おとりのがんを助ける残雪 じいさんはなぜ残雪をうつのをやめたのか?
先日教えていただいた課題提示で授業を進めてみた。
質問ごとにこどもたちは考える。 よく考える。 集中している。
物語にもどる。 しっかり読もうとする。
文学教材をいままで通り一辺倒で読んできたなあ〜〜と 反省しながら時間をすごした。
しっかり考えたので、1時間で課題が終了しなかった。 反省です。(^^ゞ
初稿・1989年4月3日。以来、360号。2002年ホームページ上で復稿。現在、8年目になりました。
退職教師の生き様を記しておきたいという願いで書き綴ります。教師は、現職を退くと、もぬけのカラになると言われます。学級王国の主から引退すれば、何もすることなく、ボーッとしているのもつらい。 まあ、これから退職する人の何かの参考にでもなればねえ。 退職教師のひとりごとです。
2009年6月〜
≪12月30日 水曜日≫
今日は晦日。家の手伝いを少しだけしました。もうすぐ孫たちが着ます。この「教育日記」も最後としましょうか。今、頭の中は、4月からの文化センターの講座のカリキュラムをどうしようかでもやもや・・・。お正月中に構想をまとめます。
よいお年を!!!
≪12月29日 火曜日≫
今年最後のボランティアに出向きました。そこで、「世界のLovers」展をやっていました。その最後に≪鴛鴦≫というコーナーがありました。私は、こんな字があることも知りません。当然、読めません。3人の女子学生?が来て、キャーキャー言っています。若いといえば若い、日本人らしいと言えば日本人らしい反応です。 で、ちょいと講釈しようかなと思いましたが、年寄りの私が説明しても、やぶへびだなと感じたので、止めました。本当は「人間とは何ぞや」と考えてほしかったのですがね。 まあ、その一方で、「リトルの所蔵品はすごい。その解説をした本はないか」との質問を受けました。気付く人は気付いているのですね。
≪12月28日 月曜日≫
14回目の講義に出かけました。最近の大学は、小中のような冬休みなんてものはありません。どうしてこんな状況になってしまったのでしょうかね。帰省するために、スーツケースを持って講義を受けに来ている学生もいました。かわいそうでした。
ただ、今の状況は、シラバスに書いた目標が、達成できているとはとても思えない状況です。学生さんには、もっと頑張ってもらわないとねえ。あと2年後・3年後の、教員採用試験は、景気が回復しているとは思えず、就職難。。つまり倍率は上がります。甘くないでしょう。それに、小免を取れるが大学が目茶増えています。採用枠はそれ程増えそうにありませんから、よほど頑張らないとね。新設学部の大学の正念場ではないかと思うのです。まあ、私のような非常勤が心配することでもありませんけどね。
≪12月27日 日曜日≫
4月からの「文化センター講座」のカリキュラムを年明けに提出することになった。さてどうするかな。ちなみに、今は
@数の不思議に迫る≪分数≫の話 Aコミュニケーションを深める≪数のかぞえかた≫≪加減≫の話 B社会を見る目を育む≪量≫の話 C考える力を鍛える≪面積≫の話 D社会をひも解く≪グラフ≫の話 E家族や仲間意識を高める≪対称≫の話 F折り紙から見えてくる≪図形≫の話 G見通し力をもって生きる≪比例≫の話 H生活に生きて働く≪メートル法≫の話 I創造力を伸ばす≪拡大縮小≫≪エジプトひも≫の話 J身の回りに転がる≪算数ネタ≫の話 Kクレバーよりワイズな子にする≪計算力≫≪文章題≫の話 です。
≪12月26日 土曜日≫
今年も押し詰まってきましたが、まだ月曜・火曜と仕事の予定が入っています。「算数教具づくり」は、あと80人分を追加しました。 さあ、学生さん、がんばってやってくれるかな?
