初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、6年目。
本音で書いているため、「そんなこと書いて大丈夫?」と心配してくださる方もいます。でも、「そう考えている人間もいるのですよ」「教育って、懐の広い人間でなくちゃあ勤まらないよ」と言いたいんです。 だって、今の現場はあまりにひどいのですよ。官僚の一人でも、現場の声に目を傾けようとする人がいれば、ずいぶん日本の教育も変わると思います。
ただ、これからは、退職しましたので、「退職教師のひとりごと」ということに・・・・・・。
2007年後半
≪110≫ 12月28日 金曜日
今日は、官庁の仕事納めの日。私も、本日のボランティア活動をもって、6日まで年末年始の休みとします。正月中のボランティアの活動はお休みさせていただいたわけです。とはいうものの、貧乏性の私は、『たしさんブロック100』というプリントを作りました。ただ、“数楽のひろば”で取り組んだ100問をまとめただけですが、よく作ったものです。 そこで、今度は、今までに作ったジグソーパズルもまとめてみようかなどと思い始めてしまいました。年内にもやることがいっぱい。まあいいか。
みなさん、よいお年を!
≪109≫ 12月23日 日曜日
22・23日と、地区研究会議に出かけた。内容は、新学習指導要領です。11月に「審議の最終まとめ」が出て、新指導要領の大筋がまとまってきたのです。具体的には、算数の場合、9月18日で素案がまとまっているのです。いよいよです。まあ、それらのことを分析するのが研究会議のねらいです。私は、専門部会に肩を持つわけではないが、その上部にあたる教育課程部会が問題であると感じている。つまり、教育課程部会と専門部会に乖離があるとみているからだ。上から教育内容に網をかぶせるような教育課程部会の姿勢は、子どもたちに考える力を培うことはないし、教師を意欲的にすることもない。教育の自由が守られないところに、光は見えてこない。困ったことです。 引き続いて、23日の午後は、あいち民研の指導要領学習会に参加した。 なんだか、波長が狂って、うまく報告が出来なかったが、現場教師の参加が少なかったことが気になった。私のような退職教師が、指導要領に関心を持ち、報告をしていても仕方ないのだ。現場教師が、関心を持たなくて如何するのか。、だから、教師のレベレが下がったとか、批判の的にされるのだ。自分が、これから実践していくことと関わることに気概を見せて欲しいものである。
≪108≫ 12月19日 水曜日
11月12日以来久しぶりにプロ野球について言おう。来年度のドラゴンズカレンダーの1月は福留である。しかし、予想通り大リーグに移籍した。最悪の巨人入りはせず、中日に義理立てした。正しい選択である。
ところが、巨人のアホは、日本のプロ野球をぶち壊しにかかっている。つまり、最多勝投手グライシンガー、救援のクルーン、打点・打率2冠のラミレスを金にものを言わせて、ぶんどったのである。昨年は、小笠原であり、谷ですからね。各チームの主力をごっそりと横取りして、チーム力をあげる。なんと哀れな考えのチームなのかと呆れるのであるが、現実に戻れば、そうしたチームが勝つことになる。 ドラキチである私は、ムカムカとなる。「巨人ファン」と聞いただけで、「こいつの精神はゆがんでいる」と考えるのです。ファンとはなんぞや、ファンとはどうあるべきか。 野球は、もはや癒しの場ではなくなった。
≪107≫ 12月17日 月曜日
もうあと2週間と少しで、今年も終わってしまいます。学校も、今週中で終わりらしい。「終わりらしい」と言うほど、月日の動きに疎くなっているのです。朝、NHKを見ていたら、ボケないようにするには、「テレビ・ラジオ・本・写真集」のうち、どれが一番効果的でしょう?と質問していた。どれだと思いますか。私は、見事に間違いでした。答えはなんと「ラジオ番組」だそうです。意外でしたが、コミュニケーションの大切さを意識することが大切ということでしょうか来年は、もう少し認識の過程を追究していきたいです。
≪106 ≫ 12月13日 木曜日
あっという間に日は過ぎていきますね。この間、私は1人で過ごしています。そう、妻が、海外旅行中なのです。妻のありがたさを身をもって知らしめさせられているのです。ですから、ちょっとお疲れ気味ですが、相変わらず、あちこち出かけています。今は、久しぶりに家に居るのですが、飼い犬が雨が止んだから、散歩に連れて行けと吠えています。妻の旅行中は朝晩の2回ずつ散歩に連れて行って、今日初めて雨で朝の散歩を止めただけです。 でも、この犬、もうすぐ4歳になるのですが、股関節が悪いのか、時々びっこをひくのです。右後ろ足の成長も悪いのは確か。なんとかならないものかなあ。
≪105≫ 12月01日 土曜日
もう12月です。「師走」と言うのに、世の中は、値上げばかり。原油高がすべての生活を直撃しているのです。ガソリンだけでなく、灯油も本日から見事なまでの値上げ、昨年の2倍をかるく突破しました。無策な政府は、政治家は、どこに目が付いているのか。庶民の生活とは乖離し、まさに労働組合の幹部が労働貴族と化したように、「生活を守る」と言いながら、ウソにまみれている。
例えば、イラクの給油特措法にしても、自衛隊の艦船が給油をしていたが、その原油の代金は誰が払っているのか。米軍に対する思いやり予算と同じで、もっと国民の窮状を救うために税金を使って欲しいものだ。 昨今の自衛隊内の腐敗も想像以上のものですね。あきれ返ります。でも、多くのポカンとした国民は、怒りさえもたないのです。 日本人は、お目出度いと言うか、バカを通り越しているのでしょう。 情けない!!!!!
