初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、10年目になりました。
退職教師の生き様を記しておきたいという願いで書き綴ります。教師は、現職を退くと、もぬけのカラになると言われます。学級王国の主から引退すれば、何もすることなく、ボーッとしているのもつらい。 まあ、これから退職する人の何かの参考にでもなればねえ。 退職教師のひとりごとです。
2011年
≪12月31日 土曜日≫
2011年も、もう終わりです。年々、時の過ぎるのが早くなっている感じです。また、退職後、「のんびり過ごしたい」という夢は、どんどん遠のいていく感じです。原発が、年金が、国家破綻が、・・・・現実味を帯びてきたためです。「どうすりゃいいのか?」「もっと貯めておけばよかった」と言っても、もう手遅れです。あああ・・、ため息をついて、今年も終わりかな。 いいお年を!!!
≪12月30日 金曜日≫
今日は晦日、明日は大晦日ですので、1年を振り返っておきたいと思います。
◎ 大学の講義は、今年度から、県立大の夜間部が廃止になった関係で、1コマ減り、4コマでした。内訳は、算数教科教育研究2コマと、算数科指導法2コマでしたが、少しマンネリ化しかけているので、来年度は、一大改革をしないとまずいと思っています。だって、県立大では来年度は9年目ですからね。 【うまくいくと、大学院での教科教育1コマが来年度増える予定です】
◎ 栄中日文化センターの講座は、来3月でもって、終了となります。2年半の取り組みでした。予想以上にしんどい取り組みでしたが、学んだことは言葉に言い尽くせないほど多かったです。私の力量向上に大いに役立ったと思っています。一番には視野が広がったことでしょうか。 また、チャンスがあったら、挑戦したいです。チャンスを見つけ出せるように努力します。
◎ 「算数ひろば」は、高山大会以来毎年取り組んでいたのに、地区協が止めてしまうなか、例年通り、大垣と夢道場の2ヶ所で行いました。市民運動の意味を今後も追求していこうと思います。
◎ 新たに起こしたサークル活動は3年目に入っています。定着したとは言い難いですが、なんとか持ちこたえ、10人近くで例会をもてていることは、昨今の状況からすれば、特筆すべきことであると思っています。それだけ熱心な教師がまだまだ居るということです。日本の教育も見捨てたものではないのです。 問題は、そうした教師たちを支援しようと行動しない傲慢な連中がサークル運動を牛耳っているということです。
◎ ボランティア活動は、6年目に入っているのですが、後半 明治村の非道から、一時休止状態になってしまいました。リトルは続けていますが、「ボランティアとは何ぞや」と改めて考え直しています。。
● 今継続中の揉め事は、2つ。対・市税事務所と明治村です。どちらも、私は正道=極当たり前のことを主張しているつもりですが、組織と言うものは、なかなか正そうとしません。私に失うものは何もありませんから、粘り強く主張していくことになります。
≪12月29日 木曜日≫
年末となり、二男の家族が来ました。孫も2年生と5歳です。今日は、妻の兄の所へ行きました。年内に2つしたい仕事がありますが、なるべくのんびり過ごそうと思っています。孫たちに、鶴のポチ袋の折り方を教えてもらいました。難しかったです。
箱根駅伝、駒沢大の油布くんは3区となりました。3区を走る時は、いつも調子いいです。皆さん、しっかり応援してくださいね。
≪12月28日 水曜日≫
今日は、愛犬イブの8回目の誕生日です。もうシニアの仲間入りをしているので、顎の下の黒毛がわずかに白っぽくなってきました。しつけはしてありませんから、自由奔放です。でも、表情は豊かです。人の心理を読み取っているかのような先回りした行動もとります。人間より、生き抜く力を持っているなあと感じることがしばしばです。
今日で、御用納めかな。もう来年はないのじゃないかね。
交付国債によるまやかし予算案。借金を減らさないとダメなのに、厖大する一方の予算案。「あれも必要、これも必要」とやっているだけなら、誰でも予算案なんてできますよ。なんと非常識な頭脳のお持ちの民主党。重症です。もはや救われません。この体たらくがハシズムを生むのだ。
そうそう、沖縄県への「評価書送付」。このような重要書類を宅配便で送るなんて、信じられません。また、阻止されると、今度は、夜中の午前4時にワゴン車で守衛室に運び込んだのだそうです。ほんと、どうなってるの? これ 国のやること。 恥ずかしいと思わないのかね。国の政治って、遊びじゃないですよね。「品格の欠如」ですね。
≪12月27日 火曜日≫
私の普段取り組んでいる「ボランティア活動」も本日をもって、今年はおわりです。あとは、正月をに向けて一直線となるわけですが、まだ、明治村の件の決着がついていません。16日の所長さんの自宅への訪問をもって終わりではありません。
所長さんは予想以上の誠意を示してくださいましたが、肝心の鈴木Mは「ボランティア会」には“お詫びとお願い”なる文書を出されたそうですが、私には何の音沙汰もなく、全く無視です。社会常識からしても出すところが違ってやしませんかね。つまりは、私に対して取った行動は正当なもの、反省することはないと考えているのでしょう。 所長さんが、どんな対応をされたか分かりませんが、面会してから、もう10日も経ちました。もう待つのも限界ですね。私は、うやむやには絶対しません。取るべき行動は、決まっています。年明けから、追及を始動します(年末に投書等をしても、効果薄ですからね)。これ、決意表明です。
≪12月26日 月曜日≫
今年最後の講義がありました。でも、雪のため、名高速道路は通行止め、止む無く公共機関を使って行く事にしました。時間はかかりますが、公共機関を使った方が、安く行くことができることを改めて知りました。ただ、たくさんの荷物があるので、車でないと運べません。なにかよい解消法はないものですかね。
今回はもう13回目の講義なので、評価のことを学生さんに予告として話します。若干のテスト準備をしてもらいながら、算数について、いろいろ考えてもらいたいからです。とかく、100人を大幅に超える講義なので、つい一方通行の講義になりがちです。どうも気に食わないのですが、なんともならないと言う感じで、ぶつぶつ言いながら、講義をしているのが現実です。また、評価にしても、小学校のようにきめ細かなチェックはできません。そこで普段の取り組み態度を重視する手立てとして、作業ぶりをチェックしています。まあ、これには、昔で言う「代返」もどきことをする学生がいるのです。それを防ぐ意味もあります。学生さんと私の知恵比べみたいなものです。
今日は「四国タングラム」を完成しなさいと指示したので、これは2人分やる時間もないので、「ズル」はできません。私の勝利でした。それにしても、この知恵比べは、将来教師になろうと夢見ているはずの学生さんとの間でのことです。これ 可笑しいと思いませんか。私の気持ちはとても暗くなってしまうのです。
≪12月25日 日曜日≫
民主党政権は、日本を潰す気のようです。真面目にそう思います。これほど、政権能力がないとは誰が予想したでしょうか。また、これほど、マニュフェスト【約束事】を守れない、守ろうとしない党も珍しいと思います。やっていることが支離滅裂、朝令暮改。 近年、日本の政界をリードしている人たちは、松下政経塾出身者が多いらしいが、ここで何を学んでいるのか。 舌先三寸、人を騙す訓練でもしているのかな。 バカ殿に引き連り回される国民は、どうすればよいのでしょうか。ひとつもロクな政党はないし。いよいよ来年は日本崩壊、日本銀行券が紙屑になる日も近そうだ。 さみしい話です。
≪12月24日 土曜日≫
第37回東海地区協の研究会議に行きました。実は、退職者にちと冷たい雰囲気が充満しているので、足取りは重いのですが、瀬山士郎さんの「これからの算数・数学教育をどうつくるか」と題する記念講演が聞きたくて出かけたのです。瀬山さんも、今年4月に群馬大学を退官されたのですが、自分の教師生活を振り返った時、普通は、誰もが「やり残したこと」があると思うのです。それらを退職したら、「ハイ、オサラバ」してしまうのか、さらに追究していくのか。二つの道があるように思うのです。 私のように嫌われながらもしがみついている者からすると、「ハイ、オサラバ」する人が羨ましくもあるのですが、「イママデノコトハ、ナンダッタノカ」という不信感もあるのです。まあ、どのような道をとろうが、他人様にとやかく言われたくないですよね。心ひろく持ち、夢に向かって進んでいきたいものです。
≪12月23日 金曜日≫
12月23日が天皇誕生日となって、もう23年なんだねえ。でも、昭和生まれの者には4月29日の方がすっきりする。(私の運転免許は、昭和自動車学校でした。関係ないか)
私は、日の丸・君が代なんか大嫌いだし、天皇制も???だが、近頃の皇室のゴタゴタは気になってしようがない。「愛子様」ファンだからかな。要は、宮内省の役人どもが、皇室をもて遊んでいるようにしか見えない。だいたい雅子さんをいじめ、病人扱いにする。人権侵害もひどい。あの方、世間に出れば、うんと活躍できる方。世界を飛び回れば、すぐストレス解消。生き生きされますよ。逆療法が必要なのだ。
それに、今日も皇室担当記者とかが、天皇の声明で、東北大震災のあとにタイの災害のことに触れたのは「日本企業が多くあるからだ」と言っていたが、そうだとしたら、天皇もちっぽけな人物となる。そうじゃなく、人道的立場からタイ国民にメッセージを発したのだと、私は思いたい。
≪12月22日 木曜日≫
今日は冬至です。子どもたちは、先生から、その意味を教えてもらっているかな。いやいや、2学期の終業式と重なっているから、それどころではないでしょうかね。 でもね、教員は「忙しくて・・・」では済まなくなってきていると思います。
大阪の橋下のように、首長が教育目標を規定できるなどと、戦前のようなことを平然という恐ろしい時代になってきました。戦前の反省から制定された教育委員会制度等をも、「改革」という名の下に破壊し、再び戦争のできる国に持っていこうとする野望に加担してはなりません。聞けば、東京の石原も賛意を示したから(彼は、当然賛意を示す)、3番目は愛知の大村だそうな。(戦争を美化する育鵬社版の教科書採択の準備が、河村市長の下で、着々と進められていると言う) まあ、改革の本質は、戦後民主主義の総粛清なのです。
それにしても、議員・政党・マスコミをこぞって、橋下に媚を売っている。公明党なんて、強いものに擦り寄っていくだけで、これほど骨のない党だとは思わなかった。よかったのは、名古屋選出の石田幸四郎委員長の時までかな?
≪12月21日 水曜日≫
9月20日の豪雨で、家の東の堤防が崩落して3ヶ月。応急工事をしたまま、何も進展していません。御幸橋から下って来る道は「通行止」のままです。この御幸橋(みゆきばし)は、明治天皇が行幸の時に造られた橋です。天皇が来ないと、直してくれないのでしょうか。
ところで、改めて人間の知恵?というか、堤防上の「通行止」の柵ですが、しっかりと作っても、誰か知らないが、人が通れるように柵が壊して、柵が移動してあるのです。直しては壊しのいたちごっこが、何度繰り返されたことでしょうか。最近は、人も自転車も通れるように生活道路として、復旧?しているのです。住民の粘り勝ちというところですが、「もう復旧工事なんて、やってやらないぞ」と見捨てられているようにも感じます。 ちなみに、こうした「通行止」の柵は7箇所あるのです。崩落箇所は、私の家の3階から、しっかり見えます。
いずれにしても、早く本格工事をしてほしいものです。 堤防はダメですが、鯉も戻ってきましたし、時には白鷺が30〜40羽飛来しています。
≪12月20日 火曜日≫
昨日は、北朝鮮の独裁者・金正日が急死して、世界中が大騒ぎ。そしたら、日本政府は危機だとばかり、次期戦闘機をアメリカのF35機にさっと決めてしまいました。1機100億近くだと言います。40数機購入するのだそうです。しかも、日本にメンテナンスの力はない機種ので、購入後の保持に厖大なお金がかかるのが目に見えています。歳入の倍以上の予算を組んでおきながら、この有様ですから、国の借金が膨れ上がるのも当然です。こんな民主党に御蔵番をさせておくことは、許されません。国の破滅も秒読みですね。
さて、源義経、ジンギスカン生まれ変わり説のごとく、独裁者・金正日、橋下生まれ変わり説ではいかがでしょうか。とってもいやなきな臭い世の中になってきました。早く、大阪都市部のど真ん中に原子力発電所をお作りなさい。大阪市民が喜びますよ。
≪12月19日 月曜日≫
若い教師・学生へのメッセージを発しようと、月1回のペースで検討会を重ね、もう1年ほどになります。大詰めになってきました。私は、夏くらいに早々と原稿を書き上げてしまいましたが、出そろってくると、各執筆者の個性がでてきて、論調が必ずしも同じではありません。そりゃあ7人が同じだとすれば、メッセージも似通って、くどくなり、私などは読みたくなくなってしまいます。お説教じみてきますからね。 私は、「教師人生は、こうでなくちゃあいけない」なんて絶対的なものはないと思っているから、かえってバラバラの方がいいと考えている。 さてさて、どうなるのでしょうかね。共同執筆のときは、個性が出た方が面白い。
≪12月18日 日曜日≫
本当に久しぶりに映画を見に行きました。太田堯さんの自伝とも言える「かすかな光へ」という自主上映作品です。なんだか、これからの生き方に示唆を受けたように思いました。正直、私とは財力に雲泥の差があるので、あのような実践展開はできませんが、「夢とロマン」を追い求め、楽しく生き生きと信念を貫くことが一番。最高の人生だと確信しました。 とても、勇気付けられた映画でした。
あと、柿沼さんたちと会食できて、とても上機嫌の一日となりました。
≪12月17日 土曜日≫
午前中、民教連の集会に参加し、若い教師の人たち(1年目・2年目)の話を聞きました。異常な勤務状態が続いているようです。夜、9時、10時が帰宅は当たり前だそうです。自分の頃と比べてみると、帰宅時間が遅すぎます。若い序教師に何かあったら、教育委員会はどうするのでしょうかね。「こんなでは、結婚もできない」という声もありました。
なぜ、こうなってしまっているのでしょうか。私の頃は、5時前後には帰りました。でも、家で夜遅くまで仕事をしていました。つまり、仕事量はそれ程変わっていないのです。問題は、パソコンです。データを持ち出せないため、出来上がるまで学校に居残らなくてはならないのです。本来なら、事務軽減となるべきコンピュータ化が過重労働となっているのです。馬鹿げた話です。このような若い教師に対して虐待を続けるような国には、光は見えてきません。公務員バッシングと同じで、日本は、封建社会がまだまだ続いているのです。民主主義社会の実現は、ハシズムの登場で、ますます遠くなってしまいました。 200〜300年、後戻りです。
≪12月16日 金曜日≫
朝早くから、明治村の所長さんが、我が家まで来てくれました。所長さんは、今回のことを監督不行き届きとしてお詫び(謝罪)に来られたようですが、私は、所長さんに謝罪を要求するつもりは少しもありません。所長さんの明治村に対する思いをお聞かせ願えれば、よいのです。2時間ほど、懇談しました。私の明治村に期待していることもズバズバ話しました。所長さんの心意もかなり受け止められました。 今後の行動については、しばらく熟考します。 なぜならば、どのように改善されるかです。視点は2つ。
○私のとったような行動は許可・黙認するというだけで、私の行動に対する汚名はそのままです。そこをどうするのか。私としては、そこを見定める必要があります。 【名誉毀損】【社会的責任】
○次に、明治村の上位下達の雰囲気は、働く者の意欲を削ぎ、結局は、接客も低下するという悪循環が蔓延している。ボランティアには注意することも認めるが、職員は接客マニュアルで再教育では、本末転倒。問題は、上司にあり、上司の意識変革なくして、明治村の活性化はない。どう改善されますかね。 【顧客満足】【集客力向上】
いずれにしても、上記を見定めるには時間が必要である。明治村のボランティアへ戻る条件はそろっていない。
多分、戻る条件はそろわないし、そろえるつもりもないでしょう。まあ、しばらく所長さんの手腕をみることにしますか。
≪12月15日 木曜日≫
今日は、朝から、奥様の言いつけにより、あちこち動きました。まず、最初はガソリンスタンドに行き、満タンにして、日曜大工センターに行き、年末に向けての雑貨を買いました。その後、「医療費請求書」をもらいに行きました。こうした文書も、医者によって対応がまちまちです。がっちり文書費を取る所から、全く取らない所まで様々です。今回は3通提出しますが、1通は1500円、2通はゼロ円です。かなり医者の収入にも影響してくるなあと思いました。(ポストへ行ったら、早くも差出口が、年賀状用と一般用に分かれていました)
次に、通帳に記帳しに銀行へいきました。全く、記帳していないのです。1つの銀行はスムーズにできましたが、1つは長蛇の列だったので、諦めて帰りました。あとひとつも面倒臭くなって止めました。家について、すぐ書類を調えて発送もしました。 ごそごそ動くのも、世情を垣間見るようで、参考になります。
夕方からは、日本福祉大学の講師懇談会に出かけます。
≪12月14日 水曜日≫
年金問題にからんで、「希望者全員を65歳まで再雇用」することが義務付けられるという。当然、経団連は義務化に反対である。そりゃあ、職種によって、体力的に不適当な場合だってあり得る。 要は、「希望者」という言葉が曲者である。法の抜け穴。官僚のよくやることで、結局は、使い勝手のよいもの言わぬ庶民をたらい回ししているだけの施策に他ならない。「連合」の幹部は、「労働貴族」を脱して、もう少し労働者の味方になれないものかなあ。私は、若年雇用が促進しないのは、労働者の仮面をかぶった連合の体質にあると思っている。
≪12月13日 火曜日≫
今日は、リトルで、「ボランティアガイドはどうあるべきか」を考えながら、活動しました。学びの場としてやってくる小学生と、様々なニーズでやってくる一般客では、対応の仕方は違ってくると思います。一般客の場合は、全くガイドなど邪魔なカップルから、かなりの専門知識を持った人まで、多様です。小学生でも、遠足で来る場合、何年生かでも違ってくるはずです。それらに対応できるから、ボランティアガイドの存在価値があるはずです。型通りのガイドなら「音声ガイド」という機器で十分です。ボランティアと言えども、人件費はかかるのですから。
リトルにはありませんが、明治村には「ボランティア会」というのがあるのです。今、明治村では“マドンナ”という音声ガイド機器の導入が図られています。「ボランティア会」は無反応ですが、今回の私へのコメントは、多分にここらの問題と関連していると思っています。いい投稿論文が書けそうです。
≪12月12日 月曜日≫
1週間の初めは知的活動。苦戦続きの講義です。このままでは、単位を差し上げてはいけないなと思える学生さんもちらほら。今日は「評価論」をやっていたのですがね。まあ、まだ1年生なので、現実味もなく真摯に考えられないのも止むを得ない気もしますが、現職時代、事の外、評価にこだわっていた私には、歯がゆく思えます。
「評価をつけるのに悩まなくなったら、教師は止めた方が、子どものためになる」なんてアジっても 学生さんの心には何のインパクトもありませんね。
≪12月11日 日曜日≫
CSR(企業の社会的責任)とかCS(顧客満足)というようなことは、今まで、そうした視点で考えたことはなかったが、教師として、子どもたちに、どのような教育環境を作り、豊かな学力をどう保障していくかは、常に考えてきた。それは、企業の社会的責任とか顧客満足と同じだなあと思っている。そうした行動に対して、ノーを突きつける企業の存在価値は???という他ない。 なかには「振り上げた拳を下ろせなくなっちゃたんじゃないの」と慰めて?下さる方もみえるが、私は、まだ拳を振り上げている意識は全くない。 拳を下ろす準備(和解のことではありません)はしてあるが、明治村の対応を見ながら、自重している。 むしろ、下ろすタイミングがずるずる引き延ばされていることへの苛立ちの方が大きい。
今回の「人々に感銘を与えることを生業としている企業でのいじめ」は、人の噂もなんとやらで、一ボランティアなんて踏み潰すことなどなんとも思ちゃあいない対応に、一社会人として猛省を促し、日本の未来を少しでも明るくしたいと思う心意気なのです。投書、論稿、裁判、・・・長期戦となるでしょうね。私、現職時代から、いじめには慣れていますから・・・・。
≪12月10日 土曜日≫
母の弟さんが亡くなっての四十九日法要があり、渡辺家を代表して出かけました。納骨も行いました。お経は、近年には珍しく長くて、驚きました。「本当は、こうなんだよね」と頷きながら、合掌を繰り返しました。
でも、こうした法要の席での話についていけるようになりました。やっぱり歳だなあと思います。私の父は48歳で亡くなりました。私は、父親よりも20年近くも長く生きていることになります。今のしあわせに感謝しないといけませんね。
≪12月09日 金曜日≫
久しぶりに書店に行きました。退職後、身辺整理のため、書籍の購入はすっかり減り、書店に行くことも少なくなったのです。例えば、教育雑誌な多いときには20種くらい購入していましたが、今は『数学教室』と『教育』の2種だけです。さみしいけれど、もう慣れました。書店も教育書の棚も本当に少なくなっています。つまりは、教師自体が活字文化から離れ、マニュアルに走ってしまっているのです。この傾向に押しやったのは、20世紀末に向山洋一が起こした法則化運動の功績?と言えましょう。骨抜きになった教師群の向かうところは、教育崩壊→若者溶解→日本沈没の筋道です。親の支持を得られない教師集団なんて、烏合の衆です。時の権力者にとって、意のままになる存在に他なりません。独裁者の出現=人間の堕落。そうなりたくないですね。
≪12月08日 木曜日≫
「1941年12月8日 太平洋戦争勃発の日」なんてことを子どもたちに語りかける教師は皆無に近いだろうな。戦中派教師が退職してもう6年目。戦争とか民主教育にこだわる層は過去の人になってしまいました。
それにしても、まだ世界は弾痕だらけです。世界は民主主義謳歌と言いますが、種々の問題解決は話し合いではありません。すべて力ずくです。アメリカをみれば、明白です。すべて軍事力でねじ伏せる施策です。目を転じて、大阪を見れば、そっくりです。弁護士でありながら、法無視なんてへっちゃら。人権感覚なんてゼロです。どうして、このような人が弁護士資格を得られたのか不思議です。「支持しなかった者は去れ」とは、奴隷扱いです。これをちやほやするマスコミも同じムジナと言うわけです。 戦後66年経っても、結局日本には「民主主義」は育っていないのです。 「民主主義発祥の地・名古屋」を掲げる市長の方が、大阪よりまだましということかな??
≪12月07日 水曜日≫
今日は、予想以上にはかどりました。いつもこうだと気分も軽やかになるのですが、近頃は、思考停止の状態の時の方が多いです。あれこれ考えるのですが、つい自重しているのです。でも、例の明治村のことに対しては、1週間ぶりにメールを発しました。返答もありました。まだまだ続きます。ところで、「インプレス」という会社名であることは、人々に感銘を与えることに携わっている会社ってことでしょ。言っていることとやっていることが違っていてはいけないと思います。 私は、ちっぽけな人間ですが、正義感だけは貫き通します。これからも揺らぐことはありません。戦中派教師の心意気です。
※ あとで調べてみたら、「インプレス」には、人を海軍に強制徴募するとか、物を徴用するという意味もあることが分かりました。まさかこちらの意味ではないですよね。
≪12月06日 火曜日≫
昨日から、妻の「旅の絵本」の原画ができたので、そのコピーをとる仕事を手伝っています。なかなか順調にいかず、時間ばかりかかっています。まあ、大量なので、プリンターが時々不機嫌になるのです。14枚もムダになりました。でも、なんとか・・・・。 これで、妻も何冊目なのかね。かなり自信もついてきたようです。「安野光雅さんに少し近づいたかな?」なんて満足しているようですが、ますますやる気になって、早くも次の旅行を狙っているようです。 私も、原稿を仕上げて、早く送付しなくちゃあ。
≪12月05日 月曜日≫
月曜日はいいですね。週の始まりともなると、気持ちを入れ直して、ゴースタートです。確かに、学生さんは「月曜病」なのか、今ひとつの感じはありますが、そんなことお構いなしに書かせ捲くっています。算数だって、書くことによって自分の考えがまとまるというのは同じですからね。やっと、学生さんともくだらない冗談も交わせるようになってきました。そりゃあ、講義も3分の2終了しているんだものね。大学側は、もう来年度のカリキュラム作成に必死ですよ。非常勤もガタガタする時期です。
≪12月04日 日曜日≫
来3月で閉講が決まってしまった文化センターでの「大人のための算数ひろば」は、大人に向けて≪算数の魅力≫を伝授する場であった。このボランティア活動は計48回(あと3回を残すが)2年半に亘って続けたのであるから、よく頑張ったと言えよう。学校外から「算数」を見つめ直してみる絶好の機会となり、感謝でいっぱいであるが、まあ、さらに続けるのは、私の力量からして限界でしょう。ほどほどがよいですからね。
それで、幸いなことに、今度は若い教師に向けての発信の場が与えられた。来4月からである。≪算数の授業の魅力≫をどう伝授するか。その視点に苦慮している。というのは、「小学校教師は、算数の授業だけやっていればよいのではない」「どの教科に対しても、そこそこの力量をつける努力を怠ってはいけない」「算数のサークルだから、算数を中心に討議するが、その枠内に止まっているのは、“井の中の蛙”。小学校教師としては失格」「小学校の先進的実践家の多くは、他教科に亘る」と嘯く私に、風当たりは強いのだ。中・高のような教科担任のような立場の人とは、教育論、教師論が異なってくるように感じているのですがねえ。なにしろ、最近は、高・大から小への発言が多くて、小の教育内容が混乱しているのです。小の授業論に学ぶという雰囲気はなくなりました。こうしたことがよいのかまずいのかを 早急には結論づけられないけれど、ちょっとねえ。ハシズムでは困ります。
≪12月03日 土曜日≫
午後から、溜まってしまった「感想文用紙」を読んでいます。今期は、単に講義の感想を書くのではなく、講義内容に関わったテーマを与え、自分の見解を書いてもらうようにしたのです。評価は加点方式でやっているので、しっかり書けていればポイント点とします。逆に、講義内容と全く違ったことを書いていれば、減点です。
学生さんには過大な要求ですが、昨今の教採状況は厳しいですからね。少しずつは鍛えていかないとね。 まあ、学生さんたちは頑張って書いてくれます。でも、後がたいへんなのです。1人1分としても、5時間くらいかかります。そんな時間はまとまってとれないし、すぐ疲れてしまいます。だらだら読むことになってしまいます。「すごいじゃん」というのもいくつか出てくるのが、救いです。 ただ、まだ1年生・2年生ですから、教育学的にどうのこうのはあまり問いません。自分の体験と比べながら、テーマから自分なりの課題を見つけ出してくれれば・・と願って取り組んでいるのですが・・・。
明日中に読み通さなくては、また増えてしまいます。まだ、半分です。
≪12月02日 金曜日≫
毎週金曜日は「明治村でボランティア」という生活を送っていましたが、本日から頓挫というわけです。考えてみればみるほど、今回の事件は悪意に満ちていると思います。私には、身に覚えがないのですが、かなり恨みや妬みを買っていたのでしょうかね。そうとしか考えられません。でなければ、一般論であるマニュアルを、わざわざ私の記述の時をねらって書き込むことはないはずです。だって、ボランティアの方で、いたずらを注意したことを書かれているのを何度でも見たことがあるのですからね。あああ、こういう社会はイヤですね。サービス業界は、こんなにもひどいのでしょうかね。
そう言えばこのところ、世論では、公務員バッシングがひどい。でも、高級官僚である公務員だけの話ではないか。圧倒的大多数の公務員は、あわれな生活なのに、いっぱ一絡げで「年金切り下げ」やら「年金一元化」等が図られている。例えば、「68歳延長」なんていうのも、机に向かっているだけならいざ知らず、現業の者では体力がもちません。弱いものいじめに他なりません。政治家の懐には呆れるほど一切手をつけず、弱者の懐ばかりねらう悪党どもを 誰か退治してくれないかなあ。 そうした期待がハシズムになびくのだ。(流行語大賞は「なでしこジャパン」ではなく、「ハシズム」の方がふさわしいと思いますね)
≪12月01日 木曜日≫
栄中日文化センターでの「大人のための算数ひろば」は、来年度は開講しないことになりました。受講生が集まらなくては仕方ありません。まあ異色の講座としてスタートして、2年半ですから、よく持ちこたえたと言った方がよいかもしれません。最初から、最少人数で、講師料も半額にして、やってきたのです。1年前に、私の方から閉講を申し入れたため、月2回の講座が月1回となり、ますますじり貧となってしまいました。現在は受講生5名、最高時は15名でした。いずれにしても、全く基盤のないところで、ほんの小さな紹介欄を見て、受講くださるわけですから、有難い人たちばかりです。とてもいい勉強になりました。特には、親の目線から、算数教材を見直せたことでしょう。もちろん、あと3回の講座の手抜きは厳禁です。
(延長については、9月23日の「講座紹介」のイベント参加に、応募多数で落選したときから、諦めていました)
まあこれで、暇になることはありません。他から、新たに依頼されていることもありますからね。ますます充実した一日一日となるよう、精一杯 命のある限り 貫き通そうと思います。悔いを残さぬように!
※プロ野球セのMVPに浅尾拓也選手が選ばれました。うれしいですね。今も母校の日本福祉大学には横断幕が掲げられていますが、また作り直すのかな? 今度、聞いてみようかな?
≪11月30日 水曜日≫
もう11月も終わり、師走に突入です。穏やかで、平和な一日一日を過ごしたいものですが、穏やか過ぎてボケてしまわないように神様は試練を与えてくれたのでしょうか。いやいや私は、神様ではなく法然上人なのですがね。私が大学に入って最初の評論は「釈尊の怒り」なのですけどね。
さて、今日はそんなことよりも、明日の準備をしないと・・・・・。「伝統遊びと算数」というテーマです。「伝統遊びが、算数の理解認識の素地として、どれほど役立っているのか」を解明しようというのですが、先回から1ヶ月間もあったのに、ちっとも進んでいません。気が重いです。あと今晩、追究しても講座の中身を濃くできる自信はありません。やはり思考活動ができるのは、精神がゆったりして健全な時だけだと思いますね。
≪11月29日 火曜日≫
今日は、リトルのボランティアに出かけました。今日のメンバーは、明治村と両方でボランティアをしている人ばかりでした。みなさん、心配して、多くの励ましを得ました。とてもうれしかったです。でも、多くのボランティアの人は事実を知りませんから、私のヘタな叱り方が原因だろうと思っているようです。そりゃあ、そのようにしかとれないコメントの出し方ですからね。 真実の報告を、すべてのボランティアさんに郵送するしか手がなさそうですね。何時までにしようかな? 少し整理する時間がほしいなあ。
それにしても、寝不足ですが、ボランティアのために・・・・・、働く人のために・・・・、未来の子どもたちのために、ここで頑張らなくては・・・・。
今、この「教育日記」を見た方から、励ましの手紙やメールなどもいただいていますが、一番の力は、正直、今までそれほど仲のよい兄弟とは言えそうになかった兄が常に激励してくれることです。
私は、ショックのあまりボランティアを辞したのではありません。あやふやな解決に終わらせたくないから辞したのです。 人間、敵対している人と顔を直接合わせていると、つい 情にほだされて、ふにゃふにゃとなってしまいますもんね。今回の私の決意は非常に固いのです。だって、退職教師と言えども、今も年間300人ほどの学生さんを指導している身ですよ。 変な言いがかりは断固排除します。
≪11月28日 月曜日≫
予想以上に早い対応で、所長さんに報告したようです。でもね、所長さんが指示されたことは、とても穏やかなもので、ちょっとねえ。 まあ、自分に都合の悪いことを報告する人なんていませんよね。期待する方が無理でした。私から、連絡した方がいいかな? いずれにしても、今は「和解」に応じるつもりはさらさらありません。
昨日も、名鉄出身のボランティア仲間の尊敬するHさんに、嫌な思いをさせることになるかもしれないけれど、「許してね」と電話しました。
研究会でも、この問題を取り上げてもらえるメドがつきました。
≪11月27日 日曜日≫
このHPを見たかたから、心配やら激励のメールをいただけ有難く思います。ただそうした方に共通していることは「私がとんでもない注意の仕方をし、学校側からクレームが来た。だから、注意喚起のコメントがあった」ととらえられていることです。全く逆なのです。私は、他校の引率されていた校長さんに褒められているのです。そうした状況もなにも知らせないでのコメントを見れば、誰だって、私がバカな指導をしていると思うに決まっています。風評被害というやつです。名誉毀損だと思っています。「気分を害されたのなら、誤ります」ですむことではありません。
それと、私が問題にしているのは、ボランティア始め現場で働くものは「明治村は、指導する立場にはない。注意してはならない」という明治村の接客のマニュアルです。登録博物館という最高の格式の文化財施設が、このような姿勢でよいのか。そこを問い正しているのです。「博物館としてのプライドを放棄している」「博物館を学びの施設ととらえていない」から、「私はボランティアを辞退します」と届けに書いたのです。今、その点を所長さんはどうお考えかを問い合わせているのですが、まだ返答はありません。 今回のことが、もみ消されないためにも、所長さんの見解を聞くまで、次の行動を自重しようと思います(風評被害は広がるばかりですから、耐えるのはつらいですけどね)。 所長さんの何も知らないところで、明治村の姿勢を批判したところで、意味がありませんからね。水曜日まで、待ちます。
≪11月26日 土曜日 その2≫
どうやら、明治村は、私が勝手に止めたという態度のようです。問題の本質を見ず、無視しようということでしょうか。ボランティア1人くらいどうってことないのでしょうね。 私もなめられたものですが、人間を虫けらのように扱う企業は許せません。徹底抗戦となりそうですね。久しぶりにワクワク気分になってきました。ウフフフフ・・・ってとこです。
≪11月26日 土曜日≫
うっかり忘れて、2ヶ月に1回の教科研の例会に行くのを忘れてしまいました。メールでの連絡に変わったのですが、きちんとプリントしておかなかったのが、原因だと思います。サークル案内をメールで行うのは時代の趨勢ですが、メモ帳にスケジュールを書き込まないので(メモ帳というのがまた古い)、忘れてしまうのですね。加齢によるボケも始まっているでしょうから、対策を考えないとね。
そうそう安野光雅さんがリニューアルする『数学教室』の原稿を着々入稿しておられるそうだ。私は、書くべき柱は決めたけど、未だにどんな書き振りにするのか決まらない。ちょっと焦ってきたね。このところ集中できなかったから、仕事がたまってきました。
≪11月25日 金曜日 その2≫
あああ、責任転嫁というか、責任回避が始まっています。一番 心配していたことです。しばらく様子を見ることにしたいと思いますが、はっきりさせておきたいことがあります。
コメントは「一般論を述べただけ」と申し開きをされていますが、『ボランティアガイド活動日誌』に私が書いたのは「午後、帝国ホテルに居たO小の子たち、ちょっといたずらがひどすぎました。昔の生活指導主任のクセが出て、注意しました」と書いただけなのです。そのコメントの書き出しは「お気持ちは察しますが、明治村は“指導”する立場にはなく、・・・・・・」だったのです。そして、回覧印が10個押されているのです(館長、所長の印はありません)。これをどう読めと言うのでしょうか。私に対するお咎め以外の何ものでもありません。だから、上司の意図を組んだボランティアセンターの人は、他のボランティアさんに「渡辺のようなことをしないように気をつけましょう」と周知徹底を図ろうとするのは当然の事です。仕事ですから。それを、周知徹底をしようと掲示した人に責任があるというのはどういう姿勢でしょうかね。困ったことです。 問題のすりかえはいけませんぞ。
≪11月25日 金曜日≫
5年8ヶ月やっていた明治村のボランティアガイドを辞してきました。理由は、私が子どもたちを注意したことに対してお咎めがあったからです。 事は1ヶ月ほど前のことです。この日の「教育日記」を見てみると、
≪2011年10月21日 金曜日≫ 明治村にもたくさんの小・中・高校生が来ました。帝国ホテルの担当でしたが、ガイド活動はあまりお呼びではありませんでした。昔の生活指導主任であった頃を思い出して、注意をしてばかりでした。やはり、担任がきちんとすべきです。公共の施設なのですから、ホテル内で鬼ごっこのように走り回るとか、1階と2階の間で帽子を投げあったり、照明のスイッチを点けたり消したり、・・・やりたい放題です。こうした行為に対しても、明治村は「お客様ですから、・・・」と言って、注意することを差し控えるように言います。逆に、注意した職員やボランティアが注意されることもありますから、多くの職員やボランティアは見て見ぬ振りをしています。これには、私は納得がいきません。「いけないことはいけない」と教えるべきだと考えていますから、遠慮なく注意します。時には、その学校の教師にも一言申し上げます。やはり、博物館・明治村は、教育施設でもあってほしいものです。「お客様は神様です」なんていうなら、「博物館」の名を放棄した方がよいと思いますね。何故、学校が明治村にやって来るかも考えるべきです。
でも、こうした行為に対して、案の定、「明治村は、指導する立場にはない」とお咎めがあり、しかも1週間以上に渡って、名指しでお咎め文が見せしめのように掲示されたのです。これには参りました。まあ、私の指導力、全人格も否定されたようなものです。ですから、辞して、反論を展開することにしたのです。
今日1日、「一般論を述べただけで、渡辺さんの注意行為に対して、言ったものではありません」「気分を悪くされたのなら、謝罪します」「今後も、ボランティアを続けてください」に終始しました。ここで、「そうですか。じゃあ、続けさせてください」というほど、私は軟ではありません。生活のかかっている職員の人たちのように黙るわけにはいきません。 私の(大したものではありませんが)プライドや名誉をずたずたにしておいて、「本意ではありません」「謝罪します」ですみますか。そんな施設は、教育施設と言えますか。ましてや博物館なんておこがましいと思います。
先ずは、何から始めるかな? 名誉回復が先か、名誉毀損が先かな? じっくり取り組みます。
ただ、私の行動が、ボランティアや職員のみなさんの迷惑にならないようにしたいと思いますが、早くもその兆しがありました。これが、今の日本の組織社会なのでしょうね。だから、ボランティアの席にすわったままでは、反論はできなくなるので、辞したのです。
≪11月24日 木曜日≫
私の心は疼いています。でも、今弾け過ぎては迷惑のかかる人も出てきそうなので、押さえ気味に反論を展開していくことにします。月に1〜2回の発信ではどうかなあ。少なすぎるかな。まあ、ネットやツイッター等の情報も活用しますが、長期に残るように様々な研究会での報告・問題提起、また投稿等の活字媒体の活用を主に展開しようと思います。 いずれにしても、学校の教育力がコケにされているわけですし、私も教師として、相当なめられているわけですから、一歩も引き下がるつもりはありません。決意表明です。
≪11月23日 水曜日≫
リトルワールドのアンデス展は27日までですが、私の短期パートの仕事は今日で終了。失業となりました。
さて、アンデス展の解説員&監視員をして、いろんなことを学びました。もちろん第一は、アンデス関連の論文等をかなり読みましたので、ちょっぴりアンデスの人々の生き方、考え方が分かるようになりました。現代人が、アンデスに学ばねばならないことがいっぱいあるのです。現代ヨーロッパ社会が アンデスの人々を虐げてきたことが、いかにおろかな行為であったかが見抜けるようになりました。
仕事はしんどかったけれど、解説員&監視員の機会が与えられて、よかったなあと改めて思いました。
≪11月22日 火曜日≫
私が、ボランティアガイドを辞するというのは、私の「非」を認めるのではありません。上位下達の雰囲気の中では、ボランティアに席をおいていては、対等の立場で議論し合えないと考えたからです。もちろん、野に下り、大きな組織に1人で立ち向かったところで大したことができるわけではありません。無視し、もみ消そうとするに違いありませんが、小ちゃなジャブをあの手この手と変え、粘り強く息長く続けていけば、4〜5年先にはボディイブローも徐々に効いてくるであろうとね。まあ、効いてきたことが確認できるまで、持ち前のしつこさでやり続けるつもりです。まあ、私の活性化のためにもなるしね。楽しんでやり続ける予定です。乞う、ご期待を!
≪11月21日 月曜日≫
あああ、ドラゴンズが負けてしまいました。日本一にはなれませんでした。まあ、あれだけ打てなくてはなんともなりません。7戦して総得点9点、打率0.155で、3勝できたことの方が不思議です。「打てない」というワースト新記録がたくさんできたようですが、これもまたプロの世界だから面白いかもね。
「オレ流・落合監督」が龍を去る。来年の予想はBクラスでしょう。来期のコーチ陣が明らかになってきましたが、OBばかりで固めるのはどうかな? 現役時代を知っている人ばかりですが、私は、決してプラスに働かないと思いますよ。学校でも、企業でも、同族意識が強すぎるのはみなダメになっていますよ。
≪11月20日 日曜日≫
教育行為に対して、お咎めを受けたので、私は「明治村のボランティアガイド」を辞することに決めました。
引率の校長さんから「子どもの扱いがうまいですね。ウチの学校の教師にも見習わせたいです」なんて、褒められ、年甲斐もなく有頂天になっていたのかもしれませんね。私は「現場を退き、ちょっと遠目に見られるようになれば、できることですよ。直接子どもを目の前にしてしまうと、つい、カッカとなってしまうものですよ」なんて、話していたのですが、ひょっとして、その校長さんが帰校後、担任を説教して、担任が それを恨んで明治村に「おせっかいなことをしやがった」とでも告発したのでしょうかね。
まあいずれにしても、明治村は博物館としての教育機能を放棄した施設ということなので、私がボランティアとして、施設の価値を高めたいという願いを実現することは遠のいたので、ボランティア活動をしている意味はありません。 そこで、「退会届」を作成しました。ボランティアの規定には「退会するのは、1ヶ月前に申し出よ」というのがあるので、年末まですることになるのかな。しかし、「退会届」を出して辞すのではなく、「解任」という形にした方が、今後、発言し易いと考えて「解任扱い」にするよう段取りをつけようと思います。
以後の追究テーマは「営利企業におけるボランティアの存在価値とは・・・」ということになるのかな?