≪12月25日 金曜日≫
やはり日本という国は可笑しな国ですね。だって、広島と長崎が共同開催でオリンピックを招致して、被爆都市として世界平和を訴えたいというのに、JOCが「単独都市開催が原則だから」承認できないという。IOCが言うならわかりますよ。JOCは、広島・長崎を支援する知恵をだすのが当たり前でしょうに。 まあきっと、被爆国であることを宣伝したくない。つまり、平和志向がないか、東京の再立候補を画策しているのでしょう。情けない話です。 そうそうノーベル平和賞受賞の佐藤栄作が、核秘密条約文書を隠し持っていたことに象徴されるように、平和国家を希求する気はさらさらないのです。だって、ノーベル賞の対象になるには、多くの人の推薦がないと受賞できない仕組みなのですからね。
≪12月24日 木曜日≫
朝から、算数教具づくりの下準備をしました。90人分も準備するのですからたいへんです。かなり時間がかかりましたが、
なんとかできました。仕上げの部分も準備するか迷っています。学生さんにやらせた方が良いけれど、そうすると、はさみなど持参しないとねえ。
≪12月23日 水曜日≫
今日は祝日ですが、“文化センターの講座”がありました。しかも、“体験講座”という特別枠が加わっていました。1時間半の予定が2時間ほどかかってしまいました。まあ、楽しくできたかと思います。少しいつもよりサービスがよかったかな。
そう その後、さっちゃんがももちゃんを誘ってきました。24年ぶりに会いました。とってもうれしかったです。教え子が、気楽に会いに来てくれることは、何にも替え難い教師冥利です。私は、現職の時は、担任している子が 私の家に来ることは禁止して、突き放していました。 でも、今は、歳をとった所為でしょうか、教え子に無性に会いたくなったりします。これからも、こうした出会いがいっぱい実現するといいなあ。
≪12月21日 月曜日≫
Kさんのブログの“何を学ぼうとしているのか、何が学ぶに値するかと問う”という文言に刺激されて、本日の講義が俄然学生さんたちを押し捲りました。だって、私の講義も13回目。あとがありません。シラバスに格好の良いことばかり書いてあります。どうみても、達成できていません。「どんな教師になろうとしているのか」「そのために今成すべきことは何だと考えているのか」「講義から、何を獲得しようとしているのか」など、バンバンやりました。略案を書かせました。 計算もどきものもテストとしてやらせました。いつもより格段 静かでした。心を鬼にして、絞らないといけませんね。学生が、私の気持ちを汲み取って行動してくれるとよいのですけどもね。
≪12月20日 日曜日≫
少し疎遠にしてきた東海地区協の集会に出かけました。東名をぶっ飛ばしました。『大人のための算数教室』について報告してきました。あとで、ある方から、「若い教師や学生の育成、市民向けの活動に徹しろ!」との忠告を受けました。確かに、そうすれば、「算数サークル」とのわだかまりは解消できるでしょう。 私にとっても、「算数サークル」を創設し、40年近く関わってきたそのサークルから手を引くことの意味を、誰も理解してくれていないことへの虚しさ・憤りははかりしれず、人間不信になっています。 それも、解消できるかな? でも、まだ新しいサークルが 楽しいのもになりつつあれけれど、軌道に乗っているわけではないしね。 もう少し、時間はかかるでしょうかね。
≪12月19日 土曜日≫
午前中で、雪もなんとかおさまって、「参加します」と言ってくれていた人たちは、全員参加。「行けたら行きます」と言っていた人はやはり欠席で、7名の参加でした。やぐらコタツを囲んでするには丁度よかったです。話題はいろいろですが、若い人たちも気楽に話してくれるようになって、少し和やか過ぎるかな?とも思いますが、まあ、自分なりにできることから始めればよいと思うのです。完璧にやろうとするから、意欲だけが空回りするです。そんなこんなで、時間を延長して4時間もやりました。
≪12月18日 金曜日≫
明日 2回目の学習会をします。とても寒くて、「雪が積もる」と言っているけど、大丈夫かな。集まれるのか、不安になってきました。天候には、勝てませんからね。
≪12月17日 木曜日≫
朝から猛烈な勢いでレポートづくりをしました。年内に必要な10本分をほぼ仕上げました。疲れましたが、ほっとしました。やはり、年末=師走ですから、ペースをあげておいても、次々とやらねばならないことが出てくるものですからね。できることからどんどんやりますよ。
≪12月16日 水曜日≫
このところ、学生さんたちの頭の中は、「模擬授業」のことで一杯のようです。私は、直接的なアドバイスは差し控えていますが、講義の中で「もっと基礎学力・基本学力をつかみ、指導案をたてるように強調してくればよかったな」と反省しているのです。昨日も、自分が教えたいことを“授業メモ”にし、それらを整理していくと“略案”ができあがることを例示したりしていましたが、結局のところ、その1時間のうちに「教えたいこと」「教えねばならないこと」「丁寧に押さえるべきところ」がうまくつかないから、授業に盛り上がりが出てこないし、指導案がなかなか書けなくて、悩むことになるのであろうと感じたのです。まあ、大いに悩めばいいさ。そこから、這い上がって来れないようでは、大した教師にはなれないし、自主的な学びをする教師にもならないと思いますからね。 まあ、教師こそ生涯研修であり、研修から逃げるようでは話にならないとの信念でいますから。
そうなのです。私の教師生活の原点は、研究指定校の是非を討論している最中に「私は、言われないと勉強しませんから、指定校は受けた方がよいと思います」とのベテラン教師の発言に対して、「おまえ、何年教師をやっとるんじゃ。そんなんでよく教師が勤まるなあ」と食って掛かったところにあるのです。教員になって1年目の冬でした。 今だったら、初任研が1年間ですから(私のころは6ヶ月)、きっと「先輩教師に対して礼儀をわきまえない」不適格教員のレッテルを貼られて、教育界から追放されていたことでしょう。
