「知的生活をするための教育日記」

 初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、6年目。

 本音で書いているため、「そんなこと書いて大丈夫?」と心配してくださる方もいます。でも、「そう考えている人間もいるのですよ」「教育って、懐の広い人間でなくちゃあ勤まらないよ」と言いたいんです。 だって、今の現場はあまりにひどいのですよ官僚の一人でも、現場の声に目を傾けようとする人がいれば、ずいぶん日本の教育も変わると思います。
 
ただ、これからは、退職しましたので、「退職教師のひとりごと」ということに・・・・・・。

2007年前半

≪73≫ 7月28 日 土曜日
 夏休みは関係なくなっている私ですが、夏休みになった22日は、私学のサマセミで『フィンランドの教育について』、23日は「癒しの場」、24日は「リトル」、25日は「数楽のひろば」、26日は「大学」、26日は「明治村」と続いています。来週は全国大会です。おかげさまで、退職後も忙しいです。まあ、喜ぶべきことでしょうが、きっと死ぬまで続いて、ころりと私の一生は終わるのでしょうね。しあわせなことと言えましょう。私が予測する惨めな日本国の姿を見る前にころりといけば、シャンシャンと手をうてばよいのでしょうね?????


≪72≫ 7月21 日 土曜日
 いろんな学校の様子を聞くにつけ、子どもたちを人間として扱う学校からますます遠ざかっていくようです。子どもの「荒れ」や「心」の問題が騒がれているのに、どうして、学校の教師は子どもたちを点数化し、評価しようとするのでしょうか。どうして、人を点数化することに痛みを感じないのでしょうか。聞けば、殆どの学校が、通知表をパソコン化し、所見を手書きを許さなくなっているという。せめて、所見くらい心を込めて手書きが出来ないのでしょうか。所見をパソコンでうつということは、子どもの人格を文例に当てはめることに他ならないのです。もっと教師はプライドをもつべきです。
それにしても、新学テが強行された今、成績の電算処理が教育界に蔓延るのは眼に見えています。追随するヒラメ教師が多いからです。こうして、学力保障はできない、心の教育も出来ない文科省の施策は、日本を滅ぼしていくのです。昨今の政治問題になっていることにしても、与党は 働く者の責任にしようと躍起になっているが、それは、与党の政治が悪いからです。特に、ある党が与党化した8年前から急速に悪くなってきたと思いませんか。 国民は気づいてほしいな。 


≪71≫ 7月20 日 金曜日
 今、こんなパロディーがはやっているそうだ。岩手の小児科医が発表したものだが、どこかの校長さんが作ったものらしい。
  雨ニモアテズ  風ニモアテズ
  雪ニモ  夏ノ暑サニモアテズ
  ブヨブヨノ体二 タクサン着コミ
   意欲モナク 体力モナク
  イツモブツブツ  不満ヲイッテイル
  毎日塾ニ追われ テレビニ吸イツイテ  遊バズ
  朝カラ  アクビヲシテ、集会ガアレバ 貧血ヲオコシ
  アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテカエリミズ
  作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ  ソシテスグ忘レ
  リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニトギコモッテイテ
  東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ
  西ニ疲レタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ
  南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ
  北ニケンカヤ訴訟ガアレバ ナガメテカカワラズ
  日照リノトキハ 冷房ヲツケ
  ミンナニ 勉強勉強トイワレ
  叱ラレモセズ コワイモノモシラズ
  コンナ現代ツ子ニ ダレガシタ


≪70≫ 7月12 日 木曜日
 どんどん日は過ぎていく。大学の前期講義も残すところあと2回。2回目は、テスト週間だから、いよいよ評価を出さなくてはならない。ところが、私の体質は、大学の評価なんてどうだってよい。大切なことは、現場に入ってから、どれだけ自覚的、自主的に学んでいくかであると思っているのです。(言っておきますが、私は大学時代教育学の勉強はさっぱりしませんでしたが、成績は驚くほどよかったのです。講義をサボらなかっただけなのですが。つまり、反面教師になっているのです)。現場に入って、『ほうれんそう教師』になってほしくないと思うのです。そんな個性のない教師ならいらない。授業テクニックのある教師が、全国一斉にテレビを通してやればよいのです。そうすれば、教科数×6学年で、小学校教師は全国で50人もいれば十分でしょう。何百万人という教師のリストラができます。教育再生会議の連中は、そんなレベルのことしか考えていません。心の教育、人間教育という視点はないのです。

≪69≫ 7月08 日 日曜日
 本日の新聞の記事は「やっぱりね」と言うものだ。都の足立区で実施した学力テストで不正があったというのだ。こうした強制された一斉学力テストでは必ず起きる。まだ表面に出てきていないが、先の全国学テでも絶対に行なわれている。マスコミは不正を糾弾するが、そうした不正が起きる背景や、追い詰められた教師の精神状態には触れない。つまり、真の意味での学力テストは必要なのだが、「上からの学力テスト」は、害あって益なし。子どもの学力向上には役立たず、教師と子ども・親とも信頼関係を壊すだけなのだ。 政治家や教育再生会議の連中には、是非ともこの記事を真摯に受け止めてもらいたいものだ。「今、あなたたちのやっていることは、教育の再生ではなく、教育の役割をぶちこわしているだけなのです」。 教育をぶち壊すとは、日本をぶち壊すことに他ならないのです。義家は本性を表したが、陰山は表していない。暴露しましょうか。

≪68≫ 7月07 日 土曜日
 今日は、私の父の命日です。 私が高校2年生の時でした。丁度その日も土曜日でした。1学期の定期試験が終わって、のんびりテレビを見ていました。見終わって、「もう風呂に入ったら・・」と起こしに行き、体を揺り動かしたら、体が冷たくなっていたのです。ポックリ病というやつでした。まあ、それから私の人生観は一変したと言ってもよいでしょう。あれから、45年です。
時代はすっかり変わってしまい、ノンポリ学生であった私でも「学生の歌声に若き友よ手を延べよ 輝く太陽青空に 再び戦火を乱すな われらの友情は原爆あるともたたれず 闘志は火と燃え 平和のためにたたかわん・・・・・」と叫ばなくてはならない時代になってしまいました。


≪67≫ 7月05 日 木曜日
 今頃は、現場教師は学期末の成績処理で大忙しでしょう。ところが、明治村やリトルワールドへパラパラと来る学校があります。こうした学校は、きっと2学期制をとっているのでしょうね。でなければ、行事を組むはずがありませんからね。さてさて、私も悩みの成績処理を考えねばなりません。小学校勤務の頃は、自信をもってつけていたのですが、大学の評価はどうも苦手です。きっと、中学や高校の方なら、苦もなくつけられるかもしれないけれど、小学校の場合とは、あまりにも評価の観点が違うように思うのです。考えてみれば、もう7回目なのに納得のいく形で評価できていないのです。 まあ、大学での評価・成績など、現場へ出れば、何の糧にもなりませんから、どうでもいいことかもね。 でも、本当は、それではいけないのです。

