知的生活をするための教育日記

 初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、7年目。

 退職教師の生き様を記しておきたいという願いで書き綴ります。教師は、現職を退くと、もぬけのカラになると言われます。学級王国の主から引退すれば、何もすることなく、ボーッとしているのもつらい。 まあ、これから退職する人の何かの参考にでもなればねえ。 退職教師のひとりごとです。

2008年

≪133≫  12月30日 火曜日
 ボランティアに出かけました。年末で押し迫っているので、来客は少ないであろうと思っていたら、10時の開館時刻には20〜30人の列ができていたので、びっくりしました。勿論、この時期ですから、団体客はありません。家族連れが目立ちます。親を見直さねばならないような出来事。つまり、本館にたくさん来てくれました。サブホールで、「日本人が7人いるけど、わかるかな?」と問いかけて、日本人を見つけるのが難しいことを実感させながら、民族区別・差別がいかにおろかな事であるかを納得してもらいます。差別意識のある人が、“野外民族博物館・リトルワールド”で、世界各地から蒐集してきた厖大な衣食住の資料を見ても、なにも学ぶことはないと思うからです。
  ※これで、今年の「教育日記」は終了します。今、帰っている息子に「2009年のページ」を作ってもらいます。

≪133≫  12月28日 日曜日
 いよいよ押し詰まってきました。今日は、正月明けの“数楽のひろば”でやる予定のシンガポールの算数問題集の英訳をしていました。私は、益川さんとレベルは違いますが、外国語からは逃げ回っていますので、英語の辞書を引くのはほんと久しぶりでした。それに、大学を出て40年。見事なまでに忘れていますね。
 そうそう、高等学校では、今後英語の授業では、英語以外は使わないのだそうな。英会話塾に負けないようにしようというわけかな?  こりゃあ、高校がますます荒れるようになるぞ。大学受験があるかぎり、掛け声だけで終わります。もっと言えば、絵に描いた餅で、学習指導要領体制が崩壊していくことになると思いますよ。

≪132≫  12月24日 水曜日
 今年もやっと講義や数楽のひろばが終わり、ボランティア2回を残すだけとなりました。でも、いろんな書類や原稿がたまっているので、馬力をかけないと、のんびり正月が迎えられません。それに、正月5日から講義がありますからね。まあ 喜ぶべき
ことでしょうね。 ところで、この不況下で大量の失業者が出ているのに、与野党はメンツばかりで、緊急対策が立てられない。また 33兆円の国債だって。さらに借金地獄じゃないの。 先ずやることは、議員のボーナスと政党助成金の返上でしょうが。国会が範を示さなく、誰が信用しますか。今こそ愛国心を発揮するときと考えないのでしょうかね。

≪131≫  12月23日 火曜日
 犬山の教育委員会の委員長さんが 学テについて文科省にいい申し入れをしたと思ったら、市の教育委員は、委員長さんを解任してしまいました。学テ賛成派が多数を占めていることを示しています。税金の無駄使いであることを知っていながら、どうして学テをやりたがるのでしょうね。もっと思慮深くなってほしいものです。本当に、学テが 子どもたちの学力保障になると思っているのでしょうかね。  それは、近頃の不況に何の対策も立てられないスネオくんと同レベルです。日本が崩壊する。

≪130≫  12月20日 金曜日
 朝、中日新聞朝刊の社説を見て、「おお〜」と思いました。それは、『学力テストを、もうやめたらどうか』というものだったからです。特に、中日新聞・CBCTVは、一貫して「犬山の学テ不参加を、住民意志を無視している」と、批判的だったからです。まあ、橋下の競争原理に毒された最近の発言に、やっと学テ強行の本質が分かってきたからでしょうか。
 でも、昨日、ボランティアに出ていて、犬山市民の方と話していて、「学テ不参加」がまだまだ理解されていないことがわかりました。団塊世代以上の年金生活者は、それなりに「競争」社会を生き抜き、生き延びてきた者たちです。「競争」社会の勝ち組です。「競争」こそ命なのです。「競争」=美です。「競争」に打ち勝つ学力・精神を鍛えるのが、教育の使命と言うことになるようです。 ですから、学テは、学力向上につながらないこと。学テは、子どもたちの学ぶ意欲を阻害するものであること。学テは、子どもたちの心(日本人的心)をズタズタに切り裂くものであることをきちんと説明することが大切だと感じましたね。「子ども間の競争を激化させるから、学テはいけない」では、説得できません。


≪129≫  12月18日 木曜日
 現職の人のブログを覗くようにしています。「現場感覚」がどんどん薄れてくるからです。新たな実践の積み上げもままならないからです。ただ、大学人の方々の感じておられる「現場感覚」の意味合いはかなり違うようです。F大の講師懇親会に出かけてそう感じました。 そのことは、例えば、今度文科省は“理数教科のてこ入れのために非常勤講師を1万名ほど増員する”そうです。特に、退職したベテラン教員を活用する意向だそうです。 これって、解決になりますかねえ。逆効果ではないですかね。 先日も、大学の講義で、20年前の「HOW TOよりもWHYを問う授業を」として、「育ちあぐむ子どもたち」の状況を報告した時と、現在もちっとも変わっていない、解決できていないことを指摘したら、学生さんも納得してくれました。つまり、授業技術があると目されるベテラン教師が関わるほどにWHYを追究しない、考えない、意欲のない子どもが増えてくるという心配があるのです。学テの点数はいくぶん上がるかもしれませんが、今の子どもたちの抱える問題点の根本的解決にはつながらないということです。 
 話は変わりますが、大阪のタレント弁護士の知事さんの言動、おぞましい限り。弁護士の知的水準も下がったといういうことでしょうかね。もちろん、国会議員の知的水準は、Aさんによって証明済みでございます。
 

≪128≫  12月14日 日曜日
 年内に、大学の講義が3回、算数教室が2回、合宿研が1回、ボランティアが4日あります。それらに見通しを立てるべく、ごそごそやっていたら、1日が過ぎてしまいました。「あああ」っていう感じ。

≪127≫  12月11日 木曜日
 水曜日になると、鼻水がタラタラ。2週続きました。そして、注目の昨日は、無事過ぎてほっとしていたら、本日ダメでした。昨日、NHKの“ためして、ガッテン”を見ていたら、私、蓄膿症ではないかと思えてきました。妻は「医者に行きなさい」と言うけれど、医者嫌いな私には酷なこと、行きたくはありません。行けば、「ここが悪い」「あそこが悪い」「そこも・・・」となるに決まっています。加齢とともに、徐々に悪くなっていくのは自然の摂理。いいじゃありませんか。

≪126≫  12月07日 日曜日
 やはり師走ですね。なんとなく今後の予定を見ていたら、急にやらなくてはいけないなあと思い、ちと頑張りました。少し気が軽くなりました。

≪125≫  12月05日 金曜日
 様々な立場の人と話す機会はぐんと増えているのですが、どうも共通して言えるのは、大人たちの子どもの見方はますます威圧的。「今の子はダメだ」「教師が悪い」との批判ばかりです。「私も教師だったんですけど・・・・」と素性を明かすのですが、一向に収まることがなくなりました。今までは、遠慮がちな言い方になったものですがね。 どうしてなのでしょうか。由々しきことだと思うのです。 ボランティアガイドでも、子ども相手は嫌う人が多いです。私にすれば、子どもの興味関心を引き出すようなガイドを工夫すればよいと思うのですが、「俺のガイドを聞こうとしない子どもが悪い」という調子なのです。今の大人たちは、子どもの頃も聖人君子ばかりだったのでしょうね。 これじゃあ、年寄りと若者のミゾは深くなっていくばかりでしょう。あわれ、日本!!!  どこかの国の首相もおかしいし、何処かの府の知事もおかしいし、どこかの小さな市の市長もおかしいし・・

≪124≫  12月03日 水曜日
 
もう12月、師走です。どうしてこんなにも月日の過ぎるのは早いのでしょうか。そこで、ぼちぼち研究会議のレポをまとめて印刷しかけました。内容は、まだ付け足さなくてはいけないのですが、やれることからやろうと印刷しかけたのです。実は、先週の水曜日もそう、今週の水曜日も・・・・。水曜日になると、鼻水がタラタラ。何処かからだがおかしいかもしれません。精神的なものかもしれません。 う〜ん、「ナベちゃん教室」への登校拒否症状かな? 来週もなったら、一大事ですね。

≪123≫  11月28日 金曜日

 鯉のいる八田川は消えました。欄干からエサをやる人の姿もなくなりました。こうして、人間の都合だけで自然界のサイクルは破壊されてしまうのです。人間の愚かさです。そうしたことに気付く若者が増えることを期待するのですが、・・・・。
 かつては、私のようにぼんくらな者でも社会に出ると、いろいろな矛盾に気付かされました。感じて行動しなければという雰囲気がありました。でも、今はどうでしょうか。なんだか淋しくなります。 これこそが政治の責任ではないかと思うのです。
 話が変わって、金曜日の明治村は、小学生でいっぱいです。ボランティアガイドも大忙しです。ところが、多くのガイドが「小学生は興味を示さない。反応が悪い」と嘯きます。ベテラン程そうです。これ、ガイドの怠慢。「小学生にも分かりやすいガイドをしているか」と問い返したいのです。ガイド自身の興味関心だけで、いくら知識をひけらかしても 子どもたちは乗ってやきません。かえって、嫌われるだけですよ。こだわりを他人に押し付けてはいけないと思うのですがねえ。 


≪122≫  11月22日 土曜日
 なんとなくお疲れ気味なので、土曜日ですが、「休養」と決めて過ごすことにしました。
 そうそう朝の犬の散歩の時、またまた八田川が干上がり、鯉が風前の灯火。地蔵川に移してやろうとしている人がいたので、ちょっとだけですが、私も手伝いました。たった4匹だけでしたが、その重いこと。驚きました。まだ20匹ほどいましたが、午後の散歩の時には、すべて助け出されていました。よかったです。でも、小魚は大量に死んでいます。人間様の都合によって、自然界の生態系が崩され、死んでいく生き物がどれほどいるかをイヤというほど見せ付けられています。淋しい限りです。
 ♪生きている魚たちが 生きて泳ぎまわれる川を あなたに残しておいてやれるだろうか 父さん・・・♪♪♪ 
 そして、弱肉強食の論理は人間界にも適用する政治が進められている。政府与党に推挙された総理は、借金だらけの国なのに、「ハイ、2兆」「ハイ、10兆」と気前のいいこと。かつてA財閥の会社を次々潰し、弟さんに尻拭いさせた経験を生かし、今度は国を潰すつもりらしい。尻拭いは国民です。 こういう総理を選んだのは、与党国会議員です。国民は、選挙をしていませんので、総理を支持しているわけではありませんよね。 それにしても、教育勅語を暗誦していることを自慢しているけれど、漢字を呆れるほど間違えるようでは、教育勅語の暗誦も坊主の丸暗記レベルであって、何の価値もありませんね。

≪121≫  11月19日 水曜日
 近頃は、水曜を過ぎるとほっとした気分になる。そして、水曜日の夜になると、俄然、脳が回転し始める。次週のA大・F大の講義の構想と、ナベちゃん教室たよりを作成するのだ。そのあと、資料をそろえる準備に入る。まあ、一番楽しいときでもある。ああでもないこうでもないと、考えるのであるが、如何せん、対象としているのが、大学1年生・大学34年生・小学校2年生とバラバラだ。特に大学1年と3年と差に驚いている。正直、全くの見込み違いでした。本当によい勉強になっています。苦労するのは、よいボケ防止と言いますからね。

≪120≫  11月15日 土曜日
 将来教員になろうという学生さんに、どのような力をつけてもらうか。デモシカ教師であった私には、大きな課題です。だって、学生時代なんてどうだっていい、大切なのは 教師になってからの姿勢だと考えるからです。学生時代、ご立派なことを言っていたって、教師になった途端、物言わぬ、問題意識もない“ほうえんそう教師”に成り下がった連中をイヤというほど見てきましたからね。 しかし、学生時代に実りある生活を送ることができれば、それに越したことはない。 そのために、私の講義で何ができるか、何を為すべきか、いまだに模索が続く。 最近、やっと 底辺校と言われる高校に勤める教師の悩みが分かりかけてきました。

≪119≫  11月10日 月曜日
 やっと八田川の流れが平常に戻ったと思ったら、再び干上がってしまった。その川底を見ると、護岸工事の現状がはっきり見える。そう、我が家の近くは、コンクリートブロックの下まで川底が削られて、とても不気味です。この干上がって水のないときに補強工事をしてくれたらなあと思うのですが、やってくれるはずもないねえ。それにしても、堤防の工事は、ほんとうに部分工事で、つながりがありません。御幸橋と花長橋間350Mをみても、10回以上しているのではないでしょうか。素人がみても、頑強にはとても思えません。干上がることによって、野ざらしになった川底は無残です。

≪118≫  11月06日 木曜日
 先週から、犬の散歩コースでもある八田川が急に干上がってしまった。「こんなこと初めてだよね。どうなっちゃったのかな」と地域のヒソヒソ話。花長橋の上からは川を覗き込む人が絶えない。川底には、銀色に光る小魚の死骸。「この川に、こんなにも魚がいるんだ」と改めて思い知らされたのだが、どうすることもできない。初め、わずかに残る水溜りに生きていた魚も完全に死んでしまったのです。生態系が崩れた時の恐ろしい風景です。干上がった原因がわからない、知らされない。
 4日の火曜日、リトルへ出かける途中、八田川の上流の近くで、下水管工事をしているのを見かけた。「これだ」と直感した。
まさにお役所仕事です。水をせき止めれば、生態系がどうなってしまうかぐらい分かりそうなのにね。
  きょう夕方、やっとほそぼそと水が流れかけているのを見ました。遅すぎます。犠牲になった魚何万匹になるでしょうか。群がっていたカラスや水鳥たちが、再び姿を見せるのはいつになるのでしょうか。

≪117≫  11月05日 水曜日
 2日の日から、パソコンがインターネットに接続できなくなり、大騒動。本日、フレッツのサポートにより、やっと解決しました。かなり焦りましたが、私のような機械音痴でも、パソコンがないと、身動きができなくなる世の中になっているのだなあと改めて思いました。毎朝、何人かの人のブログを見ることから一日が始まっていたのに、それができなくなるのは、一日のスタートのリズムに乗れないと言うことなのです。 やっと平常に戻れるかな?

≪116≫  11月01日 土曜日
 長野市まで行って来ました。長野県数教協の学習会でしたが、「量に基づく実践こそが、子どもたちを賢くする」ことを訴えたかったのですが、さてさてどうだったかな。 まあ、きちんと量のことを数教協のサークルの場で話したことはないので、話がまとまっていなかったのは確かですが、自分の「量理論」に対する認識を見つめなおすことになったのは、よかったです。感謝!