≪12月14日 月曜日≫
このところ不思議と?教育学の重要性について語り合うことが多いです。今日もT教授(幼児教育)と話しました。つまり、教科指導において、教科の専門性を追究するあまり、教育学の視点が抜け落ちているのではないか。算数という教科を通して、子どもたちの人格形成に寄与するのが、授業=教師の仕事のはずです。いうならば、教育基本法の観点です。これが、忘れ去られている。教育基本法の改悪の影響なのでしょうか。 いや、改悪以前から、民間教育団体の研究・実践でも抜け落ちているように思います。 これは、民間教育団体の存続の危機のように思いますが、私の周辺は無反応です。
≪12月13日 日曜日≫
もう1ヶ月経ちましたが、愛犬イブの足の調子はよくありません。いわゆる「股関節形成不良」というやつです。体重は、やっと1sほど減りましたが、あと2sは減らさないとねえ。朝夕の散歩はすっかりご無沙汰状態です。そのため、私の体重は徐々に増え、メタボニ突入です。何とかしないとねえ。犬の薬代は1日1000円、ほかに注射代・レントゲン代と、年金生活者にはちと出費が痛いです。
≪12月12日 土曜日≫
のんびりした一日です。現場の教師は、今が最高に忙しい時期です。来週のサークルの呼びかけを再度したいのですが、なんだか迷惑がられるような気がして、手控えています。現職の頃は、本当に忙しかったよなあと振り返られるのも幸せな話ですよね。
今日は、家中の照明を取り替えました。少し明るくなった感じです。
≪12月11日 金曜日≫
今日は、朝から思いのほか雨がよく降っていました。でも、450人ほども小学生が来村しました。雨が降っていると、本当に可哀想です。 ところで、12月になると、俄然 名古屋市内の小学生が増えますが、今日はちょっと元名古屋市内の教師だったものとして恥ずかしかったことがありました。それは、M小の子たちは、園内バスが近づいても、道一杯にひろがったまま避けようとしないのです。教師も全く注意しようという素振りも見せないのです。ボランティアからも「どうなっているんだ」という非難の声があがりました。 しっかりしてよね。頼みますよ。教師を見る目は厳しいのですから。
そうそう、新聞でも報道されていましたが、≪22.蒸気動車≫が消えていました。昭和18年に廃車となり、名鉄に払い下げられていたものですが、JRが「鉄道博物館」をつくるために、「返せ」と言ってきていたのです。新聞には、当然のようにかいてありましたが、明治村にとっては、まったく理不尽な話です。私鉄では、JRに口答えはできないのでしょう。しぶしぶです。
私は「明治村は、JRに保管料を請求すべきだ」と言っているのです。 JRはなにも価値がわかっていません。だって、≪蒸気動車≫という箱物だけを運び出していて、≪双頭レール≫という貴重なレールはそのままです。馬鹿じゃなかろかと思いました。
≪12月10日 木曜日≫
普天間基地の移転問題がこじれていますね。まあ、20世紀の発想で「日米同盟」なんて考えている限り、真の解決はないでしょう。“○○同盟”などという緊張関係をうみだすことにより平和を確保しようなんてね。オバマも同類、アメリカは「チェンジ」できないのです。いうならば、アメリカも北朝鮮も同じムジナと言うことです。
普天間の移転先は、アフガンがよいと思いませんか。そして、2年後には、アメリカ本土に戻るという案はいかがでしょうか。
これぞ、一石二鳥だと思いませんか。アメリカは 日本から去る。一度にとは言わないが、減らすべきです。いつまで、占領軍のつもりでいるのじゃだ。
≪12月09日 水曜日≫
文化センターの講座の参加者は、とっても熱心で、やりがいもあるのですが、出席率はそれほどよくありません。高齢の方には、気候や時間帯が悪いのかもしれませんが、内容が魅力的でないのかもしれませんね。より構想を練って臨むほかありません。もう次回で半分過ぎてしまいます。ちょっと焦りますね。
≪12月08日 火曜日≫
とても爽快な一日でした。ボランティアのときには、子どもたちから「おじさん、しゃべるの楽しい!」なんて冷やかされてしまいました。それほど絶好調でした。夜間の講義もそこそこ納得のゆくものでした。 こうした一日は、いいですね。
≪12月07日 月曜日≫
今日の講義も60点ぐらいかな。講義内容のレベルは、超具体的で、高尚なものではありません。四国タングラムやエジプトひも、折り紙、座標ゲームまで準備して臨みました。まあそこそこ盛り上がりましたが、まださっぱり手を出さない学生がいるのです。やってみれば、楽しくなると思うのですが、参加してくれなくてはお手上げです。 いつも頭の中は「こんなことで、教壇に立ったとき、どう思って、授業をするんだろう?」と考え込んでしまいます。 でもまあ、私もサークルで目新しい折り紙やゲームの紹介があると、じっと見ていて、家に帰ってから、こっそりやっていたっけ。時間の浪費と気付いたのはかなり経ってからでしたっけ。焦らない焦らないと言っても、あと4回しか講義日がないのです。
≪12月06日 日曜日≫
本当に久しぶりに、山田先生からTELがありました。どうでしょうか、2度にわたって、2時間近くお話したでしょうか。話していて、近頃かんがえていることと、かなり共通し、共感することが多かったです。それで、「原書を読み合う学習会を作りたい」「力を貸してほしい」との主旨の話もありました。大賛成なのですが、まだサークルを立ち上げたばかりで、これから先、どうなるかもさっぱりわかりません。軌道に乗るまではね。二兎追うものは一兎も得ずになりかねませんからね。でも、心に留めておいて、私なりにじわじわ構想を練りたいと思います。 とても大切なことです。やり遂げないと、真の教育運動は断たれてしまいます。
≪12月05日 土曜日≫
今日は、新しく立ち上げたサークルの案内です。