≪11月19日 土曜日≫
午前中から、しっかりと雨が降ってきて、さてさて困ったなあと思っていましたが、サークルへはいつも並みの9名集まってくれました。パタパタタイルづくりや分数の割り算、面積の話題で、そこそこ充実した会となり、よかったです。「パタパタタイルづくりをしますよ」という呼びかけが大きかったと思います。詳しくは、このHPの【通信の項】に書きます。
さて、夜は、ひやひやの日本シリーズ6戦を中抜きで見ました。またしても2ー1で勝ちました。勝ったときはすべて2−1です。2点以上取れない打線でよくここまで勝ってきたものです。明日はどうかな?
≪11月18日 金曜日≫
今日、ボランティアをしている明治村から、警告を受けてしまいました。「ボランティアは、子どもたちを注意しないで下さい。その学校の先生に連絡するか、学校名を聞いて事務所に報告ください」というものです。以前、私が、危険行為をし、施設内で暴れまわっている子を、あまりのひどさに注意したことのお咎めです。いやあ、ガックリしたというか、呆れました。博物館という施設に、子どもたちは学びに来ているのです。そうした施設でのマナーはどうあるべきか。それに反する場合も「見て見ぬふりをしろ」とはね。テーマパークであるディズニーランドでさえ、問題行動を起こした学校の来場はお断りしているというのにね。「博物館」という名が泣きますね。今“子どもは社会の子”という思想が広まりつつあります。学校・家庭・地域がともに力を合わせて子どもたちを見つめていくべきであるという時に、このへっぴり腰は情けないですね。博物館の意義、役割が問われます。テーマパークであったら、私は、そんなところではボランティアはしません。また、教師として、親として、そうした態度の施設だったら、子どもたちが、見学に行くことに猛反対します。
≪11月17日 木曜日≫
朝から、医者のはしごをしました。先ず、足の痛みのため、4ヶ月ぶりにYクリニックへ。本来は、4ヶ月前に血液検査でもう1度行くことになっていたのですが、足の痛みがなくなったので、行かずにいたのです。本音は、痛み止め薬がほしかったからですが、義姉の紹介で行った医者なので、ちょっと格好悪いなあと心配していましたが、親切に対応していただけほっとしました。 その後、歯医者に行きました。若い頃からかかっているのですが、あまりにもご無沙汰していて、診察券も失くしています。4年ぶりでした。歯はガタガタになっているので、長く通うことになるのかなあ。むし歯の神経を取ったり、歯の掃除、とれた歯の型どりとだいぶ治療しました。きっと、適当なところで逃げ出さないときりがないと思います。
まあ、たいへんな午前中でした。
≪11月16日 水曜日≫
リトルで、学芸員のMさんと「人生論?」を少し話しました。自分の人生を振り返ってみると、決断力に欠けていたなあと思うのです。つまり、人生の途中で、転職という決断が結局はできず、ずるずる定年まで勤めました。まあ、今は、定年後も現職の頃のことを生かして、大学の非常勤講師のポストを得ているので、満足しなければならないとは思いますが、東京への転職の機会はあったのです。その時、決断できなかったことにずっと悔いが残っています。 その点、Mさんは中学英語教師の職を投げ出して、文化人類学の世界へ飛び込んだ人です。私は、そうした人を尊敬してしまいます。あえて言えば、私は学生時代の歴史学の世界から、算数教育の世界に転進した形になっていますが、Mさんの勇気と決断とは比べものになりません。 この違いは、何なのかなあ?
≪11月15日 火曜日≫
昨晩、なんとも奇妙な夢をみました。昨日から、歯は欠ける、右足は痛む、頭痛はする、目はかすむ、と、体のあちこちにガタがきた感じで、ちと落ち込んでいた所為でしょう。私の末路を予言するような夢でした。ただ、うなされることはなかったので、そこそこの末路でしょうかね。有難いことだと思うことにしました。あと数年は、元気に活動したいものです。
そしたら、今日リトルで解説員をしていると、なんと90歳の人、2人に出会いました。ちゃんと耳も聞こえるし、お話してもしっかり受け答えしてくれました。田畑でいつも動き回っているから元気なのだそうです。 うう〜ん、あやかりたいねえ。
≪11月14日 月曜日≫
「算数科研究」の講義では、あの向山洋一が言っていた『教育課程編成能力』をつけるべく例年にも増して学生さんに次々と要求を出しながら、講義を進めています。『教育課程編成能力』を身につけるのは、『量の理論』が不可欠であるとの認識からです。多人数の講義ですから、体験型の講義の追求は一先ずあきらめました。学生さんからは「先生のゼミはないの?」と、うれしいことを言ってくれますが、「私は、非常勤だからねえ」。ここで、サークルを紹介したいのですが、このF大学と私の家は60km以上はなれているし、学生さんは土曜日も講義が入っているので、サークルへの参加は難しいのです。 まあ、今は若い教師に期待をし、彼らを支援することを第1に考える活動をしていきたいと思います。 “ゆっくり 急ごう”です。
ところで、今朝 昆布の硬いのは噛んだら、歯がバッキッと割れてしまいました。むし歯だったのでしょう、見事な割れかたです。痛くもありませんが、上顎の歯ですから、やばいです。早目に歯医者に行かないと、ほおっておいて、菌が脳に入ったら一大事です。 それにしても、60代も後半になると、あちこちガタがきますね。あああ、淋しいことです。
≪11月13日 日曜日≫
近頃の子どもについて、木曜日にもちょっと書きましたが、昨日の中日新聞の投書欄に「度が過ぎる小学生のからかい」と題して、以下のような発言が載っていました。
「 5年前から歩行困難で車いす生活。先日、ヘルパーの方に押してもらいリハビリから帰る際、歩道の真ん中を小学4,5年くらいの男の子が歩いていたので「通して」と声をかけましたが道をあけてくれませんでした。
それどころか、私の言った言葉をおうむ返ししたり「悔しかったら立ってみろ。立てないだろう」と何度も言われたんです。すべての子どもがこんなひどいことをするとは思いませんが、非常に悲しい出来事でした」(名古屋中川・主婦・61)
これに似たことはしばしば起きるのが現実です。しかし、かなり悪質です。関連する学校、子どもはしぼれるはずです。しっかりと対応すべき事柄です。こうしたことをないがしろにするような学校・指導では、教育への信頼はますますおちてしまいます。だから、大阪のようなとんでもない条例を持ち出す輩が出てくるのです。それにしても、あきれた子どもたちですね。普段の生活ぶりが見たいです。
≪11月12日 土曜日≫
午後、夢道場で年1回行っている「ナベちゃんの親子算数教室」に出かけました。でも、ドラきちばかりで、内心は落ち着きません。「ぼろ負けで、4連敗であろう」というのが大方の予想である日本シリーズが始まっていたからです。夢道場を出るとき、「1対1の同点」と教えてもらいました。“そうか、これで、ぼろ負けではなくなる。よ〜く頑張っているじゃん。上出来だ”と思いました。あとで、アナウンサーのウキウキした声で、「あれ、勝っちゃったんだ」と分かりました。 ひょっとすると、ひょっとしますぞ! いや、現実はそう甘くないかな?
≪11月11日 金曜日≫
私が、明治村とリトルワールドでボランティア活動をしようと考えたのは、こうした博物館を訪問した時、子どもたちは見学の意義も分からず、ガイドの説明も大人向けで理解できないという現状を打開したいと考えたからです。つまり、子ども向けのガイドを目指したわけです。ですから、一般客の多い土・日曜日はボランティア活動はしません。私には不向きだと思うからです。まだ、不十分なガイドしかできませんが、今は、大学での講師生活を続ける上で、なまの子どもたちと接する格好の機会だと位置づけています。
現場を離れ、子どもたちの接点がなければ、子どもに対する認識がズレてくるものです。それを補うことを主たる目的としてボランティアに参加しています。現場の状況を踏まえての講義であるからこそ、大学で教える意義があるのです。大学の研究者に理論で勝てるわけありません。正体が不明瞭にしても「現場感覚」というものを失くしたら、存在価値はないと考えた方がよいと思うのです。あと何年続くか分かりませんが、非常勤を勤めるかぎりボランティア活動は必要なのです。 どうなるかわかりませんが、大学院での講義の話がきていますが、これとて同じだと思います。
≪11月10日 木曜日≫
近頃、地域の変なおっちゃんになりかけています。というのは、子どもたちの遊びを見ていて、つい注意してしまうのです。散歩に出れば、子どもたちが遊んでいるのを見かけるのは当たり前のことです。でも、外遊びをしていて健全だなあと微笑ましく見ていましたが、やはり、石を投げ合っていたり、川底目がけて投げ入れるような行為を度々見せ付けられちゃあねえ。大人は、親は何も注意しません。見て見ぬ振りです。仕方ないから、注意します。反応は、その瞬間は止めますが、隙あらば、再びやり始めようとします。まあ、常套手段みたいなものですから、そこはバチッと注意します。 そう以前、ボランティアのI さんが「注意したら、ウソの学校名を言った」と怒ってみえましたが、今やそのような真正直な子は残念ながらいないのです。日本の社会は、国会議員を筆頭に心がひん曲がってしまっているのです。 日本人は、インカの掟「うそをつかない。盗まない。怠けない」に見習うべきです。
野田首相、本日5時半からの「TPPへの参加表明」の記者会見を明日に延ばしたそうです。もう見え見えですね。APEC出発前に「参加表明」をして、批判の声を聞かず、日本から逃げ出すのです。無茶、単純なストーリーですね。
≪11月09日 水曜日≫
週の前半と後半では、私の生活リズムはがらっと変わる日々が続いています。もうしばらくですが、前半は、現職時代の様相で、時間の流れを気にしながらの日々です。きっと、出退勤をタイムレコーダーなるものでチェックされた生活を送ったことがないから、堅苦しく感じるのでしょうか。 でも実は、「自由が制約される生活はイヤだ」と言ってはいますが、時間がピチッと決められていた生活の方が、私は昔から得意なのです。楽ですからね。
なにしろ、週の後半は、時間にゆとりがある分、だらだらして、仕事がはかどらないのです。どうしようかな?なんて迷走が続くからです。
≪11月08日 火曜日≫
朝の渋滞に巻き込まれながらの出勤にも慣れてきました。平日でサーカスもお休みにも関わらず、アンデス特別展の解説員として、毎回700〜900人に接しています。結構疲れてしまいますが、充実しています。もちろん、私はアンデス文明の研究者ではないので、解説できることは限られていますが、日本文化と対比させながら、語るように心がけます。「アンデスって、何処にあるの?」と言う人から、かなり専門的知識を持った人まで、本当に様々です。そうしたなかで、若者は概して頼りないです。学校で南米のことなどさっぱり取り扱っていないからでしょう。日本の教育力の低下は、恐るべし!なんて感じています。
このアンデス特別展は、11月27日までです。マチュピチュへ行ったことのない人は是非行った気分にさせてくれる写真を取りに来てください。行ったことのある人は、マチュピチュのことを語り合いましょう。そうそう可愛いミイラの女の子に会いに来てください。リマの天野博物館からたくさんの展示物を借りてきています。是非、来てください。火曜日・水曜日は、民族衣装を着て、私が待っています。どうぞ、いらっしゃい!!!!
≪11月07日 月曜日≫
昨日は、駅伝やドラゴンズの勝利に酔いしてたというと大げさですが、いい気分でしたが、昨夜みた夢はなんとも後味悪く、ぐっすり寝付かれませんでした。詳しくは語りませんが、「教師の体罰・暴力問題」です。
そんなこともあってか、大学での講義もイライラ。学生さんのよくない面ばかりが目に付いて、「小数のかけ算をタイル算で求めなさい」と、講義をしっかり聞いてないとできないことを課し、提出を求めました。抜き打ちテストみたいな感じですけどね。 だって、80人ほどいる学生さんのうち、10人ほどしか教員試験に受かっていないとか聞いたのです。実際に採用試験を受けた人数は知りませんが、厳しい結果だと思います。今年度からは、ばっちり鍛えることに変更換えをしたのです。
そうしたら、あとから学生さんがいっぱいお菓子をくれました。これ賄賂と違うかな? でも、申し訳ないけど、私は学生さんの名前を知らないのです。
≪11月06日 日曜日≫
朝から全日本大学駅伝を見ていました。油布君は昨年と同じ3区を走り、昨年同様区間賞に輝きました。よかったです。ところで、3区を見た後、ちょっと買い物に出かけましたので、途中少し見ていませんが、解説や実況はちと先入観を持ち過ぎた発言が多いのではないかと感じました。確かに、実績は尊重すべきですが、スポーツ選手は、当日のコンディションが多分に影響されると思います。個々の記録は極めて接しているのですから、なおさらです。だからこそ、個々の選手の状態を見抜くのにプロの目が必要なのです。まあ、普段から生活を共にしている監督・コーチの目にはかないませんが、解説者もそこそこ見抜いて解説をしてくれないとねえ。口からでまかせのような解説はいけません。 そんなことを感じました。
≪11月05日 土曜日≫
日本って、日本人って、国家が破綻状況になっているギリシャやイタリアのことをどう感じているのでしょうか。日本だけは、神の国だから、こうした国とは別だと思っているのでしょうか。特に政治家は全く感じていない。だから、国の借金はついに1000兆円を超えてしまった。「若者の世代に持ち越さない」とは口ばかり、まだ資金支援をばかばかやっているから、借金は膨れ上がるばかりではないか。このように多額の借金があれば、普通の人は倹約をするものです。ましてや東北大震災の被害額は底なしにふくれ上がっていくのですからね。ところが、松下政経塾出身の政治家どもは、湯水のように放出する。国のことなど何も考えていない、考えようともしていないのです。
こうして、ヒットラーが出現してきた同状況が作り出され、橋下のような人物が人気を得、やりたいことをする。大阪人は乗りやすいですからね。まあ、大阪市長選に共産党が候補者を辞退させたのは、◎ですね。初めて、世間に目を向けた状況分析ができたということです。いつも身の程知らずの意固地でしたからね(笑・・・)
ところで皆さん、明日はちょっと天気が悪そうですが、全日本学生駅伝が伊勢路で行われます。
駒沢大の油布郁人君の応援をお願いします。彼は、大分出身になっていますが、小学校時代は名古屋にいたのですよ。私のクラスにね。体調に気をつけて、力を出し切ってほしいね。彼の夢は“4年間のうちに箱根駅伝に優勝”することです。
≪11月04日 金曜日≫
またしても うう〜んと唸ってしまいました。家の東の八田川堤のことです。何度も近所の生活道路であるので、早く復旧工事に着手してほしいものだと書きました。でも、遅々として始まりません。まあ、志談味の方がひどいかったから、そちらが優先されるのは仕方ないなあと思っています。でも、春日井市側は先日測量をしていました。名古屋市側はまだです。 ここまでは、不満なことです。
しかし、住民側もねえ。通行止めの柵が、土木が直せば、1日と経たないうちに、通れるように柵が壊されるのです。日に日に通り易くなります。直す・壊すのいたちごっこなのです。私も犬の散歩の時、壊されていると通るのに便利で有難いです。でもねえ。あっという間に壊す。その素早さに感心するというか、あきれ果てます。どう見ても、特定の人だけとは考えにくい状況です。 なにしろ、太いハリガネで括りつけてあっても、あっという間です。とても、素手ではできないと思いますね。これじゃあ、土木の方も頭にきますよね。
≪11月03日 木曜日≫
今日は「文化の日」で祝日でしたが、中日文化センターの講座はありました。『パズルで、算数』というテーマでした。ここで、パズルの要素を、算数の授業にどう生かすかを考えてみたいと思ったのです。例えば、マッチ棒パズルでは、“平行移動・回転移動”など図形感覚を鍛えることはできるでしょう。でも、そうしたことよりも、実生活と算数の間に潜む不思議さに焦点化した話題を取り上げてみたいと考えてきました。
まあ、速度に関わった話題<瞬間速度・平均速度>や落語の<つぼ算>くらいで、新たに掘り出すことができないまま、本日を迎えてしまいました。この1ヶ月間、他のことに力点がいってしまい、ネタ発掘に真剣味がなかったなあと反省しました。高い講義料を出して参加くださる方に申し訳ないです。お土産としては、手づくりの「パズル・戦国時代」と「割合ゲーム」のカードをお渡ししました。
≪11月02日 水曜日≫
働くということは、たいへんなことだと、今になって、改めてかみ締めています。現職時代も「いつでも何でも精一杯 素早く正しくにこにこと 用が済んだらサッサと次へ」をモットーに老体に鞭打って頑張ってきたつもりですが、親方日の丸であったのでしょうか。短期パートでは疲れ方が違います。仕事の質や環境も違いはしますが、一般の労働者は、たいへんだなあと感じるのです。だから、労基法等が遵守されなくては、命に関わると思います。親方日の丸=公務員の労働状態を、一般の労働者に近づけろとは思いません。年金支給を68歳にするなんてことは、普段まともに労働していない奴らのいうことです。68歳の年齢では、体が持ちません。簡単に言えば、年金支給までに 支給しなくてもよいように抹殺しようという魂胆なのです。まあ政府の役人の考えることはこんな程度でしょう。国民ひとりひとりを決して守ってくれはしません。
≪10月31日 月曜日≫
160数名の講義をどうするか。いかに多くても、講義の魅力のなさを「人数」の所為のするのは大人気ないと思いつつも、なかなかいい手立てが講じられなくて悩んでいます。
今日も、いきなり「図形パズル」に挑戦させたり、算数ゲームを紹介したり、書かせたり、・・・と、あの手この手で活動的な講義にしようと工夫するのですが、結局は、多人数ということで、小回りがきかなくなっているなあと限界を感じます。「仕方ないなあ」は禁句。新たな授業づくりを構想しないとねえ。もう、大学の非常勤講師生活も、現職時も含めれば、8年目だものね。本当は、ごちゃごちゃ悩んでいるようではいけませんけどね。まあ、性分ですから・・。
≪10月30日 日曜日≫
この1週間の講義の準備をしました。明日の大学の講義で使用する予定の折り紙をダイソーへ買いに行きました。180枚100円と格安なので、使っていますが、本当はもう少し質のよい折り紙を使った方がベターなのですが、安さにはねえ・・・。5束購入しました。
さて、折り紙。私は、今年“折り紙教育を考える会”に入会しましたが、折り紙が得意な人間ではありません。子どもの頃に折り紙で遊んだ記憶はありません。敗戦直後で物資がなかった所為もあるでしょうが、興味もありませんでした。また、数教協の大会で、さかんに採り上げられていた時期も横目で見ていて、面白そうなネタがあると、盗みとる程度でした。でもまあ、その期間が長いので、ネタは20〜30種集まっています。
今は、そうした単発ネタをどう系統立てるか。教材の中にどう位置づけるのかで苦心しています。「折り紙は有効だ、有効だ」と言っても、教材としての価値は高まりません。本来、教育活動では「こうすれば、こうなるのだ」なんてマニュアル化できるわけないのですが、だからといって、何をやろうと勝手ということはないし、新たなことをやってもムダなんてこともありません。 科学的ではないけれど、教師の心意気は重要です。
≪10月29日 土曜日≫
12:00〜から、叔父さんの葬儀でした。若いときに結核に侵され、散々苦労された方です。母方の中心的存在で、頼りがいのある方でした。84歳ですから、天寿を全うされたと思います。これで、5人兄弟で私の母だけが、早く亡くなっていたのですが、母もちょっぴり淋しくなくなったかな。申し訳ないけど、そんな気持ちです。
さて、少し落ち着いて、取り組まなくてはなりません。妻もやっと旅行から帰ってきたし、来週、第1週は目いっぱい頑張らないとね。なにしろ、お土産のパズルは準備できたけど、肝心の文化センターの講座の構想がまとまっていません。困りましたね。
≪10月28日 金曜日≫
今日の明治村は、久しぶりの盛況でした。駐車場は見ていませんが、観光バスで一杯だったんじゃないかと思います。ただ、ガイド活動の方はパラパラで静かなものでしたが、熱心に聞いてくれる子たちもいて、活動時間オーバーでした。こうしたときは、疲れは感じません。やはり疲れを感じるのは、先週のようにいたずらっ子が多いときです。
≪10月27日 木曜日≫
今日は、朝から溜まっていることをこなそうと努力しましたが、予定通りには進みません。時間ばかりかかってしまいました。
そしたら、夕方、母の弟さんの訃報が入りました。父の50回忌の7月に、お見舞いしたままになってしまいました。実は「自伝を書き残されるといいなあ」と考え、是非 それをしてもらいたいと思っていたのです。私の母の戦前からの大量の日記が残されています。それとの関わりでも、いろいろ聞き取りをしておきたかったのですが、叶わぬ事となってしまいました。 私も、やりたいことを、やるべきことを早々にやらないといけませんね。
≪10月26日 水曜日≫
今日も昼食をなんとか確保して出かけねばなりません。朝、コンビニに立ち寄りました。どこも本当に混んでいます。おにぎりやサンドウィッチ等の棚の商品はガサガサです。今日は、寿司を買おうと考えて、2店寄りましたが、買えませんでした。それほど買い求めて勤めに出る人が多いということでしょう。私は「昼食は、社員食堂で食べるものだ」という古い認識でしたが、現代は社員食堂なんて合理化で廃止している企業が多いのでしょうね。改めて、世間知らずであることを思い知りました。 でも、コンビニで買って出かけるなんて、なんとなく虚しい気がします。やっぱり、私は、古いんですかね。
≪10月25日 火曜日≫
短期パートにも慣れてきましたが、朝の渋滞には閉口します。退職少し前から、地下鉄通勤でしたから、こうした渋滞に巻き込まれるのは10年ぶりです。まあ毎朝繰り返されていることでしょうが、時間のロス・ガソリンのロス、とてもエコではありません。
今日、現職時代TTに来ていただいていたN先生がご夫婦で特別展に来られ、8年ぶりくらいに会いました。私は初め気付かなかったのですが、声を掛けてくださいました。私はアンデスの民族衣装を着て、解説員をしているのですが、よくわかったものです。こうした出会いがあるから、ボランティアガイド活動は、楽しいのです。まあ、教委や管理職、ヒラメ教師からは嫌われていましたが、それ以外の人たちとは楽しく教師生活を送っていたおかげだと思います。
≪10月24日 月曜日≫
決壊寸前で、なんとか食い止められた八田川の復旧工事は,2ヶ月経ってもなかなか進みません。左岸の春日井市側の土嚢積みは300m程に延びました。でも、これは何のためにするのか私には疑問ですから、羨ましくもありませんが、名古屋市側は、10月6日に堤防の内法に打たれた杭がまちがっていたのか、堤防の外法に打ち直されただけで、なんの進展もありません。土嚢の袋の破れがより目立つようになっただけです。これについては、住民も悪いと思います。住民が土嚢の上を歩いたり、棒で突付いたりするから、破れるのです。散歩道ですから、多くの人が通ります。私もその一人ですが、どうしてわざわざ土嚢の上を歩くのでしょうか。これみんな大人です。呆れます。大人の道徳心・公共心の方が問題です。 まあ国民の代表者であるはずの国会議員からして、現況の様ですから、よくなるはずはありません。日本が崩壊するのも真近であろうと思いますが、私の命のあるうちは持ちこたえてほしいです。
≪10月23日 日曜日≫
やっと学テの算数A・Bの問題を解いてみました。なんだか素直な問題ばかりで、きっと正答率も上がるだろうと思いました。まあ、一番正答率が低くなるのは、第1回の時と同じく「平行四辺形の面積」を出すのであろうと予想しました。底辺×高さと強くイメージして、公式を覚えている子は、必ずひっかかるでしょうが、逆に丸暗記している子は、できてしまうかもしれません。でも、こんなことで、学力がついたとか一喜一憂しても仕方ありません。面積の学習の基礎学力は「等積変形」を理解することだと考える私には、つまらなく思えます。やっぱり、学んだことが生きて働く力とならなくては、努力する意味がない。
≪10月22日 土曜日≫
妻が旅行に出て4日目になりました。もう私はお疲れ気味です。だって、雨の合い間にイブを散歩に連れ出したのですが、ウンチをしてくれません。また、いつもの時間も止んでいたので、もう1度散歩に行ったのに、またダメでした。こうなると、夜 檻の中で・・・となるに決まっています。ガッカリ、疲れがどっと出てきた感じで、私はご機嫌ななめです。 先日のボランティアの日の運勢は「言葉が多いのは、品なし。おしゃべりは少なく!」なんていうのでした。 どうもこの頃 ついていないですねえ。
≪10月21日 金曜日≫
明治村にもたくさんの小・中・高校生が来ました。帝国ホテルの担当でしたが、ガイド活動はあまりお呼びではありませんでした。昔の生活指導主任であった頃を思い出して、注意をしてばかりでした。やはり、担任がきちんとすべきです。公共の施設なのですから、ホテル内で鬼ごっこのように走り回るとか、1階と2階の間で帽子を投げあったり、照明のスイッチを点けたり消したり、・・・やりたい放題です。こうした行為に対しても、明治村は「お客様ですから、・・・」と言って、注意することを差し控えるように言います。逆に、注意した職員やボランティアが注意されることもありますから、多くの職員やボランティアは見て見ぬ振りをしています。これには、私は納得がいきません。「いけないことはいけない」と教えるべきだと考えていますから、遠慮なく注意します。時には、その学校の教師にも一言申し上げます。やはり、博物館・明治村は、教育施設でもあってほしいものです。「お客様は神様です」なんていうなら、「博物館」の名を放棄した方がよいと思いますね。何故、学校が明治村にやって来るかも考えるべきです。
≪10月20日 木曜日≫
1週間ぶりに、今日は予定が組まれていません。おかげで朝も、バタバタしないで済みましたが、ちとやるべきことが滞り気味なので、午前中は 郵便局へ行ったり、ガソリンスタンド・日曜大工センターへ行きました。本当に1番やらなくてはならないのは、6月くらいから延ばしているペンキ塗りと庭の木々の剪定です。妻が帰国した折には「きれいにしておくよ」なんてホラをふいた手前やらないとまずいのですが、結局はやらないで、午後は教材教具づくりをしていました。 この1週間の疲れがたまっていて、なんとなく体が重くてやる気にならなかったまでのことです。まだ、全国学力テストの分析もしてありません。シャキッとして、明日からまたがんばらなくっては・・・
≪10月19日 水曜日≫
今日から、妻が旅行に出かけたので、さあたいへん。三度の食事から、掃除、洗濯、犬の散歩・・・・と、家事すべてをこなさなくてはなりません。他の方には当たり前でも、私には一大事なのです。まあ、一年間に3、4度してきてはいるのですが、慣れてきたわけではありません。現職時代、私が家庭をほっぽり出して、自由に飛びまわっていたツケだと思って、耐えているのであります。
≪10月18日 火曜日≫
やっとこさ、ドラゴンズが優勝を決めました。最下位の横浜をやっと引き分けに持ち込んでの優勝とは、まあ今年のドラゴンズを象徴しているようです。これで、セ連覇となりましたが、CSを勝ち抜くだけの力はあるのでしょうか。「優勝戦士が多くいる」と言っても、本日の試合振りを見ていても、さっぱり効果はありません。もっとチームに活力がみなぎってこないとねえ。これじゃあ、日本シリーズまで進めないよ。
≪10月17日 月曜日≫
今朝の子安さんのブログに、土曜のサークルで得られたことについて、書いて見えました。そこで、ふと思い直すことがあります。
それは、2年前新たにサークルを立ち上げた時、例会の内容をまとめて報告することを考えました。今の教師は超多忙ですから、なかなかサークルまで、足を運べない。だから、いろんな話題を報告するだけでも、よい励ましになると考えてはいたのですが、郵送だけで、限られた人にしか伝えることができていません。しかも、例会の会場も私の家ですから、とても開かれたサークルとは言いにくいです。それで、私のHPを開いてもらえば、例会の日時、内容が伝わるようにすることとします。まだ、15日のことが書けていませんが、サークル後1週間以内を目指して取り組んでいくことにします。そうすることによって、私たちのサークル活動への関心を高め、理解も深めていただけるであろうと考えるのです。
サークル活動にしても、常に創造性を失ってはねえ。「継続は力なり」と言い続けてきましたが、疑問符ですね。創造性を失くしてまで、無理してエネルギーを消耗することもありません。新たに活性化を図る手立てのひとつとして、HP上で公開していきます。
≪10月16日 日曜日≫
午前中に犬の散歩に出かけました。雨の後は、涼しくなるとの予報に反して、結構暑かったです。
ところで、日曜日なのに、八田川の左岸・春日井市側の堤防上に土嚢をずらりと並べていました。以前指摘したように、春日井市側の堤防が低いからかさ上げするつもりなのでしょうか。もし、再び豪雨で水かさが上がると、もう決壊するのは、私の家の方です。 でもただ、あのような土嚢を並べるだけでは復旧工事とは言えません。5000年前のアンデスでの「シクラ」による工法【自然災害被害軽減構工法】よりも劣ります。役人の現場を確認もしない机上の浅はかな計画?です。先月20日の豪雨の時点で積み上げた土嚢がどのような実態かを見ればよいのです。土嚢の袋は裂け、ビニールシートは破けて風に吹かれています。そんな目先のことではなく、根本的な工事を早急にしなければ、実態はひどくなるばかりで、税金の無駄にもつながります。 早急と願っても、東北大震災の被災地でも7ヶ月経っても手付かずと言う。私んちはまだ1ヶ月ですからガマンしていますが、安心して眠られるようにしてほしいものです。
≪10月15日 土曜日≫
いつもにも増して、欠席の連絡が多く、心配していたのですが、サークル参加者が7人となり、ほっとしました。
「あしたば」というサークルは、若い教師のストレス解消の場となればいいなあと考えて出発したのですから、何人の参加であっても関係ない、少ないほど ストレス解消になるはずなのに、つい参加者数が気になります。妻から「あなたは、人間ができていない」と批判されますが、まあ、自分では気にする方が人間らしい証拠だと思っていますけどね。 まあ、ちょっと少なめでしたが、K先生が参加してくれて、とっても充実しました。夜、Uさんも「原発の話が聞けるなんて思ってもみなかった」と、感動の電話をくれました。Kさんの言われているように、今こそ 単に憲法や科学に寄りすがるのではなく、自分の頭でひとつひとつのことを判断すべき時ではないかと思いますね。そのためにも、ひとり一人が賢くならないとねえ。 遠山先生が言う「クレバーな人間ではなく、ワイズな人間に」ならないとね。
≪10月14日 金曜日≫
Hさんと、「学校の統廃合」のことを話しました。名古屋市でも、あちこちで統廃合の話し合いが進められています。なぜか、中村区だけが先行しているように思えます。住民の納得がスムーズに得られるからでしょうが、つい?????に思えるのです。 かつて大規模校となり、分校独立が相次いだ時がありました。元の鞘に収めていくのか、新たな区割りを実施するのか。どちらにしても大通りをはさんだ形での学区割りは避けてもらいたいものです。家庭の生活基盤は大通りで変わります。なのに、過去のしがらみに固執するのはどうでしょうかね。また、同窓会や地域ボスと称される人たちは、教育的観点から発言するようにしてほしいものだ。
≪10月13日 木曜日≫
ほっとした一日となりました。午前中は、土曜のサークルの資料を作ったり、日曜の執筆検討会の原稿を読み返したりしました。明日からの過密スケジュールを乗りこえるための準備というところです。午後は、野崎さんの最新出版の『数学で未来を予測する』を読みかけました。とても読みやすく書かれています。やっぱり野崎さんは実力者だからなあと感心しながら読んでいます。こうした分かり易く書けたらなあといつも思います。だって、光栄にも、来年4月から隔月で、装いも新たになる『数学教室』への連載が決まっているのです。書きたいことはほぼまとまっているのですが、どう表現していくのか、悩みは大きいです。
夜は、ドラゴンズの試合を見ながら、明日の予約ガイドをどうするかを考えます。「坂の上の雲」のファンと思われるグループのガイドですから、どう対応するかは悩ましいところなのです。まあ、子どもの実態を考慮しながら授業展開を考えるのと同じことなのですがね。ボランティアガイドでも予習が必要なのです。
≪10月12日 水曜日≫
今日の特別展への来館者は、平日なのに1000人近くになりました。
アンデス文明として、今 強調しながら解説していることは、
・ 5000年前から「シクラ」と呼ばれる植物繊維のネットを活用して、「神殿更新」時の土台・壁の補強や「自然災 害被害軽減」が図られたらしいこと。
・ とうもろこしをデフォルメした器、パイナップルもようの器などをみて、アンデス文明は“食の文化”だと。つまり、 アンデスは、じゃがいも、とうもろこし、いちご、パイナップル、さつまいも、ピーマン、唐辛子、かぼちゃ、とまと、 パパイヤ、等の原産地なのです。
・ アルパカやリャマを見ながら、インカの伝統知「チャク」という野生動物の追い込み猟について
・ ナスカ土器の伝統工房を見学した体験から、土器の製作について、ろくろ
・ チャウチーヤ遺跡見学の体験から、ミイラの話を膨らませます。
・ 「頭蓋骨に残されたインカ文明の謎」という論文から、脳外科手術について
・ インカの教え@うそをつくな Aぬすむな Bなまけるな について、
・ インカの穏やかな「制服」の仕方、闘い方、と スペインの「侵略」の仕方について などなど
そこそこ解説できる内容も増えてきました。すこし、アンデス通になってきたかな?
≪10月11日 火曜日≫
解説員&監視員のパートも4回目になり、少し慣れてきました。来館者のニーズに答えながら、アンデス文明に対する理解を深めてもらうにはどうしたらよいのか。また、大貫館長や稲村さん、宮里さんが、なぜ、アンデスにのめりこんでいったのかを 論文等から推測しながら(本当は、推測で話してはいけないのですが)、来館者に話しかけます。 だんだん滑らかになってきました。でも、来館者の多くはマチュピチュの魅力に引き寄せられて来るようです。ちょっと自慢しながら、マチュピチュの話をしたり、カメラのシャッターをいっぱい押します。カメラマンになった気分でポーズも要求したりして楽しんでいます。8時間立ちっぱなしですから疲れますが、だんだん8時間があっという間に過ぎるようになってきました。
≪10月10日 月曜日≫
近年の大学は、祝日でも結構講義がありますが、さすが「体育の日」は、若者に関わるイベントも多いためか、講義はありません。でも、大学以外の小・中・高は三連休ばかり。これでは、落ち着いて勉学に励むことはできません。また、学力低下を騒ぎ捲くったり、愛国心を強調するならば、民主党は「三連休を地域割りにしよう」などと、おかしなことを考えていますから、お話になりませんが、「祝日法」を元の形に戻すべきです。目先の金巡りのことに翻弄されるのではなく、子どもたちの未来が明るくなるように、政治はあるべきなのです。まあ、自分の懐具合ばかりを気にしている議員に期待してもしようがないですけどね。
≪10月09日 日曜日≫
3連休の中日で、妻が「伊勢神宮へ行きたいな」と言いましたが、気が進まないので、「11月にしようよ」と延ばして、ゲーム製作をしたり、日曜大工センターを徘徊しました。日曜大工センターにしても、近年 本当に大型化して、昔ながらのこじんまりした店は立ち行かなくなっています。いや大型化した店も過当競争です。消費者も、同じ品物でも値段が違いますから、固定客となってのほほんとしているわけにはいきません。例えば、犬のえさですが、通常8kg4290円のものを購入勝って伊しているのですが、小粒のものしかなかったので、他の店へ行きました。そしたら、同じ品物が3980円でした。アメリカの製品なので円高差益でもう少し安くなってもいいのになあときょろきょろしていると、同じ品ですが、製造場所が違うらしく、7.94kg2980円のものがあり、早速それを購入しました。すごく得をした気分になりました。えさ代も倹約ムードです。
あえて言っておきますが、世の中「賃金カット!」「リストラ・年金引き下げ!」「増税!増税!」と国民の財布をねらった話しか出てきませんが、国会議員の財布には一切手をつけていないのですよ。国会議員はグルになって、復興を隠れ蓑に、国民の目をそらそうと必死なのです。
≪10月08日 土曜日≫
探している本がうまく手に入らないので、近所のブックオフを久しぶりに覗きに自転車で出かけました。地蔵川堤を走りましたが、ずいぶん様変わりしていました。
この地蔵川は、60年近く前に掘った用水で、私の家の八田川の下を潜り、あの新川に流れ込むようになっています。地蔵川の開削工事のとき、泥炭化した大きな埋もれ木が見つかり、楠小の運動場の脇にトタン屋根をつけて、保存してありました。でも今では、崩壊してしまって、誰もそのような遺物があったことを知る人はごく稀です。
そうそう、名古屋市博物館に発掘されたモノが収納されている白山藪古墳も近くにありましたが、この跡地に味鋺保育園が建ち、目印の木の棒が立っていましたが、この木の記念碑も捨て去られてしまいました。、
このように、物事は忘れ去られていくものですが、やっぱり淋しいですね。ただ、こうした過去の先人の知恵を無視して宅地開発を進めたことによって、災害がひどくなっていることは、肝に銘じておくべきだと思います。
≪10月07日 金曜日≫
今日は明治村のボランティアの日です。今日の担当は、苦手な機械館です。今年の春から、全員が機械館も担当することとなり、私も時々担当するようになりました。「ここで何を学ばせるのか」ずっと悩んできましたが、ほぼ小学生には「どんなポイントで見学したらよいのか」ガイドの内容も決まってきました。でも、一般客、特に専門職の方には解説することがありません。今日、終了間際に来られた2人の方は、機械にとても詳しくて、「電力と回転数にはどんな関係があるのか」「歯車がどうして12枚なのか」「精紡機のしくみはどうなっているのか」「ブルーナーエンジンと操糸機はどのようにつながっていたのか」「これ1台で、何台ほどの操糸機を動かすことができたのか」等と、それはそれはたくさん質問されました。有難いことですが、私には荷が重過ぎるなあと思いました。近代化=機械工業のあゆみと、明治村展示物の関わりについて、さらに学び直さねばならないと痛感しました。
≪10月06日 木曜日≫
ちょっと受講生が少なく開講が危ぶまれましたが、中日文化センターの「大人のための算数ひろば」は、3年目に突入しました。正直、よく続いているなあと自分でも感心してしまいます。まあ、私の気持ちと違って、講座でお話したことを、どんどん生かしている話やら、さらに新たな方法を見つけ出した話とか、うれしい話をいっぱい聞かせてもらえます。少しは、私も役立っているのです。もっと気合いを入れて、今までの蓄積を整理し、新たなネタ開発をして、準備もしないといけません。 半年間、がんばります。
夕方、犬の散歩に出かけたら、やっと、堤防の復旧工事に取り掛かってくれるのでしょうか、堤防上に杭が3本打ちつけてありました。できるかぎり早く、しかも応急ではなく、本格的な工事をして、安心させてほしいですね。
≪10月05日 水曜日≫
今日も短期パートです。10月は、火・水と週に2日ずつ出ます。ここ数年、子どもたちの登校の様子など目にしない生活でしたが、今は車の窓越しに見ています。すると、通学分団の担当をしていたころのことが思い出され、第三者的に見、「こうあった方がいいよね」なんて気づきます。でもまあ、こうした年寄りのグチ的な意見ほど、若者の成長を阻害するものはないと考えるので、ニヤニヤして見過ごすだけです。様々なことに意欲的に挑戦するから、人間は成長するのであって、言われたことを従順にやっているようでは、大して期待できません。昔から言われるように「何でも 見てやろう、やってやろう」精神が必要なのです。
そうそう今日のパートでは、午前中客足がさっぱり伸びず、昨日の4分の1程度です。どうなることやらと思っていたら、昼過ぎからぐ〜んと伸びました。昼過ぎから雨という予報なので、お客さんも午前中、野外の散策にしたのでしょうね。ただ、4時過ぎからの客足はやはり伸びませんでした。本格的に降ってきては、もうお手上げです。
≪10月04日 火曜日≫
短期パートに出ました。働くことはしんどいことであることを改めて実感しています。確かに37年間、ヒラ教員として、様々な制約に縛られて、働いてきました。でも、うまくす抜ける術を知っていましたが、今は、まともに時間に拘束されている感じで疲れます。緊張しているのでしょうかね。もう少し回を重ねれば、余裕も出てくると思いますけどね。まあ、特別展に来る人たちの様子も分かってきましたし、押さえどころも少し明らかになってきたように思います。今晩、資料整理をして、明日からに臨みたいと思います。
みなさん、リトルワールドで「世界遺産マチュピチュ発見100周年記念、謎のアンデス文明5000年展」を11月27日までやっています。是非、来てください。火・水曜 待っています。
≪10月03日 月曜日≫
先月20日の大雨で、我が家の東の八田川は決壊寸前でした。現在は、通行止めになり、応急処置で土嚢が積み上げられ、ビニールシートが敷いてあります。でも、通行止めの堤防道路は、生活道路=散歩道です。柵を乗り越え多くの人が散歩をしています。という私も犬の散歩コースなので、柵の下を潜りぬけ、通行していますから、大きなことは言えませんが、土嚢の上を平気で歩く人もいるらしく、土嚢が破れて、中の砂利の飛び出しているのが目立つようになってきました。堤防の内法の土もがっぽり削られているので、早く復旧工事を始めて、安心して散歩できるようにしてもらいたいですが、いつ工事をしてくれるかは全く未定です。右岸(名古屋市側)と左岸(春日井市側)のどちらが早く手をつけるか注目しています。多分春日井市側が早くなるでしょう。それは、名古屋市長の親族の工場が春日井市側にあるからです。 つくづく思うのですが、東北大震災の被災地の方々は、3月11日から、半年以上もじっと待っているのですから、本当に我慢強いなあと驚きます。私は、2週間で限界にきてブツブツ書いているのです。
≪10月02日 日曜日≫
明日から、私にしては超過密なスケジュールとなります。妻も「週4回も弁当がいるの」とぼやいています。まあゆったりした時間の流れにすっかり慣れきっていますから、始めのうちはしんどいかもしれませんね。でも、人間らしい、いや、日本人らしい生活リズムになるのも人生の刺激になっていいかもしれません。ハリができるのは、年寄りにとって好ましいことですからね。 まあ、大学の講義も、文化センターの講座も、ボランティアガイドも、展示監視のパートも、楽しくやりたいと思います。世の中、陰で、ボソボソ言うのがいるのは毎度のことですからね。
≪10月01日 土曜日≫
もう10月になってしまいました。今 私は60歳代の後半を歩んでいるのですが、なんだか世相と一緒で、もやもやしっぱなし。何をするにしても、溌剌としていません。スカッといきたいです。やはり、新たな発想の下に、新たな挑戦ができていないからでしょうね。もちろん、試みはしていますが、退職後の継続的な取り組みのマンネリ化のうねりの方が大きいからでしょうか。
ガソリンスタンドのセルフを見ていて、ふと思うのです。「人の絆」とか「コミュニケーション力」がさかんに強調されますが、そうした機会を例えば「セルフ」の名の下に奪ってきているのではないでしょうか。人の力でやればよいことを合理化と称して、機械に肩代わりさせる。人との会話もマニュアル化してしまう。子どもたちも、ゲームや携帯と一人で夢中になっている。コミュニケ−ションが成り立ちません。テレビも過度の短絡的なやらせばかりで、思考する場がありません。困ったことです。どうするつもりでしょうかね。そうそう、政治家だって、揚げ足取りばかりで、国会で討論なんてしていません。きっと討論をできないのでしょう。
≪09月30日 金曜日≫
第Z期の文化センターの講座の最初は「折り紙で、算数」です。折り紙を活用して、算数能力の向上を図る。そのためには、どんなことをすればよいのかを論じようという構想です。過去にある折り紙の実践に学びながら、整理して、系統だった提案ができないかと頭を悩ませているのですが、そう簡単なことではありません。「図形感覚を伸ばす」という道筋だけでなく、「折り紙分数のように、シェーマとして生かす」という道筋、「生活の中に折り紙を見い出す」という道筋も提起したいと思います。 ごそごそしている間に、どんどん近づいてきます。焦ってきました。
≪09月29日 木曜日≫
今日は朝から「明治村でのボランティア研修会」でした。ただ、昨今のボランティアブーム?で気になることがあるのです。確かに、私を含めた年寄りの行き場として、ちょっと知的な香りもして、ボランティアブームは結構なことですが、ただ、職員とボランティアの関係は微妙です。 経営者が、ボランティアを低賃金労働者と見なして受け入れている場合が多くなってきているように思います。職員と同等のサービス要求するのは間違っていると思うのです。若者の雇用の枠を狭めるようなボランティアの位置づけであってはなりません。そうであったら、年寄りは引き下がるべきです。また、職員の方で、ボランティアなんて「格下!」だとばかりに横柄な態度をとる方もみえます。これもどうなのでしょうかね。 “たかがボランティア、されどボランティア”を 今一度かみ締めたいと思います。
≪09月28日 水曜日≫
車を買い換えようかと裏交渉をしていましたが、買い換えるのは諦めることにしました。エコカー減税に惑わされることなく、年よりは年寄りらしく乗り潰す道を選ぶことにしました。いつまで生き、乗れるかわからないからです。
乗り潰しても生きている時は、小ちゃい低価格の車にすればいいからです。
それで浮いてくる資金を、今後 あることに注ぎ込もうと考えました。今は秘密ですが、私の“夢とロマン”のひとつです。寝ながら、考えていても、ちょっとワクワクします。なんとか実現したいと思います。
≪09月27日 火曜日≫
今日も朝から光回線が不調。また、電話もネットも通じなくなりました。台風で、パソコンを避難させた後 度々起きるのです。結局、NTTに連絡して、修理してもらいました。パソコンを移動しているうちに、回線が断絶していたようです。聞けば、台風の上陸した浜松あたりでは、まだ800軒ほど未修理の状態なのだそうです。早く修理してもらえて感謝しないといけませんね。
そうそう今日初めて短期パートに出ました。9時から17時までの勤務なんて退職以来したことがありません。こうした生活を40年近くしていたわけですが、とても長く感じました。でも、先日のサークルでは、新任教師たちは「朝7時に出校し、帰るのが夜の12時になる」ことがしばしばなんだそうです。こうした馬鹿なことを平気でしている日本の教育界に未来はないなあと改めて思いました。どうしたら、若い教師たちが夢と希望をもってがんばってくれるかを、真摯に考えるのが、教育行政の責任であろうに・・・。 情けない!たら、ない。
≪09月26日 月曜日≫
今日は、大学の講義が2コマあり、夜は「若い教師へのメッセージ」発信委員会の打ち合わせがあり、忙しかった。なにしろ、このところ体が重いというか、体に切れがないのです。みなぎるものが欠けているのです。まあ、多分に「加齢の所為」だろうとは思うのですが、このまま徐々にくたばっていくのでは、ちと哀れすぎます。たいしたことはできないけれど、納得のゆく形でわが人生を収めたいものです。猪突猛進と思われてもよいから、今1度思い切って挑戦して、粉砕・玉砕したいな。これ、やっぱり戦中派教師の思うことかな?