≪104≫ 11月25日 日曜日
昨日は、久しぶりに教科研の例会に参加しました。テーマは、近頃話題の『イチャモン』についてでした。このイチャモン学は、大阪大学の小野田さんが精力的にやっていますが、彼は 名古屋大学の出で、教科書訴訟の県連委員を共に務めた仲です。まあ、それはそれとして、学校への親のイチャモンは以前からあることですが、マスコミによる教師たたきのエスカレートとともに、えげつくなっているのは確かです。つまり、親と子ども・教師間の信頼関係が弱くなっていることが、イチャモンをつけた方が正義であるかのようになってしまったのです。日本の民主主義が「でかい声を子出した方が勝ち」というのと同じです。
さみしいことに、今は、教師を支えようという親の風潮はありません。親=PTAこそが、教師を育てることが忘れ去られているのです。 なぜ、そうなってしまったのかを、教育政策と絡めて、分析する必要があると思いますね。
≪103≫ 11月23日 金曜日
今週は、19日の月曜日に、大学の友だちと滋賀の永源寺に紅葉を見に出かけた。実際は、車の運転手として雇われたようなものですが、朝の冷え込みが、周りの山々に雪をもたらし、モミジの赤と、雪の白は、見事なコントラストをなし、絶景でした。火曜は、リトルと大学。水曜は 数楽のひろば。木曜は、休憩。今日は、明治村でした。休日には、原則として、ボランティアには出ないことにしているのですが、うっかり、祝日であることを忘れていて、参加することになったのです。それにしても、近頃の若い親は、たいへんですね。家族連れがとても多いのです。私は、ほとんどわが子たちを連れて行ったことがないのです。土・日は活動と称して家に居ませんでしたから、「お前のうちは、母子家庭か」と批判されたこともあります。ですから、こうした家族連れの様子を見ていると、自己反省の気持ちに襲われます。でも、わが子たちは そこそこ育ってくれました。だから、妻には頭が上がらないのです。ところが、退職した今も、ごそごそと出かけるものですから、正直 家庭からはちっとも信頼されず、さみしい存在です。まあ、こうした生活は、これからも大きく変わることなく、私の人生は終わることでしょう。 これも、宿命でしょう。そう思うことにしています。
≪102≫ 11月18日 日曜日
16日・17日に1泊の小学校の時の同窓会があった。私の小学校時代といえば、もう50年も前のことであるが、ずっと続いている。私も幹事として名を連ねていたこともあるが、ずっと世話をしていてくれるI君が居り、その強力な応援部隊がいるから、続いている。今回は、泊をともなうこともあり、ちょっと少なかったが、25名の参加であった。100名ちょっとの同窓生であるから、参加率は結構よいと思う。まあ、定年の時期。まだ、バリバリで働いている者もいるが、孫の話もいっぱい出る年代の同窓会である。様々な人生を歩んできて、生き方も、考え方も違うけれど、ゆったりと語り合うことはいいものです。私も、カリカリしなくなって、「あっ、そう」と、昭和天皇のように聞き流すことができるようになりましたからね。みんな、いい生き方をしてきたと考えることにしましょうか。
今日18日は、リトルワールドカレッジに顔を出し、『ポスト社会主義モンゴルにおける都市と放牧社会の動態』という話を聞いてきました。やはり、人類は、原点の自給自足社会から、自己の現実生活を見直してみないと、救われないと感じましたね。本当に、政治家が賢くならないと、地球滅亡の日は早まるばかりです。
≪101≫ 11月12日 月曜日
福留がFAを行使した。中日の顔であるが、日本シリーズ・アジアシリーズと、彼無しで、中日は優勝をしてしまった。彼は、日本シリーズ優勝の時、グランドには駆けつけたが、ビールかけには参加しなかった。つまり、チームの中に、チームの大黒柱には違いないが、居場所を失ってしまったと感じたのであろう。球団も、彼がいなくともなんとかなると感じて、強力に慰留しなくなってしまったのではなかろうか。「居たければ、提示した条件で」とね。 でも、この穴は、計り知れないのは明らかである。若手でいろいろ居るが、穴は大きすぎる。まあ、落合は「俺の腕のみせどころだ」と思っているであろうが、今年のようにドジョウはそうはいないと思うのが妥当であろう。53年ぶりの日本シリーズの優勝はできたが、今後、連覇の夢は遠のく。しかも、 巨人に福留が、阪神に新井が加われば、いくらうまい野球の中日でも、歯が立たなくなる。 これでは、私の来年度の精神状態は悪くなるではないか。