≪66≫ 7月02 日 月曜日
 世の中の動きがおかしいです。でも、国民はちっとも怒らない。自分たちが政治家によって、どのようにされようとしているのか考えようとしない。国民の安全を守るべき政治家が、、遂には「原子爆弾は仕方がなかった」と言うに及んでは、もはや日本の独立はない。先々週の笑点で、楽太郎がニュートンの“2060年、地球崩壊説”にひっかけて、アメリカの属国ー日本消滅を唱えていた。まさにそのとおりになるであろう。今の政治は売国土 まっしぐら、御先真っ暗なのだ。
. 年金生活者である私の生活も、年金がいつまで続くことやら。社保庁解体とは、民営化し、倒産させますよという宣言です。
 また、自衛隊の国民身辺調査(内偵)、公安調査庁元長官の朝鮮総連詐欺という不透明な事件、強行採決ばかりの国会運営、教育再生会議委員が政党から参議院選に出る、中央審議委員?のまま都副知事になる・・・。民主主義の大原則・三権分立なんて、どこかへ吹っ飛んでしまっている。まさにヒットラーの手法と同じである。 
 このような単純な画策さえ気づかない国民にしたのは、まさに文科省の功績?なのです。 教育三法強行は、さらに考えない、創造力のない国民にするだけのこと。つまり、原材料を持たない日本が、国際競争を勝ち抜く唯一の手立てを放棄することなのです。 本当に、自民党・公明党は、国賊と言えますね。

≪65≫ 6月25 日 月曜日
 昨日は志談塾に行きました。月1回ですが、知的刺激を得る場として、私には貴重な場です。それぞれの方から、自分の専門とする分野、研究している分野からのレポートを聞くのですが、まあそれがハイレベルなのです。私の知識ではさっぱりついていけませんが、退職後、わりとノホホンと過ごしている私には刺激になります。なにしろ、参加者の皆さんの読書量がすごい。私などは、50代後半からは視力のためか、パソコンのためか、集中して読書ができなくなっているのですが、全く「恐れいいたしやす」と言うところです。 私の夢は、志談塾のような幅広い学びの場をつくりたいと思うのです。
 ところで、義家が参議院選に自民党から出馬するんだって、すごい変節ですね。そのあたりのことは、今月号の『教育』を読むとおもしろいよ。その節操のなさがよくわかる。03年の札幌大会のとき、西三サークルが義家を呼んだ時、「あれは、おかしい」と予言したHさんの言葉が印象に残っている。 


≪64≫ 6月21 日 木曜日
 相変わらず国会は民主主義の原則を無視した暴挙が罷り通るところと化してしまった。こんな状態で、子どもたちに何を教えるというのでしょうか。教育再生とは、民主主義を崩し、国家主義・全体主義に転換することに他なりません。そして、教育三法の強行採決。あきれ果ててしまいます。近頃、テレビなどで見る国会議員の顔がアホ面に見えて仕方ありません。この日本をどうしたら気が済むのでしょうか。こうした人たちは、確かにまともな教育を受けていないことはよく分かります。世界情勢が見えず、思考力のないのですからね。困ったことです。
 ひとつだけ、予言をしておきましょう。「イラク特措法2年延長」・・・第1次世界大戦後のシベリア出兵の二の舞になり、世界から孤立する。悲しいことですが・・・・。
 そうそう、「教員免許の更新制」・・・全く無駄。税金の無駄遣い。もう30年以上前から、教師には、初任研、5年研、10年研が課されています。これとの整合性はどうなるの? 現場のことを知らずに、バカな政治家が勝手なことを言うのを、先の教育基本法は戒めていたのです。   本当に、教育基本法を変えるのに賛成した政治家の思考回路は狂っている。バカに刃物(権力)を持たせた国民は、もっと愚かかもしれないね。


≪63≫ 6月20 日 水曜日
 このところ、体がなんとなく重い。ここ2週間ほど1日を通して休む日がなくなんやかやとあるからであろう。日頃のゆったりした生活のリズムが崩れているのです。それにしても、貧乏暇なしというやつで、喜んでいいやら悲しんでいいやら・・・・。
 そしたら、今朝の新聞の「退職塾」という欄に、おやじはとっても生きがいを感じて、投稿しているが、その妻の心情とやらは裏腹・・・・。 案外そんなものだなと、夫婦でニヤリと顔をあわせたのです。 


≪62≫ 6月17 日 日曜日
 昨日に続いて、本日もリトルワールドに出掛けました。今日は研修です。リトルワールドカレッジなる自主研修会にこれほど毎回毎回多くの出席のあるのが不思議です。やはり、人々は知恵に飢えているのでしょうか。名古屋から出かける者は極少数、多くは犬山の人たちですから、犬山の知的レベルは相当なものかな? 新学テ拒否ができたこととも関連するかな? 
 それと、今日、耳に残ったのは、建物の生活臭です。建物ガイドとしての重要なポイントであろうと考えた。そこがなくちゃあ、明治村でもリトルワールドでもつまらぬ陳列館にすぎない。ボランティアガイドなんていらない。ガイドブックがあれば事足りるのである。このところ、ガイド仲間で軋轢のようなものがあるが、原点に立ち返ればすぐ分かることです。“たかがボランティア、されどボランティア”であって、ボランティアが生きがいになっては可笑しなことになるのです。


≪61≫ 6月15 日 金曜日
 なんだか今週はとてもあわただしいというか、忙しい週でした。夏休みに向けての企画・計画が進んできたことが大きな理由です。それらが、私の若かった頃の様相と似通ってきた。つまり、様々の教育運動が、安倍政権の戦前への回帰の勢いに押し捲られ、平和な日本は風前の灯火となっている、なのに気づいていない国民の多いこと。この危機感が、教育運動の原点に立ち戻らせているのです。60年安保の時は、全国民が必死の思いで闘った。でも、今は、さっぱり。みんな平和ボケ。私の教師生活における節目は1986年であったが、あれから、20年。本当に「人生20年節目説」は生きているのですね。
 それに、昨今の年金問題。だれもが、あきれ返っているのだが、政府与党の責任であることに間違いないのに、批判の矛先をはぐらかされている。介護・英会話・総連の問題に翻弄されてはならない。


≪60≫ 6月12 日 火曜日
 土・日と合宿研究会、家に戻って、日・月と孫のお守りとたいへんでした。「抱き方がうまいよ。安心してるよ」なんて、周りからおだてられて、押し付けられているようなものですが、まあ それほど悪い気分ではありません。もう少し大きくなれば、近づいてくれもしなくなるでしょうからね。幸せな時とでも言いましょうかね。 
 さて、今年度も東海地区協の委員長となりましたが、あと1年で引退したいと考えています。いろいろ思うこともあり、これ以上続ける義務もないでしょう。わが道をマイペースで行くことが大切だと思うのです。もちろん、一生 平和と民主主義のためにたたかい続けます。 ♪生きている鳥たちが 生きて飛びまわる空を あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは 目を閉じてごらんなさい こぶしの花が見えるでしょ・・・・・  今年の明治村のこぶしの花はとってもきれいでしたよ。

≪59≫ 6月08 日 金曜日
 今日は、20年ほど前に担任した子の父親に会うことが出来た。縁は異なもの、なんとなく中学生に質問してみたところ「私たちの担任です」。中学生が興奮気味?に連絡をとってくれた。こういう出会いがあるから、ボランティアガイドの活動は止められない。うん、教師でよかったとも思うのだ。

≪58≫ 6月05 日 火曜日
 少し体調も悪いため、のんびり過ごしているのですが、学校現場では、授業研究などが始まっているらしく、このところ、いくつかの質問が舞い込む。まあ、私を当てにしてくれることはうれしいことで、何とかそれに答えたいと思うが、職場状況がわからなくて、つい歯切れが悪く、あいまいさが残る。 実際、私が退職して1年2ヶ月。この間にどう変化したのであろうか。 教師はしっかりと学ぶ意欲を持ち、励んでいるであろうか。 しっかりしないと、再生会議のシロウト集団になめられるぞよ。

