どもに話しかけるようにしました。 わたしにとっては、とても楽しい一時でした。
 こうした行事にエネルギーを傾ける学校は減ってしまったようだ。でも、教師にも、冒険をさせなくては、失敗から学ぶ事もできず、個性豊かに伸びることはないでしょう。また、継続させていくためには、きちんと意義を述べられなくて、すぐ潰されてしまいます。
 ちなみに、1980年に取り組んだ時の資料が残っています。半紙で50枚、100ページもあります。

12月17日 月曜日
 昨日の衆院総選挙は、予想通り 自民の大勝で終わりました。得票率は4割なのに、議席は8割という小選挙区の妙が浮きぼりになりました。でも、自民党は絶対的な支持を得たと、改憲にまっしぐらに進むでしょうし、消費増税も認められたと強気でしょうね。それを承知で、国民は投票したのですからねえ。
 それにしても、増税反対とか原発ゼロという風が吹きまくっているのに、それらを票に結び付けられなかった革新系の野党は、どう選挙結果を分析するのでしょうね。「自分たちの党が、魅力がなく、信頼されていないから、投票してもらえなかった」と素直に認めるべきでしょうね。ごちゃごちゃ理屈はいりません。するから、人気=信頼がなくなるのです。
 これから、4年間は、教育界にも突風が吹くことでしょう。それに耐えながら、実践を深めなくてはなりません。40年前の愛知の教育管理程度であれば、なんとか耐えられるでしょうが、きっとそれ以上でしょうね。東京や大阪の実態をみれば、すぐ推測できます。自由のあるところにしか、豊かな実践は生まれません。 “学問の自由”“教育の自由”“思想の自由”を守るために、先ず何からすればよいのであろうか。 

12月16日 日曜日
 朝のウォーキングを済ませてから、研究会議に参加しようと、蒲郡まで、車を飛ばしました。音羽蒲郡のオレンジロードが有料でなくなっていました。ラッキー! でもまあ、参加しても、あまり居心地はよくありませんでした。 これじゃあ、若い人に参加を呼びかけることはできませんね。あああ〜  昨日も理科の会のSさんとも話しましたが、“民間教育”と言われるサークルの頑なな体質を変えなくては、若者を取り込むことはできないと思います。 教育運動にしても、3・11以降 大きな転換点となっているはずですが、世の政治情勢と同じで、さっぱり意識変革がなされていかないのは、どうしてかな? 
また、全国大会開催を引き受けるかどうか知らないが、やっても“くたびれもうけの骨折り損”にしかならないでしょうね。もっと“夢とロマン”のある教育界にしなくちゃあ、子どもたちの学力も伸びませんね。 精神的に疲れました。

12月15日 土曜日
 朝から雨だし、成績処理で超多忙な時でしたが、サークルの学習会を定例で強行しました。内心は、さて何人集まってくれるかな?と心配でした。でもでも初参加の人が3人も来てくれて、なんと9人にもなりました。レジュメらしいものが事前に準備されているわけではありません。話題提供は、全くの持ちよりです。 まあ、話題は、あちこちに飛び、深まるということはあまりありませんが、話が途切れることもありません。積もり積もったストレスを吐き出せればよいと考えているのですからね。
 でも、最初に、斉藤喜博の文をいくつか読む事もしました。喜博の授業に対する気迫は恐ろしいほどです。 私の教員人生・周辺では、このような校長さんに出会ったことがありません。

12月14日 金曜日
 今日は、明治村のボランティアでした。事前に「予約ガイドがある」と聞いていましたが、待っていても、S小は表れませんでした。問えば、明治村への到着が遅れて、ガイド開始の時間に間に合わなかったらしいのですが、それならば、そのように一言連絡すべきですよね。それが、社会常識ではないかと思いますね。無しのつぶてでは、教師に対する批判が強まります。以前から、教師の横柄な対応が問題視され、元同職であった私の肩身は狭くなるばかりです。もちろん、ボランティアには、元教員は何人もいるのですが、何故か、私が一括して対応している感じです。私は、生涯ヒラ教員ですぞ。元校長も居るのにねえ。
 ところで、本日は、苦手な機械館の担当でしたが、どうガイドすべきかをいろいろ考えました。「近代社会になって、どのように機械化は進んだのか「」 「日本人は、どのように機械文明を取り入れていったのか」 そうしたことを、まだまだ基礎知識の貧弱な小学生に、どう分かってもらうか。 学びの構成は難しいですが、ちょっぴり手応えを得られたように思っています。
 また、嫌われるでしょうが、ボランティア会の作ってくれた『機械館ガイドマニュアル』は、あまり使えません。来村された方々の思いとの乖離があり過ぎます。でも、熱心なボランティア会は、ぞくぞくマニュアル本を作るらしいですよ。

12月13日 木曜日
 この年齢になっても、世の中、不可思議なことばかりです。
 昨日、北朝鮮が不意打ちで、ミサイルを発射しました。北朝鮮は「衛星」と言っていますが、ミサイルでしょう。これで、日本・韓国の選挙では、強硬論=自国防衛に突っ走ることになりましょう。日本の軍事化もいよいよ本格化となりましょう。私が、嫌がっても、国民が選挙で軍事化を支持するのですから、私は一先ず諦めるより仕方ありません。
 しかし、若い教師の人たちには、是非 斉藤喜博の言葉を読んでいただきたい。

「国民が真にその国の主体者になっていない国においては、教育は、いつでもそのときどきの支配者と対決する宿命をもっている。自分の権力を保持したいとねがっている支配者は、国民が賢くなったり団結したりすることを好まない。したがってそれを防ぐために教育に目をつけ、教育の実権をにぎり、国民を「弱化」したり、「分裂」させたり、「使いやすい道具」にしようとする。ほんとうの教育をやろうとすれば、そういう力と、実践によって対決することになるのはとうぜんのことである。」
 「芸術や教育も、狂暴な政治の前には無力であるかもしれないが、無力であっても、政治ではおさえつけることのできないものを創り出すことはできるから、教師の仕事をやり続けたわけである。」

 今は、国民が戦争を欲していて投票行動をしたのではない。この3年間の政治にうんざりして、日本を1度ぶっ壊した方がよいと思っているからだと信じたい。中日新聞に、イラクに出兵していた元アメリカ兵が「憲法9条があったから、日本の自衛隊員は死なずに済んだのだ」と発言していた。 日本人も もう少し冷静に、賢い行動をとってもらいたいね。

12月12日 水曜日

 午前10時半頃、パソコンのニュースを開いたら、ビックリする2つのニュースがあった。
 ひとつは、「角田美代子容疑者が自殺した」。もうひとつは「北朝鮮がミサイルを発射した」と。
 まだ今朝には「ミサイルを解体してしまった」と報じていたのにね。どれもこれも、国民には結果だけを知らせ、情報公開は、全くしないという日本の悪習の典型ではないか。つまり、権力を握った者だけが、情報を操り、国民を欺くのだ。それが、日本の政治。「歴史は繰り返す」と言うが、もとに戻るだけでは進歩はない。“明治維新によって、日本は蘇った”。明治に戻そうなんて、ナンセンス。 「今が一番。さらに、よくしよう」でなくては、“夢も希望”も涌き出てこない。
 そうそう、大飯原発も規制委員会が「活断層」と断定しても、原発を廃炉にすることはできないのだそうだ。「破砕帯と、法律に記載されていないから」と言う。 ラジオでTが言っていたねえ「日本では、規制委員会の学者さんが一致して断定しても、必ず、違う意見を言う(御用)学者が居るからねえ」   ああ言やあ、こう言うという有名な人もいましたね。

12月11日 火曜日
 今朝も氷点下。ボランティアに出かけようとすると、雪がチラチラ。これでは、リトルの辺りが心配です。少し早目に家を出ましたが、案の定、途中の「尾張グリーンロード」は通行止めでした。でも、途中の渋滞もなく、一番早く着きました。なので、今日担当のアフリカゾーンまで行き帰りとも歩きました。 
 ところで、本日も寒いので、お客さんはいまいちです。だから、ガイドボランティアというより、雪除けボランティアみたいなもので、午前中は雪かき、午後は雪落としをしていました。なにしろ、昨日月曜日は休館になったほど、雪が降り、10cm以上積もっています。少々の太陽が照っても、雪は消えません。かわいそうだから、草花や樹木に降り積もった雪をセッセと取り除いてやりました。 この疲れが出てくるのは、明日かな? 明後日かな?

12月10日 月曜日
 明治村の村長・小沢昭一さんが亡くなったとの記事が夕刊に載っていた(今朝の朝刊は休刊日でした)。体調が悪く、例の「小沢昭一的こころ」も以前のものを流していた。でも、再び、蘇るものとばかり思っていました。
 さてさて、明治村は、どうするのですかね。初代の徳川夢声さん、2代目の森繁久弥さん、3代目の小沢昭一さんへは、生前に引き継ぎが行われてきたけど、今回は うまくいってない。もともと、明治村には、村長・館長・所長の3巨頭が居るから、博物館・明治村としての売り出しに力を入れているから、館長・所長のコンビだけでも構わない気もするが、明治村・大正村(村長・司葉子) ・昭和村(村長・中村玉緒)という3村のことを考えれば、4代目村長さんをどなたかにお願いしなくてはならないだろう。明治は遠くなっているから、難しいよね。まあ、ボランティアの私には関係のないことではあるけどね。
 そうそう小沢さんの記事を見ていたら、「『節談説教』習得のために祖父江省念師に随行して研究した」とあった。祖父江省念師は、私が通っていた徳風幼児園の園長さんでしたよ。残念ながら、幼児園に通っている時に『節談説教』を聞いた記憶はありませんが、あの独特の声ははっきりと記憶に残っています(いや、大人になって、説教を聞いたときの声かな? でも、小さい時の記憶にしておきましょう)。 孫の有隣寺の女住職さんは「9条の会」でも頑張って見えます。 
 これからも、出会いというものを、大切にしていきたいと思います。

12月09日 日曜日
 
日本国憲法は、もう60年以上も前につけられたものであるから、実態と合わないところが出てきても不思議ではない。改正しようとする動きがあるのは、当然のことと言えよう。国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の三原則が守られるならば、より実態と合うように改正してもよいと思う。 【問題は、どう変えようとしているのか】である。改憲派の大勢は、憲法の三原則をないがしろにし、外国と交戦できる強い国にしようという魂胆である。まさに、明治時代の「富国強兵」である。それがまちがいであったという反省は、抜け落ちている。そうした党の教育政策は、競争至上主義で、一部のエリートさえ育成できればよしとする政策となる。まあ、その一部のエリートに自分も入れると思っている、お目出度い日本人が一杯いるのは悲しいことですけどね。
 そう言えば、今朝の新聞広告に、候補者の宣伝チラシが幾枚も入っていた。こんなことは初めてだ。選挙法が変わったのでしょうね。でもね、こんなことに多額の金を使うなら、選挙公報を復活させて、全世帯へ配布すればよいと思う。なんでも「民営化」「民営化」すれば、よくなると考えられているようだが、もう一度、考え直すべきだろう。笹子のトンネル事故でも、民営化したことが、根本の原因である。民営化すれば、営利を出さねばならない。点検にしても、経費節減の対象となり、手抜きとなるのだ。まあ、自民党の失政が吹き出てくる時期に、政権を引き継いだ民主党は、冷飯を食ったのであって、国民は、自民党に期待しているわけではないと思うのですがね。
  
12月08日 土曜日

 また12月8日が来ました。私は、こだわりの戦中派です(ほんのわずかですが)。どうしても、最近の政治情勢が許せません。もっと言えば、どうして日本人は、戦争=殺人=人権侵害ということに鈍感になってしまったのであろうかと不思議でなりません。人類平和の根源なのにねえ。日本人の思考力はゼロに等しい状態なのでしょう。だって、私の感覚からすれば、あり得ないことを平然と主張している党が、過半数を超える情勢なんだって・・・・。信じられません。
 昨年の12月8日の「日記」を見てみました。この1年間で、ますます日本は右傾化していることがよく分かりました。出るは、ため息ばかりですね。
 2011年≪12月08日 木曜日≫
 「1941年12月8日 太平洋戦争勃発の日」なんてことを子どもたちに語りかける教師は皆無に近いだろうな。戦中派教師が退職してもう6年目。戦争とか民主教育にこだわる層は過去の人になってしまいました。
 それにしても、まだ世界は弾痕だらけです。世界は民主主義謳歌と言いますが、種々の問題解決は話し合いではありません。すべて力ずくです。アメリカをみれば、明白です。すべて軍事力でねじ伏せる施策です。目を転じて、大阪を見れば、そっくりです。弁護士でありながら、法無視なんてへっちゃら。人権感覚なんてゼロです。どうして、このような人が弁護士資格を得られたのか不思議です。「支持しなかった者は去れ」とは、奴隷扱いです。これをちやほやするマスコミも同じムジナと言うわけです。 戦後66年経っても、結局日本には「民主主義」は育っていないのです。 「民主主義発祥の地・名古屋」を掲げる市長の方が、大阪よりまだましということかな??


12月07日 金曜日
 「教師をするのは何のためか」「ボランティアをするのは何のためか」「サークル活動をするのは何のためか」等々、自分に問い返してみなければならないことがいっぱいある。 ところが、多くの場合、結局は、自己満足だけでやっているのだなあと思えることが多い。 まあ、人間なんて、エゴの固まりで、大した動物ではないのだから、そんなものでしょうかね。それに、その人の人生観なのだから、とやかく言っても仕方ないか。 でもねえ、(私を含めて)自己満足だけでやられていちゃあ、“信頼”や“絆”は築けやしない。私は「大人社会なんて、そんなものさ」と割り切ることができない。正直者が損をしない社会、正義が貫かれる社会であってほしいものだ。
 
12月06日 木曜日
 久しぶりに映画を見てきました。妻が行くのに便乗したまでのことです。吉永小百合の『北のカナリアたち』です。脇を演技力のある役者が固めているので、見ごたえはありましたが、それよりもなによりも、場面設定が、教師と教え子なので、身近なことに感じられました。つい、私の教え子である「○○ちゃんは、どうしているかなあ」「だいじょうぶかな?」「なんとか探し出して、会いたいなあ」などと思い出してしまいました。また、貧しいなかで育った者は、結局、なかなか成功できない日本社会の構造も浮き張りにしていたように思います。そうした中で、教師は悩み苦しんでいることも、是非、知ってもらいたいなあと思いましたね。 特に、選挙になると、温室育ちの2世政治家どもが、こぞって、「教育改革を!」と叫び、質の悪さを露呈している。
 斉藤喜博の文から、
「国民が真にその国の主体者になっていない国においては、教育は、いつでもそのときどきの支配者と対決する宿命をもっている。自分の権力を保持したいとねがっている支配者は、国民が賢くなったり団結したりすることを好まない。したがってそれを防ぐために教育に目をつけ、教育の実権をにぎり、国民を「弱化」したり、「分裂」させたり、「使いやすい道具」にしようとする。ほんとうの教育をやろうとすれば、そういう力と、実践によって対決することになるのはとうぜんのことである。」
「芸術や教育も、狂暴な政治の前には無力であるかもしれないが、無力であっても、政治ではおさえつけることのできないものを創り出すことはできるから、教師の仕事をやり続けたわけである。」

12月05日 水曜日
 万里の長城での遭難、大雪山での遭難などの事故を起こしたアミューズ社が、その責任をとってか?廃業届けを出したそうだ。まあ度々企画したツアーで事故を起こすようでは、当然の結末であると思う。ただ、先週の同窓会の時、50歳から山登りを始めたというMくんから「俺は、いつもアミューズ社を使っている。俺の信頼は変わらない。これからも使う」と話された。その話を聞いて、報道のような杜撰な会社ではないんだなと感じていた。だが、廃業・倒産に追い込まれた。
 だったら、笹子トンネルの責任はどうなるのか。いろいろ聞いていると、構造・施工ミスのように思う。私は、コンクリートの場合、要石に当たる部分の強度がむしろ弱くなるなんてことは、専門家なら常識であるらしいが、全く知らなかった。そこにボルトを支えとすれば、天井板が落下するのも不思議ではない。そんなミスで命を奪われたら、堪ったものではない。きっと、天下り企業とそうでない企業とでは、責任のとらせかたに雲泥の差が出てくるのでしょうね。それが、日本の社会なのだ。
 いま選挙戦で、各政党が論戦をしているが、過去の責任をもっと問い正したいものだ。3年前に回帰させよう、もっと戦前のような強権国家にしようと平然と連呼する政党の増えたことか。なげかわしい国になったものだ。

12月04日 火曜日
 先週はお休みしたので、久しぶりのボランティアガイドです。朝のウォーキングが雨のためできなかったので、本日の担当のヨーロッパゾーンまで歩くことにしました。いつもより速足であるいたので、15分で着きました。
 ところで、今日、子どもたちが民族衣装を着ているのを見て、ドキッとしました。普段は「可愛いね」という感想なのですが、ポーズを取っている姿はモデルさんです。とても小学生には思えません。まあ、この時期の小学生は女の子の方が優位にあり、グループを取り仕切っているのも、多くは女の子です。男の子は、黙って、女の子の後ろについて歩いているのです。「男子よ、しっかりしろ!」と言いたくなりますね。

12月03日 月曜日
 民主主義の根本理念は『多数決原理』なのか『少数意見尊重』なのかな? 教育運動においても、“実行委員会形式”による多数の意見集約などという企画方法は ダメらしい。まあ、日本の首相からして民主主義のイロハも理解していないような言動が目立つから、仕方ないか。 教育運動なんてものは、徹底して底辺を広げることから始めないとなければ、うまくいかないし、継続もしない。疲れがたまるだけだ。
「我は頑張っているぞ」と意気込んでみても、所詮、狼の遠声に過ぎない。「成すべきことは何か」とじっくり考えてみたいものである。   ※上記で「何を言いたいのかわからない」との声が聞こえそうですが、もうしばらくすれば、はっきりしてくることでしょう。

12月02日 日曜日
 中央道の笹子トンネル内で、天井が崩落する事故があり、犠牲者が出たそうだ。このような事故は、遭遇したらお終い、避けることができない。このトンネルは、何度も通過したことがあるから、ぞっとする。「運が悪かった」では済まされないね。 
 というのは、以前から何度も触れている我が家の東を流れる八田川の改修工事。見直し案ができ、それに対するアンケートがきていたので、意見を書いて送付したが、私の意見は「八田川の水位が、東海豪雨の時よりも上がり、八田川を始め、志段味地区で決壊したのは、治水行政の失政である」、また、「決壊しなかった一部分だけを取り残して、周りすべてを堅固に改修するのは、“次はあなた方の地域が決壊しますよ”と宣告しているに等しい」等と書いた。 きっと、自分らに都合の悪い意見は無視するでしょうね。行政なんて、そんなものです。福島の原発でさえ、国は御託を並べるだけで、ちっとも進まないではありませんか。こうした予測のつきにくいかない災害は、理屈ぬきで、住民の安心・安全を確保してもらわなければ、税金を払う気になりません。私の地域は「川向こう」と蔑まれ、いつも行政の恩恵は一番最後です。

12月01日 土曜日
 <師走>なんて意識はなくなり、現職の人はたいへんだろうなと思うけど,、「忙しいを理由に活動から逃れようとするな」と嫌われ事を言っています。本音は、年寄りがこんなことを発するのはまずいとは思うのですが、昨今、あまりにも現場の動きは鈍いように思えてしかたありません。あせって発すれば発するほどに、溝が深まっていくようで、嫌気がさしています。
 でもね、朝のウォーキングで、少し他事を考えていると、あっという間に遅れ、差ができます。本日の愛知駅伝を見ていても、ちょっとした気のゆるみが取り返しのつかない差となります。今、選挙中の各党の公約を見ていても、あきれ返るような方針?が掲げられています。政治家は、公約なんて守る気はさらさらないことは明らかですが、片すみに小さく書かれた公約も既成事実として、都合よく押し付けてきます。ずる賢い政治家の本心を見透かす力を国民は持たねばなりません。

11月30日 金曜日
 もう11月、あと1ヶ月で今年もおわり。改めて、年月は早く進むと思います。
 ところで、依然、「いじめ」は多発。また、大人の馬鹿げた言動も多く、世の中 狂っているなあと感じます。この責任を、政治家は戦後教育や組合員教師に擦り付けるのが常態化し、選挙ともなると、一斉に戦前への回帰の教育改革を掲げます。昨今の政治家の資質は、確かに戦後教育が政治教育を避けてきた成果?だと思いますが、「いじめ」などは、教師の責任ではなく、政治・文科行政の責任です。数日前に、「いじめ」への対応についての教員評価を行う方針だとか。これなどは、現場を知らない机上の論です。こんなことをすれば、教師間の「いじめ」をますます増長させるだけ。「いじめ」をやる連中に「いじめ」をなくすことができますか。はっきり言えば、文科省内にも「いじめ」があるので、点数で管理しようとする方策しか思い浮かばないのです。管理を強化すればするほど、「いじめ」は陰湿となり、解決は、ほど遠くなっていくのです。
 まあ、これをすれば、来年度からの「いじめ」の届け数は激減します。「いじめ」がいっぱい出るような学校の校長は、無能力な管理者としてレッテルが貼られるからです。 いや、無能力な教員として、教委に多く差し出せば、校長の評価があがるのかな? いずれにしても、教育に“競争原理”を強調する政治家は、人権感覚がぬけ落ちているのは確かです。

11月29日 木曜日
 昨晩は「半影月食」でした。と言っても、私はそんな月食があるなんて初めて知りました。
 「半影月食」とは、月食で、月が地球の半影に入って、月面の一部または全部がわずかに暗くなる現象。本影に隠される皆既月食または部分月食と異なり、その減光はわずかであり、肉眼では注意深く観察しないと気付かないことが多い。
 だからか、今朝の新聞を見ても、さっぱり触れられていない。それにしても、専門家では常識なのでしょうが、私らには初耳なことが多すぎますねえ。時代の流れについていけないなあと思い知らされます。まあ、教育界でも、難しい言葉を並べて、いかにも格調高いかのごとく語るというのはよくあります。でも それは、優しい言葉でわかり易く話せないだけだと思うことにしています。
 そうそう 今朝の金星、とてもきれいでしたよ。月は、出発の頃はくっきりと西の空に見えましたが、帰る頃には、薄雲にすっかり覆われていました。

11月28日 水曜日
 
同窓会は、小・中学校合同です。それは、当時1中学校区1小学校しかなかったからです。私は、中学で私学に進みましたから、中学から転入してきた人は知りません。参加対象者は、142人。居所がつかめていない人は15%の22人。亡くなっている人は6%の9人です。今回の1泊2日の同窓会への参加者は21名でした。 この人数を多いと見るか、少ないと感じるかは人それぞれですが、親や家族の介護で家を空けられない人も多かったようですから、まあ、よく集まったと思います。
 みなさんのエネルギッシュで、元気な姿に圧倒されました。
 そんな中、未だ、学校教育に携わっている者として、つい小学校時代の学習等を含めた様子を思い比べてしまいます。出てくることは「学力って、何なのか」「固定的知能観にもとづく競争主義教育観の間違い」を痛感します。でも、現実は、そうした間違った教育観が幅を利かせています。国民は、それに屈服しています。維新の会の教育政策なんて、その典型でしょう。
 いつも同窓会では、不思議な気分に陥りますが、様々な人間模様に接することができるので、これからも参加しようと思っています。

11月27日 火曜日
 今日は、これから小学校の同窓会に出かけます。教え子のではありません。私の小学校時代の同窓会ですから、昔子どもだったおじいちゃん、おばあちゃんの同窓会です。幹事をやってくれる人がいるので、ずっと続いているのですが、私が参加するのは久しぶりです。どんな話になるのかな?  あちゃらが悪い、こちゃらが悪いという話ばかりかな? 政治・経済の話かな? まあ、かたぐるしい話は遠慮して、のんびり一夜を過ごしたいね。 どうなるかな?

11月26日 月曜日
 月曜は、大学での講義日です。もう3分の2過ぎました。また今年も達成できていないことがあります。それは、各講義でのレジュメの枚数です。一応、学校側からは「10枚以上になる時はご相談ください」となっている。つまり、10枚までに押さえてほしいということです。ところが、相変わらず、10枚を超えてしまいます。10枚以下に押さえれたことは1度もありません。時には、16〜17枚となっているのです。学生数が多いので、1回の印刷総枚数は厖大になります。
 私は「講義する内容に自信がないと、つい枚数が多くなってしまい、申し訳ありません」と謝りながら、印刷を依頼します。もうこの大学での講義も5年目なので、テキスト化したいとも考えるのですが、テキスト化すると、講義内容に新鮮さがなくなりはしないかと、毎年、少しずつ修正してレジュメを作っているのですが、うまい方策はないものでしょうか。ちなみに、今年度は、徹底的に書かせています。

11月25日 日曜日
 昨年来、迷っていた車の買い替えを決めました。今回も息子に付き添ってもらって行きました。というのは、私は、車に関する知識はなく、乗れればよいのですから、相手の言いなり、信頼関係だけで買い替えをやってきました。今回も2つの会社が、熱心に勧誘に来ていました。でも、どちらかに決めなくてはなりません。迷いに迷いました。結局は、時々のタイミングみたいなもの。「今回は、縁があったか、なかったか」てな感じです。 買い手はこんな具合ですから、売り手=セイルスはたいへんだろうなと思いました。こうした職業は、私には、勤まらないなあと思いながら、契約をしました。

11月24日 土曜日
 今日は、妻の兄夫婦の金婚式を祝おうということで、第一部を食事会、第二部を我が家で孫たちの企画で会を持ちました。
お兄さん夫婦には子どもがなく、とても孫たちを可愛がってくれます。第2部は「お楽しみ会」みたいで、とても楽しめました。なかなかやるじゃんと思いましたね。私の金婚式の時にもやってくれるかな。あと10年後だと、お年頃になって、見向きもしてくれないかもね。まあ、それよりも、私自身が健康で居られないとね。 充実した一日でした。

11月23日 金曜日
 明治村のボランティアで、学習院長官舎の担当がありました。実は、ガイドの持ちネタがなくて、苦手な所です。でも、今日のお客さんとウマがあったというか、10分くらいの予定が30分も話していました。お客さんは建築の専門家で教えられるところがいっぱいあって、いろいろ新しい見方を聞きました。今までにも、お客さんからいろんな知恵・知識を授かっています。まあ、聞き上手になってきたわけで、いい年になって人付き合いがなんとかできるようになってきたのです。ちと遅いですが、できないよりはできるようになる。成長ですよね。
   そうそう、昨日、途中で切られてしまった「水戸黄門」は、本日再度放映されました。1日遅れになったのか。今後の予定で、1話カットになるのかどうかはわかりません。

11月22日 木曜日
 テレビのワイド番組は、選挙一色。こうして選挙ムードにする。まさにマスコミ誘導です。また、15党乱立ですから、偏った取り上げ方しかされません。民・自・公と維新・みんなまで、国民の生活が時々。減税は嫌われて、萱の外。まあ、情勢は、お調子に乗っている自民党が本性をもろだし、軍事国家を目指す。維新の会も同調して、まっしぐら。 核の被害国の意識はどこかへ吹き飛ばし、「核を持つべし」とエスカレート。「軍隊を持つべし」との若者も多いとか。 世論は、独裁者の出現を待望しているようだから、日本も再び、行くところまで行くのでしょうかね。 ああ、情けなや情けなや
 ちなみに、大阪も40数年ほど前と同じで、暴力的な糾弾会があちこちで起き、犠牲者が頻発することでしょう。 そうした暗黒の時代がどれだけ続くかわかりませんが、教育界もぼろぼろになることでしょう。 考えるだけでもぞ〜っとします。
 それで、犬の散歩を早目にすませて、「水戸黄門」を見ていたら、途中でプッツン。信金の人質事件の速報とやらで、打ち切られてしまいました。 暗い暗い世の中になってきましたね。

11月21日 水曜日
 今年もたくさんの干し柿が出来上がりました。私は、もっぱら食べ役で、何の協力もしませんが、柿が雨に濡れないように、家の中に取り込むときだけ手伝いました。 昨年は400個ほど 市田柿で作りましたが、今年は“干し柿ブーム”らしく、市田柿の渋柿がなかなか手に入らなくて、昨年の半分の230個ほどです(今年は、市田柿と蜂谷柿)。 この干し柿のほとんどが私の口に入ります。こんなだから、痩せるはずありません。メタボを気にしながらも、やっぱり食べた方がしあわせですね。 でもでも、ズボンが次々はけなくなって、真剣に困っています。

11月20日 火曜日
 ちょっとこのところ、虫の居所が悪いです。
 リトルや明治村は“博物館”です。学ぶ場です。なのに、社会見学や総合学習と称して、訪れているにも関わらず、子どもたちは???? これは、教師の責任です。教師が子どもたちに学びの視点を与えていないからです。与える力量がないからです。学校行事の教育的意義を追究していないからでもあると思うのです。 今日も、小学生が、本館に来てくれたのですがいろんなポーズで写真を取り合っているだけ。 話しかけても、反応はよくなくて、止むなく、見学ぶりと教師の動きを見ているだけでした。こういうのは、とってもつまらんです。
 また、様々な集会の企画にしても、ただやるというだけで、その責任は果たせないと思うのです。いろんな役から降りている立場ですから、発言は控えているのですが、「運動論の観点が欠如している」と思いますね。これだから、民主的組織は伸びないのだと思っています。まあ、叩かれれば、叩かれるほどに、人間は強くなっていくのです。

11月19日 月曜日
 あああ、うまくいきませんでした。大学へ行くのに、名古屋高速と知多半島道路を使っています。料金は、750円と650円ですから、往復2800円かかります。で、少し前、名高速が通れなかった時、大府西ICから名古屋環状2号を走ったら、料金は安いし、時間もそれほど違わないことがわかりました。そこで、今日は往路も環2を使おうと早目に家を出ました。すごく順調でしたが、知多半島道路へうまく入れず、再び名高速に入り込んでしまいました。逃れるにもどうしようもありません。折角倹約しようとしての行動も空しく750円損をしてしまいました。名高速は1区間だけ走る嵌めになったのですが、料金はばっちりととられました。名南ジャンクションの表示はわかりにくいです。走行していても、パッと分かるようにしてもらいたいですね。確かに、知多半島道路とは直接接続していないにしても、小さく「セントレア」と示しているのですから、「こっち」っと示してほしいです。ちなみに知多半島道路から「名環2」へは、とてもわかり易いです。 とんだことになった一日でした。

11月18日 日曜日
 政治の世界の醜さが、噴出しています。政治不信は増大するばかりです。民主党も野合であることを露呈しましたが、第三極は、もっともっとすごい野合です。「大同につく・・・」なんて言っていますが、全く異なる政策をそう簡単に捨てられるものでしょうか。選挙民は、何をもって投票すればよいのでしょうか。一致しているのは、憲法改正をして、軍事国家にするということだけです。まあ、橋下も権力志向の小さな男であることがよくわかりました。素性の悪さから、維新の会の代表の座をあっさり石原に渡さざるを得ないとはね。それにしても、歴史は繰り返すのでしょうか。行く先は、戦争への道です。 それに気づかない日本人の平和ボケもひどいですね。こうした状況になるのは、マスコミの責任です。 日教組が「教え子を再び戦場に送るな」の旗を降ろして、もう30年くらいになるが、教師の側の責任も大きいと思う。もちろん、自民党などの言う責任とは、逆の意味においてである。 

11月17日 土曜日
 朝から雨。気温は低いし、午後になると、更に雨が強くなるという天気予報です。サークルは成立するかな?と心配になりました。妻とも「こんな日だと、サークルへ出かけたくないよね」と、変に会話が弾む始末。それに、今回は、大学の文化祭とか、学芸会の学校行事があって、参加困難の方が多く、案内の発送もいつもより減らしてあったのです。
 変則な形ではあったのですが、5人でやり、一応 早目にお開きした後、また1人駆けつけてくれて、結局6時半過ぎまで、話していました。改めて、熱心な人が多いし、誠実な人たちだなあと思いましたね。

11月16日 金曜日
 ボランティアの担当は、A3で、午後「予約ガイド」がありました。予約者は、埼玉の方でした。会って聞いてみると、兄弟なのだそうです。毎年1回、旅行をしているのだそうです。もう何年も続いているらしく、「どこどこでは・・・・」という話がいっぱい出ました。昨日見たぎんさんの娘4人が長寿の秘密、それは“雑談”であったように、兄弟でいろいろ出かけるのもいいことですよね。うらやましく思いました。

11月15日 木曜日
 今朝は雨なので、朝のウォーキングは止めたので、夕方、犬の散歩には出かけることになりますが、一日中 家にこもっていました。 そこでしたことは、「斉藤喜博」の読み直しです。 数十冊出てきました。初期の頃は、赤線がいっぱい引いてあります。頃は、研究指定校反対闘争をした直後、つまり、教職について1年目の年度末頃からです。「そんなものは研究にならん」と豪語したものの、教職1年目の若造に、実践に値するものがないことは明らかなこと、必死で教育の学び直しを始めた頃です。懐かしさが涌き出て、なかなか先に進みませんでした。
 それにしても、書籍は店頭で探して買っています。そうした教育書がいっぱい書店に並んでいたのです。でも、現在はどうでしょうか。大型の書店は多くなりましたが、教育書コーナーは寂れ、あるのはマニュアル本ばかり。これでは、日本の子どもたちの思考力を高めようとしても、無理ですね。 そのあたりも、斉藤喜博は鋭く指摘していました。

11月14日 水曜日
 
びっくりしました。党首討論の席上「定数削減を約束するなら、16日に解散します」とウソつき首相が明言した。自民党は、定数削減の人数には言及していないので、「協力する」と言う。ここで不思議に思うことは、この首相は、小政党は眼中にないということだ。自民・公明党との合意だけで事足れりとしている。つまり、議会制民主主義を一貫して無視している。少数意見の尊重ではなく、多数決原理しか頭にない。国会も大政翼賛会的なものしかイメージしていないのであろう。ちょっと、ひどいね。
まあ、法案成立のためには、参議院の民主党が賛成に回らなくてはならないが、これで、民主党がぶっ壊れるのか、野田が民主党から締め出されるのかな。そんな骨太の民主党議員は少なく、じり貧の道をまっしぐらかな? いや、野田は、法案が通らなければ、「約束を守りたくても守れなかった」と、参院民主党に責任にを押しけて、「うそつき」の汚名を逃れられるという読みをしたのかな? 
 それにしても、日本の民主主義は、野田という人物によってズタズタにされてしまった。

11月13日 火曜日

 少し時間の余裕ができると、「若い人へのメッセージ 教育の夢とロマンを」なる小冊子を作っています。
 は『算数教師知的生活のすすめ〜〜子どもと教材を見る目を豊かにする法』です。は『教員人生をふりかえる』で、は『教具・ネタを考える』と出してきました。それで、は『授業づくり秘伝』を来3月に出しますが、その間にを作ろうと、考えました。テーマは『先人・斉藤喜博に学ぶ』にしようと思いつきましたが、私は斉藤喜博を詳しく読み込んではいませんが、若い人が喜博を知る導入の役割になるような小冊子にしようという構想です。まだ構想だけで、具体化はできていません。でも、ここ数ヶ月をかけて挑戦してみようと思っています。学生さんの中に 喜博の本を読みかけた子も出てきましたからね。ちょっと わくわくするけれど、うまく完成にこぎつけるかな?

11月12日 月曜日
 今日、美浜からの帰路、初めて大府西IC降り、名環二を走りました。びっくりするほど、スムーズに帰れました。これなら、高い名高速を使う必要がありません。10分ほど余分にかかりそうですが、料金は名環二のほうが安いのです。国の運営と自治体の運営の違いなのでしょうか。 まあ、名高速が高いことは知っていましたが、北のはずれから南のはずれまで市内を縦断する最長距離を利用しているので、仕方ないかと思っていましたが、そんなご奉仕をすることもありませんよね。これからは、往復とも考え直します。やっぱり無駄使いということになりますからね。

11月11日 日曜日
 国民は「困った!」「困った!」と、行く末を心配しています。だって、確か国の借金も1000兆円にもなるというのに、政府の財政はザル。復興予算として、国民から徴収しながら、復興計画が出鱈目なので、予算配分できない。挙句は、お得意の予算の流用。それが、半端な流用でないので、国民はあきれ返っていますが、節操のない民主党は、全く反応なし。こんな奴らに国の財布を持たせてはいけないのです。国が破綻してしまいます。年金生活者は、たまったものではありません。 ちとまともに見えたから、国民は投票したのですが、全く裏切られてしまいましたね。「22日に解散」なんて言われていますが、本当にそうなりますかね。民主党は、一日でも政権党に居たたいだけですから、話にもなりません。こういう自己本位の政治家に投票してはいけません。国民の見識が疑われます。 日教組の組合員先生も目覚めて、よく考えて投票しなくては・・・・。

11月10日 土曜日
 連載していた3月号の原稿を本日送付したので、ほっとしました。まあ、これで連載することもなくなるでしょう。今後は、新たな形を創出して、何か恩返しができるといいなあと考えています。70才までに、そのための基盤固めをして、新たなスタートができるようにしたいと考えています。
 まあ、その間にも、世界の状況は無茶変わるような気がします。 今日の新聞を見ていたら、中国は日本製品の不買だけでなく、日本国籍の者は北京マラソンに参加させないことまで決めているそうな。また、日本だけでなく、フィリピンのバナナも輸入しないので、フィリピン産のバナナが、日本で値崩れを起こしているとか。中国のやることは全く大人げないですね。「赤い貴族」が政権を握っておられるのも、それほど長くはないでしょう。私の目の黒いうちに破綻すると思いますね。どこの国の政治家も、口先だけで、国民の側に目がいかない。自分の事、利権のことばかり考えているのですね。
 日本にも「労働貴族」という層がいるけれど、「赤い貴族」と比べれば、ちゃちなものですね。

11月09日 金曜日
 今日のボランティアの担当は、苦手な「機械館」のガイドです。もともとは担当希望をしてなくて、担当から外してもらっていたのですが、2年ほど前からは、全員が担当を割り当てられるようになったのです。仕方なく担当してはいるのですが、子どもたちに、近代工業の話はさっぱり通じません。官営富岡製糸場を聞いたことある小学生は半分くらいかな? だから、「輸入機械が、あっという間に国産化されていった話」とか「機械の進歩とは、性能の向上と小型化だ」とか「ガラ紡の話」を中心に、あとは機械専門のお客さんから教えていただいた知識・ネタで、ガイドを務めているのです。確かに『機械館ガイドマニュアル』があり、必ず持参していますが、役立ったことは一度もありません。『マニュアル』を作成された方には失礼ですが、お客さんのニーズとは異なっているように感じてます。 あれやこれやで、自分なりの形を作り上げてきましたが、全く自信がありません。ただ ガイドとして説明すればよいのではなく、説明から何かを感じ、得るものがなくては、博物館のガイドとしては“合格点”をもらえないでしょう。そう思っています。
 ところが、博物館側から出る話は、お客様に対する接客のことばかりです。 頑固な年寄りに、接客における言葉使いのマニュアルを教示しようとしてもねえ。形ではなく、心じゃないのかな? また、私たち ボランティアなんですけどね。職員じゃないけど・・・・・。

11月08日 木曜日
 3大学の認可問題は「一件、落着」となったが、政界は足の引っ張り合いを税金を使って楽しむようだ。「楽しむ」としたのは、国会の委員会での質問の様子を見ていると、全く切れ味もなく、馴れ合いというか楽しんでいるようにしか見えない。嘆かわしいかぎりだ。もっと国会議員は、自分たちの成すべきことは何なのかをしっかり考えてもらいたいものだ。
 ところで、私の家の近く(と言っても、近いのは旧41号線)を通る【国道41号線】を「ノーベル街道」と言うそうだ。ノーベル賞をもらった19人のうち、自然科学分野の人が16人、そのうち8人が、41号線沿いに関係のある人なのだそうだ。まあ、ノーベル賞なんて、私には縁のないものですし、私が、初めて新聞記事になったものは、数学の世界のノーベル賞と言われるフィールズ賞をもらった人を批判した文というほど、無頼者なのです。でもまあ、「41号線=ノーベル街道」というのは気に入りました。
 ちなみに、その8人とは、野依良治(化学賞)、小林誠(物理学賞)、益川敏英(物理学賞)、下村脩(化学賞)、白川英樹(化学賞)、小柴昌俊(物理学賞)、利根川進(医学生理学賞)、田中耕一(化学賞)です。

11月07日 水曜日
 昨夜は早々と床に着き、ぐっすり眠りました。そしたら、体調の方も戻ったようなので、朝のウォーキングにもいつも通り出かけました。出発時刻は5時50分です。まだ、ちょっと暗いですが、ウォーキングの人たちは幾人もいます。挨拶を交わすだけから、徐々に交流もできてきます。不思議なものですね。これが、人間の社会なのでしょうか。
 昼頃からアメリカの大統領選の開票状況を見ていました。始め勝っていたロムニーも午後になると、開票予想通りパタリと伸びなくなりました。現職は強いですね。大きな失策のないかぎりね。日本と大違いです。
 そうそう、大学の認可問題。田中真紀子、ダメですよ。認可手続きでは、文科省は講義内容までチェックして認可しているのです。認可してから内容を準備するのではありません。文部行政に素人であることを白状しているようなものですよ。この“認可見送り”は、すぐ撤回したとしても、3つの大学には致命傷です。 記者会見で「総理から、そのように進めてください」という言をもらっているそうな。でも、きっと「言った」「言ってない」でもめるぞ。 揉める前に、一刻も早く「認可します」「来年度からは、新基準でやります」と言うべきです。でないと、ますます混乱するだけです。

11月06日 火曜日
 今は、鼻水が出るやら、くしゃみは出るやら、散々な体調です。どうも、気温の変化についていけないからかも知れません。
 昨夜はちょっと寒かったかなという感じ。そして、今朝のウォーキング中に雷雨にあって、体はポッポとなっていましたが、雨に濡れてしまいました。着替えて、ボランティアに行きましたが、またまた担当場所へと歩いている途中、雨に降られて濡れてしまいました。そんなこんなで、昼過ぎ頃から、くしゃみが出始めたのです。
 ちなみに、本日の歩数計今現在18440歩です。いつもより大目です。

11月05日 月曜日
 今日は、名高速道路が通行止なので、電車で行くことにしました。一昨年の大雪の時以来です。車だと、1時間少々で着きますが、約1時間半+αかかります。最大の難点は、多くの荷物を持ち歩くことができないことです(水戸黄門の再放送も見れません)。 でも、朝方の人の様子を久しぶりにみることができました。結構、味鋺駅でも乗り降りが多くありました。服装も、すっかり冬の装いだなあと知りました。時々、電車に乗るのもいいかもね。 
 講義は、教科指導法では「分数」でした。これは、話すネタが満載ですので、ゲームをする余裕もありませんでしたが、教科研究の方は「水道方式」について解説するのでしたが、いつも中途半端な感じで終わってしまいます。「水道方式」を魅力たっぷりに講義しようと意気込んで始めるのですが、学生さんの目の輝きは今ひとつです。理屈っぽくなりすぎるのでしょうか?
以前、全国大会の基礎講座で何度か「水道方式」の講座に参加して、押さえ所は掴んでいるつもりですが、どうもすっきり90分でまとめられないのですね。「修行が足りんのだ!」と言うことでしょうね。

11月04日 日曜日
 全日本学生駅伝を見ました。もちろん、駒大の油布くんの応援です。区間新記録での快走で、優勝できて、よかったです。彼の夢は「箱根駅伝」で優勝することです。チャンスは、あと2回です。なんとか実現できるといいですね。
 ところで、以前は 「駒大の油布くんを応援してね」と触れ回っていましたが、今は殆どしなくて、自分だけで応援することにしています。これは、以前 嫌なことがあったからです。まあ、「教え子」に対する思い入れの違いかなあと思っているのですが、小学校の教師は1年間ずっと子どもたちの様子を見つめています。ところが、中・高の教師は、担任と言っても、生徒との触れ合いはほんの少しです。その違いが「教え子」への思い入れにも違いが出てくるのでしょうかね。
 また、近頃は≪授業≫や≪学力≫に関しても、小と中・高の教師では、捉え方が全然ちがうのだなあと思うことがしばしばです。私は、大学は中学校課程でしたが、職場は小学校でしたから、こんなことはずっと昔に気づいていなくてはならないのに、ひどく感じるようになったのは、退職後です。鈍かったですね。まあ、退職後、様々な仕事をしてきた人たちと触れ合う中で、視野が広がったからだということにしておきたいと思います。

11月03日 土曜日
 「えっ、やはりそこまできているのか」と改めて思いました。 
 アメリカの安全保障専門家チームが、尖閣諸島を巡って日本と中国が軍事衝突する可能性を警告する報告書を、クリントン国務長官に提出していたということです。
 アーミテージ氏ら超党派による安全保障の専門家チームは、尖閣諸島問題を巡って、野田総理や中国の李克強・筆頭副首相のほか、日中の政府高官らと会談し、報告書をクリントン国務長官に提出。その中で、「双方とも衝突は望んでいない」としたうえで、「間違いや計算違いで軍事衝突にまで発展する可能性がある」と警告しているということです。
 まあ、今の政府に解決する力はないし、仮に安倍が首相にでもなれば、ますます衝突の可能性は高まります。「双方とも衝突は望んでいない」とは口ばかりで、後先のことには全く見識を持てないのが、昨今の政治家のレベルですから、事態は深刻です。 今度の選挙は「戦争への道に再び踏み入れるのを、国民が認めるかどうか」の選挙なのですが、憲法を変えて、戦争をしたいという党ばかりの乱立で、そうしたことを前提としたような選挙では・・・・。 それにしても、戦争をしたいという政党が支持を伸ばすという事はどういうことであろうか。戦争をすると、得をする輩がうようよいるということですよね。
 文化の日にこんな愚痴を言わなくてはならないとは・・・。やっぱり、11月3日は、明治節なんですね。あああ・・

11月02日 金曜日
 私が在職した学校で、唯一現職教員とOB教員の懇親会が持ち続けられているのが●●校です。その会が本日あり、現職の頃は、あまり出席しなかったのですが、退職してからは、ちょくちょく顔を出すようになりました。聞けば、今年は開校40周年だそうです。私は開校時のメンバーなのです。教員5年目でした。ここから、私の実践活動が本格化したと言っても言い過ぎではありません。この学校での実践を基礎として、教員生活を送ってきたのです。いろいろ論議をしあいましたが、今では楽しい思い出です。また今回は、開校当時の教務主任だったI先生が出席され、30年ぶりくらいの再会でした。このI先生は、考えてみれば異色でした。当時の名古屋では『現代教育科学』を購読している教務なんて居ませんでしたからね。そうそう、くれぐれクレクレも言っておきますが、当時の『現代教育科学』は、最先端の教育雑誌でした。後に「法則化連合雑誌」に落ちぶれてしまった頃とは、内容も質も全然違いますよ。 まあ行って、よかったです。来年も生きていたら、出席するつもりです。

11月01日 木曜日
 もう11月です。月日は、本当に早く過ぎていきます。年老うのもあっという間です。
 私も認知症が始まったのかなと思う出来事が続きます。月初めに発送しているサークル通信で、先月は「開始時刻」を、今回は「日にち」を間違えて印刷してしまいました。こう続くと、勘違いで済まされませんよね。また、近所のフランスパン工場直営店が閉店になったのを、やっと気づきました。よくよくみると、「8月18日に閉店」と書いてありました。2ヶ月以上も「今日はやっていないね」なんて言って過ごしていたのですから、深刻です。
 まあ、朝の散歩が1週間以上続いています。体力維持というよりも、鍛えようと速足でのウォーキングです。大した距離ではありませんが、終えると汗が出てきます。脳の活性化にも効果があるといいんですけどね。
 国会の所信表明演説・代表質問と聞いていると、「この人たちには庶民感覚がないなあ」と思いますね。議員さんたち「国民から託された・・・」なんて言ってますが、「国民は、このような人に託した覚えはない」と突っぱねたくなりますね。あまりにもひど過ぎます。国家議員=ウソつき集団ですね。ウソつき同士がごちゃごちゃやっても、誰も期待しないし、できないのだ。

10月31日 水曜日
 次々回に「単位換算器」を作りたいと工作用紙の準備を始めた。私は「計算尺式・単位換算器」に拘っているので、方眼の工作用紙が不可欠です。近年は、簡略化したものも考案されているが、少しばかり苦労して作ることに価値を見い出しているので、どうも簡略化したものはねえ。もちろん、この「単位換算器」を創案した埼玉のTさんのものは、封筒を利用した素朴なものであった。これを、計算尺式に改良されたのは、どなたか知らないが(小学館に著作権を請求する資格がある人です)、そのアイデアに惚れ込んで、私は「計算尺式」と決めている。
 ところが、100人分を用意するには、工作用紙が足りない。ダイソーに走ったが、あいにくない。仕方ないので、4分の1で作ることにした。この4分の1の大きさは、以前担任していた子どもたちのアイデアである。まあ、使い勝手はいいが、初めて作る人にはちと細かすぎて厄介であるが、大学生だから「まあ、いいだろう」ということにした。予定した1セットから、4セットできますからね。今年度は、これでいいけど、来年度からどうするかな?