球団は、西武の和田をとるという噂もある。「地元出身で」というなら、イチローや工藤、稲葉、赤星・・・・も連れて来い!
≪100≫ 11月11日 日曜日
中日の福留がFAを行使するらしい。阪神と巨人がねらっているらしい。いずれにせよ、ドラキチとしては、気になる。「そういうやつであったのか」とムカついてくる。星野の時と同じである。しかも、巨人の上原や阿部たちが「全日本代表選手で巨人のレギュラーを固めよう」とエールを送っているそうだ。これには、ガッカリする。「勝ちさえすれば、どんな手段をとっても構わない」という巨人の醜さがにじみ出ている。スポーツマンシップなどこれっぽちもない奴らである。こういう体質がのさばるから、日本の球界の人気は凋落するのである。 福留が最終的にどうするかは知らないが、あきれた結果にならないことを願うだけである。 アジア杯の決勝戦が終わるのを待っているのであろう。
≪99≫ 11月10日 土曜日
木曜日は、長男の家の掃除に、八王子まで車を走らせました。中央道を約4時間程かかりますが、途中の山々は色づいてきていて、結構楽しめます。東名の殺風景とは違います。もう少し近いと度々出かけられますのにね。まあ、息子は嫌がることでしょうが。 さて、やっと、中央教育審議会の学習指導要領に関する審議のまとめ(答申)をプリントしました。175ページもあり、なかなか読めそうにもありませんが、あらゆる方面に気配りしてまとめてある感じで、まさに文部官僚的作文だなと思いました。話題になっている、高学年の「英語活動」にしたって、本当に子どもたちに役立つものとなると信じているのでしょうか。授業時間数を増やしたって、学力保障にはなり得ません。机上の空論・絵に書いた餅に過ぎないのです。 学校の教師が、元気を出さなくてはだめですね。 そうそう、もう8〜9年前になるでしょうか、私が「公教育は、学習塾に負けた」とアジったところ、学習塾の野村さんが「それは違う。学校が元気でなくちゃあ、塾は成り立たない」と批判した意味がやっと分かりかけてきた。
≪98≫ 11月04日 日曜日
昨日は、教え子で、高2のS君が、従軍慰安婦の証言と演劇を企画したというので、出掛けました。久しぶりに会うのですが、すっかり成長したという感じでした。また、お母さんにも会いましたが、さすが理解にある親だと感心しました。確か、わが子が高校の文化祭で731部隊を取り上げようとしたとき、何の援助も出来ず、ポシャッてしまったことを思い出すのです。この従軍慰安婦問題を高校生が取り上げること自体、画期的なことです。新自由主義史観との論争の中でも 随分扱われました。そのときの資料が大量にあったのですが、退職と同時に処分してしまったことが、悔やまれますが、まあ、こうして若者がしっかりと平和の問題として、引き継いでくれれば、日本も棄てたものじゃないと思います。
昨今の“北朝鮮の日本人拉致問題”にしても、「やった」「やらない」「もうしていない」のレベルで交渉していても埒があかないでしょう。「日本だって、朝鮮人強制連行や性奴隷・従軍慰安婦問題を犯しているじゃないか」と言われればね。つまり、政府は、一貫して、先の戦争についての謝罪をうやむやにしているから、しようとしているから、ダメなのです。まずは、戦争を憎む国民であることを世界に示さなくては、世界の人々は信用してくれませんよ。テロ特措法の件でも、世界貢献していると思っているのは、政府だけ。世界は日本を利用してやろうと思っているだけで、日本が平和を目指している国だとは思ってくれていませんよ。
≪97≫ 11月01日 木曜日
うれしいですね。見事に中日ドラゴンズが日本一になりました。しかも、山井・岩瀬の2人で日本シリーズ史上初の完全試合というおまけまでつきました。9回どうするかと思いましたが、予想通り、落合監督は岩瀬に変えました。この徹し方は何事にも見習いたいものだと思いました。福留という中心を欠いての勝利です。巨人の渡辺オーナーが嘆くはずですよ。前にも書いたように、今年の中日は強くありません。でも、勝ち抜いたのは見事なものです。おめでとう!