≪115≫  10月30日 木曜日
 土曜の“数楽のひろば”は、70数名の参加者で大盛況でした。ただ、内容は『かけわり図』にまで持っていくのに精一杯で、今後うまく活用できるというまでには至りませんでした。わずか1時間半ほどでは土台無理なことがわかっていての取り組みですから仕方ありませんが、できれば今後地域にサークルが根付くきっかけになればよいのですがね。
 そして、月・火・水と講義や教室で忙しかったです。ついつい「サークル案内」に「退職教師が“忙しい”いうのでは、運動体として問題だな」とぼやきを書いてしまいました。あさっての土曜は、長野なで学習会に出かけます。

≪114≫  10月23日 木曜日
 妻が南ア旅行に出かけて11日か。日常生活で疲れも出てきかけているのですが、木曜日と言えどものんびりはしておられません。土曜の“数楽のひろば”の準備で忙しかったです。予想以上の参加希望者数、そして、中学年が多いかと思いきや、2年生が一番多い。ちと、作戦変更です。準備した「ワケトリゲーム」はちょっと無理です。結局、「1あたり量」にこだわりつつ「量の三用法」になだれ込む展開にしようと考えました。ただ、これでは、とても堅苦しいので、ほんわかした雰囲気をかもし出したいのですが、いい案が浮かびません。このまま土曜日を迎えてはちとまずいよう・・・・。
 話が変わるのですが、毎日の犬の散歩コースである八田川に粗大ゴミが投げ込まれている。目立つのでは、オートバイ・自転車・テレビ・ゴルフバック。誰が投げ込んでいくのでしょうか。それと、野良猫天国です。東京の荒川区のように条例で「餌付け」を規制した方がよいかと思うのです。近頃の猫は寒さに強く、道路を闊歩し、脅してもにらみかえしてくるよ。怖い怖い

≪113≫  10月20日 月曜日
 
F大での講義がありました。F大の関係者には申し訳ありませんが、いわゆる「マスプロ教育」です。私大の宿命でしょうか。しかし、私は130数名の学生の満足のゆく講義を目指さねばなりません。130数名の学生さんの教員免許の中身を充実したものにする責任がありますが、まだ暗中模索です。クイズや折り紙やパズル等のネタを紹介しながらやるのですが、反応はいまいちです。やっと、「おもしろい講義だ」とか「楽しみだ」という感想が出てくるようになりましたが、講義の最中はぼそぼそしゃべりもありなんとなく落ち着きません。寝ている学生もちらほらいます。過去に、F大で何度か特別講義をしたことがありますが、こんなことは一度も経験したことはありません。講義の後の感想文も味気ないものが多いです。 まあ、講義が魅力的でないからだろうと反省しているのですが、苦労しています。
 A大は大学3年生相手、F大は1年生。この差は大きい。


≪112≫  10月16日 木曜日
 後期は、1週間のうちで木曜日だけが自由の効く日です。朝から、たまっている仕事?をどんどんこなしました。ちょっと気分がいいです。 でも、なかなかいいアイデアが思いつかないことも多くありますが、そこは、時間に制約されない年金生活者です。のんびり考えていくことにしています。 今、最大の悩みは、F大の130人を超える学生数に対しての講義を、どのように楽しく実のあるものにしていくかです。ゲスト講師として年1コマやっていた時とは 全く事情が違います。やはり、講義する者が楽しくなくては、受ける側の学生が楽しくないのは当たり前です。 我妻いわく「苦しんだ方がボケなくていいよ」と言って、旅行に出かけて行きました。 ほんと、うらやましい性格ですね。今頃、くしゃみをしているだろうね。

≪111≫  10月13日 月曜日
 この3連休は、ちょっとがんばりました。締切日のある原稿を一気に仕上げました。根を詰めた所為か途端に腰の調子が悪くなってしまいました。赤信号です。まあ、このところ腰の調子もよかったので、ぼつぼつおかしくなる頃ではありましたが、注意しないとね。
 そうそう早朝、妻を旅行に送り出しました。 日常の炊事・洗濯をはじめとして、生活力に乏しい私には、地獄の2週間です。


≪110≫  10月09日 木曜日
 今日発表のノーベル文学賞で村上春樹も当確するかは知らないが、物理学賞・化学賞で4人の日本人が選ばれたが、そのうち3人が 名古屋大学の関係者ということで、大騒ぎ。
 まあ、益川さんの妹さんとは、我が家も親交があり、うれしい限りです。もうずっと前から、候補に上がりながらお呼びじゃないみたいで、もうダメかと思っていましたからね。 ただ、受賞された後の活躍の場を、地球の平和のための先頭に立ってもらいたいね。近頃は、国の御用学者と成り下がり、教育界に変な発言を繰り返す人が2〜3いるんだよね。


≪109≫  10月05日 日曜日
 私の1日は、6時ごろに起床する。愛犬が目覚ましのごとく「いつまで寝ているのか」と吠えるからだ。だから、起きると、先ず犬に餌をやることになる。その後、パソコンに向かい、メールの確認をし、ある特定の方のブログを覗き、知的刺激を受ける。
そして、犬の朝の散歩の出発時刻・7時まで、、フリーセルでしばし遊び、その日の運試しをする。朝の散歩から帰ってから、朝食となる。もうここまでは、生活リズムとなっている。土曜日・日曜日なんて関係ありません。夏冬も日没等で若干の違いはあるもののほとんど変わりません。 夜の就寝時刻もずいぶん早くなって12時前にはベッドにもぐりこみます。
 これこそ、年金生活者の模範生活ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。 こうした生活がいつまでも続く政治をしてほしいものです。社保庁って、同じ公務員だったものとしても、考えられない杜撰さですよね。いくら教育界がダメ、だらしがないと言ったって、やるべきことはやりますよ。あれでは、通らないでしょう。信じられません。

≪108≫  10月04日 土曜日
 昨日、奥様が居ないうちに、トランプを買い足しました。結局、15セット買ったので、25セットは確実に準備できるようになりました。 でも、しばらくは、内緒にしておきます。「無駄遣いだ」と小言を言われるのは目に見えていますからね。

≪107≫  10月02日 木曜日
 いよいよ後期に入ります。私の生活もちょっぴり忙しくなります。特に、週の前半はフル回転という感じです。でも、好きなことだけをやっているのですから、贅沢は言えません。頑張りたいと思います。まあ、そこそこ苦労もあり、ボケ防止にはなると思います。すべて順風では進歩もないでしょうからね。
 そうそう、今日 「トランプの買い足し」に行きつけの100円ショップに出かけたら、100円で2セット買えたのに、もうそのようなトランプは消え、1セット100円。2倍に値上がりしているではありませんか。ショック! 買い控えてしまいました。でも、買わないと、まずいことになるんだよね。


≪106≫  09月28日 日曜日
 文教族の国交省大臣が辞任に追い込まれたが、なお反省もなく「日教組解体!」を叫んでいた。愛知県人としては、日教組という組合の力なんてないに等しいと思っているから、、これは日教組の支持する民主党攻撃。つまり選挙対策としての暴言であったなと感じるのです。この内閣は、国民のために政治をしようとする気はないのは明らかです。
 ところで、昨日 地区協委員会を開催していて、“わが研究会は、算数・数学の単なる趣味団体なのかなあ”。“子どもを賢くするためには、量の理論が最適だ”。“われわれが行う実践こそが、子どもたちに真の学力を育み、賢くするのだ”という気概が感じられなかった。 これ、問題だと思うけどねえ。 もっと言えば、すべての民間教育研究団体に共通する問題だと思いますねえ。


≪105≫  09月26日 金曜日
 麻生内閣の国交大臣があきれるような発言をしている。「成田反対ごね得」「日本は単一民族」「日教組強いと学力低い」とね。まあ毎度のことであるけれど、問題発言しては謝罪。全く意識は変わっていないから、万度でも繰り返す。そうした人物を国民は選んでいるのですから、、他国からは、日本人全体が・・・と見られても仕方ないのです。国民の白痴化が進んでいるということでしょうか。 ここまでは、よくあることだが、朝日新聞の9月26日朝刊は『自ら提唱した全国学力調査については、「日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思ったから」と実施の背景を説明。その仮説が証明されたとして、「テストの役目は終わった」とも述べた』と伝えている。私は、「ウソ〜」と唖然とした。政治権力を私物化しているのもいいとこだ。こんなことが許されていいのか。新学テを推進している奴らは、こうしたことが分かってやっているのでしょうか。
 それにしても、この方、少なくとも20年はズレています。


≪104≫  09月23日 火曜日

 昨日から、F大での後期の講義が始まり、疲れました。130人を超える学生で、階段教室。参加型の講義にしたくても、いいアイデアが浮かびません。どうしても来期の「教科指導法」のことを念頭にするとネタの出し惜しみの感がねえ。1回目を終えて、やはり予想通り迫力がありませんでした。学生さんが、初印象を大事にしたのか、そこそこの学びの感想を出していましたが、私の感想はつまらぬ講義であったと反省しています。 まあ、来週からは、保育専修の学生さんも居ることだから、幼保の関連部分にもっと触れながらやることにしましょうか。 こうした大人数の時、みなさん どんな工夫をして講義をしてみえるのでしょうかね。

≪103≫  09月20日 土曜日
 とうとう犬山の市長が学テ反対派の教育委員の入れ替えを断行した。これで、2対4となり、来年度には犬山も学テに参加することがほぼ確実になった。入れ替わる委員は、教育関係者が居なくなるというので、元教頭の肩書きのある人物なそうな。でも、この方、中途で教頭を止め、実業界に転進して、市長に献金をしている方である。教育界を代表すると称するには、ちと首を傾げたくなりますね。 これで、全国的に注目されてきた犬山の教育もダメになりますね。
 「12月の地区研究会議は、犬山でやろう」ということになっているが、何かキャンペーン的にうってでるかな?
 来週の地区委員会で討議しようかな?

≪102≫  09月18日 木曜日
 「ナベちゃん教室・数楽のひろば」を週1回やってきて、もう74回になった。今までも算数教室を何度も開いたことがあるが、
対象を1つの学年にしぼって継続したことはない。対象をしぼったことにより、「楽しい」だけではいかなくなった。先を見通した学力保障をしなくてはという思いに駆られる。親たちは「仲間とともに群れ、触れ合いの場であればいい」と言っているが、内心期待しているはずだと考える。毎回、どんなネタを準備するか悩む。いかに低学年用のネタが手薄なのか思い知らされる。
以前から、5・6付き教師であったため「幼児教育なんて・・・」と不遜にも思っていたが、子どもたちの知育は幼児に始まっているのです。こんな当たり前のことを身をもって感じさせられているこのごろです。
 ところで、近頃、大阪の橋下知事の言動は品がない。教委を「クソ」呼ばわりし、学テの結果公表を迫り、石原都知事の上をいこうとしている。新自由主義に毒された権力者と化した。
  提言*結果で予算差をつけるというのは、成績の低かったところへ多額の予算を配分すること。
 これなら、分かりますが、成績がよいところへの予算配分を優遇すれば、格差は広がる一方ですよね。それでは、知事としての仕事はまっとう出来ないと思います。落第です。


≪101≫  09月15日 月曜日
 来週から始まるF大の講義。もう1年ほど前から分かっていたことですが、100人以上の学生を相手にどのような形の講義にしようか思い悩んでいます。参加型の抗議にしたいのですが、階段教室で、多人数ではねえ。話術だけで、学生を惹きつける力はないから、楽しいネタの実習と称して、参加型の講義を組織してきたのです。 もちろん、以前にも100人以上の学生を相手に講義をした経験は何度もあるのですが、それらは、単発ものでしたからね。いや、来年度も考えれば、30コマの講義を飽きさせず楽しいものにしていかないと、彼らが将来教師になっても、「楽しい授業づくり」をしようとしないでしょう。責任重大!
 こうしてみると、少人数のK大の学生はしあわせですね。

≪100≫  09月13日 土曜日
 9.11もあっという間に過ぎて、今日13日は、巷では「朝方、東海地方に大地震がある」との予言が流布されていた。誰が予言したのか知らないが、マスコミでも取り上げていたから、相当なものであったと言えようか。でも、起きなかった事は幸いだが、またまた食の安全が脅かされている。今度は、赤福の賞味期限偽装とは比較にならない桁違いの行為である。事故米を食用に転用するという悪質なものだ。それが、農水省の管下で行われていたといっても過言ではないのだ。「三笠フード」と食品と銘打った会社に食用に適さない米を買い取らせる農水省のアホさ加減は、社保庁を優に超えている。 そうそう妻にもやっと『ねんきん特別便』がきたが、あれだけ漏れを指摘し、修正されたはずなのに、社保庁の原簿?は結局直っていないのです。直す気なんてないのです。『ねんきん特別便』なんて、舛添要一の売名行為に使われているだけの税金の無駄遣いではないのでしょうかね。ただただ呆れるばかりです。

≪99≫  09月09日 火曜日
 週2回続けているボランティアガイドの活動も、だんだんスケジュールが詰ってきて、もう今年度で止めなくちゃあいけないかなあと考えているが、今日は、S大の学生が「博物館学の実習」に来ていて、交流しあえて、とても楽しかった。ただ、建物ガイドをしたわけではない。博物館見学の視点について、いろいろしゃべったのです。彼女たちも、小学生や中学生を対象に「どのように見学させるのか」というような課題が出され、レポートしなくてはならないらしく、とても熱心に話し合うことができた。もともと、この課題は、私自身の課題でもあるのですからね。  私も、ぼつぼつまとめないと、この2年半(3年間)が無駄になってしまいます。
 
≪98≫  09月07日 日曜日
 2学期が始まりましたが、私は、まだゆったりとした生活を送っています。
 朝夕の犬の散歩は欠かさず出かけます。でも、近頃の散歩で気付くのは、犬の糞の後始末をしない飼い主が増えている。大体は「あの人、やらないね」というのは、飼い主が手ぶらな人ですから、すぐわかりますが、なかなか注意はできません。お互いに散歩していて、糞が落ちていれば、嫌な気分にならないものですかね。公衆道徳だと思うのですがね。大人がマナー違反をするから、子どもたちも荒れるのです。そうそう、運転しながら、携帯電話をしている人の多いこと。ひどいものです。
 それと、糞の後始末をしない人が増えているのは、名古屋市が経費節減なのか知りませんが、昨年まで堤防の草刈を2回ほどしていましたが、今年はさっぱり。草が伸び放題です。対岸の春日井市はちゃんとやっているのに、名古屋市の行政は手抜きです。だから、人は平気で後始末しないのです。


≪97≫  09月02日 火曜日
 大分の関連する子どもたちはどうしているであろうか。とても気がかりなのですが、世の中は「福田辞任」で大騒ぎ。辞任理由を、民主党の小沢になすりつけるような発言があるが、それは、お門違いです。公明党や自民党の連中が非協力であったことをはっきり言うのが筋でしょうに・・・・・・。
 ところで、マスコミは福田のことをなんやかや言っていますが、実は 彼の心中がよく分かるのです。私の妻は「あなた、そっくりの性格だわね」とニヤリと言う。 私も、ある時点までがまんすると、プッツンして、何をしでかすか分からないのです。そんなことが、過去にも何度もあったのです。あとで「しまった」と思うのですが、後には引けません。 まあ、福田は、私よりも10歳も年上ですからねえ。ちょっと大人気ないですね。でも、彼の心中がよくわかります。変に親近感を覚えちゃったよ。
  ※こうした政変は、わがドラゴンズが優勝する年に起きます。とすると、今年は、ドラゴンズの優勝!  でも、今日もヤクル   トに大敗。 おかしいですね。  

≪96≫  09月01日 月曜日
 大分県教委の対応は、教育的配慮に欠けるものではないだろうか。不正採用された者に対して、厳正に対処するのは当たり前のことであるが、彼らの大好きな「教育的配慮」を何故しないのか。何故、「3日を期限とし、申し出がなき場合も5日に取り消す」というような馬鹿なことをするのか。当然のこととして、夏休み中に決着させて、2学期を迎えるようにすべきである。
 教委は、教育が、教師・子ども・親の信頼関係の上になりたつことを忘れている。だから、今回のような賄賂攻勢が罷り通っているのだ。まさに、教委も同じムジナであることを証明しているようなものである。
 私は、不正合格の教師を、非常勤講師に降格させ、3月までは担任として任用すればよいと思う。もちろん、この4月からの1学期の間に問題があれば別ですけどね。 はっきり言えば、教員試験でよい点数をとった者が“よい教師”とは限らない。教師になってから、いかに子どもの側に立って、努力するかが大切なのです。
 そうそう 本日 まさに突然 福田首相が「辞任表明」をした。これも呆れた茶番ですね。