10月30日 火曜日
 朝の散歩をするようになって、まだ5日目ですが、気になることがあります。それは、いつも八田川の右岸・名古屋市側の堤防上に、ティッシュやバナナの皮、菓子袋が散乱しているのです。かなりの範囲にわたりますから、特定の場所で飲食したのではなく、ゴミを撒き散らしながら、堤防上を自転車で走り抜けたのでしょう。名古屋市側は、ちっとも草刈りもしないので、たいへん汚いです。春日井市側の左岸と えらい違いです。行政のたるみでしょうか。いや、自治体規模が大きくて、目が届かない所為でしょうか。いずれにしても、嫌な思いをするのは住民です。 大人のマナーの悪さを直すのはどうしたらよいのでしょうか。 現代社会の種々のいじめや自殺、障害、殺人などは、子ども間の問題ではなく、大人社会の責任だと思います。

10月29日 月曜日
 いつも沖縄数教協のメール通信を読ませてもらっています。その中に、大学生に「小数」を講義されての学生評価が載っていました。学生の満足度が、95%とか97%なのです。 今日の私の講義も丁度「小数」ですが、いつも私自身が物足りなく終わっています。講義する側がこうでは、受ける側の学生はもっとつらいだろうと思うのです。 やはり「小数」の分野で、訴えかけるインパクトの強い講義ネタが不足しているからだろうとは思うのですが、沖縄のIさんのように刺激的にできるようにしないとダメですね。まあ、10年以上前に、全国大会の基礎講座で「小数」を担当してから、新たな資料・ネタが収集できていないものね。やっぱりこれじゃあいけません。大いに反省して、後半の講義をしようと思います。

10月28日 日曜日
 憲法改正を叫ぶ政治家が事の外目立ちますね。こうした人たちが、主導権を持つ政府では、国会を軽視することは戦略のひとつなのですね。今の内閣は、国会を開かず、3党だけで、事を進めようとしています。少数意見は全く無視する。議会制民主主義の破壊です。だから、世の中全体がどんどん右傾化し、国民は独裁者を待望するようになります。それが、橋下であり、石原です。橋下の素性がぼちぼち暴かれてきたため、私は、きっと橋下は、最終的には、石原と同じように、大阪市長を辞任し、選挙に打って出ると予想しています。だって、彼の言動は、ころころ変わります。信念なんてありません。権力者として、目立つ位置に居たいだけなのですから。まあ、日本をどこまでごちゃごちゃにするつもりでしょうか。戦後、政治教育を徹底的に排除してきた文部行政の成果?が、ここにきて表れているということですかね。
 そうそう、自民党の陰の内閣で、文科大臣が「義家」なんだってね。あきれて、声も出なくなります。

10月27日 土曜日
 
今日は母方の親戚の1周忌ということで出かけました。年月というものは、早いものであることを実感させられます。今回は、まだ1周忌。来年は3回忌。以後、3、7で続きますが、どこまでできるのかな?との話が出ました。まあ、顔見知りが居るうちは続けたいものですが、私の父のように若くして亡くなれば、50回忌もできますが、稀だと思った方がいいかな? 33回忌だって・・・・。 こんな話が盛り上がるのも、歳をとった証拠ですね。

10月26日 金曜日

 教師の力量は、校外学習とか総合学習の取り組みにも大きく影響すると思うのですが、大学の教職免許取得には関係ないようです。というのは、明治村やリトルでボランティアガイドをしていて、各校の対応に歴然とした差があるのです。まったく野放しの学校から、徹底的に課題で追いまくる学校まで様々ですが、どちらも頭を傾げたくなります。「ほどほどに」とはいかないのでしょうかね。 また、下見に来て、教師は何をつかんで帰校し、子どもたちにどんな指導をするのでしょうか。 退職してから、気づくようになったのですが、校外学習とか総合学習(遠足も含む)、修学旅行にしても、ただ、やることになっているから企画しているだけという感じが多すぎます。やはり、学校行事も意義あるものにしている努力を怠ってはまずいと思います。多くの時間を費やして取り組むのですから、何かしら人間的成長につながるようにしていきたいものです。ボランティアは、子どもたちの人間的成長にお役に立ちたいと考えて、活動しているつもりです。

10月25日 木曜日
 朝の散歩に参加することになりました。妻が8月に体調を崩した後、朝の散歩を始めました。それは、海外旅行に出かけるための体力づくりでしたから、「旅行後も、続くようなら、私も参加する」と宣言していたのです。多分、寒くなるから続かないだろうとの予測でしたが、昨日帰国して、早速散歩をすると言うので、私も重い腰を上げざると得なくなったのです。
 出かけてみると、多くの人とすれちがいました。半数くらいは、夕方の犬の散歩の時見かけたことのある人たちでした。まあ最近、とみに体力が落ちてきたなあと感じているので、しばらくは朝の散歩を続けようと思います。大した距離ではありませんが、気分はよかったです。結構、速足です。

10月24日 水曜日
 この2〜3日、Hさんからの「大造じいさんは、雁を捕まえたあと、それをどうしたのですか」という質問に「そりゃあ」と言ってから、思考停止になりました。『大造じいさんとがん』は何度も実践しましたが、そんなこと考えたことはありませんからね。「そりゃあ、猟師だから、売ったり食べたりして、生活の糧にしたでしょう』までです。根拠はありません。
 そこで、鹿児島の数教協仲間のYさんに電話してみました。「赤犬などは食べたそうだが、雁を食べてたとは聞いたことがない」との返事。また、リトルでも鹿児島出身のFさんに聞いてみましたが、「むささびなどは食べていたけど、雁はねえ・・・」との返事。そこで、さすがリトルでガイドをしている仲間です。「地元では、雁という名ではなく、他の名で呼び、食べていた可能性はああるね」と言う。確かにその可能性は大いにある。だって、食べも売りもしない雁を捕まえてたら、遊びに他なりませんからね。是非、この見解を成り立たせる証拠を見つけたいと思います。 あちこち電話したりで、久しぶりに脳に刺激を与えることができました。

10月23日 火曜日
 今日は、予想に反して、ボランティア活動中、雨でした。しかも、どんどん気温は下がって、小寒い状態で、ついポケットに手が入ってしまいました。やはり秋です。 まあ、小学生のグループも多くきましたが、印象に残ったのは、東京からのファッション関係を専攻している2人の女学生です。「民族衣装=衣」のことをいろいろ話しました。もちろん、私が衣服についてのセンスがないのは明らかなことですが、それでも 衣装と民族性の関わり、衣装から導き出される民族性、等々、結構盛り上がって長時間話していました。素人の私の見解は、専門に研究している人には、新しい視点に感じられるようです(内心で、馬鹿にされているかもしれませんが)。楽しいひとときと、互いに感じ合えれば、いいかなと思っています。私も、年とともに丸くなってきましたねえ。

10月22日 月曜日
 もう後期の講義も6回目です。学生さんの緊張もとれてきて、本音が出てきます。講義に集中できない学生もいます。1年の「算数教科研究」の反応はあまりよくありませんでした。パズルや折り紙への反応がいまいちなのです。大荷物を持ち込んでの準備なのにねえ。保育専修の学生にも特に関心を持ってもらいたいと孤軍奮闘なのですがね。
 でも、2年生の「算数科指導法」の講義は、みんな熱心に考えていました。これは、1年に引き続き2年目の所為もあるでしょうね。 さらに、うれしかったのは、1人の学生が、講義後「先生の薦めていた斉藤喜博の本を読み始めました」と言ってきました。なつかしい『授業の展開』でした。まあ、授業を考えるには、先ず 目を通す人物だと思います。

10月21日 日曜日
 あああ、またドラゴンズが負けました。あとひとつ勝てばよいのにねえ。先発陣の故障者ばかりで、誰もが、勝負にならないなあと思っていたら、なんとなんと3連勝ではありませんか。全くの予想外です。きっと、3つも勝ったものだから、選手も監督もほっと気が抜けてしまったのでしょう。こうした状態の修正は難しいです。まあ、しゃあないかな?  来年の中日の選手構想が決まったよ。若手を伸ばし、リーグ優勝してほしいね。これだけ、負傷者が出てはどうしようもない。あああ・・・

10月20日 土曜日
 私の不注意から、サークルの開始時刻が2種類発信されてしまいました。どうなることやらと、心配していましたが、共同発起人のU さんが 午前・午後とも来てくれたので、午前中は5人、午後は7人とまずまずの参加者となり、ほっとしました。初参加者も一人あり、よかったです。私は特別な準備もしてなかったのですが、Uさんが原発の資料を持ってきてくれたし、それぞれが和題を提供してくれたので、午前午後、計7時間半ほど、サークルをしていたことになりました。
 本採用になった人たちは、4月までの間にばっちり学ぶために書籍を持ち帰りました。頼もしいです。 こういう人たちが増えれば、日本の教育も安泰ですね。

10月19日 金曜日
 
今日の活動は、A3で、本来は正門付近でのインフォメーション担当ですから、暇なはずですが、午前中は長浜の小学生、午後は千葉からの団体の予約ガイドが入っているので大忙しの一日でした。
 でも、上機嫌で回ることができました。それは、大学の同窓生が勤務したことのある学校で、引率の校長さんとも面識があるらしく、意気投合して、楽しく2時間のガイドができたからです。一緒に記念写真まで撮ってしまいました。そして、午後の帰校時にも挨拶をさせてくれました。子どもたちも関心をもって聞いてくれたので、やりがいがありました。「また、来るね」なんて声をかけて帰ってくれるとうれしいものですね。
 ボランティアの中では、小学生に対するガイドを、敬遠したがる人が多いです。理由は「集中して聞いてくれない」と批判するのですが、それは、ガイドの内容がつまらないからだと思うのですが、どなたも認めようとしないのが、現実です。まあ、私も年寄りですが、年寄りの頑固さは困りものですね。

10月18日 木曜日
 午後には、雨もあがる予想なのに、全然雨は止みません。雨の中でも、犬の散歩に出かけられる方もありますが、我が家のイブは、雨降りの日は行こうとしません。本来は水好きの犬種のはずですが、飼い主の所為ですっかり諦めているようです。
でも、これで2日散歩に出かけないことになります。犬の生活リズムも狂ってくるとねえ。まあ、忠犬ハチ公のようにじっと吠えもしないで、過ごしています。犬も何を考えているのでしょうかね。やっぱりつまらないと思います。
 私は、何もしないで、ぼ〜っとしていると、頭痛がしてきます。体がだるくなって、しんどくなりますが、犬はよく耐えられるなあと感心しています。

10月17日 水曜日
 今日は、とても楽しい昼食となりました。もう20数年まえに受け持った子?とのランチ会です。まあ故あって私から誘ったようなものですが、快く応じてくれたのです。つい話題は昔のことになってしまいますが、これからの人生の励ましをしてあげようとの意図で会うのです。でも、実際は、私が励まされているような感じです。それは、教え子たちが人生をしっかり歩んでいるから、エネルギーを頂戴できるのです。教師の役得だと思っています。
 これからも 時々 会って楽しみたいですね。 こういう日は、家に帰ってからも仕事がはかどります。

10月16日 火曜日
 今日のリトルでは、ガイド活動は暇でしたが、小3の子たちが、本館にやって来ました。人間の進化の話をしても無理なので、学校の勉強=教科と結びつけて、いろいろ話してやりました。総合学習です。そしたら、どんどん子どもたちが増えました。興味を持ってくれたようです。帰りには、「いろいろ教えてくれて、ありがとう」だって、可愛いじゃありませんか。先週の明治村の子どもたちの態度とは雲泥の差です。 先週の子は恵那の子たち。今週は一宮の子たちです。教育運動に興味を持っている人なら、「うううんん・・・・」と、頭を抱え込んでしまいそうな現実でした。

10月15日 月曜日
 iPS移植の森口氏は何を考えていたのでしょうか。ウソはばれるに決まっています。一生をパーにするようなウソをしてはねえ。ただ、この事件は世界的にはあまり報道されていないそうですね。読売・産経・共同通信の先走り報道のようです。やっぱり、読売・産経らしいなあと、私は穿ってみてしまいます。この誤報は、重大です。読売は、読者数一位の新聞ですからね。本来なら、こうした誤報をしたら、すぐさま読者が減るはずなのですが、日本という国は、うやむやにするだけでお終い。“真実の報道”とかに拘らないいい加減な国なのです。ジャーナリズム不毛といった方がよいかもね。
 まあ、ここ1年、特にひどくなってきました。 Nという人の所為です。この方のでたらめさが、日本を右傾化させ、独裁体制に導いていくのです。 これは、歴史の教訓です。

10月14日 日曜日
 そうそう昨日から、朝日新聞は「土曜日の夕刊が休刊」となりました。先月末に「休刊となる」ことを聞いた時は、どの新聞社もそうなるものと思っていましたが、朝日だけのことでした。近頃は、新聞を購読しない家庭、朝刊だけしか取らない家庭が増えているそうですが、いよいよ朝日さえも、土曜夕刊・休刊に追い込まれたのは、活字文化の危機です。
 妻は「日刊紙を三紙も購読しているなんて、異常だ。減紙すべきだ」といつも非難し、結局、新聞代は 私の財布からということになっています。もちろん 私も月々1万円以上も新聞代として出費するのは、年金がどんどん減額されていますから、痛いです。「でもねえ、・・・・」と言っては、ずるずる購読を続けているのですが、確かにそれも考え時ですね。

10月13日 土曜日
 今日、OAさんからのメールで、来週土曜の「学びの園・あしたば」の例会の時間を勘違いして連絡していたことに気づきました。例会への出欠の連絡義務なんてないのに、今回に限って? 何人かの人から、「参加できない」との連絡が入っていたのですが、「残念だなあ」としか」としか思っていませんでした。今回は、新たな参加者を獲得するような働きかけをしていかないと、運動としても「まずいよね」と、いつもより多めに案内を発送していました。 さあ、たいへん。一部の方には、訂正の葉書を送ることにしましたが、周知徹底なんて無理です。だから、今月は、午前の部と午後の部ということになります。まあ、いつも通り、午後が主であることには変わりません。
 それにしても、ボケが始まったようですね。 ちと、身を引き締めていかないといけませんね。
 サークル拡大作戦は、最初から躓いてしまいました。少し間をおいて、また「出直し!」といきたいと思います。

10月12日 金曜日
 今日も明治村で、熱心なお客様のガイドをしていました。まあ、先月、帝国ホテルガイドで感謝のメールをいただいて、ちょっとお調子に乗っていたかもしれませんが、和歌山のお客さんをガイド途中、ポーツマス条約会議が帝国ホテルで行われたかのように理解しかけていた小学生が居たので、ちょっと声をかけました。そしたら、「ぼそぼその話なんか聞いていたら、時間がなくなちゃう」と言いながら行ってしまうではないですか。あっけにとられて、お客さんとも苦笑い。まあ、話はそこまでですが、私にはショックでした。というのは、その子達は、恵那の小学生です。私の脳裏には≪恵那の教育のすばらしさ≫が焼きついているのです。恵那は、私の教育実践の夢なのです。「どういう教育をしているのか!」と、教師たちを怒鳴ってやりたくなりましたが、もちろん そんなことはしませんでしたが、考えさせられました。 
 ※私の夢見る地域に根付いた≪恵那の教育≫や≪員弁の教育≫が、すでに崩壊してしまい、地元の教師たちさえ≪恵那の教育≫や≪員弁の教育≫の言葉さえ知らないでいることは知っていますが・・・・。情けないです。

10月11日 木曜日
 このところ、夜遅くにも自衛隊機が飛び交い、うるさいです。驚くほど近距離の編隊飛行であったり、離発着の騒音など、明らかに訓練を頻繁にしているようにみえます。それは、13・14日の小牧基地の航空祭のデモンストレーションの練習なのか、はたまた尖閣や竹島問題に対応するものかはわかりませんが、なんとなく不気味です。 日本が壊れるのは、そう遠くないなあと感じてしまいます。

10月10日 水曜日
 今日は「目の日」。いやいや「体育の日」です。でも、世の中は、祝日・祭日をめちゃめちゃにしてしまいましたから、その意義なんて、解説?することもできなくなりました。こうした情緒的なことを無視し続けてきたために、今のような殺伐とした世の中になってしまったとも考えられます。 マスコミでは、演歌の衰退と関連付けて、語られるようになってきましたね。
 ところで、水曜日ですが、初めて「予約ガイド」の応援に出かけました。対象は、小学生へのガイドです。ツアーガイドでは30分でやるところを1時間半でやってほしいという要請です。まあ、時間があると言って、各建物を詳しく専門的にガイドしても、小学生の興味関心はわきません。私なりに考えて出向き、ちょうど予定時間内で収めました。普段はしない、授業もどき事もしてみました。私も楽しんでしましたが、さて子どもたちは・・・・。特に、担任教師は「やりすぎだ!」と、へそを曲げたかな??

10月09日 火曜日
 リトルへ出かけました。3連休の後なので、客足は悪いかと思いましたが、平日の火曜日としては、そこそこの出足であったと思います。本日は、高校生と老人会の人たちと会話を楽しみました。エエッと思うような格好をしている子でも、みんな素直なものです。やはり、大人は、若者に対する見方を直すべきです。あえて言えば、大人が、政治が、若者を可笑しくしてしまったのだと思います。さらには、今の政治は、若者だけでなく、老人の財布をねらいうちにして、老人・弱者を血祭りにしようとたくらんでいるのだと思います。

10月08日 月曜日
 国民から≪復興税≫として強制的に徴収する。国民には何ら責任はないけど、福島の惨状を目にすれば、「復興のためには、仕方ないなあ」と協力する。そうして集められた≪復興予算≫なら、当然 復興のために使われるべきである。ところが、国の計画した執行計画は、常識人には信じがたいものであった。 誰がみても、可笑しい。不謹慎である。盗人である。私は、こんな予算案を平然と出してくる人間の顔がみたい。どんな面をしているのであろうか。人としての品位・資格はありません。 オスプレイ配備にしても、「沖縄県民の理解を得る様に、丁寧に説明します」と言う。馬鹿かと思う。
 そうそう、福島では、≪SAVE FUKUSHIMA≫というチラシが罷り通っているらしい。その文面には、福島は、今回の事故で、広島・長崎より有名になったから、福島をもっと売り出そう! 放射線なんて、怖くないんだ・・・・。そして、文の締めは「・・・・・・放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人には来ます。これは明確な動物実験でわかっています」(福島医大・山下俊一)とある。 呆れます。県が、やっているそうだ。
 私は、こんな姿勢の国や県のために、税を払いたくない。 信じられないことを、平然とやる人間はよく居るけど、国や県、
「死の商人」と目される経団連は、悪質極まりない。こういう人間がいることは嘆かわしい。

10月07日 日曜日
  元高知県の教育長をなされた大崎博澄さんの『詩集・人生の扉は一つじゃない』を読みながら、まだまだ日本の教育も捨てたものではないなあと、改めて思った。著者の経歴に「2000年4月から2008年3月まで高知県の教育の仕事に携わり、小さな弱い人を守る教育の実現に精魂込めるも敗北」と記してあるが、こうした方々が「敗北」と感じない世の中(教育界)でなくては、“夢とロマン”はありません。そうした世の中にしなくてはなりません。私と大崎さんは、偶然同い年でした。大崎さんは今、「たんぽぽ教育研究所」を作り、そこを基盤に地道に力強く活動してみえます。応援し続けたいと思います。
 私も、羨ましがってばかりいないで、新たな方策を練りたいと思うのですが・・・・。 私のロマン「教育研究所」や「家庭文庫」「教科書資料室」構想など、財力がなくて、頓挫ばかり。結局は、我が家を根城に“ごそごそ”まで追い込まれています。
 まあ、これも「人生か?」とは思うのですが、大崎さんのように“夢”をもって、あとしばらく突っ走りたいと思っています。

10月06日 土曜日
 円高効果なのでしょうか。我が家の犬のエサは、「サイエンスダイエット」というアメリカ製のエサです。そのエサを買いに行くと、またまた先回よりも200円下がっていました。今は、カーマで7.94Kkg2780円となりました。以前は、ロイヤルで8kg4290円で長く購入していましたから、ずいぶん大きな違いです。まあ、安くなったと言っても、犬のエサとして、ジャーキー・減塩にぼし・ビスケットを常に食します。そう、りんごも年中欠かせませんから、我が家の犬の食費は、かなりの金額になりますが、黒ラブの楽しみは、食べることだけみたいですから、仕方ないですね。 犬って、いつも何を考えているのでしょうかね。退屈じゃないかなあと心配しているのです。

10月05日 金曜日
 今日のボランティアは、「御料車のガイド」でした。数年前にもやったことがありますが、その後、私の知識は増えているわけではありませんが、担当者としてやっています(でも、気を配って、いつもの綿パン・運動靴の服装ではなく、革靴を履いて行きました)。本日も70〜80名の方にガイドしました。ツアーガイドより忙しかったです。 明治村にあるのは、第5御料車(昭憲皇太后用)と第6御料車(明治天皇用)です。まあ、お召し列車を見たことのない私には、今ひとつピンとこないところがありますが、いろいろ調べはしましたよ。
 さて、話が変わりますが、東京維新の会が、都議会に「大日本帝国憲法の復権」「権利の制限」を請願したとか。さすがに、自民党を始め、各政党が反対して不採択になったそうですが、ギョッとしますね。明治村でも「教育勅語が掲げてないのは可笑しい」とかの抗議が頻繁にあります。世の中、想像以上に、右傾化しているようです。尖閣や竹島問題が、それに追い討ちをかけているのでしょう。 維新の会の本質を、早く国民は気づかないと、本当に戦争状態になりかねません。 日本国民が、再び戦争をやりたがっているとは思いたくないです。

10月04日 木曜日
 結局、後片付けはやらないで、一日中、タイルを作っていました。もくもくと、十のタイル、五のタイル、一のタイルを作るだけです。本当は、一のタイルを2cm四方にしたいのですが、材料の関係で、1cm四方ととても操作のしにくい大きさです。使い勝手が悪いから、それほど“タイルのよさ”を実感させることはできないだろうなあと思いながらの作業ですから、ちょっと虚しいですが、やはり準備をしていかないと、操作活動の有用性も上滑りになってしまって、ますますつまらぬ講義になってしまいますからね。89セットなんとか準備できそうです。 タイルの扱い方は、それほど単純ではありません。使う意義も分からず、指導したって、思考力は向上しません。おはじき=タイルではありません。

10月03日 水曜日
 今日は、珍しく家庭の事に昼間の時間を使いました。やるべき家事として、いくつも課されたことがありますが、そのひとつ、犬小屋というか、飼育スペースの整備です。日除けの垣根として、“すだれ”を活用していますが、年数も経ちうす汚いのです。台風も過ぎたので、一念発起で始めました。取り替えた“すだれ”の片付けに手間取り、仕事を残してしまいましたが、まあ、さっぱりしました。さてさて、続きはいつになるかな? 
 まだまだ、植木の伐採もあるし、1年以上も前に準備したペンキ塗りもあるし・・・・。
 でも、ちょっとやると、私、すぐ疲れてしまってダメなのです。あああ、きっと、今夜はよく眠れるぞ!

10月02日 火曜日
 最近、火曜日はなんだか体が重いというか、だるい感じがして、どうもいけません。多分、月曜日の講義の疲れではないかと思うのですが、ただ、講義は今年に始まったことではないですからね。年の所為ですかね。
 ところで、今日にリトルで、ボランティアを始めて、初めて出会ったことがあります。それは、若いカップルの楽しげな?行動です。さすがに小・中学生も居るしねえ。どう声を掛けようか、一瞬たじろぎましたが、穏やかにおっさんが話しかける形で、気分をこちらに引き付け、「こんな家に住みたいね」との言葉を発しさせて一件落着となりました。「こら、なにをしとるんじゃ」では、反発をかうだけですからね。 まあ、ボランティアも接客技術も身につけないといけないとね。生活指導と同じです。

10月01日 月曜日
 岩国基地のオスプレイ6機が、普天間に移送されたそうです。一昨日に、米軍から連絡があり、日本政府は「あっ、そうですか」と了承したのでしょう。沖縄の人たちが、猛烈に反対していようが、全く無視です。「民意」など聞く耳持たぬと言わんばかりの対応です。 こんな権力的な政策しか行わない民主党を、日教組を始めとする「連合」は支持するのでしょうか。こんなアメリカの言いなりでありながら、大国主義的発想しかできない民主党を、労働組合が支援しているというのは、どう考えても可笑しいです。 まあ、昨今の国際紛争は、すべて「戦争責任を明らかにせず、きちんと各国に謝罪してこなかった」ツケです。何事も、その場しのぎの言葉で誤魔化し続けてために、起きたこと。そして、大国主義的発想しか持ち合わせない首相が、上から目線で見下すから、相手国を苛立たせているのです。 いくら内閣改造をしても、コマのたらい回しでは、民意は納得しない。

09月30日 日曜日
 現在、午後5時。我が家周辺も暴風域に入っていると思うのですが、今は大したことはありません。急激に吹き荒れるのでしょうか。油断はなりませんが、穏やかな気分です。静かに通り過ぎて行ってもらいたいです。 今回の台風に対しては、我が家としては、早くから備えて、昨日には完了していました。あとは、局地的な豪雨とならないように願うばかりです。
 そこで、午後は、例によって野球を見ながら、「手づくりタイル」を作りました。52セット準備できましたが、これでは、2人に1セットしか渡りません。でも、こうした操作活動を十分に体験しておいてもらうには、やはり1学生に1セット準備したいですよね。使用するのは、次々回の講義。なんとかしたいねえ。

 夜、テレビでは、各地の川が危険水位を超えて、「避難勧告が出た」と報じているので、夜10時ごろ、雨も止み、満月も雲の合い間に見え隠れしているので、八田川の水位を見に出かけた。堤防の中ほどまでしかなかった。よほど、西の方は雨が降ったのだなあと思いました。どうやら、今回の台風劇は幕を引いてもよさそうです。

09月29日 土曜日
 午前中、木の伐採をちょっぴりしました。全く手入れをしないので、隣の家の方へかなり侵入するほど伸び放題なのです。つまりは、台風が東海地方に上陸しそうだというので、隣家に迷惑をかけないようにはみ出ている枝を伐ろうとしたわけです。高枝ばさみも切れが悪くなっていて、苦戦しました。まだ、大してはできていませんが終了。1週間くらい続けないと、さっぱりしませんね。
 さてさて、台風はどうなるのでしょうかね。大学からも、月曜日に講義があるので、その対応法がメールで送られてきました。小学校時代といっしょです。

09月28日 金曜日
 先週、案内をした人から、丁寧な礼状が届いたものですから、一躍、注目の人となりました。でも、当たり前のことをしただけです。そこで、全職員・ボランティアにその礼状を紹介するとか言うのですが、裏を返すと、普段 いかにお客様のニーズに合わせて、ガイド活動をしていないか、できていないかだと思わざるを得ません。今日も、小学生をガイドしていると、おしゃべりが多いとか、最後まで着いて来ないなどの愚痴が出ます。それは、ボランティアの責任です。少なくとも、明治村に来る6年生は、ちょうど、明治時代を学習しているところです。だから、それを踏まえてガイドしなくては、「顧客満足」とはなりません。もう何年もガイドをしているのなら、それくらい考えないとね。 そう、私は、仲間であるボランティアに冷たいのです。
 また、本日、熱中症のような症状に陥った子が出ました。そのときの明治村の対応にも苛立ちを感じました。「企業の社会的責任」です。愛される明治村になり、リピーターが増えるように、どう努力するかですよね。その観点が問題です。

09月27日 木曜日
 昨日は、伊勢湾台風が来襲した日であったのに、忘れていた。マスコミも何の報道もしなかった。あれほど、地震災害のことを扱っているのにね。もう53年も前のことだからかな。いや、近頃の台風の進路は昔学習したこと(想定したこと)とは、似ても似つかぬ異常な進路だからかな。でも、この地方に住んでいる限り忘れてはいけないと思いますね。 これも、若者からみれば、年寄りの戯言に過ぎないのかな?

09月26日 水曜日
 午後、「どうでもいいけど」と思いながら、つい自民党の総裁選の様子を見てしまいました。様々な評論家の予想通りであったなあというのが、感想です。 1回目の投票では、石破が予想以上に165票の党員票を獲得し、石原が38票と目茶少ないと感じました。谷垣を退き下ろした印象が悪かったのでしょう。でも、石破の「国防軍を創設する」が党員の支持であったのでしょうか。自民党員の民意は、軍備増強なのかと思いましたね。なにしろ、「原発再稼動」とともに5候補に共通していましたから。 また、決選投票は108対89と思ったほど差が開きませんでした。上積み分は、安倍54票、石破55票で互角でしたからね。とにかく、予想通り安部の勝ちでした。1度腰砕けで止めたのを再び総裁にしなければならない自民党も哀れですね。国民は、いかに民主党政権に愛想を尽かしたと言っても、元の自民党に戻ることを願ってはいないと思いますね。だから、民意は「解散総選挙」しか言わなかった谷垣自民党の支持率は上がらなかったと思うのですがね。 まあ、この安倍なる人物は、憲法改正と教育改革に熱心です。前は「美しい日本」と称して、教員免許更新制を打ち出した男です。ずれた感覚しか持ち合わせていないから、またまた教育界に混乱を持ち込むことでしょう。 また、ハシズムと結託して、憲法改正にまっしぐらということになるのでしょう。 あああ、情けなや、情けなや・・・・  本当に、日本はどうなっちゃうのだろうか。光が見えてこない。

09月25日 火曜日
 今日の昼食時は、久しぶりに学芸員さん3人と共に歓談しながらの食事となりました。いろいろ冗談も言いながらも、ボランティアのあり方について問い直す機会となったと思います。まあ、私の思いを一方的に話しただけかも知れませんが、「ボランティアガイドとは、・・・」ともう1度考えて見直す時期だと思います。 
 世の中は、何かあると、すぐボランティアです。こうした問いかけの底流には「低賃金での雇用対策」のねらいが見え隠れしています。若者の正規雇用を促進する動きとは裏腹です。それにしても、原発問題でも、経済界は常に金儲けだけ、人の幸せなんて問題外なのですね。そうは思っていましたが、このところ、経団連等の態度は、えげつないです。

09月24日 月曜日
 今日の講義内容は、ちょっと固くて面白みがないなあと出かけました。つまり、ちょっと気乗りしないのです。でもまあまあよかったのか、「来年度、ゼミとして、先生を希望しようと思うのだけど、来てくれない」なんて、学生さんがうれしい声をかけてくれたりして、ご機嫌で帰路につきました。ところが、知多半島道路が工事で車線規制で大渋滞。さっぱり進みません。1時間以上渋滞に巻き込まれ、5時過ぎにやっと家に着きました。「水戸黄門」も見れませんでした。来週も工事規制だし、11月には名古屋高速も通行止めです。そういう時は「電車にした方がいいのかな」。

09月23日 日曜日
 この世の中、どうなるのでしょうかね。新聞を見れば、「アメリカ本土では、オスプレイの試験飛行は中止。でも、日本ではやります。日本政府も認めている」」ということは、アメリカは、自国民の安全のために試験飛行をしないけど、他国民の安全保障なぞ知ったことではないという態度ということです。まあ、他国民を奴隷とでも見なしているお国柄の表れです。そんな国に、どうして、そこまでへつらうのでしょうか。 また、「原発ゼロ」にしても、国民の総意は「ゼロ」と示されました。それで、「30年後にはゼロを目指します」と言っていたのに、閣議決定はしない。国民の声を聞かないということです。そういう民主主義の原則を無視する方を再選する民主党の体質は重症です。政治家なんて「政治主導」を叫ぶにしては、何もできやしないのにねえ。よく「政治主導」なんて言えたものです。まあ、呆れることばかりですが、日本の行く末は?????  困った事ですね。
 
 そうそう、ここ1ヶ月ほど、妻のパソコンが立ち上がらず、その解決に誠意を示さないと、私は批判の的でした(私のパソコンから、ランで飛ばして、接続をしているので)。 その間も何度が回復するように挑戦したのですが、さっぱり「ままならず」という状態でした。今朝、ハッとして、再度挑戦をして、ごちゃごちゃやってみたら、回復しました。ところが、今度は 私のパソコンのマウスが動かなくなりました。結局、元通りに戻したら、なんと不思議にも回復しました。どうなっているのかなあ。この間はなんだったのか。 まあ、回復すれば、いいんですけどね。

09月22日 土曜日

 今日は、知的刺激を得る一日となりました。午前中は、教科研の例会で、8月号「復興の教育学」、9月号「教育を語ることばの復権」の読書会をし、午後は、Aさんという「教科書のさし絵」を研究している人と、懇談しました。どちらも、論客というか研究者相手ですから、ちと疲れます。疲れるのは、私の化けの皮が剥がされる思いがするからです。さみしい話ですが、そんな気持ちになるのです。でも、頭の中が整理され、学び甲斐があって有意義な時間になったと思います。
 そうそう、例会後、昼食会をしましたが、その店のレジの所で「渡辺先生でしょ。東山でお世話になりました」と若い女の子から声を掛けられました。うれしい話ですが、さっぱり思い出せません。退職して7年。ダメですね。帰宅後調べてみましたが、私の直接の教え子ではなさそうでした。 教師という者は、何時・何処で、見られているか分かりません。ピチッとしていなくてはまずいですよねえ。もちろん、私は見られても恥ずかしいようなことはしていませんから、大丈夫ですがね。

09月21日 金曜日
 今朝の新聞・テレビが、「慣用句の意味を正しく理解できていない大人が多い」と、鬼の首をとったように報じている。まあ毎年 報じられていることではあるが、「それがどうした」なんて思ってしまう。「日本人たる者、しっかりせんかい!」とでも言いたいのであろうか。もちろん、“日本語の乱れ”は由々しきことである。しかし、テレビ上でのタレントの言葉使いが大きく影響していると思うし、「近いうちに」とか「安全宣言」と称して、言葉の本来の意味を平気で違えて演説をする日本の最高指導者の責任は限りなく重いと考えている。これこそが“日本語の乱れ”を助長していることを マスコミは自覚すべきである。

09月20日 木曜日
 今日の最大の仕事は、彼岸経で坊さんを迎えることです。朝から、部屋の大掃除です。実は、我が家の愛犬は、夜だけ室内で飼っています。その部屋は、お袋の居た部屋、仏間です。だからね。犬を飼っている方は想像がつくと思いますが、そりゃあ、普段 あまり掃除していないものですから、たいへんです。畳も雑巾かけををしました。1時間以上かかりました。線香もたきましたよ。うふふふふ〜。 また、夜のセッティングが一苦労ですが、仕方ありませんね。
 その後、サークル通信の前文を書きました。近頃の心境です。以下のように・・・。 

教育は、直接的過程の中に人格による感化がある。生身の人間が教えるということは、古いのではなく、基本である 銀林浩 上の言葉を、このところ何回も載せたのは、どうも教師と子どもの泥臭い関わり方が忘れ去られているのではないか。このことが、“いじめ→自殺”という事件が頻繁に起きる根因だと思うからです。また、よく引用する“教科指導は、生活指導を内包する”も同じことで、教育=人間教育であるという強いメッセージです。特に小学校教師は、しっかり認識する必要があると考えます。
 かつて一世を風靡した≪土に根ざす員弁の教育≫≪生活つづり方の恵那の教育≫は、どうなってしまったのでしょうか。私は、若い頃「三重や岐阜には、地域に根ざした教育があるのに、どうして愛知には特色ある教育はないのか」と僻んで、愛知の先輩実践家を罵りました。目にしたのは、≪管理教育(半田の立腰教育も含まれる)≫という怪物でした。そうした形を重んじる教育管理が、全国に急速に広まっています。大阪が最たる所です。いずれにしても「自由を奪い、管理・しごいたところで、人間は伸びない」ということです。  91日の『民教連のあいち教育大集会』の時に報告してくれた3人の方の話は、とても若々しく生き生きしていて素晴らしいものでした。惚れ直しましたよ。なんとかもう1度、ゆっくり話してもらう機会をつくりたいですね。(私は、実践集として冊子にまとめたい

09月19日 水曜日
 月曜日の講義の折に書かせた感想レポートを読んでいて、「う〜ん」と唸ってしまうことがあります。それは「小学校時代の算数の授業で印象に残っている授業は?」と問うものです。まあ、小学校時代の教科の授業のことを思い出として持っている人なんて珍しい存在であると思っているので、「印象にない人は、どうしてですか」なんてことも問いかけていますが、集約すると、<百マス計算で競争し合ってがんばったこと><習熟度別で3コースあり、ハイレベルに残ろうと必死に頑張ったこと><九九で合格するとシールがもらえてうれしかった>となりますかね。学生さんの半数は県外からの人ですから、見事に全国に広がっているということです。 こうした学生さんが教師となって、同じ発想で授業を組み立てていくとすれば、差別・選別の教育、能力別の学習形態は、全国に根付ていくことでしょうね。相手の気持ちを思いやる心は潰されていくわけです。「絆」なんて口先だけのこと。「いじめ」は、厳罰化の方向ですから、潜行・陰湿化することになります。 困ったことです。
 まあ、私の仕事の重要性はますます高まります。老体に鞭打ち、しぶとく、できる限り 頑張ることにしますか。それが、納得のゆく生き方・人生ですからね。

09月18日 火曜日
 柳条湖事件から41年だそうな。柳条溝事件→リットン調査団→国際連盟脱退→日中戦争と続いた軍国主義の歴史。今、中国の反日運動の高まりは、再び軍国化への道を呼び起こしかねない危険な状況である。反日のデモのプラカードを見ても
どぎついものである。「再燃、第一原子弾」って、どういうこと。「日本人、抹殺」とは、本当にそう思っているの。そうした挑発に乗ってはまずいけれど、ムカつきますね。 ええ加減にしてもらいたいですね。
 こうしたことが繰り返し起きるのは、日本が、先の戦争犯罪に対して、反省・謝罪を中国や韓国にしないからです。日本の政治家は、口先だけで、未だに河村名古屋市長のように「南京大虐殺はなかった」だの、「従軍慰安婦なんて、・・・」と公言して憚からない連中がうようよしているからです。近頃の野田首相のコメントは、全く心に響かないではありませんか。
 また、日米同盟を強調する人たちも、アメリカは日本を助けてはくれません。「領土問題については、中立です」とコメントしているではありませんか。しっかり認識すべきです。アメリカは、オスプレイを配備したいだけなのです。

09月17日 月曜日
 祝日で、天気不順でしたが、後期の第1回の講義がありました。たくさんの学生さんとの出会いです。ただ、たくさんであることを喜んでいいかどうかは、???です。マンモス講義になっているのですからね。
 さて、第1回は、教科周辺の状況を話すことにしていますが、学生さんの反応はいまいちです。というのは、まだ、1年生で、教育に対しての問題意識は、まだあまりないからです。だから、「いろいろ問題点があるのだよ」との一方通行になってしまうからです。今日は、ちょっとだけ「ふ〜ん」と関心の目を向けてくれれば可と思っています。
 1ヵ月半ぶりの講義(90分×2)で疲れました。まだ、講義の感想文を読まなくてはなりません。大学の教師も楽じゃありません。

09月16日 日曜日
 あすから後期が始まるので、出校の準備と思って、ズボンを穿いてみたら、苦しいこと、これではたまりません。夏中、のんべんだらりんと過ごしていたため、すっかりメタボです。本日「ゲンキの時間」は、出腹を引っ込ませる法でしたが、1日で効果の出るはずはありません。真剣に、下腹作戦をしないとね、スーツが全滅です。背に腹は変えられません。テレビのように、10日間で効果が出るかな、出さなくちゃあ。

09月15日 土曜日
 教員になった6ヵ月後から(当時は、仮採用期間は6ヶ月であった)、サークルに通い始め、その後も新たにサークルを立ちあげたりして、ず〜と教員生活を過ごしてきた。私は、いわゆる「サークル人間」なのです。でも近年は、そうした人はすっかり減ってしまって、自主サークルの中心人物でさえ、サークル運動の観点は全くなく、趣味のサークルに陥っています。広めようと努力しないようでは、サークルがじり貧になるのは当たり前です。権力を盾にしている官制研究会に勝てるわけありません。サークルに対する愛情の問題だと考えているのですが、反発だけ食らっている私です。ノンポリ学生であった私でさえ、こう思うのに、学生時代カッコよくのたまわっていた輩の様はなんじゃいと息巻く今日この頃です。 世の中が、可笑しな方向に向かえば向かうほど、むらむらっとくる戦中派の心意気です。

09月14日 金曜日
 ぼつぼつ学校行事を組む所も増えてくるかという時期ですが、今日の団体さんの多くは「老人会」でした。まあ、老人会と言っても、同年輩の人がいっぱいです。だって、敬老の日は、65歳以上入場無料なのですからね。ボランティアの中で、いつも盛り上がるのは、50年ほど前の話のときです。私も、その頃の話が、みんなわかっちゃうからねえ。
 そうした中でも、若い気分で居られるのは、ふだん20歳前後の学生さんや、サークルに集う若い教師の方たちのおかげであるのは明らかです。このように、70歳までの生活設計は、出来上がっていますが、それ以後をどうするか。今から、ぼちぼち考えていかねばと思っています。

09月13日 木曜日
 年寄りにとって、パソコンを使いこなすということはたいへんなことですね。現職の時は、ああだこうだと屁理屈をならべて、パソコンボイコットもどき行動をとっていましたが、今や、パソコンが主たる伝達情報手段です。避けて通ることができません。パソコンなくしては仕事にならないのです。 
 ところが、悲しいかな、使いこなす技術がありません。今日も、USBメモリーが 何度試みても反応してくれません。無茶 単純なことのはずですが、昨年はスムーズにいったのにねえ。仕方なく、大学に出向いて、やれば、スーッといきます。私んちのパソコン不調の為なのでしょうね。パソコンでは、他にも不具合があります。器具が原因ではないかと思うのですが、困りましたね。息子が、来るまで我慢しなくてはならんのでしょうかね。
 機会をみて、パソコンを買い換えた方がよいかな? もう限界のような気もするしね。 最終ランに向けて、もうひと踏ん張りするためにも 投資をしなくちゃあ。 妻の不機嫌な顔が浮かんでくるなあ。

09月12日 水曜日
 F大での講義も5年目になる。毎年、カリキュラムをごちゃごちゃと練り直してやっているが、資料をどれにするかで苦心しているが、ほぼ構想は固まっている。他の大学で講義している人のレジュメ等を提供してもらったりして、講義の質の向上に努めているつもりではあるが、どうも私の講義は低レベルのような気がして仕方がない。それは、資料は、原則 自前の実践や論文に限ることにして、展開しているからだ。つまりは、私の知的レベルが低いということではあるが、小学校の現場出身者が、大学側から求められていることは、なまの姿であり、研究者としての講義であるとは思わないし、そんな期待がかけられるはずがない。学生さんが「教師になりたい」とか「そんな楽しい授業をしてみたいな」と思い、「そのためには、学生時代に何を追究すればいいかな」と考えてくれれば、よいと思っている。それでも、足りないことはいっぱい出てくる。 だから、不足分は、毎月第3土曜に地道に補っていきましょうとサークルを開いているのです。 文科省・教委のいうように、“完熟した教師のごとく学生を育てろ”なんていうのは、戦前の師範学校化に過ぎない。戦後、何故、いろんな大学で教員免許を取れるようにしたのかをよく考えれば、すぐ答えが出てくるはずだ。 今の世情は、教育界だけでなく、あらゆる面で、ハシズムの脅威で、人々は、早くもちぢこまりつつある(政治家が一番ビクビクしている)。 ヒットラーは労働党、ムッソリーニは社会党の出身の独裁者であったことを忘れてならない。
 そうそう、あの小林よしのりが『脱原発論』を書いたんだって。ホンマかいな???

