「知的生活をするための教育日記」

 初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、5年目。

 本音で書いているため、「そんなこと書いて大丈夫?」と心配してくださる方もいます。でも、「そう考えている人間もいるのですよ」「教育って、懐の広い人間でなくちゃあ勤まらないよ」と言いたいんです。 だって、今の現場はあまりにひどいのですよ。官僚の一人でも、現場の声に目を傾けようとする人がいれば、ずいぶん日本の教育も変わると思います。
 ただ、これからは、退職しましたので、「退職教師のひとりごと」ということに・・・・・・。

2006年前半

【71】 7月31日 月曜日
 1ヶ月くらい前から、犬の夕方の散歩は夫婦連れ立って出かけます。朝晩、妻がやっていたのですが、私もしぶしぶ出かけることになったのです。犬のイブは、自由に歩き回れないので嫌がっているようでしたが、近頃はあまり抵抗しなくなりました。
 さて、散歩道は、名古屋市と春日井市にまたがっていますが、行政の管理はすごく違います。春日井市側は、道も整備され、犬のうんちもきちんと処理されているのですが、名古屋市側は、それはそれはひどいものです。犬のうんちの後始末をしていかない人がいっぱい。うんちがごろごろ落ちているのです。モラルなんてありません。 春日井市側には、ちゃんと「処理」をしていくように訴える看板がありますが、名古屋市側は何もありません。岩倉市の五条川のほとりなんかきちんと守られて、1つも落ちていないのです。結局は、行政単位が大きくなると行き届かないのです。昨今の行政改革の流れは弱者切り捨ての政治であったことに気付かなくてはならないのに、のほほんとしている大人の多いこと。 ダメな社会の中では、健全な子どもたちは育ちません。 育たないことを知っているから、与党の政治家連中は憲法や教育基本法を変え、形式を押しつけ、表面だけでもつくろおうとするのでしょう。

【70】 7月30日 日曜日
 明治村のライトアップコンサート「日中韓の音楽家による友好の調べ」はとってもよかったです。招待券をもらってでかけたのですが、2000円払ったとしても高くは感じませんでした。なにしろ、午後に雨が降っていて、さわやかでしたし、自然いっぱいの明治村です。野外コンサートがこんなにも心を癒してくれるものかと感動しました。最後には、花火が打ち上げられたのです。毎年、8月の第1土曜日に行われていた≪矢田川の花火大会≫が、昨年は万博で休止、そして、今年から中止になってしまって、寂しく感じていた私たちを喜ばせてくれたのです。 よかった。
 ところで、全国大会のレポートがやっとできました。一段落ですね。でも、話す内容は、これから考えなくちゃあね。 

【69】 7月29日 土曜日 
 27日で、前期の講義が終わりました。全出席の学生さんが21名(45%)となかなかの出席率でした。ただ、私は「やりきった」という満足感には至っていません。まだまだ改善・工夫が必要であることを痛感しているのです。また、後期までに考えましょうか。
 さて、本日は、いとこの演劇鑑賞と明治村のコンサートに出かける予定です。芸術三昧といいたいところですが、動員みたいなものですが、心の癒しになれば幸いですけどね。


【68】 7月26日 水曜日
 昨日は、私の結婚記念日でした。もう32年?経ったのでしょうか。歳をとるはずです。
 ところで、世の中、夏休みになったとは言うものの大学はまだ試験週間真っ只中です。あと1週間ほどで学生さんの成績を出さなくてはなりません。全国大会等のレポートも作らねばならないので大忙しです。 とはいうものの、やっぱり現職の頃とは違って、時間に余裕のあることは否めません。幸せな生活です。 あっ、まだ、卒業生のくれた暑中見舞いの手紙の返事が書いてなかったっけ。
 ジグソーパズル、完成しました。


【67】 7月20日 木曜日
 いつの間にやら、学校も終業式ですね。早いものです。毎日、いろいろあって、退職後もおかげさまで快調です。週で空いていた月・火曜日もUさんが遊びに来るようにしたので、ますます快調です。ただ、10日間も『教育日記』の書き込みをしてなかったのは、やっとジグソーパズル(2000ピース)を始めたからです。 まだ、退職後やろうと考えていた「英会話」「和算」のことは手つがずです。
 もうぼつぼつ全国大会用のレポート作成に取り掛からないと間に合いませんね。
 ところで、明治村のホームページに、私が「帝国ホテルのガイド」をしている写真が載りましたよ。
本当は自信ないけど・・・・。だって、帝国ホテルの見学者って、マニアが多いのです。私の知識じゃあおっつかないのですよ。 まあ そういうときは聞き役に回りますが、得をした気分になれるのは確かです。

【66】 7月10日 月曜日
 先週は、ゆったり気分で過ごしました。1週遅れていたら、台風に出会って、旅行を楽しむこともできなかったわけですから、運がよかったと言うわけですね。それに、土曜日には、中三の教え子が遊びに来ました。 べらべらとおしゃべりで過ごしていたのですが、けっこう楽しいものですね。 つまりは毎日の生活に変化がないとねえ。 昨日も、犬の散歩中に、近くに住むUさんに出会いました。私より1年前に体調を崩して定年前に退職したのですが、どうも芳しくないのだそうです。月に1度、サークルの時来る程度では、変化も少なく、ストレスがたまるばかりですよね。 私は、幸いなことに週3日は定例として出かけますので、楽しく、ほどほどに忙しく過ごしているのです。 夏休みなんてありませんが、8月なんて、前年までよりも超過密です。 うれしいことです。
 本日は、木曜の講義資料と、土曜日の「数楽のひろば」のネタ製作をしました。

【65】 7月6日 木曜日
 2日から5日まで、息子夫婦が「退職記念石垣島ツアー」なるものを企画してくれたので、孫も含め5人で出かけました。 妻は「きっと退屈するだろう」と予測していたようですし、私も「何もすることがなく、ぼっと過ごすのかな」と、それほど乗り気ではありませんでしたが、海のレジャーだけでなく、リトルワールドの1番『石垣島の家』の探索も含めてくれました。 まあ、40年ぶりに海にも入り、怖がる孫を世話しました(なんとか、怖がらない程度までいきましたよ)。魚と戯れながら、随分長く、すっかり日焼けしてしまいました。今まで経験したことのない若者の企画を、楽しんできました。

【64】 7月1日 土曜日
 もう7月になりました。サークルを開いて聞けば、みんな学期末の成績処理でふうふうしている様子。私は、そうした束縛から解放はされましたが、人間味ある評価からどんどん遠ざかっていく現場の実態。誰も抵抗もしなくなってしまった状況が気がかりでなりません。 どこまでも授業を大切に思うなら、評価のあり方にも気配りするのが当然です。 ところが、人間の値打ちを数字で査定することに喜び?を感じるかのごとく、パソコンで点数処理だけ。教師に、子どもたちの価値を決め付ける権限などありません。 子どもたちの無限の可能性を開花させるべく奮闘するのが教師の仕事ですから、その到達点を、子どもたちに伝えてやるのが通知表でしょうに・・・・。 あああ、ふざけた成績処理が平然と行われているかと思うと、世の親・子どもたちが哀れです。 日本の教育が、学習塾に劣るのも当然の成り行きなのです。

【63】 6月29日 水曜日
 昨日は、朝5時に家を出て、中央道を突っ走って、東京【八王子】の息子の家に押しかけました。ようは、中古マンションを購入してやったのですが、その転居を手伝い【監視】に行ったのです。家を出て、13年。自由にしてやったのはよいのですが、親として、ちょっと手抜きし過ぎたようで、気がかりになってきました。私には孫があるのですが、それは長男ではありません。二男の子です。ぼつぼつ身を固めてくれてもよさそうなのにね。全くそんな様子もなく、イライラ。 誰か いい人いないかな? 