≪09月25日 日曜日≫
今日、来月のサークル案内を作ろうしました。表面は通常のことで、裏面には、前回のサークル報告を書くことにしています。サークルの翌日、少し書きかけて、後はほってあったのです。ほってあったといっても、1週間前のことです。それが、肝心のことがちっとも思い出せないのです。「こりゃあ認知症の始まりだなあ」とガックリしていると、「この1週間の間に、初体験のことがいっぱいあったからだよ」と妻がなぐさめてくれました。確かに、心にぐさりとくる出来事でした。今も犬の散歩に出かける度に、左岸の家々は床上浸水となったため、家族総出で家財道具の片付けをしておられるのを見ます。とても声をかけられません。もし、右岸が斜面の崩落から決壊となっていたらと思うとぞっとします。崩落にしても、大量の水が吹き出しているのです。私の家の2本南の道路は堤防から100m近くまで泥水をかぶっています。私の家が免れたのは「奇跡」なのです。
台風後、周辺の状況を見れば見るほど、私の心は落ち込んでいきます。
≪09月24日 土曜日≫
再出発の形になった愛知教科研の例会に出席しました。雑誌『教育』に話題をみつけ、意見交流する形式をとることになりました。「読者の会」というスタイルです。今回は「大震災と新自由主義下の教育」「震災のなかで、何を学び、何を変える」でした。
まあ、参加していて、私は先日の集中豪雨のことが頭から離れません。今まで、傍観者的にしか震災のことを見ていませんでしたが(阪神淡路大震災の時は、現職でしたので、2度も現地へ足を運びましたが、今回は行っていません)、実際に初めて「避難指示」の対象になって、科学や実践の虚しさを感じました。教育実践のあるべき姿を追究し直すべきだと思います。いかに弁舌さわやかで、理路整然としていても、被災に直面した者の心を打ちません。人の心は、もっともっと泥臭いものです。もし、被災者の心を打っているのなら、世の中 もっと革新的に変わっているでしょう。全然ですよね。ますます尻すぼみでしかありません。「教育と実生活の結合」が叫ばれて久しいのですが、さっぱりなのは、どうしてでしょうかね?
≪09月23日 金曜日≫
今日は祝日なのに、ボランティアに出かけました。本当は、事前に欠席届を出すのを忘れたからです。
まあ、祝日なのにというか、三連休初日だからというか、台風あけだからなのか、お客さんはそれ程多いようには思えませんでした。ただ、根本的には、京都市電やSLという動体展示物が運休していることが大きく影響していると思います。もう運休になってから9ヶ月です。運休していることは、全国に知れ渡ってしまいました。「鉄チャン」と言われる人の数は想像以上に多いのです。また、幼児・小学生、家族づれの楽しむところは極めて少ないです。この問題を解決しなくては、集客が伸びるはずありません。博物館としての魅力を醸し出しながら、どう運営するか岐路ですよね。経営陣は明確な方針を立てないとねえ。そんなことを思う今日この頃です。
そうそう八田川の左岸は床上浸水です。家財道具や冷蔵庫などの電気機器等がうず高く廃棄されています。右岸も風前の灯火でした。もし右岸が切れていたら、我が家も同じ運命。蔵書だけでなく、思い出の文集や各種の通信物などもすべてダメになっていることでしょう。
それで、いろいろ今回の決壊場所を見ながら、考えました。江戸時代の「お囲い堤」の発想は残っているのではないかとね。つまり、庄内川で言えば、名古屋市の旧市内側には切れません。八田川では、春日井市側に切れても、名古屋市側には切れていません。志段味で言えば、名古屋市側に切れても(ここは名古屋市と言っても旧守山市です)、春日井市側には切れていません。何が言いたいかと言うと、大きな自治体側には切れていないのです。 どう思いますか。
≪09月22日 木曜日≫
台風15号もやっと去り,本日はさわやかな秋晴れとなりました。3階のシャッターを開けると、八田川の堤防に土嚢がたくさんたくさん積まれているのが、目に入ってきます。
20日の夕方、八田川右岸の堤防の斜面がアスファルト部分を残して、崩落しました。東海豪雨以降、ずっと心配していたこと(東海豪雨の時、私の家の周辺だけが浸水を免れ、結果として、その部分100mほどだけ補修工事はなされなかったのです。)が現実となりました。 水位は東海豪雨の時よりもさらに高く、左岸の方は、水が溢れているではありませんか(案の定、21日の夕方見に行くと、1m以上の床上浸水になっていました)。 この水位の高いのは、東海豪雨後、増水の時、庄内川から新川に流れ込む、洗堰をかさ上げしたため、庄内川の水位が高くなったのです。それにより、庄内川へ流れ込む支流のひとつ・八田川は流れ込めなくなったのです。 今回、庄内川の上流の志段味辺りで決壊したのも、江戸時代の人々の知恵を無視した工事をした結果です。人災です。こうなることは、予想でき、東海豪雨の後の復旧工事のあり方について投書もしましたけどね。治水工事の常識だと思うのに、役人は目先のことしか考えていないのです。
ところで、20日の夕方、風前の灯火と判断した我が家は、平屋建の多くの人は、避難しましたが、避難指示には従わず、1階のものの大移動をしました。仏壇・機器類が中心ですがね。水や食料の準備もしました。米を5合も炊きました。風呂にも早々と入りました。服装は、いつでも動けるようにふだん着に着替えました。2〜3日孤立する覚悟もしたのです。 こうまで、思ったのは、20日の午後、にリトルのボランティアからの帰路、山越えをして車を走らせるのですが、その怖かったこと。山から流れ落ちる滝のような水、冠水した道路。いつ、災害にあうかと微々りました。先の紀伊半島の災害を他人事のように感じていましたが、恐怖でした。
八田川は、持ち堪えてくれました。でも、崩落した場所は、60年近く前と同じ場所なのです。どうしてそうなるのかを、きちんと分析して、治水対策はとるべきです。放射能だって同じです。そのために、学問はあるはずですが近頃は、学問も骨抜きにされ、御用学者ばかりです。目線の上がったままの政治家・官僚・学者では話になりません。みんなわが身 可愛さですからね。
そうそう、21日の夕方には、台風も過ぎ去り、移動したものを元に位置に戻そうと、パソコンから始めました。パソコン・コピー機・複合機・スキャナー・ひかり電話・ランケーブルの接続はよいと思うのですが、インターネットにつながりません。HPもメールも完全にダウン。すぐ回復できると思っていたのが、大きな間違い。私の仕事・趣味は完全にストップです。片付けも手に付きません。不貞腐れて、昨夜は11時過ぎには寝てしまいました。
22日今朝、電気屋さんの開店を待って、電話は通じませんから携帯で連絡して来てもらいました。私が5〜6時間やっていたことが、あっと言う間に復旧しました。「町の電気屋さん」の大切なことがわかりました。ここ2日間不機嫌な私につき合わされていた妻が「配線はあってたから、いいじゃないの」となぐさめてくれました。
あああ、とんだ災難でした。
≪09月19日 月曜日≫
もう後期の講義が始まりました。少し早めに出かけましたが、思ったよりも道路は空いていました。土日割引がなくなった所為かなと思います。割引もないので、祝日に出校するのもつらいです。でも、真面目な学生さんたちの欠席はほとんどありませんでした。今年度は、徹底的に書かせてみるつもりです。本音は、頑張ってたくさん書いてくれると、後 読むだけでも2〜3時間かかります。 まあ、それくらいは、私も頑張らないとマンネリ化した講義に風穴をあけられません。授業改革を叫んでいるのに、講義が「なんだ その様は・・・・」なんて思われちゃあ情けないものね。 90分、2コマ、久しぶりで疲れました。
≪09月18日 日曜日≫
リトルで「謎のアンデス文明5000年展」が始まりました。その解説員兼監視員をやることになっているので、その研修がありました。午前中だけかなと思っていたら、午後もあり、たいへんでした。もう他の方で解説員兼監視員をやって見える方があったので、こっそり様子を聞いていましたが、ちょっとね。古代アンデスの研究者でもなく、現地に行ったこともない者が、あまり知ったかぶりで解説するのはどうかなあ?と思いました。こうした傾向は、教員上がりに多く見られます。私には、受け入れ難いタイプです。元同職ですがね。
でもまあ、たくさんのお客さんが来館してみえました。大成功でしょうね。でも、リトルでは、たくさんのイベントを特に土・日曜は行い、無料で見せています。 よほど入場者が多くならないとね。入場料1600円は、やはり安いですね。
≪09月17日 土曜日≫
今日はとても上機嫌な一日になりました。午前中は、26年前の教え子2人と会いました。久しぶりにかつての勤務校の回りも歩いてみました。月1回は近くまで行っているのですが、夜の会合なので、学区内をいろいろ見て回ることはできないでいましたから、20〜30分のことですが、なつかしかったです。
午後は、サークルでした。2学期最初なのでしょうか。いつもよりたくさん集まりました。13名です。教師のやる気の表れとみるべきでしょう。心もワクワクになりました。6時くらいにはほぼ終了となりましたが、若い2人の新人とは7時過ぎまで話しこんでしまいました。私も老け込んでいるばかりではいけないなあ。もっと若い教師のためにやるべきことがあるだろうとハッパをかけられているようでした。いずれにしても、こうした若い教師がもっともっと増えれば、日本の教育の未来も明るくなると確信しました。月曜からの大学の講義にも俄然力が入ると思います。
≪09月16日 金曜日≫
近頃少しだけですが、アンデス文明について書物を読むようにしています。まあ私には畑違いのように思えますが、来週から「短期パート」に従事する関係で、その準備ということです。高校や大学の時に、世界史という教科はありましたが、アンデス文明について学んだ記憶はありません。基礎知識がないのです。このことは、率直に認めないとね。文明を語るとき、基礎知識がないと、結局 トピック的に事象をとらえるだけで、人間の生き様は浮かび上がってこないように思います。単なる物知りではない解説ができるようになるには、相当学び直さないとねえ。たかがボランティアと言えども、されどボランティアの精神を忘れないでいかなければと改めて思いました。
≪09月15日 木曜日≫
今日は、ゆったりできる最終日。明日からは、ずっと何かしら用事が続く。それも、ぼっとしていられなくて、ちょうどいいかな? もう2学期も始まり、各地から残暑の中 運動会の練習で倒れた子が一杯出ているようだ。これは、夏バテしているところに練習ですから、よくあることですが、最近は「熱中症」と大騒ぎですから、教師もたいへんです。まあ、名古屋市の多くの学校は、5月に運動会を済ませて、ほっとしているかもしれませんが、学校行事として「運動会」をどう位置づけているのか疑問があります。もしかすると、名古屋のように、全国が「運動会は春」ということになっていくのでしょうか。「困難は回避する」というのが、日本の教育施策ですからね。
≪09月14日 水曜日≫
大学の同級生の見舞いに行きました。もう倒れてから、4年近くになります。まだ、口は聞けません。妻によれば、左手が以前よりもわずかばかり動くようになっています。確かに、私が以前見舞った1年半ほど前は、全く無反応な状態でしたから、改善されていると言うことでしょう。でも、長すぎますね。もう1度、「紅葉狩り」に行きたいものですが、このペースでは、私の方がくたばってしまうでしょう。年をとるということは、イヤですね。確実に加齢の症状はあちこちに見られますから。
これからは、1日1日を納得できる日々とするように努力しないとね。そして、先日にも書いたように「でもまあ 俺の人生も捨てたもんじゃないなあ」と思えるようにしたいです。
≪09月13日 火曜日≫
私は、決して言葉に関して、ものを言う力量もない。名古屋弁丸出しで一向に変わらないし、変えようともしていない。妻からも「そんな言い方を止めなさい。恥ずかしいよ」と何度も注意されている。この「日記」の中でも、品のない言葉を一杯使っている。まあ、そう堅いこと言わないでね。何も言えなくなるし、書けなくなったしまいます。
ところで、テレビで「なでしこジャパン」が持てはやされていますが、「男の僻み」じゃないかと、ちょっと気になります。
その1 サンデーモーニングで、張本が「澤の髪が長いのがけしからん。スポーツマンなら短くせよ」と持論を展開していた。でも、試合のときは、しっかり束ねているし、司令塔として、髪がよく目立ってよいのではないか。野球とサッカーは違いませんか。また、殊更に「髪を短くせよ」というのはセクハラではないのかな?
その2 釜本が、澤の「11日間で5試合はきつかった」と言おうとしたら、それを遮るかのように「俺たちは10日間で6試合をやった」というのは、あまりのも大人気ないですよね。「たいへんだったですね。よく頑張ったね」というのが普通だと思います。また、世界一となった後、馳走をなでしこに振舞ったことは知られているけど、それに関して、記者が「アジア一になったので、今度もしてあげますか」と問うと、「しない。金メダルをとったらだ」とは・・・・・・。しかも、「○○はよく食う」と何度も強調するのは、どうなんですかね。全国放送ですよ。若いスポーツ選手なら当然でしょ。 まあ、人様のことをとやかく言うのは、もう止めにしておきましょう。
≪09月12日 月曜日≫
早くも始まった政治家の品格問題。経産大臣の発言にそれほど品格がなかったとは思わない。表現の問題と茶目を出しただけのこと。私は足挙げ取りに他ならないと思っているが、マスコミも総グーイングであった。こうした足の引っ張り合いの繰り返しで、国会審議はさっぱり進まず、復興は遅れるばかり。こんな戦法しかとれない野党のだらしなさは、結局 大臣の緘口令。むっつりだんまり、本音を語らぬ、ロボットと化し、情報はますます流されなくなるばかり。話になりません。政治家の品格とは何かを、今一度問いたいものだ。
まあ、アホらしいから、原稿の仕上げをしようと朝から頑張りました。ところが、いつもワードと一太郎間での変換がうまくいきません。時間ばかりがかかって、イライラ・・・・。もう少しパソコン処理能力を高めないとまずいねえ。でも、もう今更という気持ちが先立ってねえ。
そこで、いつも朝トイレに入った時、復唱している詞があるのです。2年前に葬儀のときいただいたカレンダーの中のものです。作は、邦彦さんです。(1枚は、紛失しました)
「笑顔が一番」
どんな時にも心に笑顔 あなたの笑顔はみんなの笑顔をつくり出す 世界中が笑顔
「近くにある幸せに気づく」
寒い冬の夜 かじかんだ手足を ふとんの中で 温めてくれた母のぬくもり そのぬくもりを知る あな たは幸せ者だ
「やってみなきゃあ判らん」
子供のころの水遊び ドキドキしてなかなか飛び込めなかった あの大岩が こんなにも小さなものだっ たのか
「こだわらなければ 自然に心おだやかになる」
毎日の食事に感謝 今在ることに感謝 晩酌の一杯に感謝 わが人生に感謝 乾杯!
「あの時の苦しみ あの時の悲しみ みんな肥やし」
ふう〜と人生を振り返る いろいろあったなあ でもまあ 俺の人生も捨てたもんじゃないなあ そんな こんなで また生きて行く
≪09月11日 日曜日≫
9月11日、3月11日と世界は、魔の日にちとなりました。アメリカでのテロの翌年、ニューヨークのグランドゼロを訪れました。テロから10年ですが、まだ完全には復興していないようです。それは、アメリカ帝国主義が他国を侵害するばかりで、復興に集中できないでいるだけです。という日本の復興も権力欲に犯された政治家の足の引っ張り合いが、さらに遅らせているのは確実です。情報公開もせず、隠し通せることではないと分かっているはずなのに、目先の利権に目がくらんで、長期の構想が打ち出せない。経済界支援の「原発容認」では、国民の総すかんを食らいますからね。「いかに福島から、国民の目を逸らすか」 騙されてはいけません。民主党は、武器輸出まで目論んでいるのですから。
≪09月10日 土曜日≫
「朝晩 めっきり涼しくなってきたなあ」と思っていたのに、またまた蒸し暑さがぶり返してきました。集中力がすぐ落ちます。年の所為でもあると思うのですが、そうした中でも働いている人をみると、「たいへんだなあ」と感心してしまいます。私も数年前までは、そうだったのだよねえと振り返るだけ・・・・。
そうそう、例の大川小学校の被災を検証する記事が載っていました。やはり疑問が残ります。「なぜ、山の方へ逃げるように指示しなかったのか」。どう考えても、避難方向が違います。誰かの指示でしょうけどね。学校の管理システムが、異議を出せないようになっていたのでは・・・・。まあ、よからぬことは考えないことにしましょう。今更追及しても、命は帰ってきません。 明日は、9.11。 21世紀は、地球崩壊の世紀。日本は、生き延びられるのでしょうかね。
≪09月09日 金曜日≫
久しぶりにある掲示板を覗いてみたら、まさに迷惑メールのごとく執拗に送信されている記事をみました。それは『かけ算には順序があるのか』という本に関わることです。もう35年位前の論議の蒸し返しなのですが、どうも数学者や高校教師の中でワイワイやられているのです。そこで問題になっているのが「数式の意味の問題とバツの話の混同が行われていると思います」という文面です。元小学校教師から見れば、「まさにその通り」だと思いますし、小学校の現場の教師を含めないところで、「数式の意味の問題とバツの話の混同」という指摘が「ピントはずれだ」とかどうのこうのと言ったところで、全く生産的でないと思うのです。「バツの話」は、授業での目標やテストの位置づけに関わる教育学的なことだからです。
ここで、ふと思うのですが、この批判を繰り返されている方は「数教協会員は、すべて同じ数学観に染まっている。だから、例えば、瀬山さんの発言は、数教協の見解を代弁している」ととらえてみえるらしいが、数教協会員にもいろんな考え方の方がいらっしゃいますよ。ひとつではありませんし、ひとつでなければならないこともないと思います。 また、「数教協が日本の算数教育界をリードしているかのごとく高く評価してみえるのは、うれしいことですが、小学校の現場では、明らかに少数派です」。算数について、ちょっとでも考えている人ならば、「バツ」はつけないでしょうが、何も考えもせず、「バツ」をつけている人は 指摘されているようにいます。
ですから、この批判を繰り返されている方には、「教師は、しっかり教材研究をしろ」「授業の質を高めろ」と大いに叫んでもらいたいです。どうも、かつての向山洋一と同じで、批判の矛先が違っているのではないかと思います。これだから、日本の算数教育は、よくならないのです。日本の子どもたちの思考力は向上しないのです。
≪09月08日 木曜日≫
3時から、犬の散歩に出かけました。イブもびっくり。4時半からの女子サッカーをみようと、いつもの散歩時間を変えたのです。結果は、ドローでしたが、内容は圧倒的に北朝鮮のペースでした。オウンゴールで先取点が入ったので、「ひょっとして、これは・・・・」と思いましたが、甘かったです。「まあ、負けなくてよかった」と思った方がよい試合内容でした。危なっかしくて、見ていて疲れました。
≪09月07日 水曜日≫
今日は、35年ほど前に大金を叩いて購入した「ライフの人間世界史17」を読み返しました。購入しても、殆ど読まず、書棚に飾ってあっただけなのです。17巻は「古代アメリカ」です。なぜ、読む気になったかと言うと、9月後半から2ヶ月ほど「展示解説員兼監視員」という短期パートをすることになったからです。そのための学習です。もちろん、その前に「研修」がありますが、今回はボランティアではないので、ちょっとシャキッとしないとまずいからね。4年前にアンデス文明に触れる機会はありましたが、読み返してみると、またまた認識が変わってきました。
“歴史を学ぶ魅力”を久々に味わったような気がしました。 あと10日あまり、もう少し空白の穴埋めをしないといけません。
≪09月06日 火曜日≫
明治村とリトルで、一緒にボランティア活動をしているNさんは、以前から、北海道への転居を考えて、そのための手をいろいろ尽くしています。住む家のこと・仕事のこと・・・・。だいぶ煮詰まってきたようです。とうとうご主人も納得させたようです。本当に若いってことはいいですね。私は、結局 踏み切れず、定年まで過ごしてしまいました。確か、Nさんは、学校を出てから、ホームステイで北海道での生活経験があります。そのときのことが結婚しても忘れられないのでしょうね。それを押し通す、押し通せるなんて、うらやましいかぎりです。いくつになっても、夢を追い続けたいです。
≪09月05日 月曜日≫
一週間の始まりです。土日は台風で、エネルギーを発散しきれなかった子どもたちは、集中していたのでしょうかね。そして、今日も午前中は天候不順。雲行きは不気味という他ありません。スカッとしたいです。
さて、今日の私は、3月出版予定の原稿の仕上げをしたいと、原稿の読み返しをしました。最終部分のどうも気に入りません。大幅に書き換えたいと思うのですが、どうも前半とのバランスが悪くなるし、くどくなります。若い人に向けての原稿ですから、くどいのは年寄りっぽくて避けないとねえ。もうぼちぼち終了にしないと、後の仕事がしんどくなるからねえ。もう今週中には決着をつけるぞ!
≪09月04日 日曜日≫
「台風一過」という言葉は死語なのでしょうか。今日もすっきりしないで断続的に雨降りです。本当に、気象状況は可笑しいです。過去のデータなんて参考になりません。今回の台風報道を見ていても、局地的な雨の降り方で、被害甚大ですが、幸いに、私の辺りは免れています。すぐ横の八田川はちょっとの雨でも増水するのですが、普段と殆ど変わりません。
前にも指摘ましたが、10年ほど前の東海豪雨のとき、八田川も決壊寸前でしたが、下流の新川が決壊したことにより、一気に八田川の水位は下がり、決壊は免れたのです。しかし、堤防の傷みはひどく、周辺に水が溢れた所の堤防は改修されましたが、私の家の周辺だけは水も溢れなかったので、約150mだけは工事が行われませんでした。右岸・左岸とも補修をして、一部分だけやらないということは、「次は、あなた方が被災する番ですよ」と宣告されているようなものなのです。場当たり的土木行政としか思えません。投書もしたのですが、無視。行われたのは、「洗堰の堤防のかさ上げ」という先人の知恵を無視した工事でした。自然に逆らってはいけないと思いますよ。
≪09月03日 土曜日≫
参加しようと思っていた「あいち教育大集会」が、台風のために中止になってしまったので、午前中は「サークル案内」の発送と、「学生評価」へのコメントを作成しました。でも、家を閉め切っているので、蒸し暑くて不快指数は頂点に達していて、気分はよくありません。
ところで、民主党の野田政権が発足したようですが、政界は全く国民と遊離していて、何も期待できません。ゲーム化しているからです。政策を進めようとはしないで、足を引っ張り合うことが議員の仕事と思って野党がいるからです。例えば、「震災復興を3党協議会設けて進めましょう」という与党の提案に、拒否反応をする自民党。「3党だけでなく、全党でやるべき」だから、拒否をするのなら、理解できるけど、「早期解散を約束しないから・・・」なんて、馬鹿げている。自民党は、あと2年間で震災復興が収束するとでも思っているのでしょうか。また、民主党も真にやる気があるなら、自民党に「協力する気はないのですね」と引導を渡せばよいのです。それをしない、できないのが民主党の弱さです。だから、またまた外国人献金問題で追及される。これも、政党助成金制度があるのだから、献金なんて、一切止めていればよいのです。要は、政界の腐敗堕落から始まっていることです。
今度、愛知2区は、大臣になった増税派の古川元久と、減税派の現市長河村たかしの対決になるというので、話題騒然だ。
≪09月02日 金曜日≫
今日は台風の接近で、明治村への来館者も少なく、暇であろうと予想して出かけました。行くと「新しくボランティアガイドになる方の研修をお願いします」と言われ、ギョッ! 他様の研修に付き合うのはあまりしたくありません。だって、ボランティアは様々なしがらみに束縛されず、自由にやるべきだと考えているからです。ボランティアガイドが個性をなくし、マニュアル化されたとしたら、それはもはやボランティア活動ではなく、呈にいい低賃金労働に貶められていると考えるのです。 昨今、あらゆる分野で ボランティアが募られます。美しい活動ではあるけれど、ひょっとして、そのために若い人たちの正規雇用に影響があるとすると、「ボランティア!」「ボランティア!」という社会現象はかなり問題ありとなります。
≪09月01日 木曜日≫
退職して日が経つと、「今日が2学期の始業式だ」とか「防災の引き取り訓練」だとかいう感覚はなくなってしまいます。中日文化センターのY期の最終日で、栄まで出かけ、帰途 学生を見かけて、「あっそうか」と思う程度です。
さて、文化センターでは、「シェーマ」について、お話しました。子どもたちの認識過程において、シェーマの役割は極めて大きいと言うことです。しかし、「シェーマを獲得することによって、数学的思考力が伸ばすことができる」という論は、学校現場では、まだまだ認知?されているとは言えません。愛知で、タイルが40年かかってやっと認知されてきたように、例えば、今回取り上げた「かけわり図」は 愛知で認知されるまでに何年かかるのでしょうか。きっと、「愛知より文科省の方が早く認知し、文科省が認知したから、愛知も・・・」ということになるでしょう。とすると、指導要領は10年ごとで改訂ですから、愛知ではさらに10年。つまり早くて20年後と言うことでしょうか。タイルは、文科省が認めてから、20年後でした。本当に、こうした時間の流れだけは超スローなのが、日本なのです。現場教師が、きちんと教材研究し、シェーマへの理解を深めれば、子どもたちの未来は開けてくると思いますけどね。ガンジーが「教師は革新的でなくてはならない」とか言ったとか聞いたことがありますが、近頃の教師はあまりにも保守的ではないかと思うのですが・・・・・。
≪08月31日 水曜日≫
もう8月も終わり、夏休みも最終日です。私も、9月以降に向けて、体制を整えねばなりません。
見回してみると、前期のあとしまつが8月中ほってあったことに気付きました。9月19日から、後期の講義が始まるので急がないといけません。また、来年度の雑誌の連載も決まったので、神妙に構想を練らなくてはね。それにしても、新たな仕事(活動の場)が得られて、幸せなことです。人間、目標があってこそ、人間らしく生きられると思います。1日1日、精一杯です。やっぱり、現職時代の学級スローガン“いつでもなんでも精一杯 素早く正しくにこにこと 用が済んだらサッサと次へ”ですね。
≪08月30日 火曜日≫
9月の中頃から、2ヶ月ほど短期パートのアルバイト?をすることにしました。生まれて初めてです。まあ、大学の非常勤講師も似たようなものかもしれませんがね。何をするかって言うと、リトルで9月17日から始まる『なぞのアンデス文明5000年展』の展示解説員兼監視員です。マチュピチュ発見100周年記念としての開催なので、やることにしました。ペルーへの観光旅行がちょっぴり役立つかと思うと、なんだかわくわくしてきたのです。でも、アンデス文明のことをもう1度しっかりと学び直さねばいけませんね。 これもボケ防止にはいいことじゃないかと思っています。
≪08月29日 月曜日≫
日の丸や君が代に対して、畏敬の念を持たないから、愛国心がない、欠けていると声高に言われます。これ、本当なのでしょうか。おかしいと思いませんか。愛国心のないのは経済人・政治家ではないでしょうか。
例えば、円高だ。電力不足・節電だ。国内企業を海外に移す。国内の雇用は守れない。日本はたいへんなことになるぞ。また、脱原発の気運が高まると、経済に悪影響となる。日本では経済活動は行えなくなる。脱原発を叫ぶな!と圧力をかける。 政治家も「脱原発」はご法度なのです。財界の支援を受けられなくなるからです。
こうして、ただただ国民に耐え忍ぶことを強要しているけれど、国を愛する気持ちがあるならば、企業の海外移転など止めればよいのです。国よりも金儲けしか考えないから、競争主義が蔓延るのです。「なぜ、一番でなくてはならないのですか」という名文句もどこかへ吹っ飛んでしまいました。情けないです。
国民もです。一番を目指して、幼児からしごきます。子どもの自由を親の権利のように平気で奪います。「子どもの権利条約」なんて、誰も口にしなくなりました。目先のことにしか思考が及びません。未来の日本をどう見すえるかが大問題ですよね。 国民が意識変革してもっと賢くならないと、国難は乗りこえられない。
≪08月28日 日曜日≫
エコカー減税と車検のことを考えて、車を買い換えようかなと思っていましたが、家からあまり色よい返事を引き出せず、しばらく我慢することにしました。家庭の空気を読まなくてはね。私は、いつも自分勝手なことばかりしているのではなくて、時には、少しは家庭のことも気にしているのですよ。家から、放り出されないようにね。
まあ、このブーイングの背景には、オーストラリアの車事情を見聞したことが 大きく影響していると考えています。
≪08月27日 土曜日≫
大学の同窓会をしました。6回目になります。今まで「犬山」「名古屋」「長浜」「奈良」「岡崎」「有松」でやってきました。地元の地方大学なので昨日のH大学のように広域にはなりません。それでも、40数年前の学生時代を思い出しながら、語り合うのは楽しいものです。
話題は、つい加齢による体調のことになりがちですが、それぞれ目標を持ち、意気揚々と生きていることが確認でき、いつも刺激を受けます。まだまだ頑張らねばと思いつつも、私は、今日も腰の調子が悪く、無様でした。
これから何年続けられるかわかりませんが、長く続けられることを願うばかりです。
≪08月26日 金曜日≫
まだ時差ぼけがありますが、ボランティアに出ました。今日は、東京6大学のH校の同窓会グループのガイドです。私より少し上の方々ですが、ほぼ同年輩です。毎年やっているのだそうです(去年は福島、来年は北海道だそうです)。ガイドというより、お仲間気分で2時間半案内しました(予約より1時間の延長です)。まあ、同年代ですから、話は結構共通します。暑かったですが、楽しく回れました。最大の収穫は、興津にあった西園寺公望邸の“坐漁荘”近くに住んでいるという方にいろいろ話が聞けたことかな? また、「学生の下宿のような庶民の家はないのか」との素朴な質問も出ましたが、実は実は≪博物館≫の弱点をついている鋭いものです。庶民の生活臭さがどこも極めて薄いのは、≪博物館≫の限界なのです。 様々な建物を比較しながら、見て回るのは、見学の大原則です。そうでない見学の仕方では、単なる“観光”であって、何も意義を見い出すことはできません。
≪08月25日 木曜日≫
4日目の午前に、「農村訪問」という企画があり、参加しました。オーストラリア(ヨーロッパ)の農家の様子を知りたかったです。あとで思ったのですが、ムッターニ村の中でも、かなり大きな農家でしょう。案内してくれた女性は農民とは思えないほど垢抜けした美人でした(別れ際に握手をしたときに、やっぱり農業をしているのだと感じましたが)。牛を飼い、鶏も飼っています。様々な野菜・果物も作っています。なんだか、多角経営で、自給自足で、余った分を売りに出している感じでした。ひとつの作物を大量に作り、生計を立てているとは思えません。日本で言う「兼業農家」とは違うようですが、農業だけをやっている所は少なく、あと何らかの店をやっている農家が多いそうです。特殊な手づくりの飲み物やパイを振舞ってくれました。娘さんがハープの演奏も聴かせてくれました。
まあ、自然の中で、飼育し、栽培する点は、日本と大きく違います。形・色・臭いの良いものにこだわりすぎるのは、どうかなって疑問に思います。一番新鮮であるべきインスブルックの市場でも、しおれかけた野菜や花でも平気で売っています。折角作ったものは、無駄にしないのです。 飽食日本は、どこへいくのでしょうか。
≪08月24日 水曜日≫
今回のツアーは、滞在型のもので、私の参加は8日間の最短のコース(中部からはそれしかない)ですが、関東からは30日間コースがあります。まあ、金も時間もある方が参加されるわけです。関東には、そうした方が多いと言うことでしょう。
で、3日目に、「スペシャルクラシックコンサート・ディナー」に83ユーロを叩いて参加しました。自由席でしたが、少し遅れて到着したので、一番前の特等席?しか空いていませんでした。30日コースの老夫妻が2組座って見えました。どこかの大会社の社長さんのようで、私の過去には同席をしたことのないような風格の方でした。でも、全く威張ったような素振りもなく、接してくれました。品格もあり、話題も豊富で、奥さんの話し振りなんて、皇族か貴族なんじゃないかと思いましたね。確か76歳だったと思いますが、うっとりしました。ご主人は84歳。とても溌剌としていて、とても80代には見えません。もう1組の夫妻もむちゃ話が面白くてびっくりしました。このような年のとり方をしたいものだと切実に思いました。とかく成り上がりの金持ちは、胡散臭いものですが、私は、全くイメージが変わりました。2時間あまり本当に楽しく過ごすことができ、いい体験になりました。
≪08月23日 火曜日≫
本日、オーストリアのインスブルックから帰国しました。避暑のつもりで行ったのですが、その前までとはうって変わって好天に恵まれ、30度ほどになり、ホテルは空調設備がないので、困りました。ただ、日陰に入れば、涼しくて、汗かきの私も、服がべったりすることはありませんでした。
この滞在を通して、最初に感じたことは、実にゆったりした時間の流れです。現地について、まず、感じたのは、“信号機が少ないこと”です。人が道路を渡ろうとしているのを見かけたら、車は必ず止まります。人が優先なのです。徹底しています。交差点でも信号がなくてもうまくいくのです。ビックリしました。信号も、休日にはほとんど点灯していません。交通標識も本当に少ないです。お隣のドイツやイタリアでは、車が我がもの顔で走っていますから、国民性の違いと言うことでしょうか。それに、土曜日の午後、日曜日になると、お店もほとんど閉まってしまいます。お土産を買うこともままならなくなってしまいます。
日本人の生活のめまぐるしさ、考え直してみる必要があると思います。このインスブルックは冬季五輪が開かれている街です。ここを訪問した日本人は多くいると思います。議員さんたちも視察に来ているはずです。何を視察していたのでしょうかね。
いろいろ感じたことがありますが、まだ、時差ぼけで眠いので、今日はここまで。
≪08月14日 日曜日≫
本日より、10日間ほど、この「教育日記」への書き込みを休止します。久しぶりにちょっと海外で避暑としゃれ込みます。ちょっと涼しそうですが、元気に戻って来たいと思います。
あとのことは、帰国後、馬力をかけて取り組みます。
≪08月13日 土曜日≫
盆ともなると、いつものようには車が走れません。このことは、いつものことですが、今年は なにか「枯れ葉マーク」が目立ちます。高齢者更新講習が義務付けられたせいでしょうか。盆の時期は、高齢者が祖先の霊を慰めるために活躍するからでしょうかね。 ところで、韓国では「4代前の先祖まで」供養するそうです。私の4代前の人なんて、全然知りません。先日、親父の50回忌をできたことさえ珍しい方でしょ。
ところで、本日朝、NHKで小出隆司さんが出演していました。北区にある夢道場での取り組みも紹介していました。小出さんの「ぞうれっしゃがやってきた」を自費出版したときの本も、その前の最初に書き下ろした時の原文もありますよ。見たい人は、是非どうぞ。
そうそう、この前、ある新聞記事に「東山動物園にいたぞうを取材して書いた『かわいそうなぞう』」となっていたので、「東山動物園なら、『ぞうれっしゃがやってきた』であるし、『かわいそうなぞう』ならば、上野動物園とすべきではないか」と誤りを指摘しましたが、何の返答もありませんでした。こんな認識では“平和を語る資格はないなあ”と、呆れました。
≪08月12日 金曜日≫
今日の担当は「機械館。聞けば、昨日の担当者が熱中症でやられたとのこと。「気をつけてくださいね」と。
まあ、機械館は風通しが悪く、蒸し暑いことは分かっているので、「一に水分補給、二に熱中飴」との宣伝文句にのって準備し、着替えも持って行きました。 ところで考えました。明治時代の人たちも涼を求めて工夫していたと思います。でも、35℃とか36℃なんて気温ではなかったでしょう。温暖化とはいっても・・・・・。 やはり、きれいに道を整地する。つまり、コンクリートの照り返しが気温上昇の一因だと。明治村も、明治時代のように、砂利道にもどしたら、いくぶん楽になるのではないかとね。打ち水の効果も倍増すると思うのですがね。要は、現代人のエゴが、暑い暑い夏を作り出しているのです。だから、「我慢せよ!」というのでは、あまりにお役人染みていますね。
≪08月11日 木曜日≫
長男が、母親の13回忌以来の帰省をしていました。親として、いろいろ気になることもありますが、「まあ、彼の人生ですから、口出しすることは控えなくては・・・・」と思っています。私の本音は、いいお嫁さんをもらって、一大飛躍を図ってほしいことです。私の周りには、長男をしゃきっとしてくれそうな女性がいっぱいいるのですがね。でも、彼にその気がなくてはねえ・・・・・。長男は東京だから、“通い婚”でもいいから、素敵な女性を確保しておきたいなあなんて、とんでもないことを考えたりもするのです。
≪08月10日 水曜日≫
午前中、ユーロに換金に行きました。以前換金したK郵便局に行きました。そしたら、今はやってなくて、「取り寄せすると、2〜3日かかる」と言うことでした。それでは、困るので、銀行に行きました。銀行もだめでした。要するに、基幹銀行みたいな街中の銀行でしか取り扱っていないのです。合理化というか、利用者にとっては、たいへん不便になっているということです。「なんでも民営化すれば、経営も合理化され、サービスもよくなる」なんてことは、真っ赤なうそです。はっきり言って、よくなった試しがないのです。日本の役人は、国民の期待を裏切ることを お上の御威光を背に好き勝手にやっているのです。国民の痛みなんて、これっぽっちも考えていないのです。悲しいことです。 こうしたことが、日本人の美徳とされていたことをも吹っ飛ばしてしまいました。すべてが「金金、金・・・」なのです。
≪08月09日 火曜日≫
今日のボランティアは、猛暑で、今年最高に暑かった。午前中で、シャツはべたべた。着替えても、すぐにべたべた。絞れるほどに汗が出ました。年寄りにはつらいですが、それでも、この炎天下、多くの家族連れ、若者のグループの入館者があって、「野外展示」ということは関係ないようです。エアコンの下で生活するのを改めるためにも、野外の博物館に出かける勇気を持たねばいけません。よろしいかな?「エコにもなりますよ」なんて言っているのは私だけ。「そんなこと、当たり前じゃん」の声が聞こえてきそうです。
≪08月08日 月曜日≫
2時半頃、も家に着きました。3日目に参加していた“AMIサロン”が少し早く終わったので、すぐ帰途に着きました。福井駅で乗った「しらさぎ」が米原止まりなんてことは想定していなかったので、新幹線を利用してかえる羽目になりました。だから、早く家に帰れたのです。
さて、大会は≪教具展≫に出展するだけの予定でしたが、台風の余波で、沖縄の小田切さんが参加できなくなったので、急遽 2日目の「幼児の算数」分科会を、銀林さんとあい務めることになったのです。銀林元委員長の隣にこのように長時間座っていたことはありません。また、いろいろと話し合い、会を進めたこともありません。光栄な時間帯でした。分科会の方も、なんとか満足していただけたような雰囲気?で終わることができました。よかったです。ただ、小田切さんから、レジュメも送られてきていましたが、その検討ができなかったことは残念でしたが、メールに、「英語で提案する」と書いてあったので、そうなっていたら、私は、分科会から、逃げ出さなくちゃあならなかったかもね。 来年の大会の仕事も仰せつかってしまいました。
やはり、昔懐かしい方や、新たな出会いもあって、全国大会は楽しい!