09月11日 火曜日
 東海豪雨は12年前の今日なんだって。すっかり忘れていました。忘れていたのは、日にちであって、出来事の中身は忘れるはずがありません。2年前の集中豪雨の出来事と何度も比較して、この「日記」にも書きましたからね。この12年間のうちに、我が家の周辺は、復旧工事のおかげで確実に?危険になりました。もし被害を受けることになけば、「人災」です。この主張は、きちんと役所に突きつけておかないといけないと考えています。
 役人は被害を受けて、騒がないと何もしてくれません。強い者勝ちの世の中にしているのは、役人です。 こうした役人を正すのは、政治家ではありません。政治家なんて、民主党の無様を見れば明らかです。また、選挙戦に入れば、政治のことは役人にまかせっきりで、自分たちのことしか考えないのが政治家という輩です。まあ、この2〜3年は、いろいろ政治の体質について、学ぶことができました。その1番は、口先だけの大ウソつきが多いということです。政治家を信用してはいけません。ウソを見抜く力をつけねばいけません。

09月10日 月曜日
 私の夏休み?は、今週いっぱいです。来週の17日から、祝日ですが、始まります。後期第1回の講義のレジュメを印刷しました。2回以降は、事前にレジュメの原稿を出しておけば、大学の方で印刷してくれるのですがあ、1回目は、段取り上、家で印刷準備しているのです。また今期も学生数が100,150と多いので、たいへんです。だから、いつも1回目のレジュメは3枚6ページしかありません。ご勘弁を!
 でも、早くも履修に当たって、相談をしてきた学生がいました。熱心なのは、たいへん結構。私もやる気が起きてきます。

09月09日 日曜日
 今日は「重陽の節句」。現職の頃は、真面目に“五節句”のひとつとして、子どもたちに話していましたが、今は、その相手がいませんから・・・・・・。 でも、例の≪Facebook≫の件は、現時点ではどうしようもありませんが、着実に「友達」は広がっています。でも、しばらくは「友達になることを承認します」のメールは控えることにしました。だって、私は≪Facebook≫の機能を生かす手立てを持ち合わせていないのですからね。まあ、いつになるかはわかりませんが、息子の手ほどきを受けてから、改めて発信することにしますから、それまで、お待ちを!。

09月08日 土曜日
 民主党・自民党の代表選がマスコミを賑わせている。実質、大連立しているような政治状況では、何の関心も起きない。ただ、税金の無駄使いが着実?に進行していることだけは、紛れもない事実だ。 お金に全く無頓着な政治が行われていては、日本の借金は膨らむ一方です。政治家は、人の財布(税金)に手をつけても平気なんですから、呆れます。「尖閣に20億5000万円を出します」だって、税金でしょ。都なら、14億の寄付が集まっているのですから、即、税金の使い込みにはなりませんよね。一事が万事、金銭感覚のなさには、驚きますね。 まあ、悪代官が再選されるらしいけど、それを支持する輩も同じムジナということですね。まあ、これだけの口先人間も珍しいです。道徳の授業にも使えそうですね。歴史に名が残るかもしれません。

09月07日 金曜日
 子安さんのブログに「指導案が書けないと非難するけど,書けてるの」というテーマで、論じられている内容に全く同感だ。
 教育実習で「学生が指導案を書けない」という現場からの声に、大学の講義でも「指導案作成」の指導が強要されている。  私にすれば、新任教師が指導案作成に手こずるのは当たり前のことであって、ましてや、学生が、満足に書けるはずがないのだ。だって、子どもの実態も把握しないで書く指導案なんて、授業として論外です。まあ、強要する管理職や教委、文科省は、≪授業づくり≫の観点なんて、持ち合わせていないから、子どもの実態を抜きにした指導案でも気にならないのでしょう。こうして形式的な、面白みのない授業が罷り通り、子どもたちの創造力や思考力を高めることは難しくなるのです。
  そもそも、授業構想をメモしたものが、指導案の原点なのに、形式ばかり押し付ける。この前の集会の時にも、「指定校で30回ほど指導案の書き直しを要求された」との話があったように、日本の教育界は硬直状態でお話にならない。30回は内容ではない。瑣末な語句なのだ。これは、いじめ以外の何ものでもない。
 こうした状況を見ていると、もう20年も前、指定校の時、学習指導案の形式を変えさせることができたのが、不思議でならない。そのためにも、全国で書かれている「指導案」をいっぱい集めてみるとよい。すると、地域、学校により、教科により、実に様々であることがつかめる。ご指導くださる管理職の連中の不勉強さが明らかになる。じっと、目を見つめてやることです。少しは後ろめたさを感じることでしょう。

09月06日 木曜日
 よく分かってないのにまずいかな?  というのは、私のこの「教育日記」は、≪個人のホームページ≫上です。多くの方から「≪ブログ≫を活用すべきだ」との助言を受けていますが、依然として≪個人HP≫です。≪ツイッター≫をした事もありません。携帯も、メールと電話の発信だけで、いつも携帯していない年寄り用の携帯です。
 ところが、昨日、≪Facebook≫なるものが、「〇〇さんと〇〇さんとつながりました」とメールに入りました。早速、開いてみると、知り合いの名がいっぱい出てきました。そこで「友達になる」のクリックをパカパカ押してみました。誰のをクリックしたかは覚えていませんが、「友達になるのを承認しました」と次々返信がありました。肝心の最初メールがあった方からは返信はありませんが、もう20年ほど会ったことのない教え子からもありました。感激です。返信のあった方のいくつかをのぞいてみると、「ああこうして、若者の世界はつながり、広がっていくのか」と思いました。パソコン上で、いろいろ検索して、人探しをやりますが、≪Facebook≫の比にはなりませんね。 ちと、これからのこと、考え直してみないといけませんね。
 ≪Facebook≫で「友達になる」と登録くださった方、私、まだ発信できないのです。息子から、「どうしたんだ?」と叱られました。ごめんなさい。しばらくお待ちを!

09月05日 水曜日
 近頃は、書店に足を運ぶことは途絶えていると言った方がいいくらい書店に行きません。
 が、本日 本を探しに行きました。妻から頼まれたものはありましたが、私のお目当ての本はありませんでした。ガッカリ!
 ところで、ハッと思ったのが、「課題図書」が大量に積まれていたことです。もう子どもたちは、読書感想文を提出しなくてはなりません。要するに、「課題図書」さえ売れていないと言うことでしょう。かつては、「課題図書」に指定された出版社は、会社の建て直しができるというほど売れたものですが、今はそうじゃないのですね。以前、児童図書の名門・理論社が倒産しましたが、本当に現代人は書籍を買わないのですね。改めて、そう感じました。
 文科省の「読書」の強調は口先だけだからねえ。長年の夢であったけど、諦めていた≪家庭文庫≫開設、もう1度考えてみようかな? 今のままじゃあ、児童図書も“宝の持ち腐れ”だからねえ。 いい方策はないかな?

09月04日 火曜日
 リトルへの入館者はとても少なく、ボランティアも暇で暇でした。特に、今日は本館の担当であったので、エアコンも効いているし、暇で坐わろうものなら、途端に睡魔に襲われます。だから、館内を歩き回っていました。
 まあ、これは、2学期も始まり、小・中・高生は来ない。行事を組む学校もまだない。夏休み中の家族連れも一休みというわけです。それに、イベントの類も15日からの連休待ちなのです。つまり、客が少ないのは想定内ということです。こうした日々には、ボランティアを減らすなどの対応も考えた方がいいのじゃないかと、以前から思っているのですが、「おかまいなし」というのが現実です。
 近年は、何処でも何でもボランティアという傾向がありますが、“ボランティアとは、なんぞや”と、もう1度問い直した方がよい時期にきているのではないかと思うこの頃です。

09月03日 月曜日
 愛知県の小・中は、今日が2学期の始業ですが、大学の後期の講義は17日からです。そう17日は敬老の日ですが、講義はあるのです。大学も、小学校と同様、授業日数が事の外うるさくなっているのです。「やれば、・・・」というのは、お役人の発想でね。形だけを整えても、何の成果もないと思うのですが、お役人=権力には、天下の宝刀がありますから、従わなくてはなりません。私のような非常勤講師という吹けば飛ぶよな存在は、なおさらです。
 でもまあ、私も休みモードから切り替えて、1日 真面目にパソコンや発送準備をしました。
 10日締め切りの原稿がうまくまとまりません。何が言いたいのか意味不明。これでは、「秘伝」になりません。早く仕上げて、次に移りたいです。

09月02日 日曜日
 昨日のことをまとめてみました。
学びの園・あしたば≫ 公開例会      2012.9.1
 8月例会は、休会の予定でしたが、あいち民教連主催、愛知教育委員会後援の『あいち教育大集会』の講座「若い教師〜こんなことやってみた〜教育実践交流講座」の世話をしてくれないかという依頼を受け、8月例会をすることにしました。でも、急なことのため、古くからの常連さんたちに都合の悪い方が多く、どうなることかと心配しましたが、レポート(話題提供)を、講師のOさん、正規教職2年目のIさん、4年目のHさんが引き受けてくれ、ほっとしました。それは、集会直前の8月下旬のことです。
 会の冒頭によく自己紹介をしますが、前日、Hさんが「“アイスブレイキング”という手法でやりませんか」と提案してくれました。“アイスブレイキング”なんて初耳の私は、ギョギョ!「こりゃあ、若者にはついていけないぞ!」なんて思っての開会でした。
 見事に、会の雰囲気は和み、進行できました。(この手法は、またの機会に説明します)

 さて、Oさんは、講師として、どう子どもたちに向き合っていくべきか、その苦しさと楽しさを語ってくれました。実践面では、図工の指導について、心がけていることを話してくれました。また、「復興の学ぶツアー」に参加しての感想もね。
 次には、Iさんが、愛知県の教師になっての驚きを語ってくれました(私が、是非とお願いしたのです)。詳細は書けませんが、愛知の中だけで育ち、教師になると“井の中の蛙”。愛知の可笑しさが可笑しさと感じなくなってしまいますからね。また、赴任先が研究指定校であった事も重なり、たいへんな教職1年目であったようです。指定校の「児童の言語能力を高めるための実践」の一端を紹介してくれました。
 Hさんは、1)教師として目指すもの 2)実践記録 3)教師として心がけていること と3つの柱で、「子どもたちの心と心をつなぐ」ために取り組んでいること、「いのちの授業」にかける意気込み。そして、「挑戦することを忘れない」と、教師の生きがい・働きがいに関わることを、話してくれました。迫力がありました。
 私は、3人の気迫に圧倒されました。この若い教師のエネルギーを、教育研究者やマスコミに知らせれば、若者批判の眼も変わるだろうと思いました。「若い人たちの素晴らしさを示す講座にしたい」という目論みは大成功でした。全国大会の帰路・新幹線内での専門学校生との4時間の体験を紹介したいとは思っていましたが、時間不足で全然できませんでした。時間があまった時のために、Mさんの算数の実践記録30年ほど前の若い教師の座談会記録、“四の字かため”や“ユニット独楽”のネタ紹介の準備をしておいたのですが、全く必要ありませんでした。
 ただ、「参加者は多くても
20人程度」と、予想通りで、私の顔見知りがほとんどであったことはねえ。≪学びの園・あしたば≫公開例会と位置づけていたのですから、やっぱり新顔さんにいっぱい出会いたかったです。 

09月01日 土曜日
 
夏休み前から、今日の「講座、若い教師〜こんなことやってみた〜教育実践交流講座」の準備をしてきました。世話人を押し付けられたからですが、前任者からの何の引き継ぎもなく、自由と言えば、自由でよいのですが、なんともかんとも、参りました。いろいろと呼びかけてきましたが、結局、「学びの園・あしたば」の公開例会のようなものとなりました。若い教師の参加者は、ほとんどが、私からの呼びかけに応じた人たちばかりでした。昨年度に引き続いての参加者は、多分 Hさんのみでしょう。私立大学出身者、つまり、学閥本流からはじかれた教師たちの結集という目論みは外れました。でもまあ、「あしたば」への参加が途絶えかけていた人を何人も久しぶりに見かけましたので、うれしかったです。発表をお願いした人たちも、目いっぱいの報告をしてくれました。とてもすばらしいものでした。(今後、こうしたちょっとした実践を冊子にまとめるなどの支援をしていきたいな、しなくてはならないと思いました) 若い力をもっともっと束ねていけば、日本の教育も変わると思います。
 講座の後、若い女性6人に囲まれて、食事をしました。
【プレゼント】
若き人へのメッセージ・1 『算数教師知的生活のすすめ』
若き人へのメッセージ・2 『教育に夢とロマンを』〜〜教員人生をふりかえる〜〜
若き人へのメッセージ・3 『教育に夢とロマンを』〜〜教具・ネタを考える〜〜


08月31日 金曜日
 今日は、小西さんのブログのあった「発車オーライ」の道徳実践資料をもって、ボランティアに出かけました。何故、持って行ったか。少し、意味深なところがあります。まだ、全ボランティアに配布するかは決めていませんが、この資料をどう読み取るかは、かなり重大なことだと考えています。 私の聴取したところでは、人によってバラバラな捉え方がされています。このように何が真実かもわからないまま流布していくことは、職場?のあり方として、問題だと思います。 事件は7月21日のことです。
先延ばしはまずいですよね。

08月30日 木曜日
 パソコンが生活必需品になって、久しい。いつまでも屁理屈をつけて抵抗していても時流に乗り遅れるばかりなので、仕方なく使うようになったが、根本構造の理解できていない私には、アクシデントが付きまとう。「やろうとしたのに・・」「やったつもりなのに・・」 (なんじゃ、こりゃあ)ということが度々起きる。 そうしたときには、素直に「質問し、教えてもらうことにしている」が、あまりカッコいいことではないが、止むを得ない。こんな人間もいるのだから、帳簿の流出、成績の流出、等のあってならないことも起きる。「何事も、手づくりがいいなあ」と悔いてもねえ。ただ、パソコンは、創造力や思考力の低下につながると思うけど、愚痴になるから、言わないようにしているが、手で書き、まとめることをもっと重視しなくては、口先だけ、演説だけで、人を誤魔化し、惑わす輩がいっぱい増える。誤魔化され、惑わされる方も、思考力が欠けていることは言うまでもないことだ。

08月29日 水曜日
 昨日、医者から血液検査の結果の説明がありました。ここ10日あまり苦しめられた妻の肺炎もどうやら正常値に戻ったようです。結局、2日からの海外旅行をキャンセルしたら、直ったという感じ。でもまあ、体力が回復しているわけではありませんから、キャンセルは止むを得ない正しい判断であったと思っています。 私も、ほっとしました。
 ところで、今日の中日新聞の1面の見出しは「大飯原発再稼動しなくても、余力があった」というものです。やっと、記事になりましたね。この夏中、各電力会社の消費電力量の状態を毎日検索してみていましたが、北海道電力とか九州電力などは、90%近くまでいったりしていましたが、関西電力なんて、低いものでしたよ。こうしたデータをテレビの天気予報の時などに「無理した節電で、熱中症にならないように」と呼びかけるのではなく、データを流せばいいのです。それをしないで、国民の危機感を煽るのは、実にせこいやり方です。政府の常套手段! 
 近頃の私は、野田首相の話となると虫唾が走るので、すぐチャンネルを切り替えます。でも、彼は、まだ民主党の代表選に出るのだそうですね。どういう神経の持ち主かな? 不思議な人です。 私の予想は、解散は、来年の任期満了までないと思っています。それまでに、日本が壊れないことを願うばかりです。

08月28日 火曜日
 夏休みも残り少なくなってきました。もちろん、教師の活動は始まっています。というのは、今日はリトルでのボランティア活動の日でしたが、「下見」に来館した教師のグループが幾組あったでしょうか。すぐ、分かります。雰囲気でパッと分かるのです。ついでに言えば、家族連れも多く見られますが、これも親が教師だなっと分かります。ということは、私自身も、そうした臭いが染み付いていて、他人様から、そう見られているのでしょうね。まあ、一生逃れられないと思いますね。そうした時、自分のしてきた仕事に誇りを持てれば、こんな幸せなことはないと、つくづく思う今日この頃です。

08月27日 月曜日
 名古屋市では、65歳以上になると、「敬老パス」が出ます。名古屋市営のバス、地下鉄、他、ゆとりーとラインやあおなみ線で利用できるパスです。本山市政の頃は無料で渡されましたが、今は5000円を支払わなくてはいけません。月にすれば、417円ですから、お得なパスには違いがありません。 ただ、私の地域は名古屋市にも関わらず、地下鉄ともつながっているのに、一部が名鉄区間のため、利用する度に毎回320円の支出となるのです。お得感がないのです。現在、定期的な利用機会がないので、今年の更新をどうしようかと迷っていましたが、やっぱり更新することにしました。
 年とともに出不精になるので、これからは意識的に敬老パスを使って出かけるようにしようかな。ゆとりーとラインやあおなみ線は、まだ乗った事さえないですからね。

08月26日 日曜日
 年に1度の大学の同窓会がありました。これで、7回(年)目です。今まで、犬山・名古屋・長浜・奈良・岡崎・鳴海、そして、今回は江南です。史学教室23名中12名と、教官1名の参加でした。県外からは、大阪2・滋賀1・奈良1です。もう参加したくても参加できない人もいる年寄りですから、「半数」というのは上等だと思います。ちょっと常連というか固定してきたのは否めませんが。<ここで余分なことを書けば、12名の中で、校長になったのは4名です。これは、学閥本流の大学のゼミとしては、極めて少ないと言えます>
 それにしても、みんな元気そのものです。そこらの年寄りの集まりとは違います。一番読書をしていないのは、私でした。知識欲プンプンとしています。会食の後、恒例になった見学会をします。今回は『江南・曼陀羅寺』でした。今回の世話役のY君がガイドを務めました。彼は、普段からやっているので、それはそれはうまいもので、2時間近く名調子が続きました。私がやっている明治村やリトルのボランティアガイドも見習うべきことがたくさんありました。正直、明治村やリトルは固すぎる。負けたなあと思いました。
 また1年間、元気に頑張って、参加したいと思います。

08月25日 土曜日
 教科書を乗りこえる授業をする方法としての授業書・授業プリントによる授業までも否定するような言動をするのか。若い教師にとって、真似る・追試は不可欠の学びではないか。若いうちは、誰もが投げ込み教材としてやってきたではないか。何を考えているのだとの声が聞こえてくる。
 でも、今の教育界に、そっくり真似をした実践ができる雰囲気にありますか。つまみ食いの実践しか無理じゃないですか(無理ではないという職場なら、それは目出度いことです)。「つまみ食い実践では、ちょっとね」と思う私は、つまみ食い実践であっても、是非挑戦して意欲のあるところを示してほしい。つまみ食いというが、やがてはとなり、つまみ食いがつまみ食いでなくなるように、1歩を踏み出す教師であってほしいと思う。そうした教師を応援したいと思うのです。
 意味あるつまみ食い実践を積み重ねていくためにも。教材研究の重要性を強調したい。単元の≪基礎学力≫≪基本学力≫を明確にすれば、どこをつまみ食いすればよいかがわかるというものです。

08月24日 金曜日
 “マニュアル授業”とは、どのような授業なのか? “マニュアル授業”と規定する枠をどの程度に考えるか?
 現在の教育状況を踏まえ、≪授業づくり≫の観点からすれば、ほとんどの授業が“マニュアル授業”と言えるであろう。
 教師用指導書に頼っている授業、教科書会社のワークシートを活用した授業、指定校等の問題解決の過程に寄り添った授業はもちろんの事、授業書・授業プリントによる授業も例外ではない。「〇〇方式」とか言われるものもそうだ。法則化でいう「追試」も“マニュアル授業”の典型である。 このように言うと、すべての授業が“マニュアル授業”となり、「先人の業績も否定することになってしまうではないか」と疑念が起ころうが、それはそれとして、先人の業績=共有の財産として貴重なものであることを否定しない。
要は、授業の価値を教師自身が自分の力(責任)で追求しない実践以外は“マニュアル授業”ということである。
教師は、自分の知恵(夢とロマン)をこめて、≪授業づくり≫すべきであると思うのである。それは、授業のほんの一部に過ぎなくても構わない。そこを出発点として、自己を磨いていけばよいと考える。

08月23日 木曜日
 “マニュアル授業の終焉”について、もう少しj、運動論の立場から考えてみる。それは、最近の民間教育運動の停滞とも関連すると思うからだ。
 我が愛する民間教育運動の動向は、停滞もいいところであるのに、その要因は、若い教師の減少とするだけで、動きは鈍く、さっぱり先が見えない状態だ。またまた反発を恐れず言うと、「はて、そうかな? そんな分析でいいのかな?」と疑問なのだ。小学校教師を退職後、大学教育に関わっていると、決して、若い人たちの教育に対する意欲は減っているわけではない。むしろ、民間教育団体側が、魅力ある授業を、学校で地域で大学で、提供できていない、触れる機会を作れていない。活力がない、やる気がない、惰性に流れた運動しかしていないからだと思っている。 つまりは、民間教育研究団体も、型にはまった “マニュアル授業”に陥って、そこから、抜け出ていないということである。それぞれの団体が研究を重ね、創出した授業法に依拠するのは当然であるが、そこから、さらに一歩が踏み出せないようでは≪授業づくり≫に値しないし、魅力ある研究会にはなり得ないということである。
 卑近な例を出せば、研究業績継承という点では、官民同じムジナなのだ。例えば、研究指定校での研究活動の多くは、問題解決の過程に則り、その学校独自の「〇〇方式」なる指導方法を生み出し発表する。その研究過程はそれなりに充実?したものとすることができるが、いざ指定校が終わり、2〜3年もすると、その研究業績?は見事に継承されず消滅する。それと、同じことが、民間教育研究運動の中にもありはしないか?と感じているのである。目先のことにとらわれてばかりいるために、「何のために、教師の仕事をしているか」という“夢とロマン”を忘れてしまっているのじゃないかと感じている。
 まあ、こうして若い教師の“夢とロマン”を打ち砕く教育行政に悪の根源なのであることは、はっきりしているのですがね。
  【いずれ、きちんとまとめたいと考えているけど、採り上げてもらえることはありませんけどね】

08月22日 水曜日
 子安さんのブログを見ていたら、“マニュアル授業の終焉”と言う言葉に出会った。今取り組んで居られる原稿で、どう展開されるか興味深々だ。 私流に解釈すれば、まさに≪授業づくり≫の意味からも“マニュアル授業の終焉”とならねば、日本の教育に未来はないと思っている。 かつての、今も根強い法則化に代表されるような“マニュアル授業”は、ある一定の成果?は得られようが、教師の授業力・教育力=教師の資質向上にはつがらぬばかりか、子どもたちの創造力や思考力を高めることにはならない。日本の教育行政・文科省は、形式や目先の成果?に拘っているから、今後に全く期待できない。また、教師も、“マニュアル授業”から決別できなくては、教師としての成長は望めないと考える。
 ところで、これを民間教育研究団体に当てはめて考えてみたい。≪猛烈な反論が出るであろうし、それを期待して≫
 まあ、私の所属しない他団体をとりあげると分かり易いが、話がややこしくなるので、わが数教協で考えてみると、「水道方式」という計算力向上の絶対的マニュアルがある。その手法について、様々な創意工夫がなされ、遠山啓以来のままではない。でも、この段階レベルの実践であれば、“マニュアル授業”の域を脱しているとはいえず、法則化と同じムジナに過ぎないと思っている。では、“マニュアル授業”の域を脱した≪授業づくり≫とは、いかなるものか。 その実践追究するところに、民間教育研究団体・数教協の存在価値があると思う(そう踏み切れない団体は消滅する道しかない)。 つまりは、“量の体系”である。この見通しも持たぬ実践は、子どもたちをマニュアル=思考停止状態に押し込むだけであると思っている。
 若い教師・学生には、“マニュアル授業”を乗りこえる、自己の創意工夫をこらした実践を目指して、奮闘してもらいたいものである。そこに、教師の仕事の“夢とロマン”があると思う。  心あるベテラン教師は、自己の実践自慢を止めて、若い教師・学生を支援する戦線に足並みをそろえてほしいね。

08月21日 火曜日
 ボランティアから帰った後、妻を医者を代えて連れて行きました。高熱はちっとも引かず,ひどい咳に悩まされるようになったからです。血液検査やレントゲンを撮っての診断結果は、肺炎でした。80歳以上ならば、即入院だそうですが、若い?ので1週間の点滴ということになりました。これから、毎日、日曜日も通うのだそうです。まあ、一応の目処がついたので、ほっとしました。
 そうそう、今日のボランティアの時、同じ女子高校生2人と3回も出会いました。今日はアルバイトでお休みをもらって来たというのです。アルバイト代で、昼食費だけでなく、今では交通費も稼ぎ出しているのです。 「私も、高2で父親を亡くし、大学の時は、学費などアルバイトで稼ぎ出していたけど、高校のときから奨学金をもらっていたが、アルバイトをするということは思い付かなかったなあ」なんて、人生相談まがいのことを話していました。“ココ一番”でアルバイトをしているらしいが、どこの店か知りませんし、名前も知りませんが、とても明るくて、印象に残った女子高生でした。

08月20日 月曜日
 夏休みも関係なくなってから、もう7年経ちます。時の流れは、早いなあと改めて思いますが、夏休みも残りあと10日とかなんて思いはあります。以前から、雪国では夏休みが短く、27日くらいには始まっていましたが、この近辺でも早く始まるようになり、昔感覚では通用しないようですね。  こうした学校リズムの異変や教師の多忙化は、「学校五日制」に原因があると思います。教師は「週休2日制」とは見せ掛けであって、多くの教師は土曜日も出校しているそうな。教育界では、無報酬労働が
当たり前になっているのです。でも、世間は、公務員バッシングです。選挙が近ずくほどにひどくなり、親と教師の信頼関係までも崩されていきます。 なんとか、いい方策はないものでしょうかね。 
 そうそう、土曜日休業になってから、職場の仲間とともに食事をする〔同じ釜の飯を食う〕こともなくなり、教師はバラバラなのです。団結できないように仕組まれてしまっているのです。 あああ・・・・・

08月19日 日曜日
 昨日から、妻が夏風邪なのかわからないが高熱が続いて、なかなかひかない。夏の疲れもあるだろうとは思うが、私も、さっぱり集中できない。なにしろ、このところ、妻は、結婚生活40年間でも、このような姿をみたことがないほど熱心に机に向かっている。暇があれば、英語の本を読んでいるというぐあいなのだ。 まあ、若ければいいけど、65歳も過ぎれば、たらたらとやるのが一番いいと思うのだが、そんなことは面と向かっては言えませんけどね。
 
ただ、私は、ちとダラダラ過ぎますけど、どうしても期日に追われないとね。それも、パソコンの調子が悪いことにしていますが、パソコン・車、ともに買い変え時のようですね。

08月18日 土曜日

 この空模様はなんなんだ。昨日もそうであったが、“落雷だ”“大雨警報だ”“突風警報だ”とあちこちの出る。さて、わが地域は、「尾張東部?」「尾張西部?」????  近頃は、細かく気象予報が出るから、かえって不安になる。だって、警報が出たって、どうするの? 被害にあわないように祈っているだけではないのかな? 科学は、自然に対して、無力ですね。
 こうした異常気象にならないように、地球規模での政策を施してほしいものだ。 
 先日、「天気予報」「気象予報」「天候予報」と使い分けられているけど、どう違うか知ってる?と質問されてしまいました。

08月17日 金曜日
 このところの領土問題では、野田民主党の無能振りがあぶりだされている感じです。「自民党時代からの立場を踏襲しています」というだけで、何もやろうとしていないのです。やる気が全く感じられません。尖閣列島、竹島、北方4島、さらに基地問題。すべて、しかり。 例えば、分かり易いオスプレイで言えば、ハワイで飛行訓練反対が起きたら、2空港で訓練を中止しているそうだ。なのに、日本では、日本国民が反対しても、止めない。これは、日本政府が、アメリカ追随で、中止を真剣に主張し交渉しないからだ。容認しているからだ。オスプレイの事故調査とかで、アメリカへ派遣したって、アメリカが「安全性に問題がある、ダメだ」という資料を提供しますがね。せいぜい「操縦ミス」しかいうはずありません。提出された資料だけでは、いくら日本独自の調査なんて強調しても無理です。「結論ありき」なのですから、税金の無駄づかいとして国会議員は追及すべきです。ましてや、防衛相がオスプレイに乗って「快適でした」なんていうのは、子供だましもいいところです。
 玄場外相も松下政経塾の出身らしいが、官僚の書く原稿を暗唱しているだけではダメですよ。また、彼は福島出身らしいが、地元・福島の人たちの惨状をなんとも感じていないのですかね。なんとも、嘆かわしいことですね。

08月16日 木曜日
 8月も後半に突入しました。だらだらした生活を脱却しないといけませんが、暑いとてきめんに集中力がなくなってしまうのです。そう言えば、昨年あたりは「熱中症飴」とかのアメがいっぱい売られていたのに、今年は、そうしたネーミングの飴はみかけません。結構 買いましたが、全体としては売れなかったのでしょうかね。今年目立つのは、塩飴類です。いろいろ食べましたが、今のところのお気に入りはmeittoの「日本の塩飴」かな? 今までは、沖縄の石垣塩を使った「塩あめ」でした。黒糖塩飴はくどすぎました。 暑いなかをボランティアに行ってたくさん汗をかくのですが、こうした飴をたくさんなめているからか、体重はちっとも減りません。 間食を減らすべきことはよくわかっているのですが、すぐ口にいっちゃうのです。あああ・・
 そう言えば、昨年は、16日から、「海外避暑」でインスブルックへ出かけたっけ。 でも、今年は、国内にじっとしています。

08月15日 水曜日
 今日は敗戦記念日です。この8月15日より、私は、早く生まれているので、「戦中派」なのです。戦中派と言っても、「名古屋城が燃えるのを見ていた」なんてことを言っていますが、実体験の記憶は何もありません。
 それで、午後『戦争と平和の資料館 ピースあいち』を初めて訪れました。もう開館して5年も経つのですが、1度も足を運んでいませんでした。特別展として、丸木夫妻の『原爆の図』の「少年少女の図」と「とうろうながしの図」の2点が展示されているのです。それをみたかったのです。他にも、詳しい解説と共に展示品がいっぱいありましたが、展示自体がオーソドックスで、年寄りには過去に見たことのある感じでした(私も戦争教材のために資料は結構集めていますのでね)。つまり、今こそ、若者にどう伝えていくか。そのためには、どのような展示が相応しいのかを追究しなければならなあと思いました。
 このことは、様々な教育運動にも言えるのです。気持ちはわかりますが、年寄りが必死に伝統を継承しようしているだけでは、所詮、尻すぼみ、限界があります。若者との接点を模索しないような運動の進め方は、ひょっとすると、「百害あって・・・」
になりかねません。年寄りの姿勢の変革が大きな課題です。でも、年寄りは、頑固で、こだわりが強いからねえ。

08月14日 火曜日
 退職とともに20種近かった教育雑誌の定期購読は、今や『数学教室』と『教育』の2誌だけです。その『教育』の9月号は、「800号記念」です。「教科研再建60周年に寄せて」の記事を読んでいたら、戦後教科研の再建期の古い写真が載っていて、<勝田守一、堀尾輝久、大槻健、山住正巳、遠山啓、小川利夫、宮入俊男、白井春夫、佐々木亨、北田耕也、大沢勝など、錚々たるメンバーが並ぶ(撮影時期不明)>と説明がある。この半数の方の話は拝聴したことがあるが、書籍での名前だけで面識のない方もいる。まあ、“戦中派”と言ってる私のさらに前から活躍していた方々である。遠山さんのこんな若い頃の写真は初めてだ。数教協が、教科研から巣立った組織であることがよくわかる。つまりは、数教協は、数学を趣味とする人たちのためのサークルではなく、教育学的な使命を担っていることを忘れてはならないと思うのです。今、私の周辺の数教協活動は倦怠期なのか知らないが、あえて強調したくなる。そうした状況だと思っている。

08月13日 月曜日
 妻の実家、お兄さんの家にお参りに出かけました。10日ほど前にも行っているので、短時間でお暇しようと思っていたのに、ついつい話に花が咲き、長居になってしまいました。まあ、こうしたのんびりした時間も必要かなと思いながら、話の輪からこぼれないようにしていました。妻とお兄さんは、子どもの頃からとても気が合う兄妹のようで、それはそれは尽きることはありません。まあ、幸せなことだと思いますね。
 今日は、たいしたことはできませんでした。ふと、後期の講義の履修登録者数をみたら、案の定、マンモス講義になるようです。どうしたら、楽しく、脳を活性化させる講義になるのかあ、この1ヶ月間、熟考します。

08月12日 日曜日
 「盆前にちょっとやっておくと・・・」と思うからなのでしょうか、朝からごそごそ印刷したり、宛名を書いたり、・・・。 相も変らぬ“貧乏、ヒマなし”というやつです。まあ、性分だから仕方ありませんね。
 こうしたことは、単純作業ですから、やりながら、いろいろくだらぬことを思い浮かべながら進めます。妻からすれば、一番幸せそうにみえるらしいですが、気にしないことにしています。これは、いつも洋裁仕事を明けても暮れてもしていた母親ゆずりなのでしょうね。いずれにしても、8月は、ボランティアに週2回出る程度ですから、9月以降のことを見すえた生活をすることになります。“夢とロマン”のある生き方ができるように、暑さをぶっ飛ばす意気込みで、取り組みます。
 
08月11日 土曜日
 「09年の衆議選のマニュフェストに書かれていなかった消費増税法案を通してしまって、心からお詫び申し上げます」と、野田首相が言ったそうな。ぬけぬけとよくも言えたものだ。この増税策は、もともと自民党・公明党の政策であって、それに抵抗感を持つ人たちが、民主党政権を成立させたのであるから、野田という人物は、全く国民をバカにしているとしか思えない。まあ、史上最悪の首相としてでも名を残すのも望みのうちかもしれないが、親族はたまったものではないですよね。野田グループ=民主党自民派とは、よく言ったものであるが、得をしたのは、自民党。泥をかぶらなくて、自党の政策が実現できるなんてねえ。それにしても、3党だけの合意・密約で政治が進め、日本の民主主義を国会自らがぶち壊した。民主主義が崩壊することは、とりもなおさず、独裁・軍国の道です。恐ろしいや、恐ろしいや、・・・・
 思うに、大学で行う「政治学」とか「法学」の講義は、どのようになされているのでしょうかね。いやいやその後の「松下政経塾」とかの「政治塾」の問題ですかね。高等教育の無力を痛感させられますが、今 私は、日本の未来を高等教育にかけてみようと考えています。

08月10日 金曜日
 10日ぶり、つまり、8月になって初めてボランティアに出ました。以前は、猛暑でも平気でしたが、やはり年なのでしょうか、結構堪えます。特に、本日は、なでしこの試合を見ていたため、寝不足であることは否めません。この試合は、見ていて損はなく、なでしこの頑張りは賞賛に当たると思いました。それほど、互角に渡り合っていました。ツキがなかっただけです。
 オリンピックも、残り少なくなり、世間はメダルをとったか、とらないかで、こんなにも扱いが違うのかと驚くばかりです。そんな評価より、ベストが尽くせたかどうかで、評価できるスポーツ界になってほしいものです。まあそれも、スポンサーとの関わり、商業主義のあおりで難しいのでしょうが、スポーツ界が、縦割りの封建的体質、根性主義を克服していかない限り、開かれた
社会にはなり得ないでしょうね。 愛されるスポーツにならなくちゃあ。オリンピックって、本来は、そういうものではないのかな

以下は、子安さんのブログから拝借!
オリンピズムの根本原則
 1. オリンピズムは人生哲学であり、肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、均衡のとれた総体としての人間を目指すものである。スポーツを文化と教育と融合させることで、オリンピズムが求めるものは、努力のうちに見出される喜び、よい手本となる教育的価値、社会的責任、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重に基づいた生き方の創造である。
 2. オリンピズムの目標は、スポーツを人類の調和のとれた発達に役立てることにあり、その目的は、人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。
 3. オリンピック・ムーブメントは、オリンピズムの諸価値に依って生きようとする全ての個人や団体による、IOCの最高権威のもとで行われる、計画され組織された普遍的かつ恒久的な活動である。それは五大陸にまたがるものである。またそれは世界中の競技者を一堂に集めて開催される偉大なスポーツの祭典、オリンピック競技大会で頂点に達する。そのシンボルは、互いに交わる
五輪である。
4. スポーツを行うことは人権の一つである。すべての個人はいかなる種類の差別もなく、オリンピック精神によりスポーツを行う機会を与えられなければならず、それには、友情、連帯そしてフェアプレーの精神に基づく相互理解が求められる。
5. スポーツが社会の枠組みの中で行われることを踏まえ、オリンピック・ムーブメントのスポーツ組織は、自律の権利と義務を有する。その自律には、スポーツの規則を設け、それを管理すること、また組織の構成と統治を決定し、いかなる外部の影響も受けることなく選挙を実施する権利、さらに良好な統治原則の適用を保証する責任が含まれる。
6. 人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形であれ オリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない。
 7. オリンピック・ムーブメントに属するためには、オリンピック憲章の遵守及びIOCの承認が必要である。 


3にあるように「個人や団体」であって国家ではない。6にあるように差別を許さないことをうたっている。ただ、その運営において、構成要素の一つとして、国内委員会をそれぞれ置くことになっているために事実上国家が関わりを持つことになる要素はある。しかし、「IOCの使命と役割」の部分で以下のように記されていることにも注意を喚起しておきたい。
10. スポーツや選手を、政治的あるいは商業的に悪用することに反対すること。
そして明確に以下のように記している。
1. オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。オリンピック競技大会では、各NOCによって選ばれ、IOCがその参加を認めた選手たちが一堂に会する。選手は関係IFの技術的な監督下で競う。
メダルの数を国家ごとに集計するのはオリンピック憲章に反している行動の可能性が極めて高い。
ナショナリズムその他の幻影に毒されないようにしたいものだと

08月09日 木曜日
 やはり疲れていたのでしょうか。朝から、眠くてしようがありません。でも、午前中、大学とお寺に行って来ました。やるべきことがやってなかったからです。あいち教育集会の「要項原稿」を書いたと思ったら、保存がしなかったのか、何処かへ飛んでしまいました。あああ〜。 「数学教室」の原稿も明日が締め切りですが、担当の方が、今、屋久島見学に行っているので、少し猶予をもらっています。いずれにしても、ボーっとしています。
 それにしても、昨日も書きましたが、帰路の新幹線の中での専門学校生の話。教師として、本当にいろいろ考えさせられました。今までにも、落ちこぼれた子たちへの実践報告を何度も見聞きしていますが、落ちこぼされ、荒んだ生活を繰り返してきた子のなまの声は衝撃的でした。いかに、彼らの気持ちを汲み取っていないかを改めて感じました。まあ、あのように話してくれる子は、なかなか居ないでしょうけどね。
 今夏休みは、まだ半分ですが、最高の研修ができたように思います。文部官僚や教委の関係者たちに聞かせたいです。私も、もっと聞き取り調査をして、まとめたい気持ちです。返す返すも、連絡先を聞かなかったことを悔やんでいます。ああいう子は、いつかきっと、名を成すでしょう。

08月08日 水曜日
 鹿児島の隼人駅を11:52に乗車して、味鋺駅に18:13に着きました。6時間ちょっとで移動できる世の中になったのですね。九州新幹線さくらに4時間強乗っているのですが、帰りは退屈しませんでした。いや、一番の収穫であったようにさえ思えます。 それは、隣の席になった、初対面の大阪の専門学校生とたっぷり4時間話していました。中・高時代、かなりの問題児
であったようで、無断欠席や外泊も多く、学校から見放されていたようですが、専門学校生になってからは、休日も返上して学びに没頭している話です。親の対応や将来の夢、遠距離恋愛中の彼女の話、・・・。 ひとつのドラマができそうです。
彼の彼女にも会いたくなるほどでした。本当に、学校時代「できの悪い子として冷たく扱われて、突っ張っていた彼が、夢とロマンを求めて、若者らしく頑張っている姿は、賞賛できますね。新大阪駅で、「また会えるといいね」と言って別れました。本当にいい子でした。甑島出身のヨコジとか言っていましたが、正確には知りません。でも、奇跡が起きて、会えるといいです。


08月04日 土曜日
 孫が体調を崩して、大騒動。全国大会の準備の詰めはできないまま、明日から出かけます。

08月03日 金曜日
 孫の体調が悪く、「京都行き」は断念し、名古屋港水族館に行きました。まあ、炎天下を歩くのは避けた方がよいとの判断です。イルカショウも海水を浴びながら見ました。あとで、遊園地で、高さ85mの観覧車にも乗せられました。緊張しました。メリーゴーランドの馬に生まれて初めて乗りました。孫が小さいので付添い人としてです。
 2つのことを感じました。わが家と同じで、爺婆と孫の組み合わせの家族連れの多いこと。つい、にやにやしてきますね。「あの人、老けて見えるねえ」なんて思っていると、他の人もきっと同じような気持ちで見ているだろうなと思います。
 水族館は、敬老パスで、半額、小学生並の金額で入れるのです。半額とは、珍しい処置だと思います。

08月02日 木曜日
 今日から、孫2人が3泊4日の予定で、わが家へ来ます。引き続いて、全国大会なので、いくつかの仕事をやり終えようと午前中ペースをあげました。 でも、一番肝心の「講座」でどのように話すかの構想がちっともまとまりません。少し、要項にかっこよく刺激的に書き過ぎたツケですね。最終は、新幹線の中で考えることにしますかね。新幹線は、鹿児島までの長旅ですから、時間をもてあましそうですが、高所恐怖症の私は、飛行機は避けたいのです。来年は、北海道だし、つらいですね。

08月01日 水曜日
 今は、民間教育研究団体の年に1度の全国大会が、全国各地で開かれているので、なかなかうまく連絡がとれない。いろいろ準備もあるので、なんとかならないかなあと思っても、無理なのです。そんなこと百も承知なのですが、遂 自分中心にしか考えられなくなるのは、年の所為ですかね。
 仕方ないので、目先の原稿の仕上げや製本をすることにしましたが、暑さのためかパソコンの反応は悪い。最終仕上げにして、コピーしようとしたら、ストップ。午前中の苦労が水の泡と化しました。もはや、集中力の要求されることは止めにして、作業としたのです。あと、製本テープを貼り付けて完成です。9月1日発行が、1ヶ月近くも早くできちゃった。これ、材料費カンパで、100円くらいもらおうかと思っていましたが、やっぱり参加者からは、もらえませんね。退職教師のやることは、あくまでもボランティア精神に徹するべきだと思いますからね。

07月31日 火曜日
 この猛暑の中でも、野外博物館に足を運んでくださる方は貴重です。ボランティアをしていても、汗だくです。そんな中、先週紛失していた帽子が、帰り際、やっと見つかりました。「ちゃんと帽子が配布されているんだから、自分の帽子であることを確認して使ってくれよ」とだけ言っておきましょうかね。ボケてては、ボランティアは務まりません。
 ところで、今日に来館者には、特徴がありました。家族連れですが、親子ではありません。爺と孫という組み合わせです。また、下見の教師たちです。その中に、私の元同僚のE君がいて、「先生、お久しぶり」と元気に声をかけてくれました。5〜6年ぶりでしょうか。それにしても、下見の教師一行というのは、すぐ雰囲気でわかります。自分もああだったんだよなあと思い返します。年取ったんですね。でも、年配の女性が、ボランティアの話が楽しかったと、沖縄のアイスを差し入れを帰って行かれました。こんなこと初めてです。また、博物館学芸員資格を目指す学生(中部大学・金城大学)も 今までにないほど明るく真面目な子達でした。 
 本日は、いつもとは少し雰囲気の異なったいろんな方々と出会えて、よかったです。やはり、リトルは人間博物館ですね。

07月30日 月曜日
 「ジュリー」って知っていましたか。私は、初めて知りました。ジュリー=大審員ということらしいですが、なんとも不思議な制度です。まあ、審判も人間、誤審はつきもの。だから、「審判の審判を」というのはわからぬでもないがねえ。私は、新たな日韓問題に発展するのではないかと危惧しましたよ。 勝負事は、「メダル、メダル」と周りが煽り立てれば立てるほど、想定外のことが起きるもの。ほどほどにしないとね。と思う私も、結構、ワイワイ言うほうですけどね。
 ところで、この頃の暑さで、電力消費量はどうなっているのでしょうか。ちょっと見ると、各社15時30分現在86%〜87%で、中部電力だけが89%で一番高いです。今日は月曜で、工場も稼動しているでしょうから、「原発再稼動」を強行する必要があるのでしょうかね?