現場の方は、学期末を迎え、超多忙で、ごちゃごちゃ呼びかけては、かえってうっとおしいがられてしまいそうですが、サークルの日時だけはチェックしておいてほしいのでね。
近くの若い教師に、“あしたば”のサークルのことを話し、誘ってあげてください。
学びの園・あしたば へのおさそい NO.2 2009.10.20 渡辺靖敏・植村 修
新しく 学びの園“あしたば”を立ち上げました。その第1回を10月17日に行いましたが、予想以上に多く参加いただき、若い人とベテランがワイワイガヤガヤとでき、退職教師である私たちは“若さ”をもらいました。エネルギーが沸きあがってくる楽しさを久しぶりに味わいました。
第1回では、「分数のこと」「小数のこと」「文学作品のこと」「風車のこと」「スタンツのこと」などが話題になりました。もっと幅広く、日頃悩んでいる「学級経営のこと」「子どもや親との接し方」「地域のつかみ方のこと」なども話題にしていきたいと考えています。どんどん話題を持ち込んでください。そして、みんなで、どうしたらよいかを語り合い、学びあい、ストレスを解消しましょう。
さて、第2回の学習会に向けて、事前に準備するものは4本ですが、他にもレポートしたいという声も聞いています。いろいろ学び合い、若きエネルギーをたぎらせ、教壇に立つようにしたいものですね。
第2回 学 習 会
日時 12月19日(土) 午後2時から5時まで 渡辺宅
話題 ◎「九九の習熟の仕方」 ◎「数のかぞえかた」「加減」の話 ◎「かさじぞう」の読み ◎漢字の教え方 他
※話題にしたいことがあったら、事前に連絡していただければ、関連書の準備をします。
≪12月04日 金曜日≫
ボランティアの日です。T小は、到着がずいぶん遅かったので「どうして遅くなったの?」と聞いたら、「青塚古墳によってきたから」と教えてくれました。そこで、早速、「へえ、あなたの学校の先生よく調べているんだ」と褒めてあげました。 そうなのです。途中の道順を少し変えれば、県内第2の前方後円墳が見られるのです。小牧長久手の戦いの折、秀吉軍によって、頂上が少し削られていますが、それはそれは見事な姿を見ることができました。「できました」というのは、史跡保存整備や住宅が建ち並んで、見にくくなってしまったからです。でも、一見の価値はあると思います。明治村を訪れるなら、教師はバスの運転手さんに寄るように指示すべきだと思います。「青塚古墳って何?」なんていっているようじゃあ、不勉強ですよ。
≪12月03日 木曜日≫
今日はとても長く感じた一日でした。というのも、またまた犬の足の調子が思わしくなく、朝夕の散歩を控えているため、生活のリズムが狂っています。そして、朝から、来週の講義4コマ分の準備を頑張ってしていたら、疲れてしまったからです。今日一日 新聞や郵便物を取りに玄関先まで出た以外 外の空気は吸いませんでした。
≪12月02日 水曜日≫
学生さんが、卒論の関係で、我が家を訪問してくれました。Kさんのゼミの子で、なかなか鍛えてあるなと感じました。ただ、彼女の期待する文献があったかどうかは疑問です。だって、数教協の中学関連は、まだまだ研究の余地が多くあるように思うからです。しかも、教科サークルの共通する課題だと思うのですが、「教育学に弱い」。いや、こういう言い方をすると誤解を招き、またまた反発を買うなあ。でもね、教科指導とは、その教科を通して人間教育を目的としているはずです。「教育学」が実践の基盤だと言うのは極当たり前のことなのです。なのに、当たり前のことが忘れられているというのは事実です。
学生さん、卒論 頑張ってほしいですね。期待しています。楽しみです。
※「教育学に弱い」というのは、愛知の学閥支配の構図です。学閥批判をする人は多いけれども、各教科・教室の研究会 が教員支配・人事を牛耳っていることを指摘する人は少ない。民教連各サークルは、学閥の研究会と一線を画することを 是としているため、愛知の教育現場は、いつまでたっても変わらない。
≪12月01日 火曜日≫
今日の講義は、気分よく終われました。学生さんと、わいわい言いながら、「分数」を考えることができて、時間を忘れるほどでした。いつも、一方通行で、私が喋り捲っていることが多いのです。改めて、これからは、私の話す時間を減らそうと思います。考える余裕を与えてやらなくちゃあね。教える側の自己満足だけの講義はしないように努めます。
≪11月30日 月曜日≫
今日 大学で、久しぶりにK教授に会いました。とてもお元気そうでほっとしました。日本の教育界になくてはならない重鎮ですからね。いろいろ大学の現状や文科省のことも教えてくださいました。私からは、サークル運動もずいぶん変質してきて、体制とは関わらないようにするサークルも増え、趣味化してしまい、活気・活力がなくなってきていることを話しました。はっきり言って、“民教連”が民教連としての存在価値をなくしていると言うことです。「民主教育の旗」を、誰が守るのでしょうか。さみしいかぎりです。
≪11月28日 土曜日≫
2ヶ月に1回の≪愛知教科研の例会≫に出ました。報告は「教育実践における学習指導要領の役割と機能の検討」でした。
こうした最重要のことでも、知らぬ存ぜぬという活動家が多数います。そうだから、民間教育運動はバカにされるのだと思っているのです。こういうと、向山洋一の初期と同じになってしまいますが、要は、教師だったら、どのような立場であろうと学習指導要領を真摯に分析しなければ、事が始まらぬということです。そこを抜きにしている批判や運動は、砂上の楼閣。文科省も教委も、官僚も動じることはないでしょう。(もう25年ほど前に、当時指導主事で、今は、ある大学で教科教育を講義しているYが嘯いていましたよ)
でもまあ、例会の参加者はいつもより多くてほっとしました。いずれにしても、声高に叫びまわる人物が出てこないと、学習指導要領のねらいは貫徹してしまうでしょうね。そうなってしまってからでは、遅すぎるのじゃ。 みんな“平和ボケ”情けない!