≪08月05日 金曜日≫
本日ボランティアに行っていると、くしゃみは出るは、鼻水は出るは、さんざんでした。それを妻に話すと、チクリ。「あなたは、気が進まないことがあると、すぐ、体調に表れるのです。○○の時もいつもそうだったでしょ」と。
う〜ん、そうかなあ。見透かされているのでしょうか。
明日から、全国大会に参加します。この日記、2日ほどお休み。
≪08月04日 木曜日≫
中日文化センターでの講座がありました。今年度から月1回の6ヶ月コースとなったので、なんとなく盛り上がらないまま5回目を迎えた感じです。今日も「社会を見る目を広げる・・・」として、単位あたり量の話をしましたが、私の力量不足でした。1番盛り上がったのは「ひっくりかえす」というパズルでした。
午後は、大学での講義、いや前期最終ですので、テストをしました。
夜、緊急の電話が入りました。「明後日からの全国大会に、台風のため、沖縄が参加できなくなった。補充のレポートを準備できないか」と。「そりゃあたいへんだ。でも、幼児への実践はないから、30分くらいしかもたないよ」
まあ、一応、レポの準備をこれからすることになりました。どこまで できるかな????
≪08月03日 水曜日≫
足の方が、再びおかしいので、今朝また飲み残してあった薬を飲みました。昼過ぎくらいに効いてきたのか、楽になりました。もう一度、医者に行って薬を補充しておいた方がいいのかなあ。旅行中に、また足が痛くなってきたら辛いですからね。
そうそう今日、新採さんと学年主任さんが、家を訪問してくれました。なかなか骨のある人と見受けました。夏休みに2学期にやる研究授業の構想を立てるためです。こうして少しでも役立ててもらえれば、うれしいですね。もっともっと広がるようになるといいのですけれど、個人宅では敷居が高いと感じるかもしれませんね。
≪08月02日 火曜日≫
近頃、よる年なみの所為でしょうか、目がかすむ、頭痛はする、また足が痛くなる、踏んだり蹴ったりの体調です。今日も、午前中あまり体調はよくなかったのですが、昨日購入した「熱中飴」をなめたら、なんだか気持ちがスカッとしてきました。一粒の飴で効果があったなんてことは信じられませんが、多分に気分の問題でしょうか。ということは、私は、相当単純な人間ということですね。まあ、それでも、体調がよくなれば、いいです。
ちなみに昨日購入したのは、「ガツンと塩辛すっぱいレモン塩味・熱中飴」と「のどにまろやか18種類の野草エキス配合・のど黒飴」、そして「名古屋のミント飴といえば、デリシャスミント」の3種です。なめすぎると、またまた太りますね。
≪08月01日 月曜日≫
いよいよ8月に突入です。でも、まだ今週まで、大学の講義はあります。成績処理もしなくてはなりません。
まあ、ひとつずつ片付けようかと考え、「若い教師への出版原稿」を仕上げようと取り組みました。実は、最後のまとめをどんな形が良いのか迷っていて、うまくまとまりません。前半部分もくどいなあと随分カットしたら、カットしすぎて、分担の20000字に達しなくなってしまいました。もう1度 再考しなくてはいけません。ちょっと期間をおいてからにした方がよりよいものになりそうな気がします(変わらないかな?)。そういうことにしておきましょう。
ところで、福島原発の汚染被害、拡大の一方です。止まるところがありません。国産牛は全滅でしょうか。それが、放射能の怖さです。なのに、経済界は、再稼動に向けての世論操作に躍起です。日本人の知的水準が試されています。マスコミも芸能界も、悲しいことに経済界のいいなりです。
今日の犬の散歩は、「この堤防の草は、ちっとも草刈りも行われず、除草剤も撒くわけでもなく、野放しだから、犬が草を食べていても安心だね」と、変な会話を交わしながらしました。
≪07月31日 日曜日≫
もう7月も最終日。最高気温は、どうしたことか30℃を超えません。助かります。
ところで、もう触れまいと思っていましたが、「保安院がやらせをしていた」とか「県知事がやらせを挑発していた」などという記事を耳にすると、もう政治家や官僚は誰も信用してはいけないという結論に達します。今では、何を言って来ようと無視することにしていますが、数ヶ月前の「固定資産税の件」でも同じです。権力を傘に、見勝手な法解釈をして、詐欺師のごとく税を徴収しようとする。法治国家の体をなしていません。「○○詐欺に気を付けましょう」と言ったって、役所が率先して詐欺行為をしているのですから、お話になりません。上位規範が何なのかも分からずして、よく市政の運営ができるものだと思います。市民・国民は、不幸な社会に生まれてきたものだと、思わざるを得ません。 まあ、年寄りは、孫たちのために何ができるか、何をなすべきかを考えていきたいものです。最後の踏ん張りどころは何処なのかを見間違えないようにね。
≪07月30日 土曜日≫
私は、ワープロを長く使っていて、パソコンへの移行は遅く、10年ほど前です。ですから、教育界特有の「一太郎」は使っていません。息子の一声で「一太郎」はボツにしました。その通りに、一般社会では「一太郎」を使う人はいませんが、教育の世界では、未だ勢力を持っているようで、添付されてくる資料がしばしば開けません。いつもそうですが、古くはベータの件、近々ではB版の件。まあ、教育という特殊な社会も世間の流れに押し切られていきます。だから、いつまでも古きにへ張り付いているだけでは世の荒波を生き抜いていけません。世の中に大きく見開いた力を子どもたちにつけていかないとねえ。そのためにも、教師たちが変わらないとどうしようもありません。つくずくそう思うこの頃です。
≪07月29日 金曜日≫
先回のA3の時は、歩けないので休みましたが、本日は直ったので、予約ガイドを担当しました。電気会社の一行様でした。正門から帝国ホテルまで、駆け足のガイドです。正直1時間半では、大して見ることはできません。
そうした中で、少しでも満足してもらえるように努力するわけですが、なかなか難しいです。まあ、今までにも、何回もガイド経験しているのですが、初対面の人の興味・関心を手早く見抜き、ガイド内容を即座に決めるところは腕の見せどころです。 来月も、大学の同窓会グループのガイドを担当しますが、その専攻分野が分かりません。
専門知識については、大卒には適いません。たかが、ボランティアなのですが、神経を使うのですよ。
≪07月28日 木曜日≫
今日は、朝から孫たちとリトルワールドへ行きました。いつもボランティアガイドをしている所です。孫たちは、まだ2年生なので、細かなガイドなんて必要ありません。彼女たちの興味関心は何かを考えた時、リトルでは、「挨拶をスタッフとしたら、その国のシールがもらえる」という小学校低学年向きのカードが期間限定で配布されているので、絶好だと思って、リトルに行くことにしたのです。この企画は、最高によいものだと改めて感じました。孫たちは、見知らぬ国の言葉でスタッフと挨拶を交わします。5カ国のシールを集めると、おみやげがもらえます。同時にスタンプラリーをやりましたが、孫たちは大満足でした。スタッフの対応も、とても親切で好感がもてました。私も、対応する時は、もっと明るく、楽しそうに、接するようにしないとまずいなあと反省しました。
本日は、2時間しかなかったのですが、この時期園内を回るという事が いかにたいへんなことかと痛感しました。今日は、曇り空で、まだ気温的には我慢できる状態であったと思うのですが、無茶疲れました。
≪07月27日 水曜日≫
今日、明日の2日間は、孫へのサービスデーです。朝、豊橋まで、迎えに行きました。その後、名古屋市科学館へ出かけました。入館したのは2時くらいでしたが、閉館時間の5時まで、孫に引き連られて、館内を動き回りました。現職の頃に何度も科学館に引率したことはありますが、今回のように長時間止まったことはありません。孫たちももっと見たかったようですが、正直疲れてしまいました。ただ、科学館の展示の仕方は、小学校2年生の孫たちには、とても不親切だと思いました。いや、専門的には高いレベルなのかもしれませんが、解説文が多すぎて、読みきれません。 もっと科学好きな子どもたちを増やすには、どうしたらよいかを工夫する必要があると思いましたね。
≪07月26日 火曜日≫
2週間ぶりにリトルでのボランティアに出ました。本日は、タンザニア・南アフリカ(ンデベレ族)・ブルギナファッソ(カッセーナ族)の担当です。でも、午前中はお客さんが少なく手持ちぶさでした。そこで、早めの昼食として、午後に備えることにしました。午後は、パラパラでしたが、ちょっとガイドの役割を果たしました。夏休みの自由研究の資料集めの子には、まとめ方のヒントです。これは、子どもよりも親が喜んでくれます。親は、学校から課題を押し付けられて困っているのです。でも、教師はお構いなしに課題を出すのです。もちろん、親の中には「宿題を出してほしい」としつこく迫る人もいますが、本音は違うのです。“教育ママ”ぶっているだけなのです。まあ、若い教師は、親から突き上げられ、仲間うちからも同一歩調が押し付けられ、教師の魅力を感じないまま、中堅教師となってしまうのです。これでは、“開かれた学校”はおろか、“創造的な授業”もできやしません。
いずれにしても、年寄りには、もやもやしたことが多すぎます。もっと未来が明るく見通せる世の中になってほしいものです。
≪07月25日 月曜日≫
N大での前期の講義は今日が最終です。学生さんも悪天候にも関わらず、全員出席でした。最終ですので、テストもどきことをしましたが、皆 真剣でした。いつもの雰囲気とは全く違いました。こうなら、もっと効率よく、楽しく学べたのに・・・と悔いてしまいます。まあ、いろいろ考えさせてくれた学生さんたちですから、感謝?しなくてはいけませんね。
夜は、足もほぼよくなってきたので、「若い教師・・・出版の会」へ出かけました。若い教師たちを励まそうというねらいの出版企画で、月1回のペースで執筆者で討論をしているのですが、だんだん現場の実情に疎くなっていることは否めません。そこらを多角的な視点で迫らないと、折角7人が集まって、メッセージを送ろうとしているのですからねえ。
≪07月24日 日曜日≫
正午少し前に、テレビをつけました。アナログ放送終了の歴史的瞬間を味わおうと思ったからです。まあ、それ程の感慨もありませんでした。私の家では、私の5年生の時 テレビを購入しました。それまでは、近所の権田さんの家で見せて貰いました。S29年の日本シリーズの時は、担任の先生に、上飯田の喫茶店まで見に連れて行ってもらいました(今だったら、大問題になっているでしょうね)。ちなみにカラーテレビは、浪人中であったので、高校の体育館で、東京オリンピックを視聴したのが初めてであったと思います。思い出はいろいろありますが、今回の移行を機に、3台あったテレビは1台だけにしました。
アナログ放送が停止になった後、今日もボ〜ッとプロ野球のオールスターゲームを見ました。私のひいきのセリーグは相変わらずパリーグには歯が立ちません。やはり実力が違うようです。違うと言うよりも、入団後の球団の育成の方針が、こうした違いを生み出しているのではないかと思います。 あえて言えば、ハングリー精神がパの選手にはあるのです。サーカーのなでしこジャパンの快挙後、ますますそう思うようになりました。
こうしたことは、教師の世界にも言えることです。私を含む名古屋市の教員は、名古屋市以外の教員よりも待遇でかなり優遇されてきました(現在は、優遇措置が剥奪されて、変わりませんが)。だから、名古屋市内の教員からは、気骨のある教員はあまり育たなかったように思います。権利闘争の面においても、教育実践面においても、私は、そう感じています。
≪07月23日 土曜日≫
ここ10日ほど、普段の生活リズムが狂っていたせいか、体調がシャキッとしません。まあ、年の所為もあるでしょうが、活力のない生活はイヤですね。
そこで、土・日の2日間の3つのノルマを課して過ごすことにしました。今のところ、2つは見通しが立ちましたが、あとひとつ、どうしようかな? どうもうまく私の思い入れが書き込めません。“授業力向上”のために、何をなすべきか。うまく表現できないなあ。
≪07月22日 金曜日≫
久しぶりにボランティアに出ました。今月は、まだ3回目です。足の具合もほぼよくなってきたので、出かける気分にもなったのです。着くと、私の休んだことについて、「もう再起不能じゃないか」とか、いろいろ噂をして楽しんで?いたそうです。まあ、年寄りの仲間ばかりですから、身体的に何時、何が起きても不思議のない人たちばかりです。事実、私がボランティアに参加するようになってからも、幾人もの方がひっそりと亡くなってみえます。
でもまあ、今日1日無事活動ができ、ほっとしました(心配だから、飲み薬・貼り薬とも準備して出かけました)。
早く日常のペースに戻りたいものです。
※またまた「政党助成金80億円」が支払われたそうですね。確か、政権交代時の官房長官交際費?2.5億円もうやむやになったまま。どこまで、国会は身内に甘いのでしょうか。一般社会では、考えられないことです。
≪07月21日 木曜日≫
小中学校が夏休みに入りました。とは言っても、孫の小学校は26日が終業式らしい。本当に、昨今は、過去の常識が通用しない。まあ、いい例が、今回の台風6号でしょうか。台風の進路について、「月ごとにこんなふうに進むよ」「6〜7月は、中国大陸の方に進み、8〜9月になると、日本に近づく、上陸することもあるんだ。10月ともなれば、太平洋上を抜けて行くさ」と、自慢げに教えてもいた。でも、近頃の台風の進路なんて、さっぱり分からない。「四国に近づき、そのあと鋭角に進路変更なんて・・・」 正直、最後まで信じられませんでした。だから、“すだれ”等も外し、台風対策をしていましたが、おかげで、肩透かし。まあ、よかったのですけどね。
話を戻せば、学校で学ぶ知識は、子どもたちの生活に役立たないようでは、子どもたちの学ぶ意欲も興味も高まらないということ。
≪07月20日 水曜日≫
大関・魁皇が引退することになった。24年間もよく頑張ってきたと思う。でも、これで横綱・大関という大相撲の最高位に日本人がいなくなってしまった。「国技」という言葉にこだわり続ける相撲関係者も、もうあきらめて「国技」を返上して、相撲界の新たな出発をしたらいい。魁皇も「国技」に苦しめられたに違いない。だから、琴欧州に破れて、引退を決意したのはいい引き際である。まあ名古屋の人間としては、琴風でプッツンしてますけどね。
≪07月19日 火曜日≫
昔、夏休み中によくやった“子ども学校”で採り上げた『トビウオのぼうやは びょうきです』(いぬいとみこ)を読み返してみた。もう30年以上前の作品である。この作品を読めば、政財界の連中も人間味ある対応を考えるであろうにと思う。東日本の被災地の復興は着々と進められているが、放射能の汚染においては、全く進まず、むしろ拡大している。収束の目途は立っていない。被害額にしてもどれだけになるか分からない。つまり、原発は人類を不幸に陥れるだけである。なのに、「脱原発の方向に世論が流れる」のを食い止めようとしている阿呆な知識人?がいる。原発が超近代的な企業などと錯覚してはならない。原発は手作業によって維持されている前近代的な体質をもっているのです。だから、福島原発での作業員に被爆者が増え続けているのです。原発のおそろしさを、人類はもっともっと自覚しなくてはならない。
≪07月18日 月曜日≫
今日は「海の日」ですが、大学の講義はあります。あと1回で、前期の講義も終わりです。とうとう盛り上がらないまま終わることになりそうです。少人数の恵まれた環境なのに、うまくいきません。あまり注意してもねえ。セクハラと間違えられちゃ困りますからね。非常勤講師生活8年目にしての大きな壁にぶち当たった半期でした。
「教科教育研究」としては、無茶具体的にしているので、「教科指導法」の領域に入りこみ過ぎてるのではないかと気にしているのですが、今期の学生さんの反応はさっぱりです。 正直、怖くて講義室の扉なんて開けられません。勇気をもって入室するだけです。フウーーー、
≪07月17日 日曜日≫
痛風かな?と予想されている私の左足。歩けはしますが、依然腫れはひきません。関節などの痛みがないのが不気味です。まあ、気分は、ここ2〜3日よりは、ましですが、早くスカッとしたいです。
ところで、今年の12月で「水戸黄門・終了」と決定したそうだ。さみしいね。再放送は続けるんでしょうね。確か再放送の方が視聴率はよいそうだからね。ただ思うに、「終了」はやむを得ない気がする。再放送の方が、面白いし、味がある。しかも、役者の演技力が格段に違う。今や学芸会にちょっと毛が生えたようなものです。素人の私がそう感じるのですからねえ。 こうした技量の低下は教育界にも言えます。 その責任は、団塊の世代の教師が、若い世代にきちんと継承してなかったところにあると考えています。だから、私の今 努力していることは、その償いでもあると思っています。
≪07月16日 土曜日≫
医者である義姉に紹介してもらったクリニックへ出かけました。血液検査の結果は週明けにならないと分かりませんが、湿布薬と飲み薬をもらってきました。足はひどく腫れ上がり、昨日以上に歩行困難です。午後のサークルができるかと心配しながら、向かえました。昼食後に飲んだ薬がサークルの途中から効いて来たのでしょうか、途中で立ち上がったら、スムーズに立てました。杖がいらなくなりました。正直驚きました。感激しました。「この3日間はなんだったのか」と思いました。まだ、腫れはひいていませんし、血液検査の結果も心配ですが、杖なしで動けるようになり、気分がスーっとしました。抗生物質の効き目はすごい。
サークルは、私の体調を考えて、わりと早く終わりました。学生さんには、「採用試験の前だから、サークルに来るな。教採に集中しろ!」と言ってあったので、さすがに参加はありませんでした。
≪07月15日 金曜日≫
医者に行ったし、一晩ゆっくり寝れば大丈夫かな?と思っていたら、かえってひどく腫れていました。これでは、ガイドなんて、全く無理です。予約は、工業高校の建築学科の子達でしたので、楽しみにしていたのですが、あきらめました。
それで、今日は一日中、エアコンの中でじっと過ごしました。頭も痛くなってきたりして、仕方ないので、腫れた部分に水道水をじゃばじゃばかけて冷やしてやりました。幾分楽になったような気がしましたが、まだまだ腫れはあります。何か、ばい菌でも入っているのだろうか。なかなかひいてきません。家の中を杖をついて移動しています。
≪07月14日 木曜日≫
一晩経っても足の調子は全然変わりません。原因がわからないので、医者に行くことにしました。骨には異常ないし、足のゆがみからくる筋の疲労骨折?みたいなことではないのかということになりました。午後の大学の講義には出かけましたが、体重をかけると痛いのは変わりません。むしろ、ちょっと腫れがひどくなったように感じます。明日までに直らないと、予約ガイドが入っているしねえ。ガイドが歩けなくちゃあ、話になりません。
≪07月13日 水曜日≫
今朝から、左足首がしびれたように痛いのです。どこかで、足を捻った記憶はないし、変です。8月に行く旅行の説明会へ行く時も、足をかばって歩いていました。早く直ってくれないと、困ります。
そうそうコジマ電気へ行ったら、本当に扇風機が品切れになっていました。
≪07月12日 火曜日≫
我が家の愛犬は、8日の散歩の時、皮膚が腫れたようになっていたので、土曜日、妻が慌てて病院へ連れて行きました。湿疹でした。耳の中も相当汚れていたので、掃除してもらいました。そして、今日また、耳掃除をしてもらいに出かけました。たいへんな出費ですが、私どもではできないので、仕方ありません。我が家の大切な一員ですからね。夜は、室内です。一晩中扇風機をかけます。エアコンは、高所の時だけです。でも、昼間は外です。ヨシズやスダレ、樹木で日陰ができるようにしてありますが、やはり暑いだろうと思います。今日、久しぶりにボランティアに出て、改めて感じました。空気自体が熱いのですから、日陰にいても耐えられませんね。もう一工夫してやらないと犬も可愛そうですね。特に黒ラブですから。 なにかよい方法はないかなあ。
今日もリトルに来館してくれた小学校があり、有難いことですが、この炎天下、園内を歩き回らせるのはどうかと思ってしまいます。やはり、暑いと集中できません。私も、どうせ暇だから、読書でもして時間を潰そうかなんて思っていましたが、結局、2〜3行しか読めませんでした。
≪07月11日 月曜日≫
夏休み中に開かれる教育研究集会の案内がいっぱい届きます。まあ、現職の頃のようにあちこちに出かけることはありませんが、ひとつ気になることがあります。それは、ひとつの研究団体が主催する集会と、いろんなサークルが協力して開催してきた集会が似たり寄ったりになってきていることです。つまり、サークルが共同して行う集会がそうでなくなっているということです。もちろん、参加する人たちには関わりのないことですが、運動論から言えば、とんでもない変節です。また、つまはじきにされることを承知の上で、あえて言いますが、伝統ある東海と近畿のサークル合同集会を開く意義はなくなりました。東海・近畿10県のサークルが刺激し合い、子どもたちの未来を切り開こうとしてきた主旨は、運営の仕方からは感じられません。確かに、教育運動の低調な東海がお荷物であったことは承知しています。しかし、合同集会が刺激になって、サークルが活性化してきたのです。本当に、実行委員会の人たちは、どういう観点をお持ちなのでしょうかね。目先の集会の成功?だけを考えて、東海は切り捨てということでしょうか。これじゃあ、民間教育運動は先細りするだけではないでしょうかね。
まあ、近畿から、東海が期待されない事情もよく分かります。愛知の民教連の集会も、各サークルの活性化を図り、サークルを結集させようという意気込みは感じられません。レポーターも1本釣りのように思えます。レポーターの紹介に「地域」が記してありますが、地域サークル推薦のレポートではありませんよね。それにしても、「民教連運動、どうの?こうの?」というのは、時代遅れでしょうかね。
年寄りは思うのです。心の絆を大切のしないような運動に未来はない!とね。
≪07月10日 日曜日≫
今の国会の混乱は、“原発容認派”の猛反撃であるとの指摘を1ヶ月以上前にしたのであるが、マスコミはうやむやにしている。菅首相も、はっきりと“脱原発”を目指すと宣言すれば、国民の支持も跳ね上がるでしょうに。
今のまま退陣したら、今後の政治影響力はかぎりなくゼロに近くなります。“脱原発”を明確にしてから退陣すれば、影響力はかなり残るでしょう。菅という政治家の政治生命は、ここにかかっているのです。まあ、私は、何も期待していませんけどね。ただ、現職の国会議員は、政治屋であって、原発の恐ろしさを全く認識していない。だから、国会論議で、バカな質問をしていても、平気でいられる。相当ずれているのです。小学校の学級会にも劣ることに気付いていない。もはや、日本は、救われません。没落国家です。
≪07月09日 土曜日≫
「数楽のひろば」ということで、大垣まで行ってきました。総数70名ほどにふくれ上がって、会場はいっぱいでした。ありがたいことです。私は、そうした期待に沿う内容にしなくては責任が果たせません。テーマは「文章題に強くなる秘訣を伝授します」です。幼稚園から6年生までいます。私の意図は、“量に基づくとらえ方”を伝授することです。「量」を「言葉」、「数式」を「文」をとらえることによって、子どもたちの身近な生活と算数を結びつけるのです。まあ、遠大な構想ですが、その第一段階として、算数を身近な存在と感じてほしいなと思いながら、進めました。集合数から、加減と乗除の違い、量の三用法、かけわり図と一気にやるのですから、それはそれは新幹線もいいところです。でもね、「ふ〜ん」って思ってもらえれば成功だと思っていますけど・・・・。「おみやげ」をたくさん出しました。
≪07月08日 金曜日≫
今週のボランティア活動は、偶然リトルも明治村も免除でしたので、少しゆとりのある週ということになりますが、木曜日は第1でしたので、ダブルで講義があり、明日には「数楽のひろば」の取り組みがあり、のんびりとはいきません。まあ、私のような年齢になってもほどほどに忙しいのは幸せな話ですよね。
ところで、世の中は、相変わらず可笑しさばかりです。もはや誰も政治を信頼しません。九電の作為的なメール事件。いかに日本人が「民主主義」が分かっていないか、また、いかに「平和」ということをいい加減に考えているかを如実に物語っているかと思います。世界唯一の被爆国として、人類史上に 人類の幸せのために、大きな足跡を残せるはずであったのに、戦後の政治は、全く逆の方向に国民を導いていたのです。今こそ、その責任を明らかにすべきではないかと思います。
≪07月07日 木曜日≫
本日は七夕。年に1度織姫・彦星の会える日です。
私の家族にとっては、7月7日は、父とのお別れの日です。50年前から、そうなってしまいましたが、法事を“再会の日”と考えれば、七夕に対するイメージも変わります。50回忌も終わったことだから、つらいことや苦しいこともあったけれど、「オレの人生も捨てたもんじゃあないなあ」と、明るく振舞うようにしていこうと思いますね。
≪07月06日 水曜日≫
土曜日に行う「算数ひろば」の参加者数の報告が届きました。たくさんの参加者数にビックリしました。1年前には、地区協大会と共同開催したのですが、今回は単独での取り組みです。簡単に言えば、ママさんパワーです。
今や教育運動は停滞し、“市民との共闘”なんて口々に叫ばれていますが、実情は、まったく進展していないように思います。私には、その原因は明確なのですが、それを指摘することは禁句。言えば、猛反発を受けるはわかっているので、傍観者として過ごすことにし、子どもたちの未来が少しでも明るくなるように、私でできる範囲のことを精いっぱいしていこうと思っています。
そうそう今日、やっと国語の新教科書を購入しに書店に行きました。ずいぶん高くなっているのに驚きました。これから、じっくり読みます。
≪07月05日 火曜日≫
午前中、支所に「国民保険料の追加分」を納めに出かけました。毎年毎年信じられないほど額が大きくなり、納得がいきませんが、仕方なく納めるのです。それで、支所は、多くの人でいっぱいでしたが、私が着いた途端、一人の年配の女性が「収入もないし、子どももみなけりゃならない、・・・・・、免除してくれ」と土下座して頼んでいるではありませんか。みんなし〜んとしていました。役人が、一応席に着かせて、話を聞く準備をしているようではありましたが、ぽつんと座った女性があわれに思えました。きっと役人の冷たい杓子定規な説明しかないでしょうね。改めて日本の政治、役人の冷酷さ・横暴さを痛感します。
松本復興相の態度をみれば、わかります。これ、「九州人のB型」だからだそうですが、こんな説明通るのですか。“九州の人”“B型の人”って、みんなこうなんですか。馬鹿げたことです。
≪07月04日 月曜日≫
文化センターの、次期カリキュラムを作らねばなりません。もうZ期,、3年目となるのですが、どんなテーマを掲げると魅力的になるのかなあと迷います。1年間で繰り返せばよいと軽く考えていたのですが、ずっと参加してくださる方もみえ、常に新しい試みを入れていかねば、申し訳ないですからね。
≪07月03日 日曜日≫
今日は、父親の50回忌をしました。東京から、兄も来てくれました。お寺の住職も代替わりしていて、父親が前住職と実懇であったことなど知る由もありません。それにしても、50年は長いですね。私が亡くなっても、子どもたちは50回忌はしてくれません。しようにも無理です。それほど長いですね。寺に行く前、手土産を買いに行った和菓子店のご主人は「この店を持ったばかりのことだったねえ」と思い出してくれました。お寺でお経を挙げてもらうだけの簡素なものでしたが、50回忌を終えて、ほっとしました。兄とも、昼食をしながら、いろいろ話せてよかったです。 ※父の亡くなったのは、昭和37年7月7日です。私は、高校2年生でした。
≪07月02日 土曜日≫
来ました、来ました。国民保険料の納入請求です。4月に昨年の実績?に基づいて、全額を納入しますが、これは「仮算定額」なのです。あとで「本算定額」が確定し、その差額の請求が来たのです。昨年は、13万ちょっとでしたが、今年も9万円を超えています。つまり、2年間で、20万円以上も跳ね上がったのです。我が家の総収入は年々減っているのに、国民保険料は異常な上がり方です。これは、名古屋市の市政が無駄遣いばかりしていて、自治体の負担額を増やさないために、我々の負担が増えてくるのです。なにしろ、昨年からメチャメチャな上がり方です。おかしいです。私のように、医者と無縁の人間にとっては、保険料=税金です。年金の2か月分超の保険料はどうみても高過ぎます。
≪07月01日 金曜日≫
もう7月です。昼頃から、雨が激しく降りました。夕立のように、雷も聞こえました。となると、「梅雨明け宣言」を出してもよさそうですが、気象台はまだ出しません。いずれにしても、昨今の天気は、温暖化のためでしょうか、尋常ではありません。「梅雨明け宣言」のタイミングを逸することも目立ちますよ。
ところで、自動車関連を中心に、企業の節電対策が始まった。平日休業である。様々な波紋が出ているが、政財界は、その波紋を誇大にして、原発推進の世論を盛り上げようと姑息な手を弄している。日本人のお目出度さは、ドイツのように『脱原発』法案の可決とはいかないでしょう。だって、放射能汚染が、未だ収束していないのに、放射能の怖さに目を閉じているのです。その典型は、国会議員です。どこまで鈍感なのか、あきれ果てます。ごちゃごちゃケチの付け合いをしている暇が合ったら、被災地・福島にボランティアに出なさい。汗を掻きなさい。
そして、マスコミは、ごたごたの報道はしなくてよい。議員としての仕事を果たしていないのだから、報道する必要はない。報道機関のできる「節電!」です。
いずれにしても、“日本人、皆、中産階級意識”なのです。「豊かさの基準は、金がすべて」なのです。
≪06月30日 木曜日≫
今日は、午前中は中日文化センターで「大人の算数ひろば」をやり、午後は大学生を相手に「算数科指導論」の講義でした。講義対象が大きく変わるということは、私には結構負担です。切替が、ぶきっちょだからです。ただ、皆さん、熱心なので助かります。
「大人の算数ひろば」Y期も半分すぎましたが、今ひとつ迫力に欠けた講座になっています。何かが足りないような感じで、悩みは尽きません。大学の講義も、早8年目の15回目の講義で、毎回工夫をしていますが、マンネリ化は否めません。ただ、講義を重ねてきたおかげで、『量の理論』の重要性、遠山啓の偉大さをますます感じるようになってきました。 気付くのが遅すぎましたね。もっと早く気付いていれば、もっと全面にしゃしゃり出て、活躍できたでしょうにね。 まあ、年寄りはできる範囲で、納得のゆくことだけを地道にやっていくことが、自分らしくて一番よいことでしょうね。そう言い聞かせて、2011年の後半を生きていこうと思います。
≪06月29日 水曜日≫
まだ6月というのに、もう35℃こえです。この先、思いやられますね。私も7月中の月・木曜の午後は、講義がありますからねえ。やはり猛暑では、効率が悪くなりますからね。
さて、今日は、予定がキャンセルになったので、午前中は、100キンのダイソーと日曜大工センターのロイヤルに買いだしに出かけました。午後は、この前からやりかけている切手の整理をしました。人物とか建物、花、動物、乗物・・・と項目に分けて整理を進めていますが、なかなか進みませんが、結構、興味をそそられながらやっています。夏休み中に終わるといいのですが。通常切手でも、500円・410円・400円・350円・310円・270円・260円・200円・190円・170円・120円・100円・・・・・と出てきました。こんなに多種類の切手を準備していては、財政も逼迫するでしょうね。今も、どの郵便局にも置いてあるのでしょうかね。(上記の切手は、すべて使用済みのものです)
≪06月28日 火曜日≫
もう真夏と一緒です。朝、散髪に行きました。散髪は、シルバー割引で1500円なので、平日に行くようにしています。平日なのに、待ち人が5人ほどいました。やはり安いので、多くの人が来るのでしょうね。混んでいたので、いつもより時間がかかりましたが、1時間もあれば、十分です。もっと煩瑣に出かけて、さっぱりさせるとよいのですが、あまり出かけません。だって、年になると、髪の毛もそれほど伸びなくなりますからね。本当に伸びなくなりました。淋しい限りです。
そうそう、東京減力や中部電力の株式総会があったそうです。株主から出された「脱原発」の提案は、すべて否決されたそうです。まあ、株主は、自分の所有する株価が安くならねばよいわけで、被災者が出ようがそんなことはお構いなしです。ただ、自治体が株を所有するする場合、採決では「保留にしてほしいね。S市のように 「反対票」を投じると宣言するなんて、ちょっとねえ。
≪06月27日 月曜日≫
ハッポースチロールを使って、「卵タングラム」を作ろうと考えました。電熱線をダイソーで100円で購入し、準備万端。ところが、ハッポースチロールの両面に紙が張ってあって、思うように切れません。とうとう電熱線も切れてしまいました。最後はカッターで切ったら、意外とうまくいくではありませんか。なんだ、それならば、最初からすれば・・・。それもあとのまつりですね。まあ、教具やパズルづくりも何度か取り組んでいるうちにうまくできるようになるものです。焦っちゃあダメです。技量は、積み重ねだと思っています。
さて、午後は、N大の講義。夜は、出版検討会でした。このところ、忙しくて、お疲れ気味です。明日のボランティアもお休みしたのは、まだまだ続くので、疲労回復を図っておかないと、体が持ちませんからね。、
≪06月26日 日曜日≫
土・日と『折り紙教育を考える会』の研究大会に参加するために、京都まで出かけました。元来、折り紙が苦手な私ですから、初参加です。案の定、レベルの高い人ばかりでしたが、うまくできないときは「すぐ聞く、教えてもらう」ことにしていました。丁度、隣に座った京都の先生を先生にして、1日目も2日目も取り組みました。まあ、遅れないように、必死でしたから疲れました。落ちこぼれる子の気持ちがよく分かりました。はすの葉やランドセル、独楽、ぞうなどいろいろ作りました。もう1〜2回作ると、自信もついてくると考えますが、さて、これからできるかな。いずれにしても、女の方が圧倒的に多く、男は6〜7人だけ(宿泊は、そのうち4人)。さらに、初心者は私だけですから、親切に扱ってくれました。顔見知りではあるけれど、あまり話をしたこともなかった人とも話すことができて収穫の多い参加となりました。ちと調子に乗りすぎて、半ば引き受けたような事柄もあり、またまた地区協の人から「でしゃばるな!」と嫌われることになるかな?
そうそう、運営はすべて女性でしたので、きめ細やかさが目立ちました。全国大会は規模が大きいので別にして、地方大会では、こうした親切な運営法を学ぶ必要があるように思いましたね。
≪06月24日 金曜日≫
昨晩は、とても寝苦しい夜で、扇風機だは耐えられず、とうとうエアコンをつけてしまいました。「扇風機で我慢します」と宣言したばかりなのにねえ。「舌の乾かぬうちにもう・・・・・」 情けないですね。
でももう熱帯夜だったのです。今日のボランティアでも、冷やしたお茶とポカリを持っていったのですが、2本で計1Lを飲んでしまいました。年寄りは水分補給を十分にしないといけませんが、まだ6月ですよ。ちょっと早い気がします。今年も7月・9月は猛暑、残暑が厳しいとの予報、耐えられますかね。
夜、水のシャワーを浴びたら、最高に気持ちよかったです。
≪06月23日 木曜日≫
昨晩は、9時過ぎまで、我が家の上空を飛行機が飛び交ってうるさかった。異常事態でも起きたのであろうかと思ったが 、今朝の新聞を見ても、報道されていない。なんであったのであろうか。また、今朝のとても寝苦しく、寝ていられなくて早く目が覚めた。いよいよ本格的に猛暑の夏がやってきたようなので、犬の周りに「すだれ」を垂らしてやりました。人間様は、もうしばらくエアコンはやめて、扇風機で我慢します。
午後の大学は、始めは快適でしたが、終わり頃は、なんだか蒸し暑くなってきた。午後5時でエアコンを切ったのだろうか。4年生対象の夜間の講義がまだあるのにね。
≪06月22日 水曜日≫
今日は夏至です。と言っても、現職の頃のように、子どもたちに解説をしたりするわけではありません。暑くなってきたから、本日から、犬の散歩に行く時間を、「水戸黄門」の再放送の後よりもさらに遅くします。犬も地面が熱くてはたいへんだものね。
そうそう急に思い立って(実は、ある方のブログを見て)、古い切手の整理をすることにしました。水に浸して、封筒からはがします。ここまでは、簡単でした。これを乾かそうと、水中から取り出すのがたいへんでした。もう10年以上 未整理の状態でしたから、何百枚とあり、広げる場所が足りません。予想以上の大作業になりました。でも、これでスキッとするかな?
≪06月21日 火曜日≫
岐阜の工業高校の生徒たちが、機械工場を見学した後、リトルにやってきました。女生徒は1人だけだそうで、男の生徒の服装もそれほど乱れた子はいなくて、話してみると、素直な子が多かったです。若い先生は、小柄で細いので、大丈夫かな?なんて気になって、「どうですか?」なんてお節介なことを聞いてしまいました。また、初め、男の子3人に「男が男として認められるためには、世界にはいろんな風習がある」「痛みに耐えられないような者は、男として認められないのだ」と、あるビデオを見せてやりました。ちょっと衝撃的であったのか。この3人は、先の若い先生ばかりでなく、何人もの友達に「ビデオを見て来い!」と勧めたらしく、あとからぞろぞろやって来ていました。彼らは、今高二です。もうすぐ社会に出る子も多い。社会の荒波を乗り切る精神力もつけていかないとねえ。
≪06月20日 月曜日≫
午前中、大学へ事務連絡に出かけました。昨年度の担当の方が退職されてしまって、今年度、なんとなくスムーズでないのです。まあ、昨年度の方に、私が甘えすぎて、ほとんでやってもらっていたので、今年、「もうできるでしょ!」と言われてもねえ。ちゃんと、自立しないといけませんね。
ところで、今日も頭のしんがすきっとしません。多分に、家の中にこもっている時間が長くなると、重くなるように感じていますが、別の原因かもしれません。うちの家系は、医者嫌いで、病院に余程でないと行きません。「健康診断」も退職してから、一度も受けていません。高い高い国民保険料を払っているのですから、受診しないと損ですが、やっぱり行きたくありません。だから、頭痛薬を飲んで、それでおしまい。
親戚に、名医が居るのにねえ。
≪06月19日 日曜日≫
昨日、植村さんから借りた「原発」関連の書籍を見ました。私の原発に関しての関心度は、特別低いものではなく、標準的なものであろうと思うのですが、資料を見ていて、あまりにも知らなさすぎたなあと悔いました。20〜30年前には、数教協の地区大会等でも、原発の話をよく聞きました。でも、それ以降、さっぱり私は進化していないのです。国民として、人間として、手抜かりでした。政府や電力会社、マスコミの「安全神話」に完全に毒されていました。
まだまだ日本人の多くは「原発容認」です。イタリアやドイツ、スイス、オーストリアのように「脱原発」の動きが活発にならないように、政府は必死です。財界の圧力から、「再稼動」に向けて、各自治体の説得に動き出しました。何を言い出すか分からぬ首相の首切りに必死です。必死なのは、福島の被災者のためではありません。日本の政財界は、金儲けのためには、人間の命なんて、屁とも思っていないのです。
次に首相になる人は、「原発容認」の人しかなれません。与野党こぞっての画策です。
≪06月18日 土曜日≫
午後からサークルでした。学生さんは教育実習、現職の方は「土曜参観日」とやら、しかも雨降りです。設定日としては最悪の状況。参加者はゼロに近いなあと予想していました。 でも、植村さんが、原発関連の資料を持って、早々と来てくれました。その後も、パラパラとベテラン教師が駆けつけてくれました。特筆すべきは、子安先生が、サークルの様子を見に来てくれたことでしょう。参加者は6人になりましたが、残念ながら、肝心の若い教師の参加が初めてゼロとなりました。悩み事相談もありません。折角、子安先生に参加いただいたのに、申し訳ないなあと思っても仕方ありません。まあ、こういうこともあるさと割り切るようにできないと、サークルも続かないと思い直しました。 今日は、3時間ほどで終わりました。この2年間のうちでは、最短記録です。
≪06月17日 金曜日≫
今日の団体来館者は「JA の年金の会」と「専門学校生」の2つでした。私も年金生活者です。年金の受け取り先によって、随分 サービスが違うことを知りました。私は“這ってでも行ける近くの金融機関がいいよ”とのアドバイスで受け取り先を決めましたが、まだまだ元気だとJAのサービスのよさに驚きました。国の年金(他人の懐ねらい)施策との違いをまざまざと見せ付けられた感じです。 また、「専門学校生」とは、かなり親しく話しました。
年寄りを労わって、話に乗ってくれたのかもしれませんが、楽しかったです。近頃は、小学生よりも、二十歳前後の若者の方が話しかけ易くなってきました。どうしてかな??