07月29日 日曜日
 高校野球の県代表がぞくぞくと決まっています。愛知の決勝が、東邦と名電の間で行われました。9回に、パスボール2つで同点にされ、さらに延長10回の微妙な判定で、東邦が逆転負けとなりました。 ライトからの返球で見事タッチアウトかと思いきや、セーフの判定。審判はキャッチャーの後ろにいて、見えなかったと思います。タイミング的にもアウトでしたよ。プロ野球なら、大揉めだったでしょうね。それに、花巻東の決勝も、どうみてもポールを巻いていません。完全なファールですが、本塁打と判定されて、涙を呑んでいます。ちょっと可愛そうですね。審判は、絶対というものの、審判だって人間.。誤審は起き得るもの。なんとかならないものですかね。  
 民主党政権も、全く民意に耳を傾けず、恐ろしいほど、アメリカ様の言うとおりです。誤りを認めようとしないところは、野球の審判と同じ。 まあ、国会議員は、口先だけだと言うことを、国民に知らしめた民主党の功績?は大きいですね。 こういう不信感のうずまく国家は滅びていきます。 国力の低下も必定。

07月28日 土曜日
 ロンドンオリンピックが始まったようです。途中から、開会式を見ましたが、年々、ショー化していますね。開会式に出る選手たちは、雰囲気は味わえるけど、全体像はさっぱりわからないでしょうね。それに、4時間+αも立っていたら疲れて、コンディションも狂いますしね。 まあ、多額の金額がかかるし、放送権料だってバカにならないでしょう。各局がバラバラで競うのでなく、日本も1本化して、倹約に努めればいいのにね。 経済効果、云々というのの恩恵に与るのは、庶民ではありません。
 今日も、猛暑。お犬様には、午前中から「ミストシャワー」ですが、人間は、昼間は扇風機で我慢することにしていましたが、さすが今日は、午後からクーラーをつけました。つけた途端、もう動くことができなくなりました。
 クーラーの中で、『若い人へのメッセージ・3』の編集をしました。9月発刊と考えていますが、早々と完成しそうです。9月の集会の折に、参加した人にプレゼントしようと考えています。『若い人へのメッセージ・1』『若い人へのメッセージ・2』と3冊の予定です。また、「発言・報告をしてもいいです」とのメールももらい始めました。あと、2〜3人立候補してくれると、最高です。
みなさん、よろしく! 

07月27日 金曜日
 年をとると、暑さも堪えます。今日も、名古屋は36度を越えたようで、野外でのボランティアはきついです。お茶・ポカリ・水の3本を持って出かけました。塩飴ももちろんです。さらに、八重山上布を着て行きました。完全装備のつもりですが、外に立っているだけで、汗がぐっしょりでした。 でもまあ、汗をかくことも大切なことですからね。 そうそうHさんが「ナベさん、頭が禿げてくると、汗が吹き出てくる感じになって、たいへんだぞ」と教えてくれました。Hさんは、帽子もメッシュに変えました。人ぞれぞれに、対策を立てて夏を乗り切るわけです。私も、さらに工夫をして、乗り切らなくてはね。
 昨年は、海外に避暑に行きましたが、今年は無し。 どうするかな。

07月26日 木曜日
 寝苦しくて、朝、5時前に起きました。すぐ、サッカーの情報をと、パソコンを見たら、見事な勝利です。測り知れないプレッシャーの中で、たいしたものだと感心しました。女性は強いですね。私の予想は、期待に反して、ボロボロではないかと思っていたのです。それは、私の教え子の筑波大のエースストライカーの玉ちゃんを代表に選考しないからです。まだあサッカー歴が少ないと言っても素質を見抜いてほしかったからね。 でもまあ、「なでしこジャパン」の精神力、チーム力には、脱帽かな? あと5試合? いつもうまくいくとは限らないけれど、悔いを残さない試合をしてもらいたいですね。マスコミが騒ぎすぎです。
 ところで、昨日取り付けた「ミストシャワー」順調です。結局、今年も、愛犬のために、すだれやよしずも買いましたから、1万円ほどの投資。人間様は、エアコンも我慢に我慢を重ねています。夫婦の会話は「イブにエアコンを入れたから、私たちも入れようか」なんですよ。

07月25日 水曜日
 あと1週間で7月も終わりですから、気持ちが焦り気味になります。あれもこれもという気になるのですが、猛暑続きだと集中力がなくなって、さっぱり進みません。来週は、孫が来るし、全国大会もあるのででも、今のうちにちょっとずつでも・・・・。
 お庭のクーラー「ミストシャワー」を、愛犬のために買ってきました。水代は、1時間3.5円だそうです。ちょっとは和らぐのか、イブはぐっすり寝ています。

07月24日 火曜日
 今日のリトルでは、京都からカメラの愛好家グループがバス1台で来ていました。写真を撮るのが目的ですから、私ら建物ボランティアガイドはお呼びではありません。でも、年配の方々ばかりでしたので、結構 話はしました。まあ、私が、同年輩と自覚することによって、話は弾むようになるものです。写真のいろんな技術も教えてくれます。愛好家クラブの成り立ちや維持の仕方まで話してくれます。「なるほど」とうなずくことも多いです。
 まあ、それよりもびっくりすることがあります。この猛暑の中、5時までとり続けるのです。添乗員さんも熱中症になりはしないかと落ち着かない様子でした。直射日光の下、カメラをじっと構えて動かないのです。私なんか、日陰にいても汗ダクダクなのに、なかなかの体力です。年寄りは元気がいいです。 見習いたいですね。
 そうそう、今日、リトルの控え室に行くと、私の夏用の帽子がないではありませんか。探してもない。これ、小学校でよくある「いじめ」の初期段階ではないかと思いました。まあ、来週まで待って、どうするか決めたいと思います。 私、いじめられているの? 名まえが書いてあるのになあ。 隠されたのか、単にボケで間違えられたのか、どちらかな? 

07月23日 月曜日
 私は、日の丸・君が代に反対の立場でいましたから、よく「おまえは、愛国心がない」と批判・攻撃を受けました。そんな時、私は「愛国心って何なのか。本当に国を愛する心がないのは、どっちじゃ」と、反論してきました。 ここにきて、はっきりしました。「オスプレイ」は、反対の声を無視して、すんなり岩国に陸揚げされました。国が、野田が推進したのです。岩国で試験飛行した後、普天間に移送し、そのあと、全国を蹂躙した飛行訓練をするのだそうです。 政府は「日米同盟を堅持するためには仕方がない」「抗議する立場にない」との一点張り。安全性が疑問視されているにも関わらず、アメリカの見解をお伺いするだけ。呆れます。政府が、アメリカに抗議しなくてはならないはずなのに、沖縄県が直談判に赴くだけ。まあ、これが、民主党の言う「地方分権」なのでしょうか。アメリカも、日本政府からの抗議がなくて拍子抜けでしょうね。だって、アメリカ本土から、岩国に輸送するのでなく、わざわざ釜山を経由しているのですからね。この意味するところも見抜けぬ日本の外交とは・・・・・。また、朝の報道番組のコメンテイターも一応に「日本の言うことと、アメリカの言うことは逆じゃないか」と指摘していました。 いずれにしても、民主党の売国奴行為は、許せません。民主党野田グループはどうしようもない連中の集まりですね。そうだ、連舫は野田グループだったな。こういうときになると、連舫は全く顔を見せないね。ずるい奴だなあ。
 安全性に疑問のある武器で、どうして国の安全が守れるのでしょうか。 

07月22日 日曜日
 小・中学校は、夏休みになりましたが、大学の講義は もう1週間あります(本当は、さらに試験週間があって、8月の第1週まで続くのですが、私は、15回目の講義内でテストをするので、あと1週で前期の講義は終わりです)。
 そこで、夏休み中に行う重点を考えました。まあ、のんびりジグソーパズルをやりたいのですが、先ずは、昨日のサークルを踏まえて、『若い人へのメッセージ・3 教具・ネタを探し集める』という冊子を作ろうと考えました。≪数楽のひろば≫などで、よくゲームやパズルを紹介して、楽しんでもらうのですが、「それがナンダ」「やることに、どんな意味があるのか」という点が、相変わらず不明確なのです。“楽しければよい”という主張は根強くありますが、授業の場に取り入れるには、ゲームやパズルをやるねらいが明確でなくては、モンスターペアレントの餌食になってしまいます。 だから、今までに書籍などに書いたものを再点検して、まとめてみれば、若い人たちへの激励のメッセージになると考えたのです。先ずは、30種くらいにしておこうと思います。これを機に整理をしたいと考えています。  ※道具論的手法でまとめてみたい。

07月21日 土曜日
 今日のサークルの設定は、まずかったようです。事前に、参加かどうかの返答の義務はなく、三々五々集まることにしているのですが、今回は、事前に「参加できない」というメールばかり。それに 学生さんは、教員採用試験当日です。いやはや、サークル日を固定するというのも悩みますね。 でもでも、平均年齢にすると、60歳を超えているけど、6人になりました。若い人は、なんとゼロでした。ちょっと、ショックでしたが、「まあ、まあこんな時もあるさ」と受け流すことにしました。 
 年寄りが、若い人に声をかけるのは、なかなか難しい面もありますが、今こそ、年寄りが、若い人に支援していくことをしないと、意欲的な若い教師も、押しつぶされてしまいます。教師の仕事は、革新的でなくては、国の発展はありません。国の没落を手助けするような教師でありたくはないものです。 例の大津のいじめ事件にしたって、教師が行動できないようにされているからです。いじめと感じていなかった教師なんていないと思います。教育界は、熱意ある教師を、こうして潰して、もの言わぬ教師に追いやっていくのです。それが、今の教育行政なのです。 
 いや、教育行政だけでなく、国の政策そのものが、全く国民の声を聞こうとしません。原発しかり、オスプレイしかり、国民の命を守ろうとしない政治家なんて、早く辞めてほしいです。何故、そんな議員に歳費を払わなくてはならないのですか。
 そうそう、昨日「国民健康保険金を集めすぎたので返金します」という葉書が来た。1昨年は13万ほど、昨年は7万ほど、追加金をとられていたので、ドキドキして見たら、返金だったのです。にっこりしたのは束の間、ガックリ。なんと、180円ですよ。こんなんだったら、書類を作る方が高くつくのではないかと思いましたね。

07月20日 金曜日
 愛知県では、本日が1学期の終業式だ。今年度は、9月3日が2学期の始まりだから、長い長い夏休みとなるが、今日は昨日までの猛暑と違って、雨。一転、むしむしするが、暑さは和らいだ。 そして、明日は、愛知の教員採用試験だ。倍率は、例年の2倍ほど上がっているが、勝ち抜いてほしい子がいっぱいいる。 まあ、昨日も受験する学生さんと話していたが、例年、猛暑という悪条件の中の受験であるが、今年度は、例年より少しはましかな? 
 ところで、今年の2次試験での口頭試問は、“いじめ”でしょうね。 だけど、近頃のマスコミの論調は、教育委員会に集中してきているが、「そんな教育委員会にしたのは、誰なのか」と言いたいね。つまり、教育の中立性を守るために「公選制」であったのを、強行に「任命制教委」にし、首長の言いなりの教委にしたのに、急に「市民参加が必要だ」とか・・・・。みんな、自民党がやったことですよ。そんな当時は、日教組もまだまだ子どもの立場に立ち、徹底的に抵抗したのですよ。 また、本来の教委の姿勢を貫き、先の「学力テスト未実施」をした唯一の犬山市教委を袋叩きにしたのは、CBCの“イッポウ”を始め、マスコミではないか。私の心の中には、しっかりと刻まれているのだ。 
 今回の大津市教委の対応は、いつも見られる姿で、特異なケースでもなんでもないのだ。こんないじめ対策しかできずに、ずるずると時を過ごしてきた教委(試験官)に、“いじめ”を語らせ、採点することができるのか、資格があるのかと疑ってしまうが、そう感じない人物が出世?をし、試験官(教頭クラス)をやるのだから、どうしようもない。 可愛そうなのは、受験生。

07月19日 木曜日
 梅雨明けした途端に、猛暑です。この夏はどう過ごすか。節電のこともあるしね。昼間はクーラーは我慢して扇風機で過ごすようにする。クーラーは夜間だけにしようかと考えています。まあ、愛犬のイブは黒ラブで、昼間は木陰で我慢していますからね。これから、2ヶ月間も暑さとの闘いです。 
 そうそう、この2〜3日足がむくんでいました。痛くはないので、痛風ではない?。水を摂取しているけれども、汗かきの私ですから、体内に十分水分が行き渡っていない所為だろうと、一段と水分補給に努めることにしました。そしたら、本日は、むくみが消えています。 素人療法が成功したかな? 

07月18日 水曜日
 毎朝、みのもんたの“朝、ズバ!”を見ています。昼は、違った局にチャンネルを回します。同系列では、同じ視点での繰り返しだからです。報道というのは、一度だけ採り上げて終了では、一日中放映ですから、制作費が膨大なものになってしまいますからね。 まあ、それはそれとして、今日、ゲストとして、現場を知り尽くした教師として、向山洋一が登場しました。<彼は、小学校教諭ですから、今回は中学校現場の代表としては???  以前の尾木ママは中学校教諭です> いじめ問題に、たとえ教育技術学会会長の肩書きですが、本当に適任なのでしょうかね。 私は、いじめ問題を 教育技術のマニュアルで解決できるなどと(番組デレクター?)が思っていたとしたら、熱心に採り上げている“朝、ズバ!”も大したことないなあと思います。
 案の定、向山は、医者の触診・問診・診断などと対比させながら、いじめ対策のマニュアルを提起していましたが、そんなマニュアルで解決できないところにいじめ問題の根の深さがあることにまだ気付いていないのですね。そんなマニュアルで解決しよう、解決できると思ってしまう教師が増えているから、「教師は未熟だ」「指導が甘い」と批判されるのです。そもそもマニュアルで、教育できる(人間を動かせる)という発想がおかしいのです。つまり、人間をモノとしてしか見ていないのです。こうした法則化運動に毒された教師たちが、学校の中枢になったりして、のほほんとしているから、いじめ問題が繰り返し繰り返し、出てくるのです。 今回も「日教組の先生方はいじめのような問題に発言しないのですか」なんて批判の声も出ていましたが、これも時代錯誤という感じ・・・。

07月17日 火曜日
 今日のリトルへは、3つの小学校が来ました。今週の金曜には終業式なのに、こんな時期に行事を組むなんて、珍しいことだと思います。それにしても、若い先生が増えたなあと改めて感じます。そこで、年寄りはすぐぶつぶつ言います。
 本日の当番は本館でした。普段は、ちっとも来てくれませんが、本館は冷房が付いているので、お客は多かったです。
 まあ、教師が子どもたちを行儀よく連れて見学するのは、よく見るスタイルですが、これじゃあ、ぞろぞろ歩いているだけで、何も得るところはないと思います。ガイドも口をはさむチャンスもありません。でも、整然としているので、教師は「俺は、指導力がある」とでも思っているのでしょうね。思考が働きません。ある学校の子は言いました。「いろいろ比べたり、気付いたことをしゃべったりして、見学しないとダメなんですね。だから、自由は大切なんですね」 受け身の姿勢では、賢くなれないのです。
しかし、あの大津の中学生自殺事件のコメントに出てくる学者さんは、学校体制の甘さを指摘し、文科省や教委の厳格な指導が必要とばかり述べていますね。いじめを力で押さえ込もうとしたって、無理ですよ。陰湿になるだけ。 教師が、指導しにくい、できにくい体制にして、教師の指導が甘いと責任だけをとらせるという管理体制が問題だと思いますけどね。一言で言えば、教師を信頼しない官僚体質が こうした事件を引き起こしているのだと思います。
 全く話は変わって、再びドラゴンズ。14日に「3番森野の起用に疑問を呈しました。そしたら、その後 先発起用がなくなり、3日ぶりに7番で起用されましたがあ、やっぱりダメでした。そして、今度は 岩瀬。最初の打者を抑えられないと必ず得点を許しています。素人でもわかります。なのに監督は頑固に過去の栄光にしがみついた起用しかしません。岩瀬は、ベテランは抑えますが、若手、つまり、岩瀬の過去の栄光を知らない世代は抑えられないのです。まあ、あと1試合が過ぎたら、後半戦は徹底的に若者を育てるような布陣で闘ってもらいたい。3連覇なんてことは、あっさり諦めて、その先を見据えてもらいたいものだ。

07月16日 月曜日
 海の日ですが、大学の講義はありました。祝日でも、私学では、ほとんどの大学は「授業日」としているのが現状です。それは、文科省のチェックが厳しいので、開講せざろう得ないのです。文科省は、すべての学校から、ゆとりや独自性を奪い、国の管理下の置こうと、あの手この手を使うのです。こうした姿勢が、学校や教師から、いや教科書からも、自由な発想を押さえつけるのです。各種の比較調査から、日本人の弱点がウキボリにされているにもかかわらず、その弱点を克服しようとする芽を摘み取っているのです。情けない話です。 創造力や独創力を持ち合わせない文部官僚や政治屋が、あれこれやっても、現場は息苦しくなるだけです。 どうしたら、文科省・教委は気付くのでしょうか。
 まあ、そうした典型が「百マス計算」に他ならないですが、世の教師、右も左もセッセと特訓です。頭のカチカチの大人を輩出しているだけなのです。たちの悪いのが、「百マス」をやって、いかにも学力向上に貢献していると思い込んでいる民主的?教師というやつです。「学ぶ」ということが、「人間教育」に連なっていないことに何の違和感も感じないようでは救われません。硬直した教育理論にいつまでもしがみついていては、教育の世界の進展はありません。未来は開かれません。

07月15日 日曜日
 そう言えば、民主党の次期総選挙のマニフェストに、以下のようなことが書かれるということが、Kさんのブログに載っていた(読売新聞の報道)。
  高校教育検定」は、高校生の学力を教科ごとに「1〜5級」で示し、級取得者に大学受験を認める仕組み。取得者には、各大学が論文や英検などで思考力や語学力を問うことで、2段階の選抜方法に転換する考えだ。
 また、全国約800の大学を「学修大学」と「研究大学」に分けて機能を強化し国際競争力を高める。さらに、同学年の約70%にとどまる高等教育修了者を増やすことで、若年失業者を現在の約10%から3%へ減らす目標を掲げた。

 国が、国民の学力をランク付けし、国民を管理しようということのようです。民主党って、恐ろしい政党ですね。確か、今のマニュフストには「学力テストを再検討する」つまり、取り止めるとか言っていましたが、政権をとったら、学テを廃止するどころか、実施科目を拡大して、定着化を図りました。そして、小・中に飽き足らず、高・大まで、国の管理下におこうとは・・・・・。底知れぬ、戦前への懐古集団ですね。 マニュフストを守る気のないウソつき集団であることは、「増税」で明らかになっていますが、教育の分野でも、ウソつきなのです。 それにしても、最大の教員組合「日教組」は、連合傘下、民主党の有力な支持団体のはず。どうなっているのでしょうか。輿石幹事長は、日政連出身議員じゃなかったかなあ? 腐敗堕落も極まれリというところですかね。 良心ある教師は、日教組組合員であることを恥ずかしく思わねばならない事態である。差別と選別に手を貸す教師を許しておくことはできません。
 そんなことを考えながら、7月末に行う前期講義のテストを作成していました。

07月14日 土曜日
 千羽鶴をだいぶ前から時間の合い間にこつこつ折っています。だいぶ溜まったので、50ずつ糸につなげました。でも、6本300羽しかできていませんでした。これで、600になりましたが、目標の1000にはまだまだ時間がかかりますね。まあ、年内目標と言うことにしましょうか。 実は、ボランティアガイドの合い間に折っているのですが、意外に折るヒマがなく、1日に10も折れればいい方なのです。ということは、平日にしか行かないのですが、ボランティアガイドもヒマじゃないということです。
 さて、ドラゴンズのナゴヤドームでの連勝がストップしてしまいました。まあ、浅尾・ブランコ・荒木の抜け、どうしようもない3番森野という今の戦力ではどうしようもありませんが、だからこそ、若手にがんばってほしいものです。また、ファイトをむき出しにしないベテランには腹が立ちます。冷静さをよそおうのがベテランではない。さらに、打てないことがわかっているのだから、どんな策をとれば、得点につながるかを監督・コーチは考えるべきである。強攻策がうまくいく確率は低いのだ。まあ、その点、落合は賢かったね。

07月13日 金曜日
 大津のいじめ・自殺事件。いろいろな情報を聞いていると、学校側に、教師全員で生活指導に当たる体制ができていなかったようですね。今の世の中、ましてや中学校ですよね、かなり指導体制が甘かったのは紛れもない事実のようです。なのに、弁解ばかり繰り返しているようでは、親から批判が出るのは当然です。事件から9ヶ月。事件の初期の段階ではないです。すっかり炎上してしまっているのです。教委や管理職は、何を考えているのかと言われてもしようがないです。こうしたバカな対応をされては、全国の学校が迷惑します。
 ※ちなみに、私が10年ほど前、生活指導主任をしていた頃の名古屋市では、学期ごとに区ごとに主任が集められ、全体で情報交換を行い、その後、中学ブロックごとに集まり、対策会議をしていた。私の学校は、何の問題もなかったので、他校のことに付き合わされて、時間は長引くし、イヤだなあと思っていた。
 さて、本日の明治村では、K校建築科3年の高校生をガイドしました。高校生なので、一方的な説明・話は止めて、質問形式で話を進めました。そうして、考えながら建物(今回は、帝国ホテルと東山梨郡役所の擬洋風建築)を見学してもらいました。
一応、事前学習もして来ていたので、やりやすかったです。いい学びになったかな? 工業高校なのにと言ったら、「偏見だ」と批判されるでしょうが、素直で、いい高校生でした。

07月12日 木曜日
 大津市の「いじめ・自殺」事件の展開は、思わぬ方向へ進展している。アンケートをとり、その処理がいい加減であった教委・学校なんて、よくある話。大津市教委に限ったことではない。だって、飛び火を恐れて、慌てて浜松市教委がいじめ事件を公表したではないか。「学校社会からいじめは永久になくならない。なくせない」というのが、教員の裏世界を見、生きてきた私の持論である。まあ、どこの社会でも同じことだと思っているけどね。
 今回の注目点は、県警が教委や学校に家宅捜査に入ったことである。教育界に、警察権力が介入するようになったら、民主主義はもうお終いとさえ思う。なぜ、そんな大それたことを県警は強行したのか。 ひとつには、滋賀県知事・大津市長が女性であること。まさに政治界のいじめですよ。加害者の少年の一人の親が、週刊誌によれば、なかなかの知識人とか。まあ、原発再稼動反対の目をそらすには、格好の餌食と言うわけです。 こうしたどろどろの背景の中で、真の事件の解決は、難しいでしょうね。 
 ※学校は、学期末の成績処理の超多忙の時。この学校の全生徒に及ぼす影響は計り知れません。どうケアするのですか。

07月11日 水曜日
 お昼のスクランブルという番組をよく見ます。大下というアナがお気に入りだからですが、その中の≪人間一滴≫で、お殿様・元細川首相が取り上げられていた。同じ日本新党を立ち上げた小沢とは、対極の生き方をしているからであろうか。60歳で政界を引退したあとは、「晴耕雨読」の日々だそうだ。そして、好きな陶芸や絵画・書の世界を堪能している。家庭菜園も楽しんでいるという。まあ、そうしたくても許されない庶民とは別世界の人ではあるが、素敵に思う。
 特に、大震災後に取り組んでいるという復興ボランティアはいいアイデアと思った。つまり、大量の瓦礫を他所へ運ぶのではなく、瓦礫の山を畝として、植林をする。それが、防波堤にもなるのだ。青森から福島まで300kmに9000万本の木を植えるというのだ。政治家どもも、国民の目線に目を移せないものですかね。
 その場しのぎの口から出任せじゃあ誰も信用しませんよ。他から信用されていないなあという視線を感じないのかねえ。余程感性が鈍っています。 私は、残念ながら何度も体験しています。人間として、これほど辛いことはないと思うけどね。“40になったら、自分の顔に責任を持て”って言うじゃありませんか。 
 あのO君のブログの文の変わりよう、びっくりしますよ。読んでみるといいよ。

07月10日 火曜日
 本日は火曜日ですが、リトルは休館なので、8月の全国大会の時の乗車券を買いに行くことにしました。
 いつも不平を言っていますが、我が家は市内なのですが、味鋺から上飯田までの乗車は名鉄ということで、敬老パスが使えません。そこで、敬老パスの使える市バスを利用することにしました。実は、初めてです。何年ぶりかで市バスに乗りました。ずいぶん変わっていて、戸惑いました。まごまごしていたら、年配のおばあちゃんが教えてくれました。いやはや市バスは敬老バスですから、運転もゆったり慎重そのものでした。最近 交通局への風あたり強いので、より安全運転に心がけているのかなと思いました。 私の運転は、近頃スピードの出し過ぎかな?と思っているので、いい参考になりました。
 バス停から、わが家までの距離は、名鉄味鋺駅までの倍以上あるのが、難点ですが、思ったほど乗車時間には違いがありません。乗り継ぎもスムーズでした。せいぜい利用するかな。1回につき320円の倹約になります。

07月09日 月曜日
 7日の記事を書き込んだ後から、パソコンが使えなくなってしまいました。息子に相談すると、「マウスの所為じゃないか」と言う。でも、マウスの光電子は明るしねえ。翌日朝、マウスを買いに出かけました。これがまあ、何種類あるのでしょう。悪戦苦闘はず〜っと続きました。パソコンの買い替えの時期でもあるし、換えるとなると、またまた大事です。
 本日も朝から、ごそごそ。10時頃、マウスが働きました。ところが、今度はキーボードがダメになってしまいました。
 でも、10時半ころ、正常に動くようになりました。 土・日・月の2泊3日の苦渋から、遂に解放されました。これで、午後の講義も気持ちよくできます。 
 先ずは、ご報告です。

07月07日 土曜日
 今日は奉仕の日みたいになりました。午前中は、妻の手づくり絵本のコピーをせっせととりました。約150枚です。途中インクも無くなったりして、予想以上に手間取りましたが、なんとかやりました。こうして海外旅行の記録を絵本にするようになって18冊目です。あと30冊は作りたいそうです。ということは「12回は海外旅行に行きますよ」ということです。まあ、楽しみですから、仕方ないですね。私も、作った絵本を、リトルでのボランティアガイドの時に利用もしていますからね。夢中になることがあることは、人生にとって、大切なこと。 私も、資金繰りがつけば、自費出版してもよいと考えていますが、その気はあまりないようです。
 午後は、野球を見ながらですが、講義のときに使う教具・パズルを作りました。 今日は、「エジプトひも」と「卵タングラム」です。まあ、なんとかドラゴンズが勝っていましたから、失敗することなく製作することができました。このところ、連敗続きで、しかも無残な敗戦続きであったので、腹の虫の居所が極めて悪かったのです。でも、あまりの内弁慶みたいチーム状況には歯がゆさばかりで、いらいらです。年はとっても、カッカとなるのは若いときと変わりません。

07月06日 金曜日
 昨夜飲んだ薬の所為か、朝から体がだるくて仕方ありません。まあ、いつもよくなる症状なので、よく寝ればなおるだろうと思っています。しかし、妻が、私が明治村にボランティアに出ている間に、私の部屋を徹底的に掃除をしました。私の症状は、決まっている。それは「ハウスダストだ」と言うのです。くしゃみや鼻水が出るようになるのは、いつも私が部屋にこもった後に起きていると言うのです。確かに、掃除をしていません。月1回のサークルの前に、ちょこちょこと掃除するくらいですからね。
まあ、おかげで部屋がきれいになりました。 今のところ、ハウスダストのような症状は出ていません。やっぱり、原因は、掃除をきちんとやっていなかったツケなのでしょうかね。
 近年、整頓は極めて悪くなっているとは思うけど、そんなにも汚くないと思うけどねえ。 

07月05日 木曜日
 明後日の7月7日は、巷では五節句・七夕です。1年に1度のご対面とか。我が家も、実は、父の命日です。昨年、五十回忌をしましたが、人生なんて、不思議なものですね。
 ここ7〜8年続いている大学の同窓会の連絡が入る時期なのに、なかなか来ないと、変に気になりますね。また、教え子のKちゃんと手術後会う約束をしておきながら、数ヶ月ほっておいてあるけど、大丈夫かなあ。気になることばかりが 沸々と思い出されてくる。

07月04日 水曜日
 田中君の通夜に行ってきました。3月まで、共に本の執筆をしていましたが、確かに、今年になって、彼は会議に出て来られなくなっていましたが、よくなっているとばかり思っていました。今日、対面して、あまりの激痩せで、びっくりしました。
 親類の人が、国立がんセンターの理事長になったので、少しでも早くがん治療の体制づくりに頑張ってほしいなあと改めて思いました。

07月03日 火曜日

 今朝の新聞で、1年後輩のHが亡くなったことを知った。「若いのにねえ」と妻と話して、リトルのボランティアに出かけた。そして、携帯に留守電が入っていたらしいが、家に帰ると、同期のTの訃報が入っていた。Tとは、この3月まで、共に執筆の仕事をしていた。4月に、出版記念パーティーをする予定が延期のままになっていた。 やっぱり転移していたのですね。
 それにしても、訃報ばかりですね。まあ、そういう年頃になっているということでしょうか。 一日一日を大切に生きていかなくちゃあ。

07月02日 月曜日
 大量の民主党離党者が出た。当然の成り行きでしょう。まあ、小沢にすれば、軒を貸して母屋をとられたものでしょう。もっと言えば、野田、前原と言う自民党に本籍を置く刺客に民主党がやられたという構図です。反対票を投じても、中に残って党の建て直しを図ると言う人も居るようですが、これほど国民に背を向けてしまっても平然としていられる議員に支えられる?党の存在価値はゼロですから、次の選挙後は、きっと自民党に鞍替えするでしょう。「増税」も「再稼動」もそのときのための手土産なのです。それにしても、連合という労働組合は、何を考えているのでしょうね。「労働貴族」ばかりじゃあ、格差は拡大し、社会は疲弊するだけですよね。

07月01日 日曜日
 朝、CBCの「関口宏のサンデーモーニング」を見ていて、ほっとしたことがあります。
 それは、29日の官邸前のデモの扱いに対して、報道機関はとても冷たいことを以前指摘しましたが、そうした扱い方について、毎日新聞の岸井さんが「今までのデモは党派性が強く、報道の中立性から、大きくは扱わなかったが、今回のデモは、新しい形のものであるので、取り扱い方を変えねばならない」と弁解?していた。 
 そうなのです。市民運動なのです。首相は、全く聞く耳を持たないどうしようもない人物だけれど、これからも、国民の声を発し続けねばならない。これが、本当の“愛国心”なのです。 偽りの「国民を守る」とは根本的にちがうのです。 マスコミも目覚めねばいけません。御用学者気分のジャーナリストは猛省すべきです。

06月30日 土曜日
 昨夜の「再稼動反対!」の集会は大成功に終わったようだ。一応、商業誌も取り扱っているが、そのエネルギーは伝わらない。 そこで、≪川越だより≫というブログの記事を添付します。

希望はここにある 6・29首相官邸前
6月29日(金)
 6時過ぎから首相官邸を斜め前に観る衆議院南通用門前に腰を下ろしました。門の脇の一角をなんとか確保することができました。僕は抗がん剤の副作用で下肢がしびれており長時間歩道に立ち尽くすことは困難なので車道の反対側の「集会」には参加せず、言わば対岸からエールを送ることにしたのです。
 しかし、人の波が間断なく続いて「対岸」は見えません。地下鉄の駅から「集会」に参加する人々が国会正面方向に動いていくのです。その密度は満員電車の中ぐらいです。ぼくの目に映るものは人々のお尻や脚ばかり。時々、バギーに乗せられたこどもの表情も。大丈夫かな、という人の群れですが殺気だった気配は微塵もなく、赤ちゃんに怯えた表情はありません。
 僕のすることは周囲の人々に和して「再稼動 反対」と低い声を出すだけです。参加者の中で最も低い地上近くからの声です。時には僕の声がほかの人々のリードをする形になることもあります。そんな時には途切れないように精一杯声を出します。
 「再稼動 反対!」「再稼動 反対!」「再稼動 反対!」‥
 7時半頃になって咳が出るようになったので立ち上がることにしました。足が冷えてきたのです。人垣のむこうが見えてきました。驚くことに車道ももう人の波です。携帯で写真や動画を撮りました。
 60年6月15日にはここで樺美智子さんが死にました。全学連(全国学生自治会連合)主流派のデモが国会構内に突入しようとして機動隊と衝突したのです。
 今ここに警官の姿は影も形もありません。6時過ぎには南通用門を守るかのように警官が並び、人々が門には近づけないようにブロックしていたのですがそれが人の移動の邪魔になっていたのです。
 知性を感じさせる若い女性の姿が目立ちます。衆議院南通用門の真ん前に立って「再稼動 反対!」。果てることなく続きます。気がつくと僕のすぐ右隣で白人の女性が「再稼動 反対!」を叫んでいます。言葉も表情もキリッとしています。
 僕の目が潤んできました。日本にもようやく民主主義の広場が出来、しっかりと自己表現ができる若者がこんなにも出現したのです。
 東日本が人も獣も住めない荒野になるかもしれない命の危機にまで追い詰められて人々がようやく立ち上がり始めたのです。遅きに失したかもしれないけれど、「希望がここにある」。そう感じたのです。
 やがて大きな警察車両が4台、首相官邸前に並べられて、国会正面方面への通路を完全に遮断しました。なんのためなのか?広場となった道路に蝟集する人々を守るためか?官邸を人々から守るためか?
 若い女性の演説が聞こえてきました。終わると大きな拍手。隣の青年に通訳してもらいました。
 今日はたくさんの人が集まってこれ以上の集会の継続は無理だ。混乱が起きると来週から集まれなくなる。足元に気を付けて帰路に就こう。周りの人々を誘って次回は5倍にしよう。
 耳の遠い年寄りにわかるようにてきぱきと教えてくれ、握手をしてくれました。
8時ちょうどまで「再稼働 反対!」の声を擧げてぼくも帰路に就きました。衆参議員会館の前を通って有楽町線永田町駅へ。スムーズな人の流れ。おり良く川越市行き電車。車中からFacebookに写真を送るがうまくいかない。 人々の思いがツイッターなどで伝わり、今日の集まりになった。ほとんどの人が携帯で写真や動画をとっているように見えた。新しいメディアの誕生だ。この人たちのあとに僕もついていく。せっかくのiPhoneを活かせるようになりたいものだ。

06月29日 金曜日
 予想に反して、とてもよい一日となり、暑かったです。来村した子どもたちも「水がほしい」と叫んでいました。まあ、水の補給できる所は限られているので、「お店で上手にお願いしたら・・・」とアドバイスすることしかできませんでした。
 今日は、ほとほと語学に堪能であったらなあと思いました。というのは、受付から「英語ガイドのできる方はおりませんか」と
問い合わせが、2度もあったのです。飛び込みの外国人さんがあったのです。 
 目の前に来て、英語でぺらぺらやってくれるのですが、さっぱりわかりません。音声ガイドの英語版を持ち出して、案内することになりましたが、ガイドの中身はさっぱりわかりませんから、どうにもなりません。だって、ツアーガイドが終了であることをどう説明するのかだって難題なのです。 いやはや、最後は小学生の中に英語の堪能な子がいて、一件落着となりましたが、「いい国際交流ができた」とは強がりであって、本心は「もっと語学が堪能だったらなあ」と悔いるばかりでした。
<予告>
※明日、30日、夜7時30分からのNHKスペシャル「がん治療・・・」に、親戚の堀田知光さんが出ます。お時間がございましたら、是非見てください。

06月28日 木曜日
 学生さんが、教育実習から帰ってきました。現場は「先生方は、お互いに協力的で、親切だった。教師間のもめごともなかった」と好印象のようでした。「そうか、私の先入観を正さなくちゃあいけないな」と思いました。結構なことです。まあ、1ヶ月そこそこで、見抜かれるほど単純ではないよねと思いましたが、折角の意欲を崩しては問題ですから、あと1ヶ月もない教員採用試験の励ましに切り替え、講義を進めました。

06月27日 水曜日
 消費増税案が衆議院で可決されました。早速、整備新幹線未着工3区間の凍結が解除されます。なんというタイミングなのでしょうか。増税と社会保障の一体化がいかにまやかしであるかがよく分かります。景気回復には公共事業促進しか頭にないのでしょう。今の民主党の執行部は、経済界・自民党の傀儡であることは分かっていましたが、こうも露骨にやるとは思ってもいませんでした。自民党は、民主党の傘の下にまんまと直接批判を浴びることなく、増税を成し遂げました。公明党も、国民の意志を無視して、与党になるために手を染めました。調子に乗って「反対議員を処罰しる!」と他党への干渉をも平然としています。今回一番問題なのは、3党だけの密室談合政治で、議会制民主主義を破壊したことだと思います。 国民主権・主権在民が空事になり、憲法が空洞化するのもいよいよです。 本当に正義の政治家は居ないものでしょうか。
 ならば、市民運動しかないでしょう。ぽっちゃってしまいましたが、“アラブの春”“日本の春”を目指して・・・
 15日 10000人、22日45000人とふくれ上がる「大飯原発 再稼動反対!」「野田内閣打倒!」の波。 29日夕方、首相官邸を包囲するしかない。 広瀬隆は「テレビの前で雑言罵倒しているのではなく、外に足を運べ!」と激を飛ばしている。官邸前に行くことはできないが、心より連帯の叫びをあげたい。
※こうした行動を、マスコミをなかなか取り上げない。さみしいことだけれど、日本のマスコミは、大企業の言いなりなのだ。

06月26日 火曜日
 リトルで毎度の光景を目にしました。まあ、現職の頃、私もよくやっていたので、反省の意味を込めて書くのです。
 それは、リトルの見学では、グループ行動をさせます。今日も、私の同級生が市長をしているO小が来ていて、子どもたちは熱心に課題をやっていました。私にも礼儀正しく質問してきました。とても好感がもてました。ボランティアの活動時間が終了して戻る途中、集合しているO小に出会いました。たくさんの子たちとも知り合ったので、挨拶に行こうと近づいて、ハッと止めました。そうなのです。学年主任らしき教師が「こんなグループ行動しかできないようでは、修学旅行はグループ行動をさせられない」とお説教の最中でした。いやあ、このような指導をよくしていたなあ。単なる脅しであって、子どもたちには、何もピ〜ンときていないことに気付いたのは、「つい最近だよなあ」と苦笑いです。 第3者の立場に立つと、集合・整列の可笑しさに気づくものです。

06月25日 月曜日
 今週も、学生さんが保育実習に出ているので、講義は休講です。でも、来週のために、せっせと作業しました。「道路(迷路) パズル」です。毎回、楽しみにしていてくれるので、つい 無理してでも作ろうと努力します。まあ、私の楽しみでもあるのですけどね。
 こうしたパズルやゲームを活用してくれると、どんどん広がり、算数嫌いも減るでしょうが、なかなか活用の機会もなく、広まりません。どうしたものかなあと思うのですが・・・・・・。でもまあ、今は、年間250人以上の学生さんと接していますから、じわじわと広まることを期待して、やっていくかな。

06月24日 日曜日
 近頃、ボケが始まったのか、読書をする気持ちが起きず、読みかけても、すぐ思考停止状態になってしまう。これって、認知症なんですかね。人間は、やっぱりカッ〜と燃えないといけません。私の性格からしても、ポッポ、ポッポとなっている方が、気分がいいのです。「ナベちゃん、おなべの湯加減どうですか」なんて、声をかけられている方が、生きている感じがします。ドッテッとしていると、体が重くなるし、頭も痛くなってきます。すると、私は、バファリン(売薬ではない)を飲みます。ちとクセになってしまって、まずいなあと思いつつ、やっぱり飲みます。
 今は、頭痛がすると、○○。鼻がムズムズすると、△△。足が痛くなると、◇◇。風邪かなと思うと、◎◎。 まあ、こんなふうに決めています。もちろん、自然治癒をモットーにしていますから、毎日服用している薬はありませんし、今はそのような必要もありません。安上がりな体なのです。 このところの足痛に関しては、水を飲むことを心がけています。

06月23日 土曜日
 地区会館で、「なごや飲食夜話」と題して、高校の同級生の安田文吉(南山大)が講演するので、聞きに出かけました。地域の催しものに出かけることなんて滅多にないことですが、ふと思い立って出かけたのです。講演内容は、親しみのある内容でしたから、飽きることはありませんでしたが、そこまでって感じでした。講演後、帰ろうとした時、小学校の同級生Mちゃんと会い、いっぱい話しました。小学校卒業後、同窓会で数度会ってはいますが、あまり話を交わしたことがなかったのです。いつもどうしているかな?と気にはなっていたので、とてもいい気分で帰れました。話している途中で、安田が帰ろうとしていたので、「三九会の渡辺です」と挨拶だけしておきました。「よ〜く覚えているよ」なんて言っていましたが、それは儀礼的なものであることは分かっていますが、この年になると、うれしく感じるものです。

06月22日 金曜日
 昨日の予想とは違って、朝からよい天気です。気温もそれ程上がらないと報道していたので、格別薄着にしないで出かけました。 でも、そんな予想と違って、少し動くと汗ばんできます。やはり年をとると、変化に対応できないのでしょう、昼過ぎくらいから、くしゃみと鼻水に悩まされかけました。ガイドをしていても、鼻がむずむずして、まいりました。今も、辛いです。タベジール、早く効いてこないかな?