【62】 6月26日 月曜日
 6月に『誰も知らない』『カナリア』『七人の弔い』という映画を観たことを書きましたが、近頃、たて続きに高1・中1の子が自宅を放火する事件がありました。子どもへの虐待が問題視されていますが、子どもの側の手段を選ばぬ反発も凄まじいものがありますね。「こんな日本に誰がした。戦後の民主教師の所為だ」と言うのが与党の主張。 ほんとうですかね? 民主教師にそんな力はありません。戦後政治を担ってきた文教族と言われる政治家にこそ責任があるのではありませんかね。 そうした手法を見抜く力を国民から奪ってしまったのも、政治家なのです。 そう私は、思っています。

【61】 6月25日 日曜日
 昨日は、中部教育学会の公開シンポジュウムがあるというので、急に思い立って出かけました。それは、今まで、多くの雑誌等を取り、情報収集をしてきましたが、4月以降 雑誌購読も2種だけにしたので、最新の研究動向とのズレが気になっていたからです。 まあ、参加してみて、「大したズレもないな」「ボランティアなどで、様々な層の人たちから、生まの話を聞いている分、世の状況把握はよくなっているかもしれないな」なんて思ってしまいました。 「数楽のひろば」のキャラバン活動こそ、時代に合った取り組みであると確信したけど、名古屋市内からの要請はない。ちと、歯がゆいけど、市内の教育運動のレベルを物語っているようです。
 
【60】 6月22日  木曜日
 退職したら、のんびり映画も見ようと、[WOWOW]と契約しました。妻は「無駄遣いだ」と猛反対をしていましたが、強行に入会しました。確かに、なかなか観る機会がなかったのですが、今月には、『誰も知らない』『カナリア』『七人の弔い』を観ました。子どもの目線からの大人への告発です。そんな感じの親が増えているとは思います。 もっと多くの親がみるとよいと思いました。 これらの作品を観て、妻もちょっと納得してくれたようです。

【59】 6月21日 水曜日
 本日は「夏至」でした。毎年、しつこく言い続けてきてきましたが、今年は、言う相手がいません。やはりさみしいですね。でもまあ、退職してから、今までとは異なる世界の人たちとの出会いがたくさんあり、それはそれで楽しいものです。 
 今日NHKのクローズアップ現代で『悩める教師』をやっていたが、私は幸せにもそんな悩みもなく充実した教師生活を送ることができた。ただ、昨今の教育行政は尋常ではなく、若い人たちが働きがい・生きがいをもっていくには大変なことだと思う。子どもに目を向けられないように管理されているからだ。 行革と称して、現場教師を痛めつける政治が行われる限り、子どもの人間的な成長は望めない。 そうそう、朝の連ドラ『純情きらり』の笛子姉さんへのような締め付けは、今もあるのです。つまりは、戦争のできる国づくりは着々と進んでいるのです。「教育基本法」改正は、その総仕上げにすぎないのです。

【58】 6月17日 土曜日
 ボランティア活動をしながら、いろいろ思うことがある。 それは、大した知識を持っていない僻みからかもしれないが、決まりきった建物の建設年代や構造をガイドしてもどんなものかなと思う。そんなことは、ガイド書を見れば済むことですよね。そんなことよりも、なぜ、そうした建物が作られたのか、を考え合えるようなガイドをしていきたいものである。 住と人間の関わりである。「民家」を考えることがポイントではないかと思う。 先日も、建築学科の学生さんと帝国ホテルを回った。また、宗教に関わっているであろう東京からの方と5丁目コースを回った。 貴重な視点を教わった感じである。
 こうした博物館に足繁く運ぶひとは、何を求め、何をボランティアに期待しているのであろうか。


【57】 6月 14日  水曜日
 やっと大型のコピー機を粗大ゴミとして、引き取ってもらいました。予約してから、1ヶ月以上経っていました。 それにしても、処理の車、すごいですね。あの重いコピー機も一飲みに潰してしまいました。あれに飲み込まれたら、人間だってひとたまりもないでしょうね。 おかげで、部屋もすっきりしました。片付けの第2ラウンドに入りますかな。 そうそう子安さんがブログに以下のようなことを書いてくれた。ありがたいことです。まあ、退職しても 私、結構 元気いっぱい。楽しんでいます。  

2006.06.04 Sunday author : koyasu

教材の価値と
本日、写真のような年報が刊行された。
この本の中に、渡辺靖敏さんが、私のことに論及してくれていた。
渡辺さんといえば、数教協の小学校教師として全国的に知られた教師なのです。その人が名古屋にいるということを知らない愛知県教師は多いけれど、全国的にはよく知られています。

論及していただいた中身だが、「愛知教育大学の子安潤さんが、私に『その教材の歴史的価値は何か』としつこく迫っていた時期がある。一時間一時間の授業の価値を厳しく考えていなかった私は、恐れをなし、それが、現場教師の弱点を見据えての仕掛けだったと気づくのに時間がかかった。つまり、『基礎・基本の重視』と言っても、算数でさえ曖昧なまま。」で、基礎基本が計算になってしまっている事態を批判し、たんなる計算でない基本を教えようと、書いてくれていました。

私は、そんなに仕掛けを考えていたわけではなくて、教材の社会的な価値ということが大切だと思うようになったので、それを教えて欲しかったのです。数学の場合、その価値を知らなかったので、それを質問していただけだった。渡辺さんには、資料も大分いただいたし、教えてもらった。
そして、民研がその年に退職された会員に執筆していただくことの多い、部内的には「卒業論文」に取りあげていただいたことを感謝したいと思う。なお、価値がまだ確定していない教材が多いことも付記しておきたい。

【56】 6月13日 火曜日
 近頃、「比較文化史」なるものに興味を持ち、少しばかり読み漁っている。そもそも「比較文化史」などというものが学問的に確立しているのかどうかも知らないが、対象にしている事柄が興味深いのだ。 まあ、こんなことにも興味を持ち始めたのは、ボランティア活動をしかけて、自分の知識世界がいかに狭いかということからなのです。 いままで、教育の世界ではそこそこ物知りの範疇に入れてもらっていたが、それがわずか2ヶ月でもろくも崩れ去ったのです。 まあ2年前に退職した妻からもうすうす感じていたけれど、ボランティア活動の中で痛切に感じたのです。 これから、人間様の世界をよーく見つめていこうと思います。 
 もし、退職にあたって「再雇用」を希望していたら、私の人生は何も知らないで終わってしまうところでした。  特に、リトルワールドでバスの運転をしている方が「俺の人生は、名鉄バスの運転・名鉄観光バスの運転・リトルワールドの園内バスの運転。運転、運転で終わってしまうよ」としみじみと話されたのが、私の耳の奥に残っているのです。

【55】 6月11日 日曜日
 10日は日本福祉大学で特別講師として「教師の仕事と生きがい、働きがい」のテーマで話してきました。その後は、10・11日と合宿研究会に参加していました。3月で退職しているのですから、生涯教育としての参加ということにでもなるのでしょうかね。
 そして、午後帰宅して、新聞の『教員の給与体系の改定』の記事を見て、「これでは、ますます日本人の思考力低下して、日本は滅亡するな」とガックリしました。 確かに現実として、どうしようもなく働かない教員はいます。でも、それはほんの一握りです。 それをもって、教師の資質云々するのはどうですかね。 「残業手当の導入」とは、たらたらと夜遅くまで残って光熱費などの税金を無駄にしている教師が得をすることであるし、「能力給の導入」とは、ゴマスリ教師の増大を招くばかりか、教科書べったりの教育レベルに落とし込み、自主的研究の弾圧を意味するのです。つまり、教育を国家の管理下に置くということなのです。 こうしたことを排するために、戦後 今のような給与体系が導入されたのにね。 本当に 着々と「行革」の名の下に、国家主義の台頭が進行している。 平和な日本が、メラメラと崩れていっていることに気付かぬのも また お目出度い?ことですね。

【54】 6月6日 火曜日
 中国のそろばんは、上珠(五珠)が2珠で下珠が5珠です。日本にも 江戸時代にはこうしたそろばんもあったのは確かです。 でも、なぜ 日本では上珠が1珠で普及していたのか知りませんでした。 勝手に五珠が2つなのは、5と5で10。つまり、「5−2進法だ」なんて解釈?していましたが、どうやら、中国では、1斤が16両で、16になると繰り上がる関係から、5珠が2つ・1珠が5つとなっているらしいのです。 10進構造のそろばんではなく、16進法のためなのです。道具も使われ方によって、形式も変わってくるのですね。 リトルワールドで、世界のそろばんを見ていて、そう思いました。