≪06月16日 木曜日≫
案の定、6月4日に指摘したことが、今朝の中日新聞に載っています。つまり、5月31日に「地下式 原発推進議員連盟が超党派で作られていた」との記事です。参加議員の多くは、倒閣に異常に燃えていた人たちです。これこそが、福島原発事故の収束を遅らせ、大震災の復興を陰で邪魔立てしている元凶です。現在40数人が参加しているそうです。マスコミは、原発推進の立場から、本来あるべき中立の立場に立ち戻り、報道機関の使命を貫いてほしいものです。国民を欺き続けるのはもう止めにしてほしいものです。
そうそう、今日ポストに13年前に亡くなった母に、督促状が来ていました。私は、親書の守秘義務を守り、開封しないことにしました。お役所は、どこまでおかしいのですかね。私は、お役所の詐欺行為に加担するようなことが絶対にしません。
≪06月15日 水曜日≫
今日も朝から、電動ノコと格闘していました。1mmずれても、使いものにならなくなってしまいます。でもなんとかかんとか角材を切断する作業は終わりました。あとは、パーツの組み立てです。これは、テレビを見ながらでもできるかな? なんとか見通しがたってきました。 やはり、立体の物を考えると、手間がかかります。でも、立体のものの方が、見栄えもよいですからね。いずれにしても、腱鞘炎寸前です。
≪06月14日 火曜日≫
イタリアの“脱原発”の国民投票は、90%以上の支持によって、ヨーロッパ大陸を分断するラインが出来上がった。福島の事故を、未曾有の大災害と見ているのだ。今、30km圏の避難勧告だが、50km圏に拡大する危険性は十分にあるのだ。もし、50km圏となったら、福島市や郡山市など、福島県の中核都市はすべて圏内になってしまう。でも、日本では、国や県や御用学者から、「安全神話」や「大丈夫論」が流され、“脱原発”のうねりは封じ込められている。自民党の幹事長は「イタリアの国民投票を、集団ヒステリックだ」と評したそうな。まあ、国会議員の認識なんてそんなもんでしょう。 利権が絡んでいますからね。
それと、“脱原発”というと明日にでも即刻廃止されるかのように、報道されていますが、諸国は20〜30年の先を見据えた決定をしているのです。日本のように、毎年のごとく首相が変わる国では、ダメですね。目先のことだけで精一杯ですからね。 民主党も“原発容認派”の力が強くて統一性がなくてダメ。自民党も 今回の対応の遅れの責任は、自民党にこそあるのに責任をとろうとしていないから、ダメ。民主党は尻拭いをしているだけ。公明党も尻振りに徹しているからダメ。その他の野党も、奥歯に物が挟まって、もぞもぞ言っているだけで、歯切れが悪い。つまり、一緒のムジナということです。じゃあ、維新の会とか減税日本とかも、無茶苦茶で、混乱させるだけ。 本当に、困りましたね。どうしますか。
≪06月13日 月曜日≫
今日は、大学の講義が休講となっているので、朝から「立体パズル」の部品を作ろうと、電動のこぎりを持ち出して、棒の切断をしていますが、計算ミスで、材料の棒が足りず、買いに走りました。ところが、まだまだ足りず、ガックリ。振動で手は可笑しくなるし、結局は、中断となりました。
その間、考え事をしました。「なぜ、世界では、次々と“脱原発”の動きが加速しているのに、核被爆国であるにもかかわらず、日本はなんと鈍いことか。」 村上春樹が「被爆国から、加害国になってしまった」とか述べたら、賛否ゴウゴウとか。 要するに、日本は、経済最優先の成りあがり国から抜け出ることができないのです。原水爆運動でも、核兵器のみを問題にするだけで、原発問題は範疇に入れない。国会議員も原発推進の経済界の代弁者ばかりだから、以前指摘したように、東北大震災という国難に対峙するのではなく、“脱原発”を言い出しかねない首相の首のすげ替え工作ばかり。国を愛する気持ちなんて、これっぽっちもないのです。新聞の発言欄にも、やっとこうした国会議員の姿勢を批判したものが出るようになりましたが、私は、今の国会議員の全員を辞職させ、二度と立候補できないようにした方がよいと思いますね。まあ、3ヶ月程度、避難所でボランティア活動をしたなら、立候補ぐらいさせてもいいかな?
≪06月12日 日曜日≫
昨日の午後、久しぶりに東海地区協研究大会に“記念講演”だけ聞きに出かけました。1年前に地区協役員をきれいさっぱり下りましたので、とやかく言う立場にはありませんが、でも、ちょっとね。本来は、地区協の掲示板に投稿すればよいのですが、批判的な投稿をすると、削除を要求されますのでね。
まあ、地区協が年に開く2つの集会である「地区協研究大会」と「地区協研究会議」は、集会を開くねらいが異なると、私は思っていますが、運営の仕方というか、持ちかたが、すっかり似通ってきました。2つの集会には“広める”と“深める”との大きな違いがあると考えているので、違和感がありました。愚痴っても、運動論の違いですから、それ以上は述べません。
さて、そんな中でも“記念講演”に押しかけていったのは、演題が『若い教師へのメッセージ』だったからです。
来年3月の出版に向けて書いている原稿が、『若い教師へのメッセージ』(仮題)だからです。数教協の重鎮の方々はどう考えて居られるのか、ヒントを得たかったからです。授業の大切さを訴える点では納得できますが、小学校と中高の教師では、訴える基盤が違うなあと感じました。確かに中高の教師は専科制ですから、数学という学問が基盤になると思いますが、全教科担任制の義務制の小学校では教科が基盤になるのではなく、教育学を基盤に授業づくりを考えるべきだと思うのです。教科を通して、人間教育を目指すものだと思うのです。そうしたことは、数教協の大会スローガンを振り返ってみたって明らかです。
でもね、そう考えるのは、少数派のようですね。 若い教師が悩みから脱却し、生きがい・働きがいを早く見い出せるように、どんな支援をしたらよいのかを、年寄りは考えなくちゃあいけないと思いますよ。「年金泥棒」と言われないためにも、若者への支援、ボランティア活動を精力的に行うべきだと思いますよ。
≪06月11日 土曜日≫
午前中、我が家から上飯田まで車を走らせました。本当に久しぶりです。名鉄線と地下鉄がつながってから、地上を通ることはめっきり減ってしまっていたのです。だから、上飯田の商店街はすっかりさびれてしまいました。あの愛知万博の年から、中止になった『矢田川大花火大会』も追い討ちをかけたように思います。さらに、三階橋の付け替え工事も周りの様子を大きく変えています。そして、今日 気付いたのは、60年近く前、私が徳風幼児園に通っていた頃の家々がほとんど取り壊されていたことです。幼児園の同窓生の家々です。時代の流れでしょうが、やはりさみしいですね。みんなどうしているのでしょうかね。
≪06月10日 金曜日≫
今日のボランティアは、苦手な「機械館」の担当でした。でも、今日はとても有意義な日になりました。午後2時過ぎに、一人の年配の女性の「この紡績機にはとても思い入れがあるんです」という会話から話は始まりました。
この方は、若い頃、江南で機業を経営してみえる家にお嫁にいかれました。時は、徐々に機業も衰退していく時期です。雇っている人も1人去り、2人去り・・・、ご主人も他に職を求めて機業から手を引き、姑さんと2人になっていく。また、この姑さんが厳しい方で、現代版『女工哀史』ではないかと思えるようなつらい生活であったことを具体的に話してくださいました。細い糸は工賃が安いので、やりにくい太い糸を紡ぐのだそうです。すると、よく切れる。パチンパチンと糸の切れる音は今でも耳の奥に残っているそうです。働く側の人から、初めて話を直接聞きました。ボランティアガイドで、富岡製糸所のブリューナーエンジンのことは面白可笑しく話していますが、働く人の話は抜け落ちていました。正直、ドキッときました。40分ほど、話すことができました。
「厚生年金」の話も出ました。血の滲むような生活から得られた「厚生年金」。国会議員さんたち、年金生活者ばかり、狙い撃ちのするのではなく、自分たちの給与に先ず手をつけて、範を示すべきではないでしょうか。
≪06月09日 木曜日≫
今月の後半は、予定がぎっしりと詰ってきたので、学生さんが実習に出ていて休講になっているちょっとした間隙に、早目に準備できることはやっておこうといろいろ手をつけたのはいいけれど、頭の中が、ごちゃごちゃ、大混乱、思考停止です。仕方ないから、カッターで黙々とゲームづくりをしました。単純作業です。
こうした作業は、テレビで野球をぼ〜っと見ているときにするようにしているのですが、昨日のようにダルビッシュが短時間でドラを押さえ込んでしまうと、ちっともはかどりません。まあ、ぼちぼちやれば いいのですけどね。
≪06月08日 水曜日≫
払うものはいつかは払わなくちゃあいけないので、「市民税・県民税」を納めに行ってきました。
この「市民税・県民税」は市長・知事とも、減税を公約に掲げて当選していますから、期待していました。最初「、納税書」を見て、「よよ〜、去年より安くなっているわい」とほくそ笑みました。後から来た妻の方が高いではありませんか。おかしなことがあるもんだ。妻の年金が満額になったからと言っても不思議です。比較してみました。そしたら、私のは「公的年金からの特別徴収金」を差し引いた額だったのです。結局は≪2万円の増税≫でした。
昨年度からも収入なんて増えているわけありません。年金生活者をねらいうちにしているのは明らかです。そうした馬鹿げた政治しかできない政治屋どもに愛想が尽きます。聞けば、近頃政界でのさばっているのは“松下政経塾”の出身者ばかりなそうな。“松下政経塾”って、庶民から金を搾り取ることを信条としているのですかね。それが、松下幸之助の教えなの??? 幸之助の「心が素直ならば、逆境さえ順境に変えてしまう」というのは、どういうこと?
≪06月07日 火曜日≫
近頃、中学生がリトルや明治村に来ることはめっきり減りましたが、今日は2校来ていました。そのうちの1校は「総合学習」として来ていました。まだ、中1なので、素直です。真面目です。でも、出発前の指導は、リトルのスタッフも呆れるほど長かった。延々と注意事項を並べ立てても、どれだけの子が聞いているのでしょうか。教師の悪い習慣です。長くやれば、効果があると思っているようでは、教師修行が足りませんね。
課題もいろいろ出されていたようですが、どんどん話しかけてみました。「僕たちは、食べ物と民族衣装に興味を持っています」とかいう子が多かったですが、見学する意義を話し、何を掴んでいったらよいかを話してやりました。「石垣島の庭には何が敷かれていますか。1.砂、2.砂利、3.サンゴ」で止まっていては、博物館見学としては、どうなのでしょうか。やはり物足りません。ましてや中学生ですからね。「比較社会学」とは言いませんが、
各国の家・自分の家と比べて、何処が違うかを見つけ出し、どうしてだろうかと考えてほしいです。そうした視点を若いうちから鍛えていかないと、今の国会議員のように、口先だけで、復興にはなんの役にも立たない人間が育っていくように思います。
≪06月06日 月曜日≫
私は、幸せなことに現職時代、真に「ちっともわかってくれない」とか「ちっとも聞いてくれない」とかで悩んだことはありません。世間で“学級崩壊”が騒がれていても、別世界のこと。教師の指導力の問題だと、口には出しませんが、心の中ではそう思っていました。退職後、大学生に講義していても、何の違和感もなく、過ごしてきました。 でも、今年度は違います。過去7年間やってきた方法では通用しません。もう10回の講義を終えてしまったのに、まだ明かりが見えてきません。非常勤控え室でも「よいこらしょ、頑張ってやってきますか」と掛け声を掛け合いながら、立ち上がり講義に出かける有様です。もっと、気合いを入れ直さないといけませんね。
ところが、講義を終えて教室を出ると、「大学訪問」を終えた高校生がいっぱいいました。 そしたら、学生さんが「やつら、最低の○○校だぞ。バカばっかりだ」と言うのです。へえ、そこまで、高校生の心を蝕んでいるのかと驚きました。大学区制・複合選抜制は、徹底的に心をズタズタにしてしまいました。一刻も早く、日本人の心を素直で大らかなものにしていかなくてはなりません。 国会議員の悪い見本ばかりでは救われません。
≪06月05日 日曜日≫
我が家の飼犬は、妻が退職したときに貰い受けたので、早7才、8年目になります。シニアです。
まあ、生まれて、2ヶ月くらいから共に生活していますから、動物嫌いの私も、目の表情や動作に愛くるしさを感じるようになってしまいました。犬なんかとバカにしていましたが、犬は、人間様を本当によく観察し、見透かしています。多分、人間より鋭いと思います。人間なんて、いくつになっても、相手の心を読めない、読もうとしない利己的な動物です。私にしても、そう気付いたのは やっと還暦を過ぎ、生まれ変わってからです。それまでは【性善説】の立場で過ごしていましたが、ここ数年の種々の出来事は それでは信念を貫くことができないことを教えてくれたように思います。 今、幸いにも幾人もの人が我が家を訪れてくれます。私に元気を与えてくれます。幸せな老後だと思わなくては罰が当たります。感謝の気持ちを忘れずに、これからも地道な活動をしていこうと思います。
≪06月04日 土曜日≫
昨夜寝ながら考えていて、「国会で、なりふり構わず、菅いじめが徹底的に行われるのか」が、やっとみえてきました。簡単なことです。“原発推進派”の猛反撃なのです。だから、決して“脱原発派”ではないけれど、「浜岡原発を停止」させた菅直人を一刻も早く止めさせねばならないのです。“原発推進派”にとって、ぐずぐずして強制退去等の強権を発動しない政府では困るのです。ただただ今後“原発推進”をしていくための障害を取り除くための“いじめ”であって、震災被災者のことはどうでもよいのです。だから、国民がいかに冷ややかに見ていると感じていても、平然としていられるのです。
※2日に舞い戻ってのことをひとつ・・・退陣時期について、異常な状況が続いているが、確か「目処」の解釈で揺れている。私などは「6月中だ」「ペテン師だ」という鳩山がわからない。首相当時、あれだけウソを付き捲っておきながら、「ウソはいけません」なんて言うのだから、あきれてしまうのだが、本当に「6月中」に目処がつけばこんなうれしいことはないね。 また、石原は「目処」のことを「もくと」と代表質問の時、言ったが、「もくと=目途」ですから、目処が読めなかったのか、めどを目途と書いていたのか、いずれにしても、麻生の再来かと思いましたね。でも、マスコミが取り上げないのは、お父様が怖いからかな???
≪06月03日 金曜日≫
これで、復興支援に本腰を入れて、国は動くかなと思っていたら、なんという体たらく。国会議員には、全く復興支援なんて頭の中にないことがはっきりしました。彼らは、権力と金のことしか眼中にないのです。あれだけ、被災地の人たちが困惑しているのに、全然です。ひどすぎます。議員として失格です。全国民は、バカな国会議員が猛省するように、各選挙区から声をあげねばだめでしょうね。絶対投票しない意思表示を突きつけるのです。各後援会が立ち上がるべきです。そんな議員に投票した奴の顔がみたいです。マスコミは、やつらの選出選挙区の一覧表を示せ! 国民が立ち上がらねば、国会議員の体質は変わらない。日本の最大不幸だ。
こうなると、「選挙なんかしているときではない」ではなく、選挙をした方が、かえって復興支援は早くなるのではないかとさえ思う。 Hとかいう元総務大臣も、昨日・今日のテレビの発言から、筋金入りの悪玉であることは、わかった。
≪06月02日 木曜日≫
国民の声を全く理解していないことを露呈した国会議員たち。世界からも総すかんを食らっている日本の政治。マスコミの解説者たちも驚くほど強い口調で国会を非難していた。 そうした声が、ちょっぴり届いたのかな。小沢派が総崩れとなり、首相不信任案は否決された。 だが、不信任案提出の主旨説明演説やその賛成演説(自民、公明の幹事長)を聞く限り、与野党が一致団結して復興支援をすることにはならないだろうと感じた。あれだけこけ下ろすごたくを並べた内容では、言われた方は否決されたと言っても、さらりと受け流すことはできないでしょう。人間社会の信頼関係・絆を、修復不可能な状況に追い込むような話し方、たとえ演説であってもすべきでないのです。 だって、民主党の代議士会で、賛成にまわると思われていた連中が総崩れになったという情報を、自公の側はすでに知っていて、投票すれば、否決されることはわかっていたのですからね。そういうときにこそお得意の根回しをうまくすればいいのにね。 つまり、自公は、国民の声を聞く能力に欠けるという事です。惨め!
実は、白状しますが、私は、教員になって、1年目に、こうした禁句を犯してしまったのです。あまりに腹が立ったものですから、机の上の本をたたきつけて、先輩教師に「おまえ、何年教員をやってるんじゃ!」とね。 これ以降、修復はできませんでした。今は、悔やんでいますけどね。
≪06月01日 水曜日≫
もう6月になりました。「衣替え」ということですが、今日は結構小寒い感じです。“超クールビズ”なんてことを役人たちはやっているのでしょうか。何事も自分の意志で決めるのではなく、“右へならへ”の世界ですから、案外やっているかもね。 そうそう“自己決断力”のない典型例は国会議員でしょうか。権力争うばかりしていて、国民があきれ返っていることを何も感じていない。もう恥ずかしくて、街の中を歩くこともできないでしょう。もし私が国会議員に出会ったら「お馬鹿さんねえ」と野次ってやろうかな? それとも「馬鹿もの!」と怒鳴ってやろうかな?
いずれにしても、黙って見過ごすことはできないね。
ところで、鳩山という人物って、おかしくないですか。あれだけ「沖縄問題」で日本を混乱させておいて、再び日本を混乱させようとしている。どうして、そんな人物に日本の政界はイニシャティブをとられるのですか。日本国民は、原発事故の一刻も早い収束を願っているだけなのです。 揉め事の好きな自民・公明・小沢派等々の連中は、国会を出て、どこかの離島へ行って、好きなだけ騒いで来い。テレビを見るのもイヤになる。これ、節電ねらいかな????・・・
午後3時からの「党首討論」を久しぶりに聞きました。これが論戦と言えるでしょうか。意地の張り合い、先は何も見えてきません。大人としてみっともないと思いました。哀れにさえ思いました。 これでは、国民は救われません。 まあ、こういう時、野党は気楽なものですね。言葉に、何の責任もないのですからね。野党の党首のねらいは、怒らせることですが、短気な私が、もし首相なら、「おまえ、やれるんなら、やってみろ!」と怒鳴りつけるでしょうね。
≪05月31日 火曜日≫
今日も1000人以上の小・中・高生が来館しました。近頃は、調査する課題を与える学校が増えてきました。子どもたちは必死に歩き回って質問に答えようとします。つまり、グループ行動で自由に見学するわけですが、課題を与えることによって、自由な中にも制約を作り、管理するわけです。教師の常套手段です。
ただ、思うのですが、様々な質問事項に答えさせた後、何を引き出そうとしているのか。そこがポイントです。
中学生ならば、それくらいの思考力を働かせてほしいね。ただ調べるだけなら、メモに夢中になっていないで、しっかり比較しながら目に焼き付けてほしいものだ。
≪05月30日 月曜日≫
一度はお断りしたのですが、再依頼でしぶしぶ受けた「民研実践部会」の報告の内容を知らせてほしいとのメールが入りました。まだ1ヶ月ほど先なので、具体的には考えてなかったのですが、以下のように返答しました。
内容のほうですが、最初の依頼「教科書がこう変わった。現場の実態」ではちょっと難しいので、 『こんな教科書だったら、いいね』というテーマで、算数の押さえどころを、3つほど提起し、実践例を紹介する“大人のための算数教室”としたいと思います。 3つとは、今のところ「たし算の成り立つとき」「九九の学び方・覚え方」「かけわり図(量の三用法)活用法」を考えています。3つに共通するところは“応用問題に強くなるコツの伝授”です。
まあ、楽しくやりたいと思っています。
でも、その前に、今週木曜の文化センターでの“大人のための算数ひろば”の構想が今ひとつ練れていません。
明日、リトルでのボランティアの時、じっくり練るか。いやいや そんな態度じゃあ リトルの人の怒られちゃうね。
≪05月29日 日曜日≫
今夏は「節電」がテーマのようです。各家庭では、エアコンの使用を控え、扇風機の活用が呼びかけられています。確かに我が家は2人しか居ないのにエアコンが7台も取り付けてあり、夏場の使用料金は跳ね上がります。しかも、昨年古くなった扇風機を4台処分しました。古い扇風機の火災事故が続きましたからね。でも、こんなことなら、1〜2台残して置けばよかったなんて思っていますが、「いやいやそうするから火災事故が起きるのだぞ」と、天国の父親が警告しているような気もします(父親は消防署勤務でしたから)。 先ず、1台扇風機を購入しました。あとは、長年やっていないエアコンの掃除を頑張ってして効率化を図ろうかなと考えています。さらに、夏には、3年ぶりに海外へ避暑に出かけることにします。まあ、こんな程度しかできませんね。
本音は、家庭に節電を呼びかけるだけの国策じゃあねえ。石原慎太郎の言うように、コンビニや自販機の夜間営業を自粛させたり、深夜番組をNHKが率先して止めたりして、夜は静かに眠るような生活リズムをとり戻せばよいのです。“早寝早起き三文の得”なのです。 そうしたところに昔の人々の知恵が残っているのです。愛国心が培われるのは、そうしたところからです。決して、強制的に挙げさせたり歌わせても、愛国心は培われません。憎しみだけが残るだけです。ですから、大阪府知事というのは、聞きしに勝る愚か者ということです。歴史が断罪してくれることを期待しています。
≪05月28日 土曜日≫
今日は土曜日ですが、大学の講義がありました。もう講義も半ばですから、ぶつぶつ言っているばかりではなく、学生さんの気合いを入れ直してやらなくては・・・と心に秘めて出かけました。ただ、一方では、土曜日だし、雨も降っているから、学生さんもわざわざ来たくないだろうから、つまらぬことでプッチンしないように心を戒めて出かけたのです。 結果は、学生さんの数はいつもの半数という状況でしたが、今までで一番やり易かったです。いつも寝ている子達も、「えっ、この子達 こんなにやる気があるの?」とビックリしてしまいました。「先生、もう一度、そこの所を説明してくれない」と、要求してくるではありませんか。メモもしっかりとっているのです。改めて見直しました。だったら、私の講義ペースも上げなくちゃあと思いました。
≪05月27日 金曜日≫
政治家さんのいうことは信用できなくなりました。これが“民主主義”なのでしょうか。例えば、中東の問題にしても、欧米諸国は「民主化のため」という大義名分をかざします。そして、武力で押さえつけ、傀儡政権を作っているだけではありませんか。これを「民主化」というには無理がありはしないかと考えるのです。帝国主義に他なりません。これからは、軽々しく“民主主義”という言葉を使わないほうがよいでしょう。名古屋を“民主主義の発祥の地に”なんて叫んでいる方がみえますが、眉唾物のような気がします。
≪05月26日 木曜日≫
最近の政治状況を見ていて、「もう日本なんて、どうでもよい」「知ったことじゃない」と思いつつも、なんで日本は了見が狭いんだろうかと思うことが次々起きる。
前にも触れたが、国旗・国家法成立の時、憲法で保障された思想信条の自由は守り、強制的な形はとらないとされたはずであるのに、大阪府知事は平然と破る。弁護士がですよ。「真にルールを守らない、守れない奴は誰だ!」と言いたいね。
愛知でも、中京圏構想を叫ぶかと思えば、名古屋にある県庁機能を分離し、三河に重点を持っていきたいらしい。これが地方分権ということですかね。
そして、ドイツやスイスでは、反原発を国策として出しているのに、日本では、反原発を叫ぶ俳優・山本太郎さんが番組から降板させられ、干されている。確か、原子力保安院の記者会見からも、消された人がいますよね。 政治的発言をすると、以前から日本ではすぐ降板させる。だから、マスコミもタレントも当たらず触らずのノンポリか、保守的な者ばかりになる。本音で物事をしゃべることができない構造になってしまうのだ。 一連の原発事故の対応のまずさの根因は、こうした構造にあると思いませんか。
※山本さんの記事は、パソコン上に載ったものであるが、私が見た数時間後には抹消されていた。恐ろしいこと です。
≪05月25日 水曜日≫
今年度から、水曜日が空きの日になっています。退職後の水曜日を振り返ってみると、3年程は「東山学区でナベちゃんの算数ひろば」をやり、その後、この3月までは「中日文化センターでの大人のための算数ひろば」をしてきました。この文化センターの日程が木曜日に変更になったために、ちょっと生活リズムが変わったのです。月・木が講師活動、火・金がボランティア活動とすっきりしました。それに、1週間の中日が空きになったのは、よいことのように思います。 まあ、年ですから、無理せずにほどほどが一番でしょう。 あまり張り切りすぎると、またまた摩擦が起き、嫌な思いをしなくてはならなくなります。数教協活動・民研活動・民教連活動・教科書運動・
サークル活動・・・・、いろいろ思うことがありますが、しばらくは静かにしていようと思います。「人生5年節目説」を遂行していくには、余分な波紋は起こさない方がベターですからね。
≪05月24日 火曜日≫
私が、この「日記」を書くのは、原則として午後の犬の散歩が終わり、夕食までの間です(木曜は、講義の終了時刻が遅いので例外ですが)。一日を振り返り、同じようなことを代わり映えもなく書き綴っているわけですが、近頃思うのです。犬の散歩中の妻の一言が刺激になっているなあと感じます。実は、歯に衣を着せぬ指摘が多いのです。集会で自信満々に語っている人の「職場での評判は??」「勤務態度は??」等々・・・。情報網が広いです。私に対しても「あなたは外ではいかにも民主的な素振りをしているようだが、家庭ではしょうもなく傲慢だ」と。 私は「家事の手伝いはほとんどしないけど、それほどでもないと思うけどなあ」とぼやいていますが、まあ、厳しい指摘は納得できるものです。 要は、プライドが高すぎたり、自信過剰は品格を失うので、自己を謙虚に見直す人間らしさをもち続けていくべきだということです。 「である調」の断定的文章を好むようになってはねえ。あなたは、そんなにもすばらしい教師でしたか? 周りの人は、本当にそう思っていたでしょうか? うぬぼれていませんか? 周りのことが、全然見えていないのではないですか?
≪05月23日 月曜日≫
月1回の「若い教師へのメッセージ」出版の検討会がありました。もう5回になりますが、いよいよ第1次原稿の検討に入りました。私も提出しましたが、とてもとても納得いくものではなく、原稿用紙50枚分を埋めただけのものです。まあ、他の方の展開の仕方を見て、主要部分は書き直そうと思っています。それぞれの所属サークルによって、書くスタイルというものがあって、それに慣らされているわけですから、自分にあった展開で構わないと思います。もちろん、波長を統一する必要もないわけですが、1冊の本にするわけですから、互いに妥協しあうことも大切です。一人だけが、息巻いてもプラスにはなりません。 さてさて、どうなりますかね。
≪05月22日 日曜日≫
「あいち県民教育研究所設立20周年」記念企画の『シンポジウムと記念パーティー』に参加しました。20年前、設立準備に加わっていた者として、少し大きな顔をして参加していますが、実際は、場違いな雰囲気でした。私などは、居てはいけない会かなと感じました。はっきり申して、10周年パーティーの時よりも、裾野はせまくなっているなあという印象を受けました。“開かれた研究所であるべき”という声はあちこちから聞かれましたが、現況はねえ。 「何故、そのように感じるのか」「何故、そうなってしまっているのか」を分析すべきでしょう。ここでは、書くことができませんが、実はとっても簡単なことなのです。パーティーの中でもヒントになるような発言が2つありましたが、気付かれた人は居ないんじゃないかな。 まあ、私と所員の方たちとの認識はそれほど違うということなのでしょうかね。 淋しい限りですが、私は私で、信じる道を地道に命の続く限り進んでいくことにしましょうかね。「あいち」のために!
≪05月21日 土曜日≫
今日のサークルは、若い人たちから「参加できない」との連絡が多く、はて、どうなることかな?と心配でした。きっと家庭訪問や運動会の練習で、「少し休みたい!」との気持ちも大きかったと思います。「まあ、そんなこともあるさ」と構えることにしましたが、内心は不安です。でも徐々に集まってくれて、9人までになりました。初参加の方も見え、よかったですが、遂にベテランの数の方が多くなってしまったのは、・・・・・。いやいや、有難く感謝しなくてはいけません。サークル時間のうちの一部は、ベテランと若者の個別の語り合いの場にしようと目論んでいましたが、できませんでした。これからは、ベテランと若者が、個別に交流しあう形ができると、きっと新しい息吹が感じられるようになると思います。
「数楽のひろば」の取り組みを、地区協大会では止めてしまいましたが、大垣の方の「数楽のひろば」は、昨年に引き続いて行うことになりました。また、夢道場での「数楽のひろば」もやることが決まっています。地区会員みんなで取り組む「数楽のひろば」は途絶えてしまうようですが、私としては、どう考えますかね。微妙です。
≪05月20日 金曜日≫
今日の明治村には、2つのテレビカメラが入っていました。私の担当のC2では、CM撮りだそうです。どこの会社かは企業秘密でわかりませんでしたが、東京からスタッフが20〜30人来て昼休みもなくぶっ続けで2時くらいまでやっていました。タレントやエキストラの人もたいへんですが、プロデューサー、さらにカメラや証明や道具係りの裏方さんもしんどいだろうなと見ていました。CMですからわずか1分程度だろうと思うのですが、5時間くらいかかっていました。このあと、人気タレントが東京のスタジオで撮り、合成して出来上がりだそうです。1〜2ヵ月後には放映されるだろうとの話です。お楽しみに! NHKの方の撮影現場も見ようと出かけましたが、すでに終えていて、実際には見ることができませんでした。
本題のガイドの方も間隙をぬってやりましたよ。N中3年の子たちとは「○○先生、知っている?」なんて話までしましたし、T高校は、先生とも親しく話すことができました。もちろん、高校生ともね。だから、のんびりとぼ〜っとしている時間はありませんでした。
≪05月19日 木曜日≫
今日もちょっと憂鬱な話。今度、国家公務員の給与を10%削減するという。閣僚も裁判官も検察官も自衛隊員もその対象であるという。当然、地方公務員にも関係してくる。まあ、公務員の給料は高い!高い!と存分に煽ってきたから、国民の支持は得られるでしょう。また、夕刊に、相続税の控除を下げ、対象者を大幅に増やし増税を図る魂胆のようです。団塊世代の国民から搾り取ろうという策です。本当に悪知恵が働きますね。
そこで、何度も指摘しますが、特別公務員である国会議員の給与は、全く手をつけません。閣僚手当の削減だけですり抜けようというのですから、呆れます。他人様の財布には平気で手をつけるのですから、泥棒と変わりませんね。他国には思いやり予算とか大盤振る舞いをしていますが、政府は、先ず自国の国民を守るべきです。
そうそう政党助成金だって、共産党が受け取りを拒否しているのですが、拒否した分のお金は国庫に返納されていると思っていたら、他の党が山分けしているんですよね。やっぱり どう考えても可笑しいです。おふざけもいい加減にしてほしいです。
≪05月18日 水曜日≫
今日3時から、やっと愛犬を動物病院に連れて行きました。怪我や病気ではありません。まだ、狂犬病の予防注射がうってないからです。時期的には少し遅いですが、この機会にフェラリアの注射、蚤除けの注射もうち、さらに耳掃除もしてもらうのです。そして、フェラリアの薬を7か月分もらってきますから、締めて25000円です。ずいぶん高いですが、私のうちが行く動物病院は安いとの評判で、すごく流行っています。結局2時間かかりました。
それにしても、平日の午後ですが、年配でない男の人も多く見かけます。私のような年配者がついて来ているのは理解できますが、お若い方は何をして働いていらっしゃるのでしょうかね。皆さん、高そうな犬ばかりです。日本社会の構造は不思議ですね。 “早寝早起き三文の徳”で、深夜営業、深夜放送を自粛すれば、ずいぶんと節電になると思いますけどね。これだけいろいろ言われているのですから、例えば、NHKが率先して深夜放映を止めるべきではないでしょうか。何か、できない裏事情があるのでしょうか。
私は、6時おきを5時起きにしようとしたら、途端に体調が可笑しくなりましたが、徐々にしていきます。
≪05月17日 火曜日≫
大阪の橋下知事が「君が代で、不起立の教員を免職にする」と発言している。戦後、歴史に中で、このような姿勢を示した奴はいない。超右翼であることを露呈しましたね。確か 彼は、法律家でしたよね。法律で一番尊重されるべき「基本的人権」意識が、欠落しているようです。それで、行政の長として「府民のために」何をしようとしているのでしょうかね。すべてを、自分の下僕として従わせる、まさにヒットラーですね。恐れ入りました。
まさに、今の日本が立ち行かなくなっている時、人々は、強者の出現を待ち望みます。弱者を打ちのめし、快感を味わわせて、人気取りを図る。権力者の常套手段です。国内の弱者を打ちのめせば、次は、国外です。つまり戦争の道しかありません。再び、日本を人殺し国家にしてならないと思います。恐ろしい人物ですね。
また、福島原発もなんですか。「メルトダウン」を3月の時点で認識していたならば、(それを発表するかどうかではなく)「メルトダウン」を踏まえて、安全策を講じるべきではないですかね。目先の状態にばかり右往左往しているのではなく、長期的な対応をするのが専門家のすべきことでしょうに。 「メルトダウン」と言ってないのは、日本だけ。諸外国は、震災直後から「メルトダウン」と報じているのですからね。「メルトダウン」と言わないと、事故は収束するとでも思っていたのでしょうか。そのために、被害はどんどん拡大しているのです。残念ながら、まだまだ被害は拡大していくと思いますよ。呆れてしまいます。やっぱり、日本人の学力はひどく低下していることが証明されましたね。
≪05月16日 月曜日≫
月曜日は、いつも苦戦している話ばかりになりますね。まあ、腕の見せどころなのですが、正直なところ、私は、ずっと恵まれていたのでしょうか、子どもたちは熱心に学んでくれていたので、「苦戦」なんて思ったことはないのです。だから、どう対応したらよいものかと戸惑ってしまいます。大学の講義も難しい世の中になってきました。
いっそう体調を整えて、精一杯頑張らないかなくなりました。 また1週間、構想を練ります、練り直さないといけません。
≪05月15日 日曜日≫
いわゆる『教科書学習会』なるものに久しぶりに参加した。それは、私の教師生活の原点は「教科書」にあることを、『若い教師へのメッセージ』(来年3月出版予定)を書いていて、改めて思い起こしたからだ。
それも、退職とともに「子どもと教科書全国ネット21」などからも退会していたので、教科書関連の最新情報をなかなかつかみにくくなっていたので、なまの声なんかも聞きたく思って参加したのです。
内容や批判の仕方は、従来と全く変わっていませんでした。もう少し、批判のしかたについても、組合や教員仲間だけの内輪の会ならば構わないかもしれないけれど、市民層に広げたいと考えているなら、考え直さないといけないと思いますね。このことは、革新的な団体すべてに言えることだと思っています。口先では「市民とともに」と強調されますが、会の運営が従来と変わらなければ、市民層は参加して来ないでしょう。「ジリ貧」という言葉が当てはまるようなことは避けるべきです。
≪05月14日 土曜日≫
「我が家は、すれちがい夫婦だね」 そうなのです。二人とも退職して6年目・8年目となるのに、二人のスケジュールは合いそうで合わないことが多いのです。二人とも「その方がいいかな」という気があるものですから、何年経っても、合わせようと努力?しないのです。で、まあ、お互いが好きなように一日一日を過ごしているというわけです。こんな生き方もありだよね。そう思うこの頃です。
それで、私は、のんびりと野球を見ながら、折り紙をしていました。6月に「折り紙」修行に出かけることにしました。楽しみです。
≪05月13日 金曜日≫
「13日の金曜日」です。今年は1度きりですが、来年は3回もあるそうです。でも、私にはあまり気になる日でもありません。それよりも、朝のテレビを見ていて、ビックリしたことがあります。それは、立川で「6億円」という日本では最高額の強奪事件がありましたが、その時 コメンテイターが「日本では、毎日5〜6億円相当の万引き事件が起きている」と言ったことです。他のコメンテイターも同調していましたから事実なのでしょう。確かに、あの東北の被災地でもいっぱい起きているそうですから、日本人の品性も怪しげなものですね。 そんな事実を全く知らなかったので、ショックでした。人間の浅ましさです。欲の塊ということです。
まあ、報道によれば、“国家公務員の給与10%下げる”らしいのですが、国会議員については、減額するなんて話はこれっぽちも聞きません(首相が「首相手当ては辞退する」と言っているが)。やることと言えば、「国が面倒をみます」。でも、国の使うのは、税金でしょう。国民負担ですよね。議員さんの懐は何も痛んではいません。痛んでいるのは、国民です。このあたりの議員さんの感覚って、ずいぶんずれていると思いませんか。もう『黄門さん』に出てくる悪代官とそっくりです。 これだけ借金で苦しんでいるのに、どこかの国へは「思いやり予算」をたんまり出すのですからね。尋常ではないです。あああ、出るはため息ばかりです。
≪05月12日 木曜日≫
A大での講義がありました。もう8年目でマンネリ化が避けられないなあと感じ、工夫もしています。今日で4回目なのですが、いつもと雰囲気が違います。講義の内容については、よく受け止めていてくれますが、現場出身の講師の特色であるネタ紹介(「数楽のひろば」と称していますが)に対する反応が今ひとつなのです。いつもは「もっと詳しく!」とか「もっとネタを下さい」とか言って来るのに、今年は遠慮深い子ばかりなのか、「ふ〜ん」で終わりなのです。 まあ、ネタも手づくりするわけですから、楽でいいのですが、内心は、ちと物足りなく思います。
「もっと押しが強くならないと、就活に苦戦するぞ」と言いたいくらいです。 まあ、これから変わってくるかもしれませんが、今はそんな感じ!