≪95≫  08月31日 日曜日
 8月もあっという間に過ぎていきました。本日は、大学の同窓会を長浜(虎姫)で行いました。3回目です。
 みんな退職して、それぞれの歩み方をしているのですが、マイペースの人が多いのが、特徴です。人生を楽しんでいるようです。まあ、私は私の楽しみ方をするのですが、70歳までは、今のペースなのかなあと自問しています。

 
≪94≫  08月25日 月曜日
 昨夜、北京五輪が閉幕しました。閉会式は見ませんでした。ドラキチの私には、ドラゴンズの方が心配なのです。43歳の山本の時にしか勝てないドラゴンズ。困ったことです。歯車が狂っているのです。
 そうしたことと同じように、私自身もなんとなく調子がでません。原稿などもあるのですが、ちっとも書く気がしないのです。ぼうっとしていると、頭が痛くなります。止む無く、犬の散歩に出かけたりして気を紛らわせるのですが、生産的ではありません。
 そう、近くの堤防に行くと、年配者がウォーキングを、しかも手も何かを握って颯爽とトレーニングしています。堤防は大賑わいですが、これほど健康管理をして、長生きしても、世の中は暮らしにくくなるばかりです。社会の邪魔者扱いです。そんな政治を変えないと、生きていても楽しくないではないかと思うのですけどね。みなさん、どんなことを考えてウォーキングをなさっているのだろうかと自問するのです。


≪93≫  08月23日 土曜日
 この1週間は、いろいろありましたが、つい北京五輪の番組を見てしまい、ペースが狂いがちでした。ただ、思うに、どこの国でもこれほどまでに報道をしているのであろうか。日本は加熱しすぎているように思います。ために、選手たちに多大のプレッシャーをかけている。そのよい例が、競技を終わった選手へのインタビューです。きっと選手たちは、ぶん殴ってやろうかと腹の中で思ったに違いない失礼な質問をする。ひどいものですね。
 また、日本のプロ野球の惨敗。責任をとってか、選手が丸坊主になる。なんと前近代的な体質でしょうか。野球がメダルさえとれなかったのは、仲良しグループのコーチ陣に問題があると思いますよ。コーチ陣は監督に一言も異議を挟めなかったことでしょう。だから、今期は不調の選手や直前に怪我をしていた選手がいかに多かったことか。本当に理解に苦しみます。きっとベンチの雰囲気も悪かったでしょうよ。まあ、選手たちには、ご苦労さんと言ってあげましょう。きっと、得るものは何もなかったでしょうけどもね。


≪92≫  08月17日 日曜日
 ぼつぼつ盆気分から抜け出さないといけませんが、本日までは二男の家族が、明日からは長男が来るという。昨夜も、東山動物園の「ナイトZOO」に出かけた。まあそこそこ面白かったし、めだか館では飼育員の人と直接話す機会もできたし、孫たちは、めだかの餌やりも体験させてもらった。 東山も、かの旭山動物園への対抗意識なのか、飼育員とも気さくに話せるようになっている。
 そうそう、今 頭を悩ませているのが、100人以上いる講義で、どのように参加型の講義をしたらよいかである。1回きりの特別講義は何度もしたことはあるが、15回継続の形は初めてとなる。うまい方法はないものかな。


≪91≫  08月14日 水曜日
 夏休み中の「数楽のひろば」は、4日間で12時間やることになっている。どんなネタで臨もうかと苦戦。もうひとつ、ぴったりこない。私の思いに、“楽しいだけじゃあ”ダメだという思いがある。やはり、“12時間もやる以上、なんらか目に見えるものを期待したい”のだ。ところが、この12時間も取り組んでみると、目に見えるものが期待できる形にするには 超短いのです。
「教育の成果はすぐには表れない」と簡単に言うけれど、今の教育界は、それほどゆったり構えておられるような状況ではないと考えるのです。
 周りの方々は、“楽しいだけでよい” “競争社会に毒された考え方だ”と慰めて?くれるが、やはり、私の心は納得しない。
「数楽のひろば」は、参加して来る人たちに、現状を打破していく勇気を与えるものでなくてはならない。私が、かってに【数楽のひろば・キャラバン隊】と称するのも、市民運動的に、下からの教育改革のうねりを作り出していかないと、教育の国家統制は 新自由主義史観によって、ますます強まるだけであると思うからです。年寄りは「昔はよかった!」と回顧するだけではなく、表には出ず、縁の下を支えることに徹するべきではないかと思うのですがねえ・・・・・・・。

≪90≫  08月09日 土曜日
 6日の朝日新聞に興味深い記事が載っていた。それは、自民党の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」が 文科省の10事業に対し「不要」の判定をしたというのである(160億円の無駄)。さらに、「今のままなら不要」(6事業・1430億円)のなかに、全国学力調査が入っているのです。「全員を対象に毎年実施する必要はない」と理由をあげているのです。なかなかの指摘です。
 こうした調査は、「1年ではわからない。もう1年続けましょう」「来年度の検討課題としましょう」と言って、ずるずるとやり続けてしまうのが、教育界の慣わし?なのです。スパッと廃止しない。ぐずぐずと引き延ばす。大分の付け届けと同じなのです。
 自民党PTは、ポーズではなく、決断すべきなのです。


≪89≫  08月06日 水曜日
 2日から5日まで、数教協の全国大会で東京に滞在しました。4日は、長男の家に泊まることにしました。それは、近頃の事件で「親への仕返しで、事件を起した・・・」なんてことが話題になりますからね。本音は、ホテル代が高いからですけど。
 さて、分科会等については、今回はあまり関心がなく、結局 1日目「算数・数学フェスティバル」2日目「幼児の算数」「新学習指導要領」3日目「中学入試問題を考える」に出ました。そこそこ「なるほど・・・」とは思いましたが、ぐさりとくることは少なかったです。 まあ、それ以外のロビーでの交流の方が楽しかったです。こうしたロビーが楽しくなるのは年取った証拠ですけどね。 
 帰路は、ゴロゴロしかけていたので、一目散に東京駅に出ました。案の定、雷雨で不通路線が出ていましたが、途中 中央線快速が3分遅れしただけで、なんとか、スムーズに帰ることができました。私は、間隙をぬって行動できましたが、多くの死者がでるほどの雷雨でした。


≪88≫  07月31日 木曜日
 それにしても、近頃の刃物事件はどうなっているのでしょうか。あの秋葉原以後だけでなく、この近辺でも次々起きる。そして、その言い草は「親に仕返ししたかった」。大人の幼児化である。子どもの自立・自律が叫ばれるようになって、久しいけれど、なんの教育的効果もなく、大人になってしまったということかな。
 さらに、知立での恩師?殺傷事件。これの対応は「休み中も門にカギを」だって。これじゃあ、ますます教師と子どもの間は遠くなるばかりです。悩みのある子の話を聞いてやることはできなくなります。卒業生もボデイチェックをしてしか受け入れないと言うのでしょうか。まあ、こうした対応策しか出てこない教委の体質は、大分に象徴されることになった教育界の腐敗の象徴です。刺された教師は、熱血教師として持ち上げられていますが、ここまで恨みを買うのは尋常ではありません。私が推測するに、・・・・・・・・・なのでしょう。  そうそう、この刺した子の父親は小学校の教師だって。辛いでしょうに・・・。


≪87≫  07月30日 水曜日
 やっと、夏休みという感じになった。本日で、週1回の「数楽のひろば・算数教室」も一段落付け、8月の後半に4日間「教室」を行う。また、明日が大学の試験日で、前期終了で、9月までお休みである。まあ、今年は、海外旅行も取り止めたし、のんびり過ごせそうかなとは思っているが、8月の3分の2は予定がつまってしまった。 いくつかの課題も残っており、考えを詰めなければならない。 いつまでたっても、貧乏暇なし。わが人生は、こんなものなのでしょうね。

≪86≫  07月26日 土曜日
 本日は、日本母親大会の1分科会を地区協で引き受けていたので、いろんなネタを持って参加した。「数楽のひろば」を今までに何回も行ってきたが、4時間半という長時間は初めてだし、会の宣伝は一切行ってこなかったので、参加者がどれほどかはさっぱりつかめない。事前申し込みは3名とかの情報もあり、地区協の方もなんとなく力が入っていないようで、、地区協の委員長として焦りにも似た気持ちでいた。しんどかったけれど、12種のネタを準備した。ネタの紹介カンバンやネタ説明のチラシをカラーで作った。まあ、今までの取り組みのうちでは、一番力をいれた。
 おかげで、参加者数は220名もあった。3部構成であったが、もうエアコンなんてさっぱり効いているようには思えない暑さでした。 いい数教協の宣伝の場になり、「来年度もやってね」と依頼もされたが、まだ“数楽のひろば”の内容にはしっくりいかない面がある。こだわっています。


≪85≫  07月21日 月曜日
 昨日の午後は、「志談塾」に出かけた。様々なテーマで語り合われ、かなりレベルも高度なので、よく理解できないことも多いが、人生を楽しんでいるような方ばかりに出会える魅力的な会なのです。かなりの年配の方でも 感心するばかりの学習力で、私など全く足元にも及ばない。世の中には、こんなに考えている人たちがいっぱいいるのに、今の日本の無様さは何なのかと思えてしまう。この日の、ひとつの報告『前衛党論』は、身に沁みてよく理解できた。具体的なことを ここに書くと差しさわりが生ずるので控えるが、私が長年感じてきたことと共有できることが多かったのです。議論も面白かったです。愛知の教育運動がなぜ伸びないのかとも共通することだと思いました。

≪84≫  07月19日 土曜日
 実は、7月9日以来、「ナベちゃん教室」が危機に瀕していて、どうしたものかとゴタゴタ、ガタガタしていました。学習塾ではない「おもしろ教室」、競争主義ではない「家庭塾」なのですが、私が“学習塾をぶっ飛ばす豊かな学力”を目指したものですから、子どもとの間に空回りが生じたのです。でも、いい勉強になりました。思い出すのは、故岩瀬先生の言葉です。
 つまり、週1回という制約の中で、現職の時のように“学力問題”を論じると、破綻するということでしょうか。しかし、週1回という制約の中で、何ができるのかを考えることができたのは、貴重な体験です。小学校の学級担任として、教師生活を謳歌してきた者の限界を感じさせられたのです。 週1回では、継続した取り組みにはならないのは、大学の講義で経験済のことなのにねえ。90分1コマで、子どもたちに何を学ばせ、どんな力を育むのか。教師は、明解な見解を持っていてこそ、プロ教師だと考えます。 現代の現場は、まあまあ・・・・と、うやむやにすることばかりを考えている。


≪83≫  07月16日 水曜日
 退職して3年目、正真正銘の年金生活者の仲間入りをしましたが、私が“どんな生き方をするのか”ということが注目されているのです。そんなプレッシャーもあってか、落ち込んでいましたが、やはり、これまでの取り組みを実直に推し進めることではないかな。いろんな雑音に惑わされないで、わが道をゆくことだと思います。若き頃、盛んに論じられた『教育と実生活の結合』です。 評論家気取りで、発信しても、現場は刻々と変化しており、老人の遠吠えにしかならない。それよりも、自分の生き様を曝け出したほうが、インパクトも大きいであろう。 教育が人間教育であり続けてほしいと祈る気持ちからもねえ。
 そうです。大分では教員汚職を根絶するために、氏名を記入せず、指紋照合にしたり、数値のみで合否を決めるとか報道されている。でもね、これは、間違いであると思う。少なくとも、小学校段階では、点数取りのうまい者が、教師に向いているかどうかは疑問である。まさに競争原理に犯された教委の体質を示している。そうした発想が、今回の事態を生んでいることを認識しなければ、何度でも汚職は繰り返される。 まあ、思想差別を繰り返してきた40〜50年前まで、さかのぼって、教員採用
問題を考える必要があるのだが、そんな勇気もなく、どう幕引きをするかばかりで考えていることでしょう。
 きっと、「竹島」記述問題に摩り替えようとしているでしょうが、これも、韓国の牛肉問題を摩り替えたいアメリカの差し金でしょうかね。 


≪82≫  07月12日 土曜日
 大分の教員汚職は、予想通りの展開を示している。まあ、他府県のお歴々は戦々恐々としていることでしょう。99%が、大なり小なり身に覚えのあることですからね。だから、身に覚えのある連中が事件をうやむやにすることはできても解決することはできません。 そうそう東京都が「マークシートでやってますから、改ざんなんてできません」と豪語していたが、一番手心を
加えられるのは、面接ですよ。まちがえちゃあいけませんぞ。
 そうそう今週は落ち込んでいます。退職後も、驚くほど順調にきていたのですが、なんだか行き詰まり感がドカッときました。
ドラゴンズではないけど、さっぱり先が見えてこない。スカッとさせたいねえ。


≪81≫  07月08日 火曜日
 大分の教員贈賄事件で、新たに3人の校長・教頭が「私も贈りました」と出頭したそうな。自首したから許されるというものではないが、気の弱い方ですねえ。こんなことは、少なくとも、愛知では公然の秘密、常識です。そうした付け届けをしなければ、管理職にはなれません。ヒラで教員生活を送った人は、常識とされる付け届けをサボった人なのです。 こういうと、校長連中は「いや、俺は実力でなった」と反論するでしょうが、1人ではもみ消されるでしょうが、数人が犠牲的精神で告発すれば、芋ずる式ですよ。 マスコミはスクープのように報道しているが、過去にも何度も起きているのに、教育界は全く改まっていないということですよ。皆がやっているのですから、「運が悪かった」というまでのことで終わってしまっているのです。
 最後に、この「教育日記」を見ている学生諸君。教員試験に合格し、3月末、赴任校が決まると、その学校に挨拶に行きますよね。それで満足していてはいけませんぞ。多くの学閥派は、校長の自宅に両親とともに挨拶に行きますよ。もちろん、手ぶらで行けるわけありませんよね。ご存知かな? 管理職昇進への付け届けは、新任時から始まっているのです。確かに、盆暮れの贈答は差し控えるように通達が出ますが、さて実態はどうでしょうかね?  私なんか、PTAの親御さんから「先生も、やった方がいいよ」と忠告を受けましたよ。それほど、罷り通っているのです。
 

≪80≫  07月07日 月曜日
 愛知県の教員試験は2週間後です。学生さんたちはピリピリしていますよね。ところが、「またしても、」と言うべきか、「まだ
やっていたのか」と言うべきか、言葉に窮するが、大分県で不正が発覚した。マスコミは、超珍しいことのように報じているが、お金や商品券が飛び交うようなことは少ないと思うが、不正行為と思しきことの例はいくらでもある。現場教師は、みんな知っている。口を閉ざしているだけのことなのだ。まあ、今の時点で報じることが、今期の採用試験における不正防止の歯止めとなれば幸いであるが、不正がなくなるとは思えない。それは、教員管理が遂行される中では、学閥や縁婚は強力な管理機能を発揮するからだ、発揮するのです。教員管理は、封建的な同属支配が罷り通っているです。
 そうそう 今日は、私の親父の命日です。もう46年も前の1962年7月7日のことです。この日の夜は嫌いです。


≪79≫  07月03日 木曜日
 大学の講義で、今期から内容を組み替えたのですが、あまりうまくいきませんでした。やはり、「学力論」としてきちんとやった方がよいようだ。「学力論」は、別のどこかの講義で行なわれるであろうから、「総合学習」の重要性に力点を置いて講義しようと構想を立てたのであるが、上面のことに終始して、突込みが不足していたと反省している。 学生さんは、面白かったと評しているが、私自身は講義を終えてもスカッとした気分にはなれなかった。 次回には、工夫をしよう!
 さて、ドラキチの私は、またしても阪神に3連敗とカモにされているドラゴンズにイライラ・・・・。実は、どなたも言わないが、NHKが試合を放映するときは、必ずと言ってよいほど、ドラゴンズは負けているのです。野球放送を試合の最後まで放送してくれるのは有難いが、ドラゴンズは NHKに呪われているのです。NHKは、大島・与田・今中と3人も中日のOBを使ってくれているのに、どうしてかな?