【53】 6月3日 土曜日
 昨日は、明治村でのボランティア活動でしたが、6月になると、急に学生の団体客が減ってきました。確かに、6月=梅雨ですし、この時期に社会見学等の行事を組む価値は低いですからね。でも、わざわざ全国各地からたった1人で来村する人も毎日いるのです。感心してしまいます。
 さて、スチームハンマーの操作の講習を受けました。あんなでかい機械を動かすことなんて初めてです。びくびくしていて、あのバーンというハンマーの音がうまく出ないのです。やはりコツがあるようですね。 ただ、この機械館の価値はハンマーの音ではないですね。明治期の国策との関わりの中で、産業がどう育っていったのかをつかむところに機械館の展示価値はあるのですが、ほとんどの人は素通りです。私もそうでしたが、「産業技術記念館」とは違う視点があるのです。明治村は、単なるイベント館ではなく、≪博物館≫ですからね。 ガラ紡についても、学び直しました。
 ところで、『官営富岡製糸場』を世界遺産に登録しようという運動があるそうです。そのHPを見てみると、建物が残っているのですね(知りませんでした)。でも、内部の当時の機械がない。繰糸機は岡谷市の『蚕糸博物館』に、蒸気機関は『明治村』の機械館にあるのです。だから、富岡市が「返してほしい」といっているのだそうです。 いろいろあるんですね。

【52】 5月31日 水曜日
 もうリタイアして2ヶ月にもなります。 あまり腰の調子はよくありませんが、日常生活には支障もなく、長年の疲れから、体調を崩す人が多いと言われる中、順調と言えましょうか。 それに、日々の過ごし方も少しずつ安定してきました。 週に3日間は確実に外へ出かけますし、ボランティアの日は1万歩以上歩きます。いい運動になっています。しかも、予習をしていきますから、頭の体操にもなっています。ボケ防止にも役立っています。 
 ただ、家の中の整理はなかなかはかどりません。処分したファイルだけでも200冊分を超えているのですが、溜め込みすぎていたようです。 各種の教育雑誌・教科書(4教科)の40年分はまだ手付かずです。 「私設の教育資料図書館でも作りたいな」という夢は諦めました。 昨今の教育運動情勢は、私の描いていた形ではなく、「教育資料館」の要求などありません。つまり、学力問題がこれだけ騒がれたにもかかわらず、教育実践で対峙しようという雰囲気は巻き起こってきません。 正直、民間側の教育運動の視点に幻滅を感じているのです。 もう少し違う方向での取り組み方を模索していこうと思っています。 7月 大垣、8月 日進での集会を成功させたいです。

【51】 5月28日 日曜日
 27日は前勤務校の運動会でしたので、行きました。前日からの雨で心配していましたが、どうやらできそうでほっとしました。 一応、来賓扱いですが、午前中は教え子たちとべちゃべちゃしゃべって楽しんでいました。 卒業式以来の再会で、とっても楽しかったです。 そのあと一端車を置きに帰宅して、午後再び地下鉄で出かけました(午前中は車でないと、手土産が運べません。午後は運動会後、教科研の例会に出るのに車は邪魔ですからね)。 午後は、来賓席で地域の方との雑談が中心でした。 夜、メールをくれた子もいますしね。 時々会うのはいいものです。
 でもまあ、顔を出すのも、1〜2年のこと。校長さんが変われば、終わりですし、退職した者が、入り浸るのは、例え思うことがあっても よくないことだと思いますからね。

【50】 5月23日 火曜日
 本日も、ボランティア活動です。まあ、お弁当を作ってもらってお出かけですから、遠足に行くような気分です。 週に2回、遠足ですから、楽しいものです。 ただ、雨降りが多いのが気に入りません。快晴ならば、新緑の中で、本当に幸せ気分なのですが、雨ばかりはねえ。
 ところで、本日より、妻がオーストリアへ出かけました。お弁当を作ってもらえないばかりか、今までは、昼は給食があったけど、今回からは3度3度、自分で準備しなくてはなりません。愛犬・イブの世話もねえ。 まあ、仕方ないか。 あああ〜〜

【49】 5月21日 日曜日
 木曜日は大学で講義。金曜日は明治村でボランティア、夜は東山の会。土曜日はサークル。
 このように毎日 何かの用事があって、家でのんびりしていることはありません。それに、ボランティアの日は10000歩程は歩き回りますので、犬の散歩もさぼってあまりしていませんけど、運動不足もかなり解消されているのではないかと思います。 まあ、退職してやろうと考えていたことで、一番できていないのは、「英会話」と「和算」という知的な取り組みです。 読書も、家の整頓で、つい後回しになっています。 焦ることはないけれど、先を見据えた取り組みができる体制・環境を早く確立したいものです。
 そうそう、金曜日の東山の会のとき、なんだか学校内がガタガタしているように思えました。ちょっとまずいのではないでしょうかね。 まあ、運動会の時にでも、垣間見てみましょうか。 

【48】 5月17日 水曜日
 本日、リタイアして、初めてシルバーの特典を使いました。あまりにもボサボサになったので、散髪に行ったのですが、平日は200円引きなのです。 へえ、そうなんだと思うだけでなく、「私、60歳を超えているのですけど・・・」と申し出てみました。そしたら、シルバー会員となったのです。 歳を隠したところで、どうということもありませんからね。 年金生活者は、年金生活者らしく生活すればよいのですからね。 二男夫婦に、やっと2人目ができたらしい。うれしいじゃありませんか。

【47】 5月13日 土曜日
 昨日の金曜日は、明治村のボランティアの研修です。同じボランティアでも少し研修の仕方が違います。昨日は、露伴の蝸牛庵に1日詰めました。 蝸牛庵の住人としてじっくり活動するのですが、どんなことになるのか、皆目見当がつきません。インターネットで露伴に関することはかなり調べましたが、露伴の文学論なり、明治期の文学について語り合えるほどの力量を持ち合わせていないので、不安でしたが、1日詰めたことによって、少しばかりイメージが沸きました。でも、1人立ちして、蝸牛庵に詰めるとなると、露伴の人物伝も詳しく調べ直さねばならないでしょうね。
 毎回、1冊札ずつファイルが増えていきます。

【46】 5月10日 水曜日
 昨日、小雨でしたが、初めて一人立ちして、ボランティアガイドをしました。リトルワールドです。
 午前・午後の2時間ずつです。修学旅行生や遠足の子達が大半を占めていました。本館の方は、1200人を超えていたと言っていましたが、私の居た石垣島・アイヌ・台湾の方は、それ程は来なかったように思います。 
 いろいろ感じたことがありますが、ひとつだけ書くとすると、大人で来る人の多くは年配者ですが、外国人(中国人)の年齢は、明らかに若いのです。 これは、外国旅行に行っても感じることなのです。 この事実は、今後の国力と大いに関係してくることでしょう。 日本の政治の施策は、狂っているのです。でも、国民は、ちっとも気付いていない。情けないですね。

【45】 5月6日 土曜日
 私にはあまり関係ないのですが、世の中はゴールデンウィークです。ただ、息子夫婦が孫を連れてきていますので、ちょっと、いつもとはペースが違います。 でも、片付けだけはコツコツと続けているのですが、まあ一番驚いているのが、環境事業局の方でしょうね。火曜日・金曜日は可燃ごみ。水曜日は不燃ごみ。金曜日が資源ごみの収集です。毎回、10袋くらい出しています。しかし、一向に処分品が減りません。 現在の家に来て、13年目ですが、「よくぞ、たまったものです」。まだ、別宅は手をつけていません。いつになったら、片付くのでしょうかね。
 孫が言いました。「じいちゃん、しっかりね」と。