そうそう帰路、全く偶然 16〜17年ぶりに、小久保校長に会いました。ほんの数分の立ち話で別れてしまいましたが、ゆっくりお話したい方です。
≪11月27日 金曜日≫
今日の明治村では、午前中“予約ガイド”でした。高齢者大学の園芸学科のOB会の人たちなので、植物の名や自然観察に疎い私には荷が重過ぎるなあと、つい足取りも重くなります(いつもより30分ほど早く出向きましたが)。でも、心配したこともなく、楽しくガイド活動ができました。なにしろ、普通は30分ほどで行う「1丁目ガイド」が2時間かかりました。まあガイドというより、建物や道具を見るたびに、昔話に花が咲き、進まないのです。ところが、そうした話にすっかり溶け込めるのが私。さすが?戦中派だなあと、自分ながら変に感心をしてしまうのです。
午後は、若い先生をつかまえて、「社会見学」や「総合学習」のあり方・教師としての心得をとくとくと話してやりました。惰性に流れた計画ではダメ。明治村の見学が意義あるものにするための教師の仕事はどうあるべきかです。しっかり聞いてくれました。次回に、彼が子どもを引率してくる時には、きっと違ってくることでしょう。そう信じています。
明治村も、小学生向きのガイドはどうあるべきかを検討した方がよいと思いますけどね。
≪11月26日 木曜日≫
コピー機の「ドラム交換」の表示が出た。「ちょっと早いよね」と思う。だって、先回交換したのは、今年の3月です。約3年近くもったのに、今回はわずか8ヶ月で交換時期だって。1万枚程度で交換となるのですから、そんなにも使用していたのかなあ。
停止してしまったらお手上げなので、早速注文しました。1週間ほど取り寄せるのにかかりますから、しばらくは自重しなければなりません。困ったことです。
≪11月25日 水曜日≫
今日の文化講座は「考える力を鍛える“面積”の話」をテーマに講義しました。ポイントは、面積は外延量であること。そこから「等積変形」をキーワードにして、話を進めました。作業もいろいろ入れてみました。改めて、堀江さんの“太陽にかざす”実践の威力を知りました。“等積変形”することによって、面積の公式を導き出す。この過程をきちんと授業でやらないから、子どもたちは公式の丸暗記に陥り、公式を適用する力も考える力もつかないのです。
≪11月24日 火曜日≫
本日は、ダブルです。リトルのボランティアは10時から15時まで。そして、大学の夜間の講義が19時半から21時までです。
そして、リトルには往復2時間、大学は1時間半の移動時間が必要ですから、火曜日はちょっとあたふたします。でも、忙しいことはしあわせなことと思うようにしています。
≪11月23日 月曜日≫
今日は勤労感謝の日=新嘗祭で、祝日ですが、大学の講義はありました。いつも思うことですが、祝日の意義は全く崩れてしまいました。祝日法の改正は、大きな誤りだったと思います。そもそも祝日の大半は天皇家との関わりが強く、日本の伝統文化?の反映したものです。つまり、文科省が強調する愛国心教育推進には最適の教材ネタとなるのです。そうした、祝日を経済の論理だけでぶっ壊したのですから、文科省や自民党には、「愛国心」を語る資格がないということです。
これは、民主党の強行採決を批判する自民党・公明党に説得力がないのと同じことです。政治屋のゲームとしか、国民の目には映りません。
≪11月22日 日曜日≫
午前中、犬を病院に連れて行きました。この1週間ダイエットに努めてきたので、体重が減っていることを期待していたのですが、増えていたのでガックリ、ショックでした。やはり、犬も、散歩が禁止されていたので、運動不足だったのでしょうかね。まあ、人間と同じことということでしょうか。今日は、3連休の谷間ということなのか、いつもなら、1時間半くらい待ち時間があるのに、思いの外、早く終わり、よかったです。
午後は、ひたすら先日印刷したカードをカッターで切っていました。100枚くらいしかできませんでした。まだ、200枚あります。
≪11月21日 土曜日≫
「教員資格をとるのに6年をかけ、教育実習を1年間する」ことを民主党は本気で考えているらしい。「日教組も反対しない」のだそうな。これって、自民党の「教員免許更新制」より悪質ではないのでしょうかね。教師を完全に国家管理の下に押さえ込むことにつながります。民主教育を完全に破壊することになるのに、日教組は本当に御用組合に堕落してしまったのですね。
国家戦略局大臣の本質が、どんどん見えてくる。危ないねえ。
≪11月20日 金曜日≫
今日の明治村は、小学生と一般客の予約が2000名ほどあり、賑やかでした。ツアーガイドの方も毎回あり、忙しかったです。忙しくてもガイドがあった方が楽しいものです。それは、人と触れ合えることができるからです。ただ、「近頃ガイドの共通した感想として、「体力がないねえ」「コースを歩いていると、必ず、疲れたといってへたり込む子が出るんだよね」というものです。