≪57≫ 6月04 日 月曜日
 金曜日の午後くらいから、急に体中がかゆくなってきました。左腕や左の体に発疹がいっぱい出てきました。「えっ、今流行のはしかかな?」と思いましたが、木曜日に大学に行ってはいますが、そんな様子はなかったし、思い当たる節もありません。
とすると、植木を伐採したので、そのときの毛虫であろうと判断しました。それにしても、ひどいので、仕方なく医者に行きました。飲み薬をもらいました。翌日には、あまりにかゆいので、かゆみ止めの塗り薬ももらいました。やっと、落ち着いてきましたが、飲み薬を朝夕飲むのですが、飲むとすごくねむくなるので、何もできません。火と金曜日は、朝飲むのは止めようと思います。だって、車の運転が待っていますからね。それほど、ねむくなるのです。つらいものです。 


≪56≫ 6月01 日 金曜日
 今日の明治村のボランティアガイドの時、あの灘中の生徒たちが来ました。昔、私が高校生の時、サークルで灘高の人と交流したことはありますが、興味津々でその行動振りを見ていました。 このページ上には書きませんが、こっそりバスガイドとはよく話し、共通するところがありました。 やっぱり普通の中学生とは違いました。 

≪55≫ 5月29 日 火曜日
 夕方CBCの『イッポウ』という番組を見ていたら、再び、犬山市が学テに参加するかしないかを決定する会議での、瀬見井教育長の苦虫を咬んだような顔や語気強く市長を叱り付けるような場面を流していた。つまり、「犬山市長が1ヶ月ぶりに公務に復帰した」との報道の中で、市長が公務に空白を作ったのは、教委の傲慢な?態度によるものだとの世論操作である。
しかし、市長が「その因果関係は、私には判断できません」との回答しかえられないものだから、市長はトーンダウンしていると批判し教委攻撃に発破をかける。これは、かなり問題のある報道ではないだろうか。しかもですよ、前日の松岡農水大臣自殺の後に流すということは、何を意味するであろうか。 どうみても、私には、中立性を欠いた意図的報道に見える。大石よ、しっかりせよ! もう少し、骨のある奴だと思っていたが・・・・・。


≪54≫ 5月29 日 火曜日
 ここ10日あまりは、妻がスペインへ行っていて、私は一人でつらい日々を送っていました。とても疲れました。やっとあと1日で解放されるかと思うと、うれしくなってきます。三度三度の食事が一番つらいいです。

≪53≫ 5月26 日 土曜日
 教科研の例会は、“佐鳴予備校の教育方針や授業などについて聞く会”であった。教育方針は、パソコンや新聞などでいろいr流されているが、予備校の講師の方々の生の声を聞く機会は初めてである。元来、学習塾に対して、敵対的意識を持っている私であるが、今回の話は、たいへん興味深かった。それは、多分に、「数楽のひろばー算数教室」という週1回の場で、学力をつけるには、どうしたらよいのか。具体的には、限られた時間の中で、何ができ、何をやらねばならぬか、という部分での共通の悩みがあるからでしょうか。お金を受け取っている以上、目に見える形が要求される。これは、予備校であろうが、算数教室であろうが同じです。 今まで、学校の教師には、考えにくかったことが理解できるようになった。退職後の成長のひとつです。   また、パソコンを駆使した授業は、公立の教師にはマネの出来ないものです。インパクトが違います。もちろん、これをして、公立の教師がダメだとは思いませんが、見習うべきところは、きちんと見習うべきでなのです。
 ところで、今までアジッてきた『通塾率は、教師不信のバロメーター』(70年代),『公教育は、学習塾に負けた』(00年代)は一段と輝きをましてきたように思います。



≪52≫ 5月23 日 水曜日
 政治家が教育のことを得意げに語るのと同様に、老人も 最近の若者の様を見て、自分の受けてきた教育を美化して誇らしげに語る。そこには、共通して、戦後教育を批判し、戦前の教育への回顧がにじみ出ている。今の教育がアメリカの教育侵略にさらされている事を知ってか知らずか知らないけれど、つい1年前まで現職にあったものには耐え難い語りである。
 「なぜ、教師が意欲的になれないのか」という視点を持てば、すぐ分かることなのだが、文科省や教委がやることは、教員を締め付ける管理ばかり。これでは、効果は全く逆。出る杭は打たれるでは、誰も動きません。ますます「ほうれんそう教師」昔「ひらめ教師」が増えるだけ。  マスコミは、もっと教師を励ます論調であってほしいものです。他の職業の悪口だったらいくらでも言えます。それに、どこの世界にも不適格だと思える人物はいますよ。ほんの一部を取り上げて、それがすべてであるかのような報道を称して、「煽動」と言うのです。あおり行為は罪です。 それにしても、日本人は、考えないから、すぐ乗せられてしまう。


≪52≫ 5月19日 土曜日
 木曜日の午後4時頃、長久手町で、拳銃乱射立てこもり事件が起きていた。その日は、丁度講義を追え、近くを通って帰路についていたことになる。その事件は、死者まで出して、やっと昨晩解決したのだが、それをいろいろ話しているうちに、「警察は国民を敵にしているが、自衛隊は 国民を敵にしていない。外国を敵にしている」という話があった。そのような見方を考えたこともなかったので、「なるほど」と変に感心してしまった。憲法9条が話題になっている折、自衛隊員は、そのような意識付けをして、自己の仕事?に存在感を持たせているのであろうか。つまりは、“国民を守っているのは、我々だ”とね。ふ〜ん。

≪51≫ 5月15日 火曜日
 昨日、奈良の谷山清先生から、自伝『古都のいぶき〜わたしの教育史』という本をいただいた。谷山先生の自分史だ。私もまとめたいと思っているので、とても興味深く読ませていただき、感銘した。とかく、自分史というと、自分を美化しがちであるが、この著は、これからの自分のありかたに満ち満ちている。つまり、自分史を書くことによって、自己の将来像が描き出されているように思えた。う〜ん、こういう形ならば、自分史を書いてみる価値があるなあと思った。またまた、谷山先生に教えられたのであります。  えっ、谷山先生と私の関係を知らないって。 もう20年来 お付き合いさせていただいているが、お会いしたのは1度きりです。谷山先生は、日本作文の会の重鎮。平和教育の実践家です。 出会いは、向山洋一が谷山先生の実践を知りもせず、自分の不勉強を棚に上げて、馬鹿げたを批判したことに始まります。 ただ、まさか、向山が、近年の教育基本法や憲法改正までも目論んでの法則化運動ではなかったと思いますが・・・・。 私が「法則化運動は、国鉄問題における動労の役割を担うであろう」の指摘でよかったと思います。

≪50≫ 5月14日 月曜日
 朝から知立市の無量寿寺にカキツバタを見に出かけました。在原業平で有名な三河八橋のカキツバタ園です。平日ですが、結構人出はありました。私たちのような年寄りのペアばかりです。はるか昔を偲んでしばしの間 カキツバタに見入っていました。ボランティアの人に、カキツバタとアヤメとハナショウブの見分け方を教えてもらいました。その後、国指定の天然記念物「小堤西池のカキツバタ群落」を見に行きました。まだ、満開ではありませんでした。無量寿寺より1ヶ月ほど遅いそうです。でも、温暖化のせいでしょうか、池の水が干上がり、雑草が多いのが気になりました。本腰を入れて、自然を守るような政治をしていかないと、日本、いや地球がダメになってしまうと思いましたが、日本の政治家は、自然破壊の最たる戦争のできる国づくりをしようとしています。このどうしようもない政治家は消えてなくなってほしいと思います。政治家の顔は見たくもありません。特に、与党の政治家には反吐がでます。気持ちよく爽やかな日本であってほしいです。

≪49≫ 5月10日 木曜日
 水曜日と木曜日が過ぎると、1週間が終わったという感じになってしまいます。まあ、長年の教師根性がそうさせるのでしょうが、水曜は小学校1年生・木曜は大学3年生という対象相手の落差も気疲れで、ホッとしてしまうのでしょうね。やはり、生の子どもたちとの取り組みは、私の気持ちを生き生きさせているのは確かです。もちろん、火曜・金曜のボランティアでの人の出会いも貴重ですが、ここでのことは、人生勉強の色彩が強いです。学生との触れ合いもありますが、数教協活動とは関係はうすいですからね。 まあ、楽しくできているから、いいかな?