06月21日 木曜日
 またまた、大阪の橋下市長が「市職員の政治活動を勤務時間内外を問わず規制強化する」「政治活動をした職員は原則、懲戒免職とする」と、挑発している。まあ、いつもの脅しと脅迫、恫喝の常套手段です。公務員は、憲法に則り、粛々と仕事に励むわけですが、勤務時間外まで、制約されるものではないと思います。公務員にだって、基本的人権が尊重されてしかるべきです。こんなことは、常識人ならば、すぐわかるはずです。 だから、脅迫・恫喝の橋下なのですが、でも、一番常識人であるべき職業・弁護士だったんでしょ。どうして、こんな滅茶苦茶な憲法感覚の人が弁護士になれたのでしょうか。国民の間の政治家不信と同様に、弁護士不信が 急速に広がっていくことでしょう。ということは、法治国家の体をなさなくなるわけですから、日本という国がぶっ壊れるということです。
 さあ、困りましたね。私は、生まれてからこの方、日本は民主主義国家として進んでいくものだとばかり思っていましたから、なんの準備もありません。無防備です。・・・・・・・・・。
 まあ、こうした強権独裁を支持する大人になるような教育をしてきたツケなのでしょうかね。

06月20日 水曜日
 昼のワイド番組を見ていて「野田首相の現住所は民主党にあるが、本籍は自民党にある」という解説を聞いて「なるほど」と思った。前原にしても、強行採決の予行演習をしているようなもの。国会は茶番そのものです。民主党の執行部の連中は、増税・再稼動という土産をもって、大連立後の地位確保をねらっているだけ。身内の会議から脱出するために、SPを通常の1人から10数人に増やし、スーツも高価でないものにして出席なんて、信じらません。こんなシナリオ作成にあくせくしている連中を税金でどうして雇わなくてはならないのでしょうね。民主主義ってなんなのでしょうかね。そうそう「台風がきているから、・・」と打ち切り=一任だそうですね。 これ、大人のやること?
 ところで、昨夜の台風4号。各地にかなりの被害を出していますが、我が家の周辺は、幸いにも難を逃れました。風も大したことなく、夜8時頃、八田川の水位を見に行きましたが、堤防の中ほどまでのコンクリート壁よりもさらに下位でした。少し調子はずれでした。それにしても、風も雨も極端に局地的なのですね。今回は、3階のシャッターは閉めましたが、2階は閉めないですんでしまいました。 逆に、台風5号が脅威かな?

06月19日 火曜日
 今日は、リトルのネパール寺院特別公開のガイドです。でも、台風接近で来館者は少ないです。どうやら、昼過ぎに暴風警報が出たようで、学校団体も早めに引き上げていきました。ボランティアガイドも、早く帰ってよいことになりましたが、私の担当部署だけは特別公開として宣伝してあるので、時間いっぱいの3時まで活動することになりました。まあ、仕方ありませんし、ボランティアは活動時間を統一する必要もないと思いますしね。
 まあ、お客様は、先週と比べても無茶少なかったですが、もう一方のTさんとたくさんたくさん話をすることができて、有意義な一日となりました。Tさんとは全く思想構造が違いますが、明治村やリトル、教育に対する想いについては共通するところがいっぱいありました。戦前の軍隊、自衛隊の組織については、さっぱりわかりませんでしたが???

06月18日 月曜日
 今週と来週の講義は、学生さんが保育実習に出かけているので、休講です。と言っても、私の体はぐうたら、ごろごろしてピリッとしません。犬の周りの避暑対策をしてやろうかと思いましたが、明後日頃台風が来るかもしれないので、よしずを買って来るだけにしました。どうも、家庭の仕事は、先送りばかり。政府と似ていますねえ。
 ところで、オウムの高橋克也は、まだマインドコントロールにかかったままらしい。「古参の出家者であるが、信仰心が低かったので、17年後もかかったままだ」とか解説していた。「ふ〜ん、そんなものかね」くらいしか思わないが、今もアフレやひかりの輪は信者を増やしているそうだ。特に35才以下で増えていると言う。やはり、時代の閉塞感がねえ。簡単に言えば、政治の責任です。維新の会が勢いづいているのも、同じことです。既成政党があまりにもだらしなさ過ぎるからです。
 どうして、こんな奴らが国会議員なのだ。いやいや、選んだのは、国民です。国民がだらしないのです。そんな国民に誰がした。はい、教師たちです。格別問題なのが、日教組の組合員教師です。これは、もう何十年も続いている組合攻撃の常套手法です。時代錯誤もはなはだしいのですが、ちまたでは、依然として続いています。
 だから、教師は、そうした悪評をもぶっ飛ばす授業を展開しなくては、物も言えなくなるのです。そうした意識を持って、授業づくりに取り組まない教師が増えていては、教師の職場に“夢とロマン”はありません。働きがい・生きがいも涌き出てこないと思います。 民間教育研究運動も、性根を入れ替える必要があると思っています。

06月17日 日曜日
 プロ野球の交流戦は、ほぼ終了です。22日のリーグ後半戦までお休みです。わがドラゴンズは、故障者ばかりにしては、よく持ちこたえたと思います。新人の田島まで登録抹消になったのは痛かったですね。結局は、適時打が出ない打線で、先発陣になかなか白星がつきません。集中力が切れては、打たれる。なんとか粘って、引き分けに持ち込むのが精一杯という試合続きです。フアンとしては、疲れます。もう少し、楽しさが味わいたいものです。
 交流戦中は、巨人が猛烈な追い上げです。そりゃあ、金がかかっていますからね。監督の手腕なんて関係ないチーム力ですから、こういうチームを破ってこそ痛快になれます。せいぜい応援していきたいと思います。
 ところで、私は、子どもの頃から、ドラキチでした。特に、西沢道夫一塁手のファンでした。何故かって、巨人の川上の影に隠れていますが、満塁本塁打の本数は、9本だったかな、近年まで記録保持者でした。それが、昨年、帝国ホテルのガイドボランティアをしている時、西沢の近所に住んでいた人に出会って、いろいろ話を聞けて、うれしかったですね。ボランティアは楽しいことがいっぱいあります。

06月16日 土曜日
 月1回のサークルをしました。朝から雨だし、いつものような参加は期待できないなあと、午後2時を待っていました。出足は悪かったですが、久しぶりの参加者があり、なんとか8名の参加を得ました。ただ、参加者の要求する話題で交流するのが今月のサークルなので、なかなか深く切り込めませんでしたが、子安さんが、的確に引っ張ってくださり、学ぶことは多かったです。 なにしろ、6月は、学生さんは教育実習だし、若い教師は新学年になって、疲れの出てくる頃ですから、どうしても参加状況は毎年悪いです。でも、第3土曜という線を崩さないで、これからも継続したいと思っています。
 そのためにも、若い教師に どんどんアタックしていきたいと思います。偶数月の「学びの園・あしたば」の設立趣旨は、教師支援ですから、巣立っていく教師がいっぱい出ることが理想ですからね。

06月15日 金曜日
 水曜日以降、三度の食後には、きちんの薬を飲んでいる所為か、今朝は、ちょっぴり足の具合がよくなったように感じられます。ここで、気を緩めることなく、今度ばかりは、完治するまで薬を飲み続けようと決意しています。もう2週間にもなりますからね。
 さて、今朝、オウムの高橋克也が逮捕されたらしい。もうそれで、増税の最終修正協議という茶番劇がかすんでしまった。今の時点で、私はどうなったかを知らないが、こっそり決着させているだろうなと思う。民主党の首相が、野党の言いなりなんて信じられません。元々増税派の自民党は、ちゃっかり人の褌で、自説を実現させたのですからね。棚からぼた餅でしょう。でも、国民の目は、民・自・公が結託して強行したことを忘れないと思います。そう信じたいです。信義にもとる愚かな政治家が多すぎます。だから、ハシズムが猛威をふるい、軍事独裁の道にのめりこんでいくのです。

06月14日 木曜日
 民主党の仙石政調会長代行が「大飯原発再稼動以降も、ストレステストが済めば、伊方原発等、稼動を推進すべきだ」と強調したそうな。全く呆れます。 保安院の検査など誰も信用しなくなっているのに、そこだけに依拠し(そこしか依拠するところがない)、安全性を強調するのはどうしてなのでしょうか。理解に苦しみます。 それにしても、民主党って、立党の理念ってなかったのでしょうか。政治家としての倫理にも反していると思いますね。 所詮、「政治学」って、そんなものですかね。
 まあ、「人間の変節」は、いくらでも見てきました。人間は成長し続ける生き物ですから、何も驚くことはないのでしょうが、政党人がそうころころ変わってもらっては、被害を受けるのは、国民です。 
 仙石氏が、全共闘の学生運動家であったのは有名な話。弁護士時代、様々な労働裁判に関わって活躍してきた人なのにねえ。政界に入ると、変節するのかね。いや、政界に首を突っ込むこと事態が変節の始まりということでしょうかね(弁護士事務所の同僚・社民党の福島瑞穂は、信念を貫いているように思うけど)。人の一生、筋を通すことはむずかしいけど、そうありたいね。

06月13日 水曜日
 昨日の所為か、再び朝起きると足が痛くてたまりません。やっと直りかけていたのにガッカリ。痛め止めの薬もなくなってきたので、病院に行くことにしました。 ただ、売薬を貼ると、足が急に硬直?し、血管が浮き出てきます。ちゃんと病院でもらう湿布薬と同じような成分のを買ってきたつもりなのですが、その効能の違いに驚かされます。恐ろしいことです。4日分、薬をもらってきましたが、これで、決着がつくといいですけど・・・。
 昼頃、Hさんがひょっこり来ました。Hさんも退職後、いい趣味を見つけて楽しんで生活しているようです。これからも、サークル活動などで助けてもらいたい仲間ですが、先ずは、自分の生活が満喫できなくては、楽しく支援してもらえませんからね。私たちのような年寄りは、ボランティア精神で、楽しみながら取り組めることでないとね。義務感だけでは、楽しいサークル活動にはなりません。 「まだまだやってください」とメールを下さる方もいます。一先ず70歳を節目とするプランを作りました。重点は、大学生としました。もう数年で、大学生と直接接触する機会はなくなりますからね。「今やらないで、何時やるのだ」ということです。

06月12日 火曜日
 9日から24日まで、リトルでは、ネパール仏教寺院2階の特別公開をしています。そのガイドをすることになって、今日が初めての活動です。「何に視点をおいて、ガイドをするか」明確にできないまま出かけました
 
午前中は、中学生<中1>が中心でした。まだあどけなさが残っている中学生、熱心に聞いてくれますが、彼らには理解し難い言葉が多いので、どう興味深く話すか。「チベット仏教」「密教文化」「ダライラマ」なんて言ってもね。修行の場としての仏間。修行は何を目指してするのか。そんなことを念頭に、しゃべり続けました。途中、20分ほどとっただけで、ず〜とガイド活動をやっていました。平日で雨降りなのに、断続的ですが、ちょっと休憩するだけの時間はとれないのです。世の中、厳しいですね。

06月11日 月曜日

 11日となると、マスコミは「東北大震災から、1年○ヶ月」として復旧状況を報道します。ちっとも進んでいない状況が国民に知らされます。事実の報道です。 政府は、国民の目から逸らすことに躍起になって、あたかも進んでいるかのように「安全宣言」を流します。ウソの報道です。だから、政府が「国民を守る」と言う言葉の軽いこと。 「自分の命は自分で守りなさい。でも、税金だけは出しなさい」では、政府の意味がありません。これでは、国民の財布に手を出す詐欺集団と変わりません。
 他人様の命を奪う通り魔や、殺害をいとも簡単に犯される社会は、民主主義が疲弊しています。こうした社会の病魔は、国の無策が引き起こすものだと思います。与野党とも、議員自身の生活を守るため、増税のための談合を繰り返しているのが実情です。 いかにも反対しているようで、実は積極的な増税派である自民党・公明党には、腹が立ちますね。

06月10日 日曜日
 ≪時の記念日≫なんてことは、あまり言わなくなってしまいましたね。長寿になって、定年後ののんべんだらりとした、時間に制約されない生活が長くなったからでしょうか。それで、ふと思い出しました。「退職したら、水時計・漏刻を作ろう」ということをね。その楽しみをすっかり忘れていました。設計図は何処へいちゃったかなあ。 他にも<和算の勉強をしよう>とか<英会話をやろう>とかの決意表明までして、例えば、ユーキャンに10万円ほど投資したのに、そのDVDは家にありません。二男にプレゼントしてしまいました。和算本も積んだままです。ちと情けないです。
 今一度 奮起して、やるべきことを着実にやり抜きたいと思いますね。もじもじ怯んでいる時間の余裕はありません。この6月に急に進化できそうな事柄も出てきたし、・・・・。 “夢とロマン”が広がることなので、精一杯頑張ろうと思います。足の方は、まだもやもや状態です。早くスカッとしたいですが、今日も湿布薬が3枚も貼ってあります。惨めです。 
急に、継続となった原稿を仕上げて、締切日に間に合わせ、責任を果たしました。もうしばらく悩みながらも、自分の思いを楽しみながら、書き綴っていきたいと思います。

06月09日 土曜日
 大飯原発の再稼動を、どうしてもやりたいそうだ。細野原発相、枝野経産相、藤村官房長官を道連れに、野田首相が強行突破するのだ。「国民を守る」と言っても、全く信用できません。もうほら吹きの無責任男が、日本の運命を決めてしまうのかと思うと、ぞ〜っとしてしまう。安全確認をなぜ優先しないのでしょうか。まあ、福島があの状態なのに、しゃあしゃあと「安全宣言」をした男です。何も考えていない、経済界の言いなりロボットです。「国民を守る」「安全を守る」と言っても、もはや世界中が信用しません。これこそ国益に反します。「国を守る」「国民を守る」とはどういうことなのでしょうか。
 口先だけのとんでもない男、哀れさを感じます。つまり、彼に残された「国民を守る」手立ては、国民に命を預けることしかありません。でも、4人の命では、国民の命との対価にはなりえません。政治家は、議員中のことに責任を持った例はないでしょう。 いずれにしても、4閣僚は同罪です。

06月08日 金曜日
 夜中も、足が なんとなくむずむずするので、朝5時前に起きて、湿布薬を貼った。ところが、時間と共に、どんどん痛くなり、だんだん歩けなくなってきた。慌てて、湿布薬をはがして、残っていた痛み止めの薬を飲んだ。すぐ効くわけないので、ボランティアを休むことにした。右足なので、車の運転もできない。 ちょっと痛みが和らいできてから、病院に行った。痛風の時はいつも行くことにしている病院なので、待ち時間はあったが、診察は簡単なものであった。痛み防止の薬と湿布薬をもらってきた。ほっとしたら、少し元気が出てきた。いっぱい水を補給しているようにしているのにねえ。これは、きっとストレスが原因であろうと言うことになった。 まあ、思い当たる節がないでもない。

06月07日 木曜日
 コメントを書くわけでもないが、高知のコニヤンのブログをいつも見ている。心を癒すには、とても参考になるからだ。
 ところが、6日・7日と書き込みがない。こんなことはいままであったことがない。どうされているかなと気になってしまう。私も、足の具合が一向によくならないので、医者に行くか行くまいかと迷っているからかな? 保管してあった湿布薬もなくなったし、以前の痛風もどき痛さとも違うしね。でも、結局は、スギ薬局に湿布薬を買いに行き、1週間目の土曜日まで様子をみることにしました。医者嫌いは直りませんね。
 今日、妻が旅行から帰ってくるはず。やっと、ほっとできるかな?

06月06日 水曜日
 リトルワールドでは、9日より、ネパールの仏教寺院の特別公開が3年ぶりに行なわれるので、そのガイドのための研修に行きました。この寺院の2階に入るのは3〜4回目です。いろいろ仏画の説明を受けましたが、まだまだ理解できていません。今までにも、ネパール仏教について調べたりしたことはあるのですが、ガイドできるほど精通しているわけではありません。もう1度、資料を読み直し、どんなガイド活動をするのか考えねばなりませんね。 
 まあ、特別公開であることを知って、来られるわけですから、何かに興味関心があるわけです。それに対応するのですから、
責任重大です。今更、「もう辞めます」なんてわけにはいきませんから、私の当番日までにしっかり学習しなくては・・・。

06月05日 火曜日
 ひょんなことからと言った方がいいかなと思うけど、半年間の『授業づくり秘伝』の連載が、継続することになった。もともと半年間ということで、6回目の原稿に「これで、一区切りとします」なんて書いてしまった。それを、どういう形で「つなげていくか」思案のしどころです。それに、もう書かなくてよいと思っていたので、継続の準備がしてありません。原稿締切日が迫っています。さあ、たいへん!  このように原稿依頼があるのは、私の原稿の内容が魅力的というのではなく、締め切り期日を必ず守るから、編集者にとって、都合がよいというだけのことだと自覚しています。 でも、今回の原稿では、期日を守るのはちょっと苦しいですね。 でもでも、なんとかしなくちゃあ。

06月04日 月曜日
 昨晩、オウムの菊池直子が捕まったそうな。逃亡17年、あちこちに指名手配の写真が貼ってあっても、捕まらないから、もう日本には居ないと思っていました。それにしても、よく逮捕できたものですね。執念というやつでしょうか。オウムのサリン事件など、もう知らない世代も増えています。我が家の近くでも、捜査隊が入った所がありますが、そこは、建売住宅が建ち、そんなことも知らない人たちが住んでいます。17年は長いです。17年後、私は、もうこの世には存在しないでしょうね。

06月03日 日曜日
 また昨日から、足が腫れてきました。ちょっと無理をしたからかな?と思うのですが、腫れ方は、例の痛風みたいな感じなのです。湿布薬を貼ったり、取って置きの薬を飲んだりして、昨夜は眠りました。今朝は、腫れは退いてましたが、なんとなく足元が気になります。たっぷり水分をとって様子見にしています。
 いずれにしても、昨日の“数楽のひろば”を一区切りに、新たな気持ちで邁進しようと思います。
 夏の全国大会の申し込みを早々にしました。もちろん、講座の要項原稿は提出しましたが、レポートは全然できていません。

06月02日 土曜日
 浜松での“数楽のひろば”に出かけました。孫にも手伝いを頼んでの出展です。開始の頃は、とてもさみしい状態でしたが、徐々に参加者も増え、けっこう盛況になりました。ほっとしました。まあ、これも嫁や孫が、一生懸命チラシをまいたり、友達を誘ってくれたからだと思っています。嫁の教え子や、孫の友達、学童の先生などと知り合いになれ、収穫がありました。
 人出が足りないから、勝手にやってもらえばいいやと思っていた「挑戦コーナー」も予想以上のにぎわいでした。小道具の作りがいがありました。正直、材料にかなりかかりましたが、みんなに喜んでもらえれば、それで十分です。孫も「おじいちゃんの趣味でしょ」なんて、妻のようなことを言っていました。 
 市川さんの講演を聞いていて、今や、誰も知らないような黒田孝郎さんの名が出てきました。この方は、もう30数年前、名古屋算数サークルが、初めて公開講演会を開いた時の講師さんです。栄のYWCAの地階の和室のことを思い出す人は何人いるでしょうか。また、地区協の初代委員長の丸山先生や、佐々木さんに久しぶりに会えて、感激でした。もう80歳を超えてみえると思いますが、お元気でした。あやかりたいものですね。

06月01日 金曜日
 妻が旅行中で、弁当を作ってもらえません。コンビニやスーパーで調達することになります。そうした時、決まって、ミニつぶアンパンを購入します。大好きだからです。ところが、夕方に行くと、パン類の棚はいつも品薄状態です。昼間、大量にあり、「こんなに売れるものかなあ」なんて見ていたのですが、全く違います。特に、アンパンはよく売れ、いつも品切れです。
 アンパンは明治時代になってから、日本人の中に普及しました。そのきっかけは、牛肉やコーヒーと同じで、明治天皇が召し上がられ、そのことがニュースで採り上げられることによって、普及したと言われています。 まあ、逸話ではありますが、なんだか日本人らしい話ですね。私のアンパン好きは、日本人である証明にはなりませんかね。


05月31日 木曜日
 もう今日で5月も終わり。このペースだと、あっという間に今年度も過ぎてしまうなあと、ふと思う。
 それは、来年度の講師のことが、早くもあちこちの大学で計画が進んでいるからでしょうか。私のそうした講師生活もこの先、それほど長くできるわけではないのに、ちょっとマンネリ化も感じるので、ちょっぴり刺激を与え、生活リズムを変えてみようかと考えています。うまくいくかは分かりませんが、緊張感のある生活の方が、健康にはよろしかろうと考えるのです。いよいよ私の“夢とロマン”は最終章にさしかかってきたかな?  私の教員人生を振り返った小冊子も出来上がりましたが、みんなで書いた『未来の教師の物語』がちっとも発刊されないので、困ってしまいます。

05月30日 水曜日
 ドラゴンズの浅尾投手が肩の関節炎症のため、絶望的になったそうだ。ちとやばいね。浅尾の母校・日本福祉大学には、私はもう10年以上お世話になっているしね。応援しているのです。しっかり直して、長持ちする投手になってもらいたいですからね。まあ、働きすぎ、こき使われていましたからね。権藤コーチも体験者として、無理をさせないと言っているからさ。焦らず、直すことです。
 さて、昼間の報道は、野田・小沢会談ばかりです。小沢は好きではありませんが、横綱相撲で、野田が腰の周りで、コチョコチョコと探りを入れている感じ。野田のしていることは、財界・自民党の代弁であって、民主党のマニュフストに反しているのは明らかです。まあ、それを支持するということは、公約を破るのも平気ということですから、無責任極まりない輩ということになります。約束どおりにできない時には、それなりの誠意を示すものです。口先で「身を切る」と言っても、なんら重みがありません。それにしても、今や○○政治塾が大流行ですが、松下政経塾は何をしていたのでしょうかね。またまた中国大使館一等書記官の犯罪? この人物、福島大・東京大、松下政経塾の経歴だそうです。考えちゃいますね。

05月29日 火曜日
 リトルにいつもより早く出向きましたが、なんのなんの他の方は、すでに担当場所に出かけておられました。10時からボランティア活動は開始なのですがねえ。もちろん、私が苦情を言うようなことではなく、私が、実ら輪なくてはいけないかもしれませんが、まあそれはそれは熱心なのです。それで、ふと思うことは、私が始めた7年前とは、「ボランティアガイドの位置づけ」というか、「ボランティア」の捉え方がずいぶん違ってきているのではないかと感じるのです。誤解を恐れず、率直に言えば、退職して、行くところがないから、出かける。これって、「ボランティア精神」とは違うよね。日本的解釈で「ボランティア精神」を歪めていくと、まずい事態になるのではないかと危惧されます。  近年は、なんでもかんでもボランティアボランティアですが、ちょっと可笑しいですね。何かの抜け道になっています。

05月28日 月曜日
 朝から鼻水が出るやらで、絶不調、午後の講義が思いやられるので、早めにいつもの薬を飲みました。講義の最中もあまり効き目がなく、あまり集中できませんでした。効果が出てきたのが、帰路の車の運転中。「ああ、この前の高速道のバス事故はこんな状態であったのかな」と、睡魔を戦いながら、帰りました。大好きな「水戸黄門」の番組も、結局 記憶にありません。眠くて眠くてたまらないのです。顔を洗い、コーヒーを飲み、やっと犬の散歩に出かけましたが、薬を飲んだことが、散々な結果となってしまいました。思考停止状態は、まだまだ続いています。

05月27日 日曜日
 もくもくと、今度の土曜日の「数楽のひろば」のための作業をしました。もうちょっとのところで、手を打とうかと思っています。どのような形で、子ども集めがなされているのか、さっぱりつかめません。チラシをまいただけで人が集まってくるなんてことは、殆どないと思うのですがねえ。 是非、浜松に知り合いの居る方は、土曜日の午後「数楽のひろば」の宣伝をしてください。
 そうそう、福島原発4号機の現場映像が流されましたが、あの映像を見て、現場を視察しても、なおかつ「安全です」という細野と言う大臣の人格を疑いますね。どうかしていると思いますよ。 

05月26日 土曜日
 明日からは、しばらく私一人で、犬の散歩もしなくてはなりません。今日も、その散歩をしながら、周りを見ていると、つぐずく日本人は豊かな生活をしているなあと感じます。貧しさなんて、ちっとも感じられない家々ばかりです。生活の苦しさを感じているのは、我が家だけかなと思ってしまいます。そこで、続く会話は「いくら借金があったって、平気な面をしている国を、国民が見習っているだけさ」。やりたい放題で、節電も節約もないでしょう。「身を切る」という言葉ほど、空々しい言葉はありません。
言語学習を今一度やり直さねばなりません。国会審議も茶番です。議論になっていません。審議が進むはずありません。延長するだけ、税金の無駄使いです。よくもまあ、こんなザル財政をしますね。 
 ところで、こうした中核を担っているのは、愛知選出の国会議員が多いんだよね。恥ずかしくなってきちゃうよ。
 そのうちに、「瓦礫処理費を出せ」と世界中から要求されるのと同様に、全国から愛知県に「放漫財政の責任をとれ」と要求されるのではないかね。

05月25日 金曜日
 明治村で話していて、「トルコの人たちは、愛国心が非常にあるが、日本人はさっぱりである」という話にあった。トルコを旅行されて、そう感じられたのだ。それほど、トルコは素晴らしい国であるから、絶対に訪問すべきであると言う。まだ、トルコに行ったことのない私は、「そうか」と聞いていた。ただ、「日本人の愛国心がないから、しっかり教育すべきだ」という主張には少しひっかかりを感じた。 昨今、愛国心を強調する政治家の様子を見ていれば分かることだが、そうした輩が、売国奴的な施策をし、国に対する不信感を増長させている。また、財界は、金儲けならば、平気で原発を再稼動させ、海外に移転し、日本が空洞化しようがおかまいなし。これじゃあ、若者の雇用が促進するはずがない。言っていることと、実際に手を下していることがばらばらである。こんなリーダーばかりでは、愛国心なんて育つはずありません。押しつけられた愛国心なんて、見せ掛け。なんの国力にはならないと思いますね。 愛国心は、国の施策が国民一人一人にとって、「ありがたいな!」と感じるところから育つと思いますけどね。

05月24日 木曜日
 来週の土曜日の「数楽のひろば」の準備をしました。「おみやげコーナー」を作ってはどうかと提案したら、「即、採用」となったことはいいのですが、準備はひとりでしなくてはなりません。「言い出しっぺがすべて責任を持つ」という掟?ですから、仕方ありません。ダイソーにも度々通って、材料を揃えます。まあ、順調に進んでいます。
 それにしても、近頃 思うのですが、こうした「数楽のひろば」を始め、公開で、集会をするということは、立派な教育運動だと思うのです。だから、いろんな人たちの英知・力を結集することが大前提じゃないかとね。 教育運動であることが、意識されていない企画が多すぎやしないかとね。 内向きの集会を、恒例行事として、いくら積み上げたって、ジリ貧ですよね。若者をどうして、ひき付けるかという具体案をもって取り組まねば、労多くして、益なし!  仕方がないから、私もお付き合いとして準備しているだけ・・・・。 もっと、パッとやりたいものですねえ。

05月23日 水曜日
 今朝、いつものように朝ズバ!を見ていて、昨日の東京スカイスリーに招待された家族連れの報道を忌々しく思っていました。だって,家族愛のことを仰々しく売り込んで選ばれ、招待されたと僻んで見ていました。それに対して、みのもんたが涙ぐんでいたので、「ふ〜ん」とね。 ところが、午後になって、みのもんたの奥さんが昨日ガンで亡くなっていたことを知りました。
私は母の葬儀の翌々日に、周囲の反対を押し切って、2泊3日の野外学習の引率に出ました。なんとか学校行事は乗りこえましたが、あとあと無理をしたことが尾を引いた苦い経験があります。マスコミ界と教育界では環境が違うとは思いますが、故人を偲ぶ場合、時をずらしては・・・・・。 難しい問題だと、年寄りは思うのです。

05月22日 火曜日
 団塊の世代の退職で、教師の若返りが急速に進んでいるような気がします。というのは、リトルや明治村に引率してくる教師を見ていると、若い人が多くなっているからです。まあ、結構なことで、若い教師にも意識的に話しかけるようにしています。 ただ、ちょっと引っかかるのが、かつて管理教育等で評判となっていた地域の子どもたちの素直さと明るさです。偶然 そういう巡り合わせであっただけのことで、断定的に語ることはできませんが、素直さ→明るさ→自由な思考につながる。そうつながっているとすれば、反管理教育を掲げていた教師たちの実践の価値?は いかがなものであったのでしょうかね。なにしろ そう 感じてしまう場面によく出っくわします。 
 どうも、私は、不信感の塊みたいに化してきたようですね。 だって、・・・・・・・・・・。 言いたいことは、いっぱいあります。でも、言ってしまったら、もうお仕舞いのような気がしてね。 遺言の時まで しまっておきます。

05月21日 月曜日
 昨夜の予想に反して、目覚めると、鮮やかな日差しです。早速、太陽観察です。525円の遮光板を使ってみました。全然です。まだ早過ぎました。部分日食が始まり、どんどん欠けていきますが、雲も増えてきました。7時29分の金環日食が見えるかどうか怪しいなってきました。みのもんたの朝ズバでの「名古屋市北区」からの中継もしなくなってきました。
 でも、7時29分ころは、見事に金環日食を見ることができました。名古屋では、932年ぶりということです。とても、きれいに見え、私の眼に焼き付けておきました。ただ、私は、皆既日食のように、あたりがもっと暗くなるかと思っていましたが、心持ち暗くなっただけでした。あの金環部分だけでも、すごい明るさがあるのですね。太陽エネルギーをもっと活用していくことが、エコになるのではないかと思いながら、最後まで、しっかりと観察しました。

05月20日 日曜日
 明日の天気はどうかな? あれだけマスコミが大騒ぎしている金環日食。どうやら無理のようですね。そして、明日になれば、今度は東京スカイスリー一辺倒でしょうね。国民の目がそちらに向いている間にも、原発再稼動に向けた世論操作が水面下で行われていることでしょう。マスコミの世論に与える影響は甚大です。マスコミは、真に民主主義が日本にも育つように考えてほしいものですが、マスコミを牛耳っているのは、○○○○○だから、日本には可笑しなジャーナリストばかりが育つのです。まあ、ジャーナリストもおまんまを食べねば、生きていけませんから、財界に擦り寄るのな仕方ないのかね。
 それと、首相の二枚舌に騙されないようにしなければいけません。彼は、国内向けと国外向けでは相矛盾していても、平然と、国民を諭そうとするのですからね。まさに、悪徳代官そのものです。水戸黄門をみて、自分を見直してほしいものですね。

05月19日 土曜日
 今日も開始時間が遅く、集まり具合はどうかな?と、焦る気持ちを抑えながら、大学から車を飛ばして帰りました。
 今日のサークルは、久しぶりに参加者が2桁になり、しかも新採用の人の参加もあって、私としては、超ご機嫌でした。サークルの中途では、3年・4年・5年のグループを作り、話し合う形をとりました。若い人とベテランが意見交換しながら、明日の授業の押さえどころをつかんでもらえれば最高なのです。授業づくりのヒントやネタ、資料はいろいろ提供しますが、授業の責任者は、授業をする本人です。本人が納得できること、創意工夫したことを少しずつでいいから取り入れた授業を積み上げていくことだと思うのです。 そんな最初から、全体構想をもって取り組めるものでもないし、職場が許してくれるような所は稀でしょう。 そうした中で、コツコツと粘り強く実践する教師になってほしいと思っています。
 他の人は、どう思っているかは知りませんが、私の目標は「5年後には、全国大会にレポートをもって行ける人を育てること」なのです。

05月18日 金曜日
 今日は苦手な「機械館=鉄道寮新橋工場」の担当です。 この機械館は、明治5年新橋・横浜開通前、明治初年の建物です(完成はM5年らしい)。ですから、鉄柱を始め工事材料は イギリス・リバプールからの輸入品です。リバプール、それはビートルズのふるさとですが、この建物が増築されたときの工事材料は、もう国産です。鉄柱の刻名をみると、鉄道局・明治15年とあるのです(鉄道寮が改名されて、鉄道局になる)。つまり、10数年の間に、国産化ができるほど、産業が進歩したということ。それほど、日本では、真似る技術が高度であったことが分かるのです。“擬洋風建築”にしても、そうですが、真似ることが、学びの初めということでしょうね。 
 落ちは、近年、中国が日本の技術を盗んでいるとワイワイ騒いでいますが、まあ、日本だって散々にやってきたのだから、真似られることにイライラするのではなく、技術革新の先端をいけるような知恵を身につけるようにすればよいことです。まあ、自分で考えることをしなくしてしまった風潮が問題です。 「失敗に学ぶ」という思想が無くなってしまったことに、最大の問題点があると思います。人間を小さく小さく押し込めている“出る杭は打たれる”式の管理体制がいけないのです。

05月17日 木曜日
 今日の講義は、楽しくできました。というのも、学生さんの一部は、来週から教育実習に出かけます。担当する学年も決まったらしく、ウキウキしているように見えましたが、不安もあるでしょうね。そこで、取って置きの≪折り紙・独楽≫を伝授しておきました。実習中は、算数をするだけではなく、学級経営にも関わるのですからね。これで、「折り紙名人」の称号をいただいて帰る学生さんも出るはずです。 
 こうした教育技術は大切です。ネタは多いほどいいでしょう。でもね、そこばかりに目が行ってしまってはかつての法則化と同じです。授業の質は高まりません。子どもたちの「考える力」を培うことはできません。どこにでもいるような個性のないヒラメ教師にしかなれません。 やはり、教師としての生きがいを追求し続ける教師でなくてはねえ。
年寄りは、いつもそんなことを思い巡らしているのです。

05月16日 水曜日
 私の日頃の生活は、水曜・日曜休みの週休2日制です。このパターンを崩さないようにして、体調維持を計っていますが、加齢によるのでしょうが、体は重く、切れがありません。気分だけでも、溌剌といきたいものです。
 仕方ないから、今日は朝から、6月の地区大会での「おみやげ」をつくりました。まだ、3週間近くありますが、ぼつぼつやりかけないとね。それに、どの学年の子にどんなおみやげにしたらよいのか、迷っています。 やはり、渡したものが活用されるものでなくては無駄骨ですからね。つまり、自分の身、血、財産を削るわけですから、ただ、やせ細っていくだけではちと淋しい気がします。もちろん、民間教育運動に携わる者は、手弁当が当たり前、ボランティア精神で努めるわけから、自分の血を削るのは厭わないつもりで、ず〜とやって来たのですが、近頃は「すぐ、材料費を補償しろ」「交通費を出せ」等と、みみちくなっていて、昔人間なのかも知れませんが、楽しく取り組めないのです。先輩たちが手弁当でコツコツと蓄えてきた財産が、意義あることに使われるなら納得がいきますが、材料費だ、交通費だ、弁当代だと使われていくのは浪費にしかみえません。 まあ、この世の中、国や東電を筆頭に、「身を切る」と言いながら、自分のことは棚上げにするのが流行していますから、どうしようもないことかもね。 それにしても、私は、うまく時流に乗れない人間ということなのでしょうね。

05月15日 火曜日
 今日は、沖縄復帰40年なのですね。実は、この7月25日に、私は結婚したのです。それで、新婚旅行は沖縄でした。沖縄にしたのは、歴教協の全国大会にレポートを出していたからです。つまり、新婚旅行の一部に、全国大会参加が組まれていたのです。それとも知らずに、大会参加の為に、多くの人がカンパをしてくれました。お金のなかった私には、たいへんあり難かったのですが、歴教協には借りができてしまいました。
 返還直後の沖縄は、今とは随分違いました。那覇空港から市内に行く道路わきには、ベトナム戦争で壊れた戦車がびっしりと並んでいて度肝を抜かれました。小牧基地近くに住んでいて騒音には慣れているつもりであった私は、嘉手納基地の騒音のひどさにもびっくり。桁違いでした。ホテルの窓には、鉄格子が入っていました。まるで、刑務所のようですが、米兵の被害にあわないためには、そうせざるを得ないことを ホテルの人が教えてくれました。 その後、2度 沖縄には行きましたが、すっかりそうした光景は見なくなりましたし、♪固き土を破りて・・・♪ ♪あかつき空に目を・・・♪と歌うこともなくなりましたが、 基地問題はなんら解決していません。国に解決する気はなく、アメリカの言いなりになっているからです。日本は借金まみれなのに「おもいやり予算」をたんまりくれるのですから、アメリカが出て行くはずはありません。「おもいやり予算は出せません。使った電気代も払ってください」と言えば、アメリカも経済危機。いつまでも沖縄には居ませんよ。簡単なことです。そうすることが、愛国心のある政治家のすることだと思います。

05月14日 月曜日
 退職すれば、各種の印刷は、家でやらねばなりません。それで、退職時に、複合機=コピーを買い換えました。また、途中からは、捨てていた印刷用紙の包装紙も、何かに使えるかもしれないと、保存するようになりました。でも、使うことなく溜まる一方なので処分することにして、その枚数を数えたら70枚ありました。1束500枚ですから、35000枚使ったことになります。何年分かはわかりませんが、「こりゃあ、コピー機の調子が悪くなるはずだ」と思いました。この枚数には、日福大の講義レジュメ(年間 10枚/回×200人×15回=30000枚)やサークル案内などカラー刷りの場合の用紙は別ですから、かなりの消耗です。 地球環境のためにも、報告プリントの枚数をできるだけ少なくするようにしているのですが、実効が上がっていないのは明らかです。
 こうなると、講義もテキストでも持たせた方がいいかな。でも、それじゃあ、講義が平板になり、マンネリ化して、面白くないでしょう。講義は、する側も聞く側も楽しくなくちゃあ、思考は停止してしまいます。これでは、学生さんが悲劇です。自由な雰囲気で、楽しい講義になるように、まだまだ創意工夫を重ねればならない。

05月13日 日曜日
 教育界においても、出版されるのは、ほとんどが、マニュアル本であるのは何故か。実践記録のような本は売れないからです。教師が、本を買わないからです。教師が、教育のことを語らなくなっているのです。1986年に、法則化運動が全国展開するようになってからの傾向です。それに、追い討ちをかけるように、えげつない教師批判・教員管理が横行するようになったため、教師は、すばらしい先人の教育実践を追試し、分析し、自分の教師力向上につなげることができなくなってしまったと考えます。つまり、今の教育現場は、先人の教育実践を系統的に授業にかける雰囲気がなくなり、つまみ食い的にしか追試できなくて、結局 マニュアル本しか売れないのだと思うのです。
 それ故、いろんな研究集会で、すばらしい実践報告をされる方は、今も多くいますが、「その方だから、できた」としか、評しようがないのです。以前で言えば、筑波小で、社会科の授業名人と評された有田和正の授業を参観して、自分の教室で生かそうとしても、さっぱりうまくいかなかったのと同じ?です。
 だから、教育集会でもサークルでも、教材のポイントを押さえ、先ずは、そこの部分については、とことんやりきるのだという構えで授業に臨めるようにしていかないと、若い教師は、サークル活動から離れていってしまうのではないかと危惧するのです。ここに「基礎学力と基本学力を分けて考えよう」という私の10年程前のアジの意義があると思うのですがね。追試をする雰囲気がないから、しないのではなく、できる部分から、実践を重ね、初めは部分的でも やがてはシンの通った実践になるとの見通しで取り組むのです≪バイパス理論≫。 そうすることによって、道は拓けると思うのですがねえ≪バイパス理論の再構築! 算数教育に光明を!≫。
 残念なことに、今や「厳しい」「しんどい」を理由に、活力のある取り組みが企画されているとは思えません。サークル運動は、守勢ばかりですから、ジリ貧です。 明るくもないし、楽しくもないし、生き生きもしていないサークルに 若い人が集まって来るはずがありません。 そんな展望のないサークル活動に 誰がしたのか。それは、・・・・・・。 これ以上は書いては、波紋が大きくなりすぎます。まあ、そんな思いを持ったまま、私のサークル人生は終わるのでしょうね。

05月12日 土曜日
 迷っていましたが、全国小学校集会に行くのは止めました。それで、日本教育学会中部地区研究会に出かけました。テーマ「教育実践から教育実践記録への変換とその研究」に惹かれたからです。内容は、現場からの2本の報告をもとに討論をするわけですが、感想としては、やはり研究者たちの発言だなあと感じました。まあ、私が、書き綴っている意味合いとはかなり異なる世界のように思えました。私も、若い教師には「授業のことを何でもいいから書き綴るべきだ」「授業力向上のキーポイントだ」と喚いています。私は、もともと教育実践=授業との発想しかありません。教師は、授業をして賃金をもらう職業だと思っています。だから、授業のことを振り返り、明日の授業をどうするか。さらには、どのような人間に育ってほしいかと、“夢とロマン”をもって働き続けるには、書くことは欠かすことができないはずです。 確かに、今はそうした努力をする人は減ってきています。教師も書きたがりません。書くことは苦痛なのです。 そうした大人=教師に誰がしたのか。行事作文中心の戦後の作文指導の誤りです。多忙を理由に、生活に目をやる日記指導を手抜きしたからだと思うのです。
 まあ、いろいろなことに思い耽りながら、帰って来ました。

05月11日 金曜日
 専門学校の学生さんが、たくさん来村していました。一人一人は、とても純真な若者たちですが、団体行動となると、どうも避けたい存在です。今日も 小学生を相手に鬼ごっこをしているので、「この子たち、建築より、保育士さんの方が向いていそうね」なんて、しゃべっていると、今度は、所定の場所外で喫煙したり、展示物に腰掛けたり、ぶら下がったり・・・。 でも、集団なので怖くて誰も注意をしません。 仕方ないから、「ちょっと、ちょっと・・・・」と注意をします(今回は、報告書に注意したことは書きませんでした。書くと、ロクなことありませんから)。それで、雑談の中に入って、気を紛らわすようにしてやります。まあ、そんな学生ばかりではありませんが、きちんと2年間学んで、資格をとり、就活しないとね。世の中、そんなに甘くはありませんからね。専門学校の教師はたいへんだろうなと思いながら、見送りました。 昨今の様々な教育問題に対して、机上の論だけで指導・通達を出してくるお役人には、現場をじっくり見てほしいとつくづく思います。

05月10日 木曜日
 腰の方もすっかりよくなり、どこも悪くないと思うのですが、体調はすっきりしません。イライラすることばかりで、スカッとすることがないからでしょうか。血が上るような刺激がないと、気分はモヤモヤ、体はだらり。 発散させる場所、機会を求めて、行脚しないといけませんね。 さてさて、標的は何にするかな。
 今日一番、ムカッと来たことは、国会議員の海外視察のための予算が、4.5倍に増やされたことだ。これが「身を切る」ということか。尋常な神経の持ち主ならば、絶対にありえないことだ。 野田という人物は、悪代官そのもの。 「水戸黄門」を見ろよ。「暴れん坊将軍」に見習えよ。

05月09日 水曜日
 退職すると、昼間のニュースやワイド番組を見る機会がぐ〜んと増えます。でも、近頃は、うんざりするようなニュ−スばかりで、「見れてよかったなあ」なんて思うことは滅多にありません。例えば、津波の想定が10m近くに上がったことに対する対策が真剣?に検討されているそうな。結構なことであり、住民の安全を確保することは、自治体の重要な任務です。結論は、住民は平地から高台に移転しなければなりません。防波堤は、より高く造り替えねばなりません。正直、際限なく費用を注ぎ込み、高くしていくことになります。所詮、こんなことはいたちごっこ、無駄・無理です。私の家の東の堤防工事と同じです。「先人の知恵を生かすようにする」程度でよいのではないかと思っています。何故なら、津波だけなら、命さえ落とさない限り、復旧の見込みが立つからです。
 でも、原発は、いけません。福島原発から40kmも離れていても、まだ帰村の見込みは立ちません。放射能汚染は、半永久的と言ってもよいのです。政府は、昨年12月に終結宣言をしゃあしゃあと行い、増税のことしか眼中にありません。これほど、人の痛みのわからない首相もいないでしょう。なんでもなんでも、金で解決がつくと考えているのでしょうね。これでは≪どじょう≫も哀れです。

05月08日 火曜日
 リトルで、ボランティアガイドをしていると、「ナベちゃんでしょ。私のこと、覚えてる。私、東山の教え子よ」と、若い外国人の女性が声をかけて来るではありませんか。いやあ、さっぱり覚えがありません。名前を言ってくれるのですが、記憶にないのです。もう10年以上会っていないにしても、私のことをよく知っていてくれるのに、私が思い出せないなんて、失礼極まりないことですし、私もそこまでボケてしまったのかなあとしょんぼり・・・・  少し話していくと、私が担任していたのは、お姉さんの方であったことが分かりました。お姉さんと妹さんでは、日本のように「姓」が同じでないため、結びつかなかったのです。ちょっとほっとしましたが、それにしても、よく覚えていてくれたものです。 このように、現職時代、担任でない子からも「ナベちゃん、今日の湯加減いかがですか」と廊下ですれちがうたびに言われていましたから、「私のこと、わかるでしょ」とか「知っているでしょ」と言われると、ドキッとします。 でもまあ、親しく声をかけてもらえて、しあわせなことだと思っています。

05月07日 月曜日
 私の周辺でも、昨日は不気味な風が吹き「竜巻でも起きるかなあ」なんて冗談ぽく言っていましたが、東日本では、かなりな被害が出ました。「見事なほど」と言うと、不見識ですが、根こそぎ破壊していきます。まさに竜巻=津波です。自然災害の恐ろしさですが、どうして、このようにシバシバ起きるようになったのでしょうか。 やはり、人間の自然環境破壊も大いに影響していると考えます。人間はわがままを止め、自然に優しい発展を目指すようにすべきでしょうね。
 またまた、通学途中の交通事故がありました。加害者は、私の母の実家のある学区M小の養護教諭だそうです。養護教諭さんの一年で一番忙しい時なのにね。生徒のK中も M小もとても身近に感じる学校なので、心配です。やはりゴールデンウイークの疲れでしょうか。 午後の講義に出かけるときは、いつもより慎重運転で行きました。
 そうそう名古屋のY小が通学路点検を警察と取り組んだというニュースがありました。でも、例年、通学路の安全点検は、各校4月中に行い、報告書を教委・警察・土木に出します。そして、連休明けから、区ごとに順次検討会が行われ、緊急性のあるものから、工事が行われる段取りです。いつも、学校の担当者として、交渉の場に出ていた者として、「何を今更、やってるのか」「ええかげんな書類を作ってたのではないか」と、私は疑いの眼で見てしまいます。