≪78≫  06月30日 月曜日
 もう明日から7月です。なんと月日の経つのは早いのでしょうか。何をしたのか分からないまま過ぎていく日々。それが、体重の変化に見事に表れていることに気付きました。つまり、私の体重の変化は 月曜日がピーク、そして、火・水・木・金と低くなりますが、土・日・月と上がるのです。もうこうしたリズムがずっと続いています。ただ、1ヶ月前よりは、1kgほど体重を減らすことができました。メタボを免れようとちょっぴり努力しているのです。 今の悩みは、かぶせてある歯がガタガタしているのに、なかなかとれないこと。腰が相変わらずよくなくて、長時間座ることが耐えられないことでしょうか。まあ、これくらいは、年ですから、仕方ないかな?

≪77≫  06月28日 土曜日
 ここ2〜3日は、「折り紙」と「SUDOKU](妻がノルウェーで買ってきた数独)にはまっている。もともと「折り紙」は子どもの頃から苦手で興味もあまりなかったのですが、数教協でユニット折り紙が流行っていた頃から、少しずつやり始めた程度ですから、持ちネタはあまりありません。でも、“数楽のひろば”の関係で、系統だった指導ネタ順が見つからないかなあと思っているのです。 今までに3回しましたが、「はて、4回目は・・・・」「5回目は・・・」と悩み通しです。やはり、折り紙の世界での基礎学力・基本学力は何か。着眼点は、折り目(山線・谷線)でしょうが、さらには どう系統立てればよいのか、まださっぱり整理がついていません。

≪76≫  06月27日 金曜日
 今日、犬の散歩の時、妻が「あれあれ、なんだか知ってる?」と小声で言いました。「あれあれ」と言われても、何のことだかさっぱりわからない私は、どこを見ればよいのか戸惑っていました。小さい子の背から伸びているひものことでした。 『迷子ひも』と言うのだそうです。もう20年位前から販売されているものだそうで、近年になって人気商品となっているのだそうです。
犬と力比べをして散歩している私には、驚きとしか言いようがありません。こんなひもを考え付いた奴は、どんな気持ちで子育てをしているのだろうか。人間の子ですよね。犬じゃあありません。確かに、首にひもを結わえているのではなく、リュックのようなところから、ひもは出ています。 そんなことより、子どもの手をつないでやればいいじゃないですか。親のぬくもりを感じられるようにしてやればいいじゃないですか。 なぜ、そんなことに手抜きをするのですかね。 淋しい気持ちになってきました。
『迷子ひも』は、断じて許せません。こんなもの売るな! 買うな!


≪75≫  06月24日 火曜日
 岐阜市立女子短大の学生が、イタリアの世界遺産、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に落書きをしたそうな。なにを考えているのでしょうかね。あの通り魔を真似たメールへの書き込みと同じで、自分のしたことへの問いかけがないのです。これを、識者は「自己責任の欠如」とか「道徳の不徹底」。とどのつまりは、「戦後教育が悪い」「教師が悪い」「日教組が悪い」となる。こうした古びた論議が、今も国会では行なわれているのです。 だから、一向に解決の芽は見えません。
 話を戻しますが、私がボランティアに出ている明治村やリトルワールドでも、文化財に平気で落書きがある。目に付かないところにいっぱいあるのです。その落書きは、小学生ではありません。明らかに若者のものです。世の中、腐りきっています。
 「はきだめに えんどう豆咲き  泥池から 蓮の花が育つ  人みなに 美しき種子あり  明日何が咲くのか」(安積得也)
 この心境が薄れていきます。

   ※京産大生もやっていたそうです。 日本人の恥です。

≪74≫  06月22日 日曜日
 昨日は、夏至だったのですね。なんだか、毎日が駆け足で進んでいるような感じです。先週の日曜15日は「60年安保で樺美智子さんがなくなった日だ」とか「17日に死刑執行された宮崎勤のこと」なんて、すっかり忘れていました。19日にやっと妻が旅行から帰ってきて、ほっとしていたのかもしれません。いや、秋葉原の通り魔事件や宮城の内陸地震に気を奪われていたのかもしれません。
 ところで、秋葉原の通り魔犯がネット上で「神」と崇められているという記事には驚きました。そうしたことの原因として、格差社会。勝ち組・負け組。つまり、何事も金次第という風潮のもたらすものであるとの指摘が多い。確かにそうです。とすれば、ますます格差は広がる一方だから、不可解な事件は頻発するようになるということです。 いずれにしても、テレビ等のマスコミに登場する評論家も政治家も、勝ち組なのです。そうした人たちには、負け組の気持ちは分からない。解決できやしません。淋しい話ですが、それが現実なのです。


≪73≫  06月21日 土曜日
 「折り紙」という伝承遊びが、子どもたちの右脳を刺激し、図形教育の土台づくりに有効であることはよく知られている。昔の子は、今の子のように小さいうちから「やれ、塾だ」「「お稽古事だ」と騒ぎまわらなくても、多人数の一斉授業でも理解力はあった。つまり、遊びの中で、学ぶ力が培われていたです。 
 そこで、思うことは、「折り紙」の有効性が言われ、数多くの折り紙研究がなされているが、どうも趣味の世界に深く陥りすぎていないかと思う。 だって、小学生に折らせようとしても、さっぱりです。つまり、よく報告される実践は高度すぎて、授業に投げ込めないのです。初歩からのプランづくりというか、「折り紙教育」の基礎の「き」とも言えることは何なのかを明らかにする作業をすべきだと思うのです。かつては、「折ったら、広げて、谷線・山線をじってみてみよう」を武器に取り組んできたが、それではおっつかない手の不器用さなのです。 数教協の“折り紙研究会”も レベルアップというより、足下を捉えなおして、いい提言をしてほしいね。


≪72≫  06月18日 水曜日
 昨日、宮崎勤の死刑執行が行なわれた。もう忘れかけていた事件だ。死刑が確定してからの執行としては異例に短い。あの池田小事件で、宅間は「法令どおり6ヶ月以内に執行してほしい」として、執行されたのは例外で、確定してからも10〜20年は拘置されたままである(一番古いのは、1970年に確定しているので、二番目が72年の名張毒ぶどう酒事件だそうだ)。
長期拘留がよいかどうかはよくわからないが、現法相の方針も、うさんくさい。人を殺せば、償うのは当たり前だが、命で償うといっても、それは、執行しまえば、「ハイ、ソレマデヨ」ではないか。“目には目を”“命には命を”の発想は、あの光市の妻・幼児殺害に対する旦那の執念によくあらわれているが、かえって命が軽く扱われているように思えて仕方がない。 
 来春からの裁判員制度導入とも絡んで、死刑判決→死刑執行が煩瑣に繰り返されるようになるということは、人を殺すことをなんとも思わなくなるということ。つまりは、ひとの殺し合いである戦争に対する容認の世論誘導でもあるということに注意しなくてはならない。


≪71≫  06月17日 火曜日
 春から出足好調なリトルワールドも、6月も半ばとなると、さすがに学校関係の団体客は少なくなる。3校しかなかった。それにサーカスも15日で終わってしまいましたしね。ただ、本日は、幼児にガイドする機会が2度もあった。過去2年間では1度もなかった経験である。幼児です。親ではありません。 タンザニアのニャキューサ族の文化をどう伝えるか。やはり、バナナ文化といわれる土地柄。バナナの話から始めました。「一時に一事」、多く語りませんが、子どもたちはうれしそうに去っていきました。ほっとしました。 

≪70≫  06月15日 日曜日
 愛知民教連の夏の集会で“数楽のひろば”をやってほしいとの要請があったそうな。どういう風の吹き回しか知らないが、“数楽のひろば”運動をどのようにとらえるかの課題がある。なんでもやればよいというものでもない。なにしろ、東海地区協の中でもいろいろな捉え方があるように感じている(私だけが違うのかもしれないが)。しかし、少なくとも「算数・数学嫌いな子をなくすこと」「身近なところに算数・数学ネタはあること」が主たるねらいにあることは共通理解できていると思っている。
 まあ、研究局長のKさんを窓口にして進めていることなので、いつものことながらお任せです。ただ、“数楽のひろば”運動が、点から線に、そして、面になることを願うのですが、算数関係のスタッフが足りません。

≪69≫  06月12日 木曜日
 このところ、もうひとつ気合いが入らない状態が続いている。それは、奥様が旅行中で、愛犬・イブと留守番中だからというものではない。例えば、大学の講義もパッとしないのだ。その原因のひとつは、講義計画にあるように思う。つまり、昨年度までは2コマ分を当てていたことを、1コマでやろうとしたため、「二兎追うものは一兎も得ず」となっているためだ。F小数・分数の世界 G外延量の世界 H内包量の世界、次回 Iで図形の世界 と欲張りすぎた。 本来なら、気軽に修正すればよいのだが、なんとなく昨年度の『学生アンケート』が気になる。それは、自慢したいほど高評価を得たのだが、「講義を選ぶのにシラバスを役立てたか」という項目(これは、学生さんのことで、私の講義の評価ではないけど)が、五段階の3(ふつう)しかなかった。もともとシラバスなんてもののことを知らなくて、いい加減に茶を濁してきたから、3も当たり前だが、今年度はちょっと真剣にシラバスを書いた。それに、基づいて講義を進めているが、そこに無理があることが明らかになってきたショックは大きい。まあ、後期には修正するけれど、なんとも気が重いのだ。
 次に、地区協大会に付随させて開いている“数楽のひろば”。高山・伊豆の国・日進・岐阜と多人数の参加で大成功をおさめてきたが、先日の静岡では、物足りない結果であった。その分析は今後しなくてはならないが、今まで多数を占めてきた低中学年の子たちの参加が得られていないのです。いろいろ言いたいけども、あとは内緒にしておきます。
 つぎは、『日本母親大会』に便乗して、“数楽のひろば”運動を進めます。

≪68≫  06月09日 月曜日
 土・日に、2つの研究会に参加しました。土曜は、数教協の地区大会。“数楽のひろば”に出ていました。予想通りというか、もう少し子どもたちの参加が得られたらよかったのになあと感じました。やはり無組織のところで、新聞広告だけでは限界がありますね。よく集まってくれたなあと評するべきでしょうか。次は、母親大会での“数楽のひろば”です。どうなるかな?
 日曜の東近大会は、相変わらず、古株の活動家がいっぱい。ちっとも変わらないなあと思っていましたが、算数・数学分科会は、ちょっぴり若い人の参加もあり、よかったかな。そういうことにしておきましょうかね。それにしても、東海と近畿の合同集会なのですが、東海の力の低下が目立ちます。どうしたものでしょうかね。いまさら、年寄りの私が口出しすること自体、私の主旨にも反しますしね。 ただ、愛知民教連も組織論をやった方がよろしいのではないでしょうか。

≪67≫  06月06日 金曜日
 本日は、明治村のボランティア。朝、元気にボランティアセンターに顔を出すのですが、「今日は元気ないねえ」と言われてしまった。心の中が、見透かされた感じだ。そう、気合いが入らないのです。わがドラゴンズが絶不調ということもありますが、明日の静岡の“数楽のひろば”、日曜の東近集会の“基調報告”が気乗りしないのです。“数楽のひろば”に人は集まってくれるだろうか? 東近集会では、学力研のレポートをどの程度斬ってよいのであろうか。 過去の算数分科会に学力研のレポートが出てくることはなかったが、やはり学力研の本場・神戸での開催となると、出てくるのですね。それを見越して、私に“基調報告”を依頼してきたのであろうか。まあ面白くなるであろうが、どのあたりを落としどころにしようかと迷っているのです。参加者の層を見て、考えるより仕方ないかな?

≪66≫  06月05日 木曜日
 ボランティアに出かける時、周りは田植えがすんだ田が広がる。小学校時代以来の光景である。雨上がりなど、山々の緑がとてもきれいで、のどかで、幸せ気分いっぱいです。しかし、世は、食糧問題、環境問題、医療問題が噴出。物価は跳ね上がり、政治の無能振りをさらけ出しています。でも、政府の打ち出す施策は小手先のことばかり。奥歯にものが引っかかって、素直に施策が打ち出せない。哀れにさえ思えます。 本当は、簡単なことです。「農は国の基なり」と、減反を止め、自給率を上げることに努めるべきです。「将来、芋しか食べられなくなりますよ」と煽っても、国民は動じません。きちんとした農業政策をすれば、どれだけでも改善できることを知っているからです。 環境問題でも、「エコ、エコ!」と言っても、大企業の取締りをしなければ、CO が減らないことを知っています。日本は、京都議定書の削減目標を達成できず、他国から、CO権利を買うという姑息な手を考える始末。恥ずかしい話です。 国民一人ひとりの健康で文化的な生活を保障しようという姿勢は微塵も感じられません。だから、憲法を変えたがるのですね。 
国民は、怒り狂ってもいいと思うのに、若者はさっぱりです。お隣の韓国では、「米国産の牛肉輸入」に若者が立ち上がっている。 若者が主役でない国は、滅びます。


≪65≫  06月02日 月曜日
 この3月に『稲置街道散策まっぷ』なるものが、北区民まちづくり推進協議会によって作成されたことは知っていたが、購入の機会もなく、忘れかけていたが、本日、『まっぷ』の説明会があるというので、出かけた。月曜日の午前中なので、参加者は年金生活者と思しき人が50名ほど集まっていた。「へえ、こんなに集まるんだ」とびっくりしました。会は、稲置街道の説明はごく短く、大した話ではなく、主は(主催者は従だと言っていたが) 散策に出かけるための基礎体力づくりの話でした。中京大の湯浅氏考案の「なごや健康体操」です。確かに、小さく健康体操のことは書いてありましたが、稲置街道の話は2時間中20分だけです。アンケートに答えると、稲城街道と印字されたタオルがもらえるというおまけまで付いた会でしたが、なんだか、行政の考えることってこんなものかな? 特に、タオルのプレゼントなんて、税金の無駄遣いじゃないのかな?と思えてしまいました。    ※『稲置街道散策まっぷ』は500円でした。これは、内容からして、ちと高い。

≪64≫  06月01日 日曜日
 生物多様性条約(COP)の第10回締約国会議開催が名古屋に決定したそうだ。環境問題に関わるこうした会議があることも知らなかったが、藤前干潟や海上の森の保全が評価されての決定だそうな。大変結構なことだと思うけれど、藤前干潟にしても、海上の森にしても、ぶっ潰そうとした計画を粘り強い市民運動の結果、仕方なく残した、いや、残させられたというのが実態ではないですかね。どうころんでも、積極的に保全に努めてきたとは言えません。 まあ、とぼけてしゃあしゃあと世渡りできるのが政治屋なのでしょうね。 名古屋市長さんは教員上がりですが、まさか教育界で処世術を鍛えていたのではないでしょうね。

≪63≫  05月29日 木曜日
 新聞報道によれば、「世界各国が クラスター爆弾の全面禁止条約で合意した」という。「但し、日本は保留」だそうな。だから、日本の政治家はダメなのです。真に平和を願う国と言うなら、いの一番に『賛成』の声をあげねばいけない。なのに、「アメリカが反対だから、賛成の声を出せない」とは、恥ずかしいことだ。独立国とは言えません。なぜ、政治家は、アメリカに媚び、日本をアメリカの属国とする、つまり、売国奴となるのでしょうかね。それが、愛国心ですかね。 アメリカほど、戦争の好きな国はないし、他国民をこれほど多く殺した国はない。身勝手極まりない国なのです。平和や安全を謳う国づくりを目指すなら、アメリカをモデルにすることは間違っているのです。  でも、今の与党政権は、間違いなくアメリカの言いなりです。いつになったら、日本は独立できるのでしょうか。

≪62≫  05月27日 火曜日
 近頃、肩書きを「“数楽のひろば”キャラバン隊 渡辺靖敏」と書くようにした。退職した今、市民運動としての「教科=算数」を立ち上げたいと考えているからだ。キャラバン隊と称しても、隊員がいっぱいいるわけでもない。声をかけられても、即座に行動できるほど、小回りがきくわけでもないが、いまこそうねりを起していかないと、教科=算数は、学びの泉ではなくなってしまうと危惧するからだ。しかし、“数楽のひろば”運動は存在しているが、小学校の教師と中・高の教師とでは、「数楽」の「楽」の捉え方がかなり違うということがわかってきた。 どちらがいい悪いと言うことではないけれど、小学校の教師は、“できる”ということにこだわる。“わかる”楽しさに止まっているのではなく、“できる”の中に、“わかる”という楽しさが内包されている実践にこだわるのだ。 そうした「わかるだけではダメだ」という主旨の発言をすると、場がいつも白ける。“わかる”さえ押さえれば、よい」「テスト云々するのは、敵の土俵に乗ってしまっている」「理論の貫けぬ奴は、敵の回し者だ」「スパイだ」とまでなるのですから、参ってしまいます。まあ、自己満足できる程度のほどほどの取り組みにしておいた方が賢いかな? 