≪48≫ 5月07日 月曜日
 ゴールデンウィークも終わり、孫のお守りで疲れましたが、また普段の生活に戻る。この普段の生活もやはり課題をもって生活しないとマンネリ化してしまう。ただ、おかげさまで、4年目に入った大学での講義については、6月の地区大会で「実際を報告せよ」との機会が設けられ、まとめてみる課題が出ている。ボランティアガイドについては、そのあり方が論議になってきているので、自分の見解を明確にし、論議に首を突っ込んでやろうかと考えている。ガイド活動の面では、新しい視点からのまとめをこの1年のうちに作り上げたいと考えている。サークル活動では、全国大会の分科会担当の仕事が急に回ってきたので、準備のピッチをあげないと間に合いません。「わり算」についてのレポートを作ることになりますが、教室実践ができないので、頭が痛いです。さらに、“数楽のひろば”に対しては、教材開発をしないといけません。本日も、幼児関係の人から、関連書の問い合わせがありましたが、今後、算数・数学の研究の中心は、幼児教育になっていくように感じがします。重荷ですが、努力しましょうか。

≪47≫ 5月05日 土曜日
 端午の節句=子どもの日です。こうした祝日にも、男女差別が残っていますね。ですから、桃の節句の日も祝日にすればいいものを、祝日の日を弄繰り回して、何の意味もなくする。確かに祝日は、天皇家との宮中行事との関連が多く、問題も多いが、日本の文化を考えるきっかけにはなる。ところが、「日本の文化・伝統を大切にしろ」という政府が、文化・伝統に次々ぶち壊しているのですから、日本の国はお目出度い国なのです。 要は「日本人は勤勉だ」というのは、何も考えず、黙って黙々と行動するということなのです。だから、組織=命令がないと動けない国民ということです。 寂しいことですが、そういう国なのでしょうね。 
 そうそう祝日でしたが、昨日 明治村のボランティアに出ました。この1年のうちで、一番の人出でした。忙しかったです。疲れました。


≪46≫ 5月03日 木曜日
 今日は憲法記念日です。世の中は、改憲の世論操作がゴリ押しに進められ、若者を中心に浸透しているという。年配者ほど護憲の立場である。なぜか。それは、改憲の本質が見えているかどうかの違いである。今、集団的自衛権の検討会議を発足させたことの意味を考えればすぐ分かる。 ねらいは、9条を骨抜きにすること、つまり“平和国家”から“戦争のできる国”にすることにあるのだ。実に単純なことなのだが、憲法を一派一絡げにして、与党は国民をだまし続けている。善良な国民である日本人は「まさか自民党はそんなことを考えていないでしょう」と思い込んでいる。 例えば、従軍慰安婦の件でも、アメリカ議会が「日本軍が関わっていないというのでは理解が得られないでしょう」とやんわりと言うだけで、安部総理は「すいませんでした」とアメリカに謝罪するが、決して日本では言わない。ましてや、その被害者には謝罪しない。 マスコミもそこをあいまいにして報道して、いかにも謝罪したかのように扱う。 日本のジャーナリストが自立していない証拠なのだが、悲しいかな現実である。 戦後、日本国憲法を授業で扱うことを妨害し続けてきた効果が表れてきたといえよう。 この事実にしても、国民にとっては、教育現場でそのようなことが起きているなんて思いもしないことなのです。
 『新学テ』にしても、「子どもの指導に役立てると言っているのに、どうして反対するの?」と同じこと、教育現場で起きていることは隠蔽されて、「教師が悪い」「教委が独裁的だ」との世論操作だけ。 もっと、一人一人が賢くならなくちゃあ。


≪45≫ 4月30日 月曜日
 あああ〜、もう4月も終わりです。明日は、誕生日、62歳になってしまいます。第2の人生をまっしぐらと言いたいところですが、現役の頃・過去のことを断ち切り、新しい自分づくりをしようと考えていましたが、なかなかうまくはいかないでいます。ただ、健康面では、週2日のボランティア活動と犬の散歩でなんとか維持できています。大学の講義と算数教室は知的活動といえますが、過去の財産にたよりすぎて、創造的とは言えません。もちろん、それらを創造的な取り組みにすべく、算数教室を始めたのですが、なにしろ 一年生相手は35年ぶり、苦戦の連続です。いい刺激になっているとも言えますけどね。 あとは、サークル活動に日々を費やしていますが、サークル活動を引退した方がいいかなとも考えているのです。いつまでも、年寄りがのさばっているようではサークルの活性化は期待できませんからね。あと1年以内にはなんとかしたいものです。

≪44≫ 4月27日 金曜日
 今日、明治村でKさんにお会いしました。1年2ヶ月前のお礼をしました。それは、私が現職で子どもたちを連れて、明治村を訪れたときのことです。ボランティアに応募しようか迷っていて、直接、ボランティア活動をしていたKさんにいろいろお話を聞いたのです。その話から、私は「やる」ことを決心したのです。だから、そのお礼をしたかったのですが、活動曜日が違っていて、とうとう今日まで、できなかったのです。 今日、改めて、お話して、とても優しく、品格のある方だと感じました。こういう年のとり方をしたいものです。

≪43≫ 4月25日 水曜日
 昨日、行なわれた『新学テ』の問題を解いてみました。予想に反して、とても素直な問題で、「これで、学力がついている」とは言い切れないレベルの問題のような気がしました。これは「格差を生み出す」とか「競争原理の象徴」とかの批判をかわすねらいがあったのでしょうか。きっと高得点続出で、差なんて出ないように思いました。 得点差は、マークシートに慣れていないためのうっかりミスばかりでしょう。 “差がでない”ことを喜んでよいのか考えさせられます。つまりは、実施しても、子どもたちの指導には何も役立たない代物であったとも言えます。 貴重な1日を子どもたちから、奪い取った文科省は『時間泥棒』ということです。   犬山は正しかった。 なのに、マスコミは、犬山叩きをしている。

≪42≫ 4月22日 日曜日
 『全国学力テスト』がいよいよ24日に迫った。そしたら、案の定、とんでもない記事が中日新聞に載った。つまり、「犬山市の不参加は市教委の独走。保護者の思いを置き去りにしたものだ」というのだ。近頃の世論誘導に乗っかった知的レベルの低い記事である。こうした世論操作がなされていることは、もう昨年度から指摘してきた。そして、県知事選で石田氏が敗れれば、犬山の教育改革も立ち行かなくなるであろうと予想してきた。そこを、市教委が踏ん張っているのに、またしてもマスコミが追い討ちをかける。日本のマスコミの自立性のなさの象徴的な記事である。 近年の中日新聞の記事の姿勢はなかなかよいと評判になっていたのに、これじゃあね。
 ところで、この記事の最大の欠陥は、S30年代の『学テ』に学んでいない素人記事であることだ。現場教師のほとんどはやりたくないと思っているのに、かつてのように現場教師の声が全くといってよいほど出ていない不思議さに視線がいっていないことである。だから、世論操作のなされた保護者の声に迎合した記事しか書けないのである。また、「テスト」というもののあるべき姿が分かっていない。もう少し、教育学を学んでほしいね。
 そうそう、そのうち市長が入院したのも、学テ不参加を強行した教委の責任にすることでしょうよ。 

≪41≫ 4月20日 金曜日
 先回から、知らないうちに1週間以上経ってしまいました。この間の私は、元気に行動していたのです。ただ、久しぶり(10ヶ月ぶり)に大好きなジグソーパズルを始めたのです。「できたものをどこへ置くの」という批判をかわすために、「世界最小」という謳い文句のものにしました。たった204ピースのものなので、すぐできるかと思いきや、ピンセットで扱う小ささのため予想以上に苦戦。 そのために、この教育日記を書けなかったというお粗末の次第です。本当は、のんびりジグソーをやってる暇などないのですがね。でも、好きなことは止められません。 

≪40≫ 4月12日 木曜日
 本日より、大学での講義も始まりました。後期分の開講曜日を変えたからか、昨年度よりは20名近く少なめでよかったです(まだ、人数が決定ではなく、来週増えるかも)。まあ、4年目に入るわけですから、楽しく、意義ある内容にしていきたいです。
 ところで、私の今年度のおおよその動きも固まってきました。昨年度よりも、ちょっぴり忙しくなりそうですが、それほど時間に縛られた生活ではありませんから、退職後の過ごし方としては、まあまあでしょうか。自己満足かな? 