05月06日 日曜日
 ゴールデンウィークも終わりです。私も水・日曜休みの週5日制の生活となります。加齢とともに、バリバリの生活というわけにはいきませんが、“夢とロマン”を求めて、邁進します。当面は、「数学教室」連載の9月号原稿と6月の“数楽のひろば”のためのモノづくり。『自分史』とも言える冊子づくりでしょうか。そのうちに全国大会の講座の要項原稿がくるでしょう。計画的に無理せず、手抜きせずで、誠意を示していこうと思います。
 ところで、大阪維新の会が、またまた「家庭教育条例」とかを作って、子育ての指針?を示したとか。お節介なことですし、それは思想介入で憲法違反ではないのでしょうか。でも、出すと言うことは、それなりの支持があり、それを望んでいる人がいるということなのでしょう。「望まないなら、大阪から出て行け!」というのが維新の会の方針で、強行です。でもねえ、近代国家にはあるまじきことなのですが、通るということは、大阪人、いや日本人はおかしいのじゃないのかなあ。  3月に大阪の人に「何故、抵抗しないの?」って、聞いたら、「可笑しいと思っていても、やってきちゃうんだよね」と諦めの様子でした。こうして、口をつむぐようになった時が、一番の岐路です。歴史が証明しています。
〔付記〕この条例案は、7日に、 あまりの批判に撤回したそうです。


05月05日 土曜日
 “こどもの日”なので、孫たちに付き合って一日を過ごしました。トランプをしたり、ビンゴをしたり、パズルをしたり、また、犬の散歩にも一家そろって行きました。昨日、昭和村で、警察犬の訓練を見学したので、同じようにしつけようとしたら、犬が迷惑がっていました。まあ、8歳にもなるのですから、今更できるわけありません。我が家の犬はいままでのように自由に生きればよいと分かっていて、急に人間はとやかく言うのですから、犬にしてみれば、迷惑な話というわけです。
 また、パズルや折り紙、ちぎりえ等もしました。6月のときに孫を助手に使おうと交渉しました。なんとか、うまくいきそうです。「折り紙」の講師を、小3の孫にやらせようというわけです。面白くなりそうです。

05月04日 金曜日
 三世代で、岐阜の日本昭和村に行きました。明治村・大正村・昭和村とセットで売り込んだりしていますが、昭和村は、残念ながら、文化施設ではありません。昭和をしのぶような形態をとっていますが、モノづくり体験施設の様相です。今までに、3度ほど行ったことがありますが、今回孫たちとまた行ったのです。シニア料金で600円で入れました(駐車場も無料でした)。
 食の体験・クラフト体験・自然体験のコーナーとか、ふれあいコ−ナーとか、いろいろあり、まあ、子どもたちが飽きるということはないですね。「午前中で、切りあげて・・・」なんて思っていましたが、4時過ぎまで居たので、正直 疲れてしまいました。家族連れなら、十分楽しめるようになっていました。ただ、セットにした観光案内がなされていますが、明治村や大正村とは、全く存在意義が異なると思います。ボランティアだって、役割が違うと思いますね。

05月03日 木曜日
 憲法記念日です。でも、この日を祝う護憲派といわれる人たちは、今どれくらいいるのでしょうかね。まあ、無関心派が一番多いと思うけど、改憲を平気で口に出す人たちが多くなっているのは事実です。現在、曲がりなりにも平和が守られているのは、日本国憲法のおかげだと考えている私には、ムカッとくることです。しかも、憲法の番人たるべき法律家(弁護士)から政治屋になった連中の行動を見るにつけ、彼らは何を学んできたのか。司法試験とは、どんな性格のものなのか。特に2次試験は?  それに司法修習所は、法律の盲点だけを授けるとこなのかと、疑いたくなる。 仙石しかり、枝野しかり、橋下しかり、・・・・・・。大阪市の思想調査の実行部隊は弁護士達だものね。 ただただ節操のなさに呆れるばかりなり。

05月02日 水曜日
 朝からしとしとと雨降りです。こういう日は、野外博物館であるリトルや明治村は集客上 大打撃ですね。
 ところで、世の中は、あまりにも俗っぽい芸人たちが、マスコミをも牛耳っているこの世相は何なのだろうか。国民が、そうした番組を支持し、視聴率が稼げるからかな? いや、視聴者から言えば、「そうした番組しかないではないか」と言いたいね。 いずれにしても、日本の文化程度はそんな程度と言うことでしょうか。テーマパークは賑わうけれど、文化施設は苦戦というわけ。まあ、ボランティアの意義ももう一度問い直した方がよいと思うけどね。
 政治・社会も 「絆」の安売り、再稼動ありきの原発論議、安全放棄の規制緩和、格差増長の民営化、・・・。底なし沼の日本です。ついに独裁者出現の環境は整いました。国民の思想レベルは、見事に独裁者への期待と化していくのです。今の政権の迷走が後押ししていくのです。 あああ・・・・
 本日は、母親の命日でした。 

05月01日 火曜日
 今日は、私の67歳の誕生日です。父より20年近くも長く生きたことになります。まあこれからも自分の信ずるままに、自由に生きていこうと思います。それの許される平和な日本であってほしいと思います。
 さて、今週の唯一の活動、ボランティアに出かけました。平日なのに、ゴールデンウィークの合い間、多くの来館者があり、いつもと雰囲気が違いました。でも、建物ガイドを要望してきた人は2人しかいませんでした。私も、遠足できている子たちなので、「ガイドをしましょうか」と呼びかけることはしません。でも、高校生や版画の店を出している人とは、よ〜く話すことができました。今どきの高校生と話すことなんてなかなかできませんからね。若い高校生は変なおっちゃんと思っているでしょうが、私にとっては、若返り法のひとつなのです。家で話すと、「高校生に遊んでもらったの?」と皮肉っぽく言われますが、楽しいものです。 版画のMさんとも、「人生、夢がなくては、生きておられん」と意気投合しました。



04月30日 月曜日
 もうアウトです。多分、昨日 ちょっと木を切っただけなのにね。今日はあさから、腰が重く、痛くなってきました。余程、体力が落ちてきているのですね。全く 哀れ、惨めなものです。まあ、年齢には勝てないと言うことでしょうかね。あまり動けないので、講義のレジュメを作ったりしました。本当は連載の原稿を書く予定でしたが、痛くて集中できないので、諦めました。
 諦めて、ぶどうパズルをしました。もう、忘れては思い出しの繰り返しで、3〜4年やっていますが、いまだに解けません。でも、気が向くと しつこくしつこくやっています。

04月29日 日曜日
 今日も朝から何をしようかと考え、樹木の伐採をすることに意を決してやりました。4〜5本を伐採しただけで、剪定をしたわけではありません。樹木は本当によく伸びます。上へ上へと太陽目指して・・・。我が家の庭の樹木は伸び放題です。庭師を入れるほどの広さもなく、かと言って、伸び放題では、近所迷惑です。 まあやってみると、仕事量のわりには、疲ればかりで、日頃の運動不足が露呈します。健康管理のためにも、もっともっと動かねばならないのはよく分かっているのですがね。
 やはりやることはあまり動かないことばかり。そう本日までに、シュレッダーをつかって、たまりに溜まったさばくのですが、個人情報に関わることなので、ポイ捨ては厳禁。なんと、45L袋、今日までに9袋です。

04月28日 土曜日
 ゴールデンウィークが始まりましたが、我が家は、逆にじっと家に居るだけで、何処へも出かける予定はありません。そこで、一日に何かひとつずつでも家庭の仕事をやろうかなと考えました。「やりなさい」と言われていることは、たまりにたまっていっぱいあるのですが、なかなか重い腰はあがりません。何ヶ月ぶりかで、洗車をちょろちょろとやりました。30分ぐらいです。午後は、テレビで野球ををぼっと観ていました。鶴を折りながらですけどね。そうそう鶴は1000羽折る予定でいます。ところが、先日たくさん折れたと思ったので、整理したら、まだたったの350羽しか折れていませんでした。1000って、大きな数だなと、変に感心していました。よく「千羽鶴をつくろう」って、簡単に言うけど、たいへんなんだ。

04月27日 金曜日
 このところボランティアに出て、中学生や高校生とよく話をする機会があります。そこで感じることは「とても優しく育っているなあ」ということです。まあ、限定的で、偶然なのかも知れませんが、心穏やかなのです。世間でみられる若者批判とは全く違います。 批判している大人たちの方が、人間的でないことは明らかです。今の大人には「愛」が感じられません。働くことにしても、そこには愛=やりがいがあるはずですが、それを感じとれず、金さえもらえばよいという荒んだ考えに陥っているため、きちんと丁寧な仕事ができない大人が多いのです。  こうしたことは、教育界でもそうです。蒲郡出身の金沢嘉市が「人間にくずはない」と述べた教育思想は消え失せて、例えば、教材論議においても、レッテル貼りや決め付けばかりです。それも、過去の古い文献からの引用でのレッテル貼りではねえ。人間は成長する動物です。成長するから教育の仕事は魅力的なのです。 点数取りだけに現を抜かすクレバーな人間ではなく、物事の本質を見抜くことのできるワイズな人間の育成を目指して、教師は奮闘しなければならないのです。私は、そう思っています。 だから、「レッテル貼りと見なされるような論議の仕方は非生産的と思えるのです」と書くと、また「挑発だ」と批判されるかな?

04月26日 木曜日
 本日は、チェルノブイリ原発事故から26年だそうですが、マスコミは小沢政治資金裁判の判決日で持ちきりです。各局とも午前10時にあわせて、即座に「無罪判決」を報じました。予想されていたとはいえ、「ふ〜ん」という感じ。真っ白とは言えないが、検察の体たらくに助けられている感じが強い。 いずれにしても、政治家が「国民の為に・・・」という言葉は、全く信用はできない世の中になっているのも関わらず、国民はころりと騙されています。やはり、政治教育の欠如でしょうね。戦後、教員組合を弾圧し続けてきた成果?なのでしょうね。 
 財界べったりの野田内閣、迷走が続きます。その中で、よからぬ勢力が虎視眈々と力をつけている。ツケが回って最後に苦しむのは、国民だけ。

04月25日 水曜日
 朝刊の投書欄に「犬山城周辺の剪定はやりすぎではないか」との記事がありました。犬山城の雰囲気を壊してしまうような剪定は、伐採ではないかという意見です。私が、明治村やリトルで感じていることと同じです。 まあ、造園業者なるプロが行うことですから、素人がとやかく言うのはね。でも、雰囲気・趣きが崩れるようでは、「顧客満足」とはなりません。経費節減のために、一気に伐採したのかはしりませんが、考えものです。
 そこで、思い立って、八田川の越水工事について、現場担当者に質問の電話をしました。「今、越水工事が行われているが、なぜ、右岸の私の家付近の一部だけ、工事をしないのか」「工事をする部分としない部分の境目はどんな状態になるのか」を聞きました。私の治水の私見を述べ、意見交換し、おおむね同意しましたが、春日井市側堤が低かった理由については、彼は口をつぐみました。本当は、ここの部分が重要なのですが、工事企画者に問うべきことなので、追及はしませんでした。工事の全貌が明らかになってきた時期に、再度建設事務所に問い合わせをし、確認をとろうと思います。だって、私的財産権に関わることですからね。また、政官癒着かもしれませんからね。

04月24日 火曜日
 今日のリトルは、午前中、ヒマで時間をもてあまして、お客さんに「何かお話しませんか」なんて呼びかけて応じてもらっていました。何もしないで、じっとしていることほど辛いことはありませんからね。もちろん、お客さんだって、もくもくと健康の為とはいえ園内を歩いているだけではつまらないですからね。「会話は大切!」というのは、私の勝手な見解かな。
 午後は、県内の有名な進学校の中2の子たちが来ました。学校のこと、将来のことだけでなく、教科の学び方まで、リトルのガイド内容と関連付けながら、小1時間も話していました。いろいろ考えながらしゃべっていたので、あっという間に時間が過ぎてしまいました。午前中の疲れなど吹っ飛んでしまいました。中2の子たちも満足そうでしたし、私も充実した気分に浸ることができました。

04月23日 月曜日
 腰の具合もなんとか持ち堪えて、少し楽になりました。でも、コルセットは放せない状態です。無理はできませんね。ほどほどのペースでやっていくことにします。
 ところで、N大での講義では、学生さんに煽てられて、張り切ってお楽しみのモノづくりやパズルを提供しています。もちろん今までも「数楽のひろば」と称して、毎講義に1つずつ紹介してきましたが、今年度は一段と力が入っているのです。まあそれは、多分に2年半続いた中日文化センターの講座が4月からなくなり、製作に余裕ができたからともいえますが、講義の質を高めなくてはとの思いも強いのです。小学校教師時代は、毎年担当学年は異なるし、毎日いろんな教科を教えますから、マンネリと感じることは殆どありませんが、大学の講義は、大学によって、講座名は違いますが、やっていることは似たり寄ったり、毎年それの繰り返しですからね。たとえば、A大の講義は数えてみれば、16回目です。毎回レジュメも少しずつ変えていますが、とても新鮮とはいえません。1つの教科だけを教えている中学や高校の教師のようには、割り切れないのです。いくつになっても、悩みは大きいです。
 研究会では、一部から「老兵は去れ」のごとき扱いを受けるけれど、「私は非常勤講師だけど、まだ現役と同じだよね」と言いたくなりました。

04月22日 日曜日
 世の中の状況を見ていると、全く混沌として、先が見えてきません。私のような年金生活者でも、不安がいっぱいです。ましてや若者は・・・・、となるのです。     
 ただ、そうした状況の中で、「近頃の若者は・・・」という否定的な発言・見方が多く感じられます。教育運動の中でもです。でも、近頃、それは間違いじゃないか。そうした見方をするからダメなのだと思うようになりました。つまり、年寄りの僻みです。年寄りの僻みが蔓延した社会には未来がありません。未来を担う若者の力を信じることのできない者は、「第1線を退くべし」と
喚こうと考えています。 そうしないと、混沌とした世の中は切り拓かれません。いつまでも、年寄りが第1戦にのさばっている限り、尻すぼみにしかならない。年寄りは側面援助に徹するべし。
 といっても、こうしたことには耳を傾けようとしない人が居座っているから、世の中は頑として動かない。未来がみえてこないのは、仕様がないのかな?  

04月21日 土曜日
 昨夜、ギクッときて、本日は最悪の状態。仕方ないから、コルセットをして、ズボンを穿こうとしたら、アウト。コルセットをはずして、講義に出かけました。よぼよぼとみっともないですが、背に腹は代られません。なんとか終了して、取って返して、今度はサークルです。今日は特別に3時半の開始にしました。帰ると誰もまだ来ていません。「こりゃあ失敗かな」と思っていたら、いつものように8名になりました。今回も初参加の方があったし、今のサークルの発起人でもあるMさんが1年ぶりに顔を出してくれました。大感激でした。
 例によって、話題はいろいろですが、明日からの授業づくりに燃えている人が多く、国語・算数の話があちこちで花咲きました。私の理想とする形です。「学びの園・あしたば」は、目前の課題を解決し、明日からの授業・教員生活を意欲的に生き生きとできるように、ベテランが支援する場と考えているのです。(「算数・授業づくりの会」とはねらいが違います) だから、1つのことを参加者全員で討論してもよいし、しなくても気にしません。 なにしろ、本日は、Hさんが分数や角の指導のあり方を熱心に説明していたりで、無茶充実していたと思います。Hさんが、帰り際「ここに来ると、若々しくて、元気が出てくる」とうれしいことを言ってくれました。

04月20日 金曜日
 今日のボランティアは「予約ガイド」です。119名の来村で、4人のボランティアで勤めます。私以外は、1期生の超ベテランばかりで、ちとプレッシャーがあります。私自身も「若さで勝負」という年齢でもないし、来客のニーズに寄り添うしかありません。
東山梨郡役所近くに住んでいる人たちなので、子どもの頃、見ている人たちですから、思い出話に花が咲きました。私は、以後のガイドに役立つようにとネタを仕入れます。森鴎外・夏目漱石邸では、どっかり縁側に座って、語り合います。西郷従道邸では、運良く建物ガイドの時間であったので、2階のベランダや螺旋階段を歩いてもらいます。そうそう三重の尋常師範学校ではみなさん小学生の頃を思い出し、歌なども歌いながら盛り上がりました。きっと昔先生だった方も混じっていたのでしょう。賑やかでした。1時間半のガイド時間では、1丁目・2丁目のほんの限られた所しか見学できません。擬洋風建築についてはばっちり見学できましたが、ますます東山梨の郡役所の素晴らしさに気付き、返してほしいという気持ちが彷彿してきたようですが、「明治村は、返しませんよ」と笑いながら答えておきました。あっという間の1時間半でした。
 ただ、私はガイドを無理強いはしません。今日も「全貌を見たい」と言う方には、園内バスを勧めます。1時間弱で、元の場所に戻って来られますからね。

04月19日 木曜日
 退職してからと言うもの、元来『ドラキチ』である私は、プロ野球が始まると、じっくりテレビを観るようになりました。勝てば、ご機嫌。勝てそうになければ、途中でテレビをバチンと切って入浴です。野球に興味のない妻は笑っています。
 これからも、なるべく勝ってもらいたいですが、今年のドラゴンズは不安材料ばかりです。若手がもう少し伸びてこないと未来がありません。まあ、金まみれの傲慢な集団=巨人に勝った日は、格別、ご機嫌です。仕事もはかどります。

04月18日 水曜日
 今日は、仕方ないので「国民健康保険料」を納めに行きました。一括納入ですが、まだ7月に調整分の請求がきます。これが、年々ばかにならない金額です。結局、今年も50万円をゆうに超えるでしょう。さらに、65歳を超えると、「介護保険料」が年金からひかれますが、これも我が家は2人分で、17万円弱ですから、めちゃめちゃです。退職したら年金生活なんていうのは夢です。「年金を3割削減」とか言っていますが、政治家のねらいは、年金を払うとみせて、すべてを吸い取る魂胆なのです。これは、議員宿舎の家賃を値下げしたり、歳費の削減も微々たるもの。3党が話し合うと、各党の提示額よりも、なぜ、低い額になるのですか。全く理解できません。まあそうした誰がみてもおかしなことを平然と出す神経が、私にはわかりません。相当に面の皮が厚いのは確かです。だから、政治屋は、当選から日に日に人相が悪くなる。

04月17日 火曜日
 放射能に汚染された廃棄物。被災地域だけでは、処理しきれないので、全国で助け合いましょう。もっともなことである。
 でもね、愛知県までの輸送費は膨大なものになるのでしょうね。ますます借金は膨れ上がります。最近、様々な施策はすべて金でかたを付ける、つけられるとでも思っているかのごとき安易なものに感じられます。被災地の補償にしても、金をだせばいいだろう式で、ちっとも払わない。人間のすることではありません。これ、連合の体質なのでしょうか。日教組も連合傘下でしたね。『ふたたび、あやまちを繰り返しません』との心意気はどうなってしまったのか。

04月16日 月曜日
 前期の講義も始まっているのですから、本来なら、前年度の整理はすんでいなくてはおかしいのですが、評価に関わるものは保存してあるのです。でも、大量に溜まってきたので、シュレッダーにかけることにしました。 午前中やりかけたのですが、シュレッダーにかけると紙類は厖大な量にふくれあがります。このシュレッダーは退職する時に購入したものですが、高性能ではないので、時間もかかって、予定の3分の1ほどで、止めてしまいました。 次にできるのは何時になるかな?
 午後は、講義に出かけました。話すという行為は意外と疲れるものですね。
 ところで、政府の原発再稼動の動きがますます露骨になってきましたね。そして、その急先鋒・仙谷由人政調会長代行が「原発全停止なら、日本が集団自殺するようなものになる」と脅しともとれる発言。私は、「安全日程だけで、安全確保もできていないのに再稼動することは、集団殺戮に等しい」と思うのです。人を導く立場にある人は、決して、手を血に染めるようなことをしてはいけないのです。

04月15日 日曜日
 今週の末に、「文化財を守る会」とかのグループをガイドすることになっているので、ちょっと下調べをしました。やはり専門家?集団の予約ガイドの時には、適当なガイドではまずいですからね。ただ、私は、ガイドブックに書いてあることは見てもらえば分かることですから、そうしたことを話す気はあまりありません。 建物にかかわる人間の生き様こそ、博物館から学ぶべきことではないかと思っています。だから、生活臭さのしない建物には、興味関心がわいてきません。 でも、今回の要望は官庁関連施設です。さてさて、どうしますかね。 ウラ話の持ちネタが少ないのです。まあ、1時間半、満足願えるようなガイドができるかな。力量が試されます。

04月14日 土曜日
 いろんな立場の方のブログを覗くようにしているのですが、それもやはり限られた範囲に過ぎないのは承知しています。でも、それぞれの方、特徴があって、刺激的です。それらに比して、私のHPは、「日記」ということもあって、あまり特徴がありません。あえて言えば、恐れを知らず、平気で本音を吐露していることでしょうか。「ネットの社会では危険極まりない」と忠告してくださる方も居ますが、まあお構いなしです。  昨年9月には、菅内閣のあとは、原発容認派の人物しか首相になれない」と述べました。遂に、野田政権は本性をあからさまにしてきましたね。途中から閣僚に加わった枝野経産大臣の変節をみれば歴然です。私の予測はバッチリです。こうして、民主党の不甲斐なさが大阪維新の会を増幅させ、日本の国家体制は極度に右傾化していき、国民は物言わぬ愚民化していくのです。 この流れを阻止できる勢力はありません。いくところまでいく。どうにでもなれ!という心境ではいけないと思うのですが・・・・。
 まあ、ドラゴンズが5連敗からやっと逃れたということで今日のところは、書き綴るのは終わりとしよっか。

04月13日 金曜日
 朝から、朝鮮民主主義人民共和国がミサイル=人工衛星を打ち上げを強行したと言うので大騒ぎです。それが、日本政府はちっとも確認を取れないで、もぞもぞ。 それでは、PAC3なんて使いものにならないのではないかと思ってしまう。ミサイルを発射したかどうかの確認システムがあってこそ、PAC3も発射できると思うのです。だから、今回のねらいは、自衛隊の緊急配備計画の実施訓練であったと思われます。マスコミに便乗して、訓練を行ったと言うことです。平和主義を貫こうとしている私にとって、困った事態です。ただ、朝鮮民主主義人民共和国が、素直に失敗を認めたのはどうしてでしょうかね。
 家に帰ると、なつかしいMさんが来ていました。元同僚であるMさんは、40代で退職してしまいました。有望な人でしたけどね。それで、今は仮説のサークルに通いながら「出前授業」をやっているようです。まあ、自分の納得できることだけをやれるというのはすばらしいことですから、そうした生き方もあるのかなと思うようにしているのです。本音は、ずっと現場で頑張り続けてほしかったのですけどね。

04月12日 木曜日
 今日からA大学での講義も始まりました。ここはもう9年目になるのですが、行ってびっくり、少人数も少人数。一番の対象である学部の人たちは、なにやら他の講義をとらなくてはならず、ほとんど来れないのだそうです。 まあそれならば、手づくりゲームや教具をいっぱいプレゼントできるぞと早速、「超能力カード」をあげました。おみやげ付きの講義になりそうです。
 そうそう昼間、65歳以上になると強制的に年金から差し引かれる「介護保険料納入通知書」が来ました。またまた増額。私の場合は、19371円高くなりました。妻と2人分ですから、4万円近く高くなったわけです(7月に再調整と言うのですから、さらに高くなるのは必定)。つい「どうして医者にかかってない者がそんなにも払わなくちゃあならないのか」と言いたくなります。こう言うと、批判の対象となるので、みんな口をつぐんでいますが「終末医療のあり方を見直すべきではないだろうか」。私は、心底そう思っています。 

04月11日 水曜日
 昨年度から、水曜日は、基本的にはお休みの日です。それ以前は、「算数教室」や「大人のための算数ひろば」が入っていたのです。ただし、妻は、英会話の講座に出かけるので、昼食は自分で考えねばなりません。どうも、こうしたことをやるのがつらいので、妻より長生きは絶対にできません。私は、私生活では恥ずかしながら自立できていないのです。高校時代、ワンダーフォーゲル同好会の料理長を仰せつかっていたのですが、まったく生かされていません。
 で、今日は、ひとつは家事の手伝いをしなくちゃあと「ストーブの灯油の残りを抜き取り、後片付けをしよう」と考えました。この油抜きのうまい方法はないものでしょうか。いつも、スポイトで何度も何度も吸い取ります。すると、250mLのペットボトルに1本分くらい内部に残っているのです。どこかに、油抜きの穴があるのでしょうかね。ないと可笑しいよね。

04月10日 火曜日
 とても穏やかな日和でした。リトルの本日の担当の石垣島周辺は、レンギョウの黄色、ユキヤナギの白、がとてもきれいでした。桜は5分咲き程度ですが、沖縄のカンピザクラはほぼ満開でした。自然は人間の心を和ませてくれます。
 ところが、現代人の抱える諸問題は、温暖化にしても、異常気象にしても、原発にしても、すべて現代人が自然をいたぶってきたからです。自然界の巻き返し、反逆です。 現代人が猛反省しない限り、解決はつかないでしょう。
 暑さ対策や台風対策のなされた石垣島の家屋は、とても涼しいです。エアコンもいりません。完全なエコです。先人の知恵に学ぼうとしない輩が、政治の中枢に居ては国がよくなるはずがありません。口先でごまかそうとしたり、ウソを平気で言ったり、裏金を平然と受け取ったり、・・・というような政治家は追放すべきです。

04月09日 月曜日
 2月・3月と大学の講義はお休みだったので、久しぶりです。私は講義の時にはスーツ姿です。現職の頃は、年間に数回しか着なかったのに、少し格好をつけて行きます。ネクタイも数本しか持っていませんが、同じネクタイを続けては使いません。女子学生は本当によく教官を観察しているのですからね。私も、気遣いをするようになりました。
 さて、講義は相変わらず漫談調です。そしたら、講義後の感想で「教科教育研究の授業で初めて楽しいと思いました」なんて、ゴマすりでも書いてくれると気分がいいですね。「ちょっぴり考えさせて、あとは楽しく数楽を!」をモットーにね。学生さんの反応がいいと、ついお調子に乗ってしまうので、そこは締まりを持ってやらないとね。沖縄出身の学生さんが3人もいました。
N大は3年目ですが、今までで一番明るい感じがします。頑張ります。 やっぱり外へ出るのがいい。

04月08日 日曜日

 私にとっては、いよいよ明日からが新学期です。大学の非常勤講師生活も、退職前からしていますから、9年目という事になります。自分でもびっくりです。気を引き締めて勤めたいと思います。午前中に、明日の準備をしてしまいました。
 午後は、犬の散歩のついでに、花見にいきました。近く二子山公園です。毎年のことですが、大勢の人が花見を楽しんでいました。ただ、気になったことがあります。それは、桜の枝を、以前道路に少しでもかかっている枝を見事に伐採してしまってあるので、枝先はすべて上を向いているために、なんだか趣をなくしているように感じました。まあ、お役所のすることだなあと諦めていますが、味鋺東公園の桜の古木も枝打ちをされて、例年の見事さを失っています。 町名にしても、そうですが、先人の知恵をもっと大切にする社会であってほしいです。 『豊かさとは、何か』を思考する余裕を失った日本の末路は、惨めなものでしょうね。そのことに一人でも多くの人が気付き、政治を変えることでしょうね。もちろん、ひとりよがりな専制君主気取りの輩がのさばるようでは、国民は生き延びることはできない。そんな輩を支持することは、命を預けることを意味しますからね。

04月07日 土曜日
 母の姉の49日忌でした。90数歳という長寿でしたが、晩年は10年近く施設に預けられての他界でした。母のように1ヶ月ほどの入院で他界してしまうのと、どちらがしあわせだったかなと考えてしまいます。でもまあ、人の人生なんて、どうなるのか分かりませんから、そんなことを考えても仕様がないかな? 一日一日を精一杯、生きていこうと心に誓いました。
 そうそう今回納骨の為に、お墓に行って気付いたことがあります。
 それは、墓石の裏に建てた人の名が記してありますが、ここの墓石には、半数以上が夫婦の名が列記してあるのです。我が家の場合は、私の名だけです。今まで、何の疑問にも思いませんでしたが、そりゃあ列記の方が正しいのではないかと思います。 そうしたことは当たり前のことで、私が気付いていなかっただけのことなのでしょうかね。 ちなみに、このお墓は曹洞宗、私んちは臨済宗です。

04月06日 金曜日
 S大学の心理専攻の学生さんがたくさん来ました。近頃の大学は新入生に対して、仲間づくりの機会を設けているようです。
受験競争にさらされ続けてきたため、大学生になっても仲間づくりの下手な子が多いからでしょう。友達ができなくて、早々に退学されては叶いませんからね。 それにしても、教官に付き従って、2列に並んで歩く姿は、どう表現したらよいのでしょうかね。私には、ちょっと理解不可能なのです。私も 後期には大学1年生に講義しなくてはなりませんからね。

04月05日 木曜日
 私の家の周辺には小中学生は居ません。町内会も老人世帯ばかりで、我が家が一番若夫婦なのです。だから、学校のことには、本当に疎くなりました。犬の散歩の途中、中学生らしい子を見て、「あれ、入学式かな?」と思いました。そこで、調べると、6日入学式、9日始業式とあり、中学は6日始業式、9日入学式とあります。名古屋市もずいぶん変わってきたようですね。
平和で基本的人権の守られる方向に変わるのならば、よいのですが、どこかの市長のように「公務員は、国民に命令する立場にある」とか「思想信条の自由を侵してまで、日の丸・君が代を押し付ける」等々、戦後、一番非民主的な男の登場に、マスコミを筆頭に日本中が踊らされている。日本の教育は破壊され、取り返しのつかないことになるのは明らかです。教師は再び血に飢えた狼と化す日も近いですね。困ったことです。
 新年度、この1年間で どう変節していくことでしょうか。 それに対抗すべき教育運動も弱々しくて、いらだつばかりです。どうしてこうなってしまったのか。私に思うところがありますが、ここに書くのは控えます。

04月04日 曜日
 また税金の季節がやってきました。早速、ポストに「国民健康保険料」と「固定資産税・都市計画税」の納入通知書が舞い込みました。平成24年度になって、わずか4日目にして請求書が出せるとは、公務員は徹夜で頑張ったのでしょうかね。そんなことはありえません。ずっと前から、準備をしてきたから出せるのです。そのように仕事を進めるために、一定の期日を設けて準備するのです。ところが、市税事務所は、この考え方を認めようとしませんでした。 この1年間、ありもしない固定資産なのに、書類を作ったから「払え、払え」の一点張り。なんども督促状を14年も前に亡くなっている母親に突きつけてきました。私に送りつけてきても、どうやって母親に届けたらよいのでしょうか。仕方ないから、仏壇の前におき、母親の遺品を差し押さえに来た時に差し出せるようにまとめました(位牌は拒否します)。 
 「資産」がないのに、あたかも資産があるかのように税を払わせようとするのは、まさしく悪質な詐欺です。オレオレ詐欺となんら変わりません。1年前、市税事務所に申し出た時も、事務所の人たちはみんな、聞いてないかのように横を向いて、知らんぷりでした。それはそれは冷たいものでした。まあ、役人なんて、そんな輩です。 今、政府が、増税論議をしていますが、政治家も、なんの痛みも感じない点では、同じムジナで、期待できることはこれっぽっちもありません。

04月03日 曜日
 朝の天気予報では「午後から、台風並に荒れるので、外出は控えた方がいいですよ」と言っている。昨年9月の集中豪雨のときを思い出して、「さて、ボランティアに行こうか」と迷いましたが、気分転換のつもりで行くことにしました。
 案の定、お客さんは少ないです。でも、このような天候でも来館してくださるのですから、感謝しなくてはね。≪顧客満足≫の精神を貫かなくてはね。でも、暇な時は、ぼ〜っと雨風の様子をみたり、左手だけで鶴を折る練習をしたり、原稿の校正をしたりして過ごしました。昼頃から、一段と風雨は強くなってきました。お客さんも殆ど居なくなり、学芸の人が「もう引き上げてください」と迎えに来てくれました。定時より30分ほど早く帰宅しました。

04月02日 月曜日
 
今年度は、町内会の組長とやらがまわってきました。早速、回覧板です。でも、その回覧板を見て、びっくり! 用件は、災害復旧工事のことです。崩落箇所の工事はおわったので、次に越水対策工事をするのだそうです。有難いことですが、でもまたまたおかしな内容です。だって、50cmほど両岸をかさ上げするのですが、一部だけ(先の災害で越水しなかった我が家のあたりだけ)現状のままにすれば、今後どうなるかぐらい子どもでも分かるというものです。 この工事計画はどのように決定されたのでしょうかね。政治がらみなのでしょうね。だって、私の家の反対堤側には、急速に事業を拡大している河村市長の関連会社があるのですからね。
 第1回の組長会に出かけて、意見を述べてくることにしましょうかね。お役人が先人の業績にに学ぼうとしないところに、問題はあるのです。治水というものは、大昔から人類は闘ってきているのです。その知恵に学ばずして、なにができるというのですか。学問の成果が全く生かされない行政では話になりませんね。お役所仕事は、どうしてこんなんでしょうかね。

04月01日 日曜日
 新年度が始まりました。さあ、スタートです。
 今年度のモットーは、三木清の「希望に生きる者は つねに若い」という詞にします。
 いつも体内から若さがほとばしる様な状態ならばよいのですが、やはり敬老手帳をもらう身では、「若さ、若さ」と自問を繰り返していないとね。さみしいですけど、隠しようがありませんからね。
 「若い」といえば、近々『未来あしたの教師の物語』という本が出版されます。1年3ヶ月かけて7人で書き上げた若い教師へのメッセージ本です。今週中には出ると思いますので、出たら是非購入して、読んでくださいね。いろんな立場の教師の生き様です。

03月31日 土曜日
 孫が、友だちと一緒に2泊3日で来ていたので、今日は一日お付き合いです。1日目に名古屋港水族館、昨日は明治村でしたが、本日は天気も悪いし、どうしたものかと考えた挙句、でんきの科学館に行きことにしました。今度3年生になる子ですから、内容はちょっと難しかったですが、まあ楽しんだと思います。負けず嫌いな性格で必死にやるので2時間ちょっとですが、疲れてしまいました。 私もいろいろ挑戦してみましたが、電力に関する基礎知識がないことが露呈した感じです。ただ、原子力に関する設問の正解が「ほんとかな?」と思える回答もありました。
 このでんきの科学館は、中部電力のものです。ちなみに入場料は無料です。相当な資金が注ぎ込んであると思います。

03月30日 金曜日
 新聞に、教員人事異動が載りました。でも、退職して6年も経つと、知っている人も少なくなり、興味関心は薄れます。なにしろ、新採用の人は載りませんからね。 ところで、新採用でやっと合格しても、大阪では、辞退者が13%を超えたそうです。
今ほど教員になりにくい時はありません。なのに、折角 合格したのに辞退とは・・・。 もったいないです。私としては、頑張ってほしかったですね。
 あえて言えば、私の学生の頃=40数年前、 愛知県では、自治会や生協、教育ゼミ活動等をすると、就職差別され、採用されませんでした。それはそれはえげつないものでした。問題意識をもっていた学生はダメということですから、そうした就職差別の積み重ねが なにをもたらすのか明らかです。 「歴史は繰り返す」=イヤですね。人間の社会は、のろくても一歩一歩進歩していかなくては、しあわせを享受できません。今こそ、「豊かさとは何か」を、もう1度、全国民で考えてみる必要があると考えます。

03月29日 木曜日
 今日は、2009年10月から始めた栄中日文化センターでの≪大人のための算数ひろば≫の最終回でした。2年半で、48回開講しました。まあ、48回もよくやった、やれたなあというのが本音でしょうか。毎回“手づくりゲームや教具のお土産付き”という触れ込みでしたから、私の製作技術もかなり向上し、レパートリーも広がりました。退職時に購入した電動ノコも存分に活用してきました。現職の頃よりも、日曜大工センターに頻繁に出入りしました。 
 こうした文化講座を行うというのは、長年の夢でした。そう、30年ほど前に伏見の朝日文化センターからお誘いがあったのですが、当時は現職であったため、開講できませんでした。それが、今回2年半も続けられたのですから、幸せな話です。まあ、何よりも、私が改めて教材研究をする機会になったことが一番大きいと思いますね。目先の教材研究に明け暮れていた現職時代とは違って、冷静にじっくりと教材を見つめ直してみることができたのは、最大の収穫でした。
 いずれ、何らかの形で報告集にまとめたいと思います。 また、機会があれば、こうした市民講座に挑戦してみたいです。
 これで、私の受け持つ講座は、昨年 県立大学の夜間部の講座が減り、今年 文化センターの講座が減りましたから、来年度は、大学関連で4コマとなります。あと1つ受諾している講座がありますが、どうも正式に講義が始まるのは、もっと先のようです。 

03月28日 水曜日
 我が家の東の堤防の補修工事は3月19日で終了のはずです。ところが、あれから10日経っても、簡易トイレはそのまま、アスファルトはガタガタ、道路も遮断したまま、仕上げが完了したとは思えません。検査が通らなかったのですかね? それとも、工事費が底をついて支払われないので、会社が倒産でもしたのですかね? 今のままでは、補修部分とのつなぎめから、すぐに崩壊してしまうのではありませんか。 お役所もしっかりしてほしいね。 こうしたやりっぱなしにしておくから、役所批判が強くなるのです。回覧板で「3月19日にまでに完了」と明言したのですから、きちんとやるべきです。

03月27日 火曜日
 やはり春休みなんですね。リトルにボランティアに出かけると、平日にも関わらず、家族連れや仲良し?グループがたくさん来館していました。春休みなのに、熱心にメモしながら見学している子に何人も会いました。「まとめて、提出する」のだそうです。「そりゃあ、たいへんだ」と、いろいろ見学の視点やら、ポイントを解説してやりました。
 それにしても、「学年が変わるのに、宿題を出す学校がある世の中になったのか」と思いました。ただただ、子どもたちを叱咤激励してやらせるのではなく、時にはのんびりさせてやることも大切だと思います。でも、今や文科省の学力向上の方策はドリル!ドリル!でしかありません。当然のごとく現場は縛られてくるわけです。これでは、世界に通用する子どもたちが育つとは思えません。 私自身を見てみれば、よ〜く分かります。

03月26日 月曜日
 まあこのHPも立ち上げて10年以上経つと、様々な立場の方々の目に触れることになるが、私は手書きで書き、印刷・配布していた頃の意識が抜けきらないため,「無防備だ」とかの忠告もよく受けるが、「私の独り言の日記なんだから・・・」と相も変わらず、思ったこと・感じたことを、そのまま書いている。私は、「こんなふうに思っている人間もいるんだなあ」とでも感じてもらえれば、それで満足なのです。ただ、短気な性格が災いしてか、「人としての存在感が無視されているなあ」と感じると、猪突猛進、引き下がることができません。酉年なのにねえ。まあ、そんな生き方もあっていいんじゃないかと思っています。昔、高橋しん一が言ってました“少数派は 失うものなんかは何もない”とね。 戦中派の心意気を示したいです。

03月25日 日曜日
 第20回の全国高校研究集会に昨日と今日参加してきました。初めてです。参加する動機はいろいろありますが、分科会は出ても分からないのでロビーで過ごします。参加したのは記念講演の浪川さんの話、シンポジウム「めざしたいこんな授業」の若い教師の話、対談「こう進めよう、新学期からの授業」のベテランの話、そして交流会でした。若い高校教師たちが目立ちました。驚きです。まあ、こういうのが、私好みの運営です。 
  というのは、「分科会」で実践報告を聞き、学校へ持ち帰っても、そのまま実践(追試)できる状況にないのです。「模擬授業」で創造的な授業を見ても、状況はそうです。以前とは異なっています。だから、教師が意欲的になるように、運営の重点を転換すべきです。 その点、今 高校集会は当たっていたと思います。 
 これ以上,、書くと、またまたクレームがつくと思いますから、控えますが、元小学校教師として思うことは、数教協の組織体系は、小学校会員が多く、中高にいくに従って少ないという三角形でした(東海地区だけは、もともと小学校会員が少ない逆三角形)。ところが、近頃は 全国の会員数が、東海の逆三角形に近づいているそうな。 初めて高校集会に出て、こうした事態となってきた原因を垣間見たような気持ちになりました。
 
03月23日 金曜日
 朝から雨だし、学校の団体客は望めないし、さみしい一日でしたが、ボランティアガイドの仕事は普段と変わりませんでした。本日は、女性の外国人さんにも対応しました。ニュージーランドの方です。「流暢な英語でガイド」と言いたいところですが、全く逆、驚くほどの流暢な日本語でした。日本文化を研究しているのでしょうか、各地を訪れているので、うわっつらのガイドではごまかしはききません。深い内容のガイドとなりました。このように、各地を訪問して、日本のことを学んでいる人はいっぱいいるのですね。積極的です。意欲的です。 日本のこと・明治のことを知らないのは、日本人ばかりではないのかなあと考え込んでしまいます。 学校で、きちんと歴史を学ばせないから、自由主義史観的な俗説が蔓延るのです。今のようないい加減な歴史教育では、愛国心も育たないばかりか、日本滅亡に導くだけです。
 いずれにしても、ガイド活動は、常に緊張感がないといけません。とかく慣れでほいほいほいとガイドしていますが、研究者や専門家が来るとシャッキとなります。だから、私にとって、いい修行の場なのです。

03月22日 木曜日
 犬の散歩に出かけると、桜の蕾がちょくら膨らんできたかなと思う程度で、まだ小寒い感じの日々が続いています。だから、灯油をもう1本買わないといけないかなあと、つまらぬことに悩んだりしています。ガソリンも灯油も値上がりがひどいです。国の経済政策が無策なために生じていると思います。ため息ばかりが出ます。
 今日の午後は、「桑名の千羽鶴」で苦戦していました。もう30種ほど作りましたが、まだ作りにくいものばかり20種近く残っています。頑張ってつくっても失敗ということが増えてきました。無理をしないと折り込めないので、和紙でも質のよいものでないと、つなぎ目がちぎれてしまうのです。でも、出来上がった時の気分は最高です。じっくりやろうと思っています。

03月21日 水曜日
 法治国家において一番尊重されるべきは、憲法で、最上位の規範である(慣習法なるものもあるかもしれないが)。
 その憲法が気に食わないと、改憲しようという策動がさかんに行われる。今も昔も変わらない。そうした状況の所為か、下位の法令を持ち出して、「法を守るべきだ」とさかんにアジる輩が増えている。特に、法律を学んだはずの輩が、法令の弱点を掴んでさかんにやるから、純朴な国民は「悪法も法なり」かなと惑わされてしまっている。その典型的人物が誰であるかは言うまでもない。
 まあ、こうなってしまったのは、30年以上前になるかな? あの青年法律家協会(青法協)弾圧以後じゃないのかな? その成果と思える。 これは、教員世界での教員免許更新制と相通じるように思いますね。 権力を志向する者は、権力を自由に行使できるように着々と手を打ち、一方、国民が賢くならないように教育に介入し、戦後発足した「社会科」を解体し、政治や歴史を学ばせないようにするのである。
 「絆」「絆」の言葉だけで、カモフラージュしている人間は、どうして これほど愚かなのでしょうか。

03月20日 火曜日
 もう春分の日ですね。年度末です。孫の小学校は、15日終業式、16日卒業式なので、すでに春休みになっています。だから、18日に映画を見に来れたのです。名古屋よりも、1週間も春休みが長いというわけです。愛知と静岡とお隣同士なのに、どうしてこんなに違うのか不思議です。
 ところで、ふと パソコンのニュース欄を見ていたら、以下の記事が出ていました。
「大阪市の橋下徹市長が昨年12月の就任以降、ブレーンとして民間人から任用している特別顧問・特別参与が計50人に上 り、報酬も市長就任前の2倍以上に引き上げられたことが分かった。職員給与は来年度から平均7%カットするが、「(ブレー ンは)しかるべき待遇をしないといけない」との理由から、拘束時間の長さによって日額2万〜5万円台を支給。顧問・参与は 政策決定過程に深く関与しており、重用ぶりが際立っている。」
私は、可笑しいと思いますね。特別顧問・特別参与なんて3人しかいなかったそうじゃないですか。それを、50人にも増やし、報酬も2倍以上にする。維新の会は、勝てば官軍。何をしてもいいらしい。これ、法治国家と言えるのですかね。そうそう、大阪の高校で、卒業生の方を見ないで、職員が君が代を歌っているかと口元を見ていた校長は弁護士出身とか。 検察の改ざん事件と言い、これでは、日本の将来が、空恐ろしくなりますね。