まあ、確かにそうだけれども、子どもたちに興味関心がないからでもあるのです。
≪11月19日 木曜日≫
今日は、一杯印刷しました。あまり考えたくなかったからです。ごちゃごちゃ瞑想をして、寝つきも悪く、今朝なんか久しぶりに7時まで寝てしまっていました。そういう時は、単純作業にかぎるというわけです。それにしても、もやもやはちっとも晴れない。
≪11月18日 水曜日≫
妻が京都に出かけたので、ふらふら郵便局で払い込みと切手を買い、、スギ薬局で目薬とAD軟膏を買い、大好きなあんぱんが賞味期限間近で30%引きなので買いました。そして、激安のドンキホーテへ行ってカバンも買いました。さらに、途中で、長年購入していた靴屋が「完全閉店」で投売りをしていたので、つい1足買ってしまいました。ちと出費が痛いですが、まあ「仕方ないよね」と自分に言い聞かせていました。妻がいたらお叱りを受けるでしょうね。それにしても、久しぶりに出かけたのですが、よく立ち寄っていた本屋は潰れているし、あちこちと更地にまでなっていたりして、世の中、本当に不景気なんだなと改めて思いました。
≪11月16日 月曜日≫
朝の犬の散歩もできず、運動不足のまま講義に出向きました。案の定、学生さんの反応はさっぱり。面積指導でのポイント・等積変形のもつ意味を作業を通して、獲得させようと奮闘しました。でも、疲れをドバッと感じるだけの有様でした。でも、学生さんの感想は「とても面白かった」「知らないことに気付いた」と好意的でした。それなら、「態度で示せよ。ポーカーフェイスじゃあ、小学校教師は勤まらんぞ」と言いたいです。もっと明るい雰囲気が好きなんだよね。暗い雰囲気は好きじゃない。楽しくありません。
≪11月15日 日曜日≫
さあ、どうしましょうか。犬との朝夕の散歩が禁止されたら、やっぱり、人間様だけでは出かけませんでした。私の健康管理は、お犬様様なのです。一応、1週間は我慢しようと思っています。だって、前は右足、今度は左足です。お医者さんからは「そのうちに両足にきて、歩けなくなちゃうよ」と脅されて?いるのです。
≪11月14日 土曜日≫
市橋容疑者が働いていた建設会社が、取引を停止されたりして苦境に陥っているそうな。日本人的と言えばそれまでかもしれないが、どうして、建設会社に対して、圧力をかけるのでしょうか。両親に対しても、テレビインタビューに引っ張り出す。子どもといっても、もう30歳ですよ。立派な成人です。きっと、マスコミが脅して出させたのでしょう。人権侵害だと思いますね。こんな幼稚な社会で、「選挙権を18歳に引き下げる」なんてこと可能ですかね。
そうそう千葉大の園芸学部は、お払いをしないといけませんね。もうしたかな?
午後、犬のイブの足の調子が悪そうなので、病院に連れて行きました。そしたら、「太りすぎで、足に負担がかかっているのです。やせさせなさい。散歩もしばらく禁止です。」といわれてしまいました。えらいことになりました。明日からの私の生活リズムも崩れてしまいます。どうしたものでしょうか。
≪11月13日 金曜日≫
今日は「13日の金曜日。ちょっと嫌ですね」と思っていたら、「本日は、大安吉日」でした。やはり、ここは日本。明治村では結婚式がありました。ボランティアの最中でしたが、ボッと見ていました。若いってことは、いいねえ。年寄りは、すぐひがんでしまうのです。 そうそう明治村の2代目村長であった森繁久弥さんが亡くなったけど、何かしてあったかなあ。ボランティアセンターへ行ったときには、何の話もなかったよ。 今日来ていた小学生に「君たちは、どこから来たの?」って聞いたら、子どもたちは、すかさず「僕たち、市橋の地元の羽島市から来ました」というのです。ぎょっとしました。報道の力って、すごいですね。
≪11月12日 木曜日≫
頼まれていた原稿の締め切りが13日だったので、あわてて書きました。「頼まれた」と言うよりも、新たに起こしたサークルのことですから、「書かせてもらった」と言った方が正解かもしれません。きっとよい宣伝になると思います。なにしろ、新たに始めるのですから、知ってもらわねば、事は始まらないのです。ところが、近年、私は情宣活動をしていないので、ツテが途絶えていて、若い教師へくい込むのに苦戦をしているのです。各サークルの大御所に紹介を頼んだりしていますが、それもぼつぼつ限界です。あとは、未来の教師である学生をと考えて、各大学への浸透を図りたいのですが、意外に大学教官の反応は鈍いです。 まあ、焦らず、地道に取り組んでいくことが大切でしょうね。来月の学習会には、新たに2人の方から「参加したい」との声を聞いているから、順調なほうですかね。
≪11月11日 水曜日≫