≪39≫ 4月09日 月曜日
 8・9日と、妻の還暦記念ということで、息子たちが1泊旅行を企画してくれました。長男も休暇をとって参加してくれました。家族一同が集まるということは本当に少なくなっていますから、貴重な機会です。じいちゃん気分で幸せ一杯というところですが、世の動向はやっぱりおかしいです。日々の生活に追われて、先の見通しを考えようとしない、見えない、見ようとしない。カッコをつけて言えば、現実主義者なのかもしれませんが、今の情勢は、気づいてからでは手遅れだと思うのですがね。 まあ、
こうした思考力のなさが国際学力調査に表れているということでしょう。 ですから、今月24日に文科省が行なう「学テ」では、解決付きませんねえ。でも、権力を傘に強行するのですから、ますます庶民は虐げられるのです。なのに、気づかないのですから、哀れというか、悲しくなります。


≪38≫ 4月07日 土曜日
 ラジオなどを聞いていると、「へえ」と思うようなことがあります。世の中の動きとはたいして関係ないとは思うのですがね。
 そうなのです。3月13日は「サンドウィッチの日」でした。それは1が3にはさまれているからです。
 4月3日は「沖縄の日」だそうです。「なぜ?」っていうと、43で、シーサーだからだそうです。
 4月6日は「新聞の日」です。それは、46で、よむ。新聞を読もうとなるわけです。
、  全くの語呂合わせ。ただ、「ふう〜ん」と思うだけですがね。 世の中、暇というのでしょうか。


≪37≫ 4月06日 金曜日
 4月第1週も、あわただしく過ぎていきます。来週からは、大学の講義も始まり、手一杯の感じです。特に、人事の関係で、8月の全国大会の分科会6時間を出ずっぱりになりそうで、ちと憂鬱です。まあ、「わり算」について、改めてまとめ上げるにはいい機会かもしれませんけどね。取り組むことがいっぱいできました。有難いことだと考えるべきでしょうね。
 そうそう、今日は、名古屋市内の小学校の入学式でした。「数楽のひろば」の子たち、ちゃんとできたでしょうね。担任の先生は、だれになったかな?


≪36≫ 4月02日 月曜日
 もう新しい年度に入っています。私も、昨日の東数協の講演で始動です。退職して1年。新たなスタートです。なにしろ昨日の講演の題目は「私が探求してきた算数教育」でした。自身、どう考えてきたかは明確ではありません。でも、大切なこと。おかげでじっくり考えることが出来ました。 どう考えたかは、いつか公表するにしても、昨日の講演は、失敗に近いものでした。準備していた原稿(56枚分)で、少し時間が余りそうだと予想し、周辺部のことを差し込んで話していたら、肝心の部分の時間が足りたりなくなってしましました。焦りました。大失態でした。折角、、銀林大先生が「あなたの話を聞きに来た」と挨拶してくださったのにねえ。(HPの方に主旨を載せます.)
 いずれにしても、昨年度より、忙しくなることは確実です。最後のご奉仕のつもりでいきますか。お呼びでなくなるのも近いことですから・・・


≪35≫ 3月30日 金曜日
 プロ野球が始まりました。ドラキチである私は、落ち着かなくなります。特に、今日の開幕戦にはしびれてしました。みんなきっちりと自分の仕事を果たすのですからね。こういつもうまくいくとも限りませんが、気持ちだけは最善を尽くすようにしていきたいものです。  
 またまた、おかしなことが起きています。ひとつは、「道徳を教科に」と「検定で、沖縄の集団自決は、軍の命令ではない」という聞いて呆れるような出来事です。 再生会議に、教育学者が入っていないことが問題視されてはいましたが、これほど、とんちんかんなことでも、知らないと、なんでも出来てしまうのですね。 ちかごろ、中教審の方が、余程ましだなあと思えてきてしまいます。  このように、思わせるために、再生会議はトンチンカンな提言ばかりするのでしょうか。

≪34≫ 3月29日 木曜日
 穏やかな日々が過ぎていきます。もう少しで、退職1年です。世の中は、急速に危なっかしい方向に進んで、ブレーキがききません。かつてなら、若者がそのブレーキ役をしたのですが、今は果たしてくれません。例えば、憲法を変え、戦争のできる国にするための国民投票法にしても、「18才以上の投票にする」という。若者が憲法改正に賛成すると読めるからです。近頃の私などは「戦争に行くのは若者だから、勝手にしろ」と投げやり的です。 本当に考えることの出来ない人が多くなりました。これ、確かに、教育の成果?なのでしょうが、私の37年間の教員生活の中で、そのようにいい加減な指導をしていた人は、そんなにいませんでした(ゼロとはいいませんが)。 それなのに、この実態はどうなのでしょうか。やはり、教育というよりも、さらに何か大きな力が働いていたからではないでしょうか。あの靖国へのA級戦犯合祀を政府が協力に働きかけていたということが資料であきらかになったように・・・・。 それにしても、こうした穏やかな日々がずっと続くように願いたいものです。  そうそう、穴水町の滝井さん、大丈夫かな???

≪33≫ 3月26日 月曜日
 午前中、日ざしも暖かなので、勝川橋の方まで、犬の散歩に出掛けました。家の横の八田川の護岸工事も一段落したので、のんびり出かけたのです。ちょっと時期はずれの土筆とりもしながらです。とてもいい気分でした。ただ、散歩道になっているのですが、相変わらず、犬の飼い主のマナーの悪さには閉口します。年々悪くなっています。 我が家の愛犬のしつけはよくありませんが、でも、飼い主としてのマナーは守っています。 現代の政治家の身勝手さの反映でしょう。 その間隙をぬって、戦争への道をまっしぐらに突き進んでいるのは、さらに許せません。 

≪32≫ 3月23日 金曜日
 もう終業式か。早いものですね。今日は、明治村のボランティアガイドで、A3の担当でした。1日中 正門周辺での活動ということです。やっと、平日でも一般客に混じって、卒業生らしき子たちが目立つようになってきました。学校からの見学と違って、解放された喜びがあるようです。楽しそうです。ただ、「探検隊U」をやる楽しさ。まあそれもよいでしょうが、明治村の貴重な建物から何かをつかんでほしいし、つかんでくれるようなガイドがしたいものです。やはり、ガイドの中身は決して子ども向きとは言えません。 明治村も、小中学生の入場者がリトルワールドに負けていることを気にしているようですが、ガイドの仕方・見学の視点を子供向けに工夫するような地道な努力が必要ではないかと思っているのです。もともと どうしたらよいかを考えるためにボランティアガイドに応募したのですけどね。それが、この1年でやりきれなかったというまでのことですが。