そうそう、私は、53年前というのは小学校2年生でした。初めて、プロ野球を野球場へ見に行った年でもあり、しかも、担任の先生に、日本シリーズのテレビ観戦に連れて行ってもらいました。えこひいきの最たるものですから、今なら、大問題になることでしょうね。勝ち負けは覚えていませんが、中日のホームランバッターの杉山が、西鉄の西村から、頭部へデッドボールを受け、ぶっ倒れたシーンを今でも忘れません。当時は、ヘルメットなるものもありませんでした。それ以後、杉山は、ボールが怖くなったのでしょう、さっぱり打てなくなった。つまり、この1球で選手生命を断たれたのを記憶しています。よかった、よかった。
それに、中村選手が、MVPとは、またまた語り草になることでしょう。
≪96≫ 11月01日 木曜日
先回から1週間も経ち、もう11月になってしまいました。それにしても、いりろありましたが、1つは、『新学テPARTU』をまとめました。文科省の見解も丁重に扱う形にしたので、30ページになってしまいました。まあ、現職の時の『名数研・実態調査』とは少し論調も変わったかな。でも、どう対応していくのかを真剣に考えていかねばならないと思います。結果の非公開云々の間にも、内容統制はどんどん進んでいます。また、指導要領改定に向けても 30日に時間数構想が発表されましたが、「昔に戻す」という感じ。時間数を増やしても、効果は上がらないでしょう。小手先の療法ではどうにもならないくらいに教育界は腐敗しきっていますからね。
私は、40年ほど前のように、無からの出発をしないとダメだと思うのですがね。みなさん、ちっぽけなところにへばりついて、誰もとび立とうとは思わないみたい。これじゃあね。「志談塾」のような塾を立ち上げてみようかな。いままで関わってきた民教連も民研も お疲れ気味のようですからね。
≪95≫ 10月24日 水曜日
古くは、雪印。いやいや、食の安全について言えば、森永ドライミルクやカネミ醤油という恐ろしい事件もあったことを忘れてはいけないでしょう。ところが、最近 でるわでるわ ミートホーク、白い恋人チョコ、名古屋コーチン、赤福、比内鶏・・・。これからもいっぱい出るでしょう。今出てるのは、同族会社の内部告発だけですからね。正直、どこの会社も大なり小なりやっているでしょう。賞味期限が切れたものをすべて100%廃棄していたら、経営が成り立たないのが、資本主義社会です。日本の破棄する食品は厖大な量です。世界には食料飢饉の国が多くあるのに、日本の無駄遣いは底なし。根本から、政策を考えないと、いつまでたってもこうした偽装はなくならないでしょう。 飽食の日本、世界の基本は、自給自足です。 近い将来、日本は飢え死に状態になること間違いなし。 赤福が 早く食べたいよう!