昨日、夜間での講義の最中に「先生、市橋が捕まったよ!」と学生さんが教えてくれた。「そりゃあ、今の時期に、動けば見つかるさ。きっと、隠れ所がなくて、動いたのだろう」なんて、言ってはみたものの、ちと複雑な思いでした。というのは、この講義中、過去5年半の間、少なくとも今までは、携帯を見ているような学生はいませんでした。ところが、今期の学生は、明るくて、とってもはきはきしている反面、形にとらわれないのです。自由奔放というやつです。
まあ、一番やりやすいのが、文化センターの人たちです。問題意識が違います。でも本当は、将来教師になろうという学生たちですから、何事にも、エネルギィシュッであってほしいものです。
≪11月09日 月曜日≫
土日と、夕方の犬の散歩を息子たちがやってくれたので、喜んでいたら、何のことはない、私の体重がはね上がった。
体重が増えると、何事もダラダラ。体が重くてしようがありません。 歩行は、45分あるいても80カロリーしか消耗しないそうだ。大好きな間食を控えないといけません。これが、最高につらいのです。
≪11月08日 日曜日≫
普天間のことが揉めているようだ。嘉手納統合案を模索する岡田外相は批判の的らしいが、私は「それもありかな?」と思っている。要は、米軍が日本から撤収すればことは簡単である。ところが、アメリカには、その気持ちがないから、困るのだ。戦争の好きな国はどうしようもない。「県外に移転」は、決して、米軍の撤収には繋がらない。むしろ、米軍の日本支配を強めるだけのことです。基地面積を広げるような妥協案に屈してはならない。だから、嘉手納の人数が膨れ上がるとしても、それも一時的なものとなるように“おもいやり予算”を全面カットし、居りつらくして、つぎの段階に進めるのもありかなと思うのです。
力と力の対決を前提とした同盟関係では、平和解決は期待できません。アメリカが、日本を守ってくれると本当に信じているお目出度い人はどれほどいるのでしょうかね。
≪11月07日 土曜日≫
15日に七五三まいりを予定していたのですが、急に息子の出張が入ったので、本日に変更しました。前の時は、地下鉄を使っていきましたが、今回は車で行きました。案の定、なかなか駐車場に入れませんでした。ご祈祷を受ける場所が変わっていました。新殿が作られていたのです。まあ初穂料が1人6000円ですから、莫大なお金になるに違いありませんね。ご祈祷を受け、お神楽を見ておわりです。神主さんも巫女さんも忙しくてかお疲れ気味でした。
いずれにしても、1日仕事でした。孫のために、ちゃんと行かないとね。孫に恨まれるようなことはできません。最優先です。
≪11月06日 金曜日≫
今日は明治村。お偉い方の予約ガイドをすることになっていました。電力会社の要職についている方々です。皆スーツを着てバリッとしていました。。少し緊張しましたが、いつものペースで歩きました。
ところで、昼の休憩時に「学芸員とボランティアに溝があるのではないか」ということが話題になりました。確かにそう感じる時がありますが、“たかがボランティア、されどボランティア”という立場の私には、ボランティアの側に多々問題があると思うのです。いつも「ボランティアの皆さんのお陰で客足が伸びています」と感謝の言がありますが、これは儀礼的なものだと考えるべきなのです。ボランティアの貢献度は微々たるものでしょう。だって、ガイド内容は、小中学生と一般の方では、全く変わってくるはずです。ガイド書に書いてあるようなことを話しても、小中学生にはなんの役にもたちません。これに気付いているガイドさんは極少数でしょう。多くは、「我は博識なり」と知識をひけらかしているに過ぎません。明治村には、自信過剰のガイドさんが多すぎますね。この態度が、学芸員さんとの溝を深めている原因です。まだまだ思うことはいろいろあるのですが、これ以上言うと、ボランティアの先輩諸氏から村八分に遭いそうですので控えますが、たかがボランティアでも謙虚に耳を傾け、学ぶ姿勢が必要だと思いますね。
≪11月05日 木曜日≫
今日は、まあ精力的に動き、散髪も行きましたし、ぼろぼろのジーパンの替えも買ってきました。年寄りが、穴あきのジーパンを穿いていても、あまりカッコよくありませんからね。それと、来週分の講義の準備もかなりできました。満足です。
ただ思うに、以前、「あいち民研の体制が、退職者の受け皿のようになっているのはおかしい」と批判して、民研の理事を降りたのですが、今 自分自身が退職者となり、現職時代と同じようにサークル活動と関わっていようとすると、なんと冷たいことか。驚きました。唖然としました。民教連のどこのサークルもそうだとは思いたくないのですが、今は「出てはいけないのだなあ」と思っています。こうしたことは、悲しいことに民教連の体質かもしれません。私が、40年間も、それに気付かないでいたまでのことでしょう。“老兵は去るのみ”です。 でも、サークル活動にしか生きがいを見出せない私は、新たな思いで、サークルを立ち上げ、楽しみながら、続けて生きたいと思うのです。未来を信じて!