≪31≫ 3月19日 月曜日
 今日は卒業式。その様子を聞いた。どうなるかと心配していた形式もフロアー式でやりぬいたそうだ。卒業生の数が多くて、フロアー式では難しいだろうとあきらめの境地であったけど、頑張りぬいたのですね。それに、歌声もすばらしかったそうです。東山の伝統が次々潰されていく状態であったけど、久しぶりに守りぬかれたという印象です。 今の校長さんになってから、少しずつ子どもの側に立った運営がなされているようですね。 その前、前々はヒラ教員の意見に対して、聞く耳をもっていなかったからねえ。  まあ、結構なことです。

≪30≫ 3月17日 土曜日
 ほそぼそとサークルを月1回開いている。メンバーはずう〜っと一緒だ。レポートも出るには出ているが、お互いにちょっとお疲れ気味という感じだ。私も、退職後実践レポを出せないしねえ。つい、情報交換的なことが多くなり、つい愚痴っぽくなってくる。 近頃は、算数に限定しないで、志談塾のような形式にした方がいいのじゃないかと思っている。 そうしたら、Hさんから、「出たいから、サークルの曜日を変えてもらえないか」と電話があった。まあ、それも考慮しながら、来年度のことを考えることにしようかな。 車の傷の修理の見積もりをしてもらったら、15万円を超える。ええい、エンジンに異常はないから、もう直すの止めておこう。

≪29≫ 3月15日 木曜日
 「元気な愛知県」「愛知県は元気だ」と盛んに報道される。高校・大学生の就職状況も極めてよいと言う。まあ、結構な話であるが、生まれも育ちも愛知県人の私には「ちと、待てよ」と思うことがある。つまり「愛知県は本当に元気なのか?」。 というのは、愛知の地場である松坂屋が大丸と合併すると言う。それぞれのノレンは守ると言うが、先の東海銀行にしても、今やその陰はなくなってしまったではないか。松坂屋の運命も・・・・・。 要は、東京の資本が、愛知の企業をむしりとっているだけなのです。トヨタだけが勝ち残り、愛知県政も意のままにしていこうと言う魂胆なのでしょう。 名古屋市も近々豊田市の傘下にくみこまれていくことでしょう。 明治村やリトルワールドに来る小学校のお小遣いも、豊田市の小学生が一番金持ちなのです。

≪28≫ 3月13日 火曜日
 今日は「サンドウィッチの日」なんだそうです。知りませんでした。そのためではありませんが、サンドウィッチを持って、リトルワールドへボランティアガイドに出かけました。 ちょっと驚いたことがあります。それは、卒業まで、あと1週間もないのに、行事を組んで来る小学校があったということです。卒業式の練習の息抜きなのでしょうか、教師も子どももハイテンションで、見学ガイドどころではありません。元同業者としては、首を傾げたくなりました。ちゃんと見学の意義付けをしてほしいね。ここは、人間博物館なんですぞ。 

≪27≫ 3月12日 月曜日
 今日は、孫の“お宮まいり”に行きました。暖かくなってからにしようとこの日を設定したのに、今冬でも一番の寒さでした。でも、驚くほど多くの人が来ていました。無事に終わったのですが、実は、カーナビに頼って、目的地にむかったのですが、ひどく狭い道に誘導されて、車に傷をつけてしまいました。ショックです。機械部分には何も異常はないのですが、ドアその他の部分がへこんだり、ガリッと傷がついたのです。あああ、修理に出さなくちゃあなりませんかね。カッコ悪いものね。絶対に忘れない日になりました。 でも、ショックです。

≪26≫ 3月8日 木曜日
 昨日は、中学の卒業式でしたそうな。現職でないと、だんだん疎くなりますねえ。このところ、なんやかや忙しくて、木曜日しかあいていない。それも4月からは大学での講義が入ります。やはり、ゆとりを持って取り組むことが大切。これじゃあ、じいちゃんができません。困りましたね。   なお、HPの下方、「息子のページ」から入って、「日記帳」を開くと、孫が一杯出てきます。私のじいちゃんぶりもね。

≪25≫ 3月6日 火曜日
 流石に、この時期になると、平日のリトルワールドは、団体客も極めて少なく、静かである。午前中は活動なし。そこで、樹木の名を調べていた。様々な植物が、建物に合わせて植えてあるのだが、さっぱり分からない。それでは、ちょっと困るので、ここ何回かを使って調べ上げてみようと考えたのです。人間は「自然との共生」で生きているのであるし、建物の周辺の環境を少しでもかもし出そうと工夫されているのに、周りの植物に無頓着ではねえ。 本日は、途中霰も降って寒かったのですが、アフリカ周辺だけは書き上げました。 もうすぐ、ボランティア活動を始めて1年間になります。一歩でも前進しなくちゃあね。
  ※春のリトルワールドのチラシに、私 登場しています。写真は、逆光でよくわかりませんが、名前もばっちりね。どうぞ、ご    覧下さいませ。
 そうそう、昨日の明治村の研修の時、思いました。「なぜ、小中学生の団体客が、リトルワールドより少ないか」  ガイドの仕方にも工夫がいると思いますよ(これは、私が応募した課題でもあるのです)。でも、まだ新米ですから、発言は止めておきました。明治村のボランティア組織は縦社会ですから。

≪24≫ 3月4日 日曜日
 昨日は、孫のひな祭りパーティーをするというので、二男夫婦の居る浜松まで出かけました。ちょうど、長男も帰名していたので、伴って行きました。二人の孫はすくすくと育っている感じです。まあ、わが子の時には、あまり協力をしていなかった私ですから、実は、孫をあやしたりするのは気恥ずかしいのです。それを見越して、周りの者たちは「じいちゃん、上手!」なんて、わざと言いまくるのです。妻も、にやにや・・・・・。 あああ、平和なことです。これが、人生というものですかね。

≪23≫ 3月1日 木曜日
 もう3月。高校は卒業式ですねえ。ほんと、退職してl、もうすぐ1年。早いものですね。私は、しあわせなことに、持病みたいな腰痛も4月頃、少し悪かったものの、それほどひどくなることもなく、1年が過ぎようとしています。今は、メタドリックシンドロームに陥らないように気を付けていこうと思っています。
 それにしても、このところ忙しくて、なかなかUさんとも会えないよ。うれしい悲鳴というところかな。

≪22≫ 2月28日 水曜日
 先回の「数楽のひろば」が体験会とはつい知らず、本日が初日なのだそうな。まあそんなことはどうでもいいこと。肝心なのは内容ですからね。でも、年長さんを対象にした授業は初めて、ちょっと疲れます。それよりも、鉛筆で数字を書かせました。数字を書くことよりも、鉛筆の持ち方が気になりました。今、直さねばもう直らんぞ! 嫌われても直すべし! 筆圧は、脳の活性化とかかわるのじゃ。 これ、陰山の受け売りではない。こんなことは、ずーっとずーっと前から言われていることなのです。
常識なのです。 でも、近頃の学校はいい加減。 鉛筆の持ち方は、もはや大人でも正しいのは半数以下でしょう。今度から、注意して見てみなさい。すぐわかります。


≪21≫ 2月26日 月曜日
 新1年生の「数楽のひろば」の第1回をしました。“数の導入”を扱えばよいのですが、子どもたちの実態も分からず、少し苦戦をしました。やはり、畳ではなく、机でやった方が緊張感も持てたのではないかと反省しました。ただ、1年生を担任してから、30年以上経っていますし、この1年近くは大学生を相手にしていましたので、要領も悪かったですね。 まあ、「数楽のひろば」という通信を出して、いろいろ考えてみたいと思います。 