全国学力調査の結果がやっと公表されたらしい。 B問題の〔5〕が正答率18%だって。簡単じゃないですか。面積の公式だけ教えてるから、そうなるのであって、面積指導の基本学力として、「等積変形」をきちんと教えないから、教師として恥ずかしいような結果になるのですよ。こんなことは、もう1984年、23年前に「どうしたらよいか」を指摘しましたよ。
≪94≫ 10月21日 日曜日
本日は、いくつもの学習会が重なっていた。その中で、あいち民研の「学力テストが問いかけたもの」という学習会に出かけた。もうこの時期であるから、学力テスト結果公表後、「どう乗りこえていくのか」に論議が集中するものとばかり思って出かけたのだ。なぜなら、現場を離れている私にとっては、現職の先生方がどうしようと思っているのかが知りたかったのです。子どもたちと毎日向き合っている教師は、孤独である。一人でどうしたらよいものかと悩んでいる。それを、強力に支援する体制を築くべきなのだ。そして、親の絶対的支持を得る実践を追究すべきなのだ。 バラバラにされた教師が、巨大な権力に真正面からぶつかっても得るものは限られている。 学テがいけないのは、現場の教育実践に土足で入り込んでくるからである。主戦場は、授業の場である。 ここで、真にたたかえるのは、現職の教師しかいないのだ。 まあ、こうした観点は、本日の学習会には残念ながらなかった。 私は、資料を準備して行ったのであるが、配りもせず、すごすごと帰路についた。
ああ、志談塾に行って「沖縄集団自決問題」の学習をした方がよかったなあ。
≪93≫ 10月20日 土曜日
第2ステージの3戦とも、中日の完勝でした。作戦勝ちというか、巨人のへたさだけが目立った試合でした。ただ打つだけ、投げるだけのばらばらチームであることがはっきりしました。まあ、こういうチームに金の力でしてきたわけです。日本の野球人気にかげりがあるとか言われるのは、巨人一辺倒のマスコミの所為なのです。ボクシングの亀田問題と同じなのです。
いずれにしても、、シーズン中、あれだけチャンスに打てなかった中日ですが、追加点がほしいなと思うときには、必ず得点するのですからビックリです。何とか、日ハムを破って日本一になってもらいたいです。福留を欠いて勝てたら、どうしましょう。
≪92≫ 10月18日 木曜日
セリーグのクライマックスシリーズの第2ステージが始まりました。データーから言えば、巨人の圧勝となるはずです。中日OBの解説者の木俣なんかも、はっきり「巨人の勝ち」と言う。でも、木俣が予想したように、初戦の先発は左の小笠原であったが、見事中日の勝ちでした。はらはらしたけれど、中日の完勝というやつだ。やっぱり、巨人はへたでした。へたなまま終わるように、中日は一気に勝負していかねば第2ステージの勝ちはないでしょう。 ちかごろ、たいへん忙しいのに、テレビにかじりついていました。
≪91≫ 10月14日 日曜日
わが中日ドラゴンズがクライマックスシリーズの第1ステージを完勝しました。阪神は惨敗でした。でも、今年のドラゴンズは弱いです。ここという時に、なかなか追加点がとれないのです。岩瀬にしても、往年のような球の切れはなく、ヒヤヒヤです。特に気合がないのが気に入りません。さてさて、次の巨人戦はどうでしょうか。巨人は野球のヘタなチームですが、調子づかせるとねえ。しっかりがんばってほしいです。
≪90≫ 10月11日 木曜日
西条八束さんが亡くなられたようだ。西条八十さんの息子である。面識はないが、奥様の紀子さんにはお世話になった。教科書支援の会で一緒させていただいたし、かつて算数・数学の公開授業をしたときも高校生の娘さんを参加させてくださった。また、5年生を担任していて、「金子みすず」の学習で、学級の子どもたちが聞き取りで、TELしたときも親切に対応してくださった。その旦那様である。紀子さん自身も絵画や和歌に堪能な方です。これからも活躍されることを期待するものです。
≪89≫ 10月08日 月曜日
若い頃、よく参加していた東海・近畿教育研究サークル合同研究集会(略して、東近集会)に久しぶりに出た。近頃は、頼まれごとがあると出るという消極的なものです。この集会の歴史は古い。かつて名大にいた小川太郎が神戸大に移ったのを機に、小川と名大の本山政雄を中心に民間教育研究団体を束ねた集会を催したのです。今回が45回です。