≪61≫  05月26日 月曜日
 今日は、明治村のボランティアガイドの研修会で出かけた。正直、現在2箇所行ってるボランティアですが、その位置づけは全然違います。いや 恐ろしく違います。だから、研修内容もかなり違います。もともとは、同じ規約からスタートしているはずですがね。なぜ、そのような違いが出てきたのであろうか。まあ、それは、『博物館』に対する見識からくるのではないだろうか。
以前、「明治村→テーマパーク」「リトル→博物館」と、インターネットに載っていたが、変に納得できるようになってしまった。3〜4年前の私は、全く逆の認識でいましたからね。 いずれにしても、今の明治村の運営方針は、創設者である谷口吉郎・土川元夫のお二方の願いとは異なる方向へ進んでいるのではないだろうか。ボランティアのガイドとしての価値もありませんね。

≪60≫  05月25日 日曜日
 このところ、パズルづくりに励んでいる。やっと、色ツケが終わったが、やはりニスを塗った方が仕上がりも美しくなる。そのためには、ニスを調達しなくてはならない。こうした、ひとつひとつに手間がかかります。まあ、好きで楽しんでやっていることだから、贅沢は言えませんね。 百円ショップやホームセンターは、行きつけの場所になっています。
 ところで、愛知県は「住宅用火災警報器の設置」を義務づけた。5月31日がその期限だ。台所や寝室・階段・居間などに取り付けろと言う。1台でも高いのだ。全部屋につけたら、すごい出費だ。一先ず、3台だけ購入してきた。要は、火元に気をつければ、警報器なんていらない。漏電が怖いが、安全のために無理強いする行政は、業者と結託していると思われても当然である。行政が、警報器を各家庭に「付けてください」と配布すべきなのだ。そうそう、テレビにしても、そうだ。電器具会社を設けさせるだけである。増税と同じことなのだ。本当に、日本の政治家は、庶民のことなど全くご存じない。資質が悪い。まあ、それ以上にダメなのは、黙って、言いなりになっている国民です。 どんなに苦しくても、ニコニコ笑って過ごす国民のお目出度さも深刻だ。 


≪59≫  05月24日 土曜日
 久しぶりに教科研の例会に出かけた。例会場である生協会館に用事があったので、そのついでにというところかな。 こういうと、教科研のメンバーにお叱りを受けるかもしれないが、本音なのです。 
 本日の論議もすれ違いでした。教科研理論を押し付ける場が例会ではねえ。教科研理論をそっくり受け入れるような現場が愛知県内にあるのでしょうか。みんな、やりたくてもできなくて のたうちまわっているのが現状ではないかと思うのです。私たちが若かりし時代の職場状況とはかけ離れています。私たちは、その気になれば、いろいろ投げ込みでの実践ができました。だからと言って、「今の若い教師は、ちっともやろうとしない」と年寄りがわめいても、仕様がないことです。 わめけばわめくほど、若い教師は距離を置くことでしょう。「私は、貫いてきた!」ことは立派なこと、なにも否定はしやしません。 そうであるべきだと押し付けがましくいう意見に反発を感じるのです。 できるところから、少しずつ積み上げていく。これこそが、下からの力、民主主義だと思います。 老兵は、前面に出てはいけないのです。出れば出るほど、教育界は活性化しない。まあ、しばらくは教科研もお休みすることにしましょうか。

 そうそう あとで食事に行ったら、教え子のHちゃん、N子ちゃんに会いました。久しぶりで、うれしかった。

≪58≫  05月21日 水曜日
 蒸し暑いなか、今日も2年生の子たちと2時間“数楽のひろば”をした。もう60回目です。私の目指すところは、クレバーな子ではなく、ワイズな子どもです。でもまだまだ実感として、ワイズな子たちと接している気分にはなれないのが正直な気持ちである。口(理論)で言うのは易しいが、行なう(実践)は難しである。 妻が、犬と散歩しながら、「いつまで続けるの?」とポロっと言います。まあ、“ワイズ”を感じられるようになれば、・・・・・。でも、見通しは立っていないのだ。 つらいね。

≪57≫  05月20日 火曜日
 本日は、リトルでのボランティアです。今日は「本館の予約ガイド」が入っているので、少し早めに家を出た。一宮のN小の6年生です。まああえて言えば、私がボランティアガイドに応募したのは、こうした小学生にも分かりやすいガイドを追究したかったからです。あれから2年、未だにうまくいかないが、試されているような気がした。でも、子どもたちの学校生活と結びつくような話題を出しながら、ガイドを行なった。子どもたちはとても真剣でやりやすかった。果たして、どれだけ子どもの心にじ〜んとくるような内容であったかどうかは自信はないが、帰りにも本館に寄ってくれて、話しかけてくれたのだった。Fさんも「この前の明治村の時のN高校とはえらい違いだね」と満足そうであった。 実際には、こういう学校は少ない。今日も10校ほど来ていたが、本館に来てくれたのは、N小〆少々で、高校生なんて全く来ません。 どうなっているのでしょうかね。

≪56≫  05月18日 日曜日
 昨日の5月例会は、若い人が来て、久しぶりに楽しかった。年寄りばかりで、細々やることも、それなりに意義があるが、やはり活気が出ない。ただ、「算数サークルなのに、算数に関する話が少ない」と不満を漏らす人もいるが、若い人の関心は、教育全般にわたることです。つまり、総合サークル的な活動です。そうした総合サークルで深まってくると、ひとつの教科を追究したくなるものです。私にしても、1年目は『あしたば』という総合サークルでした。数教協に出るようになったのは、かなりあとのことです。 
 今、愛知にあった総合サークルは、壊滅状態です。だから、細々続いている教科サークルが総合サークルの面も担っていかないとまずいと考えているのです。もし、「ひとつにしぼれ」と言うなら、私は、総合サークルに鞍替えするでしょう。若い教師たちの今後の活躍に期待するからです。閉塞状態の教育界を切り開いていくための力量をじっくり鍛え上げておくことが肝要です。このことは、戦後民主教育の闘士たちが通ってきた道なのです。 今、私にできることは、そうした若い教師たちを支援してやることだと思っています。


≪55≫  05月16日 金曜日
 この3月で退職した福井のFさんの活動が始動しかけたようだ。個人通信『ハナイカダ』が送られてきた。自然の中に包まれて、なかなか快適なようだ。私のように自然に疎い者でも、退職すると、自然にも目がいくものです。私の場合、朝夕の犬の散歩で、八田川の堤防散策路を通り、二子山古墳の周りを歩くこと。そして、週2日のボランティアは野外ですので、自然と触れ合えます。しかし、Fさんのようにはいきません。都市部に暮らす者の限界でしょうね。
 ところで、個人通信は、うらやましいですね。様々な通信活動をしてきた私にとっては、退職後どうするかは大きな課題でしたが、このHP上の「教育日記」が中心です。これも、「ブログにしたらどうか」との意見も聞きましたが、相変わらずの形です。
ただ、“数楽のひろば”では毎回『たより』を出しています。60号になっていますが、この内容を充実させて、学級通信のようにするのもいいかな?と思ったりもしています。


≪54≫  05月15日 木曜日
 今日は、県大が開学記念で休講なので、久しぶりに別宅の整理に出かけた。実は、もう1年以上整理を仕掛けたままなのです。年金生活になり、維持費もかかるので、処分したいのですが、家内には雑誌類がいっぱいあるのです。今日は、『教育評論』の70・80年代のものと、『ツーウェイ』など法則化関連の雑誌を荷造りしました。でも、こんなペースでは、何時までかかるかわかりません。かと言って、ペースをそれほど上げる気もなく、最後は、私の死後、バサッとしないと終わりそうにありません。 考えてみれば、平均700円/種×20種×12月×35年=588万円ですから、軽く600万円くらいのお金を捨てることになりますねえ。まだまだ、資料としても活用価値のある雑誌だとは思うのですが、止むを得ませんね。

≪53≫  05月13日 火曜日
 3週間ぶりに、リトルのボランティアガイドに出向きました。平日は、一般客は少なく、学校団体が最大のお客さんです。本日も小・中・高校の10校が来ていました。まあ、一番事前指導のしてあるのが小学生です。今までの仕事柄、一番楽しくガイドができます。次は中学生。少し学問的なことに触れながら、見学の視点を与えてやると、やはり小学生とは反応が違います。成長しています。 ところが、一番やっかいなのが高校生。ほとんどが、博物館を見学しに来ているという意識はないように思えます。だいたいガイドに耳を傾けようとはしません。「おっちゃん、うるさいぜ」という態度です。事前指導もなされていないように感じます。 それに、今年になって、いやに目に付くのが、先週の明治村と同様、女の子のスカートの短さです。年寄りには、異常としか思えません。結局、「右へならえ」なのでしょう。全校がそうなっているようです。流行では片付けられないのではないかと思うのです。言っちゃ悪いが、高校教師は見て見ぬふりです。きっと教師が注意しようものなら、女子生徒がよからぬ噂をたてるのでしょう。だから、触らぬ神にたたり無し。
   
※私の教え子たちは、大丈夫かな? 時代に?流されていないだろうかね。 
 雑誌『教育』は、今月号で「高校教育」について特集していますが、なんだか、現場とすごくずれたところでの論議のように思えてくるのは私だけでしょうか。


≪52≫  05月12日 月曜日
 世情が不安なために、次々と不可思議な事件が起きる。豊田の下校途中の高校生殺人は、捜査が膠着状態かちっとも報道されなくなった。変わって、舞鶴の高校生殺人ばかりが報道される。深夜に家から出歩くなんてね。今の親は許してしまうようですね。そうそう、服装にしても、あの女のこの超ミニ・男の半ケツのズボン、親はどうして許すのでしょうか。「夜中の呼び出し」なんて、可笑しいと思わないのでしょうか。また、灯油をかぶっている男に、取調室でたばことライターを与えるなんて、警察もどうかしているのではないでしょうか。馴れ合いの、顔見知り、警察はグルだと疑われても仕方ありませんよね。またまた、名古屋の地下鉄のエスカレーターの逆走事故。これも“金属疲労の危険性”のメールが業者から発せられていたと言うではありませんか。「役所の怠慢」に他なりません。 庶民にとっては、税金(固定資産税・市民税・健康保険料・自動車税)の取立てばかりが厳しく、いくら払わされるのでしょうか。年金は上がらないのに、税金ばかりが増加では たまったものではありません。健康・安全のために、税は使ってほしいです。
 でも、お目出度い日本人は、デモさえやる気力を失っている。それをいいことに、海外にはいい顔をして、国民にこれほど冷たい政治があるのでしょうか。


≪51≫  05月10日 土曜日
 本日は、朝から雨で、犬の散歩もできないので、朝夕の2時間が浮く。おかげでのんびりと一日を過ごすことができる。本来なら、全国小学校集会が高知で開かれているから、出かけなくてはならないが、やはり、現役の人が中心であるべきで、年寄りがのこのこ出かけるのは好ましいことではないと思うから、Mさんに任せて、一日家に居た。
 ただ、このごろ思うのは、サークルが『教師塾』みたいにできないか。『志談塾』のようには人材を結集できないから、間口を「教育」にしぼって、教師の研修の場になればなあと思う。まあ、名古屋市教委も9月くらいから、『教師塾』を開くらしいが、金をとり、教採試験の優遇する特権を与える。つまり、ひも付きの青田刈りだ。これでは、“ほうれんそう教師”“ヒラメ教師”を作り出すばかりで、人間教師は育ちようがない。そんな首に紐をつけるような『教師塾』は必要ない。本当に必要なのは、教師としての生きがい・働きがいを見出すノウハウを考えあう塾だ。 今の教育情勢では、あいち民研もあいち民教連もましてや組合も取り組まないであろう。 微々たる力ではあるが、残された人生をそんなことに使ってみたいものだ。少し、構想を練ってみようと思う。


≪50≫  05月09日 金曜日
 本日は、明治村のボランティアガイドの日です。ボランティアとして赴くようになって、2年が過ぎましたが、今日ほど驚いたことはありません。「お客様は神様です。お客様の機嫌を損なうようなことはしないで下さい」という強いお達しを無視して、高校生を怒鳴りつけてやりました。これほど傍若無人な学校は見た事がありません。愛知県の公立高校ですが、これほど荒れていては親は心配になりましょう。園内バスの荷物置きに隠れて乗り込む。「危険だから止めなさい」と注意すると、今度は走っているバスに飛び乗ろうとする。ヨハネ教会堂では、小さい子用のおもちゃを引っ張り出し、ごちゃごちゃにする。足湯には無銭で入り込み、タオルを散乱させる。屋台では、イカセンを只食いしようとする。・・・・ 明治村のあちこちの持ち場から、怒りの声が高まる。「もう早く帰ってもらえ」「来年からは来館を断れ」「県教委へ訴えろ」・・・。流石に、明治村も「他のお客様に迷惑がかかりますから、・・・・」と園内放送をしぶしぶ入れたのですが、度が過ぎます。 ここには、校名は書きませんが、汚名はしばらく消えることはないでしょう。 私の不思議は、公立高校なのに、ここまで服装も乱れているのに、何の指導もなされていないのではないかの思えたことです。 元教師としても、本当にはずかしいものでした。 だれもの感想は「明治村だけでなく、どこへ行っても、目茶なことを繰り返している学校だよ」でした。 あきれました。

≪49≫  05月08日 木曜日
 今日も、なんとなく体が重く、水曜日に出している『数楽のひろばたより』に、以下のようなことを書いた。
先回は、ゴールデンウイークあけということもあったとは思いますが、実は、水曜の小2相手、木曜日の大学生相手の両方とも、なんとなく気分が高まらず、最低でした。聞けば、子どもたちも生活科で“平和公園に自然観察”に出かけていたそうですね。お疲れ気味だったと思います。これじゃあ、教室としては、まずいですよね。」
 そうなのです。大学で、小学校の時の教え子に久しぶりに出会ったら、「先生、年なんだから、体に気をつけないとダメだよ」なんて言われてしまいました。自分では気付いていないのですが、余程 モタモタしていて、元気なく見えたのでしょうね。講義をしていても、いつものように気分は高まってこないで終わってしまいました。学生さんは結構よく講義の感想を書いてくれていましたが、私としては、気乗りのしない最悪の講義でした。なんでもそうですが、楽しくなくちゃあ、やっても成果は上がらず、無駄になってしまいますからね。 反省! 反省!