≪05月11日 水曜日≫
今年度から、水曜日と日曜日がフリーの日となり、週5日制を確保しています。でも、妻は水曜日「英会話」の講座を受講していますから、出かけます。だから、相変わらず、夫婦で「ちょっとそこまで出かけようか」ということにはなりません。今日のように雨降りならば、なおのことです。まあ、私も外出は好きな方ではありませんから、欲求不満になることはありません。 「70過ぎまで、健康でいるようにしましょうよ。そのときまでのお楽しみ!」が口癖になっています。
実は、先日 犬の散歩から帰ってから、足が痛いのです。骨でもないし、腫れてもいません。脳梗塞の前兆かな?なんて懼れもね。なるとイヤですからね。でもまあ、多分 犬の散歩の時、堤防の坂を下ったときに筋肉をひねって、軽い炎症を起こしているのではないかと思います。というのは、靴をぴっちっと履いていれば、さほど痛くないのです。いずれにしても、歳ですからね。普段やらないことをすると、すぐどこかが痛くなります。さびしいね。
≪05月10日 火曜日≫
中部電力が、首相からの「浜岡原発を全面停止」要請を受けて、決断したことへの波紋が広がっている。論調は2分しているように思うが、マスコミ界は経済界の後押しなのか、反発の姿勢が強く、とても公正であるとは思えない。まあ、「菅おろし」のお先棒を担いでいるということだ。 こうした姿勢には納得がいかない。経済界のことだけでなく、日本社会の行く末を考えるべきである。もし浜岡で福島と同様なことが起きたら、東名高速道路・東海道新幹線という日本の大動脈が寸断されてしまう。それこそ日本沈没である。福島周辺の悲惨な状況を見てみれば、どうすべきかは明らかだ。 経済界のエゴに惑わされることなく、国民は対応し、日本の「知」を示さねばならない。 いまのところ「安全対策がとれるまで」との条件付ではないか。 私は、2〜3年くらい我慢してでも、避難生活にはなりたくない。自分の家から死出の旅に出たい。 権力によって、家から放り出されるなんて真っ平御免である。 そうならないためには、やむを得ない要請・決断であると考えている。
≪05月09日 月曜日≫
非常勤控え室で「今日は、連休明けで、きっと講義がたいへんだろうね」と話がもちきりでした。なんだか、いつも盛り上がるのです。そして、非常勤のつらさが話題となります。教務部からは「授業における快適な環境の確保のための指導指針」なる文書も4月に出ています。「真摯に取り組む学生のためにも」しっかり指導してくださいというわけです。まあ、当然のことですが、非常勤の身では、正直、なかなかしにくいのが現実です。
先回の講義のとき、非常勤生活8年目にして初めて、学生さんの態度にショックを受けた私ですが、どうもあんなのはザラなんでしょうかね。「何しに大学へ来ているのでしょうかね」なんてドキッとした言葉まで飛び交っています。深刻なようです。今日の私の講義のときは「この前よりはましかな?」という程度で、まだまだ教授の工夫が必要だなあと思いました。
≪05月08日 日曜日≫
今日は、何かあったけ?なんて、休みボケを人並みにしていますが、今後は土日も結構予定が入っていて、ペースを上げないといけません。「頑張ります!」とだけ言っておきましょうか。
というのは、旧宅を処分したのにともなって、かなりの書籍その他を整理したのですが、まだまだ片付かないでいるのです。だから、新たな気持ちに切り替えられないで、もぞもぞしているとじいう感じなのです。仮に移動したものがそのまま固定のようになってしまってはお話になりませんからね。どうしたものでしょうか。まあ、全く見通しの立たない日本の将来と同じように、身のまわりの整頓というものは、うまく事が運びませんね。 これは、きっとドラゴンズの不甲斐なさへの腹立たしさと関係があると思います。監督・コーチの総入れ替えをした方がいいんじゃないの。
≪05月07日 土曜日≫
先日、初めて、今話題の「尾木ママ」の放映を見た。進路研の闘志であった時代を垣間見ている私に、ギョッとした。戦場カメラマンの渡部陽一と同じで、あのような物言いで売り込んだのでしょう。今のマスコミは、すぐもてはやし、若い親たちもすぐなびきますからね。NHKの『大河ドラマ・江』でもそうですが、ちゃらちゃらが持てはやされる時代なのですね。そんな上っ面な子育てでは、日本の未来は切り拓かれません
もう20年以上まえになると思いますが、加古川の教育講座でともに講師をやったときのイメージとの落差に戸惑います。
≪05月06日 金曜日≫
10日ぶりにボランティアガイドに出向きました。「ボランティアとは、いかにあるべきか」と自問することの多いこの頃です。確かに、ボランティアの活動範囲は広がっています。あえて言えば、なんでもボランティア。「ボランティアを使えばよい」「ボランティアにやらせればよい」という感じの社会です。つまり、経営者側の安上がり策なのです。でも「それって、ちがうんじゃないの?」と思うのです。確かに、退職後の暇つぶしで参加する人も多いです。私も、付き合い上は「退職後の健康管理のつもりだよ」なんて言っていますが、そんなことでは、ボランティア精神が汚されるように思います。近頃、どなたかの所為で『民主主義』という言葉がすごく軽く感じられるのと同様に、『ボランティア』の言葉が軽く感じられるのは、私だけでしょうか。
≪05月05日 木曜日≫
今日は「こどもの日」です。「端午の節句」であって、「子どもの日」でも「子供の日」でもありません。「こども」か「子ども」か「子供」かの意味合いは、教育の世界ではとても大きいと思います。あなたは、どれ派ですか。
こうしているうちにも、ゴールデンウイークも終わりです。特別なことはありませんでしたが、とても落ち着かない日々でした。やはり、大震災・原発事故の所為でしょうかね。まあ、ニュースを見ていれば、当然のことだと納得はしていますが、原発の放射能汚染が止まらなくては、何事も始まりません。「国の責任だ」「東電の責任だ」「国と東電の責任だ」と遣り合ってばかりで、話になりません。「菅首相を止めさせよ」と与野党が言い出している。「アホか!」 国民は、菅首相のやり方に誰も満足していない。ただ、菅首相がダメなのは、足を引っ張る奴らがごまんといるからであって、首相を変えたって、満足のゆくようにできる人は誰もいない。それほどの大災害なのだ。
「挙国一致」なんて言葉は使いたくないが、与野党が協力しないでどうするのか。「議員よ、恥を知れ!成敗!」
≪05月04日 水曜日≫
もう2年前に、リトルの同じボランティアガイドのKさんから「1度来てみてよ」と言われていた美濃太田宿に出かけることにしました。途中は、いつも通い慣れている道筋ですが、渋滞です。明治村にもリトルにもたくさんのお客さんが訪れているであろうと予測できる渋滞でしたから、通り抜けに時間がかかっても我慢しました。
美濃太田宿は、あまり知られている宿場ではありません。見所もそれ程多くなく、静かなものでした。「太田宿中仙道会館」の展示室は、なかなか工夫してあって、見応えがありました。その他、脇本陣(福田家)・木賃宿(小松家)なども見学できました。脇本陣・木賃宿にはシルバーボランティアガイドがいましたが、すべて見学料は無料でした。駐車場も無料でした。会館での食事も割安感のするものでした。市が負担をしているのでしょうか。(ここの市長は、高校の同級生です) なかなかやりますね。
陶芸品を買いました。銀行を退職してから趣味でやって見える方のものです。そこには「河童は、どこか愛嬌があり、時にはチョット間抜けな悪童な姿で、民話などで沢山語られています。そんな河童を想像しながら、毎日が“笑顔で”過ごせる事を願いながら作陶しました」との紙切れがありました。“笑顔”です。 昨年いただいたカレンダーにも「笑顔が一番。どんな時にも 心に笑顔 あなたの笑顔は みんなの笑顔をつくり出す 世界中が笑顔」と書いてあります。 笑顔あふれる世の中になってほしいですね。
≪05月03日 火曜日≫
今日は憲法記念日。日本国憲法もなんとか持ちこたえていますが、戦後教育の成果?によって、改憲の声が増えています。そして、さらに今回の学習指導要領改定では、戦前の国定教科書への回帰が堂々と図られました。軍国主義への地ならしが着々となされているのです。政治家のやることは、「国民のために」と言うのは口先だけ。私利私欲に満ち満ちているのです。情けない!
そうそう9.11の容疑者ビンラディンが殺害されたようです。確かに死に値する人物であると思いますが、ちと米国のやり方には問題があるように感じます。国際法上からも疑義が残ります。ましてや、既に水葬にしてしまったというのですから、ますますおかしいですね。近代国家のやることではありません。人権国家のやることでもありません。でも、きっと「アメリカのやることはすべて正しい」となるのでしょう。各国の主権を蹂躙しようと、国際法を破ろうと、世界はアメリカの意のまま。アメリカ帝国主義時代ですからやむを得ないのですかね。もちろん、日本は、アメリカの属州ですから、楯突くことはありません。例えば、日本が原発推進国であるのは、アメリカに従っているまでのことですからね。
でも、アメリカもいい加減に武力鎮圧の手法は誤りであることに気付かねばいけません。こうした“ならず者国家”のごとき手法をとっているかぎり、憎しみは増幅し、いつまでもテロに怯え続けなくてはならないのです。
※イギリスのチャールズ王子の新婚旅行が延期になっているのは、テロの報復を恐れての処置だとは知りませんでした。
≪05月02日 月曜日≫
朝、22年前に発売された『まんが原発列島』(大月書店・1989年)の増補版1200円が出たとの記事を見て、「あれ!読んだことあるな」と蔵書を探してみたら、やはりありました。980円です。他にも『原子力発電』(武谷三男・岩波新書・1976年)、『子どもと話そう原子力発電所』(名取弘文・農文協・1989年)や、高木仁三郎さん監修の『げんぱつミニえほん』(1987年)などが出てきました。1986年がチェルノブイリですから、それ以前から、それ以後も、放射能汚染の恐怖については指摘されているのです。『東京に原発を!』(広瀬隆・集英社・1986年)を読み直しても、いかに政財界が癒着して、「原発安全神話」を垂れ流しているかが指摘されています。
私は、これらの書籍を購入し、一応目を通していたにもかかわらず、ここ20年間ほどをぼ〜っと過ごしていたわけです。わずかにチェルノブイリ子ども基金が発行している“チェルノブイリカレンダー”を時々購入していたに過ぎません。書籍から得た知識が全く生かされない机上の学問ほど、くだらぬ学びはありません。大いに反省しなくてはいけません。 3月11日に起きた福島原発の事故は、チェルノブイリ以上の世界最大の事故であることは、はっきりしています。政財界人は、真摯に向き合うべきです。あまりにも無責任な態度が目立つ。ひどいのは、今日の投書欄にも出ていましたが、民主党の小沢と自民党の谷垣とやらいう人ではないでしょうか。どういう認識をしているのかと、あきれ果てます。
≪05月01日 日曜日≫
今日は、私の誕生日です。ななななんと、66歳になりました。「私、73歳になりました。いつまでも若大将であるために、皇潤を飲みます」とかの加山雄三のコマーシャルよりはいいけれど、やっぱり年相応にしないといけないのでしょうかね。でも、あと5年間は突っ走るつもりです。でしゃばりすぎて、嫌われない程度にね。
≪三つくり≫ つまり、<学校><家庭><地域>でボランティアに徹するのです。
<学校>では、若い教師の支援ボランティアです。大学での講義もここに入ります。
<地域>では、文化センターの講座、夢道場の講座、明治村やリトルのボランティアガイドもここに入るでしょう。
<家庭>では、あまりないなあ。医療生協の通信配布を初めて引き受けたけど、これは地域ボランティアかな。犬の散歩を家庭ボランティアとしておこうかな。
いずれにしても、年寄りの活動舞台はボランティアしかないなあ。仕方ないか・・・・・。
≪04月30日 土曜日≫
ゴールデンウィークも始まりましたが、特別の予定もない私は、のんびり今後の構想を立て、講義の準備も少しずつしていこうと考えています。
そこで、朝、5月のサークル≪算数・授業づくりの会≫の案内を発送しました。『算数教師知的生活のすすめ』と『量の指導ってなんだ!』という冊子を30部ずつ作りました。無料ではなく、ワンコイン・カンパしてもらおうかななんて考えながら、作業を終えました。その後は、昼をはさんで、庭木の伐採を手伝わされました。自然のまま、伸び放題のため、隣の家の屋根にまでかかって、迷惑をかけているので、伐採することにしたのです。少し、さっぱりしました。
2時頃からは、来年3月出版予定の「若い教師へのメッセージ(仮称)」に寄稿する原稿をぼちぼち書き始めようとパソコンに向かいましたが、思ったほど筆が進みまなかったので、犬の散歩に出かけました。帰ってテレビをつけたら、またまたドラゴンズの気迫のない試合に出くわしました。打てない、守れない、・・・。どうしようもないチーム状況です。見ていられなくて、テレビも消して、この『教育日記』を書いています。ドラキチの私の心は晴れません。
≪04月29日 金曜日≫
今日29日は、天皇誕生日→みどりの日→昭和の日と、祝日の名称も簡単に変えられました。名称だけでなく、日にちも変わる世の中になっているのですから、「祝日の意義」なんてどうでもよいということです。でも、教育界では「教えろ」「愛国心を養え」です。こうした支離滅裂な施策によって、教育界は混乱し続けているのです。今回の大震災でも、宮城県は、状況も考えず教員人事を規定どおり発令する。福島県では、早々に来年度の教員採用をゼロと決定する。・・・・。どうもこうもなく、結局は子どもたちが翻弄されるだけなのです。大人は勝手です。人間が成長するということは、自分のことだけを正しいと信じ、考える人になるということなのでしょうか。淋しい社会になったものです。
そうそうボランティアとして被災地を支援したいという人が、十数万人もおみえになるそうです。おかげで、岩手や宮城では数あまり現象だそうですが、福島は足りないということです。まあ、分からないでもないが、うう〜んとなってしまいますね。
≪04月28日 木曜日≫
ゴールデンウィーク前の最後の講義でした。私が講義しているのは、いわゆる「教科指導法」ですが、学生さんの多くが、堀尾輝久著の『教育入門』を持っているではありませんか。「どうしたの?」と聞くと、「ゴールデンウィーク中の宿題で、感想を書くのだ」そうです。 「うんそれはいい。うらやましい宿題だ」と賛美し、つい持論を展開してしまいました。というのは、特に義務制の段階では、教科指導の前提に“教育学”があるべきであると考えるのです。教育学を基盤に、算数や国語等の教科は成り立つ。つまり、教科を通して、人格形成を目指すのが指導=授業なのです。人格形成に役立たないような教科指導は、やる意味が無いのです。存在価値はありません。
教育学の学びを踏まえて、教師は教壇に立つべきだと思います。そうした観点がすっぽり抜け落ちているのが、私を含めた愛知の教師だと考えています。 悲しいことに、私は、そうしたことに気づくのが遅すぎました。だから、学生さんには、しっかり踏まえた教師になってもらいたいです。
そのことは「生活指導を第1義と考えよ」ということではありませんよ。私は、生活指導は、教科指導に内包される。生活指導を内包しないような教科指導は、真の教科指導ではない、教科指導をしたことにならないと考えています。だから、計算練習ばかりをやっていて、それで「俺は算数をしっかりやっている」と思い込んでいる教師・学校の品格を疑うのです。
≪04月27日 水曜日≫
市税事務所に赴くのは3度目になりますが、1時間15分ほど粘りましたが、まったく進展はありません。頑なな役人は「法律に書いてありません」「どこにそのような表現がありますか」「その言葉は違う場面に使われています。あなたには適用されません」等々で、堂々巡りというやつです。「もっと素直に法律を読んだらどうですか」「素直に読めませんか」と言ってもムダでした。まあ、赴くだけ時間の浪費です。もう行かないことにします。
ということは、過去13年間騙されて払わされ続け、さらに「資産」(家屋)なんて無くなっているのに、税を払わされる。これって、詐欺じゃないかと思います。自治体は、法律に守られて、堂々と詐欺まがいに庶民から、金を巻き上げていることになりはしませんかね。 言っておきますが、私の法解釈では、そうならないように、そんなこと言われないように法律は配慮していると理解するのですが、行政の側の法解釈は、金をふんだくるのに都合がよいように解釈していると思えます。 帰宅後、また、事務所からTELがあり、40分ほどの長電話となりましたが、地方税法をどう読み取るかの問題ですから、もはや市税事務所と話しても進展は期待できません。裁判にするにもお金が掛かりますからね。 まあ、お金のかからない「投書」が一番いいかな。
それにしても、いい勉強ができました。市税事務所には、いろんな人が来ています。きっと、私も変わり者と見られているのでしょうが、待っている時に会話を交わすと、それはそれは様々な人生模様が浮かび出てきます。最高の収穫でした。固定資産税の詐欺に甘んじても、お釣りがくるかも知れませんね。
≪04月26日 火曜日≫
立ち入り禁止区域の拡大によって、多くの家畜が取り残され、見るに耐えない状況に陥っているニュースが流れている。人間って、なんと残酷な動物なんだろうか。身勝手もいいところですね。命の大切さ、命の尊厳なんてこれっぽちも感じられない。まあ、だから、戦争なんかも平気で行えるのでしょうね。困ったことです。
それにしても、放射能のおそろしさを忘れていました。「東京に、原発を」を再読していて、改めて「安全」宣伝・報道に毒されていたと、悔いました。
≪04月25日 月曜日≫
地方選の後半戦が終わった。国民の関心は投票率の低下に表れていると思うが、各党の分析は、私には意外に思える。つまり、民主党の惨敗は、大震災の復興対策のもたつきにあるとの審判が下った(反原発票はそれほど伸びていない)。だから、菅政権はダメ。退陣しろ。そんなものですからね。
未曾有の震災ですから、私は誰が担っても、うまくいくとは思いません。変わったって、100%だめです。一先ずは「そら選挙だ!」とかのバカな空白を作らずに最善の努力をしていくしか仕方ないと思いますね。民主党が惨敗しているのは、原発や震災復興にあるのではなく、政権後の硬直した施策、見通しの甘さ等に国民が幻滅を感じているからに他なりません。あえて言えば、原発の安全対策を怠ってきたのは、かつての与党、自民党・公明党なのです。そのツケなのです。また、震災復興がもたついているのは、野党が協力はおろか、邪魔さえしているからなのです。野党の協力拒否の態度を支持している人が多いとは思いません。まあ、原発被災地の首長さんの多くは、原発誘致に力を発揮してきた人が多いのではありませんか。複雑な立場ですよね。
≪04月24日 日曜日≫
いつも拝読しているKさんのブログに「・・・・・もしどっちかが飲み込んでいるんだとしたら、「飲み込んでいいの?」と聞きたいし、もし飲み込まれているとしたら「飲み込まれていいの?」と聞きたいと思った。」と意味深な文面があった。まあ、意味深と思うのは、今の私の置かれている立場から、そう思えるだけかもしれないが、サークル活動を運営する立場にあるとき、考えておくべきことではないだろうか。むろん、参加する側の人に どうのこうの言うつもりもない。読者がどのような立場であろうと自由なのと同じである。 ただ、運営者や執筆者には、公になった研究会や出版物には それなりの責任があると思うのだ。 でもまあ、そうしたことにこだわるのは、年寄りの証拠かな。 今は、継承した研究会の名称でも勝手気ままにやればいいのかな? 内容・質がどうであれ、やってくれることに感謝しなくてはならない時代なのかな?
≪04月23日 土曜日≫
本格的に始動し始めて2週間が経ち、やっとリズムが出てきました。一日一日になにかしらやるべきことがあって幸せなことです。退職して5年も経てば、もう“過去の人”、お払い箱にされるところですが、踏みとどまり、戦中派の反骨精神でしょうか、ますます血気盛んです。40年前に取り組んだことを、今になって再びやり直さねばならない苛立ちがありますが、これも運命だと諦めて、前進あるのみです。余命ある限りなんて、つまらぬことも考えています。それにしても、若い教師、若い心の教師、学生さんがこれ程までに支えてくれるとは思ってもいませんでした。Uさんと2人で、しょぼくれて語り合う毎日かと思っていたのです。今流行の≪絆≫というものの力は大したものです。新たな人間関係ができつつあるように思います。夢は開けつつあります。
まあ、東日本大震災の被災者の人と同じ。“夢とロマン”をどこまでも追い続けていれば、必ず光明は見えてくると信じて、取り組んでいこうと思います。 世の中には、素敵な人たちがいっぱいいるのです。
≪04月22日 金曜日≫
明治村の機械館のガイドをどうするかは、私の大きな課題です。様々に蒐集された機械類が展示してあるのですが、例えば、小学生ならば、どのようなことを読み取ればよいのか。どの程度まで、読みとってほしいのか、いつも悩みます。機械の構造的なことは、専門家でないと分かりません。私にそのような知識はありません。じゃあどうするか。私は、じっと機械の前に立ち止まって見ている人がいると、「専門家ですか」「どんなところに着目して、みていらしゃいますか」と声を掛け、教えてもらうことにしています。今までにいろんな見る視点を教わりました。 そうすることによって、カリカリしたガイドからの脱却を図ってきました。少しは成果が上がったかな。
本日の明治村は、T市の高校生、Y市の高校生、S県の高校生、K県の小学生2校、K市の小学生がいました。ほどよい混みぐあいだったので、疲れませんでした。
≪04月21日 木曜日≫
何度も触れていますが、福島原発の状況は世界に類を見ない危機的な状況だと思います。どうして「安全だ、安全だ」と言い続けるのでしょうか。各地に原発を作るときと同じ謳い文句に、そう国民は騙されません。データを隠し続けても、事態は一向によくならず、悪くなるばかり。隠す意味がないじゃないですか。率直に、正直に説明し、国民に理解を求めなくてはラチがあきません。政治家はもっと真摯な態度を国民に示すべきです。
それに、この時とばかりに政権奪還をねらって、復旧支援にケチをつけるだけで、協力しない自民党なんて、「ふざけるのもいい加減にしろ!」と言いたい。それと、復興増税とか電気料金値上げとか、被災地支援の財源捻出が考えられているのに、「政党助成金」は今年度も満額支給だって。あきれるじゃありませんか。国会議員は、一銭も身銭を削りもしない。すべて国民に押し付けてくる。 これじゃあ、もう日本はダメですね。
今、災害復旧に携わって実働している人たち。もう倒れた人も出ているけれど、無理をしないでほしいね(この点は、国会議員を見習うといい)。というのは、私の父は、市の消防署員として、伊勢湾台風の復旧に全力をつぎ込んでいた。その年の11月の親戚の結婚式にも「行っているときではない」と出席を拒否した。あれやこれやがたたって2年後に48歳で亡くなった。私が高校2年生のときである。こんな悲劇はもうたくさんだ。
※福島原発は、人災だと思っています。
≪04月20日 水曜日≫
運転免許証の更新に行きました。出かけた時間帯が、9時に家を出て、10時少し前に平針に着くというオーソドックスなものでしたので、先ず駐車場の混雑振りに驚きました。建物から、遠く離れた所にしか停められませんでした。平日なのに、すごい人でした。でもまあ、優良ドライバーなので手続き自体はかなり早くできるようになりました。免許証を受け取って、ふと思いました。今度の更新の年には70歳になります。確か70になると、ボケ度を調べる「高齢者講習」を受けないと更新できません。もう運転を控えた方がよさそうだけど、免許証を手放すと車社会は生きていかれません。ボランティアにも通えません。もう1回くらいは更新しないといけないかな?
まあ、5年後、原発問題も少しは収束の方向がみえてるといいですね。汚染列島となり、世界から見放された島になってほしくないです。そこまで、事態は深刻だと思います。
≪04月19日 火曜日≫
最近、変な夢をよく見ます。地震・津波・原発のニュースを見過ぎているからなのでしょうか。だいたいは、悶え苦しみながら息をひきとる夢です。だから、なんとか私の存命中は東海大地震を遠慮したいなあと勝手な願いをしています。平和ななかで旅立てたら、どんなに幸せだろうかとね。
それにしても、議員=政治家は「国民のため・・・」と言うが、それに騙されてはいけないと確信しました。国会他での発言を聞いていると、自己の利益・私欲以外の何ものでもありません。「国民」のことなんて、眼中にありません。国会の論戦と言うが、揚げ足取りだけで論戦の体をなしていない。今、国民のために議員は何をなすべきか明らかです。だんだん議員の顔を見ると、虫唾が射してきます。 現実世界と遊離した世界の連中に、政治を託そうと、旗を振る連中の気が知れん。
≪04月18日 月曜日≫
いやあ今日の講義は苦戦でした。「算数の世界のとらえ方」として“量の理論”を講義するわけですが、どうも学生さんたちはチンプンカンプンだったようです。ちょっと真正面から“量の理論”を採り上げ過ぎたようです。学生さんたちの様子を見ていて、そう感じましたので、そうそうに“理論”の解説を切りあげて、≪数楽のひろば≫に移りました。「不思議なたしざん=17番目の数」です。証明にも挑戦させました。文字式が出てくると途端に拒否反応です。「面白さがわかった」という感想も多く出ていますが、まだまだ“数学嫌い”の域を脱したとは思えません。当面は、6月の保育実習に役立つような≪算数ネタ≫の紹介に力を入れて講義を進めていこうと思います。やっぱり、“子ども好き”だけでなく、算数の面白さ・不思議さを知った指導者になってほしいですからね。 そうすれば、“算数好き”な子がいっぱい増えるでしょう。真の学力向上も可能だと思います。
まだ、3回目。残り12回でなんとかしなくちゃあ。
≪04月17日 日曜日≫
4月は、年度の始まりです。4月から3月までが1年度です。こんな当たり前のことが、自己都合で勝手に歪めて解釈されていることを改めて知りました。そのひずみがいろんな所に綻びとして表出しているのも事実です。法解釈も原点に返ってみることが必要に思います。「学習指導要領拡大解釈論」主張の私が言うのも可笑しな感じがしますが、法の文面に隠された思想を読み取ることも大切だと思いますね。 このことについては、いつかまた詳しく・・・・。
さて、開幕と言えば、プロ野球。ドラキチの私は、イライラです。ガタガタの投手陣、覇気のない打撃陣。勝利に固執しない首脳陣。魅力減退ですね。中日は、昨年度も優勝したにもかかわらず観客動員数はマイナスなのです。「プロ」というものは、これじゃあまずいのと違いますか。もちろん、「民営化! 民営化!」と叫んでいれば、政治経済がひとりでによくなってくると思うほど、単純に考えていはいないつもりですけどね。
≪04月16日 土曜日≫
補講が入って、≪学びの園・あしたば≫の開始時間を急に遅らせたので、どうなることかと心配していましたが、11人も集まり、賑やかにサークルをすることができ、私は、今 上機嫌です。今日も初参加の人が2名いました。学生さんです。若いエネルギーは、何ものにも変えがたいものです。若い力が存分に発揮される学校現場にならないと、教育界はよくなりません。机上の空論ばかりが横行しているような現場に活気が生まれるはずがありません。 これからも、入れかわり立ち代わり、輪が広がっていくといいなあと夢見ています。希望がもてます。
≪04月15日 金曜日≫
明治村のボランティアは比較的暇でした。「明治村探検隊」に挑戦している人たちの様子をぼうっと眺めて楽しんでいました。今までの「探検隊クイズ」と趣向が少し違うために、挑戦者はかなり惑わされている感じです。解いた人が、少しヒントをくれましたが、クイズの全体像を知らない私には、スカッとは分かりかねました。難しいということです。今の時期の平日は、お客も少なく、一般客の殆どが、クイズマニアの人たちです。考えてみれば、「博物館・明治村」としての来客ではないわけです。 こうした博物館の運営の難しさです。 まあ、“たかがボランティア、されどボランティア”と、私は割り切っているのですが、プライドの高いボランティアさんたちの不満はかなりのようです。聞いてあげるのも疲れます。
≪04月14日 木曜日≫
福島原発の重苦しい報道を聞いていると、だんだん落ち込んできます。光明が見えません。その原因は、マスコミ等に出てくる学者さんの態度にあります。政府でもそうですが、「まだ安全です」の一点張りです。そして、事態がよくなるかと思えば、修正修正で、悪くなる一方。外国の報道の方が、余程信頼できます。近頃の極め付けが、「レベル7で、チェルノブイリと同レベルになった」と一部で言われると、躍起になって、「いやチェルノブイリとは違う」を数字の比較。でも、福島原発は、いまだ収束の気配がないのだから、チェルノブイリよりひどいことはあきらかだ。松本の市長さんが言ってるじゃないですか。「最悪の事態を想定して、対策を立てるべきだ。もし、そこまでいかないで収束すれば、よかったよかったと胸をなでおろせる。しかし、後手後手の今の対策では、取り返しがつかなくなる」とね。これが、道理というものです。 肩書きで、地方の名もない大学か、有名大学の年配なのに准教授という研究者の話は聞き応えがあるが、御用学者ばかりの解説は聞きたくもない。まあ、日本のマスコミは腐っている。マスコミ精神とかマスコミ魂というのがこれっぽっちも感じられないからねえ。これ、大学教育の所為?じゃないだろうか。 こんな日本に誰がした。戦後、ず〜っと政権に居続けた人たちのためにこうなったのです。
≪04月13日 水曜日≫
1週間まえの「固定資産税」のことで、再び市税事務所に出向きました。地方税法359条で「賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする」と書いてあります。これを拠り所に「税を払え」と言う訳です。資産が消滅しているのに「固定資産税」をかけていることに何の疑問も持たないようです。他の条文に「既に賦課した仮算定税額」という表現があることは、年度の始まる4月1日までに現況が変化することがあることを想定しているから、パンフにも「家屋の新築・増築・改築などをされたとき、取り壊しをされたときなど現況に変更が生じた場合」には市税事務所に申し出てください」と書いてあるのではないだろうか。申し出ても、「法の通りにしてもらいます」と宣告するだけなら、書く必要はないでしょう。印字代分は税金のムダ使いです。
まだ、納得できません。建物があるのなら、義務として払うのはあたりまえですが、無い物に資産として税をかけることが許されるのでしょうか。こんな単純明快なことを有耶無耶にして、「法で決められています」というようでは、とても法治国家とは思えませんねえ。
さあ〜て、どうしますかね。
≪04月12日 火曜日≫
今日のリトルは癒しの空間に身を置いていたようなものです。お客さんも少なかったので、周りの景色に酔い浸っていました。桜のピンクはもちろんですが、ユキヤナギ・モクレン・シダレコブシの白、レンギョウ・ナノハナ・オニユリ・スイセンの黄、ツツジ・ツバキ・ボケ・チューリップの赤、そして、芽吹いてきた新緑が、それはそれは色鮮やかでした。どのあたりが、一番の見所だろうかと、園内も1周(2.5km,40分)しました。今日の当番ゾーンのアイヌの庭では、丸太のベンチにしばし座って、自然を楽しみました。
家に帰って、妻に話したら、「あなたも歳とった証拠ね」なんて、植物に全く興味を示さないトンチンカンな私を茶化しました。 こんなに感動するようになったということは、やっぱり歳ですかね。
≪04月11日 月曜日≫
名古屋経済大学人間生活学部教育保育学科の講義が今日から始まりました。どうも最初の講義は、算数の不思議さ・面白さを味わってもらおうと奮戦するのですが、初対面の学生さんも様子見で警戒感があります。奮戦の割には、講義の終了間際になって、やっと冗談めいて話せるのがやっとです。内心“重大なことだけれども、まだ関心がうすいよね”と、定番の「超記憶力カード」「0の紙芝居・とんだとんだ」をやり、折り紙で「コマづくり」をしました。今期は、幼児の算数を意識しながら、講義の展開を考えていきたいと思います。昨年とレジュメはそっくりだけど、内容は大きく変える予定です。
※大相撲の八百長問題、多くの力士が「引退勧告」等で、相撲界を追放されました。八百長をしていたのなら、当然です。ただ、ちょっと気になるのは、外国人力士の割合が異常に高いことです。これは、何を物語っていると考えますか。真の解決は難しいのですよね。はっきり言って、できないのです。そう私は思います。
≪04月10日 日曜日≫
今日の二子山公園は、さすがに花見の人々で賑わっていました。例年よりは少ないかなと思いますが、あちことでバーベキューをやっている人もいました。でも、取り締まる役人は居ませんでした。というのは、今年度初めて「バーベキュー、禁止」の看板が立てられたのですが、やはり「みんなで渡れば、こわくない」なのでしょう。市の役人も一角に投票所があるので居ます。注意すればよいのにね。きっと、部署が違うからと、見て見ぬ振りなのでしょう。これで、この看板は立てられていても、その効果はなくなりました。 人間の生き様は、性悪説に立たねば、理解できないということでしょうかね。東日本大震災とともに、嫌な教訓を 私の心に刻み込んでくれます。
斉藤和義の『ずっとウソだった』の歌詞を載せます。
♪ この国を歩けば、原発が54基 教科書もCMも言ってたよ、 安全です。
俺たちを騙して、言い訳は「想定外」 懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。
ずっとウソだったんだぜ やっぱ、ばれてしまったな ホント、ウソだったんだぜ 原子力は安全です。
ずっとウソだったんだぜ ほうれん草食いてえな ホント、ウソだったんだぜ 気づいてたろ、この事態。
風に舞う放射能はもう止められない 何人が被曝すれば気がついてくれるの? この国の政府。
この街を離れて、うまい水見つけたかい? 教えてよ! やっぱいいや… もうどこも逃げ場はない。
ずっとウソだったんだぜ 東電も、北電も、中電も、九電も もう夢ばかり見てないけど、ずっと、ウソだったんだぜ それでも続ける気だ ホント、ウソだったんだぜ
何かがしたいこの気持ち ずっと、ウソだったんだぜ ホント、ウソだったんだぜ ♪♪≪04月09日 土曜日≫
来週からは、大学での講義も始まります。まあ、ゆとりのあるのは今日だけかなあと思いながら、満開の二子山公園の周辺を犬と散歩をしました。ただ、犬には厳しくね。というのは、私の勘違いで、ずいぶん太らせてしまったのです。適量とされるえさの量を50グラムもオーバーして、3ヶ月間も与え続けていたのです。おやつもいっぱい与えていますから、適量よりも少なくして与えないといけないのにねえ。少なくとも1ヶ月くらいをかけて、徐々に減らしていかないとね。おねだりにも、「だめ!」と冷たく一喝して我慢させます。何処まで続くか不安ですが、しゃんとしないとねえ。 犬も人間も、太りすぎは禁物です。
今 再び、広瀬隆の『東京に、原発を』を読み返すことにしました。また、話題の斉藤和義の「ずっとウソだった」も拝聴しました。
≪04月08日 金曜日≫
今日の明治村は、桜が満開。すばらしく見ごたえのある景色でした。でも、早々に雨が降ってきてしまって、客足はパッタリ。そんな雨なんて意に介せず、カメラの年配のグループは、あちこちで、パチリパチリ。皆さん、元気なものです。 私の本日ガイドした人は、大阪の方、広島の方、東京の方というように、県外の方ばかりでした。
そうそう今日、明治村でMさんから、褒められたのか貶されたのかよく分かりませんが、「渡辺さんは、よく教師の世界の体質に染まらなかったね」と言われました。というのは、Mの見解は「ボランティアガイドに応募してくる教師のフルは、非常識な可笑しいのが多い」というものです。私も“教師の体質は、ボランティアガイドに向いていない”というものですが、面と向かって「染まらなかったね」と言われると、変な気分です。
≪04月07日 木曜日≫
中日文化センターでのY期講座が始まりました。T〜X期までと異なって、開講日が木曜日に変更になり、心配していましたが、なんとか様になる人数でスタートでき、ほっとしました。ただ、進め方を大幅に改めようと思っていたのですが、まあ、それほどの改めることもできませんでした。同じ人間のすることですから、無理ですよね。ただ、月1回のペースになったので、1回1回じっくり準備して臨もうと思います。
ただ今回初めて受講生の名簿をくれました。今まで、私は、継続してくださっている方の名前さえ知らないでいたのです。やっぱり不自然ですよね。でも、こうした名簿は“個人情報”ですから、気をつけないとね。
そうそう昨夜は、カリカリしていて、熟睡できませんでした。どちらが、理に適っているのか明らかにしようと思います。後世への置き土産にするために・・・。
≪04月06日 水曜日≫
今日は、役人=公務員に非常に腹が立ちました。実は 毎年のことですが、この時期「固定資産税」納付の通知が届きます。それが、私の以前の住まいは2月に取り壊し、今では更地となり、私の所有物ではありません。それに「固定資産税納付の通知」がきたので、役所に出かけたのです。そうしたら、「1月1日付けで、23年度の税を決めているので、払ってもらいます」と言う。「1月1日の段階で、次年度の税を決めるのは、事務手続き上わかるが、ありもしない物にどうして税を払わなくてはならんのか。納得できん」と突っぱねてきました。こういうのを、「詐欺」というのじゃありませんか。税務署が、堂々と詐欺行為もどきを続けていることになります。「払わないと、加徴金をかけ、差し押さえをすることになる」そうですが、この国、可笑しいじゃありませんかね。まあ、支払いの対象者は、13年前に亡くなっている私の母です。亡くなっていない人の税金を今まで奇特にも払ってきた私が、差し押さえの対象者になるのでしょうかね。全くふざけた話です。今日一日、カリカリしています。
≪04月05日 火曜日≫
リトルでのボランティア活動も、6年目を向かえることになりました。明治村と同様、新しい路線を出さないと、マンネリ化で、魅力あるガイドにはなりません。魅力がない自己満足のガイドでは、お客さんに迷惑です。まあ、自分ではそう感じていなくても、傍から見れば、すぐ分かるものです。また、年齢を重ねると、柔軟な対応ができなくなってしまうのも事実です。 自分の一生でも、他人様にご迷惑をかけないで終わりたいものです。まあ、人の一生なんて、どうなるか予想もつきません。あれほどの大津波が来るなんて予想もできなくて、命を落とした人も数知れないと思います。
ただし、福島原発は、先の見通しはさっぱりありません。情報も混乱しているし、奥歯にモノが詰まったような解説者の説明には、飽きが来ました。戦時のために情報操作の練習をしているようなもので、もはや、国民は信用していないでしょう。今も原発で働かされている700〜800人の下請けの労働者の人たちの生命・財産は守られていくのでしょうか。政治家は、ひどいです。口先だけで、「震災増税」とか言い出して、自分の懐については、一切語らない。 「国会議員の歳費3割カット」「政党助成金全額返納」などは、すぐ決められることです。ぽそっとも
言わない神経には呆れますね。だから、“減税日本”などという全く政策のない集団でも、当選できてしまうのです。パフォーマンスだけに踊らされる方の責任が重いのかな?