【44】 5月2日 火曜日 
 昨日が誕生日。もう61歳になりました。息子夫婦は9連休です。私は、毎日が連休。ですから、小学生が歩いているのを見かけると、「あっ、今日も学校はあったんだ」なんて、叱られそうなことを思って過ごしているのです。 でも、それほどボッとしていませんぞ。ゴールデン明けから始まるボランティアのための予習を幅広くしないとね。これがたいへんなのです。 専門的な知識というものは正直ありませんからね。 今は、パソコンで調べる程度ですが、視点を絞っていけば、それはそれは猛烈に勉強しないとおっつきません。 パソコンでの検索が続きます。 

【43】 4月28日 金曜日
 本日、やっとボランティアガイドとして活動するための研修が一応終わり本登録となりました(明治村はまだ5・6月は研修生ですが)。 顔写真の入った名札もできました。 ちょっと恥ずかしさもありますが、かっこいいですよ。 でも、これから真剣に私のガイドスタイルを考えなくてはいけません。 当たり前の形じゃあつまらないしね。 ただ、明治村もリトルワールドも、博物館、つまり研究分野とテーマパークの要素との兼ね合いが難しいのですね。 博物館要素を全面に出しても客は集まりません。 客が来てくれなくては経営が成り立たないのです。 例えば、入場料の1600円は高すぎると思っていましたが、自主研修で隅々まで回るうちに、高いとは思わなくなりました。 施設維持の大変さがわかってきたからでしょうね。 さあ〜て、連休中にじっくり考えることとしましょうか。 

【42】 4月27日 木曜日
 腰痛になって、もう2週間以上になります。なかなかよくなりません。25日の明治村の合同研修の日は最低でした。 そもそも自分の健康維持を考えて応募したのに、正式に登録の前にガタガタするなんて予想もしていませんでした。 妻もあまりに長引くので、「どこか悪いんじゃないの?」とちょっぴり心配しているようです。 でも、26日には、免許の更新に出かけました。ゴールドなので、30分少々で終わったので、30日の提出書類の認証印をもらいに東山に寄りました。 ちょうど遠足の帰校時であったので、教え子たちにも会いました。 担任の邪魔になるといけないので早々に引き上げることにしましたが、みんな再会を喜んでくれました。 腰の痛いのも吹っ飛んだ感じでしたが、車を運転して降りると、やっぱり腰が伸びません。つらいですね。 本日、27日の寝起きの時もまだまだでしたが、大学へ行く頃になると、元気が出てきました。  うーん、やっぱり、気合がないから、なかなか直らないのかな? 
 
そうそう、3回目の講義でやっとゲームをやりました。 講義の終わりには、「数楽のひろば」と称して、いろんなゲームやパズルを紹介しようと計画していたのですが、学生さんの数が予想以上に多くて、材料が準備できないのです。また、プリントの印刷にも苦労しています。 学校に勤めているときは便利でしたね。 改めて、思い返しています。 

【41】 4月21日 金曜日
 本日は、学習塾の方々の研究会に出かけました。 数教研の組織のことは知っていましたが、独自に学習会を毎月やっているとは知りませんでした。 東京や大阪から、講師さんがいつも見えているようで驚きました。 ただ、内容については、私の思っていたのとはちょっとちがいましたが、その熱心さは、教師の官制研究会とは比べものになりません。  教師よ、がんばれ! と、言いたいです。  『公教育は、学習塾に負けた』という私の迷言は、名言だと思いましたね。 

【40】 4月19日 水曜日
 腰が痛くて仕方がないので、何をやるにも「えいこらしょ!」とやっているものだから、わが妻も不機嫌になり、いやな雰囲気になってしまいました。 まあ、腰が痛くても、あちらこちらと行かなくてはならず、家にじっとしていることはありません。 ボランティアの方の研修も、以前 考えていたよりもしっかり勉強をしなくては務まらないことがわかってきました。 ボランティアと言ったって、甘いものではありません。 ただ、興味関心がありことですから、苦にはなりませんけどね。 ものごと、気持ちしだいですね。 

【39】 4月16日 日曜日
 昨日から、またまた腰の調子が悪くなって、要警戒。 この1週間、張り切って動きすぎたのでしょうか。 3月までの生活リズムとは異なる動き方で、やはり疲れが出てきていたのでしょうか。 ちょっとつらいです。 おかげさまで、やることがいっぱい。 サークルの時、1年前に体調を崩して退職したUさんが言いました。「健康だからだよ。すごく張り切っているね。うらやましいよ」  でも、この調子では、思いやられますね。 
 本日は、リトルワードで人類学を学んできました。 ずいぶん考えさせられました。

【38】 4月13日 木曜日
 今年度、最初の出講です。 そしたら、受講生がいっぱい。昨年度の年間の受講生の人数が既に居り、後期の時は、学生さんが居なくなっちゃうのではないかと心配になってしまいました。 そんなことよりも、予想していた人数と大違い、レジュメが最初から不足してしまいました。 まあ、「次の時、持って来るからね」と、許しを乞いましたがね。 毎回、数楽ゲームをやるつもりでいたけれど、人数が多くて、準備もたいへんだし、困りましたね。 
 そうそう、教え子に会いました。 「あれ、Eちゃん」「わたしここに入ったよ。フランス語科よ」・・・・なんて、話がはずみました。 講義の時刻に遅れてしまうので、切り上げましたが、この3月まで、通勤途中で時々会っていたのですが、再び、Eちゃんにも会える機会があると思うと、楽しみが増えまし
た。

【37】 4月12日 水曜日
 確かに時間のゆとりというか、時間にしばられているという感じはないのですが、よくもまあ、次々とスケジールがつまってくるものですね。私には、「退職したら、入会させてもらいたい」と思っている会があるのにその交渉をしているヒマもない。 だから、家の整頓・処分の方はストップしたまま。 困りましたねえ。 もう少し、段取りよくしないと・・・・・。 ああ、早くジグソーパズルをやる余裕がほしいね。 おかげで、体調はすこぶるよいけれど・・・・。     リトルワールドへ打ち合わせに行きました。
 
【36】 4月11日 火曜日
 離任式で、久しぶりに東山に行ってきました。 子どもたちを卒業させましたが、教えたことのある子達が4年と6年にいます。 もう、3月の終了式前日に、寄せ書きなどをプレゼントされていますのでね。 一応、以下のようなことを話しました。
  「おはよう、《いつでもなんでも精一杯 素早く正しくにこにこと 用がすんだら サッサと次へ》と言い続けてきましたが、東山小学校を最後に、小学校の先生を止 めることになりました。 今日はそのお別れです。 お別れにあたって、斉藤喜博 先生の『能力は、努力によってつくられる』という言葉を贈ります。これからも、 力いっぱい がんばってください。私も、みなさんに負けないように、夢とロマン を求めて、がんばっていこうと思っています。 きっと、またどこかで会うことが あると思います。その時には「やあ、ナベちゃん」と声をかけてください。さよう なら」 
 翼君が、花束を渡してくれました。 まあ、他の先生方は赴任校に戻るし、東山の先生は授業だし、いつまでも居ると邪魔になるので、そそくさと帰ってきました。  

【35】 4月10日 月曜日
 明日は「離任式」に出かけることになっています。「転任」とは違う立場なのですが、気持ちはなんら変わりません。 「どんな気分?」と問われても、まだ長期の休みが続いているだけの感じなのです。 というのも、やっていることは、締切原稿に追われ、ぶつぶつ言いながらの資料の整理・処分ですからね。 まあ、これからも同じようなペースになることでしょうか。 長い長い休みが・・・・。
違うのは、収入がなくなり、年金生活者になったことぐらいかもね。 

【34】 4月7日 金曜日
 退職して、自由の身になって、まだ1週間なのですが、「今日は、何曜日だったけ?」といちいち確認しないとボケてしまいそうです。 実は、昨日が入学式、今日が始業式ということをすっかり忘れていました。起床時刻もどんどん遅くなり、今までだったら、学校に着いている時刻にやっと起きるという状態です。 でも、少しずつ、生活リズムを作ろうと努力しているのですが、まあ、大学の講義が始まる来週までは無理でしょうね。
 資料整理の方は、猛烈な勢いで整理・処分していますが、量が多すぎて(今のところファイルでみると、100冊分を超えた)、古紙回収の日(まだ2週間近くある)までに、どれだけ積み上がることか、心配です。