≪48≫ 05月06日 火曜日
 『数学教室』の巻頭とびらの文がないというので、募集があった。以前に書いたのが、81年10月ですから、もう27年も経っているので、思いついて書いてみた。
          ≪とびら≫   キャラバン隊、いざ 出陣!
 定年退職して2年。大学の非常勤講師やボランティアガイドなど、充実した幸せな日々を送っているのですが、サークル活動になんとなく力が入らない。やはり、なまの子どもたちと接する機会が少なくなったため???  現場教師のしがない宿命なの???
 そこで、“ナベちゃんのおもしろ教室”=“数楽のひろば”を開くことにしました。
「子どもたちを放課後群れさせたい」「親以外の大人の存在を大切にしたい」「考える力をつけさせたい」という親たちの願いと「なまの子どもとの接点を増やしたい」という私の願いが合致したのです。
 ところがどっこい、週1回の教室ですが、準備がたいへん。20数年前、地域で『算数教室』を意気揚々と開いていた時、静岡の今は亡き岩瀬勝彦さんに「片手間で塾ができるか!」と一蹴されたことを思い出す。でも、小学校入学前の教育について、学ぶことがいっぱいで、「今まで、何をしてきたのか」と反省することばかり。老け込んではおられません。
 また、遠山真学塾の出した遠山啓先生のDVDを見、『数学教室』の「今こそ遠山啓を語る」を読みながら、市民運動としての“数楽のひろば”の意義を見直しました。 
    早速、私は、名刺に「数楽のひろば・キャラバン隊」と刻みました。
        私は、ルンタのごとく、風にふかれて、どこへでも、・・・
             ≪CLEVERな子よりも WISEな子に≫を目指して、出かけます。

≪47≫ 05月05日 月曜日
 新聞報道によれば、「5月3日が憲法記念日であることを知らない若者が半数を超える
」という。「5月5日がこどもの日」ということも知らないでしょう。これも、学校の教師の責任なのか。いやれは、政府の責任であることは明白である。祝日法を勝手にいじくり回して、「3連休を増やして、経済効果を上げる」とか言って、変えてしまったからである。敬老の日は9月15日、体育の日は10月10日、・・・と決まっていたのである。だから、覚えさせて、そのいわれや意義を考えさせたものである。まさに、愛国心教育である。 ところが、祝日はころころ変えるものだから、謂れや意義など話す機会もなくなったのだ。「五節句って、何時の日のこと」と問えば、子どもたちはちゃんと答えた。そして、「どうしてそういわれるようになったのか」と考えた。民俗学の学習である。 それにしても、戦後、新たに出発した民主教育を よくぞ ここまで、破壊したものだ。 政治家たちが、その情熱のほんのちょっとでも福祉に目が向いていたら、今のような「老人は、早く死ね」という馬鹿げた年金・医療政治は起こらなかったでしょう。 

≪46≫ 05月04日 日曜日
 先日、遠山真学塾が遠山先生のDVDを出したので、早速取り寄せて視聴した。「うーん、あの口調だった。とつとつとした中に、なんとも言えない説得力があって、惹きつけられてしまうあの魅力。よみがえってきました。講演にしても、流暢で弁舌爽やかという感じでは、決してなかったけれど、不思議に引き込まれてしまったものです。もうあれから30年ですから、私の周りでも遠山先生に面識のある方は少なくなってしまいました。それにしても、強く思うのは、今、遠山先生が生きておられたら、今の教育界に対して「どう申されるのか」ということです。
 丁度、『数学教室』6月号に、榊さんが「70年代の市民運動としての『ひと』と『ひと塾』と『遠山塾』」を書いておられる。
 思い出しますね。『ひと』の公開編集会議を名古屋でやりたいから、人を集めてほしい」と言われ、デモシカ教師が、ちょっと教育に目覚めた頃、東海地区協にそんな力はないし・・・・。なんとか、様になるだけの人集めができた記憶がありますが、冷汗ものでした。 
 でも、今再び そうした草の根の運動をやるときだと思うのです。“数楽のひろば・キャラバン隊”の取り組みは、その一貫のつもりですが、もっともっと活発に、ペースをあげるべきでしょう。 若者が立ち上がるべきですが、歯がゆいですね。年寄りばかりがしゃしゃり出ては、これまた運動の低下を招きますからねえ。 


≪45≫ 05月03日 土曜日
 今日は憲法記念日。ところが、「憲法を改正して、より現実的にした方がよいと思います」という国民が多くなっている。一見同調するところもあるが、今の政治家は、教育基本法の例をみればわかるように、言葉巧みに「理念」を変えてしまうのだ。憲法の不備にかこつけて、平和憲法を骨抜きにしようというのが本音なのだ。その第9条は変えさせないという声が徐々に広まってはいるが、第9条から目を逸らそうと言う画策にまんまと嵌められている人も多い。まんまと嵌められるところに、日本の国民の学力の低下が表れている。
 なにしろ、このところに値上げラッシュ。「いい加減にしてよ」という声は小さく。みんな黙っている。言論封鎖が思いのほか効果をしめしているのである。国の台所は火の車なのに、海外への援助は底知らず。それらは、すべて庶民の負担増にして、まかなわれるのだ。 もう、政治家なんて、いらん! 税金の無駄使いだ。 

≪44≫ 05月01日 木曜日
 今日は、私の誕生日です。もう来てほしいとは思いませんが、1年1年があっという間に来てしまいます。
 それにしても、5月1日はメーデー。万国の労働者の祭典の日です。なのに、暫定税率が再可決され、ガソリンは急騰、後期医療制度の無茶。日本は破滅的状況になっているのに、国民はだんまり。暫定税率復活には7割が反対といっても、自民・公明は平然と強行。国民が行動を起さないとみくびっているのです。 これだけ、庶民の生活が打撃を食らっているのに、本当に日本人は思考力を失ってしまったようです。 まあ これもあれも もとを問えば、小泉政権がしでかしたことで、そのツケが今出てきているだけのことですがね。
 万国の労働者が団結する日は、もう永久に来ないのでしょうか。


≪43≫ 04月27日 日曜日
 世の中は、ゴールデンウイークに突入ということかな? でも、私にはあまり関係なく、4月のお疲れ休めの期間みたいなものですが、水曜日の“数楽のひろば”は間隙をぬって、おかまいなしに続きます。木曜の大学の講義もあります。近年、大学生に関わって、マスコミは悪く報道しますが、私の大学生の頃より、今の方がう〜んと真面目です。講義だって、びちっとしています。文科省の規制が年々厳しくなっているからでしょうか。ただ、あまりの規制の厳しさから、現場に出た時、お疲れ気味なのか、若さを発揮して暴れまわる教師は見かけなくなりました。ちょっと淋しいですね。時代の変化でしょうか。
 まあ、民間教育の側も全くエネルギシュではありません。気持ちだけでも若々しいといいと思いますが、暗いです。これじゃあ、楽しい授業は無理だと思うのは私だけでしょうか。


≪42≫ 04月25日 金曜日
 今週は、連日用事があり、忙しかったです。月曜日には長男の所へ車を走らせました。往復、8時間半くらい運転したことになりますが、今回は夜の中央道ではなかったので、時間の割には楽でした。まあ、年ですから、今回のような日程にした方がよさそうです。そうそう水曜日の“数楽のひろば”は予想外の展開でした。「タイルづくり」をちょいとしようとしたら、こどもたちが異常に燃え上がって、大騒ぎ。量感をつかむことがねらいなのですが、タイル貼りの競争になってしまったというわけ。まあ、このところ、2位数の筆算でしごいていたので、そのストレス発散の場となってしまったのかなと反省しました。グループの取り組みであったけれど、次回は 個々でやってみることにしました。準備がたいへんですけどね。

≪41≫ 04月19日 土曜日
 1週間の生活がほぼ固まった途端、時の流れの速さを改めて、感じさせられた1週間でした。でも、親から「うちの子、この前の絵パズル お気に入りだよ」とか、学生さんから「先生の講義、すごく楽しかった。もう1度受けたいから、聴講に行っていい」なんてお世辞だとわかっていても、悪い気分はしません。「よ〜し、今年度の学生にも・・・・」と、年甲斐もなく意気込む自分を振り返り、単純だなと思うのです。
 ただ、世の民主的教育学者様は「スロー・エデュケーション」を唱えてお見えになる。私のスローガン「いつでも何でも精いっぱい 素早く正しくにこにこと 用が過ぎたらサッサと次へ」と正反対です。 でもね、論調は分からないでもないが、そんな悠長なことを現場教師が言っていたら、「この教師、やる気がないのではないか」と思われやしませんかね。思われ、レッテルはりをされたら、どうなるか。 学者様たち、ご存知ですかね。


≪40≫ 04月13日 日曜日
 明治村のボランティア会の総会なるものに初めて参加しました。組合大会ではあるまいにとても仰々しいものでした。まあ、ボランティア会の主導権は、70代後半の方々が握っているようで、組合運動の観点からすれば、報告・提案はザルみたいものでした。つまり、ボランティア会の執行部と称する方々は(そもそも肩書きを付けたがること自体がボランティアの精神に反すると思いますね)、精一杯やっているのでしょうが、やっていることは、上意下達の組織化のようです。でも、たかがボランティア。組織化すれば、ガイド活動はマニュアル化して個性も魅力もないものになってしまうことが、目に見えています。組織化しようというなら、もっと緻密にやらなくちゃあ。しかし、ボランティア会の性質を逸脱していると思いますね。近頃は、何でもかんでもボランティアという時代になっていますが、経営者側が低コストで働かせようとの姿勢がありありとしてきています。ボランティアの精神に反する行為です。だから、組織化なんて、考えてはダメ。のんびり文化に浸りながら、やるのが一番なのです。まあ、明治村のボランティア会の世話役は、犬山市近辺70歳前後の方を中心にやらなくては、発展はないでしょうね。

≪39≫ 04月09日 水曜日
 犬山市長が、強引に教育委員増員を決めた。このしつこさにはあきれ果てるが、政治の教育への露骨な介入を平然とする行為にはらわたが煮え返るほど怒りを覚えるが、私は犬山市民ではないですからねえ。この市長、子どもたちにどういう責任をとるつもりですかね。 それにしても思い出すのは、名古屋市長に本山さんがなったとき、教委改革を要請したのに、「市長の権限下にはない」と、頑として受け付けなかったのを思い出します。 政治家が、教育に口出しする時は、ロクなことはない。
12月の地区研究会議を犬山でする予定だが、なにかドカンとやりたいね。

 ところで、この増員の報を、マスコミは9日の朝伝えているが、実は実は、あのCBCの夕方の“イッポウ”では、してやったりとばかりに8日の18時17分に採り上げている。この1年間、しつこく教委批判を繰り返してきた効果とほくそえむキャスター・大石の顔も見たくないねえ。 

≪38≫ 04月07日 月曜日
 今日は、小学校の入学式。私の新年度も、今週から始まる。まあ、新鮮な気持ちで励みたいものである。ただ、昨今の世の中を見回してみると、ガタガタで、いかに政治屋がめちゃをしていたかが、よく分かる。その付けをすべて国民に押し付けて、のうのうとしているのだ。そのひずみの起因は、小泉改革と称する不埒な時期にあるのだが、いまだに気付かない国民が多い。国が崩壊して初めて気づくのでしょうか。情けないね。
 それにしても、若者は どうして怒らないのでしょうか。正義感と言うものがないのでしょうかね。
 さて、今年度は、どんな1年になるのでしょうか。不安ですね。


≪37≫ 03月31日 月曜日
 日本のマスコミは、極度に保守的で、自己保身ばかりで、あきれることばかりであるが、久しぶりに昨日の『真相報道・バンキシャ』は、東京の教育を対比しながら、犬山の教育改革の中で、教師たちの意識変化を扱っていた。このような報道を見るのは久しぶりである。名古屋の放送局なんか圧力がかかっているか知らないが、犬山の教育批判の論調ばかりである。こうしてマスコミによる世論操作が着々となされていることを腹立たしく思っても、報道の力に対抗なんてできやしない。この前も、体力テストを犬山だけが拒否しているかのように報道していた。このテストなど、愛知県内でもいくらでもやっていない所はある。バカみたいにやっているのが、名古屋市だけなのだ。 本当にマスコミが、今のようなふしだらな世情にしたのであると自覚すべきなのだ。

≪36≫ 03月27日 木曜日
 このところ、若者の殺人事件が続いている。しかも「殺してみたかった」というなんとも許し難い理由である。もう駅には怖くて近づけないですね。私の家に一番近い味鋺駅でも、地下鉄と直結したのを機に無人駅となった。そのためか、自転車ドロは増え、夜は、ワルの溜まり場と化している。これが、今の日本である。それと、「殺してみたかった」という思想が、若者の中に常態化しつつあるということほど、恐ろしいことはない。つまり、若者の中に、軍隊に平然と参加できる精神が形成されてきたと言うことだ。まあ、政府与党の望み通りになりつつあるのですから、こうした殺人事件は今後も続くことでしょう。平和日本は、もはや過去のこと。まさに、自己防衛=銃保持というアメリカ社会と化していくのです。 ここで、こうした流れを食い止めようとするのが、過去の若者でしたけどね。 いきり立つのは、老人ばかり・・・・。  ああ、無情!