≪04月04日 月曜日≫
新年度もいよいよ本格的に始動しなくては・・・・。そこで、先ず午前中に「散髪」に出かけました。シルバー割引で、今回は頭にできものがあるので、洗髪はやめたので、1200円です。ほぼ3分の1の金額で、できます。それでも、以前から「散髪」にはあまり出かけません。年齢とともに、髪は延びないし、細くなっているからです。ひどく禿げてこないだけしあわせです。
さて、午後からは、来週から始まる講義の下準備を始めました。「感想用紙」を作成・印刷したりしました。「感想用紙」については、今年度は重要視していくつもりです。しっかりと「講義内容を理解しているか」をチェックし、講義も進めていかないと、講義の魅力が減退しかねません。県立大は、もう8年目になりますからね。
≪04月03日 日曜日≫
≪学びの園・あしたば≫の例会案内が、到着したようです。この例会に参加する・しないは全く自由なので、「参加連絡・必要なし」と言うことにしてきました。もちろん、「話し合い希望ごとがある時は、事前に連絡していただけるとさいわいです」とはしています。こうして1年半続けてきました。ところが、新年度だからでしょうか、今回 メールを送ってくださる方が目立ちます。うれしいことです。「私も、生きているなあ」なんて感じてしまいます。
そんなことから、今年は“メール交換”に力を入れようかと思います。例え、例会に参加できなくても、互いに学び合い、高め合えるのではないかと思うのです。超多忙化政策により、教師たちに考える余裕を与えず、指示待ちの付き従うだけの教師にしてしまおうという政策、ひいては、考えない子どもの育成となってしまうのです。
このことは、民主党政権になったら、少しはマシになるかと思っていたけど、全然。ひどくなる一方です。サークルに参加もままならないなんて、可笑しな話です。
こんなことに引きずり込まれないように、年寄りもカッカと燃えないとねえ。(実は、国民保健料の納入請求書のべらぼうな金額を見て、いきり立っているのです)
≪04月02日 土曜日≫
急に孫が来ることになりました。そこで、このチャンスを生かそうと、この「日記」を軽くすることにしました。実は、自信がなくて、息子にず〜っとやってもらっていたのですが、いい加減に自分でやれるようにしなくてはと思いつつも、途中で失敗したら、アウトです。だから、息子のいるときにしようと言うわけです。パソコンの得意な人からすれば、全く初歩のことですが、私は、頼りきるだけでしたからね。なんとかかんとかできました。見ても分かりますが、なんと14回目にして、やっとです。遅々たる歩みですね。
≪04月01日 木曜日≫
明治村のボランティアも6年目に入ることになります。よく続いたものです。一応、『人生、5年節説』に従って、ボランティアも、新たな姿勢を築くことになります。さて、どうするか。やはり大人向けも避けて通れませんけど、あまり力は入りません。小学生向けに徹したい思います。だから、8月はお休みにするとかしようかな。でも、お休みしても、すぐ補充されるので、経費節約にもならない。
明治村が“明治村=博物館としてのプライド”を保ちつつ、どう来館者を増やしていくかは難しいけれど、手を打たなければ、明治村もジリ貧となろう。マスコミによれば、震災以降5割減という。この5割減は、震災以外に、その原因も求めるべきです。そうでなければ、今後、客足は、伸びないと思いますね。殆どが「明治村探検隊クイズ」に挑戦する人ばかりです。
≪03月31日 木曜日≫
来年の春出版を目指しての原稿検討会がありました。もう3回目です。要は、7人の執筆者の波長を合わせなくてはいけないのですが、どうも 私だけ他の方と違っているようです。同じ愛知で教師生活を送り、同じように民間教育団体に所属していた者ばかりなのですがね。まあ、昔から私の所属している数教協と、他の執筆者の多くが所属しているサークルとは、波長が合わないのは承知しているのですけどね。検討会後の飲み屋さんでの一時で少しずつ波長合わせをしていくことになるのでしょうけどね。
≪03月30日 水曜日≫
宮城県での窃盗被害が1億円を超えたそうだ。被災者の弱みに付け込む浅ましい心。「こんな人間に誰がした?」と問うと、世間では、必ず「戦後の教育が悪かった」「日教組の組合員教師が元凶だ」となります。決して、自民党の教育政策が悪かったとは言われません。競争原理の中に、子どもも親をもぶち込み、心の絆をぶっ壊してきたツケだとは、不思議なことに誰も言いません。報道を担うマスコミからして、そうです。
私の「心の教育を無視しない習熟のあり方」などという研究テーマは、端から見向きもされません。“鍛錬こそが、学力向上の唯一の道だ”と信じきっているのです。ダメなことをいくら鍛錬してもムダであることに気付こうとしないのです。こうした柔軟な思考をできなくしてしまった管理教育が問題なのです。
≪03月29日 火曜日≫
福島原発は、行くところまでいく。そう思うようになってきました。最悪のパターンです。外国の報道では≪MELT DOWN≫です。日本だけ、認めようとしていない。まあ、国民を冷静にしたいためでしょうが、事態は、刻々と進んでいるため、政府の声明が二転三転するということになる。風評は広がるばかりだ。福島の農家で自殺者が出た。東京の地場産業が立ち行かなくなってきた。各地の観光地の客が激減している。・・・・・・。地震・津波・原発の三重苦から、抜け出すには、政府はエネルギー政策の大転換をしなければならない。上塗りで事が終わることはない。非常事態なのだ。
ところで、「勤勉」「実直」「忍耐強い」などと日本人はおだてられているが、残念ながら、ちっともそうではない。「便乗値上げ」「買い占め」「横流し」等々、大儲けを企んでいる輩がごまんといる。メールにもいっぱい入る。「人間=性悪」かもね。これじゃあ、いかんと思うけどね。でも、今までの人生でも、いっぱい裏切られたよ。
≪03月28日 月曜日≫
新美南吉記念館でもらった「ごんのかわら版」にこんな文章がありました。
「火を燃やす風景が珍しくなりました。収穫の終わった後は、あちらこちらの畑で不要になった物を山積みして枯れ草とともに火を放っておりました。この立ち上る煙の臭いと灰は・・・・・の遠慮から、限られた所でしか出来なくなりました。しかし、紅に弾け燃え上がる炎は私たちに言葉で言い尽くせない程の様々な感情を喚び起こしました。気がついてみると、家庭の中からも炎は姿をみせなくなってきました。安全第一というのでエネルギーは電気に頼ることが主体になってきました。
火、不可思議な光を放つ炎が大きな役割を持つ童話がいくつもありますが、これからの子供達にはこの魔性を感じとることが難しくなってしまうのでしょうか。人類の歴史は火の歴史だと語られてきました。無理に火を燃やすことをしないでもいいですが、火を間近に見ることのできなくなった世界は如何かと思えます。」
う〜ん、「火の文化」をおざなりにしてきたつけか。心まで貧しくなってしまった日本人。報道されないだけで、被災地では、窃盗などが頻発しているらしい。“買い占め”だって同じこと。 さみしいねえ。
≪03月27日 日曜日≫
「地震だけだったら、・・・・」「地震と津波だけだったら、・・・・」 こんな仮定の話は意味ないけれど、きっともっと復興の足音がびんびんと伝わってくるでしょうに。また、避難するにもある程度の期間という目処がたつでしょうに、「原発」はいつ帰れるかの目処は立ちません。退避することは、ふるさとを捨てることに繋がりかねませんからね。
そう言えば、30年ほど前に、研究会で「原発事故の起きる危険性のレポート報告」を何度か受けた記憶があります。でも、福井原発と名古屋が思っている以上に近距離にあることを説明されても、ピンときませんでしたが、
やっと、原発の危険性がわかるようになってきました。中部電力管内には浜岡原発があります。福島原発よりも立地条件は危険なところです。幸い、中電の原発依存度は12.3%だそうです。浜岡の5機を止めても電力不足は起きないそうです。だったら、今後の電力政策を大転換してほしいものです。
【原発依存度:北海道・39.6%、東北・27.7%、東京・32.1%、中部・12.3%、北陸・30.9%、関西・53.6%、中国・ 20.9%、四国・53.4%、九州・50.1% 】
こうしてみると、中部は、天然の恵み(水)を受けているわけだから、それを生かすべきですよね。自然に逆らちゃあいけません。
≪03月26日 土曜日≫
どうも、どこのサークルもお疲れ気味ですね。あえて言えば、サークルのお世話をする人が、お疲れ気味状態では話になりません。活気・活力が出てきません。「例年通り」という企画の立て方では、若い人はついてきません。 授業づくりと同じことです。
『そういう創造的な仕事は、絶えず不安につきまとわれているものである。一つの授業なり行事なりが創造的に行われ、そのな かで教師や子どもが豊かになり変革したりするためには、教師は絶えず一つ一つの授業なり行事なりのなかで、完璧なもの、く りかえすことのできない新鮮な創造的なものを創り出す覚悟をしなくてはならない。同じ質の授業なり行事なりをくりかえしてはな らないと決意しなくてはならない。そのためには、一つの授業なり行事なりのなかで一つの完璧なものを出したのと同時に、休む ことのなくつぎの新しい授業なり行事なりの創造の仕事にとりかからなくてはならない。』 【一つの教師論】斉藤喜博より
ところが、現職の人ほど元気がない。そうなる理由は理解できないでもないが、現職の人が中心にならなくては、教育運動は“停滞”あるのみです。戦後の民主教育確立期に続々結成された民間教育団体よ、どこへ行くのであろうか。
≪03月25日 金曜日≫
あと1週間で、4月。新年度になります。どんな所でも、年度のまとめがあります。明治村・リトルも今年度はどうだったのでしょうか。震災後、どの施設も観光客が激減しているそうです。これからは、再び苦戦続きとなるのでしょうか。とかく公務員上がりのものは、浮き沈みに鈍感です。たとえボランティアでも、考え、配慮すべきことはたくさんあるように思います。“たかがボランティア、されどボランティア”ですから、でしゃばりで、プライドの高い人は、ボランティアに不向きでしょうね。もう1度、「自分は、どうしてボランティアをやっているのか」。その意義を問い直してしてみたいです。
≪03月24日 木曜日≫
昨日、今日と小1の孫が友だちと来ていました。学校を休んでいるわけではありません。私も、以前から全国には、愛知のように「卒業式が先で、5年以下の終業式が後」と言うところと、「終業式が先で、そのあと卒業式」をするところがあることは知っていました。ただ、孫の地域のように、18日が卒業式で、早々と17日に終業式をする小学校があることは聞いたことがありませんでした。だから、春休みが3週間近くあります。しかも、長いので、途中に「出校日」もあるのです。ただただ「へえ〜」と言うだけです。ところ変われば、何とやら・・・というやつです。
そうそう名古屋市科学館は新装オープンで、入場するのに2時間待ちです。これはプラネタニュウム目当ての人です。プラネタニュウムに入らない人まで、寒空に並ばせるというのはいかがなものでしょうか。以前のように、科学館に入場させ、見学希望の人だけプラネタニュウム前に待たせればよいのではないかと思います。科学館の見所は、プラネタニュウムだけではないはずです。
≪03月23日 水曜日≫
今日で、中日文化センターでの1月〜3月期(私としてはX期)の講座が終了しました。月2回で1年半・36回です。私自身は、楽しんで、いや苦しみつつの36回ですが、受講していただいた方には、十分満足していただけたかは疑問です。多分、不満、消化不良であったろうと反省しています。 それは、受講者が大して増えることもなく、今のX期が一番多い参加者数なのです。
それで、一旦は、区切りをつけようと考えましたが、「教科書も変わり、指導要領も完全実施」となるので、4月以降も月1のペースですが、続けることにしました。でも、曜日が変更になったことや、月1で間延びするなどの理由からか、今ひとつ人気がありません。4月からの講座への参加者数は、またまたT期の時のように少ないのです。他にも魅力ある講座が目白押しなので、『大人のための算数ひろば』では、インパクトがないから、仕方ないでしょうね。まあ、細々と続けられる限り粘ってやることでしょうね。
いずれにしても、今年度分はこれで終了。これからは、新年度の講義・講座に向けて、準備開始!
≪03月22日 火曜日≫
今日のボランティアは、アフリカゾーンのガイドです。アフリカゾーンはあまり人気がありません。多くの日本人の感覚は「建物のみすぼらしさ」や「一夫多妻制への卑下」等からくる見下した感覚です。一ランク下に見る目線です。でも、これからの日本が考えていかなくてはならない原点がここにあるように思うのです。だから、“本当の豊かさとは、何なのか”と問いかけるようにします。特に若い人にはね。もちろん年寄りには、しません。一夫多妻制に対して、多夫一妻制をぶつけて、考えてもらいます。様々な地域の、様々な建物を比較しながら、人間社会の多様性・共通性を感じとってもらうのが、リトルの博物館としての使命だと思うからです。まあ、そんな堅苦しいことはいいです」と言わないまでも、そんな雰囲気の方が多いのが現実です。そうした方には、こちらから声を掛けることはしません。テーマパークとしてのリトルを楽しみに来ている方の邪魔をしては申し訳ないですからね。
≪03月21日 月曜日≫
チェルノブイリから25年経っている。でも、周辺の村々は廃村となり、人々は帰村できないでいる。福島原発周辺からも、人々は退避し、野菜や牛乳の汚染の報告が出始めた。阪神大震災の時も、全国に避難したが、今回は、住居が全壊したと言っても、津波で根こそぎやられている。聞けば、財産権とやらで、瓦礫と化したものでも、安易に撤去できないのだそうな。「なんで?」と思うが、必ず裁判沙汰になるらしい。これでは、復興が遅れるばかりであろうが、ドサクサに紛れてあくどい事をされる方がいるのでねえ。「よかれ」と思ってやっても、許されないらしい。こうしたことに加えて、福島の人たちは、放射能。はっきり言って、いつ帰れるか保障の限りではないのです。まさに「難民化」です。耐えられないでしょうね。かける言葉もありません。
≪03月20日 日曜日≫
「東北関東大震災」が起きて、もう10日目になります。「津波」の恐ろしさをイヤというほど思い知らされた感が強いです。「阪神淡路大震災」の時は、春休みに現地に赴き、そのひどさを体感しましたが、「津波」は根こそぎです。すべてを奪っていきます。被災者と言っても、「阪神淡路」とは同質にはできないと思います。さらに今回はあってはならない原発事故ですからね。
こうした折、支援の輪が広がっていますが、セリーグの球団の姿勢は納得がいきません。何故、セリーグの球団は巨人の顔色ばかり伺うのですか。「25日開幕を29日に延期します」でいいのですか。セリーグの驕りとしか思えません。「巨人の顔色を見ている」ということは、“今期から、試合中の私語を禁止する”と通達を出しても、やはりまだ八百長があるんだなあと思えてきます。 それにしても、巨人のWは、どうしてそんなに力を持っているのでしょうか。
≪03月19日 土曜日≫
「算数・授業づくりの会」をしました。卒業式の翌日・三連休初日ということもあり、常連さんの欠席連絡が多く、さてさてどうなることかと心配していましたが、7名の参加となり、ほっとしました。ほっとしたのはいいけれど、脱線しすぎで、予定していた「ものづくり・折り紙」をすることを忘れてしまいました。それは、あわよくば、将来 愛知の地にも≪折り紙サークル≫を作る基盤を耕しておきたかったのです。今、全国的に組織化が進んでいるのに、東海地区協は、またしても出遅れています。≪折り紙≫は、幼児教育に関わっている人たちとの繋がりもできやすいと思うのです。だって、私の関わっている学生さんの半数以上の人は、「保育士」の資格をとるのです。早期教育という観点というのでなく、「幼児の算数」のポイントなのです。
でもまあ、今は地区委員長の役を下りているので、「でしゃばるな」とお叱りを受けそうなので、静かに静かにしていた方がいいかな。
≪03月18日 金曜日≫
今日は、“明治村開村46周年の日”でした。ちょっとした記念行事的なことがあったようですが、ボランティアには関係ありませんでした。最高時には、158万人だったそうですが、今は40万人ちょっとです。村の運営もたいへんそうです。ボランティアも、その存在価値をを高めるような行動スタイルを考えるべきだと思います。しかし、第一期生の超ベテランの方々が、ボランティアの半数近くを占めています。まあ、超ベテランの力が強くて、変革は起きません(ちなみに私は5期生です)。まあ、仕方ないでしょうね。平均年齢は、70数歳です。私も、うれしいことに、まだ若手です。
【1期・38人、2期・8人、3期・7人、4期・6人、5期・10人、6期・5人、7期・4人、8期・4人、9期・10人】
≪03月17日 木曜日≫
東日本震災から1週間が経ちます。被害は拡大するばかり。それに、福島原発事故。津波は想定外では済まされませんよ。1〜4号機と思っていたら、6基あるそうじゃないですか。そちらは、大丈夫なんですかね。デモ鎮圧のための機動隊の高圧放水車でも何でもいいですよ。一刻も早く沈静化させてほしいです。チェルノブイリ基金のカレンダーを見直していますが、もう危険度はその一歩手前なんでしょ。猶予はありません。
それにしても、各国は「強盗や略奪が起きないのはすごい」と評しているそうですが、残念ながら、日本には、人の不幸や善意に付け込んで、金儲けを企む輩がごまんといるのです。かえって悪知恵=悪質のように思います。まあ、日本は、電力を使い放題、垂れ流しの国です。この機会に、そうした体質を変えていかない限り、今後、何度でもこうした大混乱を繰り返すことになるでしょう。 悲しいことです。
≪03月16日 水曜日≫
昨日、またまた静岡の富士宮で深度6の地震が起きました。東海地震がひしひしと迫ってくる感じです。「関連はうすい」と否定していますが、東北大地震に誘発されているように思えます。「だったら・・・・・」と心配していると今朝方の突風。とても気持ち悪かったです。不気味です。 今日の日中も陽がカーッと射したと思うと、急に雹かと思われるような雨粒が落ちてくる。天(自然)の怒りを鎮めるにはどうしたらよいのでしょうか。
今 気になることは、朝から晩まで地震情報を流していますが、徐々に苛立ちからか「保安院は何をやっているのか」「専門知識がないのではないか」とか「政府は情報をすべて公開しろ」「対応がばらばらだ」というような足の引っ張り合い的な解説が増えていることです。お互いに真摯に必死に努力している時、外野は気楽なものです。だからこそ、パフーマンス的な発言は控えるべきです。特に名古屋市民は乗せられ易い体質があるようですから、戒めなくてはなりません。
今日、妻が帰国しました。成田から、国内便でセントレアに飛ぶ予定だったので、驚くほどスムーズに帰ってきました。今、日本の震災のニュースは世界に流れているそうです。
≪03月15日 火曜日≫
夜、教え子が出るので「東海学園交響楽団定期演奏会」を聴きに出かけました。多分、クラシック音楽の演奏会に出かけるなんて初めてです。なにせ私の音楽音痴の始まりは、この東海での6年間にあると思っているほどですからね。むろん、私の在学時には「交響楽団」というようなクラブはありませんでした。だから、大勢の後輩たちが、やっているのを信じられないくらいでした。 曲目は“ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調作品88”と“ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調作品104”でした。と言っても、正直「ホーすごいものだな」と言うだけで、アンケートには曲の感想が書けませんでした。 ああ、死ぬまでに、また修行しなくてはならないことが増えてしまいました。
≪03月14日 月曜日≫
「この地震は、ふざけた国会議員への鉄槌だ」と、のんびりしたことを言いましたが、事態は、日本崩壊寸前。
原発の炉心溶解に止まらず、国の溶解も始まっている。いや、溶解が加速しているようだ。ニュースを見れば、東京では食料品の買占めが始まっているらしい。これは、明らかに東京電力の「計画停電声明」が引き金になっている。「節電」を言うなら、まず深夜放送を止めればよい。そして、どこのチャンネルも一日中、地震情報なのだから、まとめればよいでしょう。一番情報のほしい人たちの所は、テレビが見えるのですか。前代未聞の大地震による津波災害なのですから、国も全力でやっているでしょうけどね。つらい立場ですね。いや、津波災害ばかりに目を奪われていますが、地震の揺れによる災害もいっぱいあるのではないでしょうか。
それにしても、被害は底なし。どんどん拡大していきます。妻は、あさって成田に着く予定ですが、無事帰って来れるのでしょうか。
≪03月13日 日曜日≫
津波のこわさをイヤというほど、示した今回の地震。被害はどこまでになるのでしょうか。日本が壊れてしまったかのようです。東海大地震はいつでしょうか。いよいよという感じです。
ところで、今日は、西三サークルの合宿研で、黒田さんが「若い教師へのメッセージ」と題して講演をされるはずなので、朝、投票をすませて、車を飛ばして、蒲郡まで行きました。着くと、駐車場も空いているので、おかしいなあとフロントで聞くと、「中止になりました。昨日も来た方がありましたよ」とのこと。ガックリ。聞きたかったのになあとぼやいても仕方ありません。帰路は下道にしたので、2時間もかかりました。こんなところにも、地震の影響はありました。
≪03月12日 土曜日≫
50数年前、夏休みには、子ども会が、空き地で映画会を催してくれました。白い布をスクリーンにして、映すのです。蚊に食われながらも楽しんだものです。その中に、忘れもしません。いつの津波を採り上げたものかはわかりませんが、津波の恐ろしさを存分に心に刻んでくれた作品がありました。でも、昨今は、津波警報が出ても、1mを越えたなんて殆ど聞きません。やはり油断でしょうか。規模がでかすぎるためでしょうか。あの50数年前に目にした被害と同じです。もう今日一日は、どの局も大津波の報道番組ばかりです。ただ大きく違うのは、原発に損傷が起きていることです。避難勧告が10kmまで拡大しています。チェルノブイリのようになるのでしょうか。
そうそう、昨晩10時半ころ、八王子に居る長男から「やっと着けた。無事だ」という連絡が入りました。本当に電話は繋がりませんでした。二男夫婦と孫は、海岸から1kmもない舞阪に住んでいるので、まだ油断はできませんね。あとは、妻が旅行から帰ってくる頃には、成田も降りられるでしょうかね。
ところで、この地震は何故起きたか。 私は、非科学的ですが、国会で、日本の将来のことを話し合いもせず、揚げ足取りばかりの権力闘争をしている国会議員どもへの天の怒り・鉄槌だと思います。
≪03月11日 金曜日≫
少し前には、あまり考えられなかった「お別れ(卒業)遠足」が盛んなようだ。あと1週間で卒業式というこの時期に、今日も3校が明治村に来てくれました。明治村としては、大歓迎です。ただ、ツアーガイドを担当しているボランティアガイドとしては、“学び”を主目的に来ているわけではないので、対応がちょっとねえ。手抜きと言われても仕方のないようなことしかしていません。あなたなら、どうしますか。
帰路、ラジオをつけると、「日本最大級の地震があった」と大騒ぎしていました。「名古屋も震度3だそうです」が、ボランティアの活動中だったのか、全く感じていませんでした。聞けば、浜松に居る孫の小学校や保育園では、避難をしたし、地域の人たちも避難して来たそうです。私は、テレビで見て、そのすごさをやっと知りました。
※中日新聞は、夕刊に地震の一報を載せていましたが、朝日新聞の夕刊には載っていませんでした。
≪03月10日 木曜日≫
急に思い立って、20年前に『算数教育』に連載した「算数教師知的生活のすすめ〜〜子どもと教材を見る目を豊かにする法〜〜」を加筆訂正して、改訂版を作成しかけましたが、思いの外、はかどりません。「昨今の教育状況は、20年前にお見通しだったねえ」と自己満足する一方で、「その後のことを加えた方がいいよね」と思う箇所も一杯。それに、1項目ずつが、予想以上に分量もあって、まだ3項目めです(全体では12項目ある)。ちょっと項目も整理したほうがいいかな。なるべく手軽なものにして、どんどん若い教師に配布したいと考えています。これから5年間の私の姿勢を示す指針でもあります。でも、このペースでは、4月中に終わらないぞ。
≪03月09日 水曜日≫
『数学教室』の“新しい教科書を使う! さあ授業開き”の特集に寄稿したり、『若い教師へのメッセージ』という企画に参加したりしていて感じることがあります。大抵の場合、私以外の方々は、基本・原則に乗っかって、真っ当なことを書かれます。大切なことだとは思うのですが、私の内心は「そんなこと言ったって、職場の現実は甘くはないよねえ」「無理なこと言わないで、できるところから、柔軟に対応したらいいじゃないか」とね。もちろん、私の主張は、古い言葉で言えば「日和見主義」として、強く嫌われます。「おまえは、民主勢力へのスパイか」と言われたことさえあります。でも思うのですよ、原理原則ばかり振りかざしてると、孤立していくばかりじゃないかとね。みんなが手を取り合って、楽しく取り組める一致点は、原理原則からは少々ずれていても、第1段階だからと共同戦線が組めるような懐の深さを持たないと、ますます教育運動は廃れてしまいます。
このことは、国会の論戦?でも同じことです。「マニュフェストが守られていない」という追及、とっても軽く聞こえます。誰もが「おまえなら、できるんかい?」。野党というのは、気楽でいいですね。みんな 白けきっています
“夢とロマン”がなくちゃあ、若者はついてこない!!!
≪03月08日 火曜日≫
愛知県内の中学校は、今日が卒業式です。そんなシーズンなのですね。それで、火曜日なので、リトルへ出かけました。こんな時期なのに、卒業遠足で、小学生がいました。なんだか、「卒業遠足」というのが流行のようですね。でも、遠足的行事で来る子たちは、ボランティアガイドには興味を示しません。“スタンプ集め”に夢中です。小学生を引き止めるのに悪戦苦闘でした。
そうそう、京都の山奥の学校らしいのですが、全校児童5名ですが、3年生の子1人を残して、6年生1名・5年生3名の4名が修学旅行に来ていました。来年度は全校児童4名になっちゃうそうです。「友だちがいっぱいほしいね」なんて言っておきました。明るくて素直な子達でした。
≪03月07日 月曜日≫
近頃は、議員先生ほど性もない奴はいないなあと思い知らされている日々だ。国会の討論なんて、揚げ足取りばかり。そんな質問しかできないのかって、呆れてしまいます。国会議員全員を集めて、お説教してやりたくなります。国会議員ならば、憂うる国の行く末を議論しあうのが仕事でしょうに。揚げ足取りに終始しているということは、「国会の私物化」です。外国メディアにも呆れられているのに、凝りもせず・・・・。恥ずかしいと思わない程に腐りきっているということです。税金泥棒です。だから、名古屋のようにめちゃめちゃなことを言い、パフォーマンスだけの施策でも票が集まってしまうのです。それ以上に、呆れた議員ばかりだからです。
それにしても、日本はどうしてこうなってしまったのでしょうか。まあ、戦後、政治教育が行われてこなかったからでしょう。“日教組”の末路をみればわかります。
そうそう、お母さんサークルの通信に「算数教室をやっている方が、道路に出て、速度の学習をやっていたら、近所に住む退職教師が“公道で何をしているんだ! 許可をもらってあるのか!?”と怒鳴った」と報告しています。 あああ、日頃「先生!」「先生!」とおだてられて生活していると、可笑しくなってくるんですね。
≪03月06日 日曜日≫
若い教師たちに、お薦めのブログがある。私がぼっとしたり、落ち込んだりした時に読むと、ほっとするブログである。高知のコニアン通信だ。今朝の号に、A「コニヤンの肯定脳で生きるための50の習慣術」が紹介してあった。内容は、若者向けではなく、年配向けであるが、なるほどと感じるところがいくつもある。50を載せてみる。
@「成功するイメージを描いて実現させる」習慣 A「夜早く寝て朝早く起きる」習慣
B「ドーパミンがドパーと出るような人間とつきあう」習慣
C「否定的な感情にならない」習慣 D「約束の時間を守る」習慣
E「日常の小さな繰り返しをいやがらない」習慣 F「他人の悪口を言わない」習慣
G「いい口ぐせを常に心がける」習慣 H「無意識を意識化する」習慣
I「時間ができたら歩いてみる」習慣 J「悩みだしたら外にでかけてみる」習慣
K「笑顔でボチボチやる」習慣 L「自分のペースを見つける」習慣
M「自分らしさを見つけていく」習慣 N「自分の弱さを受け容れる」習慣
O「1日の段取り(優先順位をつけて)を書き出す」習慣
P「朝ブログ(朝日記)を書く」習慣 Q「後始末を大切にする」習慣
R「ひらめいたり、思いついたらすぐにメモをする」習慣
S「わからなければ聞く」習慣 21「今やるべきことは即座に着手する」習慣
22「毎朝10分読書する」習慣 23「得意でないことにチャレンジする」習慣
24「寝る前に一日のよかったことを思いながら眠りにつく」習慣
25「常にオヤジギャグを考える(ユーモアを持つ)」習慣
26「目標を明確にする」習慣 27「夢を語る」習慣
28「マンネリにならない発想を常にする」習慣 29「原点に時には帰る」習慣
30「いつも子どもに教えてもらう」習慣 31「ノーテンキで暮らす」習慣
32「今日もいい感じ!と鏡の前で毎朝つぶやく」習慣
33「人生いつも旬であることを大切にする」習慣 34「こだわることはいいことだと思う」習慣
35「感動・関心・感謝の三カン王を忘れない」習慣
36「つるまない」習慣 37「人と合わさない」習慣
38「テレビをできるだけ見ない・ラジオを聴く」習慣
39「恩送りをする」習慣 40「親孝行する」習慣
41「朝バナナ」の習慣(前の日の夕食から次の日の昼食まで胃や腸を休ませる習慣)
42「喜怒哀楽を自然体で出せる」習慣 43「身近なことをていねいにやる」習慣
44「あたりまえのことをあたらしいあたりまえととらえる」習慣
45「常識であることをいつでも疑ってみる」習慣
46「マイナスのことにいつまでもくよくよしない」習慣
47「どちらにころんでもシメタと思う」習慣
48「人にわからないようにそっと気づかいができる」習慣
49「自分にもできることがいつもあると思う」習慣 50「家族の一人ひとりを大切にする」習慣
以上。 ああ有情。
≪03月05日 土曜日≫
今日は、1.5cmの立方体づくりをしました。退職時に買った電動のこぎりを駆使してのパズルづくりです。1人あたりのパーツが多いので、たいへんです。小型の電動のこぎりなので、耐久性がそれほどでもないので、休み休み作ることになります。でもまあ、私には楽しい一時となりました。15セット作りたいのですが、本日は切るだけに終わりました。あと、少しだけ磨きを入れ、ボンドで接着して、さらにシールで模様を入れて、完成ですから、中旬までかかりそうです。 無理をすると、必ずあとでどこかが可笑しくなるので、ゆったりと進めます。
≪03月04日 金曜日≫
大学生も、春休みに入っているでしょうね。暇をもて遊ばせてか、大学入試のカンニングをしたり、誘拐事件を起こしたり、20歳前後の乱れが目立つ。この乱れの責任は、「私たちの世代の教師=日教組の組合員が負うべきである」というのが、巷にある世論?らしい。 私は、弱い立場の教師に責任を押し付けて、政府や文部官僚が責任をとらないから、世が乱れていると思う。教師の自立を図らず、管理下に置くことばかり考え、受験体制を煽っているからだ。若い教師の中にも“長いものには巻かれろ。その方が楽だ”と考える人が多くなっているのも確かだ。今後も、政府・官僚は、競争させ、しごけば、学力向上につながるとしているから、ますます子どもは浮かばれない。しかも たちの悪いことには、民主的教師と言われる中にも、根強く残っていて、同調しているからねえ。まあ、そうした人たちは、退職とともに、教育界からさっと足を洗う傾向が強いようにも感じる。それは、真に子どもたちの側に立った教育をしていなかった証しと決め付けるのは、まずいかな。
≪03月03日 木曜日≫
退職後、3月が一番時間的余裕のある時期となっている。すると、いろいろ思い巡らす。周囲のことに、自分のことはさておき、嫌味を言いたくなる。まさに困った年寄りなのですがね。
私が若かりし頃、関わった種々の集会をみていると、どうも活気がない。頑張ってやっている人には申し訳ないが、企画の仕方がねえ。レポーター集めが手抜きではないかと思ってしまう。あえて言うと(だから嫌われるのですけどね)、昨今の「東海・近畿の合同集会」や「愛知民教連の集会」ではすばらしい実践家がレポーターを務めている。でも、これらの人は依頼すればすぐやってくれる人たちだ。私は、民間教育団体の集会ではこうした“1本釣り”の仕方はまずいと思う。各サークルが活性化しなくなる。各サークルが「どうしよう」「どうしよう」と悩んだ末、推薦してくるレポーターほど貴重なものはない。実践が少々未熟であろうと、レポートする体験の重要さ、また、各サークルにどれだけの勢いを与えることか。 各サークルが停滞し冷え切っているからこそ、各サークルの活性化につながる企画をしなくては「集会」をやる意義がない。“継続は力”とは言うが、ジリ貧では光明が見えてこない。
≪03月02日 水曜日≫
入試問題が携帯を通して漏えいしたというので大騒ぎになっている。携帯を自由に使いこなせない者にとっては、別世界の話となるし、妬み的な発言ととられるであろうが、便利さばかり追求している社会にはいい薬だと思う。 こうした事件は、お隣の韓国では4〜5年前に起きている。
話が反れるが、日本のコンピュータ教育は 韓国に4〜5年は遅れています。日本のコンピュータ教育の多くは、管理の下での使用で、自由に使わせません。かつて韓国から来た視察団が驚いていました。「自由に使わせなくて、創造力は育ちますか?」 日本の教育はすべてがそうです。学力向上には、競争・特訓・シゴキが必要だとね。つまりは、日本の社会には、信頼関係が成り立っていないということです。“義理・人情”もないということです。ちと言いすぎかな。
それで、ちと気になったコメントがあった。「試験官は、いい加減なんですよ」なんて、尾木さん、言うべきではないですよ。ますます試験地獄をもたらすことになりませんか。喜ぶのは、文科省だけです。
例えば、相撲界の八百長事件は、野球界に「試合中の私語禁止」という通達を出させることになった。真綿でも首を絞めてはいけません。
≪03月01日 火曜日≫
もう3月です。今日は、小雨だった所為でしょうか、本館担当でしたが、忙しかったです。「これらを見て、感じたことは何ですか」と聞いてみました。多くは「そんなこと分からないよ」という顔をします。すかさず、「比較して、同じところとちがうところを見つける」。そして、「何故、そうなのか」を考えることだとアドバイスします。今日の小学生たちは、よく乗ってきました。やっぱり知り合いの教師がいる学校でした。
う〜ん、私もボランティア活動をやるようになって、もうすぐ5年間が経ちます。私が、ボランティアをやっていることもだいぶ浸透してきました。私の出る日にあわせて、行事を組んでくれるようになってきました。うれしいことです。大学生への勧誘にも力を入れていきたいですね。JAの方々にも「本館がすごい」と褒めてもらいました。
≪02月28日 月曜日≫
明治村の建築部長・西尾さんのお話会=最終講義があるので聞きに行きました。明治村の開村当初から、ずっと40数年間関わってきた方のお話です。「開村にどうこぎつけていったか」という裏話と、「帝国ホテルの価値」についての話が中心でした。それにしても、様々な分野の第一線の方々が関わっていることがよく分かりました。耳や目にしたことのある人はちょっぴり、初耳の人の名が一杯出てきました。名鉄という一企業ではなく、国をあげての事業であったことを強調されました。「明治村のプライド」です。でも、「建築の墓場」という流言にはショックであったとも。 確かに、日本は、今でこそ「リホーム」などと言いますが、元来は「スクラップ、アンド ビルド」の国柄。残そうという気運の盛り上がらない国です。そうした中での苦労話でしたから、飽きることはありません。こうして、開村当初からの館長さん・建築部長さんが次々去っていくとき、明治村は危機・転機です。資金調達の苦労話が出てくると、100人近く居るボランティアの整理縮小の話も出てくるでしょう。だって、ボランティアの交通費だって、年間400万円ほどの支出になっているはずですから。
≪02月27日 日曜日≫
犬の散歩を終えて、ぽっとNHKテレビをつけたら、『証言記録・・市民たちの戦争』として、「京城帝国大学の医学生たちの敗戦前後の行動」と「沖縄に強制連行された朝鮮人軍夫」のことをやっていた。こうした番組を見、戦争のことをもう1度、日本人は真正面から見つめ、考え直すべきだと思った。日本の戦後教育は、戦争や平和の問題から目をそらさせ、ひた隠しにしてきた。日教組も、20年くらい前に“教え子を再び戦場に送るな”というスローガンを下ろしてしまって、ますます「平和ボケ」の国になってしまった。
ところで、今の全国が「名古屋市議選」に注目しているらしい。でも、名古屋市民に過度の期待をかけられても困ります。議員に対する不信感が「河村票」となっているだけのこと。その手腕に期待しているわけではありません。ところが、議員さんたちは、解散請求の署名簿を河村側が押さえて、ガンガン運動するものだから(市議選に利用してはいけないと思うのですが)、市会議員は右往左往。勝負にならないなあという雰囲気。まあ、こうなったのは、議員の自業自得だと思うけど、それに惑わされてしまう市民も情けない。
“名古屋を民主主義の発祥の地に”というスローガンだけは下げて欲しいね。あれが民主主義だとは思えません。まあ、ヒットラーも「労働者党」が出発点でしたか。
≪02月26日 土曜日≫
そうか、今日は「2.26事件」のあった日であることを思い出した。まあ、世界をながめれば、リビアに象徴されるように、長期政権が次々倒されていく。そうした国々は、政権にしがみつくことによって、特権階級と化しているという共通項がある。これに対する民衆の反発である。ところが、今の日本は長期どころか1年も政権が持たない世界に例をみない政治貧困国家になってしまった。政治家は、政治を語らず、政権奪取を目指し、足の引っ張り合い。小学校の児童会よりも低レベルの国会質疑。どこまで、日本をダメにしようとしているのでしょうかね。再起不能まで貶めて若者に引き継ごうというのでしょうかね。「国会では、政策論議をしようよ」という国会議員は1人もいないのでしょうか。
まあ、自己主張だけで、他の人の意見に耳を貸さないのが、日本人の特徴ですからね。つまり、議会でも集会でも大会でも「演説は、大きな声を張り上げた方が勝ち」「見栄も外聞もなくえげつなく行動した方が勝ち」というのが日本なのです。 ただ、これは政治界と教育界に限られるような気もしますが・・・。
≪02月25日 金曜日≫
今日の明治村は、小学生で大賑わいでした。例年ならば、もうこの時期は行事などは組まれないのにねえ。現場の状況も変わってきたのでしょうか。「お別れ遠足」なるものが増えています。また、2月上旬の私学入試や風邪の流行期を避けるようになってきたのでしょうね。まあ、明治村としては、SLや京都市電という動体展示物が休止に追い込まれて、来館者が減るのではないかと心配しているところですから、大歓迎です。 さすが、来館者が2000人近くになると、忙しくなります。私の今日の担当は、4丁目ツワーガイドと機械館です。大勢の子を連れて廻りました。午後には、午前中に参加した子の声を聞いて参加してくれました。うれしいじゃありませんか。ただ、「おもしろいガイド」という評判をどう受け止めておこうかなと悩みます。「おもしろい」という言葉は、ガイドの質としてはどんなものですかね。まあ「楽しいガイドだった」と言われるように研修を重ねていくことにしましょう。
≪02月24日 木曜日≫
NZの地震。海外での地震にこれほど多くの日本人が巻き込まれたことはないでしょう。あのクライストチャーチの大聖堂での写真を見るほどにもったいないと思いますが、大きな都市での災害の怖さを見せ付けられたようです。ひょっとすると、もっと犠牲者は増えるのではないかと思います。ビルの崩壊による瓦礫の山。私の小さな家の解体でも、驚くほどに瓦礫がありました。その量たるや数十倍でしょう。そんな中で・・・・。
犬の散歩中、偶然会ったUさんと、しばし介護の話。話せる、動けることの幸せ感。もっと、認識しなくちゃあね。苛立ちも忘れて、夢中になることを探そうかな。私が ごちゃごちゃ心配したって、生産的ではありません。しばらく、「若い教師へのメッセージ」づくりに力を入れようかな。
※「若い教師へのメッセージ(仮称)」の本づくりが始まりました。共著ですが、うれしい企画です。
≪02月23日 水曜日≫
文化センターの講座では、いつも「手づくりのパズルや教具」をお土産としてお渡ししています。ただ、印刷しただけのものから、凝ったものまでいろいろですが、手軽にできるものに限られます。でも、1年半、つまり30回以上にもなると、ネタ切れ感が出てきます。2回目となれば、より品質のよいもの、私の製作の腕も向上しなくてはね。今、そんな作る喜びを少しずつ感じられるようになってきました。有難いことです。やはり、楽しみがあることが、一番。そんな「心のゆとり」を持って、生きていきたいなあと思うこの頃です。
きっと、この2〜3日の苛立ちが、そう思わせてくれるのでしょう。
≪02月22日 火曜日≫
今日は、リトル。いつもサークルに来ていてくれるMさんの学級の子が来館するので、わくわく気分で出かけました。
サークルで話している時、その学級・その学校・その地域の状況がわからないと、結局は「一般論」の話に終わってしまいます。それでよければ、サークルにわざわざ集まらなくても、書籍や大学の講義で事たれりです。若い教師にとって、何が必要かといえば、実態に即した授業の進め方です。そうしたことは、教師としての年数を重ねれば、そこそこ並みの教師なら身につくはずですが、若い教師にとっては、未知の世界。つまり、サークルで期待されるのは、単なる「一般論」ではダメだと思うのですが、なかなか・・・。悩みのタネなのです。 だから、サークルに来ている人の学校や学級がリトルや明治村に来てくれると、異常に?わくわくするのです。
今日も6年2組の子をいっぱい見つけました。「この子、少し反抗しているよ」なんて言われていた子もいましたが、素直ないい子ばかりでした。Mさんが、1年間努力してきていることが肌でわかりました。
≪02月21日 月曜日≫
土曜日に、ある「資料」を見せてもらいました。同じ研究会(仲間)の中でやり取りする論議の中では、やっぱり相手の人格を傷つけるような言葉を発してはいけないと思いましたね。修復不可能です。敵をまちがえちゃあお話になりません。 こうした言葉を発することを許したのですから、わが地区協も、情けない組織だということを改めて思いました。さて、どうしていくかを考えねばなりません。大きな課題、難題です。
≪02月20日 日曜日≫
人間って、ほっとするといけませんね。朝部屋をながめて、あれだけ一杯であった物を、昨日のサークルのために、あちこちへ分散させ、空間を作りました。なんとか開くことができたのでねえ。つい、それぞれの場の整理整頓という気が薄れてしまいました。でも、ちゃんとやらないと、活用ができません。今回の整理の基本は「仕舞い込まない」「しまいこむのなら、処分する」です。つまり、今、仕舞い込んでしまったら、「私の生きているうちには活用しない」ということですからね。
『人生・5年区切り説』の第2段階は、徹底した放出方針でいこうと思います。この方針は“懐かしさ”というか“勿体ない”とかの気持ちで揺らぎそうですが、何としてもやり抜くつもりです。それが、若い教師に対しての大いなる支援になると思います。退職教師が、後生大事に財産を抱えていても、生かされることはありませんから。
≪02月19日 土曜日≫
≪学びの園・あしたば≫の例会をしました。日福大からの初参加者も迎えて、9人。とても充実した会になったと自己満足です。今回は、国語の「海のいのち」「モチモチの木」の指導法が中心話題となりましたが、私はこの作品を取り扱ったことがありません。でも、ちゃんと塾の佐藤文朗さんが参加していてくれました。的確なアドバイスをしてくれて、会が締まりました。よかったです。≪あしたば≫も会を重ねてきましたから、話題の入口周辺ばかりをうろうろしてだけでは魅力がなくなります。本日のように突っ込んだ話し合いもしていかないと物足りなくなります。ぼつぼつ運営の仕方を工夫しないといけません。教育総合サークルの難しさです。次回は4月です。新たな提起をしていきたいです。
≪02月18日 金曜日≫
明治村へ行ったら、「建設部長のNさんが退任されるので、その最後の話があるので出てください」との話がありました。いろいろ思いました。前館長のIさん、建設部長のNさんは、明治村開設当時から関わってきた方々です。明治村の生き字引なのです。そうした方々が退任されて、うまく伝承されていくのかなと思うのです。様々疑問に思うことはあっても、明治村の博物館としてのプライドが保たれてきたと思うのです。ここでうまく明治村の存在意義が伝えられていかなかったら、明治村は、博物館から、単なるテーマパークになってしまいます。一大事です。まあ、ボランティアが口出しすることではありませんが、心配です。文化の伝承ということは、実に難しい。旧宅の処分整理をしているときからの悩みごとです。
≪02月17日 木曜日≫
昨日の回収で、本だけでなく、古着45L×12袋や大量のダンボールを出したので、部屋の中が少しすっきりして、なんとか土曜にサークルを行うスペースができてきました。まだ、部屋のあちこちに積み上がっていますが、ほっとしました。今回の例会はどうなるか見通しがもてなかったので、実は積極的に呼びかけなかったので、逆に、集まってくれるか心配になってきました。いつもどおりに開けるといいですけどね。
そうそう、今日も解体工事現場を見に行きましたが、今日はお休みのようでした。でも、建物は完全に壊されています。コンクリートの塊が山積みです。あんなにちっぽけな家だったのに、大量のコンクリートの塊には驚きました。「丈夫に、丈夫に」だったので、鉄骨もすごく目立ちます。あと2〜3日できれいに整地され、やがて人々の脳裏から「何が建っていたのか」忘れ去られていくのでしょうね。 渡辺家が存在したのは、1943年〜2011年の68年間ということですか。
≪02月16日 水曜日≫
今日は、待ちに待った第3水曜・古紙回収の日です。出しました、だしました。教育雑誌の「国語の手帖」(明治図書)「文芸教育」(明治図書)「文学教育」(鳩の森書房)「実践国語研究」(明治図書)「国語の授業」(一光社)「国語の教育」(国土社)「国語教育」(明治図書)「教育国語」(麦書房)「日本児童文学」(盛光社)「子どもの本棚」(明治図書)「社会科教育」(明治図書)[科学教育研究」 「授業科学研究」(仮説社)「初等理科教育」(初教出版)「理科教育」(明治図書)「生活指導」(明治図書)「現代教育科学」(明治図書)「授業づくりネットワーク」(学事出版)「どの子も伸びる」(部落研)「生活教育」(日本標準)「授業研究」(明治図書)「学校運営研究」(明治図書)「教育心理研究」(明治図書)「学級経営」(明治図書)「事実と創造」(一莖書房)「教育のために」(日本評論社)「母と子」(母と子社)「歴史研究」(愛教大歴史学会)と、これだけの雑誌を第1陣として出しました。月に1回の古紙回収日、あと何回使うと片付くのでしょうか。
それにしても、70〜80年代には、たくさんの教育雑誌が出版されていたことに感動しますが、それらが店頭で簡単に購入し購読できる環境があったという事実は貴重だと思います。今や、そこらの書店に行っても、教育書なんて片隅にちょろっとあるだけ。自主研修をしようにも困難な状況であることは明らかです。 なぜ、こうなってしまったのか、誰がそうさせてしまったのか、を追究してみる価値はあると思います。
≪02月15日 火曜日≫
1月の大雪の時には、リトルのボランティアを休みましたが、本日は、現地までつけなかったら、引き返せばいいやと考えて、出かけました。春日井市・小牧市の間は順調でした。犬山市に入っても、なんとか普通どおりに走ることができました。ただ、リトルの入り口から駐車場までの坂道だけ、注意して走りました。25kmほどのキョリですが、積雪も場所によって本当に違います。あらためて思いました。リトルの積雪は20cm以上ありました。
こうした中でも、いくつもの学校が来館してくれました。小学生は、私を楽しませてくれます。なので、昼の休憩(60分)も20分そこそこで切りあげて、午後の活動を再開しました。だって、小学生は、2時くらいに集合して帰ってしまうのですから、1時まで休憩していたら、交流ができなくなってしまいます。
≪02月14日 月曜日≫
朝、解体作業の現場を見に出かけました。今日の作業は、建物に覆いをかけるための足場を組むことから始まっていました。作業をしているのは、外国の人です。1人の人は、私を見ると、とても流暢な日本語で「おはよう」と挨拶をしてきます。もう長く日本で働いているのでしょうね。きっと、明日からはコンクリートの粉砕が始まるのでしょうね。いよいよです。
昼からは、またまた雪がちらついてきました。犬の散歩にも行けないので、来週プレゼントする「パズル」をもくもくと作りました。まだ、半分くらいしか進んでいません。ちと手間取りすぎです。
≪02月13日 日曜日≫
もう10年も前の教え子・S君と会うことができました。大学2年になる彼から、ちとエネルギーを拝借しようという魂胆で、私から接触を申し入れていたのです。私の大学生活とは比べものにならぬ充実振りをうらやましく思いましたね。でも、時が戻ってくるわけではありません。私は、彼の自主精神による行動力に刺激されて、老体に鞭を打って、今後も頑張れるようにと、考えたわけです。4時間ほど、話しました。彼はどうかは知りませんが、私は大満足で帰ってきました。また、しばらくしたら、面会を申し入れようと思います。 やはり、過去ばかり見つめていてはエネルギーは涌き出てきません。「前へ、前へ」歩み続けてこそ、“生きがい”も醸し出され、充実した人生になると思うのです。
本当は、数教協の「新春の全国研究集会」に出かけるつもりでいましたが、あまりお呼びじゃないようなので取り止め、彼に会うことにして、大正解でした。いつか、“学びの園・あしたば”に来てもらおうかな?