【33】 4月4日 火曜日
 新学期が始まり、教師は大忙しでしょうが、私は、お蔭様でゆったりとしていますが、じっとしていることはありません。月・火と“明治村での自主研修”に出かけました。3日で定期券が切れるので、オズモールの町の散策をしました。町づくりの典型として造られたはずなのに、行く末が心配になる状態でした。ジグソーパズルの専門店では話をじっくりしてきました。夜、T中の友人の通夜にも出かけました。
 本日は、「かたくりの群生地」の記事が載っていたので、早速 足助まで行きました。やはり、平日なので、スムーズに行くことができます。 「ごった返す中で見学をしなくてもいい」 これ、退職して、一番に感じることですね。 授業日に子どもが休むと、目の色を変えて怒る教師がいますが、こんないい環境で見るれることを知ったら、休ませるのはあたりまえでしょうね。 教師たちの世間知らずの言葉に対する、親たちの冷ややかな表情が目に浮かびます。

【32】 4月1日 土曜日
 いよいよ新しい人生が始まりました。7時に起きました。過去を振り返らず、前向きに生きるためにもと考えて、様々な資料を思い切って処分することにしました。もう教員生活37年分が、すべて残してあるのですから、大量です。 昨日は、新卒からの「累積手簿」を溶解処理するようにしました。
ちょっと始めただけでも呆れるほどあります。
 でも、今日から4月。自由の身です。朝から、愛犬の散歩についていきことになり、1時間以上外に出ました。そしたら、Uさんに出会い、一緒に散歩していました。生活リズムを早く確立したいね。

【31】 3月30日 木曜日
 本日、新聞で人事異動のことが掲載されました。つまり、退職のことが明らかにされたのです。
 まあ、自分で言うのもおかしいですが、たいへんスムーズに退職まで勤められました。
 卒業生のB君の父親が、次のような言葉を贈ってくれました。
      
世とて 義理を尽くせし 男あり
    
月を 仰ぐロマンの 男あり
    
恭し 職務果たせし 男あり 
    
腕を 無尽に振るう 男あり
    
人の 智慧を伝えし その様は
    
徒の鑑 煌きて
 すごく考えてくれたのだと思います。だって、私は、B君の父親とは面識もありません。 ちと、持ち上げすぎですが、うれしいじゃありませんか。 
  退職ではありますが、終了式後も、いっぱい研修していますよ。 25・26日、全国小学校集会。29.30日、数学教育研究会の研修会と出ています。 27.28日には、あいち民研の「卒論」原稿を書きました。大筋は、HPの自己紹介欄に掲載しました。

【30】 3月28日 火曜日
 家の中の大整理にかかりました。 なんでもなんでも資料を保存する癖のある私です。 まさに大量のプリント類があります。どれもこれも思い出があるのですが、それでは、置き場所もありません。妻からは「後ろを振り返るな。これからのことだけを考えて整理をしなさい」と強いお達し。 まあやり始めましたが、ちっとも進みません。まだ、普段使っている机の周りだけですが、50ファイル以上処分しました。頭が痛くなってしまいました。焦らず、時間をかけてやるより仕方ありませんね。 
 そうそう、花の種もいっぱいたまっていました。古くて使い物にならないでしょうから、その種子を堤防に行って、花咲か爺さんのように蒔いてきました。いくつかは咲いてくれないかな。 これ、オランダの風習に学んだつもりですけど・・・・・。

【29】 3月26日 日曜日
 25・26日と全国小学校集会で奈良に行ってきました。2時間も頂戴して、記念講演とやらをやらせてもらいました。少し前から考えていましたが、うまく構想の立たないまま出かけていきました。マイクやら、テープまで持ち出す人がいて、「ええっ」と思いましたが、退職を祝して、全国の数教協の仲間が場を設けてくれたわけですから、有難いと思わなくてはね。 まあ、2日間 とってもしあわせな気分で過ごさせてもらいました。 いままで、ずっと関わってきてよかった。 感謝!

【28】 3月24日 金曜日
 今日は終了式。いよいよ私にとっても最後の日とです(31日までは休暇にしてありますから)。17日に子どもたちを卒業させた後、4日もあったので、すっかり教室・職員室の机など片付けました。午後からは、他の人は来年度に向けて忙しそうにしている中、あまり暢気にしていても失礼かと思い、そそくさと帰ることにしました。 そうそう、2年前に担任した子達が、色紙に寄せ書きを書いてもってきてくれました。 クラスが分かれ分かれになっているのに、一生懸命あつめたのでしょう。見事に寄せ書きができあがっていました。うれしかったです。あとは、離任式で会えるくらいかな。さみしいね。
 まあ、私は、前を向いて進みます。 結構、仕事を次々くれちゃって、しばらくは余裕がないねえ。家の中の片付けもできません。 足の踏み場もないほどになってしまっています。これでは、サークルもできません。

【27】 3月21日 火曜日
 急ピッチで教室の片付けを始めましたが、持ち物が尋常ではありませんから、昨日車で1度運びましたが、全然片付いていません。明日・明後日でなんとか教室は決着したいです。
 その一方で、退職後の準備もやっと始め、シュッレダーやコピー機を買い換えました。ところが、パソコンやシュレッダー、コピー機などの廃棄がややこしいです。お金もかかります。でも、廃棄を早く進めないことには、家の中の整理も進みません。ちょっと見通しが甘くて、あと10日間のうちにはとてもとても・・・・・・。まあ それほどあわてる必要もありませんけどね。

 いや本当は、25日の講演の構想がいまだに固まっていないのです。

【26】 3月17日 金曜日
 現場教師としての最後の日となりました。とうとうその日となったのですが、毎日毎日の指導に追われ、どうのこうのと言う感傷的なことは正直ありません。むしろ、これからやらねばならない事柄に焦る気持ちの方が強いのです(〜24日締切。〜31日締切。10日締切と追われている)。
 そうそう卒業式のほう、やっぱりしっかりやってくれました。昨日までのイライラ。ひょっとすると、子どもたちに教師がもてあそばれているのかもしれませんね。そんな感じさえもちました。 それに、憎いじゃありませんか。式後、「準備があるから」と、教室に入れてくれないのです。そう、私に卒業証書を贈ってくれました。また、最後に「歌を贈る」というのです。それがなんと「仰げば尊し」なんです。私が、卒業式にこの歌を強制して歌わせるのはよくない。歌ってもらえるような教師にならなきゃあダメだと言い続けているのを、子どもたちは知っていたのでしょうか。とても感激しました。デモシカ教師として出発した私へも最高の贈り物です。よかったです。子どもたちに感謝!

【25】 3月16日 木曜日
 いつの間にやら、明日が卒業式。あと1日で、小学校教師として子どもと接するのは終わりです。3月になってから、卒業式の練習が始まっても、ちっとも緊張することもなくダラダラしていて、効率の悪いこと。ちっとも上達していると言う実感のないまま来てしまいました。「本番なら、きっと・・・」という淡い願いとは情けないです。 歌のうまさでは定評の或る学校なのに、その伝統が守られたのでしょうか。他校よりは数段上であることはまちがいないのですが、「歌にのらない子」が多いのも今年の特徴なのです。この1年、音楽の時間になっても、ぐずぐず。「早くしないか」と何度怒鳴って音楽室へ行かせたことでしょうか。 また、他人の話が聞けないのも特徴。卒業式の練習の時でさえ、しゃべってばかり。尋常ではありませんでした。「何度注意されても動じない」と言えば、カッコいいですが、怒鳴られるまで動けないのです。5年の先生にも何度叱られたのでしょう。普通は、他学年はあまり叱らないものですよね。でも、何度も叱られる有様でした。校長さんも呆れ顔でした。
 それでも、明日は晴れ舞台。どんな姿を見せてくれるでしょうか。