03月19日 月曜日
 無形文化財『桑名の千羽鶴』49種のうち、完成したのは30種を超えました。でも、だんだん折りにくいものばかりが残ってきました。今日も午前中1種完成させましたが、午後は、完成間近にして、鶴と鶴のつなぎ目がぷッ千切れてしまいました。このところは、和紙を探し出して、やっと挑戦するという状態が続いているので、失敗のショックはおおきいです。
 まあ、あせらずにやることが肝心ですね。
 夜は、「若い教師」出版会の会議に出かけます。昨年の1月から始めて、1年3ヶ月、本日が最終の打ち合わせ会になる予定です。

03月18日 日曜日
 ホワイトデーの時の約束で、孫たちを映画に連れて行くことになり、今日が、その実行日でした。映画は「ドラえもんの・・・」です。先ず、その設備に驚きました。ポップコーンやジュースを飲食しながら見られるのです。座席が、そうできるように作ってあります。他の人を見ながら、やりましたが、時代は変わったなあと思いましたね。映画自体は、年寄りにはなかなかついていけるものではありません。でも、こうして子どもたちが育ってくるのかと知ることができました。大型書店の児童書コーナーへも行きましたが、純児童文学というか現職の頃「是非読んでほしい」と推薦していたような本のある書棚の前はガラガラです。理論社が倒産したのも分かる気がしました。「ええ、こんな本では、読書といえるのかな?」と思える所には人がいっぱいいるのです。つまり、読書と言っても活字文化ではなく、映像文化とおぼしき本しか売れないのでしょうか。それが、日本の実態、憂うべき状態です。
 そうそう今朝のサンデーモーニングの中で原発の再稼動に関する朝日新聞の世論調査で男性の賛成が41%、反対が47%(女性は賛成15%、反対67%)だったことに関して、田中優子が「この世論調査で原発の再稼動に賛成している男性は冷静な判断力を欠いている」と、発言をしていた。「う〜ん、確かに!」と思っていましたが、早速、「逆差別だ」と喚いている人がいるそうだ。だから、男はダメなのです。

03月17日 土曜日
 朝から雨で、サークルに集まってくれるだろうかと心配していましたが、やはり、「雨だから、やめておこうか」なんて思うのは年寄りだけで、、若い人は、気にもしないことが分かりました。今日は、学生さんが3人、20歳代の教師が3人を含めて、計10人でしたから、いつにも増して、若さみなぎる会となり、私はご満悦でした。 特に、「できるとわかるをつなげる授業構成に関する研究」という卒論を書いたHさんが報告してくれたので、雰囲気がピリッとしました。これからも、若い人が、入れかわり立ちかわり、どんどんと顔を出して、ワイワイやってくれるといいですね。もともと、若い人たちの悩み相談・ストレス解消の場として、サークルを立ち上げたのですからね。

03月16日 金曜日
 明治村も、あさって18日が開村記念日です。1965年3月18日から47年経ったことになります。民営の野外の登録博物館としては、日本最初の意義ある施設です。近年は、様々なテーマパークが乱立し、明治村も集客で苦戦を強いられているのが現実です。何とか50周年時には、50万人の目標達成をしよう努力してみえます。別に、こうしたことにとやかく言う事もないのですが、「博物館としてのプライドをもった手立てを講じてほしい」と喚いています。だって、集客を増やす一番手軽で確実な方法は「食」=食い気でつることですが、やはり博物館という文化財で来村者を増やす工夫はないものかと考えるのです。あえて言えば、文化財展示で、人は集まって来るほど、日本の文化意識は高くありません。成功した例もありません。最後は「公」に丸投げという例ばかりです。だからこそ、英知を集めて、やり抜いてほしいのです。「全国が注目しているぞ!」とけしかけていますが、反応はいまいちです。 せめて、動体展示として、あの「京都市電」か「SL]をいつまでも運休中としていないで、早く動かしてほしいなあ。

03月15日 木曜日
 3月も半ば、いよいよ後半に突入ということで、4月からの講義の構想を練り直し、準備に取り掛かろうと思うのです。まだ、頭の中での瞑想の段階なのですが、まさに“夢とロマン”を巡らす一番楽しい時期です。 デモシカ教師であった私が、このような心境に浸れるようになったのは、まあ退職間近と言ったほうがよいでしょう。いや、そうした心境になれるようになっただけ幸せな教師生活であったとも思うのです。
 だって、昨今の教育現場は、あきれるほど強圧的な管理です。教師の人権なんて、屁とも思っていないですからね。そういう感覚の人物に教育を語る資格はありません。教師が“夢とロマン”を語れないとすれば、子どもたちも“夢とロマン”をもつことはできません。“夢とロマン”のない国ほど惨めなものはありません。そんな日本であってほしくはないです。命の続く限り、徹底的に闘わねばなりませんね。 まあ、そんな首長を選ぶような思考力しかない大人にしたのは、教育・教師の責任ですから、覚悟を決めるべきです。 大阪の友人の中で、動揺?してか、「もう年だから一線を退く」などという声を聞きますが、年だからと逃げてはいけないと思います。腰砕けはダメ! 自分の生き方に責任をまたなくちゃあ。

03月14日 水曜日
 本日やっと、N大の来年度の講義日程が送られてきました。「3月中旬送付予定」でしたから、「やっと」と言っては失礼にあたりますね。あと、大学院の件がありますが、ほぼ今年度と同じようなペースで4月から始動することになります。
 こうした非常勤の生活も7年目(現職の時も入れれば、9年目)になるわけですから、気合いを入れなおして、学生さんたちが“教育に夢とロマン”を持てるように講義を進めたいと思います。 というのは、今までは、学生さんが教職についたときに、あまり現実とのギャップを感じないようにと、いろいろなまの話をあからさまにしてきましたが、少し、方向転換をした方がよいのではないかと考えるようになりました。 算数指導上の問題点はごろごろしています。「かけ算の意味づけのこと」「面積の縦×横のこと」「九九の被乗数先唱か乗数先唱かのこと」「筆算の導入のこと」「九九指導の系統のこと」・・・・・・。そうしたことに、どう対応したらよいのかと考えてもらうために、現場のなまの姿を話してきたのです。もちろん「わかる」「できる」という教育学の観点から、追究するのですが、学生さんたちも見ているネット上では暴くだけで、教育現場への不信感を増幅するだけにしか思われません。現実を、どうしたら改善していくことができるかという点での建設的な交流がなされなくてはねえ。まあ、趣味でやっているのであれば、自由ですから、何も言うことはありませんけどね。もったいないことです。

03月13日 火曜日
 今週は、小学生の学校行事はさすがにありません。春のイベントも来週からということで、来館者の層は限定されます。ターゲットは、高校生・大学生ということでしょうか。まあ、そこそこに来館者はあったと思います。本館の担当でしたが、本館にも珍しく午前中から来てくれました。三重からの女高生6人グループなんて、とっても愉快でした。高2らしいのですが、今が一番気楽なのでしょう。明るいのです。若さって奴でしょうか。本当は、年寄りがもて遊ばれているのかもしれませんね。でも、若者の波長がつかめただけでも大収穫だと思います。本館担当なのに、今日は14000歩近くも歩いていました。
 そうそう、今、店舗改修で、一時的に、プラザが本館に移動して開店しています。その様子も見ていましたが、みなさん、よ〜く買われます。改めてびっくりしました。我が家なんて、どこかへ旅行をしても、ほとんどみやげ物なんて買って帰りません。研究会でも、必ず買って帰られる人がいますが、そういうのが普通なのですね。
 そうだ、明日は、ホワイトデーだったなあ。しまった!

03月12日 月曜日
 朝目が覚めると、外には雪が積もっているではありませんか。「今日こそは、庭の木々の剪定をしようと、予定していたのに・・・」とたんに、やる気がなくなってしまいました(本音は、やらない口実ができたのですが)。それにしても、3月としては、25年ぶりの積雪だそうです。 三寒四温もいいけれど、年をとると、体調管理がむずかしいです。なにしろ体が重くてしかたありません。頭も重くて、血管がいよいよ切れるかなあなんて思えて、冷水で顔を洗ってばかりです。早く、4月になって、「夢とロマン」を追い求めて動き回りたいです。家の中ばかりにいると、人間 おかしくなりますね。
 午後、吉永小百合の「青い山脈」を見ました。1962年の作品だそうです。これで、サユリストは、落ち着くのです。

03月11日 日曜日
 昨年の3月11日の私は、どんな行動をとったのか、この日記を見直してみました。
     ≪03月11日 金曜日≫
  帰路、車のラジオをつけると、「日本最大級の地震があった」と大騒ぎしていました。「名古屋も震度3だそうです」が、ボランティアの活動中だったのか、全く感じていませんでした。聞けば、浜松に居る孫の小学校や保育園では、避難をしたし、地域の人たちも避難して来たそうです。私は、テレビで見て、そのすごさをやっと知りました。 
 ※中日新聞は、夕刊に地震の一報を載せていましたが、朝日新聞の夕刊には載っていませんでした。

     ≪03月12日 土曜日≫
 50数年前、夏休みには、子ども会が、空き地で映画会を催してくれました。白い布をスクリーンにして、映すのです。蚊に食われながらも楽しんだものです。その中に、忘れもしません。いつの津波を採り上げたものかはわかりませんが、津波の恐ろしさを存分に心に刻んでくれた作品がありました。でも、昨今は、津波警報が出ても、1mを越えたなんて殆ど聞きません。やはり油断でしょうか。規模がでかすぎるためでしょうか。あの50数年前に目にした被害と同じです。もう今日一日は、どの局も大津波の報道番組ばかりです。ただ大きく違うのは、原発に損傷が起きていることです。避難勧告が10kmまで拡大しています。チェルノブイリのようになるのでしょうか。
 そうそう、昨晩10時半ころ、八王子に居る長男から「やっと着けた。無事だ」という連絡が入りました。本当に電話は繋がりませんでした。二男夫婦と孫は、海岸から1kmもない舞阪に住んでいるので、まだ油断はできませんね。あとは、妻が旅行から帰ってくる頃には、成田も降りられるでしょうかね。
 ところで、この地震は何故起きたか。 私は、非科学的ですが、国会で、日本の将来のことを話し合いもせず、揚げ足取りばかりの権力闘争をしている国会議員どもへの天の怒り・鉄槌だと思います。

     ≪03月13日 日曜日≫
 津波のこわさをイヤというほど、示した今回の地震。被害はどこまでになるのでしょうか。日本が壊れてしまったかのようです。東海大地震はいつでしょうか。いよいよという感じです。
 ところで、今日は、西三サークルの合宿研で、黒田さんが「若い教師へのメッセージ」と題して講演をされるはずなので、朝、投票をすませて、車を飛ばして、蒲郡まで行きました。着くと、駐車場も空いているので、おかしいなあとフロントで聞くと、「中止になりました。昨日も来た方がありましたよ」とのこと。ガックリ。聞きたかったのになあとぼやいても仕方ありません。帰路は下道にしたので、2時間もかかりました。こんなところにも、地震の影響はありました。 


 あれから1年。確実に、日本は可笑しくなりました。今までの大国意識を捨て去り、平穏な日々が送れるように政治をしてほしいです。でも、栄華を捨てきれない政治家・経済人は、原発は、どうしたら再稼動できるかという画策に奔走しているだけで、ちっとも国民の目線に立てないのです。 せめてアメリカのように富裕層だけに増税すればよいのです。

03月10日 土曜日
 3月11日のことばかり言っていて、この前から「3月10日って、何かだったよなあ。何だったかなあ」とちっとも思い出せないで気になっていました。 やっぱり、現職を離れると、一日一日のことに対して、緊張感がなくなるというかボケてくるのだなあと思いました。人間にとって、朝起きて、夕方帰り・寝るという、極ありふれた生活のリズムというものは、思考活動においても重要なことなのかなあと思いました。 つまり、夜型人間とか夜間業務とか夜間営業とかいうのは逆転人生になっちゃうなあとね。言っておきますが、そうした夜型リズムの方々のことを批判しているのではありませんよ。そうした方々は、そうさせられているのだと思っていますし、わが息子のことを心配して言っているのですからね。(そう触れておかないと、ブログの世界は怖いですからね)
 そうそう3月10日は、東京大空襲の日でした。 私は体験者ではありません。3月10日=早乙女勝元さんなのです。早乙女勝元さんと知り合いでもありません。ただ一度、新幹線の中で、困っていた私は、親切にも助けていただいたことがあるのです。多分、早乙女さんは記憶してみえないだろうと思いますが、私にとっては、天の助け=神様なのです。人生には、そうした出会いというものは何度かあるものだと思いますが、大切にしたいです。

03月09日 金曜日
 まだ、「さよなら(卒業)遠足」とやらで、小学生が明治村にも来てくれます。名古屋市の小学校では、もう卒業式の練習が始まっている時期ですから、本当にありがたいことです。大人の一般客の殆どが「探検隊」のパズルに夢中です。とても、捻ってあって難解のですが、捻れば捻るほどに、参加者が増えていく傾向にあるようです。 でも、一般客の人が、じっと考え込み、瞑想に耽っているのをみると、つい「どうですか、大丈夫」と声をかけたくなります。すると、いろいろ質問めいた事も聞かれるのですが、私もさっぱりわかりません。私のイメージでは、この時期、学生さんが多いと思っていたのですが、学生さんは海外でも行ってしまうのか、意外と30〜40代の人が目立ち、不思議に思います。
 今日のような小雨が降り続く時期に、来館されるわけですから、大いに感謝して応対しないといけないなあと思いました。

03月08日 木曜日
 もうすぐ、3.11が来ます。あの日以来、日本は、大地震・津波・原発・風評の4重苦に悩まされています。国の施策がもっと機敏であったら・・・という声があちこちから、巻き起こることでしょう。でも、政治家は、きっと何も感じない、呆れるほどに無神経でないと勤まらないということにしておきましょうか。 私は、政治家の顔も見たくないほどに、不信感があります。
 さて、妻は、その1年前の9日に海外旅行に行きました。今年もやっぱり行くようです。観光ではありません。「取材旅行」ということです。「えっ」と思いますが、帰国すれば、アルバムの整理・絵本の作製、さらに近年は、英語版の絵本も寸暇を惜しんで作りますから、「まあ、よくやるわ」と黙って見ていることにしています。 私は、「夢とロマン」を持って生きなくちゃあ、生きている価値がないと格好をつけて主張していますから、静かに飼い犬のイブと留守番していることになります。でも、慣れましたよ。私も、夏には出かけたいなあ。

03月07日 水曜日
 紙面が一新された『数学教室』4月号が送られてきた。大判化し、表紙の色合いもなかなかのものだ。安野光雅さんの「立体視」も載っているが、これ私、ちょっと苦手な奴です。内容は、基本的には今までと同じであるが、なんだか読みやすくなった感じがする。私の連載部分は、ちょっとお堅いなあと思いました。でも、もう半分以上原稿を出してしまいましたからねえ。
 いずれにしても、『数学教室』を手にとって、見てみてください。と言っても、教育雑誌が並ぶ書店は本当に少なくなってしまいましたが、諦めないで、国土社へ直接申し込んでください(980円×12=11760円 振替口座00160−8−90631国土社)。
ただ、数教協会員になると、特典として、10000円で購読できるようにするという話も検討されているようです。やっぱり『数学教室』もしっかり読まないと、授業力向上は叶いません。様々なブログに惑わされてしまわないためにも、是非、『数学教室』を購読してください。

03月06日 火曜日
 やはり責任ある仕事が続くと、疲れます。「責任ある」とは、資本主義社会では、対価があるということでしょうか。では、ボランティアはどうか。1回に付き交通費として1000円受け取っていますが、これは、対価=報酬には当たらないと思います。ボランティアは、雇用主と労働契約を結ぶわけではありません。ボランティアに出るか出ないかは、自由ですからね。このあたりの意識は、特に日本では曖昧です。むしろ、伝統的に「雇用主さま=服従=口答えしない」」という感覚で居る人の方が多いように思います。確かに、上意下達の方が、責任というものが派生しませんから、気楽でよいかもしれませんが、そうした組織には、活力が生み出されません。 組織と言うものは、個々がやる気になった時、大きな飛躍があると考えます。学習だって、同じこと。イヤイヤやっていたら、何も頭の中に入らず、学習効果は限りなくゼロに近いものとなってしまいます。つまり、上の者と下の者とに「絆」がなくては、やる気は起きませんから、効果もあがりません。「絆」はコミュニケーションの成り立たない所にはできません。「絆!」「絆!」と叫んでいるだけで、国会の場にしても、教育界にしても、地域・家庭にしても、コミュニケーションはぶった切れ状態です。そうした社会では、独裁者のみがのさばることになる。マインドコントロールです。 ああ、悲しいね。

03月05日 月曜日
 6回だけの連載ですが、「授業づくり秘話」を書いています。もう4回目の原稿を今日送りました。ただ書きながら思うのですが、“授業づくり”と言うと、教育技術・ネタの紹介としか受け取られない傾向が強いですね。教科サークルにおいては、教材研究だけを「研究」ととらえ、“授業づくり”には関心を示さない人が多いのです。 これは、民間教育運動に携わっていても、学者気分が抜けきらず、教育する者の側に立ちきれていないのだと思います。 私の属するサークルでも、教育論・授業論を語る人は極めて少ないです。 これでは、まずいです。 いくら論議を重ねても、子どもたちにとってはどうなのか?を追及しなかったら、論議は、空中戦、自己満足・趣味の領域にしか過ぎず、子どもたちには、何の関わりもなく、現場が、混乱するだけです。世の中には、現場を混乱させることが趣味の人もいますけどね。
 いずれにしても、教育の場では、授業を語らねば、教材の変革は起こりません。論議をするにも、「何のためにするのか」「しているのか」という問いかけ・見通しを持つことは大切なことだと思いますね。 まあ、私も、見通しもなく、落としどころも考えずに、つまらないことにつっかかっていったことが よくありますが、やはり、歳なのでしょうか、「そんなことは、くだらない」と言う気持ちが先に出てしまうようになっています。もっともっと刺激を求めて動き回らないといけません。「そのような余裕がありません」なんて弱音をはいているようでは、運動は進みません。若者のように燃えたぎる血潮で溢れるようにしないと・・・。

03月04日 日曜日
 人間って、不思議な生きものですね。ふと、琵琶湖マラソンを見ていて思いました。勝ったのは、一般参加選手。陸連のお目にかかっていた選手ではありません。先の東京マラソンでも、勝ったのは、実業団に所属していない無職ランナーです。また、組織に所属しない、コーチのいない公務員ランナーが注目の的でした。 注目されると、精神的に脆くてダメになるのでしょうか。いや、注目する側の視点が偏っていて、見る目がないからでしょうか。プロ野球でも、甲子園組は意外と活躍できる選手が少ないと言います。 教員選考でも、未だにコネが大きく左右しています。 まあ、それほど 選別をすることは難しいのですが、子どもを早期から選別しようとする保守的勢力は根強く残っています。いやいや、近頃 保守回帰で、逆に頭をもたげています。人間は、歴史に学ぶことは大切ですが、同じ過ちを繰り返さないように学ばなくては、学ぶ意味がありません。でも、今、日本の教育では、なるべく真実を学ばせないようにしているのです。教育は、政治的に中立であるべきですが、学問世界を拠り所としない政治家の介入がひどいです。その典型が、私の住む街の首長です。

03月03日 土曜日
 昨年9月の集中豪雨で、私の家の東に流れる八田川の堤防崩落から、6ヶ月。やっと改修工事が始まっています。完全に決壊したわけではないからでしょうが、工事期間は1ヶ月半で、3ヵ所を改修します。3月19日が工事完了日です。いつもは犬の散歩も工事の為、変更していますが、今日は工事をしていなかったので、近くで工事状況をじっくり見てきました。外法が固められた状態でした。あと、コンクリートで固めて終了のはずです。 3ヵ所の区間以外は、大した崩落はなかったということでしょう。手付かずです。同時に一気にやってくれればなあと思います。だって、外法の抉れている場所は数多くあります。流されてきた草木が放置され被い隠されているだけなのです。アスファルトがめくれていても、何も土木事務所はしてくれません。
まあ、日本の政治はそんなものです。今や、何も期待しませんが、名古屋市長のように、バカな発言や支持電話作戦を繰り返して、長年の友好関係をぶっ壊しても平気で居られるのは困りものです。来年度の中学教科書採択にも不穏な動きがあるのです。 これからの日本を考えれば考えるほど、疲れます。

03月02日 金曜日
 「桑名の千羽鶴」に挑戦しかけて、だいぶ経ちますが、適当な大きさの和紙が手に入らなかったりして、なかなか進みません。実際は技術のなさです。15番の瓢箪町なんて何度も何度もやり直しです。今は、49種できあがると見栄えもして、きれいだろうなあと夢見て折っています。まだ20種くらいです。いつになったら、完全制覇できるかな?
 そうそう昨晩、初めてはっきり自分が息を引き取る時の夢を見ました。前日、「『ためして、ガッテン』で、レム睡眠・ノンレム睡眠の番組を見ていた所為かな。でも、とっても静かな幸せそうな息の引き取り方でした。

03月01日 木曜日
 もう3月ですが、今日の文化センターの講座は2月分です。テーマは「ゲームで、さんすう」です。“なぜ、ゲームが算数に取り入れられるようになったのか”“ゲームのねらいは何か”“子どもたちの反応は?”などを話しながら、どんどんゲーム紹介をしました。すごろく型のもの・かるた型のもの・トランプ型のもの等に分類する一方、≪わかる≫≪できる≫≪楽しく≫も考慮して分類してみました。レジュメには、≪わかる≫つまり理解に役立てるゲームが多そうに書きましたが、実際は≪できる≫習熟に関わるゲームのほうが断然多いのが現実です。算数学力=計算力=鍛錬という理解が 罷り通っていますからね。
それこそ≪わかる≫≪できる≫の一体化を図らないと、算数教育は滅びます。

02月29日 水曜日
 パソコン技術が未熟なために、折角卒論の原稿を添付してもらっていたのに、3週間ほど開けないままでいましたが、やっと読めるようになりました。読み応えがあります。まだ途中ですが、私も学生時代にビチッと教育学を学んでおきたかったなあと
羨ましくなります。手遅れでしたね。そうした状況を克服しようと教師生活を送ってきたかを、4月に出版予定の本(共著)に書きましたので、是非 買って読んでくださいね。定価は1000の予定です。
 ところで、卒論を見せてくれた学生さんのように、私んちの学習会に来る若い教師、学生さんは、とてもしっかりしています。教採に落とされた学生さんも来ますが、教委はどこに目がついているのかと腹立たしくなります。確かに技量の未熟なところはあります。若いから、そんなことあたりまえじゃないですか。それ以上に意欲が違います。誰に命令されるのでもなく、自分から学びに結構遠くからやって来るのです。そうした教師はいっぱいいます。
 でも、世間では、実態を何ら把握せず、教師のことをぼろぼろに言って、楽しんでいる輩が多すぎます。そうした行為が、どれほど教育現場を息苦しく、教師のやる気を削いでいるかを考えるべきです。今 ささやかれていることは「原発後の半年間ほどが、教師が一番真に教師らしく生き生きしていた」というのです。何故かはここに書きませんが、情けない話だと思いませんか。もっともっと 教育現場に元気が戻るように周りは応援すべきです。先生が元気でなかったら、子どもたちは浮かばれません。だから、大阪の維新の会のやっていることは、子どものためにならないのです。子どもを傷つけるばかりなのです。 
  15年ほど前、私が研究会の席上「公教育は、学習塾に負けた」とアジた時、「学校が元気でないと、塾は成り立たない」と塾の先生が反論したのを思い出します。

02月28日 火曜日
 今日のボランティアはガイドではなく、常設展示の撤収作業をしました。現職当時、展覧会や学芸会など学校行事の後片付けの作業をよくしましたが、神経の使い方がまったく違いました。文化財ですからね。1つ1つ丁寧にはずし、運びます。古文書や発掘の時と同じです。4時間があっという間に過ぎました。
 今日は、アフリカ地域センター内の常設展示物でしたが、それはそれは、きちんとボルトで留め、しっかり展示してあることに驚きました。「1度にいくつも一緒に持たないで下さい。ひとつずつです」「無理しないで、2人で協力して運んでください。壊れてしまいますよ」と注意されながら、作業を進めました。学芸員の仕事もたいへんだなあと改めて思いました。以前、「学芸員=雑芸員?」なんてぼやきも聞きましたが、世の中、どんな仕事でもたいへんなんです。気儘なのは、自営業者だけ。でも、その自営業者も 聞けば、年金がとても少ないのだそうで、歳をとると、気儘では居られなくなる???  ふう〜ん。

02月27日 月曜日
 このところ、TVで「腱鞘炎」のことがよく採り上げられています。画期的な手術の方法も紹介されていますが、その手術をすると、「1〜2週間 水に触れることができないので、困る」と、近所の方が言ってました。でも、放送では、そんなことは一言も触れません。視聴者は、騙されたようなものです。今日の放送では、「腱鞘炎になると、家事もできなくなるので、厄介である」と言った後、「最高の治療法は、海外旅行に出かけることだ」とは、K大の医者は述べた。この回答は二重丸だ、ベストアンサーだ。女性にとって、旅行に出かければ、家事労働から逃れることができる。医者の口から、このような回答が出るとは思いもしなかった。人間、自然のままがよいのですよ。昨今の地球環境問題は、原発や放射能も含めて、人類が自然に逆らい、科学の進歩のためと称して、破壊し続けてきたツケが、吹き出てきているのに過ぎません。
 だから、外野から見ていて、「あれは教条主義だ」「順序派だ」とレッテルはりをして、喚いているだけじゃあ、進歩がありません。自己満足や趣味の域を脱しないとねえ。 私は、こうしたレッテル貼りの好きな人たちは、きっと科学は唯一絶対的なものととらえ、科学の進化を受け入れない人たちだなあと思うのです。

02月26日 日曜日
 あいち民研の学習会に参加する予定でいたのですが、残念ながら止め辞めにして、NHKの「あさま山荘事件40年の軌跡」を見ていました。機動隊の突入は1972年2月28日だそうです。教師になって4年目、「開学100周年記念誌」の執筆で、猛烈にやり合っていた年です。2月の段階はほぼ校正も終了していたと思います。私は「戦争表現にはブラジャーが必要か」という告発パンフを作っていたのでしょうか、あさま山荘事件をどのような形で視聴していたのかと言う記憶はあまりありません。後の映画化された時の印象ばかりです。 ですから、今回の番組は、新鮮な感じで見られましたし、メディアの役割も考えさせられました。「テレビ、新聞、書籍、インターネット、ブログ、ツイッター、等々にも、それぞれに限界はある。そうした限界をわきまえて、活用していくことが今後の課題である」との発言には納得がいきました。 現在は、発信したもの勝ちの傾向が強すぎます。「やっちゃえば、おしまい」なんてことでは、人と人との間に“絆”が生まれることはありません。発信者のモラルに頼っても無理な世の中になってしまいました。

02月25日 土曜日
 地区協委員会に参加してきました。2010.6.20に委員長を退任してから、本当に久しぶりの出席です。参加の目的は、例の「かけ算の順序・・・」のやりとりの経過報告と、地区協組織への謝罪のためでした。不本意ながらも組織へ迷惑をかける結果になったのは事実ですからね。まあみなさん、相手(対応)にしない態度に徹して見えますが、名指しで批判・中傷された私は、そうはいきません。教育者として、子どもたちに“高いレベルの科学をやさしく教える”という課題にどう取り組んでいくべきかを論点に、しつこく質問していこうと思います。 私からの質問を待ち望んでみえるはずですから、早くしないといけませんが、教育という学びの場に立って、論議していけるかどうかの確認がとれなくなってしまっていますから困るのです。何も生み出さない不毛な論議をしているほど、暇ではありませんからね。

02月24日 金曜日
 今日のボランティアでは、小6のM君が最高に楽しかった。午前中は、1丁目ツアーガイドを2度やり、学習院官舎の建物ガイドと、10時から12時過ぎまで、暇なくガイドをしていました。午後はM君。“鉄ちゃん”で“わかさぎ釣り”の大好きなM君は、車掌さんの真似を延々としてくれました。うまかったです。 “鉄ちゃん”の層の幅広さを改めて感じました。“わかさぎ釣り”についてもとても詳しかったです。「お話のいっぱいできる子は、賢くなれるよ」といったら、即座に、女の子たちに「忘れ物が多いよ。先生に叱られてばかりだよ」と告げ口を聞かされました。でも、とっても明るい感じの子でした。

02月23日 木曜日
 母の姉が亡くなった。これで、母の兄弟姉妹5人のうち、私の母だけが14年前に早く亡くなっていたが、昨年の11月の弟に続いて、姉も亡くなり、あと妹弟の2人しか残っていないことになった。まあ、歳の順番と言えばそれまでだが、自分の身辺もきちんとしておかないとまずいなあと思う一方、また、あと残された人生のうちにどんなことができるだろうかと考えざるを得なくなってきた。 願いは、父や母のように大した入院もせず、パタンと逝くことです。無駄な延命処置はしてもらわなくても結構です。無様な姿はさらしたくないですからね。
 いや今は、まだ前向きですよ。やりたいこと、やらねばならないことがいろいろありますからね。人に嫌われようと、中傷されようと、まだくたばるわけにはいきません。ひとつは、来年度からの新講座担当が現実味を帯びてきました。大学院って所は初挑戦ですから、ちょっとワクワクウキウキです。

02月22日 水曜日
 とうとうと言うか、やっとと言うか、河村名古屋市長の持論「南京大虐殺はなかった」が問題視された。中国のツイッターが世論を動かしたようだ。これで、1978年以来の名古屋市と南京市の姉妹友好都市としての交流は停止されることになった。但し
これは、大問題となるでしょうね。中国全体との友好にひびがはいります。身近で言えば、リトルや明治村の集客にも影響してくるでしょう。本当に「自由主義史観」なんて世界に通用しないことぐらい政治家なら知らねばいけません。土着の政治家であっても、再び国政へ打って出ようと噂されている人物ですからね。市長は「公開討論会をしましょう」なんて言っていますが、恥ずかしいから辞めた方がよろしい。10年ほど前、担任した南京から来ていた梅ちゃんで十分でしょう。見事にやり込められるでしょう。
 それにしても、近頃注目されている首長は、どうしてこれほどまでに独断と偏見に満ちているのでしょうか。それらに投票する御仁も、そろそろ目を覚まさなくてはねえ。戦時中の治安維持法下よりひどいことになりますよ。

02月21日 火曜日
 リトルで、名鉄インプレスの常務取締役のえらい方と会いました。例の明治村の一件以来、会えば、必ず言葉を交わしていただけるようになりました。会社運営のことはさっぱり分かりませんが、明治村もリトルも名鉄インプレスの抱える施設です。その施設から、名鉄産業が撤退するために、両施設とも、今 春のシーズンに間に合わそうと、盛んに改修工事が行われているのです。施設が新たになることは好ましいことですが、「設備投資もバカにならないでしょうにね」なんて思ってしまいます。
 だって、「名鉄インプレスも名鉄産業も、名鉄の小会社なんだから、協力し合えばいいのに」と、素人は思ってしまうのです。
でも、同系列と言っても、別会社なんだから、すっきり名鉄インプレスに一本化させた方が経営し易いのかな?
 あえて言えば、「あいち県民研究所」と「愛知民間教育研究団体連絡協議会」の関係みたいなものですが、企業経営と教育運動団体では、捉え方が大きく異なるのでしょうね。

02月20日 月曜日
 もう1年以上「若い教師研究会」を作り、出版を目指して執筆活動をしてきた。大詰めである。ISBN取得は、出版登録は、販売元は、どうするか。なるべく低く抑えたい定価をどうする。印刷所や書店からのアドバイスもいろいろある。話し合わねばならないことは増える一方だが、「仕方ないなあ」と諦めの境地で会議にお付き合いしている感じだ。 まあ、昨今の出版事情からすれば、赤字が出なければ、大成功ということでしょう。 いずれにしても、新学期早々には出版したいのです。 次回は、缶詰で原稿の最終チェックです。長かったです(会議は、その後もまだ続きますが)。他のサークルの人と共同で出版会議をしたことがなかったので、いい勉強になりました。

02月19日 日曜日
 もう2月も後半になります。来年度4月からの予定もぼつぼつ決まってきます。まだ未定の部分もありますが、非常勤は、そんなものでしょう。
 ところで、来4月号から、教育雑誌の出版状況は大変動があります。現職時代、異常なほど購読数が多かった私としては、ため息をつくほどの淋しさがあります。教師の活字離れは深刻なのです。意欲のある人が書店に出かけても、書棚に教育書はないのですから、教育雑誌から、最新の情報、実践を知ろうとしても難しい時代になっています。 情報は、心のこもらないパソコンからという訳です。人間教育は、遠ざかっていくばかりですね。 
 あの『教育』も『生活指導』も出版元が変わります。雑誌の値段は据え置きです。でも、わが『数学教室』は出版元は変えず、大判化と値上げで対応します。苦しい選択であったと思います。
 この『数学教室』の表紙は、隔月で安野光雅さんが担当してくれるそうです。連載もされます。大幅な刷新がなされます、是非定期購読してくださいね。という私も6ヶ月だけですが、「授業づくり秘伝」を連載します。他の執筆者と見劣りがしますが、せいぜい頑張ります。もう6月号分まで書き上げ、提出しました。あと3回、魅力ある原稿にしたいと、意欲だけはありますが、どうなることやら・・・・・。

02月18日 土曜日

 第3土曜は、サークルの日です。今回は「珍しく」というとよい情報のようですが、「都合が悪くて参加できない」という連絡を6つももらっていました(これは、多分に「サークル案内」に中傷事件のことも書いたので、激励の意味もあって連絡してくれたのだと思います)。でもまあまあいつもどおりの人に集まってもらえて、よかったです。内容は「文学作品の読ませ方」「原発・放射能のこと」など多岐でしたが、Uさんが 5年の産業学習の実践を報告してくれました。故・松崎重弘さんの『社会を見るメガネ』の実践編ですが、農産物を“量率グラフ”を通して、考えさせるものです。今までは工業分野でのものばかりでしたから、農業分野にも踏み込んだ実践は画期的なものです。是非とも、広く報告する場を持ちたいものだと思いました。 埋もれたままのユニークな意欲的な実践もまだまだ多くあると思います。 現在は、そうした実践の発表の場が少なすぎます。なまの報告を出し、刺激し合うことは、指導力向上になると思います。「なまの」を強調するのは、そこにコミュニケーションが成り立ち、絆が生まれるからです。 活字やパソコンとにらめっこしていたって、会話はできず、人間教育にはなりません。ましてや、今流行の「絆」なんて生まれっこありません。誤解と中傷しか生まれません。

02月17日 金曜日
 今日も寒くて、一般客の入りは極めて少なかったです。来村者数とガイド希望者の数は、比例しません。今日担当した5丁目コースはいつも希望者ゼロが多いですが、本日は熱心な方2組4人がありましたし、帝国ホテルガイドも昼食時間を半分に削ってガイドしました。やりがいがあり、楽しかったです。
 ただ、私の得手?とする小学生も結構居ましたが、社会見学とか総合学習として来村しているのではなく、卒業遠足なのです。つまり、学びが目的ではなく、お楽しみですから、ガイドを強要するわけにもいきません。静かにじゃれ合うしか仕方ありませんでした。 まあ、そういうホッとした一時も生き抜く上では大切ですからね。 今の日本のように、「それ一番にならなくちゃあ」と煽り立ててばかりでは、息切れしてしまいます。まさに『豊かさとは何か』を考えなくては・・・・。

02月16日 木曜日
 退職して、大学の非常勤講師となる、再任用として引き続き講師を勤める人を「現職」と見なすのか。どうでもいいようなことだと思っていたが、世間の人たちの見方は様々である。ために、私もいろんな見なされ方をされている。どう思われているかと考えると結構、気持ち悪い。以前から、サークル運動内では「現職でない者は、前線から去れ」と引導を渡され、そうした無言の圧力を受ける。だから仕方ないから、自分でサークルを作り直し、細々と始める。“文化の伝道者気分でいる”と冷ややかに見られていることも強く感じるが、若い人たちを信じて、行動するより仕方ない。
 でも、弾圧を受けながらも、辛抱強くサークル活動を続けてきた人たちが第一線を退き、勝手気儘に実践してきた(できてきた)世代の人たちには、実践上の具体的な困難性は理解できないであろう。 東京しかり、大阪しかり、京都しかり・・・。 愛知の人間から見れば、天国のような教育環境であった地域が、昨今ボロボロになっているのを見れば、明らかだ。
 こうして、民間教育運動は急速に衰えていき、中央集権的な教育体制がめきめきと頭をもたげてきている。 出るは、ため息ばかりなり! 

02月15日 水曜日
 確定申告の書類を作成しました。毎年、ぶつぶつ言いながらやっているのですが、毎年微妙に違ってきます。いつも、大した収入でもないのに、ばっちりと税金が取られます。例えば、ミスっていても、こちらが損をしていても、税務署は何も指摘しません。税務署側が徴収減となるときのみ指導?してきます。 いずれにしても、搾れるだけ搾ろうというのは、江戸時代も今も変わりません。変わったことと言えば、巧妙になっただけです。確かに、江戸時代も「四公六民」と言われる年貢米の他に、三夫役(夫銀・堤銀・伝馬銀)や三日役等の諸納がありましたが、まだまだ単純明快です。しかも、世界遺産アルべレロベッロの家に象徴されるように、税金逃れの方策も仕組めたのですが、今や日本では、詐欺師まがいの問答無用の取り立てです。 
 これ皆、政治家の所為です。自分たちの歳費については、だんまりで、国民にばかり押し付ける。借金が膨れ上がっているのは、政治家どもが垂れ流し使い込んだからではありませんか。何故、その尻拭いを国民がしなくてはならないのですか。選挙で“白紙委任”しているからですか。 私は“投票行為=白紙委任”だとは考えません。投票と委任状は全く異なります。そんな違いも分からぬ奴が大きな顔をしているから、世の中おかしくなるのです。

02月14日 火曜日
 今日、リトルに来た東京からの学生さんたち、さすが学芸員の資格取得を目指しているだけあって、態度が違いました。大学での講義のような感じで、ボランティアから見てのコメントをいっぱいしました。各施設を回っているらしいのですが、メモを取りながら、それはそれは真剣でした。今まで学芸員取得を目指す学生さんに多数接してきましたが、最高に熱心でした。将来、文化を守るたたかいに奮闘してほしいです。 
 それから、橋下市長が、業務命令で、全市職員の「思想調査」を断行しているんだって。そんなこと許されるの? 公務員は首長のロボットなの? 人間性は認められないの? 恐ろしい世の中です。治安維持法下よりひどいのじゃあありませんか。
でも、それに寄り添う人がうじゃうじゃ。いかに日本人に思考力がないかが、よく分かります。
※※※さて、下3行の文は、何年後かは知りませんが、官憲が「私を逮捕」しに来る文面となるのでしょうね。いや先ずは、大阪だけでなく、全国で糾弾会が横行することでしょう。 何故か、 ネットで私が感想を述べると、不特定多数の人が知ることになります。昨年9月9日に書いた感想が3カ月後に不当に攻撃されたのと同じようにね。でも、私は、自分の感想を発信し続けます。思想の自由・表現の自由は守らねばなりません。これ、戦中派教師の心意気です。

02月13日 月曜日
 次回のサークルで、「原発」も話題にしたいと、少し資料準備をしました。時の流れなのでしょうか、どこ研究会でも原発が取り上げられています。でも、私は、もうひとつしっくりきていません。傍観者的なのです。阪神大震災の時は、現地に2度足を運び、じかに目にしたのですが、今回は・・・・。
 このようなもやもや気分の中で、ふと思いました。私の生きてきた時代は 努力すれば、それなりに夢が実現できましたが、今の若い人たちはどうでしょうか。 4月出版本の原稿は「“夢とロマン”を求め続ける教師に!」としましたが、なんだか空々しくさえ感じるようになりました。やっぱり、いつまでも 努力したことが報われる社会であってほしいものですが、日本の方向はとても暗いです。だから、ヒットラーのような人物が台頭するのです。確か、ヒットラーも「労働者党」から打って出ていましたよね。投票というのは「投票した人に白紙委任すること」だって。 これじゃあ、日本の民主主義は終わりだね。

02月12日 日曜日
 年金生活者にとって、今は、1年のうちでも比較的暇な時期ですから、私の周辺でも旅行に出る人が多い。「あああ・・」とぶつぶつ言っていると、「あなたも行けばいいじゃない」と妻にあしらわれる。妻は3月、5月に予定しているからねえ。まあ、だらだらのんびり過ごすのもいいかな?
 ふと、この前、ラジオでこんな話を紹介していた。
 ある方が、役所へ、代理で書類をもらいに行ったところ、「依頼されているという証明書を出せ」という。そこで、「証明書の書類をくれ」と言ったら、「ない」と言う。そこで、「どんな紙でもいいか」と言うと、「いい」。「三文判でもいいから押せ」と言う。だから、目の前で書きかけたら「ダメだ」。「見えないところで書けばいいのか」と言うと「いい」。 こうして、目出度く書類がもらえたのだそうだ。全く笑い話にもならない。形式だけです。何も考えずに仕事をしている。だから、公務員は批判されるのですが、こうした例はいっぱいある。私も、近々 投書でもしようかと思っていることがある。真面目にやっている公務員が大多数であるが、ふざけたのも居ますねえ。1年来の決着をつけなくちゃあ。やぶ蛇にならないように・・・・・。

02月11日 土曜日
 本当に久しぶりに「第46回2.11思想・宗教・教育の自由を守る愛知県民のつどい」に出かけました。20年ぶりくらいかも知れません。この時期は、数教協の全国委員会や全国研究会議があって出られなかったのです。講演テーマは『原発事故から天皇制を考える』でしたが、少しご無沙汰していた期間が長かった所為でしょうか、今ひとつピンときませんでした。多分「記紀神話と安全神話の形成過程が似通っている」「こうなってしまったことに、我々に責任はないのか」と問いかけていたように思います。つまり、記紀神話を学ぶことにより、原発の安全神話が流布すろことを食い止められたのではないかということです。確かに学者の責任だと思います。でも、世の中、御用学者がうようよ居ます。学問で金儲けを企む人が多すぎますからね。
 それにしても、この種の集会には、必ず右翼の街宣車が押しかけ、路上には右翼学生がたむろしていたものですが、今回は静かなものでした。スイスイと会場に到着できました。まあ「建国記念の日」が国民にすっかり定着してしまい、反対集会のインパクトもなくなっていますからね。 でも、思想・信教・教育の自由を守る運動は、ますます重要になっていると思います。
「社会保障と税の一体化」などより、教育界の方が危機的状態です。

02月10日 金曜日
 年明けから、家に居ると、何本、勧誘の電話がかかるのでしょうか。証券でだったり、貴金属であったり、近頃は、優待証券みたいな奴を高く買い取りますと、大手から怪しげな会社まで、血眼になって探しているみたいだ。みな県の許可の下にやっているというが、迷惑千万だ。「押し買い」から、さらに新たな手なのであろう。本当にしつこい。多くは、女性をねらっているのはありありだ。私が電話に出ると、何も言わずにプツンと切れる。「あれ、○○さんではないですか」と 間違い電話を装って切れる。3本に2本はそうだ。「非通知」電話はいっさい出ないことにしても、着信履歴が一杯たまる。 儲けているのは、NTTやソフトバンクか? いずれにしても、世の中、おかしいぜ。
 
 そう言えば、「現場のことがわからないから、質問しているのです」と言っておきながら、「現場で携わっているから正しく認識しているとは限らない」と言い掛けては、論議を深めることにはなりません。質問ではないですね。自分の意図した回答でないとダメということになりますからね。 まあ、ネット上での論議の限界でしょうか。心意が伝わらないのです。
 今回、私は「部外者の意見を受け付けない横柄な奴だ」と決め付けられました。それまでの私は、大学教官の授業プランの提案を「現場を知らぬ提案だ」と批判した教師を批判して、その大学教官から「涙が出るほどうれしかった」と感謝の手紙をもらったくらいなんですがね。 まあ人それぞれなのでしょうが、子どもたちのためになることにエネルギーを使いたいものですね。年寄りは、特にそう思いますね。

02月09日 木曜日
 2月も半ばになってきて、「今年度の単位認定」や「来年度のシラバス作成」等の大学関係の事も一段落です。
 まあ、この時期ぐらいから、周囲の反対を押し切って、例のブログ問題の反論を始めようかと思っていたのですが、反論の前提と考えている「カベ」が一向に解消されたと確認できない。これじゃあどうしようもない。全国委員会で採り上げて貰うにも、それだけの価値がない。私のムカムカは収まらないが、ネットなんてものはそんな程度なんだと、じっと我慢するより仕方ないか。
 でもね、「・・・を中心に・数学教育を考える」と掲げる以上、「数学」という学問世界だけでなく、教育の世界のことも当然視野に入れて考えなくては、問題解決も運動も成り立ちません。 昔からある「数学研究者」が「数学教育学者」になり切れないというやつです。学問世界の人たちは、教育界を一ランク下の世界と見なしているからです(学問世界から落ちこぼれる)。
 まあ今回に照らしてみれば、「学校教師」と「学習塾の教師」の関係みたいなものですが、今や「学習塾」も“夜の学校”から“ダブルスクール”の時代へ。文科省も教育機関として「学習塾」の存在を認めているのだから、「教育学的に云々」から逃げ腰ではまずいと思いますけどね。 小学校教師で言えば、「算数」だけは熱心だが、他教科は知ったことではないと見向きもしないのと同じです。

02月08日 水曜日
 2年半続いた中日文化センターの「大人のための算数ひろば」もあと残すところ2回となっている。まとめをどうするか、なかなかいい知恵が浮かんでこない。ただ、私自身がとてもいい学びができてきたことは事実です。学校現場の中からしか見れなかった視野が一段と広がりました。そういう機会になったのです。もちろん、様々な教育運動の組織化にあたっては、いつも親・市民の組織化を考えてきましたが、まだまだ机上論に近いものであったなあと悔いるのです。でも、退職して、遅まきながらではあっても、そういう機会に恵まれたのですから、私は幸せ者と言えるでしょう。 いけないのは、他の人の意見を、何を息巻いてくだらん事をほざいているなあと内心であってもも思ってしまうことでしょうね。 
 それにしても、自分の業界以外の人と、常に対話できる環境にある人は、思考力も伸びると思います。
 でも現実は、自分の殻に篭ってしまって、耳を貸さない人が多すぎます。コミュニケーションさえ成り立たないのです。こんな哀れなことはない。 教育学の分からない人は、子どもたちに教えるという仕事をしてはいけないのです。

02月07日 火曜日
 “失敗から学ぶ”思想をもっと大切にしないと、文化の伝承はできないと考えるようになった。現在の世の中は、即戦力を求める傾向が強い。企業しかり、教育界しかり。だから、大学は「学問の府」とは程遠い存在になっている。大学教育内で、即戦力を育成しなくてはならない。基礎学問をばっちりなんて悠長なことは言っておられなくなる。基礎・土台が堅固でないのに、いくら積み上げようとしても、砂上の楼閣でしかないのは指摘するまでもない。
 まあ、「わかる」に目を瞑って「できる」だけを強調するようなものである。「できる」とは、テストの点数が上がることと把握されているから、分かり易い。テストの中身や形態は問題ではなく、見せ掛けの学力=テストに一喜一憂している。このままでは、各種の学力テストの「計算はできるけれども、思考力がない」という分析結果は克服されることはない。
 つまりは、教師も成長し続けなくては、子どもの成長はない。失敗をしない方がよいのだが、失敗を恐れて、何にも挑戦しなくなる教師の存在の方が恐ろしい。
 本当は、テスト一般で論じても、生産的ではありません。学校内でいうテストの意味あいと、学校外でとらえるテストの意味合いは、あまりにも大きく異なります。 こう言っても、教育学的なことだから理解されないでしょうけどね。このカベがとれないことには、かけ算の順序とバツの混同は、永遠に解明できないでしょうね。 「数学教育学」の基が「数学」か「教育学」という論議と同じように感じますが、まったく筋違いかな?