≪35≫ 03月24日 月曜日
 妻が海外旅行中で、いつもながら3度3度の食事に苦労しながら生活しています。まあ、女性のえらさを味わわされているのですが、ちと情けないですね。でも、長年の習性で、私はなかなか自活できないのであります。 でも、今日は、一人で卸売市場まで、買い物に行きました。野菜屋のおばちゃんは 同情?してねぎを20円まけてくれました。キリギリスのようにきゅうりをいっぱい買いました。
 そうそう土曜日には、大垣まで授業をしに出掛けました。名古屋からもKさんが見学に来てくれました。授業自体は、1時間ちょっとの中で、『かけ算の世界』を垣間見ようというわけですから、無理を承知の授業です。でも、今はこうした形の授業しかできませんから、これで十分楽しんでいます。10月には 『わり算の世界』をやろうということになりましたが、どうやりますかね。ぼちぼち楽しみながら考えていきますか。


≪34≫ 03月18日 火曜日
 3月18日は、明治村・リトルワールドの開村日です。リトルは、25周年ということで、入場料を無料としました。係の人から「当日はボランティアのために駐車場の確保はしませんので、混みあって遅れても止むを得ませんので、安全に気をつけておいでください」と言われていました。そこで、いつもより若干早めに家を出ました。リトルの駐車場の前は列ができていました。昼ごろには軽く4000人を突破していました。午後も続々でしたから、「6000人を下回ることはない」とのこと。いつも平日の火曜日にしか出ない私は、これほどの人出は初めてです。
 それにしても、小中学校は休みではありません。どこからこんなに人が来るのかと驚きました。「無料」というのはこれほど威力があるとは思いませんでした。そうそう、象徴的な光景は、おじいちゃん・おばあちゃん・母親・幼児という組み合わせでした。孫の面倒を見るおじいちゃん・おばあちゃんの姿についニヤリとしてしまいました。どうしてか 分かりますよね。

≪33≫ 03月17日 月曜日
 犬山市長が やっと教育委員を増員することを3月議会に提案することをあきらめ、来年度も【犬山市の学力テスト不参加】が決定した。よかったです。それにしても、全国の教育委員会では、真剣に「学テ」の論議をしているのでしょうか。不参加の自治体が増えなかったことは、犬山市以外の教育委員は 教育学の素養・見識が通じない人ばかりが、面を並べているといっても過言ではないように思います。教育のこと、子どものことを真摯に見つめるならば、全国で1つだけなんてことは考えられません。結局は、政治に毒された方々が名誉職として、顔を連ねているということでしょう。これでは、日本の未来は、真っ暗です。

≪32≫ 03月11日 火曜日
 雑誌『教育』の今月号に興味深い記事がある。「全国学力テストと学力日本一〜〜秋田は「日本のフィンランド」か?〜」で、様々な比較から、結論として、「競争ではなく、できるだけ教師や学校のゆとりを生み出すこと、自発的な研修・研究へのとりくみを引き出すこと、そして何よりも地域や家庭の安定性を確保することが求められる」としている。しかし、秋田では、学テ日本一になってしまったばかりに、日本一を守るために、秋田の良さを失わせることになるような施策が講じ始められているというのだ。 だから、学テは止めなければいけないのに、来年度も、学テに参加しない自治体は、犬山市だけと報じている。
 今、私は、この学テは、過去の学テが4年間で中止となったように、犬山市が参加するようになった翌年に中止となるであろうと予測するのである。つまり、全く意味のないことに田中市長なる人物はエネルギーを注ぎ、その責任をとらないということです。子どもたちの学力保障は学テではできない。教師の誠意ある授業の積み重ねこそが、可能にするのです。

≪31≫ 03月09日 日曜日
 昨日の夜、NHKTVで「学力」についての討論会をしていた。様々な立場の人を集めていたが、論点は定まらず、かってに述べ合っているだけという感じがした。教育に対する思い込みは予想以上であり、古典的な学力観から抜け切れていないことを改めて感じた。そのことは、今回の指導要領の改訂にも色濃く出ていて、まさに、バブル以前のよき?時代への回帰だけで、何の策もないというお粗末さ。 つまり、子どもたちの考える力を伸ばすにはディベートだというところまではいく。なのに、ディベートを可能にさせる「異質協同の学び」には立ち入らない。避ける。学力の底上げが大切であるとの結論を得るが、習熟度別指導しか手立てが及ばない。テストや調査の平均点を上げるには、学習意欲を失った子をかもし出すような指導が絶対にダメなことぐらい分かろうというのにね。犬山でやっている「学びあいの学習」に何故目がいかないのでしょうね。 最終的には、やっぱり教師の資質とする。教師を競争させるために、「差別賃金を入れろ」。優秀な先生って、どんな人?。誰が決めるの? ダメな先生に教えてもらいたい子っているの? 先生を選べるの?  教師の資質を向上させるためには、どうすべきか。 再生会議にしても、安直過ぎるのです。 これでは、日本の未来は、真っ暗です。

≪30≫ 03月06日 木曜日
 新学習指導要領案の「具体物を用いた活動などを通して」に刺激されて、算数道場“数楽のひろば”のために、道具(ネタ)をせっせと作ることにしました。100円ショップや日曜大工センターへ材料を調達しに足繁く行きます。平日なのに、結構 人はいます。私のようにリタイヤの人だけでなく、若い人もいるのです。不思議に思います。この人たちの仕事は何なんだろうかとね。他人の詮索をして楽しんでいるのはよくありませんが、きっと、私も 変なおっちゃんと見られているでしょうから、「まっ、いいか」とかってに思っているのです。 働いている時には、全く気付かなかった世界です。

≪29≫ 03月03日 月曜日
 3月までは、月曜日が一番のんびりとできる時です(9月からは、日福大の講義が入るので、それもなくなる)。朝晩の犬の散歩の他は、特別な取り組みをやっていないのでね。犬の散歩コースは、八田川の川辺を散策し、二子山古墳を回って、帰ります。(でも、妻一人のときは、犬は自由にあちこち人間様を引き回すらしい)。まあ、訓練にも出していないので、犬の4歳にもなるのに、わがままな犬です。なにしろ30キログラムもありますから、尋常な力ではありません。私の肩の痛みもこの所為だろうと思っています。≪40肩≫や≪50肩≫なんてなりませんでしたから、≪60肩≫もないと思っているのですがね。まあ、児童文学に『盲導犬不合格物語』という本がありますが、夕方になれば、「家の中に入れろ」とばかりに、しつこく泣きます。可愛がりすぎで、なかなか我慢ができません。人間といっしょです。朝30分ほどと、夕方1時間ほどは、いい休息の時間だと思って、犬の散歩に出かけます。
 それにしても、飼い主のマナーは悪いです。フンの後片付けをしない人の多いこと。手ぶらで犬の散歩している人は、間違いなく片づけをしない人です。 若者だけでなく、大人もいい加減な世の中です。

≪28≫ 03月01日 土曜日
 午後、蒲郡まで車を走らせて、西三サークルの公開講座へ行き、野崎委員長の『今こそ数学のたのしさを』という講演を聞きました。お話は「数学の本質の追究=楽しさ」というかなり高尚なものでした。日頃、授業の中で扱う程度の“楽しさ”の話もありましたが、数学者としての楽しさだろうな?と思って聞いていました。確かに、今 私の周りにみられる“楽しさ”は、授業についていけない子をどう授業の舞台に乗せるかというレベルです。そこを脱却しなくては、数教協の未来は開けてこないと言う委員長からのメッセージのようにも聞こえました。 はて、参加者の他の人たちは、どのように聞いておられたのでしょうか、知りたいです。

≪27≫ 02月29日 金曜日
 もう2月も終わりです。うっかりしていたら、本日が締め切りのものが2つもありました。ひとつは「大学の授業アンケートに対する自己分析・自己評価」と提出。もうひとつは「明治村の“私のガイド日記”の原稿」です。アンケートの方は、手違いで一昨日集計用紙を受け取ったのです。ガイド日記の方は全く承諾した意識がなく、請求されて初めて「あっ、書くんだったっけ」という具合です。まあ、たいした長文でもないので、、間に合わせることができましたが、ちと計画性を失くしているようで 反省しなくてはいけません。やっつけ仕事では、ろくなことできませんからね。

≪26≫ 02月26日 火曜日
 今日は、「2・26事件」の日ですね。また、このような事が日本で再び起きないことを願うばかりです。でも、今の社会情勢は起きても仕方のない方向だと感じます。
 さて、本日は火曜日、リトルワールドのボランティアの日です。朝から、雪がどんどん降ってきて、活動日としては最悪です。私の活動区域は、アフリカ〔タンザニアのニャキューサ族・南ア連邦のンデベレ族・ブルギナファソのカッセーナ族〕です。本日は、それぞれの地域の自然環境のわかる写真を準備して行きました。これからしばらくは、リトルにある建物の周辺の自然環境を追究したガイドのスタイルを考えてみたいと思っています。 そう今日も、豊治小の子が興味を示してくれました。確かに、リトルワールドも建物の周辺にその地域の草木を植えて工夫してありますが、もうひとつもの足りません。うまく写真を蒐集できるといいですけど・・・・・。


≪25≫ 02月23日 土曜日
 イージス艦が漁船を沈めた事件は、自衛隊の体質をさらけ出した。自衛隊が、国を守り、国民を守るなんてことはあり得ないのです。また、沖縄で起きた少女暴行事件は、アメリカ軍が日本を守ってくれることはないということを如実に示しています。つまり、軍隊というものは、何のために存在しているかと言えば、戦争をすると得をする人=権力者・財閥などの特権階級を守るのために保持されるのです。圧倒的多数の庶民はだまされているだけなのです。だから、イージス艦も我がもの顔で東京湾を航行し、真実を隠蔽しようと必死なのです。漁民が未だに見つけられないのは、初動の捜索が遅れたからで、国民なんて、どうだってよいのです。(真の責任は、防衛庁から防衛省への格上げに賛成した輩にある)
 「国民生活を守る」というなら、物価高をなんとかしてもらいたいね。それに、近頃火事の報道をみると、必ずと言ってよいほど、死者が出ている。火あぶりの刑じゃないよ。しっかり究明して、国民の命を守る政治をしてもらいたいものだ。


≪24≫ 02月21日 木曜日
 うれしいことに 1月の成人式の集合写真を学区協が送ってくれました。早速、拡大鏡をとりだして、名前を照合しようとしたのですが、なかなか探し出せません。成人式の日の参加を確認できた子の名簿には印を付けておきました。男の子はなんとか照合できました。ところが、女の子がよくわかりません。「ちゃんと話したのに・・・・」 写真になると、みんなきれいにお化粧しているものだから、よけいわかりにくいのです。まだ、照合できていません。恥を偲んで、誰かに聞こうかな? こっそり教えに来てくれる子はいないかな。
 そうそう、成人式の後、教え子たちに手紙を出そうと思っていたのに、忘れていたことに気付きました。ただ、住所が変わっている子も結構多いからねえ。どうしようかな?

≪23≫ 02月19日 火曜日
 我が家は、電化製品について、なんと見通しのないことでしょう。それは、東芝が「HD DVD撤退」を宣言したからです。今まで東芝製品をあまり買っていなかったのに、買い換えたテレビがDVDでした。あああ〜、またしても・・・・。あのビデオの時も、我が家はベーターを購入していたのです。連敗です。まあ、今回のテレビは、妻と一緒に買いに行っているので、それほどでもないけれど、ビデオの時は、私の独断で押し切っていたので、それはそれは・・・・・。お分かりになるでしょ。

≪22≫ 02月18日 月曜日
 2月ももう半ばを過ぎてしまいました。毎日、あれやこれやで過ぎてしまい、なんとなく刺激が少ない日々です。でも、やっと、15日に新しい指導要領案が公表されました。それをパソコンで取り出して、ぼちぼち読んでいるのですが、全教科に道徳色を被いかぶせています。「全教科で道徳を行なえ」というのです。道徳の教科化や徳目化に対して、厳しい批判があったものだから、それを逆手にとったような言い回しです(「・・・道徳教育などとの関連を考慮しながら、第3章道徳の第2に示す内容について、算数科の特質に応じて適切な指導をすること」)。また、「算数的活動」と称する項目で、指導法に介入しています。指摘している事柄は極当たり前のことで、日常的に教師は努力していることですが、こうした教師の創意工夫の指導力に関わることに指導要領が言及するのは強制になります。かつてのように「試案」ならばまだしも、文科省が法的拘束力を強固に主張している状況においては、指導法の国家管理に他なりません。そして、指導技術のマニュアル化なのです。このような施策で、“考える力”など、どうして鍛えることができるのでしょうか。学力低下問題を解決する方策を盛り込んだなどというのは詭弁であって、実質は、教育内容・国民の思想文化の統制を画策していると言えましょう。現場を知らないお役人の机上の空論、厚労省や防衛省などで明るみになった得手勝手なやりたい放題の官僚の道徳規範の押し付けが色濃い改定=改悪となっています。 この指導要領が施行される10年間で、日本に光が見えてくるようになるでしょうか。いや、私には恐ろしい事態が待ち受けているように思えてなりません。

≪21≫ 02月14日 木曜日
 朝7時に家を出発して、浜松まで、孫の音楽発表会を見にでかけました。 0歳児から年長さんまでが、歌や楽器、劇に大活躍でした。この園の園長さんはかなりの信念をもって保育をしていて、その話は いつもなかなか興味深いのです。もちろん、私の目的は、孫の活躍ぶりを見ることですが、幼児の成長ぶりをみるのも楽しみの一つです。だって、1年前には『数楽のひろば』にやってくる子たちも保育園児でした。こうした段階の子たちと“学びあい”を始めたのです。だから、年長さんの「ぞう組」の演目はことの外 注目しました。手話をし、バイオリンを弾き、「ロボット・カミュ」の劇を演じていました。しっかり台詞も言っていました。そうそう、バイオリンは、この園では年長組は必ず取り組んでいます。ただ、この園は 私立で“はだか保育”がモットーなのですが、近頃は役所からクレームがついて、裸を強制できなくなったらしく、シャツを着用させるようになったとか・・・・。いろいろありますねえ。 今、国は幼保一元化にまっしぐら。保育園の管理を強めているのです。保育園の存在が危うくさえなっているのです。保育園の意義をしっかりと国民は認識しなくてはいけません。学力向上を目指すのであれば、もっと保育園を重視しなくてはいけません。


≪20≫ 02月12日 火曜日
 
ず〜っと離れていた東海・近畿のサークル合同集会に、昨年久しぶりに引っ張り出されたのが、運の付きか、「今年も出て来い」との依頼が来た。まあ、もともと私を鍛え育ててくれた集会なので、無碍にもできません。昨今の教育状況を考えれば、今こそ、きちんとサークル運動を立て直していかねば、「教育の自由」も、「子どもの学習権」も、つまり、国民の教育権思想は抹殺されてしまいます。教育は、戦前のように国家管理の下に置かれてしまいます。国家管理ということは、何をもたらすのか、少し考えればすぐ分かります。本当にいよいよという段階にきているのです。今週末には、「学習指導要領が告示されます。
私からみれば、「うへえ〜」というものですが、現場の教師は、それさえ感じえない状況に押し込められています。手遅れにならないうちに、教師は立ち上がらないとねえ。それこそ、「血に飢えた狼のような教師」になってしまいます。


≪19≫ 02月11日 月曜日
 
今日は「建国記念の日」です。久しぶりに家にいました。この時期は、数教協の全国研究会議があり、それに出ていることが多かったし、それ以前は「建国記念の日、不承認」の集会に出ていて、右翼のお兄ちゃん方といろいろやりあっていました。この集会は、今年もありましたから、出かけてもよかったのですが、なんとなく、気が重くて行くのを止めました。正直、岩国市長選で、移転容認派が勝ったことのショックが大きかったです。日本人に良識はさっぱりないのですね。大人は、後の世代のことを、何故考えようとしないのでしょうか。目先の快楽ばかり追い求めることしかしないばかりか、現実の社会の矛盾が なぜ起きているのかを考えようとしないのでしょうか。実に、明解なことなのに、真実を見ようとしない。戦争をやりたがっている自民党や公明党の幹部連中の本性を、なぜ 見抜こうとしないのでしょうかね。 まあ、真の学力がついていないからでしょう。
あああ・・・・・・、さみしいね。


≪18≫ 02月10日 日曜日
 
あっという間に1週間が過ぎてしまいました。どうしてこんなに早いのでしょう。
 でも、火曜日の日、例によって、ボランティア活動をしていて、つい、担任の先生をさておいておいて、子どもを叱りつけてしまいました。簡単に言えば、子どもの行動をいじめと判断したからです。注意すると、あの特有の態度です。小学生からですから、なかなかの筋金入りだとすぐ判断できました。他の子どもたちは見て見ぬフリをして、注意し合いません(あとで聞けば、「もう学校の先生たちに見放されている」とのことでした)。仕返しが怖いのでしょう。それにしても、久しぶりに生活指導主任根性が発揮できました。疲れましたけどね。O市のH小のN君、ちゃんと立ち直って欲しいね。
 昨日は、全国委員会で東京へ行きました。議題は大したことなくて、親交を深め合っただけでした
(ちょっと、誤解を招くかな?)
そして、今回は、法事のため、研究集会には出ないで帰名しました。出たかったけれど、妻からの強いお達しがあったからです。帰名にあたっては、昨夜の雪で、新幹線は少し遅れましたが、10分程度で予想よりは早かったです。西三河から名古屋に近づくにつれ、雪が大量に降ったことが実感できました(積雪は13cm)。 法事には、間に合いました。

≪17≫ 02月04日 月曜日
 
20年前、ある雑誌に『算数教師 知的生活のすすめ・・・子どもと教材を見る眼を豊かにする法』という連載をした。
 その月ごとの項目を拾い出してみた。
@教師の教育環境づくり  「いつでも何でも精いっぱい すばやく正しくにこにこと 用がすんだらサッサと次へ」
A教科書を見る眼を豊かに「急いでも きちんと見ます みぎ ひだり」
B授業研究に取り組む   「まな板にニコリと笑って横たわり “あら失敗よ”と言えるあなたに」
C授業づくりの観点を明確に「先生のおかげで・・・・と言われるような そんな授業をしてみたい」
D誰でも可能なワザを   「押してもだめなら ひいてみな 遊び心で たのしい授業を」
E遊び感覚の応用     「ともだちと ともに遊べば ひとりでに 学ぶ楽しさ 生きるよろこび」
F授業検討会に臨む    「よく見、よく聞き、よく考える 授業は生きもの 味なもの」 
G教材にこだわる      「あなた好みの理論でも 聞く耳・働く頭がなけりゃあ 力もつかぬし 授業もできぬ」
H学力調査を考える    「これだけは 分かってくれよと願っても 力のなさを感じるひととき」
I三つかみをめざす     「まねるが学ぶの語源なら 遊ぶ力は 生きる力の最前線」
Jこれからの教育を見る  「見えぬけど、夢とロマンが見えるまで 笑顔で 明るく ねばっこく」 
K毎日の生活を楽しく    「子どもを見つめ、教材づくりをすれば 楽しい授業の花ひらく」
 なんだか 今にもそっくり通じているようで、ちと自己満足? いや、現場はさっぱり変わっていなくてガッカリ! 