【24】 3月11日 土曜日
 さてさて、どうするか 管理職の方ではずいぶん揉めたようですが、一応、私の通知表も通過しました(なんらかのしっぺ返しがあるかもしれませんが)。 正直言って、私のほうが、うんと教委に忠実な評価法なのです。それを捻じ曲げているのは誰なのかは明らかなのです。「評価」と「評定」の意味すろところをよく考えないから、とんでもないことをしでかしているのに気づかない。それが、私の指摘だから感情的に受け入れようとしない了見の狭さが誤りを犯し続けているのです。 誤っていることを押しつけられて、ホイホイと同調するわけにはいきません。 こんな単純な評価論ぐらい理解してほしいものだ。 まあ、来年度のこの時期にでもなったら、マスコミに投書でもしましょうか。
 「教師にとって、評価・通知表とは・・・・・」を、もっと真剣に考えてもらいたいものだ。 「授業と評価の一体化」が叫ばれるようになって、もう15年も経つのに、一向に現場は改善されないで、「授業と評価の一体化」を叫ぶ者の実践を潰そうと躍起になっているのだ。  これじゃあ、親も学校を信頼するようにはなりませんよ。 


【23】 3月9日 木曜日
 観点別評価の◎の数で、評定を決める。これは、コンピュータ処理をするための発想でしかないらしい。それをあたかも最先端の技術とでも思っているのでしょうか。「8つに満たないで・・・」は、「コンピュータを使って成績処理しない者は名乗り出よ」と同じことのようです。 ですから、「評価」と「評定」の違いもなにもありません。ましてや、 「子どもたちにとって、よりよい評価の仕方は何か」という観点なんて、さらさらありません。 そんな中で、はみ出した評価の仕方をする者がいると、保護者からの追及に耐えられなくなるから、なんとしてもはみ出しを潰そうとするのでしょう。 まあ、簡単に言えば、教師が「教育評価とは何ぞや」と考えなくなったところに、最大の不幸があるのです。 もうこれ以上書くと、私はまだ現職で、差しさわりがあるかもね。 今は書きませんが、退職後 教委に質問状を出しましょうかね。いや、教委は「通知表は、学校ごとですから・・・」と逃げるに決まっています。どうすべきものかな。

【22】 3月7日 火曜日
 1月12日の職員会議で、気になって質問したことが、全く無視されて、朝の打ち合わせの時、「通知表の◎の数が8つに満たないのに、評定で◎になる人は申し出よ。話し合う!」と強圧的な指示が出た。なんと評価に無神経なことか。それよりも何も、1月の職員会議はなんだったのか。不愉快極まりない。こうなるにきまっているから、質問しておいたのだ。質問しておかなかったら「職員会議で決まったことですから、従っていただきます」の一点張りでしょうからね。
 それにしても、便宜的な方策に強圧的に従わせようとする教育論がはびこる限り、日本の公教育は破滅の道を歩むことに何故気づかないのであろうか。曲がりなりにも、現在 文科省が指導している評価法は、以前よりも子どもの側に立っているのはちがいない。それをも無視すると得をするのが、管理職の世界なのですかね。そうだとすれば、呆れます。 ほんとうにむかつきました。 振り返れば、私の教員生活のたたかいは、「通知表に始まり、通知表に終わる」と言うことでしょうかね。
 そんなこんなを家で話したら,わが妻は「一人でも理解を示して声をかけてくれる人がいたなんて、よかったね」「みんな、給料さえもらえばいいんだから。便宜的な方法になにも疑問を感じていないのよ。楽でありさえすればいいんだから」「これで、あなたが退職すれば、みんな大手を振って、安心して、便宜的方法だけが罷り通るのよ」「東山もおしまいね」・・・・・       寂しい話だけれども、教育の現場は、そんなレベル。救われません。 情けないね。  世の中、教育の世界も金に泥まみれ、結局は、金 金 金か。

【21】 3月5日 日曜日
 最後の通知表づけをしているのであるが、なんとも気が乗らない。ちっとも進まない。昨日から、なんとなく体調が思わしくないのも事実であるが、この30数年間拘り続けてきた「通知表」であるから、納得のゆくつけ方をしたいと意気込んでいたのですがねえ。
 今や、通知表から人間味は消え去り、塾や通信添削と変わらぬ数字の羅列と形式的な文面と堕している。 学校教育において「通知表」の役割はなんら討議されることもなく、教師は言われるままに・・・・。 こうした教師の姿勢が、昨今の学力低下を招いているし、学校現場から活気を奪っているのだ。 何故、そうなってしまったのかという分析は、退職後やってみる予定であるが、教師がマニュアルばかりに走って、教育学理論がないのも一つの大きな因であるのは明らかである。

【20】 3月1日 水曜日 
 とうとう3月になりました。予定としては、淡々とした気持ちで、子どもたちの知的な活動振りを眺め、37年間の教師生活を思い出し、満足気な一日一日を送っているはずだったのですがねえ。 現実の生活は、毎日毎日生活指導に追われているのです。「この機に及んで、何たる様か」と情けない状況です。妻からは「H小と思うから苛立つの。普通の学校と思えば、苛立つことはない。そんなの当たり前だから」と、変な慰められ方をする始末。 しかし、こう毎日ガタガタしていると、子どもたちの見方もどんどんゆがんできますね。 
 でも、改めて思いました。女の先生の叱る言葉って、すごいですね。子どもたちになめられないように虚勢を張っているのだと思うけど、あまりに言葉がきたないよ。こんなの間違ってますよね。

【19】 2月26日 日曜日
 もうとやかく言っておられません。3週間=15日間しかありません。時は待ってくれません。残された日々にどうしてもやっておきたいことをチェックしました。チェックしていたら、「ここまでしかできそうにないのか」とガックリ。 この1年、授業の取り掛かりが遅かったこと、お説教の時間が多かったこと等、無駄なことに時間を使いすぎたことのツケです。 4月の最初に「こんな馬鹿げたことにならないように・・・・・」を注意・警告したことが守られなかったのです。 
 後悔しても仕方ありません。 やるしかない。

【18】 2月24日 金曜日
 今年度、いや私の小学校教師生活最後の授業参観・学級懇談会が終わりました。
 授業参観では、児童集会の学級紹介で行った歌や群読を披露し、百人一首をやりました。一部親も参加してくれて、子どもたちとの触れ合いもあり、まあまあよかったかなと思っていますが、内心は不安一杯の授業参観でした。先週に噴出した「いじめ」事件がうまく解決の方向に向かっているのではなく、こじれていたからです。17日に発見し、かなり強力に指導を入れていたにもかかわらず、23日にも再び「いじめ」の現場を発見したのです。強烈に怒りました。そしたら、抗議がきました。そんな不穏な中での授業参観でしたからね。
 また、学級懇談会もね。「いじめ」のことは避けて通れませんから、無事終わるのかさっぱり予測がつきません。教師生活の中で、懇談会大好き人間の私も、最後の最後は重苦しい気分で迎えたのです。予定の時刻をオーバーしましたが、「いじめ」のことも話し合えてよかったです。親御さんの真剣に受け止め、なんとか気持ちよく子どもたちを卒業させたいという意思統一もできたと思います。ほっとしました。まだ、未解決の部分もありますが、私は「有終の美」を飾りたいものね。協力するという親もいっぱいいます。あと3週間、奮闘しましょうか。老体に鞭打って!