 02月06日 月曜日 
 
今朝の新聞に「松井幹夫さん」の訃報が載っていた。私の若かりし頃より、超有名な実践家で、6ヶ月ほど前の研究会でもお見かけした記憶がある。 まあ、私もすでに60歳半ばですから、そうした方が亡くなられたと言っても、そう不思議なことではない。順番ですからね。それにしても、私の頭上に燦然と輝いていた方々の訃報を見るのはさみしいものですね。
 ところで、40年ほどの間に、2度ほど 大御所の松井さんに反発したことがある。
 1度は、授業の導入に関わることだ。新進気鋭のUさんが、あの手この手を使って、子どもたちを惹きつけようと苦労したことを交えて報告した時、「導入としては未熟だ。ズバッと本題に入るべきだ」と主張された。カッチときた私は「そんなことできたら、苦労しないわ。公立学校の実態をみていない」とか言って反発したのだ。その後も、「実践の母体がどこにあるのかを明らかにすべきだ」とかでもめた。今でも私はこだわっている。つまり、すばらしい教育実践は、とかく少人数の学級であったり、自然豊かな地域であることが多い。まあ、都市部で多人数の子を抱える教師の僻みかもしれませんけどね。でも、これって、昨今の「習熟度別授業」「能力別授業」や「異質協同の学び」を追究する時の重要な観点だと思いますけどね。
 もう1回は、例の“分数論争”の時です。松井さんは「分割量分数」を盛んに主張されました。私は、数教協の伝統的な「量分数」を大切にする立場でしたが、繰り返される論議を聞くのに嫌気が指してきました。「そんな論議は、教室実践に役立ちやしない」と言うようなことを、当時出していた『授業づくり通信』に書いたのです。そうしたら、Mさんから常任委員会の論議に資料として提出され、松井さんの目の留まるところとなったのです。 全国大会や全国研究会議等で会うたびに、松井さんから論議を吹っかけられました。正直、器が違いますから、しんどかったですが、鍛えられました。
 こうした関係だったのですが、いろいろ出版された本や資料など、いただくことが多かったです。感謝!感謝!です。 ご冥福をお祈りします。 私も あと何年 元気にやれるかな? 死ぬ直前まで動けるといいなあ。
※ そういえば、今回の件と、松井さんの場合と発端はよく似ているけれど、展開は全然違います。どこからこういう違いが出てくるのでしょうね。

 02月05日 日
曜日 
 パソコンを開いていたら、「風評被害〜〜ネット上に事実無根の自分の悪評が。 消去させるには」という記事があった。
 う〜ん、余程多いのだなと思うし、そういう悪質なことに使う奴が、この世にはごまんといるようだ。“大人は、子どもの鏡”なんていうのは、確かに戯言に過ぎない世の中だと思う。 そう、この記事のまとめは、裁判所に訴えるか、書き込みが消え、発信者が特定できたら、「矛を収める」しかないと言う。 なるほどねえ、だから、世の中、荒んでくるのだと思う。「矛を収める」って、運が悪かったと思って、我慢しろ、諦めろ、ということでしょ。 でも、当事者は辛すぎますよね。
 例えば、今回の私の件にしても、発端の状況を振り返ってみれば、ある方から問われて、話し合ったときの感想を「日記」に書いただけです。二者の間のヒソヒソ話に過ぎません。「公開日記」ですから、どなたが読まれようと構わないのですが、3〜4ヶ月も前のことに対して、今回の書き込みは、ヒソヒソ話に因縁を付けるようなものです。 どなたかの質問に答えたつもりなんて、これっぽっちもないのに、「けしからん」と息巻いて、人格や組織攻撃までしてくる。尋常ではありません。後で知ったのですが、その質問事項に限って言えば、私は、質問者に同調しているのです。なのに、中傷してくるのは「質問に答えてください」なんていうのは、単なる口実で、他にねらいがあるのでしょうね。そう思わざるを得ません。まあ、私が、余程の恨みを買うようなことでもしていたのでしょうかね?  「矛を収める」 こんな方法しかないのでしょうか。納得できません。

 02月04日 土曜日 
 今日は「立春」ですが、昨日から冷え切っています。正に、世の政治・経済・社会そのものです。いやいや心まで冷え切っています。そうしたのは、人間に他なりません。温暖化、その裏返しの厳寒は、人間が自然を壊し続けてきた所為です。
 農業だって、季節物だけにしていけば、ずいぶん温室栽培の暖房費も節約できます。消費者がちょっと我慢すればよいことです。どうしても食べたい人は、高値で買えばよいのです。政党助成金や議員経費などのお手盛りなんて、一番簡単なことでしょ。議員定数削減なんて、容易なことでは決まりもしないことを第1案件に据えて、順次やっていくなんて方が可笑しいです。
議員さんは、自分たちがどれほど信用されていないかを自覚しないとね。「議員にも生活がある」なんて嘯いている限り、与党に未来はない。どうして、こんな単純なことを分からないのでしょうかね。きっと、わかろうとしていないからと思いますね。
 ※バカ=馬と鹿の見分けもつかないような人。 たわけ=田を分けてしまって、共倒れになってしまう見通しの効かない人。
   悪党=強い人。

 02月03日 金曜日 
 明治村のボランティアに正式に復帰しました。今日が、その第1日目です。金曜日グループの人にも挨拶をしました。いろいろな点で目新しく映ることがありました。
 ただ、ひとつ気になることがあります。それは、今回のことで、「注意することは控える」という方針が、180度転換して、「積極的に注意しよう」と受け取られていることです。これは、再びトラブルが起こりかねないなあと思いました。昨今の年寄りたちの問題意識は、教師の指導力が低下していると受け取り、教師を押しのけ、注意しかけ兼ねないからです。こうなると、学校教育への越権行為です。だから、自然に、各々が「社会的責任」を果たすようになればよいのですがね。 要するに、教育の場では、「注意する」「しない」などと決め付ける二者択一はなじまないと思うのです。その場その場の状況で、注意の仕方は変わるものです。画一的な指導なんて、人間を相手にしているのですから、できるわけありません。教育の難しさです。はっきり言って、教育活動に携わった者にしか分からないと思います。 こういう言い方をすると、「こやつは傲慢だ」と、すぐ反論が飛び込んできますが、「教育は、人間を相手にしているのですぞ。機械やロボットではありません」と言いたいです。政治屋が教育に口を出す時に必ず犯す過ちです。 「バツ」をつけるかどうかも同じ類のことです。

 02月02日 木曜日 
 久しぶりに文化センターの講座がありました。昨夜からの雪でどうなることやらと心配しましたが、無事終わりました。帰宅後どっと疲れが出たみたいに体がとても、しんどかったです。
 疲れの原因は、2つかな?
 ひとつは、私を中傷した記事が載せられた「掲示板」が先月をもって、封鎖されたことです。「掲示板」の管理者も、予期せぬ形で掲示板を汚されたのですから、当然の処置でしょうが、私にとって「封鎖」は、永久に私の中傷された汚名は消えないことを意味します。反論する場が無くなったのですからね。 こうなると、思い違いや誤読に基づいて誤った判断をしても、発信した者勝ちという無政府状態が、ネット社会の常識?のようです。これで、国民の人権は守れるのでしょうか。 こうした社会風習がどんどん広がっていけば、確実に人間の破壊は進むことでしょう。 教育界も、例外ではありません。「子どもたちのために」なんていう言葉が死語になるのは近いですね。 考えるたびに、ムカムカ イライラしています。
 ふたつには、昨日のできごとです。 孫たちが「おじいちゃんにパンダの折り紙を教えてあげる」と言って、折り紙をしました。その時、急に下の孫が泣き出しました。理由は、2回目なのに難しくてちっとも折れないダメな私に対して、下の孫が教えてあげようとしたら、上の孫が「もっと考えさせなくちゃあダメ」と、下の孫を制したことにあったのです。 困りましたねえ。 私は、オドオドしていました。 でも、帰り際、孫2人が「バレンタインだよ」と言って、チョコをくれたから、もういいかな?

 02月01日 水曜日 
 浜松まで、孫の音楽発表会を見に行きました。0歳児から、5歳児までが、歌と合奏と劇をやります。だから、幼児の成長がよく分かります。大学では、保育専攻の学生さんともかかわっていますので、講義にとても役立つのです。もちろん3種目ともやるのは、3歳児以上ですがね。もうこの保育園の発表会を見に行くのは、6年目です(孫の姉も、ここの卒園ですから)。
 私の孫は、今4歳児・年中さんです。3歳児までは、まともにできたことはありませんが、さすがに4歳児ともなると、歌も楽器も劇もしっかり落ち着いてやっていました。昨年までとは、全然違います。ここ1年の成長はすごいものです。 なにしろ、ここの保育園は0歳児から舞台に上がります。1年、1年の成長が刻まれるのです。ここの園長さんは、信念を持ってやっています。今も、はだか保育です。素足です。下駄です。年長さんはヴァイオリンです。だから、頑固です。若い親とよく衝突するらしいのですが、信念を曲げません。あと1年で、孫が卒園しますが、ずっと応援したいと思っています。私立の保育園だからできるのだとは思いますが。 (実は、私も私立の保育園の卒園です)

 01月31日 火曜日 
 インターネットに「AKB48 失敗に学ぶ、Twitter自衛法」なるものがあった。例のAKBの古参の2人が、男性との交際をすっぱ抜かれて、辞任・解雇に追い込まれた事件に関わるものであった。 ネット上で、Twitterは、自由に自己表現、自己主張ができる現代に相応しいものと思っていたが、それは、まったく甘い甘い認識であることが分かった。またしても、『性善説』は苦境に陥ることとなった。
 「押し買い」なんて言葉もあるのだそうだが、法律の盲点をついて、悪用する人間が、どうしてこうも多いのだろうか。こうした悪しき人間を生み出してきたのは「教師、特に日教組の教師だ」と攻撃されるが、果してそうだろうか。日教組出身の国会議員が、政党助成金の廃止を求める声がやっと大きくなってきたと思ったら、「議員にも生活がある」と反駁した有名な話があるように、私は、日教組なんて、今は何の力もない仲良し御用組合だと思っているけどね。。
 あまり書き連ねると、何処から攻撃を受けるかもしれない物騒な世の中だから控えめにしないと・・。
 日本に表現の自由、思想の自由が保障されるのは、いつのことだろうか。
 そうそう回覧板が回ってきました。よく不平を書いていた堤防の崩落箇所の工事を2月3日から行うそうです。忘れ去られているかと思っていましたから、うれしい知らせです。 ただ、3ヵ所の崩落工事、年度内に終了させてしまうそうです。志談味地区のような本格的な改修工事ではなさそうですね。

 01月30日 月曜日 
 「最終感想レポート」を書いてもらってから、1週間。やっと一通り目を通せました。
 私は、40数年前、学生時代に提出したレポートの殆どを大切に大切に保管してあるのですが、私のレポートには、勢いがありません。当たらぬさわらぬのつまらぬレポートばかりです。今の学生さんの方が、大学1年・2年が中心なのに、自分の考えを入れてしっかり書きます。違いは“夢と希望”だろうと思うのです。この“夢と希望”“夢とロマン”が持ち続けられるように、これからも、精いっぱい若い人たちを応援していこうと思います。
 年寄りにとっては、これほど楽しいことはない。もちろん、嫌われないように、くどくならないように気をつけています。

 01月29日 日曜日 
 昨日の話。「柔道指導 先生大丈夫?」の記事を見て、現場を見ないでの教育論議は、子どもたちを不幸にすると改めて思いました。記事によれば、「講習会に6日参加すると、初段・黒帯の資格を与える」のですって。与える方は何を考えているのでしょうね。わずか6日間の講習で指導ができる程度の奥深さしか柔道にはないのですかね。もし事故が起きたら、柔道界は黒帯を与えた責任を取る覚悟はできているのでしょうね。まあ、与えられた方も困ってしまいますよね。1人1人の子に付き添って、指導することなんてできやしません。君が代と同じで、指導にあたらないと処罰されますからね。 これ、まさに 教委の責任逃れです。事故が起きれば、補償で税金が投入されるのです。想定内のことですから、税金の無駄づかいに当たるのではないでしょうか。
 それにしても、教育界には、こうした講習会をしさえすれば、責任を果たしていると、軽く考える傾向があります。
 私も若い頃、こうした傾向?に便乗して、「そろばん指導のライセンス」も珠算連盟から授かったことがあります。たった1日の講習会で、そろばんの珠を1度もはじかず、過分の接待を受けて・・・・。私の実力は「日商検定3級合格」しかありません。でもまあ、小学生レベルなら何とか対応できますし、直接 命には関わらないから、ご勘弁を。
 いずれにしても、こうした「癒着」は数知れません。本当は、こんな馬鹿げた「武道導入に反対」と、教師(教職員組合)が立ち上がれば一番近道と思うのですが、組合はバラバラ。民の声もバラバラ。権力のなすがままというのが、日本ですね。

 01月28日 土曜日 
 教科研の例会に出かけました。「地域から生業、生活、学校再建を」と「子どもの日常をとり戻す復興のとりくみ」の2本のレポートを読むことから始まりました。「震災後、被災地での問題点をどうとらえるのか、どう克服していくか」です。宮城の例のため、つい私は「原発の福島は・・・・」となってしまうのですが、ポイントは『生存権』であること、また、「復旧」を主軸に置くのか(岩手)と、「復興」に主軸を置くのか(宮城)の違いについても、深く考えさせられました。そうしたことをどう子どもたち(教師たち)に気付かせていくのかな。やっぱり、現職じゃないと、ダメですねえ。
 かつて盛んに強調されたこと“高いレベルの科学を、やさしく教えよう”を思い出してみても、科学(実態)を今の教育界に当てはめてみないと生産的な論議になりません。 ひとつの例を取り上げ、分析しているだけじゃあ、その努力は生かされやしない。教育改革にもなりません。自己満足で終わってしまいます。 やっぱり若い教師たちに「教材研究をしっかりやれ」と叫びたくなりますね。子どもたちに接している現職でなくちゃあ、どうしようもない。 年寄りの恨み節です。

 01月27日 金曜日 
 今日も1日、学生さんの「最終レポート」を読んでいました。いろいろな思いが書き綴られています。予想以上に考えているなあと感動しながら読んでいます。特にH君の発想は、年寄りには思いつかない大胆なもので、「う〜ん」と唸ってしまいました。教師や保育士になっての“夢やロマン”が実現するように、精一杯支援してあげようと思います。
 しかし、“夢”の実現は、人の心が分断されてしまっていますから、なかなか難しいのが現状です。「自分だけが算数教育をよくする為に頑張っている」と思い込んでいると、人の声に耳も貸せなくなってしまうようです。プライドの高い人ほど陥り易いものです。まあ、これ、教育運動だけでなく、どの運動でも宿命なのかな? それにしても、こういう無様な体質を、何度体験すればよいのだろうか。 もう最後にしたいなあ。

 01月26日 木曜日 
 今日は1日、真剣に学生さんの「最終レポート」を読んでいました。「さぞ、はかどったでしょうね」と思われるかもしれませんが、現実はさっぱり。レポートは「算数教育をどうしていったらたらよいか」と、学生さんの考えを問うものです。必死で書いてくれましたから、私も誠意をもって読み取らなくては失礼です。1人1人、時間がかかります。嘗てやった≪読書感想文コンクールの名古屋地区審査≫の時より手間がかかります。レポート数は、320枚ほど。今日一通り読めたのは80そこそこです。まだまだ頑張らなくてはね。
 そうそう元同僚だったMさんが「どんな親も愛情を注ぐもの」とA紙に投稿していました。以前に「親の愛情が足りない」という主旨の投稿に対する反論のようです。Mさんの気持ちを知っている私は納得、大賛成です。でも、子どもたちの問題行動等を指導する時「親としての愛情が足りない」なんて断定的に発すれば、あいまいに言うのが日本人の特徴ですから、一目置かれるでしょうが、これ、禁句ですよね。後々までこじれます。 
 また、A紙が見出しをつけたのでしょうけれど、「どんな親も愛情を・・・」にしても、愛情の注ぎ方に多い少ないの差があるのは実態ですから、「どんな親も・・」と書くと、またまた異論を唱える人もいるでしょうね。こうした揚げ足取りで、日本人は、人と人の心のつながり(ここでは「絆」と言っておきます)を切断していくようです。それでは、いけないと思うのですがね。
 無形文化財≪桑名の千羽鶴≫でも折って、気持ちを落ち着けようかな。

 01月25日 水曜日 
 11月25日以来、2ヶ月ぶりで、明治村の「研修会」に出向きました。以前、時々触れましたが、明治村の勘違いで、私の人権侵害・名誉毀損に当たる出来事が起きてしまったのです。私は憤然としました。そしたら、明治村は「思い違い」であったことを即座に認められ、所長さん自ら謝罪され、今後、博物館としての品位ある運営を約束されました。それはそれは、かえって私が恐縮するものでした。だから、こじれた糸を元に戻すことができたのです。企業人は自分の意図と違って、他人の人権を傷つけてしまったことに気付けば、すぐに対応します。まあ、それが本来当たり前なのでしょうが、教育界に生きてきた者には驚きです。
 教育の世界では、勘違いや思い違いで、とんでもないことをしでかしても、最後まで「私はそんなつもりではありません」とシラをきろうとします。不特定多数の人々に、他人の人格をぼろぼろに書きたてておいてさえ、「そんな目的ではありません」と自分の否を認めないのです。昔から、教師は謝ることがとてもヘタです。だから、親と学校間のトラブルは絶えないのです。これは、悪い悪い慣習だと思います。だって、最初から人権侵害を承知でする人なんて、そうは居ないと思います。勘違いや思い違いから、つい犯してしまう、人間の愚かさです。だから、そうなってしまった時には、どうするか、そうした力も人間としてつけていきたいものだと思います。 まあ、気付かない、気付こうとしないなら、どうしようもありませんが。
 この2ヶ月間、本当にいい勉強をさせてもらったという気分です。新たな気持ちで、ボランティアに励もうと思います。

 01月24日 火曜日 
 リトルワールドのボランティアに出かけました。今日は、ネパール・インドゾーンの担当でした。すこし小寒かったですが、陽射しがあり、良好な環境でした。それ以上に、来館したN小の子どもたちの素直さ・熱心さには感心しました。自然にガイド活動も滑らかになります。 例えば、インドの館で「悪霊」の話になります。すると、やはり教師であったクセでしょうね。つい「悪霊のことを気づかって、建てられている所はなかった?」と問いかけます。大抵は、かなりのヒントを出さないと答えてくれませんが、今日は何組ものグループが「台湾」って答えるのです。ちゃんとメモってあるのです。もちろん、石垣の「石敢當」板敢當」「紙敢當」の話もしますが、すごい小学生でした。 まあ、N小の地域は親の教育レベルも高い所ですが、学校の教育力も捨てたものではないなあと思いました。  
 夕刊を見ていたら、偶然「結局、親の意識の高さと財力が子供の将来を決めるのよね」と書いてあるのを見て、ギョ!としました。 確かに、この世の中、それはそうかもしれないけど・・・・・・・

 01月23日 月曜日 
 学生さんに「算数の教材・単元をとり上げ、その教材の問題点を指摘し、それを乗り越えるにはどうしたらよいか、授業展開を考えてください」という最終レポートを自由に書いてもらいました。学生さんの書いてくれたレポートは私に勇気を与えてくれます。 ところで、「自由に」とは、現場では実際にできるかどうかを考慮しなくてよいという意味です。なぜ、こんなことを付け加えるかと言えば、「こんな素敵な授業をしたい」「こんなふうに評価したい」と思っても、それを許さない雰囲気が蔓延しているからです。「出る杭は打たれる」のです。何故か。教科書どおりにやらないと、モンスターペアレントなる方々が大挙現れるご時世だからです。また、工夫して新たな挑戦しても必ずうまくいくとは限りません。そうした時、厳しく追及されるからです。だから、そうした教師たちの苦悩を分かり合い、協力し合った運動の仕方はないものかと考えるのです。だって、いくらきれいごとを言っても、教師たちが意欲的になってくれなければ、子どもたちが賢く、行動的になるはずがありません。 例えば、教師たちの粘り強い実践が、長方形の面積=縦×横しか認めなかったのを、やっと教科書に、小さく小さく「横×縦でも答えはいっしょだよね」という吹き出しが載りました。本当は、長さ×長さを認めてほしいけど、すごい前進だと思います(でも、きっとそんなことたいしたことではないと言うでしょうけどね)。
 私は、これからも教師が生きがい・働きがいをもてるような教育界となるように、誰がなんと言おうと、励まし、支援していこうと思います。早速、夜には若い教師へのメッセージを送る本の出版会議に参加してきました。
 まあ、私を貶め、邪魔するものとは、とことんやり合います。この敬老手帳も持った年寄り、元気なのです。

 01月22日 日曜日 
 私に対するネット攻撃は、まだ終息したわけではありません。ずっとずっと続くでしょうが、ずいぶん西三サークルや東海地区協の皆さんに迷惑をかけることになってしまいました。どうしたものかと頭が痛いです。 
 でも、これからもこの「日記」は書き続けます。私の書く目的は、「退職教師の生き様を記しておきたいという願いで書き綴ります教師は、現職を退くと、もぬけのカラになると言われます。級王国の主から引退すれば、何もすることなく、ボーッとしているのもつらい。まあ、これから退職する人の何かの参考にでもなればねえ。退職教師のひとりごとです。」 
 こうして書くことによって、何かを感じられた人と交流しあえれば、最高のしあわせなのです。人間は一人では生きられません。異質な人々と交流する中で、様々なことを学び、一回りも二回りも大きくなっていけるのではないかと思います。こんな単純なことに気づいたのは、恥ずかしながら、退職してボランティア活動をする中で、やっと実感したと言ってよいでしょう。それほど、私も、相手を「レッテルはり」して、論争をしかけてきました。しかし、これほど愚かなことはない。何も生み出さないのです。残るのは「和解」もできないしこりだけです。 私も もっともっとスケールの大きな人間に成長しないといけません。そうしないと、民主的な教育運動は廃れてしまいますね。 

 01月21日 土曜日 
 サークルをしました。みんながひょっこり集まり、ふわっと帰っていく不思議なサークルですから、いつも「今日は何人集まるかな?」と不安なものです。前日まで、義務はないけど、連絡をくれる人が何人かいるのですが、今回はゼロ。でも、久しぶりの方が多く、8人集まりました。そこそこサークルの裾野が広がっているかなとうれしくなりました。
 特に、ネット上で、年明けから、私が名指しで 中傷されていることを正直に報告しました。みなさん、励ましやら慰め、今後のことについて、真剣に考えてくれました。やっぱり仲間はいいものです。私も少し落ち着きました。
 こうしたネットによってのいじめ事件がよく起こっていますが、今回のことで、そうした子達の気持ちがよくわかりました。今後の指導で大いに役立ちます。 また、ネット上での短い言葉でのやりとりは、議論にならない。活字文化の大切さを改めて感じることができました。 貴重な体験であったと思えるくらいの度量の大きさを持ちたいものです。

 01月20日 金曜日 
 今日は、車のガソリンを入れに行っただけで、一日中 家に居て、学生さんのレポートを読んでいました。
 その中に、「○○○○」のネットを見ていることが書いてありました。いつも「疑問に思ったりしたら、そうした人に質問をして、自分を鍛えることは、とてもいい学びになるよ」と講義しているのですが、それは、文書で交流しあった過去の話かな? ネット社会での学び方もきちんと学生さんに話しておかないといけないなあと思うようになりました。これ、年寄りのひとりごとです。

 01月19日 木曜日 】
 
桑名の無形文化財にもなっている「桑名の千羽鶴」(1260円)の本を購入しようと手をうっていたのですが、なかなかうまくいかず、直接、その店まで行くことにしました。ところが、店はなく、桑名市の北のはずれから、西のはずれへ。結局は、桑名市博物館に行きました。そんなことなら、最初から、博物館に行けばよかったのにね。楽天市場を使おうとしたことが、失敗でした。でも、無事、手に入ってよかったです(実は、4年ほど前に、桑名市博物館で見ていたのですが、そのときは、まだ興味がなかったので購入しなかったのです)。 49種すべてが出来上がるのは、ずっと先でしょうが、6種は型紙つき(1000円)ですから、今月中には作りたいなあ。
◎桑名の千羽鶴は「1枚の紙から創りだす」「必ず和紙を使う」「手で持ったまま折る」のが特徴です。
◎今までに作ったのは、簡単な【3.花見車】と【6.葭原雀】の2種だけです。
◎ちなみに、型紙のあるのは【1.楽々波】【2.拾餌】【3.花見車】【9.呉竹】【11.稲妻】【17.妹背山】の6種です。

01月18日 水曜日 】

 ある方のHPを見ていたら、「1月6日に伊那のMさんが亡くなった」とあった。伊那のMさんって、あの人じゃないあと思うが、確認する術がない。長年、会うたびに、「すべての子を授業という同じ舞台に乗せる手立てを講じるべき」という私の主張に、「それでいいのかな?」といつも突込みをされた。年に1〜2度ほどしか会わなかったが、会うたびにほどよい緊張感をもらっていた方です。本当にあの方だとすれば、さみしいね。 まあ、私のような年代になると、「あの方も・・・」「あの人も・・・」ということが多くなっても仕方ないけど、生涯、“夢とロマン”を追い続け、楽しく生き続けないとね。 今のところ、私、とてもスムーズ。でも、私の家系はコロッと逝く家系ですから・・・・・。

01月17日 火曜日 】
 『名古屋市で昨年6月、市立高校1年の男子生徒が柔道部の練習中に頭を打ち、翌月に死亡していたことがわかった。 名 古屋大の内田良准教授(教育社会学)によると、柔道事故で死亡した中学、高校生は1983〜2010年度の28年間に全国 で114人(中学39人、高校75人)。』
 こうした実情でも、中学で4月から「武道を必修化」するのはどんなねらいがあるだろうか。柔道の専門家が指導していても、このような状態であるのに、体育科出身というだけで、素人が命にも関わる柔道を教えてよいものであろうか。50年も前だが私の出身高校でも、冬場は“柔道”と“剣道”が交互に仕組まれていた。思い出しますね。絞めワザのテストの時、剣道部の主将と組まされた。全く身動きできなかった。不公平ですよね。もし、必修化が強行され、事故が起きた時、誰が責任をとるのですか。今日は「阪神・淡路大震災」から17年目の日。この天災と同じように、人の命を扱うのですか。 役人にそんな権利はないと思います。
 そう、昨日の記事に「下志談味地区の護岸工事は、堤防を2mかさ上げし、出水期までに完成させる」と。ギョッとしました。八田川の堤防崩落の改修工事は、4ヶ月経っても何も手付かずです。ひどい話です。
また、下志談味地区の一部だけをかさ上げしたら、どうなるのですか。水利を考えれば、明らかです。私の地域が危機に瀕したのも、先の東海豪雨の後、先人の知恵を無視して、洗堰の切り通し堤をかさあげしたために、庄内川の水が新川に流れ込めず、為に、上流の八田川の水が庄内川に流れ込めなかったからです。すべて、関連しているのです。天災でなく、人災であるというのは、常識的な見解なのです。 小手先の、見かけだけの工事なら、素人でも計画を立てられます。 こうしたことも、受験戦争を煽る施策のために、高等教育までもが生きた学問となっていないからだと思わざるを得ない。

01月16日 月曜日 】
 やっと、後期の講義がありました。でも、学生さんは、もうすぐテスト週間になるためか、ふわふわ気分でした。だから、私のテストの仕方を説明するのに結構時間をとりました。まあ、センター試験のようなドジを踏んでもいけませんし、学生さんの最大の関心事「単位」の品格を維持しなくてはいけませんからね。いずれにしても、昨年のように、試験当日が雪で、鉄道の一部が不通にならないことだけを祈るだけです。それで、今日の講義には、過去のレジュメを全部持って行ったら、ほとんど捌けてしまいました。あれだけ、嫌みを言っても、取りに来てくれなかった、レジュメですが、やはりテストが気になるのでしょうね。

01月15日 日曜日 】
 ますます世界は混迷の度を深めています。夏の旅行のあと換金もせず残してあるユーロは、どんどん安くなる。ヨーロッパ、アメリカもヒイヒイ言っているのに、日本だけは100兆も借金があるのに脳天気。政治家は、何を考えているのでしょうかね。
年金生活者にとっては一大事なのです。どんどん年金は下がってくるし、年金から差し引かれることも多くなってきました。「国民総背番号制」のねらいがはっきり理解できるようになってきました。国民から確実に徴収できるのです。搾り取るのは確実に、支払うのはいい加減にという封建時代と同じ手法が、現代も使われているのです。ちっとも進化がありませんね。
 夜、NHKスペシャルを見ていて、改めて放射能汚染の恐ろしさを実感しました。一言で言えば、原発の再稼動を目論んでいる財界人や政治家に、国民を守ろうとする意識は全くないということです。こうした人に、国民の命を奪う権利はないのです。
はっきりと そう思いました。

01月14日 土曜日 】
 今日は、積み残しになっていた講義の感想文等を必死で読んでいました。大学の後期の講義も残すところあと2回です。最終回の講義内でテストもして、成績を出すことにしていますから、今までのものが積み残しになっていては重大問題ですからね。ただ、過去では、こうした毎回の講義感想15回分を1人ずつ整理して、その内容変化も評価の対象にしていましたが、今は、回毎での評価しかできず、加点方式を取り入れているのですが、「評価・通知表」にこだわってきた者には、すっきりしません。考えてみれば、3つの大学で年間計300人ほどの学生さんに単位を出している身ですが、反省すべきことはたくさんありますね。

【 01月13日 金曜日 】
 群鶴の初歩、4羽を作っています。初体験なので、なかなかスムーズには作れません。つなぎ目が、どうもね。やはり、100円ショップではなく、和紙のようにしっかりした折り紙でないと折りづらいのです。もちろん、折り紙作業のウデが未熟であることも否めませんがね。それにしても、折り紙教育の研究はかなり進んでいます。2〜3年前の大会で知った「ミウラ折り」も、今回改めてみた蔵書「折り紙の幾何学」伏見康治著1980年版の中にちゃんと載っているではありませんか。いやあ、不勉強でした。折り紙が苦手で逃げ回っていたツケですね。 ちと手遅れ気味ですが、頑張って追究しようと思います。 やること・やらねばならないことが、次々出てきますね。喜ぶべきことかな?

【 01月12日 木曜日 】
 「折り鶴をそんなに折って、どうするの?」 このところ、ボッ〜とテレビを見ているのも・・・。でも、ボッ〜として、テレビも見たいし・・・。それで、鶴を折りかけたのです。(BSになるときに、3台あったテレビを処分して、1台にしてしまったので、私は、こっそりテレビを見られなくなったのです。私は、元々テレビ大好き人間。妻は、テレビに興味なし。批判的なのです)。 特別な目的はありませんが、このところ折っている作品を、トイレの空間に飾り、折り紙でいっぱいの個室にしてみようと考えているのです。もちろん、そのためには「折り紙教育を考える会」で見たような大作をいくつか創らないと様になりません。そこまで至るには、まだちょっと時間がかかります。もう1度、桑名まで行って、研究して来ないとねえ。

【 01月11日 水曜日 】
 昨年9月に、私の家の東の八田川の堤防は崩落したまま改修工事は一向に始まりそうにもありません。
 それで、八田川よりひどかった守山区の現場はどうなっているのかを確かめに出かけました。下志談味付近であることは知っているのですが、下志段味も広いですから、なかなかわかりません。これ以上行くと中志談味になってしまうなあと諦めて、庄内側寄りに行くと、工事車両が行き交うのが見えました。まだまだ完成しそうにありません。これでは、八田川の工事はかなり遅れるなあとガッカリ。役所は、現場を時たま見るだけだから気にならないだろうが、毎日目にしている住民の気持ちを考えてほしいものだ。 私も公務員だったわけだが、公務員は誠意がない。だから、本当は郵政をみてもわかるように、ちっとも変わらないのだが、「民営化」の声が上がるのだぜ。

【 01月10日 火曜日 】
 今年初めてボランティアガイドに出ました。明治村ではありません。リトルワールドです。行ったら、皆さん「明治村、復帰 おめでとう」なんて言われました。「和解した」「復帰が認められた」として広められているようです。どうも、私が屈して、復帰させてもらったかのような伝わり方です。私の認識と違います。
 確かに「私(ボランティア・職員)が注意したことは正当な行為」として、明治村は認めました。「職員・ボランティアが、働きがいをもって仕事に従事できるように改善すること」も約束しました。だから、私に対する「名誉毀損」の個人的な部分は目を瞑って、終結にし、新たな段階(復帰して、約束事がきちんと履行されるかを見定める)にした方が建設的ではないかと考えたのです。決して「屈服=和解=復帰」と言う事ではないのですがねえ。 
 やはり、私が「10月18日に、どのように注意したのか」を明らかにしておかないと、多くの人は、「渡辺の注意の仕方にも問題があったであろう」と捉えている状況は引きずったままです。また、11月25日以降1月3日までの、私に対する対応の仕方についても明らかにする必要を感じました。 
 さてさて、どうするかな???

【 01月09日 月曜日 】
 午前中は、ばたばたと仕事を進めましたが、午後はのんびり高校サッカー決勝を鶴を折りながら、見ていました。
 この間、相変わらずの間食。延長戦にまでなったので、間食の量がますます多くなりました。いつも、学生さんたちに「結局は、間食の量が体重の増加となる。このカロリー量を消化しようとすると、運動を○○しなくてはなりません」と、単位あたり量の講義で採り上げているのに、肝心の私はさっぱり節制ができていません。ご愛嬌で済む範囲を超えています。これでは、ますます脳の回転が悪くなるだけです。 やはり体が軽やかにならないと、気持ちも高揚しませんね。
 どうのこうの言っても、明日からは平常に戻さないといけません。

【 01月08日 日曜日 】
 明治村のボランティア活動の件は、1月5日ももって、終息ということにしましたが、一応 経過をまとめておこうとしたら、なんとA4で20ページの資料となりました。それは、近頃は、あちこちで「ボランティア!」「ボランティア!」と、なんでも ボランティアですが、それは果してよいことなのかと疑問にも感じます。その最大のものは、若者の雇用状況を圧迫していないのか?という点です。経営側の論理は、ボランティアとすれば、低賃金で賄えるということです。また、ボランティアだからこそ可能なことは何かと模索しなければ、ボランティアの価値は高まりません。 まだまだ、疑問点は残っていますが、鉾を収めて、次へ進みたいと思います。
 
【 01月07日 土曜日 】
 もう7日正月です。でも、胃がもたれている感じがしたので、昨日「(七草)粥」を食べました。ちょっと調子がよくなりました。
 それにしても、人間は「夢」がないと、生きているとは言えませんね。「夢」があるから、活力が沸いてくるのです。何もしないで、ぼ〜っとしているだけでは、生きている価値がありません。
 退職後の、特に男性は、しっかりとした「夢」を持つようにしないと、ロクなことはないと思うのですが、社会は、年寄りを受け入れようとはしません。国も「税と福祉の一体化」とか叫んでいますが、増税ばかりで、年寄りには、とても冷たい政府です。はっきり言って、福祉での具体策なんて何もみえてきません。年金の減額策、年寄りから金をふんだくる策ばかりです。こんな政府は、一刻も早く倒れてほしいですが、じゃあ、どの党が主導権をとればよいのか。もともと自民党は増税ですから、問題外です。公明党も、力の強い奴へ擦り寄ることしか考えていませんから、竹入とか矢野とか石田の時代とはすっかり違います。みんなの党も、橋下にゴマスリばかりで話になりません。共産党・社民党も、原則論にゴリゴリですから、もう少し柔軟に対応できるようにならないとねえ。 結局は、政治不信ばかりで、自分で生きぬく策を講じなければ、ダメな世の中になってしまいましたね。昭和初期の世界大恐慌時代への回帰です。こんな歴史は繰り返してもらいたくないです。橋下のやっている教育政策は、見事にそっくりです。 
 こうした中での教育実践活動・教育運動は、どうあるべきなのでしょうか。じっくり考えたいと思います。
 「子どもたちを 再び、戦場に送ることのないように!」

【 01月06日 金曜日 】
 一部では、学校も始まったようであるが、私の周辺の子どもたちは、まだ冬休みを満喫しているようだ。2週間の休みが、前後に三連休というおまけがついたので、長い長い冬休みとなったのですが、となると、休み明けには、教師の苦労は大変なものになるでしょうね。
 私の生活リズムも、このところ食っちゃあ寝、食っちゃ寝で、思考停止状態。頭がボーっとしたまま。いけませんねえ。
 今は、せっせと鶴を折っているだけ・・・・・

【 01月05日 木曜日 】
 11月25日以来、明治村のボランティアガイドの籍を抜き、明治村とあれこれ交渉していましたが、一応「私が復帰することで決着する」ことにしました。3日の夕方のことです。そのことが、瞬く間に、ボランティア会の会長始め、主だったところに伝わったようです。驚くべき速さです。私が、そう決断した理由はいくつかありますが、私が謝罪攻勢に屈したのではありません。今後の成り行きを見定めるには、現場に居なくては話になりません。だから、復帰という道をとったのです。しばらく見つめて、今までと、何ら変わらなければ、即、ボランティア会を退会し、再度追及していくつもりです。折角、投書用の原稿も2種類も作ったんですものね。
 まあ、復帰=初心にかえる意味もこめて、4年前に書いた拙文を読み返しておこう。

私のガイド日記
  “たかがボランティア、されどボランティア”  18010  渡 辺 靖 敏 
 明治村のボランティアガイドに参加するようになって、もうすぐ2年が経ちます。
 動機は、明治村が開村する以前に、入鹿池に度々いとこと遊びに来ていたなつかしの場所であること。そして、退職の2ヶ月前、明治村に引率して来た小学生が「一番よかったのが、レンガ迷路!」と感想を述べたことです。そう、≪明治村を小学生にも分かりやすく解説することはできないのか≫という問題意識です。 こんなことを言うと、ガイドの先輩諸氏から、総反発を食らうことになるでしょうが、明治村が、単なる明治時代回顧の場ではなく、日本の大切な文化遺産の博物館として、人々の中に深く浸透していくためには、ターゲットは未来の日本を背負う子どもたちであると考えるからです。
 そこで、参加以来、「毎回1項目は調べごとをして赴く」と心に決め、なんとか守っていますが、私の問題意識は 遅々として解明できていません。
 私が 黒野前所長に詰問した「なぜ、迷路か?」の件は、明治時代に『迷路園』が横浜に存在したという記録に出会い納得できました。でも、「小学生が『博物館・明治村見学』から、どう感じ、どんな学びをすればよいか」「そのために どんなガイド=アドバイスができるのか」と模索が続いています。単なる知識の羅列では、物知りに過ぎないし、かといって、体系だってするにも、短時間では知識の押し売りにしかなりません。それに、お客様の気持ちとマッチしなければ、うっとおしさが残るだけです。正直、ボランティアガイドの難しさをひしひしと感じ、悩みっぱなしの今日この頃です。
 そのためにも、日々研鑽。先輩ガイドには敬服しています。一人ひとりのガイド魂には個性・こだわりがあり、持ち味を存分に発揮しておられることです。だから、聞く者を惹きつけ魅了し、ガイド活動も長続きするのでしょう。これは、新参者にとっては、即座に真似できません。でも、いつかは・・・・という思いで、あと1年間ほどお世話になろうと思っています。

【 01月04日 水曜日 】
 今日は仕事始め。私も、午前中、フレッツ光の不具合を修理してもらいました。やっと、気分もすっきり、仕事もやる気になります。実は、年末・年始もいろいろやっていたのですが、転送したり、修正・まとめをした部分を保存しようとすると、すべてパーになってしまっていたのです。どうしようもありません。で、4日の朝一番にNTTに電話して、直してもらったのです。私の生活も、パソコンなしでは成り立たないことを改めて知りました。
 さて、やっと「一年の計は、元旦にあり」という心境になりました。
 やはり、足を地に付けた取り組みをしていくことを心に決めました。このところ、背伸びした活動が多いように思います。老い先は短いけれど、焦っても仕方ありません。自分で納得のゆくことを地道に行い、たとえ“夢とロマン”に到達できなくても、そのようなことは問題ではない。生き様こそが大切であると思うのです。
 さあ、締め切り間近の原稿から仕上げるか。パソコン事情で、やり直しの仕事も増えていますからね。
 でも、パソコンが直ったら、気分はとても爽快!

【 01月03日 火曜日 】
 パソコンが不調で、書きませんでした。これを書いているのは、4日です。

【 01月02日 月曜日 】
 年末から、パソコンの調子がおかしくて、インターネットに繋がりません。毎回、緊急処置をして、なんとかメール等も見ているのですが、イライラしていけません。
 初詣に行って、おみくじをひけば、なんと「末吉」。今年は、努力をしても、何事もうまくいかないらしい。初心にかえって、基からやり直したほうがよいらしい。確かに、退職してからの生活を、もう1度見直すのも大切なことだと思えるし、今後を見通すためにも、いい教訓だと思える。自重しながら、基礎固めをしていく1年にしようかな。
 それにしても、箱根駅伝では、期待の教え子・駒沢大の油布くんが惨敗だったし・・・・  謙虚にします。

【 01月01日 日曜日 】
 あけましておめでとうございます。 
  今年こそは、平和で希望に満ちた年になることを祈ります。
  年寄りも、生き生きと過ごせるように 明るい社会が続くことを祈ります。
    そのためにも、年寄りも老体に鞭打って、行動しないといけないのでしょうね。
 今年も よろしくお願いします。
              *新年早々から、パソコン不調。困りましたね。


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