≪20≫ 2月22日 木曜日
 20日にリトルワールドのボランティアから家に帰ってから、大変でした。私の妹の旦那が急遽したのです。車に乗っていて、心臓停止ですから、「事故にならなくてよかった」と言わなくてはならないかもしれません。21日は通夜、22日が告別式と言うわけで、予定はすっかり狂ってしまいました。まあ、心配事はいっぱいあるのですが、なんとかやってくれるでしょう。
 それにしても、人の一生なんてはかないものです。私の家系は、あっけなく死ぬようですので、一日一日精一杯悔いの残さぬように過ごしていきたいものです。 本当は、まだまだやりたいことがあるので、死ぬわけにはいきませんが、天の定めですからねえ。


≪19≫ 2月18日 日曜日
 午前中、「犬山の教育実践」についての報告を聞きに行きました。確かに、実践活動に努力しているのはよく分かりました。でも、こうした取り組みの限界なのですが、≪同一歩調≫≪進度をそろえる≫という足かせが伴うのです。つまり、少人数指導をどのクラスでも同じようにしようとすればするほど、教科書べったりの授業に陥るのです。教材研究、つまり、教育の中身を検討することなく、指導法に陥り、思考のパターン化となってしまうのです。これでは、子どもたちの学力向上や考える力を育むことができなくなってしまいます。 確かに、今、犬山の教委は、再び同じ轍を踏まないように努力しているようですが、少人数指導に拘っている限り無理。少人数学級という方向性をしっかり持って、取り組んでもらいたいものだと思いました。 まあ、時間制限もあり、聞くだけで、討論をすることはできませんでした。

≪18≫ 2月15日 木曜日
 本日は、早朝から車を飛ばして、孫の「音楽発表会」を観に出かけました。おじいちゃん、おばあちゃんの招待日なのです。0才児から、年長の5歳児までの出し物を観ました。この時期、1年1年の成長は大きなものがあることを改めて感じました。つあい、小学校1年生をあまりに赤ちゃん扱いをしていないか? 年長さんのしっかりした態度を見ると、1年生に入学した時、扱われ方に不満を持つのではないかと思ったりしました。子どもなりのプライドがありますからね。いい学びができました。 知らないこと・気付かないことは恐ろしいことですね。 あの教育再生会議にしても、、国の数々の施策にしても、現場とかけ離れていて、改革になっていないのです。平和で、健やかな生活でありたいですからね。

≪17≫ 2月13日 火曜日
 10・11・12の3連休は、東京に缶詰でした。しかも、今回はレポーターにもなっていたので、少し疲れました。それは、研究会議の流れと、私の思いにはズレがあったからです。結局、そのズレは埋まりませんでした。戦略論として重要だとは思うのですが、世情には、目は行きませんでした。教育界だけに居るとどうしても井の中の蛙となってしまうのでしょうね。
 「親や子どもに支持される実践」となるには、まさに世論操作が必要です。百マスやTossに乗りこえる実践でなくては問題外、世論に巻き込まれながら、乗りこえるのです。そうした教材(授業)こそが宝物なのです。


≪16≫ 2月6日 火曜日
 暖冬もいいところです。気持ち悪いくらいのぽかぽか陽気です。今日のリトルには500人くらいの団体客があり、午前中は春や秋のようににぎやかでした。ガイドも一服する間もなく、動き回っていました。 冬場には、考えられないような賑わいでよかったです。 でも、近頃の小学生は金持ちです。着たり、食べたりします。特に、豊田市あたりの子は金持ちです。一番お金を持ってこないのは、名古屋市の子たちです。どうしてでしょうね。
 そうそう、今日、リトルワールドの「春のしおり?」にガイドをしているところの「モデルになってくれない」と頼まれ、またまた写してもらいました。ちょっと図々しいかな。もっとガイドのベテランがいるのに・・・・。

≪15≫ 2月5日 月曜日
 昨日の愛知知事選は、予想通り現職の勝ちとなった。まあ、民主党が革新県政の会との共闘を拒否した時点で勝負は決まってしまったのだ。だから、わが同級生・石田君は、その時点で負けを覚悟していた。彼は、共闘を願っていたからだ。政党の確執に負けたといってもよいだろう。これで、犬山の教育改革もぽしゃってしまうであろう。これは、重大なことなのだ。この責任を誰がとるのだ。 愛知に教育実践運動が盛り上がらないのは、いつもいつも、教育運動の原点が忘れられ、政治闘争が優先されるからなのだ。 あああ、新村猛さんの時以来のチャンスだったのにねえ。 

≪14≫ 2月3日 土曜日
 もう2月です。来年度4月からのことについて考えねばなりません。大学の講義の方は、曜日も既に決まりましたが、ボランティア活動の方をどうするか。この1年間、ずいぶんいい勉強をさせてもらいましたが、本来の目的である「小学生にもわかりやすいガイド、視点づくり」はできていません。もう1年間、やるかな? きちんとまとめてみたいしね。まあ、健康にもいいし・・・。ただ、地域での“数楽のひろば”づくりがもう少し進めば、ガイドボランティアはできませんからね(これも、ボランティア活動の一種ですが)。 いずれにしても、若い時のように、あれにもこれにも手を出すのではなく、ひとつずつ着実にやるようにしないとね。みんな中途半端になってしまいますからね。
 
≪13≫ 1月29日 月曜日
 先週から、1人で生活しています。妻が、海外旅行に出かけているからです。いつもながら、1人ですべてをやることはつらいものですね。もう ちょっとバテ気味。まだ1週間も続きます。あああ・・・・
 ところで、私の息子のホームページも見てやってください。孫も出てきますよ。

≪12≫ 1月27日 土曜日
 昨日は、明治村に教え子たちが来ました。いつもより、早く家を出て、正門で迎えてやることにしました。9時半にはやってきました。1番乗りです。まあ、昨年度と違って、暖かくカイロなど必要のないくらいでしたよ。他のガイドさんにも、「私が勤務していた学校なので、よろしく!」と言っておきました。 まあ、振り返ってみると、私が明治村のガイドに応募したのは何のためだったのかな?と、まとめてみる時期にきています。「ガイドボランティアの1年」を総括しないといけませんね。
 本日は、教科研の例会に出かけました。「教員評価」の問題を取り上げて学習しました。こんなことをしたら、ますます教員の創意工夫は減退し、子どもたちの思考力も向上しません。 今の子どもたちの抱えている問題を分析したら、それを解決する方向で進めるべきなのに、どうして逆の思考しかできないのでしょうか。 政府与党・文科省・教委・管理職がどう責任をとるのですか。 「自己責任」「説明責任」とか言うだけで、そうした責任をとらないのは、政府・与党(自民党、公明党)でござる。

≪11≫ 1月24日 水曜日
 教育再生会議が「第一次報告」を出しました。早速、パソコンでプリントして、読んでみました。やっぱり、ガッカリです。それよりも、今後 この会議が果たすであろう役割を考えると、空恐ろしくなります。字面の裏に見え隠れするものは、戦後の教育体制の否定=戦前への回帰に他ならないのです。決して、昨今の教育を取り巻く諸問題の解決には繋がらず、国家統制・学習指導要領の法的拘束強化・国定教科書化への道が開かれただけのことです。
 それにしても、「学力向上」と言いながら、恥ずかしいような学力論。これで、学力向上になりますか。国際学力調査で上位がとれるとでも思っていますかね。 教育再生会議の学力程度が痴れるというものです。 「こんな提言、やめてくれ!」と言いたいです。ますます、子どもたちから、創造力や思考力を奪っていくだけではありませんか。 金があったら、誰が公立校に通わせますか。つまり、教育内容の格差を持ち込むだけなのです。「等しく教育を受ける権利」が侵害されることになるのです。
『再生』とは、戦前の軍国教育体制が復活するだけなのです。 みなさん、じっくりと、批判的に、しっかりと読みましょう!