【17】 2月19日 日曜日   
 私学の授業改革フェスティバルに行ってきました。会場である中京高校に行くのは初めてです。やはり玄関前には、大きな垂れ幕がありました。もちろん、安藤美姫のものです(来年度からは、浅田真央も入学しますから、垂れ幕も大忙しでしょうね)。 それに、校舎は、男女共学になったのを機会にきれいにしたのでしょうか。地下鉄からも近いし、高校のレベルが急速に上がったというのもうなずけます。 さて、フェスティバルの全体はよくわかりません。自分の関係するところしか見ていませんからね。でも、勝野さんが実行委員長を務めているのですから、緻密かつ大胆であろうことは想像がつきます。数教協の仲間にも何人か会いました。相変わらず、エネルギシュに活動していました。
 小学校の職場は、活気が感じられませんが、中・高の人たち、特に私学の人たちは、元気です。やはり、授業を創る楽しさを知っているからでしょうか。 教科書に頼り切っている小学校の教師では、子どもたちに「考える力」を授けることは不可能でしょう。 そうした空気が淀んでいる小学校の職場では、働く楽しさも沸いてこないのは当たり前のことなのに、文科省はわかっていない。

【16】 2月17日 金曜日
 いやなことが2つもありました。一つ目は、「校内で、飴や菓子を食べている子がいる。6年の担任は知っているか」という地域からの問い合わせです。各学級で聞いてみました。そしたら、なんと私のクラスにも居るではありませんか(「しかも、女子に」と言うと、「差別だ」とお叱りを受けるかな)。
あれだけ「間違って持ってきたら、黙ってしまっておけ」と言ってあるにも関わらず、食べたなんて許されません。   
 もっと許されないことに、「いじめ」があります。ちょっとしたいやがらせはよくあるクラスなのですが、かなり大規模な形での陰湿ないやがらせに発展していることに気づいていませんでした。人として絶対に許されることではありません。 残り4週間しかありませんが、中学に持ち越さぬようにしなければいけません。 
 さてさて、いい思い出を持って、卒業していけるのかの瀬戸際になってきました。

【15】 2月12日 日曜日
 2日間東京での会議を終え、あたふたと帰名しました。長い会議で疲れました。PISAの学力調査や次期学習指導要領についてのまとめをしなくてはなりませんが、先ずは明日からの1週間に疲れが出ないようにしないとね。まだ、19日のレポートができていませんしね。 ちょっと仕事が混み過ぎて退職までの日程で全く余裕がなくなってきた。 ちょっとまずいね。

【14】 2月10日 金曜日
 忙しい1週間でした。5日の日曜日の夜から急に寒気がしてきて、早く寝るようにしたのですが、月曜は絶不調。でも、夜には大学での講義があり、くたばっているわけにはいきません。ただ、その日の帰路、私は瞬間居眠りしたのでしょうね。路肩にぶつかってしまいました。さいわい、車も壊れず、事故にもなりませんでしたが、びっくりしました。ほんの瞬間だったのでしょうね。意識にないのです。もし、右に反れて、反対車線に出ていたらと思うとぞっとします。
 そんな、スタートの1週間でしたから、まあさんざんの1週間。席変えも断行しました。大爆発もしました。 でも、子どもたちは、気にもせず、放課中は、男女仲よく一緒「ドロケイ」なる遊びに夢中です。 残された日数は、25日です。 どうなることやら・・・・・・。
 その間も、過密になってきました。明日・明後日と東京に出かけます。全国委員会と全国研究会議です。 19日のレポートもできていないので、ちょっと焦り気味。

【13】 2月4日 土曜日
 昨日、指導のあり方で揉めていた社会見学・明治村がありました。まあ、予想していたよりも穏やかでよかったです。来ている学校も、案外少なく子どもたちも十分満喫出来たのではないかと思います。 寒さ対策の件では、明治村の方から、「暖かくして見学ください」とカイロをくれるではありませんか。 「これを受け取るか」と教師で話し合いとは、ちと呆れましたが、結局は、子どもたちに配ることになったのですが、「カイロ、反対」を主張していた人にはショックだったでしょうが、こんなことは当たり前の世の中なのですよ。 いつまでも古き慣習に拘っているのが教師。だから、子どもとの間にミゾができるだけでなく、どんどん大きくしているのも、自己変革できないのできない教師なのです。頑なに守らねばならないことは、子どもの側にとことん立つことなのです。 そういうことができているば、本校の荒れも小規模なものだったでしょうに・・・・・・。

【12】 2月2日 木曜日
 職員会議がありました。卒業式の提案がありました。ほぼ、例年通りという感じでしたが、なんだか諸般の日の丸・君が代の問題を穿り返して、例年のやり方について、異議が出されました。 かなり意図的なものなのかは定かではありませんが、私の心情は穏やかではありません。本校の過去の経過を若干述べるにとどめたのですが、今この時点であまりやりあおうとは思っていません。日の丸・君が代の第3ラウンドをやっている暇もエネルギーもありません。やりあったって、来年度は私はいないのですからね。無駄骨にしかなりませんから・・・・・。
 そんなことより、今大切なのは、卒業生が惜しまれて去っていく状態にしてやることではないのか。何度も書いているように、6年生の評判はjあまりにも情けない状態なのです。その一点で、学年が協力し合えることが最良だと思うのですが、ひと癖もふた癖もある学年集団では無理でしょうね。 だから、私はどうするかな? 

【11】 2月1日 水曜日
 もう2月です。月日の経つのは本当に早いものです。中学受験をしない子たちのダラダラぶりが目立ちます。自分勝手にしゃべりまくっている。「いい加減にしろよ」と注意しても長続きしない。この1年、結局は賢い子どもたちにすることができなかったと反省せざるを得ない状況になりつつある。本当に学級にピリッとした雰囲気がないのだ。楽しんでいてくれるのは確かであるが、それだけではまずいでしょう。 学校ですよ。学び舎ですよ。 そして、集団、人と人との豊かな交流がかもし出さなければなりません。でもでも・・・・・・。 これでは、私の有終の美を飾り、子どもたちとともに教員生活を卒業と言う目論みはあえなく崩れ去ることになります。悔いが残ります。
 「なんとか」と思う気持ちばかりが焦って、今日も爆発してしまいました。 学年中が沈没寸前という感じ。 もっと楽しく過ごしたいものです。

【10】 1月28日 土曜日
 卒業式の「よびかけ文」をどのようにしようか迷っている。過去にも、何度も作ってきたが、その集大成のようにもしたいのだが、そこまでの職場の雰囲気はないし、子どもたちも例年のように美しい歌声を醸し出してくれそうなのかもわからない。 いろいろ工夫をしても、子どもたちがやってくれそうにもない。正直、教師と子ども間の信頼関係はちょっとねえ・・・・・・・。
 ところで、卒業式に関して、気になっていることがある。それは、フロア式かステージ式かのことである。 実は、10年ほど前から、東京辺りではフロア式の卒業式はことごとく潰された。私の夢であったフロア式はどんどん遠ざかっていくかと思われた。 ところが、東京とは逆に、名古屋で急速にフロア式が広まった。あれほど「フロア式にしたい」と主張していたのにである。 つまり、卒業式改善の闘いの中で獲得されたものではないのだ。校長主導でフロア式が急に広まったのである。その真意を知りたいのである。 だから、現場教師は、フロア式で行う意義はなにも考えていない。ほんと、そのあたりはお見事と言うほかないのだ。

【9】 1月26日 木曜日
 【7】でも「今年の子達は冷め切っている」と書きましたが、本日の「大なわ大会(8の字)」でもそれが出てきました。 まあ例年優勝を飾っているので、いつも猛烈にハッパをかけて、奮起を促して、取り組ませてきたのですが、今年度は「あまり言っても」と自重してきました。ですから、あまり練習をしませんでしたが、内心は「優勝できる」と確信していました。
 もちろん、当日は、どのクラスも朝から燃えています。練習もします。ところが、職員室から見ていると、わがクラスの出足の悪いこと。 大会開始の前には「先生、賞状の画用紙なんて、なんの価値もないよね」だって。 それに、大会の秒読みが始まるのに、長いコートをつけたまま。 こんな意気込みじゃあ勝てっこありません。案の定、ビリでした。で、挙句が「体育委員の数え方が間違っている」と抗議に行く。最低です。 教室へ行っても、様子は、自分たちの頑張り度が足りなかったのに、ブツブツ。 頭にきて、いやみタラタラ・・・・。「甘い」と、活を入れました。 その後も、子どもたちは「先生は、子どもの気持ちがわかっていない」とブツブツ。 後で聞いたら、音楽の時間、くやしさのあまり「歌えなかった」とのこと。だいぶ効いたかな。くやしいと思わなかったら、大縄大会は全く時間の無駄ですよ。何も学ぶ価値はないということになるのだ。 まあ、これを機に、集中力を増し、本番で力を発揮できるようになってもらいたいものだ。 「まあいいか」では、成長はない。