私が、本格的に関わりかけたのは、10数回目の大会でしょう。算数・数学分科会では、近畿側は奈良の矢追さんが、東海側は静岡の佐々木さんが活躍していた。いつも、矢追さんの認識論に、岩瀬さんが猛反発して議論していた印象がある。そして、「学力と評価」の分科会を牛耳っていたのが岸本裕史です。あえていえば、この対立が、NHKの『お母さんの勉強室』にも持ち込まれ、大阪局からは、星野さんと岸本裕史が全面対決をしたのです(微力ながら、名古屋局から、私めが星野さんにエールを送った)。近年の陰山ブームに対する私の批判のルーツはここにあるのです。
さてさて、集会の雰囲気は随分ちがっていた。滋賀の奥野博さんにお会いできたのは感激であったが、体制とたたかうなかでの実践報告という感じはなく、平和そのものでした。これも時代の流れでしょうか。それに、レポートの数もずいぶん少なかったです。
もう一度、サークルをしっかり束ねなおさないとまずいのではないかと、退職教師は思うのです。要するに、東海・近畿の各県の民教連事務局が県内サークルを掌握し切れていないからだろうと思うのです。愛知がそうですから。
≪88≫ 10月05日 金曜日
8月9月のペースから、後期のペースになかなか戻らなくて、今週はなんだか疲れました。明日から東海・近畿の研究集会があるというのにねえ。でもまあ、世間では、夏休みが終わって、1ヶ月。学習にも力が入る頃。入っていかなくては問題です。ところがというか、外野から見ていて、9月からでも、3連休が3回目。今日の明治村には、18の小学校がきています。大賑わいでボランティアはたいへんでしたが、「これでは、こどもたち、落ち着いて勉強なんてできないよね」と、つい思ってしまいます。変な祝日法を作って、3連休をいっぱい作り出し、経済の活性化だと称したのは、誰なんだ。金がなくちゃあ、3連休があったって、遊びにはいけません。これも、いわゆる学力低下の一因になっているでしょう。簡単に言えば、国は、ありとあらゆる手立てを使って、腑抜けな大人を作り出そうとしてきたのです。つまり、腑抜けとは、物事に疑問を持たない、考えない国民をです。そうすれば、いつまでも政権に反発しませんから、権力を維持できるというわけです。政治家が、教育に口出しするのはそのためなのです。 「えっ」と驚いていてはいけない。 教育の歴史をみればわかるのです。
「子どもたちを賢く育てよう!」という当たり前の取り組みは、反政府的取り組みということになってしまうのです。
ああ、無情!
≪87≫ 10月01日 月曜日
もう10月です。大学の後期の講義も始まります。充実した日々にしたいと思います。そのためにもちょっと体重を減らさないとねえ。いつも、なんとなく体が重くて、力が出ません。歳の所為ばかりではないと思います。しっかりと運動をしていかないと・・・・。
≪86≫ 9月30日 日曜日
今日は朝から岐阜の母親大会に出掛けました。その中で“数楽のひろば”をやることになっていたからです。この“数楽のひろば”を地区協が責任をもって取り組むのは4回目になります。高山市・伊豆の国市・日進市、そして、今回の岐阜市です。それなりに、盛会ですが、年に1回では、数教協の実践の一部を知ってもらう機会にはなっても、地域に根付くことはできません。限界です。今後は、どう継続させていくのかということでしょう。 また、いつも思うのですが、「楽しかった」で終わっていて、「ためになった」というのはまだまだ少数ではないかと思います。「楽しくて、ためになった」を目指して、もっともっと前進しないとねえ。
≪85≫ 9月27日 木曜日
昨日は、伊勢湾台風が名古屋を襲った日であったが、あれだけ防災や安全のことをやかましく言っているのに、9月26日のことをマスコミは忘れている。確かに体験をしている教師はほんの少ししか居なくなってしまったが、死者が一番多かった台風ですのにね。きっと、私の勤務していた学校でも「伊勢湾台風」のアニメなど子どもたちに見せる教師も居なかったことでしょう。教科書にないからでは済まされないと思います。なくたって、「四日市ぜんそく」「柴田ぜんそく」私の住んでいる北区ならば、「セロハン公害」も伝えていく義務があるはずです。 また、今日 テレビを見ていたら、コンビニ弁当のリサイクルのことをやっていましたが、リサイクルの前に、それほどまでに処分品が出る生産体制こそ問題にしなくてはならない。食べられなくて飢えに苦しむ民族がどれほどいることだろうか。ただ、「もったいないなあ」ですましていてはいけないと思いますね。
≪84≫ 9月25日 火曜日