≪10≫ 1月23日 火曜日
 先の志談塾の折、近世の尾張藩のことが話題になったので、急遽 大学の卒論を歴史学会で発表した時のレジュメを印刷しました。卒論を書いた後、1年ほど、いや半年ほどは、実地研究として、旧尾張藩領へ出かけたりしていましたが、その後はさっぱり。改めて読み返して、「うまく検証できていないなあ」なんて思いました。卒論を書いた時の資料はファイルに12冊分は残っているから、もう一度、やってみるかな?  やっぱり無理かな?

≪9≫ 1月21日 日曜日
 今日は、念願かなって、「リトルワールドカレッジ」の後、志談塾に出かけました。5年ぶりでしょうか。知的刺激を得るには絶好の場です。つまり、私も様々な場へ出かけますが、やはり教育関連の場に限られています。 もっと、様々な分野に視点を広げていくことが、人間として大切なことだと思うのです。 人間的な成長を図りたいのです。 そんな気持ちをかなえてくれそうな場が志談塾なのです。 もちろん、将来は我が家で・・・・・。でも、私は人脈が狭いのが難点。 もっと広げていかねばねえ。

≪8≫ 1月19日 金曜日
 冬季は、明治村やリトルワールドでのボランティアガイド活動も休眠状態に近くなる。私の参加しているのは、平日だから なおさらの事です。 本日の明治村も2校の団体客はあったものの静かなものでした。 ただ、結構日差しはあって、鴎外・漱石邸の縁側に座って、庭を見ながらボーっとしていると、最高にしあわせ気分でした。 人生の中で、あくせくするばかりではなく、こうした時間のある生活が大切だと改めて感じましたね。 
 世情では、教育再生会議が提言を出したようですが、全く現場を知らない代物です。出しても何の効果もないでしょう。 根本は、少人数・30人学級にし、教師の締め付けを止め、ゆとりを持たせれば、子どもたちのへの目配りも出来、学力保障もし、いじめもなくなるのですよ。 実に簡単なことなのです。 いくら、授業時間数を増やしたって、押し付け研修をしたって、無駄です。 人を(教師を)信じることをしないで、愛なくして、管理を強めても、うまくいくはずありません。 そんなことがわからないで、再生会議とははずかしいね。


≪7≫ 1月17日 水曜日
 もう12年も経つのですね。あの年はいろいろありました。オウムのサリン事件や名古屋空港での韓国機墜落も確かこの年です。世情の不安は、ずーと続いているわけです。
 ところで、阪神大震災のことは、学校現場ではちゃんと語り、指導されているのでしょうかね。もう、そんなことを語る教師もいなくなってしまったのでしょうかね。 資料もきちんと準備されていないことでしょう。 今日も、Uさんと「情けないねえ」と嘆いていましたが、こんな教育現場にしたのは、政府自民党なのです。 彼らは責任を教員に転嫁するだけなのです。子どもたちが心身ともに豊かに育つように 支援はこれっぽちもしていないのです。 邪魔ばかりしてきたのに、大きな顔をして“教育改革”を叫ぶのは理解できないことです。そんな資格はないと思うのです。


≪6≫ 1月14日 日曜日
 退職して、毎日が日曜日のようなものですから、本日に格別の意味合いもありませんが、でも、日曜日はゆったりした気分になりたいと思うのです。 犬の散歩もゆっくりです。ただ、犬の散歩でつくずく感じることがあります。 つまり、飼い主のマナーの悪さです。我が家の散歩道は、八田川堤防とニ子山公園です。ところが、ウンコの後始末がしていないのです。ひどいものです。 名古屋市は条例を作ってでも取り締まるべきです。必要なら、ボランティアで、私が取り締まり員をやってもよいと感じているくらいです。 「ウンコの始末」なんて常識的行為です。動物を飼う以上、飼い主の責務です。 それさえできない非常識、これが日本の大人なのです。 いい子が育つはずありません。 本当に、大人は、どのような世の中を子どもたちに残そうと思っているのでしょうか。 

≪5≫ 1月13日 土曜日
 先日、やっと『私の教育実践論集』の第10集の冊子を作り上げました。これで、『教育実践論集』としてまとめるのは最後になると思います。まあ、たいした実践がないのに、よくも書いたものです。ただ、この10集は、この3年ほどのもので、少し論文数が少ないので、20世紀末までの3年間、「みんなの会ニュース」に書いた教育日記を載せました。そしたら、昨今の右傾化の流れが見事なまでによくわかりました。 2007年は軍国日本への総仕上げの年になるのでしょうかね。 でも、多くの日本人は、その方向へまっしぐらに進んでいることをこれっぽちも考えていないのです。 そこまで、社会認識力が低下しているのです。 寂しい限りです。 街中に「わたしの考える国が創りたい」とかのポスターが張ってありますが、その意味するところを知的にしっかり考えていかないとねえ。

≪4≫ 1月10日 水曜日
 退職してからの取り組みとして計画していたことで、昨年 なかなかできなかったことがひとつあります。「英会話」です。ユーキャンのCDを3セットも買ったのですが、私はぜんぜん。妻がかなりやっていました。「今年こそ」はと思っているが、年が明けても、さっぱりです。 ちと見通しがありませんね。困ったことです。
 でも、一方では、志談塾から案内をもらい、やっと仲間に入れてもらえそうです。学びの場を増やせそうで、うれしいかぎりです。 私もいつか話題提供をしてみたいです。


≪3≫ 1月6日 土曜日
 ぼつぼつ始動しようと、昨日は明治村のボランティアに出かけましたが、今年の正月は、2人目の孫が産まれ、我が家へ来ているので、そこそこ抱っこをしてやったりしています。「うまい うまい」とおだてられてやっているのですが、結構疲れます。緊張しているからでしょうね。でも、やっぱり私もおじいさん。悪い気はしません。こうした孫たちの未来の世の中が平和であってほしいですからね。 それにしても、「自己責任」という言葉に隠された危険性(人権侵害)に 一人ひとりの大人は敏感にならないと、いけないと思うのですが、世の庶民はボケていますからね。困ったことです。

≪2≫ 1月3日 水曜日
 今年からの年賀状は「退職すると、極端に減る」「退職したことを実感するよ」と言われていたので、そういうものかと思っていた。私から出すのも例年の半分以下にしましたからね。 ところが、意外に減らずに来て、あわてて返状を書きました。
@あけましておめでとうございます  本年もよろしくお願い申し上げます    2007年正月
  退職して9ヶ月が過ぎました。心配していた健康管理も 幸いにして、順調です。時間に制約されない生活の楽しさを味わっている毎日です。 周りの   人たちから、何度「いい時に止められてよかったですね」と言われたことでしょうか。それ程までに教育現場は、極限状態に陥っているのです。ところが、それを“教育再生”とか“教育改革”と称して、さらに悪化させようとする施策には我慢がなりません。でも、現場を離れた悲しさ、身動きが取 れず、イライラの募る1年でした。
 今年は、昨年度も取り組んでいた大学での講義・ボランティア活動のほか、新たに地域での“数楽のひろば”の取り組みを開始しようと準備を進めています。森毅さんの『人生20年説』でもありませんが、退職を期に、新たな自分づくりをする決意です。 よろしくご指導、ご助言を下さいますようお願いします。                                    渡 辺  靖 敏
≪1≫ 1月1日 月曜日
 あけましておめでとうございます。 
 今年もよい年でありますように・・・・。 ひとりひとりにできることは何なのかをしっかり考えていきたいと思います。
 今年も よろしく お付き合いください。

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