【8】 1月23日 月曜日
 本日から、2泊3日で人間ドッグに行き、退職後の健康にそなえることにしていたのですが、どうにも教室を離れる気になれなくて、辞退することにしました。 やりたいこと・やらねばならないことがいっぱいありすぎて、どうにも・・・・・。
 さて、夜にホリエモンが逮捕されました。地検の素早さには驚きました。米肉牛違反輸入の目をそらす意味があるのでしょうか。まあ、ホリエモンがあまりにもやりたい放題、目立ちすぎますからね。出る杭は打たれるというわけでしょうか。 みんなやばいことして金儲けをしているのですね。この世は、所詮そんなものかな。 日本人って、やっぱりおかしいですよ。

【7】 1月20日 金曜日
 3学期が始まって、早くも2週間が過ぎました。猛烈な馬力で進めているのですが、今年の子たちは冷め切っています。乗ってくるのは、ほんの一部。知的楽しみから、逃れようとしている感じがしてなりません。いやいや、知的関心は「受験学力」に限定されています。まあ、こんなでは、中学に進学しても伸びることはありません。本当に、目先のことしか見えていないのです。ですから、受験勉強のために、学校を休む子が今年は続出しています。確かに、例年そんな子がいて、教委の長欠調査に「受験のため」と報告せざろう得ない子が1〜2名出る学校ですが、今年のように多いのは記憶にありません。 多くは、進学塾の指導によるものですが、教師としては全く不愉快なものです。 学ぶということは、どういうことなのか、考えてみるべきでしょう。 こうした長期欠席者でも、私学は喜んで受け入れようとしているのでしょうかね。 来月の「私学・授業改革フェスティバル」の時に問いただしてみようかな。 もしそうならば、「授業改革フェス」なんかに行きたくありません。 そんな授業づくりは、御免蒙ります。 

【6】 1月14日 土曜日
 あと9週間、45日となってしまいました。やり残すことのないように、悔いを残さぬようにとの想いが日増しに強くなる感じであるが、見渡せば、教育界は硬直したまま。崩壊の一途である。教育が崩壊すれば、国が潰れる。なのに・・・・・・。 まあ、こんなことを一人の人間が心配したところでどうなることでもないが、一人のデモシカ教師が、遂には夢とロマンを持ち続けるようになったのにはやはり教育界にも魅力があったのだからね。それはなくなってほしくないのです。
 ところで、退職したある校長の話を聞いた。彼は、退職後、教育界から足を洗った。校長と言う肩書きを捨てて、ボランティア活動をしていると言う。一つは点字。そして、市民マラソンなどで障害を持った人たちが参加した時に、伴走をするのだそうだ。 へえ、あの校長がねえ。そんなすばらしい生き方をしているなんて・・・・・。 とかく金儲けに走る人が圧倒的に多い中、感心をしてしまった。 実は、この話を聞いた妻が、私の退職後の生き方にすごく優しくなったのです。 私も、ぼつぼつ きちんと退職後のことを設計しなくちゃあね。

【5】 1月12日 木曜日
 まだ、授業日としては2日目なのに、ずいぶんハイペースでやっています。これも『冬の生活』を廃止しているから、冬休み中の宿題の処理に時間をとられなくて、授業に集中できるからなのですが、職場の中では、どのように解釈されているのでしょうかね。(実は、他にも理由はあるのです。本当はそちらの方が大きいのかもしれませんけどね)。 
 それにしても、「授業と評価の一体化」という課題は、一向に改善されない。改善しようという雰囲気も沸き起こってこない。まあ、教師の怠慢であると思っているところに、「学年末の評定」で、評価論から言えば、全く便宜的な方法での処理を、全職員に押し付けるかのごとき提案があった。少しでも「授業と評価の一体化」に近づこうと努力しているつもりの私は無視されてはかないません。「確認」と言うか、「異議」を申し上げたのであるが、ちっとも通じませんでした。 こんな「授業と評価の一体化」なんてことは、もう15年も前から、文科省も言っていることなのです。 しかし、現場はさっぱり変わっていません。変えよう、変わろうという話も出てきません。 ですから、「相変わらず、教育論のない学校だなあ」とガッカリするやら、「それでよく子どもの指導ができるなあ」とあきれるやら・・・・・。 やっと校長さんが理解を示してくれましたが、きっと来年度からは、安易な評価法が罷り通ることでしょうね。 こんなだから、親は学校を信頼しないのです。 教師は、もっと誠意を示さなくちゃあねえ。 

【4】 1月8日 日曜日
 7日正月も終わり、いよいよ本格的に始動です。いや、私は4日から始動しています。フル回転に近いです。だって、学生さんたちもフル回転ですからね。まあ、それは、私の兼業のこと。担任クラスの始動をね。 そこで、3学期中(卒業まで)にやるべきこと、やっておかねばならないことを洗い出してみました。 それらを、3学期・10週間・49日間の授業日の間にやりぬかねばねえ。3月になれば、落ち着いての取り組みは不可能になりますから、勝負は、1月・2月だけです。 悔いのないように過ごしたいです。 なんだか、1月下旬に「人間ドッグ」に行くことになっているけど、3日間がもったいないね。 今のところ、準備しつつあるのは、以下のようなことです。
  算数「倍と比」「数楽への招待」   国語「読書・作家論」「日本語のきまり」「百人一首」
  社会「新しい憲法の話」(戦後の復刻本にて)「外国との関わり」   理科「電磁石の性質」

【3】1月7日 土曜日
 本日、夜7時からのテレビ「欽ちゃんの仮装大賞」の番組を見てください。わがクラスの子が出ます。どんなことをするのか全く知りませんが、12月頃、猛特訓をしていましたから、期待できますね。是非、どうぞ!                        →→→お見事! 第3位になりましたよ。

【2】 1月6日 金曜日
 3日に「腰が痛くなってきちゃった」と書きましたが、その後も、あまり芳しくありません。4日から始まった集中講義も爆弾を抱えているようなもの。つい、学生さんが「1限の8時50分から夜9時まで、講義なの」という声に、「こりゃあ、正月からたいへんだ」と同調し「短めに講義を終わろうか」なんて
ご機嫌取り・ズルをしてしまって・・・・・。ちょっと引き締めないと・・・。なにしろ、昼間部の15コマを12コマでやりぬこうという計画なんですからね。まあ、腰のぐあいも徐々に良くなりつつはありますからね。馬力をかけますか。

【1】 1月3日 火曜日
 あけましておめでとうございます。いよいよあと3ヶ月で、私の小学校教員生活も終わりです。おかげでと言うか、最後のご奉仕のように、3月までは大忙しです。
 明日から10日まで大学の集中講義。2月6・7日にも、集中講義の残り。2月11日・12日は全国委員会・全国研究会議。 2月19日は私学授業改革フェスタ。3月25.26日は小学校集会で講演となりました。この間、2泊3日の人間ドッグへもね。そして、何よりも、残された期間に「40人学級での(追試)実践」をしなくてはなりません。退職のための準備も・・・・。 あせらずに、いきたいね。
 いずれにしても、新しき人生への年が始まった。 ゆっくり 急ごう! もう腰が痛くなってきちゃったぞ。どうしよう・・・・・
 ところで、今年の年賀状、2日も3日も配達されましたね。1日に投函したものも もう配達されています。やれば、できるじゃないの、民営化のおかげかな?  でも、そのために、ゆっくり正月気分を味わえなくなった人も大量にいることを忘れてはならないでしょう。 民営化とは、人と人との輪・つながりをぶち壊すことでもあるのです。 日本の政治の流れは、庶民から人間的生活を奪うことを目指していると言っても過言ではありません。 でも、内閣支持率は高い。おばちゃんの支持が高いのですが、「女性は、平和の女神」と言ったのは、過去のこと。 命を育む偉大なる女性が、日本から平和・安全神話を奪うことに加担していることをどう考えればよいのでしょうかね。 今年の私の大きな課題でしょうね。 

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