大学の友人ちの栗林での栗拾いに誘われたけれど、このところリトルワールドでのボランティアが欠席がちなので、リトルへ行きました。今、リトルでは、乗り物特別展をしています。そしたら、本館にチチカカ湖のウロス島の浮島生活やトトラ舟の紹介がありました。私は、つい先日 行ってきたばかりです。やはり、行ったことがあるということは、ガイド活動にも大いに役立つことを改めて感じました。 リトルの野外展示では、石垣島・アイヌ・台湾・ペルー・バリ・インドネシア・ドイツ・フランス・イタリア・タンザニア・南ア連邦・ブルギナファッソ・ネパール・インド・タイ・韓国・山形とありますが、私が自分の目で現地を見たことがあるのは、たったの5箇所だけ。やはり、自分の目で確かめておきたいものです。
≪83≫ 9月24日 月曜日
22日の地区協委員会の席上での挨拶でも、ついついペルーのことが自慢話のように出てしまいます。やはり印象が強かったのです。日本での日常のくらしも見つめなおしてみなくてはと思います。
ただ、報道によれば、チリで拘束されていたフジモリ元大統領が、ペルーに強制送還された。今後、彼が追及されるであろう「日本大使館人質事件」での人権侵害。権力者のよく問われる罪であるが、あの日本大使館は、今も銃弾の跡が残り、その土地は売れずに残されていた。誰も買おうとしないのである。周りの病院や店も潰れている。話は、税金の無駄遣いになっているのだ。 そこで、気になったのが、新しい日本大使館である。要塞のごとく、装甲車などが突入できないように、門の前は自動のダリケードが設えられ、周りは厳重な二重の城壁。誰をも近づけないような構えである。確かに、安全であるべきであるが、大使館が、その国民を敵視したような構えである時、親交は深まるとは思えない。まだ、親日のペルー人は多いが、それもどこまで続くのかと心配になってきた。
マチュピチュにしても、世界遺産保護のため、近々 一日の入場者を3000人に制限するという。ペルーは遠くなってしまうのでしょうか。
≪82≫ 9月21日 金曜日
快適な旅行から帰ると、仕事はいっぱいたまっていました。そのため、ゆとりを持たせておいた先週はすっかりたまった仕事の処理に追われ、今週から平常の形に戻しましたが、一日も空きの日はありません。昨日などは、息子の家の掃除に東京まで車を飛ばしました。早く面倒を見てくれる嫁さんを見つけてくれるといいのですがね。彼は、そんな気はさっぱりないのですが、親としては、ちゃんとした家庭をもってほしいです。 歳は34になったのかな? デブで見てくれは悪いですが、性格はまあまあだと思っています。どなたか立候補をしてください。 私も安心できます。 でも、安心すると、私も、おだぶつかな?
まあ、忙しい! 忙しい!と言っているうちが 一番幸せなときでしょうかね。
≪81≫ 9月12日 水曜日
2週間、ペルーまで行ってきました。大地震のため、一時は無理かなと思いましたが、それほど影響もなくスケジュール通りでした。ナスカでの飛行遊覧も、マチュピチュも予定通りでした。また、宿泊地は、リマ(50m)・ナスカ(600m)・アカンバイ(2378m)・ユカイ(2800m)・マチュピチュ(2400m)・クスコ(3400m)・プーノ(3800m)でした。4000m以上の峠も3回越えました。ところが、私は、高山病どころか、平地の時よりも快調なのです。食は進むし、よく眠れるし、旅行中に体重を減らそうという目論みはすぐダメになってしまいました。一日だけ、ちょっと不調でしたが、これも昼食を食べ過ぎたためでした。私は、高地向きなのでしょうか。妻と妻の兄の兄妹は、空気が薄くて、ヒーヒー言っていました。
でも、やっぱり、ペルーは遠いです。帰りなどは、フリアカ〜クスコ〜リマ〜アトランタ〜(シアトル)〜ナリタ〜ナゴヤと乗り継いできました。シアトルでの緊急着陸が余分でしたので、ナゴヤへの乗り継ぎはできず、一便遅れました。おかげで、セントレアまでは、ビジネスクラスの席に座れました。 旅行の中身は、またいつか書きます。
≪80≫ 8月28 日 火曜日
いよいよ明日早朝に出発します。準備はできました(つもりです)。まだ腰痛の方は芳しくありませんが、なんとか乗り切り、楽しく行って来たいと思います。インカの魅力に触れたいものです。
≪79≫ 8月26 日 日曜日