≪02月12日 土曜日≫
いよいよ旧宅の解体工事が始まりました。S37年に父親が亡くなり、翌S38年に「もう壊れない家にする」と言って、当時まだまだ少なかった鉄筋づくりの家にして、約50年経過しています。ここ15〜6年は倉庫代わりに使っていましたが、壁面に大きな穴が開けられ、内部の木質部分の撤去作業の様子を見ていると、やはりさみしさが込み上げてきます。今では、母も妹も亡くなり、兄は東京です。更地になってしまえば、感傷的になることもないでしょうが、今はね。 生まれ育った所が消え去り、現在地で、私の人生も終わることになるのでしょうね。旧宅の前のNさんと話していて、「ふう〜〜」とため息が出てしまいました。
≪02月11日 金曜日≫
自宅に運び込んだ物を整理していると、なんと私の大学生時代のノートが出てきました。まあ改めてみることもないので、すべて焼却しますが、算数・数学だけ拾い出しました。「数学」は1年の前・後期。「算数初等教育法」は4年の前期に受けていました。パラパラとめくってみて、「えっ、こんなことしていたの?」と驚きました。例えば、「算数初等教育法」は、今やっている「算数科指導法」に当たると思うのですが、やっている内容は、全然違います。私は、小学校現場出身ですから、より具体的な実践の話を中心にしていますが、“数観念の発生と発展”が延々と続いています。たしかに、小学校教師になるのですから、“数”をどう獲得させていくかは重要ポイントですが、実際に子どもたちを目にしたとき、授業をどうしたらよいかはわかりません。もちろん大学で学んだことが、即授業に役立つとは思いませんが、授業づくりのヒントになる講義でありたいと考えています。
まあ、今している講義の内容を、さらに練り上げていきたいと思います。私の講義は、算数の全体像を強調するあまり、個々へ理論的深まりが弱いと言う欠点がありますからね。90分×15回では、二兎追うことはできません。
≪02月10日 木曜日≫
今年も家の東を流れる八田川の水が涸れます。それが、一日おきのような感じです。確か昨年の時は、大量の小魚が死に、川床が白くなりましたが、今年は全くそうした光景は見かけません。鯉も小魚も賢くなったのでしょうか。いや、今年は、サギやカモの類が多く飛来し、えさとして食べ尽くしてしまっているからなのでしょうか。どちらにしても、不自然です。八田川もきちんの整備すれば、よい憩いの場となると思います。
しかし、右岸と左岸では行政区が異なります。共同で話し合うことはなさそうです。左岸の名古屋市長の廃品回収の大きくなった会社がある春日井市側は堤防の草刈にしてもこまめに行われます。ところが、私の家のある右岸・名古屋市側は年々草刈の回数も減って、春日井市側に完全に劣ります。行政サービスが違います。低下している原因は何か。これは、はっきりしています。本当に、庶民の目線になっているかどうかの問題です。
≪02月09日 水曜日≫
世の中、どうなっているのでしょうかね。というのは、先の選挙で圧勝して、「民意は我にある」と豪語している河村・大村のお2人が、早速表敬訪問をした先は 事もあろうに小沢一郎氏です。愛知の民意は、“政治と金”の問題を容認しているのでしょうか。“減税”に騙されて投票しているとばかり思っていました。まあ、「愛知の民意」なんていい加減なものでしかないように思います。それにしても、この2人の行動は節操がないというか、品格がないねえ。とても「知を愛する県」での出来事とは思えません。ああ、無情!!!!
今日は、頼んでおいた粗大ごみの回収(有料)に来ました。今日は布団を12枚出しました。また、不燃ごみ(無料)も6袋出しましたが、有難いことにちゃんと回収してくれました。本当は、家庭から出すゴミは1回に5袋までだそうです。我が家は、このところ違反ばかりです。まだまだ粗大ごみの回収も頼まないと、整理がつきません。
≪02月08日 火曜日≫
このところ、なんとなく体が重く、筋肉痛のようです。多分、旧宅の整理に1ヶ月近くも忙殺された所為であろうと思うのですが、寝転んでいて、起き上がるとき、とてもつらいです。それが、なかなか直りきらないと、どこか違う原因なのではないかな?と憂鬱になります。まあ、食欲は、まったく落ちていないのですから、大丈夫だと思うのですが・・・。
≪02月07日 月曜日≫
昨日のトリプル選挙は、私の予想をはるかに超えた結果でした。これから先、日本の民主主義はいやな方向に進んでいくことでしょう。以前の「小泉劇場」と同じような結末を迎えることでしょうが、しばらく、名古屋市民は騙され続けることになるでしょうね。「市民税減税」と言ったって、他の税をバカバカ上げているんですから、庶民にとっては増税。給料から、差し引かれている人は気付かないのです。秀吉の“京枡”と同じことです。情けない。
そう今日は、スナップ写真の整理をしかけました。若い頃は、本当によく撮っていたのです。また、学芸会や展覧会等の学校行事の写真も大量にあります。それらの写真も活用することは今後先ずありません。思い切って処分することにしました。でも、あと2〜3回、見直さないと完全には整理できないでしょうね。
≪02月06日 日曜日≫
今日は、全国注目のトリプル選挙。でも、この選挙期間中を通して、私の周りは静かなものでした。選挙カーは一度も見ませんでした。選挙電話は2回だけ、選挙葉書も2枚。普通の選挙でもこんなことはありません。「しらけている」のか、「不気味」と言うべきかはわかりません。ただ、投票所へ行くと、いつもより混んでいました。いつもなら、200〜300番くらいですが、今日は600番台でした。隣のおばちゃんも「行って来ます」と、午前7時に投票に出かけていたから、関心は高いのでしょうね。 ただ、私は 心の中で決めていることがあります。選挙結果によっては、ある行動に出ることにしています。それは、開票が終了する今晩遅くにならないと、実行に移すかどうかは分かりません。やはり、私の老後は平和で民主的であることを願っているのですからね。妥協は許されません。
≪02月05日 土曜日≫
今日も一日、片づけをしました。「これをどうしようか?」「あれをどうしようか?」と迷ってばかりで、なかなか進みません。何も考えず、一気にやっているときは、はかどりますが、モノを見ながらやっているとね。それに、「こう移動するといいかな?」と考えて、やってみても、うまくいかないことの方が多いです。いずれにしても、「再び、しまいこんでしまうことのないようにする」ことを基本方針にして、片付けています。しまいこむくらいなら、思い切って、処分です。しまいこんだ物を今度見るのは、私の死後と言うことですからね。
それにしても、以前、森毅の『人生 20年説』に学んで、『退職後は、5年説がいいだろう』なんて言いましたが、本当に『5年説』が真実味を帯びてきました。変化のきっかけと言うものは、まさに『瓢箪から駒』(?)みたいなものですね。
今、気になっていることは、サークルの日までに、みんなの座るスペースが確保できるかな?という心配です。だから、「サークル案内を なかなか発送できないでいるのです。
≪02月04日 金曜日≫
またまた相撲界が大揺れです。先の「野球賭博」どころではない「八百長」ですから、事は深刻です。でもまあ、相手が何らかの理由でちょっと力を抜けば、一方的な勝負のなるのですから、昔から「八百長疑惑」は付きまとっていたものですが、メールなどに物証を残しちゃあ、否定のしようがないと思いますね。もちろん、I知事のように「八百長があると思って見りゃあいいじゃないか」という話は筋違いだと思います。
ただ、こうした一連の事件の中で気になっているのが、首謀的役割を担ったのが、地元力士だということです。琴光喜(岡崎)、清瀬海(名古屋)、恵那司(岐阜・明智)・・・。そこで、考えました。この近辺の教育界の体質が、彼らをそうさせたのではないかと。つまり、天下の愛知の管理教育です。上意下達の徹底した縦社会。強い者にはペコペコし、下の者には威張り散らす“ほう〔報告〕れん〔連絡〕そう〔相談〕教師”とか“ひらめ教師”いう教育界の体質が、こうした子どもたちを輩出しているのではないかとね。 真面目に考え直すべきです。
≪02月03日 木曜日≫
旧宅の引渡しが終了しました。鍵も渡して、完全に私の所有物ではなくなりました。確か、1月10日に処分の話が出てきたのですから、1ヶ月もしない間に完了という、あっけない幕切れです。私の本籍地は更地になった後、今後どうなるのでしょうかね。 まあ、これからは自宅内の整理です。今日も、リール式のテープレコーダー。若い頃、1か月分くらいの給料を叩いて買ったのに、新品同然ですが、不燃ごみで出すことにしました。「もったいないなあ」と悔やんでばかりです。妻から「○○も処分しなさい」なんて言われているものがたくさんあります。この歳ですからスリムにしていった方がよいとは思うのですが、なかなか割り切れなくて、決断できないです。
≪02月02日 水曜日≫
本当に久しぶりに市美術館に行ってきました。「ポーラ美術館コレクション展」です。そこそこ人が入っているんじゃないかと思ったら、妻が言うには「こうした美術展にしては、空いている。人だかりでなかなか見れないのが普通だ」と言う。「ふ〜ん」と思いながら、見て廻った。ルノアールやモネ、セザンヌ、ピカソ、ユトリロ、モディリアーニ、シャガールなどの有名な画家の作品が数点ずつ並んでいた。それぞれの作家の画風に酔い浸るしたる感じでしたが、所々 制作順じゃないので、若き頃からどう画風が築かれていったかとの比較もできず「なんじゃこりゃ」と思いました。そう展示するには何かの意図があるのでしょうが、美術鑑賞の素人にはわかりませんでした。
私も もっともっと関わりの世界を広げていかないと、人間としての幅が小さくなっちゃうなあと改めて思いました。
≪02月01日 火曜日≫
7年間続けてきたA大学夜間部の最終講義がありました。夜間の学生さんは、実にバラエティーに富んでいて、講義をしていても、楽しかったです。反応がいろいろあって、学ぶところが多かったのです。私が、ボランティア活動を通して“人生勉強”をしているのと同様にね。つまりは、様々な年齢層・異種の集まりの方が思考活動が伸びるということです。でももう夜間部の募集を停止していて、学生さんが居なくなるのですから、仕方ありません。
本日は、15回目で、テストとレポートを書かせました。1時間を与えましたが、速い学生さんは、30分。1時間いっぱいを使った学生も2名居ました。 もう4月まで、A大には行きません。 4月からは、木曜5限ガ、私の持ち講義です。
≪01月31日 月曜日≫
「2月末まで」という予定を、猛烈に整理したので、予定を1ヶ月短縮できました。これから、いろいろ運び込んだ自宅の整理がたいへんですが、ほっとしました。早速、来期のシラバス作成に入らねばなりませんが、今日は少しのんびりしたい気分です。 いや「毎日がのんびりした生活じゃないか」って。 「年金生活者も、意外と忙しいのですよ」「のんびりしているように見えるのは、選挙期間中だからですよ」「それはね、元来 選挙活動を私が嫌っていて、動かなくなるからですよ」。投票は、自分の頭でじっくり考え、回りに惑わされてはいけません。
≪01月30日 日曜日≫
あいち民研の公開シンポジュウム『新指導要領で、教科書はこう変わった!』に参加しました。このところの雑仕事で、ちょっと詰めができていないままの報告となってしまいました。ただ思うに、「結局のところ、教科書を使う教師の問題」になってしまうように思います。しかし、マスコミで言われるような「教師力=教師の責任」とは考えません。また「教師の超過労働のために教材研究をする暇がない」というのは、確かにその現実があるとしても、そこを逃げ道にあげていては、子どもたちは浮かばれません。「教科書べったりでやっていたら、子どもたちはどうなってしまうのか」という危機感をエネルギーに、子どもの側に立つ教師は頑張らなくては(闘わなくては)ならないと思うのです。
こうした意識の強い私は、しばしばパネラーの中でも孤立することが多くなりました。「教師の“生きがい・働きがい”を明確にし、どう超過密労働から脱却するか」という手立てを考え、身を守ることです。例えば、教科書においては、ラジカルな教材体系を持ち、分析し、指導の重点を決め、教科書の増量に耐えることです。また、基礎学力・基本学力を明確にして、質の高い授業を目指すことです。 さらに、雑務的な仕事を早く処理する事務能力をつけていくことです。労働時間のゆとりは待っていたって出てきません。自分から生み出す工夫をしなくてはねえ。
若い教師は、ベテラン教師から、そのノウハウを学ぶべきです。もちろん自分の頭で取捨選択してです。どんなよいと思われることでも言われるままでは、教師としての成長はありません。教育は、人間を相手にしているのですから、モノマネ=マニュアルは、ご法度にしたいです。
≪01月29日 土曜日≫
少しだけ整理をするつもりでいましたが、結局は、午前・午後とがんばりました。なんとか旧宅の整理はつき、今後は自宅内の整理をしていくことになります。どれくらいかかるかな? まあ、新年度を目指して整理していけばいいかな? でも先ずは、サークルの2月例会が開ける状態にしないといけません。これが、難題なのです。今日現在は、やぐらコタツに近づけない状態です。居間を使うことになるかもしれません。
≪01月28日 金曜日≫
ボランティアガイドの大人の中でももめごとがあります。そんな時、元の職業柄が出ます。元教師は“謝ること”が下手です。はっきり言えば、素直に謝ることができないのです。お山の大将で過ごしてきた教員生活から決別できないのです。子どものけんかの時は「あやまりなさい」と指導するのに、当事者のときは「どうしようかな?」と戸惑っているうちに、ますます機会失い、先送りとなって、永遠のこじれとなってしまうのです。本当に“誤りべた”なのが、教師です。子ども目線ではなく、子どもたちを見下した態度、発言が出てしまうのです。ボランティアガイドの場合も同じなのです。 私も、退職後のボランティア活動5年間の「人生修行」から学んだことです。
そうそう夕刊に、都教委の「国旗・国歌強制が合憲」の高裁判決ガ出たそうな。相変わらず、上級審になるほど、非民主的判決しか出ませんね。そういう判決を書かない裁判官は、高裁や最高裁の裁判官にはなれないということです。これが日本の官僚機構なのです。哀れ!
≪01月27日 木曜日≫
もうやるだけのことをやらないと、落ち着かないので、今日も朝から頑張りました。だいぶ先が見えてきました。ウラの倉庫にも手をつけました。水害にあった後のように、どんどん処理していきました。古い古い実践レポも大量に出てきましたが、処分です。母親は“いつか使えるだろう”と、ありとあらゆるものを丁寧に包んでしまってあるのです。でも、結局は殆どのものが使えません。「時刻表」もダンボールいっぱいありました。「ビール瓶」も10本でてきました。「炭」もあります。「まな板」も、なんに使うか分からない「わら細工」も・・・・・。でも、お宝は出てこなかったです。平民の家の倉庫から、お宝が出てくるはずありませんよね。
今日も「可燃ごみ」を45L10袋、「空き缶」も45L3袋まとめました。明日の朝、出します。
≪01月26日 水曜日≫
文化センターの『大人のための算数ひろばX期』の2回目がありました。「量」の話をしましたが、少し準備不足でした。それは、旧宅の整理に追われていて、新たなネタが提供できていないことです。「量」というテーマ自体は何度も繰り返しているのですが、全く同じ内容を繰り替えすのでは進歩がありません。今回の受講生の半数以上は新規の方々ですが、「甘え」はよくありませんからね。
このことは、大学でやっている講義の来年度のシラバス作成にも言えます。各回の講座のテーマは同じでも、学習内容は常に変えてきました。だから、市販されているようなテキストは使わないで、レジュメにしています。
まあ、講座でも講義でもマンネリ化した内容では、つまらないですからね。私も、つい忙しさにかまけていたことを、大いに反省し精進しないといけないなと改めて感じた次第です。
≪01月25日 火曜日≫
先週は、雪のため、休んだので、久しぶりと言う感じでボランティアに出かけました。この時期は、やはり名古屋市の小学校の来館が多いです。理由は簡単です。費用の関係であって、学習の内容・進度ではありませんから、教育的とはとても言えませんが、やむを得ない部分でもあります。今日は7校来ていましたから、そこそこ忙しかったです。リトルの民族衣装はなかなかのものですが、今日、男の子が女性の衣装を着ているのを初めて見ました。まあ、時代の流れかなとも感じますが、ちと考えさせられますね。また、名古屋はこれから中学受験シーズンにも突入する時期でもあるので、受験相談みたいなことをやったりもします。ボランティアの建物ガイドより人気があるのには困りますが、何も学ばずに帰るよりはいいかな?と思って、いろんな話をしています。1ヶ月に8回のペースでボランティア活動をしていますが、今月はまだ4回目です。
≪01月24日 月曜日≫
旧宅の整理に出かけるようになって、10日くらい経ちます。ここ10年ぐらいは少しやりかけては頓挫の繰り返しでしたが、今回は違います。旧宅を明け渡すのですから、徹底的にやらざろう得ません。期限もあります。なんとか目処がたってきました。明日は「可燃ごみ」、水曜は「不燃ごみ」、金曜日は「資源ごみ」を大量に出すことになります。その後も月末に「動産処理」、2月初めに「粗大ゴミ」と続きます。まあ、このことばかりに懸かっているので、大学の『成績処理』、次年度の『シラバス』作成にかかれなくて、ちょっと焦ってきました。まだ他にもやらなくてはならないことがあるんだよね。
今 私の手は黒ずんで、ざこざこです。もうしばらくの我慢かな? 早く決着をつけたいねえ。
≪01月23日 日曜日≫
今日は、頑張って、タンス1棹と本箱を運び出しました。あと、運び出したい物としては、机だけになります。 ただ、運び出しても、今の家の何処に置くのか一思案です。考えていたようにはなかなかうまくいきません。整理の方は、かなり進んだと思いますが、こうしたことは詰めが肝心ですからね。それにしても、疲れました。あちこちが痛いです。
≪01月22日 土曜日≫
今日も朝から、黙々と整理をしました。「不燃ごみ」「可燃ごみ」は一杯出ましたが、「資源ごみ」は意外と少ないです。「これを残そうかな?」「いやいや、今後誰が見るのか?」「誰も見ないだろうね」「やっぱり処分するか」・・・・・。 この作業前、「不燃ゴミ用」「可燃ゴミ用」「資源ごみ用」の45L袋を各40枚用意しましたが、もうそれぞれ半分以上使いました。なにせ50年分の整理です。果てしないような作業です。母親が、それはそれは大事に保管していたのでねえ。割り切るよりしかたありません。まあ、私が大事に保管しているものでも、結局は同じ運命をたどるわけです。なんか虚しいね。
≪01月21日 金曜日≫
今日は、明治村が休村なので、ボランティアもありません。そこで、またまた朝から旧宅の整理です。どんどんと運び出すのはいいのですが、今すんでいる家の方は、もうごちゃごちゃ。それに、疲れてきました。夜などは、ぐったり。講座や講義がまだあるのですが、準備するエネルギーが沸いてきません。でも、もうちょっと頑張ってやらないと・・・。
≪01月20日 木曜日≫
今日も旧宅の整理です。しかも、今日は、解体業者や動産整理業者の人が来て、今後について打ち合わせをしました。とても、急ピッチで事が運んでいます。生まれ育ち、子育てをしてきた過去を振り返る余裕なんてありません。「もう家を移って17年。その間、使うこともなかったのだから、もういいか」という判断で処分しています。それにしても、学校というところは、実に親に無駄使いをさせているなあと感じました。例えば、5年生のとき、野外学習をします。そのために、リュックを兄弟とも買い与えました。使ったのは、そのときだけです。真新しいけれど、処分することにしました。「もったいない!」のですが、今後誰も使う当てはありません。仕方ありません。今は、私の死後、息子たちが困らないように思い切って整理する。「私たちの体が動くうちにやった方がいい」と腹を括ってやっています。
≪01月19日 水曜日≫
今日も朝から教育雑誌の整理をしました。特に、第3水曜は「古紙回数日」なので、処分開始です。私の大学受験関連の問題集や高校時代の教科書、大学の時のテキスト、そして、40年間分の小学校教科書も出しました。かなりな量になったので、旧宅の前はこれだけにしました。もちろん、今の家の前にも、たんまり出しました。でも、ほんの一部。教育雑誌だけでもあと2〜3回 車で運ばないと片付かないでしょう。いやいや、いつもサークルをやる部屋は雑誌だらけです。 今度のサークル日までに、もう1回「古紙回収日」があるけれど、片付かないでしょうね。さてさてどうするかな? お金にすると、数十万円ずつ処分していくのですからねえ・・・・・・。ため息をつきながらも、作業は続きます。
夕方、『若い教師向けのメッセ―ジ』本の出版企画会議に参加しました。毎月1回ずつ会議を開いて、詰めていくことになりました。若者の気持ちを掴む本にしていきたいですね。
≪01月18日 火曜日≫
道路が凍結していると怖いので、リトルのボランティア活動は止めにして、旧宅の整理をしました。まだまだ教育雑誌の整理が中心ですが、それにしても、ようもまあ購入していたものです。創刊号だけ取り分けて、あとは荷造りです。作業をしていて、「70年代に創刊した雑誌がいかに多かったか」を先ず感じます。それと、「雑誌の特集テーマが、現在といかに違うか」も感じました。学習指導要領なり、教育課程に切り込んだ特集テーマです。雑誌に勢いがあります。そうした中で、教師生活が送れたことは幸せなことでしたね。それが、壊れたのが、1986年。何があったかは、ここでは指摘しませんが、ここを機に、腑抜けな、おとなしい教師が拡大再生産されていき、現代の教育状況が作られていったのだと考えています。せめて“教え子を再び戦場に送るな!”と言うことぐらいは叫ぶ勇気をもった教師であってほしいよね。
それにしても、整理ははかどりませんね。
≪01月17日 月曜日≫
心配したとおり雪のため、車で出講することはできません。公共機関も時刻どおりに運行されているはずはありませんので、講義開始の3時間前に家を出ました。電車の遅れはあっても、まあまあの時間で着くことができました。久しぶりにラッシュのすし詰めを味わいました。また、近頃の男子高校生の学生服の着方はこうなのかと知りました。昔は、ボタンを1つ外すのでしたが、今は、2つも外してねえ。年寄りには、ええ〜〜っと感じるスタイルです。そんなだったら、ブレザーにすればいいのにねえ。 久しぶりに乗ると、いろんな発見ができますね。
F大は、今日が後期最終でしたので、いつものように甘い甘いテストをしました。何故そうするかって? そこには、私の過去における様々な思い(怨念)があるのです。学生さんには、口先だけでない、気概のある教師に育ってほしいのです。
そうそう、今日の名大附属中での健介君の「白熱講義」、残念ながら、参観に行けませんでした。
≪01月16日 日曜日≫
9時から、旧宅の整理に出かけました。荷造りしてある書籍を車で3度運びましたが、まだ半分にも達していません。一方、妻は押入れの中を1箇所ずつ整理していくのですが、まあ私の母は昔の人ですので、何でもきちんとしまい込んであります。びっしり詰め込んであるので、出てくるは出てくるは、さっぱり片付きません。旧宅から今の家に変わる時も、母親が亡くなった時も、手を付けずにそのままにしておいたから、当然のことかもしれません。それに、父親の時代(父が亡くなった今年は50回忌ですが)は、今と違って、付け届けというものがいっぱいありました(私の父は、消防署勤務で、しかも予防課勤務が多かったですからね)。そうしたものを母親は大事に使いもしないでしまっていたのです。子どもが大きくなって結婚でもしたら持たせようとでもしていたのでしょう。 でも、当時としては、とてもモダンなものも今となってはねえ。
午後も頑張ってやるつもりでしたが、雪が路上にも積もってきて、危ないので、整理に出かけるのは、止めにしました。まあ、来週 動産の整理業者は見積もりに来てくれるはずなので、お金が掛かっても思い切って、頼むことにするかな?
さてさて、明日はどうなるのだろうか。名高速道や知多半島道が使えないとすると、車でF大に行くことは無理だ。初めて、公共機関を使って行く事になるが、これも正常には運行できないでしょう。困りましたね。明日、試験をすることになっているのですけど・・・・・。
≪01月15日 土曜日≫
≪算数・授業づくりの会≫をしました。始め、集まりが悪くて、どうなるかと思いましたが、あとから駆けつけてくれる人もあり、最終的には8人になりました。よかったです。年寄りにとっては、若いエネルギーの充電の場ですから、有難いです。それに、初参加の学生さんも居て、それはそれは楽しい4時間でした。
やったことは、Fさんが学生さんに出した「レポート課題」の話。Hさんの「書評」紹介 。Mさんの「算数実践報告」。そして、私の「文化センター」での話。大いに「なぜ、分数のわり算は、ひっくり返してかけるのか?」で盛り上がりました。また、『発達の最近接領域』とか、「比例水槽&グラフ化』の工作とかもしました。工作のときは、みなさん真剣で。話しかけるのも憚られるほど、し〜んとしていました。「モノづくり」はいいですね。
≪01月14日 金曜日≫
明治村のある犬山市は雪がちらついたほど寒かったです。もちろん、年寄りは万全の寒さ対策をしていきますから、大丈夫なんですが、来館する子どもたちは平地と2〜3度低いことに気付いていませんから、つらいところです。ある学校は、“版画の下絵を描く課題”が与えられているので、大変です。しかも、下絵を見せて、合格すると「コロッケ券」がもらえて、コロッケを食することができるのです。う〜ん、エサでつる手立てはよく使うけど、この寒空ではつらいだろうなと見ていました。
また、今日は深夜のバラエティイ番組の収録もしていました。「タレントを初めて見た」とはしゃいでいる子もいました。「そんな遅い時間、テレビなんか見ていないよねえ」と、またまた余分なことを言うと、子どもたちは素早く「録画にして見ています」と反応します。「あそ〜」と、引き下がりますが、深夜遅くまで、外をふらふらしていてはいけませんよ。
≪01月13日 木曜日≫
今日は、朝から意を決して、旧宅の整理に出かけました。雑誌類を荷造りしました。振り返りながらやっていたら、作業が進みません。若い人に譲ると言っても、教育雑誌は時のもの。押し付ける形になってはありがた迷惑ですから、創刊号からの雑誌は1冊だけ残して、あとは胸の中。附箋も気になりましたが、どんどん進めました。でも、結局今日一日では無理でした。だいぶ やり残してしまいました。それにしても、よくもまあ購読していたものです。だから、お金も貯まらなかったのですが、悔いはありません。まあ、今日なんて、片付けやすいところからやっているのですから、まだまだこれからです。頑張って片付けて、新たな一歩が踏み出せるようにしたいです。
※私の教育実習の時の写真も出てきましたよ。教員生活1年目の時のスナップ写真もね。
≪01月12日 水曜日≫
中日文化センターの『大人のための算数ひろばX期』の講座が始まりました。14名の方が受講してくださいます。W期からの継続は5名ですから、初の方が多いです。今日は「分数」のことについて話しました。「分数の難しさは何処から来るのか」とか「なぜ、ひっくり返してかける」ということ等をいろんな角度から話しました。結構楽しんでできました。ただ、おみやげ付きの講座というのがうたい文句ですから、人数が多くなるとね。つい、カードゲーム的なおみやげになってしまいます。なんとか、「変化あるおみやげ」を製作していきたいと思います。
午後、旧宅の整理にと行きましたが、まだまだです。15日のサークルに関わって≪水槽≫を運び出しました。父兄に製作してもらった30cm×40cm×10cmのがっしりした≪比例水槽≫≪平均水槽≫、ほるぷのなつかしい≪水槽≫、手づくりの≪不均等水槽≫≪平均水槽≫≪ピストン型の比例水槽≫などが出てきました。≪分数水槽≫もあったはずですが、行方不明です。どれも若い頃を思い出す一品です。どうしたものかなあ? 少なくとも1月中には書籍関連の目処を立てないとやばいです。
≪01月11日 火曜日≫
本格的に始動というか、今年になって一番働き(動き)ました。日中は、リトルでボランティア活動、夜はK大学で、帰宅すると22時です。まあ、これもあと3週です。来年度は、夜間が廃止になるので、この夜間の講義は無くなります。5年間続けてきたので、ちょっぴりさみしくなります。
≪01月10日 月曜日≫
10日が「成人の日」なんて、実感がわきません。祝日法を自民党政権下の時に変えてしまったからです。「祝日の根拠は?」と問えば、皇国史観に乗っかっているのは明らかです。それをガタガタにしたのですから、自民党に「愛国心」を語る資格はありませんね(もちろん、天皇家の行事と関わる祝日の移動は認めていませんが)。だって、こうした祝日について、子どもたちと語り合うことが「愛国心教育」の入口になりますからね。いくら音楽や社会科の教科書に載せたって、日常性との関わりが薄いですから、表面的な知識にしかなりません。表面的な上滑りをした認識では、「国力」に値しません。
本当に最近考えるのです。政治家にこそ「愛国心」を叩き込まねばいけないとね。「愛国心」があれば、あのような馬鹿げた政策や議会運営はなされないはずです。「愛国心」がないから、勝手な因縁を付け合い、政策議論をしようとしないのです。簡単に言えば、「愛国心」「愛国心」と叫んでいる連中ほど、「愛国心」がないということです。これは、日本の悲劇です。
【緊急のお知らせ】
長年倉庫代わりに使っていた旧宅を処分する話がまとまりかけています。
そこで、保管してある雑誌類を処分しなくてはなりません。どなたか引き取ってくれる人はいませんか。無料で持ち帰ってください。1月中です。それ以降は、ゴミとして、処分します。
雑誌は、1970年から2005年くらいの35年間分です。
◎、創刊号からのものとしては、『たのしい授業』 『国民教育』 『日本の民間教育』 『ひと』 『子どもと教育』 『季刊・教育法』など。
◎また、民間教育団体の機関誌『教育』 『作文と教育』 『理科教室』 『美術の教室』 『体育とスポーツ』などは かなり揃っています(『歴史地理教育』は処分済。『数学教室』は手放しません)。
◎この他、『算数教育』『現代教育科学』『授業研究』『授業づくりネットワーク』『教育評論』など、いろいろあります。
◎教科書類も、「国語」「社会」「理科」「算数」の4教科は、ここ40年間分1年〜6年があります。「算数」以外は お譲りします。
≪01月09日 日曜日≫
いろんな教育雑誌を見ていると(現職の頃と比べれば、格段に情報は少ないが)、現場の困難な状況にあふれている。正直、「こんなだったら、教師なんてやっていられないよね」「何故、闘わないのか」と思う。
そんな時、ふと思うのは、東京や大阪、京都などの教師は組合に守られて、ノンノンと過ごしていたから、昨今の状況にぶったまげて、いろいろ書いているが、愛知では昔からそうであって、実は大したことない。全国が“愛知の管理教育”に毒されているだけだとね。こういう閉塞感漂う職場では「どう実践を積み上げればよいのか」「そのために どのように自主研修をしていったらよいのか」を考えるべきです。簡単に言えば(誤解を恐れずに言えば)、原則論に従っているだけの対応策では埒があきません。 現職時代、羨むほど颯爽と発言していた連中が、退職を機にすっぱりと足を洗えるほど、教育界は清くはありません。どろどろした教育界に足を突っ込んで実践を積み重ねてきていたならば、引くに引けないと思いますね。 私も もうしばらく頑張ることにしよう!と思いますが、これが私の「1年の計」ということになりますかな。
≪01月08日 土曜日≫
「算数的活動」が教科書にどう反映しているかと調べました。
算数的活動とは、今学習指導要領に表れてきたものです。
指導要領には「第3 指導計画の作成と内容の取扱い 1(3)算数的活動は、基礎的・基本的な知識及び技能を確実に身に付けたり、思考力、判断力、表現力等を高めたり、算数を学ぶとこの楽しさや意義を実感したりするために、重要な役割を果たすものであることから、各学年の内容の「A数と計算」、「B量と測定」、「C図形」及び「D数量関係」に示す事項については、算数的活動を通して指導するようにすること。」となっている目玉です。
次期教科書の編集方針にも仰々しく書いてありますが、教科書にはごく当たり前の展開です。もっともっと教師は創造性豊かに展開すべきだと思います。でも、教科書を金科玉条のごとく絶対視し、その通りにしか展開しようとしない教師も増えています。ここがネックなのです。学生時代がどうであれ、教師になったら、精一杯の努力をするのが当たり前です。教師が伸びなければ、子どもも伸びません。教科書を教えるだけの教師は、“夢とロマン”のない、税金泥棒の教師だと思います。
≪01月07日 金曜日≫
今年初めてボランティアガイドに出ました。七日正月とは言うものの、もう学校も仕事も始まっていますから、お客さんは少なかったです。まあ、今来られるのは、職を離れた年配者か、まだ講義の始まっていない学生くらいなものです。だから、ガイドというよりも、世間話で盛り上がりますから、退屈はしません。いずれにしても、こうした野外の博物館にとっては、集客で苦戦の日々が続きます。
≪01月06日 木曜日≫
今日は、教科書分析の仕方を考えました。私の「教科書分析・批判」は、教師になって2年目から始まりました。同じ職場の石附さん・田上さんの3人で、教科書の単元ごとに検討しました。1年から6年の教科書を1ページ1ページめくりました。夏や冬には合宿もしました。こうして社会・理科・算数・国語・道徳の5教科を2年がかりで行い、冊子にまとめました。デモシカ教師であった私を石附さんが強烈に鍛えてくれたのです(そう気付いたのはだいぶ後ですけどね)。自主研修です。その後、改定の度に、教科書の内容を検討・チェックしてきました。だから、1969年以降の国語・社会・算数・理科の4教科の1年〜6年までの教科書はすべて我が家に揃っています。
今回、また教科書分析の報告機会ができましたが、今までのような細かい内容分析ではなく、新たな形を考えたいと思ったのです。 というのは、私がもはや現職ではないこと(教科書分析=教材研究として生せる立場にない)、また、教科書会社を批判するばかりでなく、その努力を評価し、“よりよい教科書”が子どもたちに渡るように運動の輪を広げた方がベターだと考えるからです。こんなことは当たり前の姿勢なのですが、やはり現職の時は“教科書=会社=目先の敵”でしたから、温容な気持ちでいられませんでした。まあ、ちょっと私も人間的に成長したというわけです。 でも、きっと「日和見だ」と批判する人がいるでしょうけどもね。もう慣れましたから。
≪01月05日 水曜日≫
今日も朝ポストまで走りました。今日はゆっくりと往復です。きっと窓から覗いている人は、その無様な姿を見てニソニソ笑っていることでしょう。でも歳をとると、平気なのですね。平日の午後、堤防上は賑やかなものですよ。 ところで、孫の小学校は、本日が始業式です。大学でも集中講義が始まっているように、なんだか教育界はヘンです。ガタガタ詰め込むだけの教育は、確かに企業にとって都合のよい人間を育みますが、学力向上は望めません。そう思っているのは、私だけで、「官」も「民」も詰め込み教育の発想だけで、再び 同じ過ちを繰り返そうとしています。かつて、ノーベル賞の田中耕一さんが言ったじゃないですか「失敗し続けるなかから、偉大な発見がある」とね。教育界も“ゆとり”を否定するような愚かなことをしてはいけないのです。“ゆとり”はサボりやナマケではありません。人間の豊かな個性の発露の場なのです。「受験学力」だけが横行する世の中は、退廃文化に牛耳られます。 ただ、こうした過ちの責任は「民」にあると、私は思っています。
≪01月04日 火曜日≫
朝一番にポストまで、颯爽と走ろうとしましたが、わずか250mですが、苦しくなりました。昼頃にもポストまで走りました。やっぱりしんどくなり、帰りはてくてくと歩きました。歳であることを痛感しました。その間、孫は縄跳びを跳んでいましたから、「若さ」・うらやましいですけど、仕方ありませんね。
午後、二男家族も帰り、また夫婦2人の生活に戻りました。リズムを戻すために、やはり「水戸黄門」の再放送を見ました。さあ、これからこの1年の本格スタートです。 私の運勢によれば、6月5日が節目だそうです。どんな日が待ち受けているでしょうかね。先ずは、その日まで、突っ走ってみようと思います。
≪01月03日 月曜日≫
今年から年賀状を減らそうと考えて、購入も200枚にしていました。ところが、いよいよ返書用の賀状が足りなくなりました。折角だから、お年玉付きの葉書でもらったほうがいいですよね。さて、新たな購入を何枚にするか迷いますね。
そうそう、朝7時過ぎに起きて、居間にいったら、孫が1人ぽつんと居ました。びっくりしました。大人は皆眠っています。子どもは早起きですね。私も 正月3が日が過ぎるので、ぼつぼつ平常のリズムに直していかねばなりません。
※年末に異常事態になっていた「過去のページへ」の転送が、正常に戻っています。ご迷惑をおかけしました。
≪01月02日 日曜日≫
朝から「箱根駅伝」を見ました。教え子の油布君が出場するからです。早稲田の選手が突っ走るものだから、ハラハラドキドキ・・・・。「調子が悪いのかなあ?」と心配でした。ラストでは、意地をみせ、区間3位で走り抜きましたから、大したものです。彼の「4年間のうちに、優勝したい!」という夢が叶うように これからも応援していきたいと思います。
いずれにしても、教え子の各分野での活躍に刺激されながら、今年1年を頑張っていくことになりそうです。これって、教師として、何事にも変えがたい、幸せなことですよね。こうして、老人は若者に励まされ、生き生きできるのですから、老人には若者をとことん支援しようというボランティア精神が必要だと思います。 まあ、こうした関係が崩れてしまっているから、世相が不安定で可笑しくなるのです。
※ちなみに今年の≪七福神おみくじ≫は【恵比須神】でした。2010年は【昆沙門天】、2009年は【大黒天】、2008年は【福禄寿】でした。
≪01月01日 土曜日≫
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお付き合いくださいますようお願いいたします。
賀状には、
あけましておめでとうございます 本年もよろしくお願い申し上げます 2011年正月
退職して早5年が経ちます。「敬老手帳」まで受け取る歳になりました。
でも、週2日ですが、ボランティア活動で、自然に触れ、体を動かすおかげなのか、すこぶる元気に過ごしています。感謝! 今年も≪明るく意欲に満ちた教師であふれた教育界≫を夢見て、地道に頑張りたいと思います。
日本の平和と民主主義が危ういばかりか、倒産の危機に瀕した国家を目の当たりにして、私にも“国を愛する心”が芽生え てきたように感じます。ひとりの力は小さくとも、若々しい素敵な人たちと、楽しく活動していきたいと思います。
どうか、今後ともご指導、ご助言を下さいますようお願いします。 渡 辺 靖 敏
※今年初めて知りました。「門松」の男飾り(クロマツ)は玄関に向かって右、女飾り(アカマツ) は左だっていうことを。毎年やっているのに、何も考えずに飾っていました。正直、クロマツと アカマツの見分け方も知りませんでした。犬の散歩の時、つい他の家の門松をチェックしなが ら?歩いていました。まあ、どこのお宅も気にしていないように見えましたが。〔私が知ったのは、正確には昨日のことです〕
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