≪16≫ 02月03日 日曜日
 2月になって、ほっとしたのか、風邪気味で、薬を飲んだ途端、今度は腰の調子がおかしくなってきました。辛いです。自由に動けないと、気分まで滅入ってきます。まあ、大事にならないように気をつけたいです。
 昨日は、姪の結婚式で、久しぶりに結婚式とやらに出席しました。別段、することもなく、ボーっとしているだけですが、疲れますね。特に、体調があまりよくありませんから、尚更でした。それにしても、とうとう妻の兄弟関係では、うちの長男だけが未婚となりました。本人は、さっぱりその気はないけれど、やっぱり私の生きているうちになんとか考え直してくれないかな?。こんなことは、昔と違って、強制することでもないし、本人がよければ、それでいいのでしょうが、でもねえ、気になります。


≪15≫ 01月30日 水曜日
 本日、『ナベちゃんのおもしろ教室“数楽のひろば”』が45回目を迎え、1年が過ぎました。
(厳密には、2月の下旬から始まったのですが)。それで、「今後、どうするか」をちょっと話し合いました。結論的には、1年生対象を2年生対象として、引き続き行なうことになりましたが、改善しなくてはならないこともたくさんあります。昔から言われているように、「楽しいだけでよいのか」「楽しさの質はどうか」という課題を追究しなくてはならないし、“集う”ことの意義も考えねばなりません。抽象的なことではなく、具体的にひとつひとつ積み上げることが期待されていると考えています。でも、“数楽のひろば”の新たな挑戦としては、目新しいものを打ち出せずにいます。ある面『総合学習』の場なのですが、内容的にはまだまだなのは、1年生対象ということでの限界なのかなあ。来年度、2年生ともなれば、今よりはすっきりするのかなあ。

≪14≫ 01月28日 月曜日
 今日、大学時代の友人を見舞いに行きました。この正月にくも膜下で倒れたのです。退職して、やっとこれから楽しめる時期が来たのです。秋には、紅葉狩りに永源寺に行きました。その後も、我が家に来て、妻と楽しそうに、絵本作りなどをしていたのにねえ。私は、男なので、病室には入りませんでしたが、意識は回復しつつあるというものの、この先どうなるのか分かりません。見舞いに行っても、誰が来たのか分かっていないかもしれません。でも、週に1回くらいはなんとか行こうと相談しています。本当に、身近にそうした人が出てしまってさみしいです。 私も、もう少し生きて、人生を楽しみたいです。

≪13≫ 01月26日 土曜日
 初めて地域9条の会に出掛けました。講演者が、私の通った幼児園の女僧侶の方でしたから、つい、懐かしさが出てきたからです。話の内容は、そこそこ理解できたつもりですし、講演者の祖父・祖母、つまり、当時の園長さんのことですから、親しみをもって聞くことができました。なんだか、卒園者であることが誇らしく思えてきました。また、50年以上前に受けた保育(教育)が自分の生き方に大きな影響を与えていたことが理解できることは、教育者のはしっくれの私に勇気を与えてくれますね。 いい一日でした。

≪12≫ 01月25日 金曜日
 新聞報道によれば、犬山の田中市長が「教育長に辞任勧告」をしたそうだ。この市長のしつこさもなかなかのものです。でもね、教育のこと、子どものこと、日本の将来のことを見据えれば、このような辞任勧告などという権力を振り回すようなことは常人ならば、しません。知的レベルが低いから、“教育とは何か”が分かっていないから、変なこだわりをもつのです。それにしても、執念深さは一流かもしれませんね。しかし、犬山市を活性化させるのが市長の役割のはずです。なのに、教育改革で全国的に注目されている犬山。それをつぶそうというのは、何を考えているのでしょうか。教委を崩壊させ、それを手柄として、国会議員にでもなろうという野心があるのかもしれませんが、それは、現職の市長としての仕事を全うしたことにはなりません。
 ただ、私が思うに、教育委員会を支援する市民の側の動きが鈍いと思いますね。はっきり言えば、ある組織が全面に出すぎてはいけないのです。こう言うと、怒りの声が爆発するでしょうが、教育運動はそういうものだと私は経験上思っています。うぬぼれは、運動をぶっ壊すものです。地道に粘っこく進めていきたいものです。 それにしても、心配な情勢です。

≪11≫ 01月24日 木曜日
 “数楽のひろば”を始めて、もうすぐ1年になる。“数楽のひろば”通信も45号となっている。ただ、いろいろ思い悩むことがある。それは、近頃、公立学校が「学習塾」の講師を招いて、「補習」を行なったりする。これらや塾と、“数楽のひろば”はどう違うのが、学童とトアイライトスクールの関係のように、明確さを欠く。“数楽のひろば”は、算数・数学の楽しさを伝えることにより、算数・数学好きな子を増やし、学ぶ喜びを味わってもらえばよいのであるが、“ひろば”が週1回にしろ、定例化していれば、親や子どもの最大関心事である「できる」という面を無視するわけにはいかない。つまり、“数楽のひろば”がイベント的な場合とは、やはり位置づけが異なってくるように感じる。 このあたりを、なんとかしたいねえ。
 確かに“数楽のひろば”のグループ説明には、

:子ども達を放課後群れさせたい!    親以外の大人の存在を大切にしたい!    考える力をつけさせたい!
こんな想いで  サークルが立ち上りました。
ナベちゃんこと渡辺先生を中心に   小学1年生11人が  楽しんで取り組んでいます。

となっていますが、私自身にいまだ迷いがあるのです。

≪10≫ 01月20日 日曜日
 『広辞苑』が10年ぶりに改定され、第6版が出版されたそうだ。 ということは、新村猛さんが亡くなって、もう10年も経つことになる。「平和教育を考える会」でずいぶんお世話になった。その関係での食事会で、新村さんから『広辞苑』の改定作業の苦労話をお聞きしたのだ。新村さんが余命のすべてをかけ、改定作業をしてみえたのが実感でき、幸せな方だなあと思ったものだ。そうそう、地下鉄での帰路、知事選立候補の時のことを伺った時の淡々とした受け答えもすごく印象に残っている。本当に真の強い人は、力まないで、飄々としているものだとね。 新村猛さんと遠山啓さんは、とてもよく似たタイプですね。

 ≪9≫01月19日 土曜日

 今日は、高1になった教え子が遊びに来ました。4年と5年の時に教えた子達ですが、不思議とウマが合うというのか、在職当時から話に来てくれます。なにしろ、この子達の6年生時は、6年担任を希望していたにも関わらず、外され、運営委員会からも追放され、窓際族に押しやられた年の子たちです。まあ、そんな学校側の仕打ちが、この『教育日記』をおおぴっらにするきっかけになったし、大学の集中講義に出ることにしたのも窓際族の扱いを受けたからです。おかげで、退職後の自分の方向性が明確になったと言ってもよいかもしれません。 つまり、退職前の3年間のエネルギーは、この仕打ちによってかもし出され、退職後も健康に楽しく過ごせているのです。
 それにしても、何をするわけでもないのですが、教え子が来てくれるのはうれしいものです。

≪8≫ 01月18日 金曜日
 今週は、いろんな人と久しぶりの出会いがたくさんあった。月曜日の成人式の日は当たり前であるが、水曜の“数楽のひろば”の後、ふらふらと帰途につくと、H校の先生方とばったりと会い、しばらく立ち話をした。現役の先生方をうらやましく思いましたね。本日は、明治村で、K校の先生方と昔話に花が咲きました。いろんな資料をもって、学校を訪問しようかと思いますが、やはり退職者が実際にのこのこ出かけるのは好ましくないでしょうから、控えることにします。社交儀礼に過ぎないでしょうから・・・・。 
 それと、私が若き頃お世話になったY教授から電話があったそうだ。妻が「帰ったら、かければ・・・」と思っていたのですが、私の連絡先の電話番号が古くて、つながりません。困りました。もう1度、かけていただけないかなあ。お会いして、いろいろお話が聞きたいのですがね。

≪7≫ 01月14日 月曜日

 成人式に、旧担任として参加しました。小学校時の担任が参加するようになったのには、実は経過があります。それは、成人式が荒れることが多くなり、「どうしようもない」との嘆きがあふれるようになった時期に、「小学校の担任を列席させれば、収まるであろう」と提案しました。それが、受け入れられて前任校では旧担任も出るようになったのです(H校がそうかは知りませんけど)。見事に収まりました。 今回はどうであったかというと、ちょっと考えさせられました。 まあ、会いたかった子にもたくさん会え、とてもよかったのですが、あの子がねえ。ハメを外しすぎのように思いました。地域の人に恥ずかしかったです。1人のためにすべての子に悪評が立ってしまいますからね。それが、社会の掟です。
 そこで、祝賀立食パーティーも終わり、30分ほどは子どもたちとしゃべっていましたが、「競争と格差の教育はゴメンだ!」の集会に向かいました。集会は半分以上過ぎていましたが、心は落ち着きました。もちろん、この集会に対しても意見がありますが、それよりも何よりもストレスをためたくなかったですからね。

≪6≫ 01月13日 日曜日
 昨日は、サークルをしました。今年、最初です。いつものUさんの都合が悪く、どうなることかと心配していましたが、Sさんが初めて参加してくれてよかったです。でも、実践内容の検討はできず、四方山話に終わった感もありますが、まあ、新年最初ですから、よいことにしておきましょうか。
 ところで、教員評価制度のことが話題にのぼりました。しっかり教員が子どもたちのために努力することにつながるのであればよいのですが、差別賃金となり、職場に上を見た競争が始まれば、子どもたちは置いてきぼりです。学力低下問題の解決なぞ覚束なく、かえって学力格差を生むことになりましょう。つまり、学習環境づくりは国の責務であるのに、自民党・公明党は、格差を生むような施策をごり押しに進めていて、手に負えません。
(私は、もともと公明党の教育政策はかなり骨のあると見ていましたが、近頃はひどいものです。もう昔の公明党の公明正大さは微塵もないと思っています)  それにしても、ここ10年で日本の国際競争力はガタガタです。例えば、この前のバリでの国際環境会議で、日本は『化石賞』という世界で一番環境問題に無理解と言う賞をもらっているのだそうです。都合の悪いことは、マスコミも報道規制をして、国民に知らせようとしない。迎合マスコミばかり。 もとは、国民が鈍感だからですが、そうしたのは、日本の教育成果ですからねえ。  情けない。

≪5≫ 1月9日 水曜日
 今日は「クイズの日」なのだそうです。一休さんにちなんで設定されたのだそうです。本当にいろんな日があるのですね。でも、今の子は「日本の祝日」のことを知りません。まあ、コロコロ祝日の日が変えられるように法改定をしてしまったのですから、子どもたちが知らなくてもやむを得ないのです。そうしたのは国ですからね。(私からすれば、愛国心云々という国がどうして祝日のことを国民が忘れてしまうような法改定をしたもんだと不思議に思うのです) 祝日には、奥深い意味・ねらいがあるのです。
 さてさて、私も今週から本格始動です。まだ体が重いですが、動けば徐々によくなっていくことでしょう。
 ただ、今日も“算数教室”がありましたが、新年度になったので、内容の改善を図りたいのですが、うまく構想がたちません。今までは『たし算ブロック』を中心に据えていましたが、『たし算ブロック』は習熟対策にしたのでね。『タングラム』でもよいのですが、苦手な子が多く、きっと盛り上がりに欠け、効率も上がりそうにありませんからね。さて、どうするかな?

≪4≫ 1月5日 土曜日
 昨晩、広島の実家の方へ行っていた次男夫婦が再びきました。ルービックはなんとか間に合いました。そして、2人の孫の様子を見ていて、驚くことばかりです。4歳の孫を見ていると、字はまだ書けませんが、かなり読めます。歌も聴いてどんどん覚えてしまうのですね。絵本の読み聞かせは大得意で、どんどん自分で話を作って読み聞かせの真似事をしています。数も唱えます。まあ“お風呂の算数”の域ですから、どう量を意識させていくのか。となると、言葉の理解をどうふくらませていくのかが、数理解においても大切なことが明らかとなってきます。ところが、昨今の日本語の乱れは、一人一人では防ぎようがありません。だから、テレビと言う情報源が日本の子どもたちの学力を左右しかねないと思えます。マスコミ関係者にそこまで自覚があるとは思えません。アナウンサーにしてもタレント化しすぎています。 こう考えていると、現場を離れた者にはどうしようもありません。あまり考えないほうがいいかな?

3≫ 1月4日 金曜日
 本日は「仕事始め」の日ですが、私は今週はボランティアもお休みにし、のんびりと過ごしています。そうそう、2日に初詣に成田山へ車で出かけたら、大渋滞の模様。抜け道をしてみようとしたら、道に迷って、大縣神社に着いてしまいました。以前から、一度行きたいと思っていたところなので、これ幸いと大縣神社で初詣をしました。そしたら、恒例のおみくじは『大吉』が出ました。俄然気分がよくなり、周辺を散策しながら、帰って来ました。今まで行ったことのない地域でいろいろ気づいたことがあります。  昨日の3日は、ルービックに苦しんでいました。
 4日、福井のFさんから「仮説のMさんが亡くなられた」との情報をいただいた。「ちょっと、どうして?」とビックリ。彼には、再び数教協でも示唆に富むアドバイスをもらえると期待していたのですが、残念です。東海で数教協を立ち上げた頃、彼が大活躍をしていたことを知る人も少なくはなっていますが、彼の実践レポートにどれだけ助けられたことでしょう。彼も今年度で退職でした。また、ゆっくり話せると思っていたのにねえ。さみしいです。


2≫ 1月2日 水曜日
 昨日、年末から帰省していた次男の夫婦が、広島の実家の方へ行き、本日は静かなものです。でも、孫が「再び戻ってくるまでに、ルービックを全面合わせておいてね」といって出かけたものですから、30年近く前に西三サークルの人にもらった攻略本を引っ張り出して、必死の思いでやっていました。テレビもつけっぱなしにしてあったのですが、何をやっていたのかさっぱり印象に残っていません。ルービック、苦手だったんだよね。
今日は、箱根駅伝を見ながら、冊子づくりでもしましょうか。


≫ 1月1日 火曜日
 あけまして おめでとう ございます。 今年もよろしくお付き合いください。
  このページも、ついに昨年末に訪問者が2万件を超えました。 驚きです。




------------------------------------------------------------------------------------------

過去のページへ

2007年後半

2007年前半

2006年後半

2006年前半

2005年分

2004年分

2003年分

2002年分