夏休みも終わりに近づいてきましたが、久しぶりの海外旅行の準備もほぼできました。私にしては、長い旅行になります。このところ調子の悪かった腰痛もなんとか平常になり、ほっとしていますが、万全の対策をして行くことにしました。腰痛じゃあ、今回の旅行は耐えられないでしょうからね。そんなこんなで、荷物も制限ぎりぎりになってしまいました。そうそう、愛犬・イブを預かっていただける方の家に「お泊り」をさせ、合格になり、ほっとしました。犬のホテルもありますが、個人宅に預かったほうが 犬も幸せですからね。
このHPも9月中ごろまで、お休みです。
≪78≫ 8月21 日 火曜日
29日からの海外旅行は予定通り行けることになりました。幹線道路がやられているので、遠回りすることになるらしいのですが、なんとか予定通りできそうということです。あわてて、準備をしかけました。1週間しかありませんからね。でも、本音は、治安が心配ですが、リトルワールドの館長さんも、県大のI先生も、今 ペルーだそうです。だったら、いいか。
≪77≫ 8月17 日 金曜日
8月29日からの海外旅行があやしくなりました。「ペルーの大地震のため、現地と連絡が取れなくなった」との情報が旅行社からはいったのです。新聞でも、ナフカ観光の拠点がやられたみたいだし、乗る予定の観光用飛行機も救援に借り出されているという。さらに心配なのは、旅行者がおそわれたとは刑務所からの脱獄者が680人もいるというように治安が不安定になっていることです。あと10日ほどで復旧するとは思えない規模の地震のようですしね。 ここ1週間のうちには、行けるのはどうかはっきりするでしょうが、楽しみにしていたのにねえ・・・。
≪76≫ 8月16 日 木曜日
1月から7月までの文面を、下記の「2007年前半」に移しました。移す作業をしたのは、もちろん、私ではなく、息子です。
さて、とうとう暑さの日本最高記録が出ました。多治見で、40.9度ということです。名古屋も39度を越えました。この暑さ どうなっているのでしょうか。そして、ペルーで大地震、リマも被害にあったらしいです。8月後半は大丈夫でしょうかね。
≪75≫ 8月14 日 火曜日
お盆の中日ですが、リトルワールドのボランティアに出掛けました。朝早くから大勢の来館者があり、びっくりしました。多くは、家族連れと若いカップルです。この様子を見て、自分自身を反省させられました。まあ、「時代が違うよ」という逃げ口上はできますが、わが子に対して、家族連れで出かけたことはほとんどありません。妻が、仕方なく私を抜きで子どもと出かけた回数の方が多いのはあきらかです。また、結婚前に二人でどこかへ行ったこともほとんどありません。名古屋と大阪の間を数回行き来したのみです。ですから、近頃、妻がぼそっと「どこへも連れて行ってくれなかった」と言うと、ずいぶん応えます。だからといって、なかなか腰を上げないところが、私らしいとこですかね。
≪75≫ 8月09 日 木曜日
やっと休み前半の取り組みが一段落しました。全国大会は代役であったため、「地区協の名誉のために」というプレッシャーがあり、疲れました。「主役が居ないから仕方がない」というのは許されることではありません。口先ではそう弁解して報告するのですが、そんな事情は参加者には関係ないこと、分科会の質が保てないなら、参加費を返さねばなりません。でも、宮城の阿部さん、東京の篠田さん、千葉の上村さんが最後まで分科会にへばりついてくれたおかげで、充実した6時間半になりました。感謝です。
次に、7日の2つの学習会はしんどかったですが、有意義なものでした。全国大会中も情報集めに所為を出しましたが、思い通りにはいかず、苦しいものでした。でも、本音で話せば、通じる人たちばかりでよかったです。園長さん・校長さんも親切な方でした。あと、2日間の“数楽のひろば”は、体が重かったですが、なんとかなんとか・・・。詳しくは、またまとめることになると思いますので。
≪74≫ 8月01 日 水曜日
もう8月になりました。お蔭様で忙しいことになりました。前半は、明日から5日まで数教協の全国大会に出かけます。7日は、午前中が、市保育園の中堅研修会。午後は、千種聾学校の現職教育。8日・9日と“数楽のひろば”の前半。10日は、明治村でのボランティア。この間、長男が帰省し、次男もお盆休みで帰ってくる。 夏後半の旅行のとき、愛犬を預かるために、「お泊り訓練」もしなくてはなりません。さて、さて困りましたね。 こりゃあ、体力勝負かな?
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