≪11月04日 水曜日≫
昨日は、浜松の≪浜名湖立体花博≫に出かけていて、帰りがとても遅くなりました。でも、本日は空き日なので助かります。
ただ、昨日の疲れなのか、一日中ダラダラ過ごしていたので、講義の準備などは1コマ分しかできませんでした。
ひとつだけ、発見がありました。それは、パソコンで、「1あたり量」を検索していたら、「量」に対する攻撃がまだずいぶんなされていることを改めて知りました。発信元がよくわかりませんが、近頃の数教協の内部状況から、意外に身近だったりして・・・なんて思っちゃいました。
≪11月02日 月曜日≫
テレビの「水戸黄門」は再放送(月〜金の15:55〜 )も欠かさず見るようにしていますが、ふと思いました。再放送分の内容の方が、機知に富み、面白いのです。ちなみに、助さん格さんは、杉良太郎と横内正ですから、本当に初期のものです。
こうしたことは、昨日参加した民教連の東海近畿合同集会や数教協においても言えることです。だから、若い教師が集まって来ないのです。教育運動においても“初心に帰る”。「手弁当で、・・・」「大学人・文化人との連携を・・・」 でも、そうした絆が崩れ、ボランティアの精神もなく、自己満足だけの集会企画に陥り、ますます若者は寄り付かないということです。
≪11月01日 日曜日≫
浜松までは、走りなれた道です。予定通り着きました(帰りは渋滞に合って、1時間余分にかかりました)。着いてすぐ、30年来の付き合いである日作のMさん、Kさんに会え、来た価値があったなあと思いました。まあこう思うのは年を取った証拠ですがね。ただ、分科会では、昔からの地元の数教協の実践家の姿が見られなかったことがさみしかったです。世代交代といえばそれまでですが、わが数教協東海地区協の発祥の地は、浜松なんですからね。
≪10月31日 土曜日≫
書籍の配置換えはますます混乱。収まりがつきません。本当は、ピアノを息子夫婦が引き取ってくれるとスペースが空いて好都合なのですが、「いらない」と言うからねえ。まだ、国語関係の配置換えで、この状態では先が思いやられます。
明日は、東海近畿の合同集会に出かけます。今日から始まっていますが、浜松なので、泊をしないで、分科会だけ出席することにしたのです。
≪10月30日 金曜日≫
今日の明治村は、この秋最高の団体客でした。バスが50台も来たそうです。ただ、予約ガイドを頼まれていた学校はインフルエンザのため延期になってしまいました。それにしても、賑やかなことはいいですね。ただ、学校行事としての来村には、やはり学校側に言いたいことがあります。単に、社会で明治時代を学ぶから明治村に行くなんて発想では、有意義な取り組みにはならない。安易過ぎます。小学校の歴史学習が明治村見学の基礎となるレベルとは程遠いことを自覚するべきです。小学生には、明治村は理解困難です。だから、教師は、小学生に見合った課題設定を真摯に考えるべきです。今日も一宮の先生といろいろ話し合いましたが、ボランティアガイドもいまいち小学生に対応したガイドができているとは思わないが、活用する価値はあるだろうとね。 まあ少なくとも、入村して、「さあ、グループで行動しなさい」「しっかり見学しなさい」と指示したとしても、そこには明治村を見学する教育的価値を見出すことはできない。最近、教師の指示の仕方が気になって仕方がない。
≪10月29日 木曜日≫
今日は一日家に居るので、ちょっと書籍の入れ替えをしようと考えました。若いときからの“家庭文庫開設”の夢は実現できそうもないので、児童書の高学年向きを1階から3階に移動させ、そこに国語関連の書籍を集めることにしました。ところが、整頓しつつやるものですから、うまく収まらなくなってしまいます。結局、埃の所為か鼻がむずむずしてきたので、片付かないまま今日は終わることにしました。
≪10月28日 水曜日≫
文化センターの講座の2回目がありました。案の定というか予想通りというか、本当に熱心に話を聞いてくださいます。話術は下手だし、理路整然ともしていないので、申し訳ないなあと思ってしまうのですが、私も図々しくなったのでしょうね、平然と過ごすことができるのです。まあ、教室の雰囲気がとてもよい所為でしょう。楽しくなってきました。準備が大変ですが、楽しいことは、毎週あってもいいですね。
≪10月27日 火曜日≫
今日のリトルは暇でした。小学生や高校生は遠足ですから、ガイドの説明なんて聞こうともしません。そのうち、「私たちの高校生活はバラ色よ」という言葉から、女子高校生とワイワイしゃべることができて楽しくなりました。女子剣道部の子達で、毎日の練習のこと、夏の合宿でのこと、など厳しくばてそうになる毎日だそうです。でもやっとここまで来て、全国一を目指せるところまできたそうです。来年度キャプテン候補の子もいて盛り上がりました。彼女たちは、全国から集められているらしく、親元を離れて頑張っているとのこと。「がんばれよ」と励ましておきました。とても明るい子たちで、これなら大丈夫だと思いました。
≪10月26日 月曜日≫
F大へ講義に行きました。「算数科研究」と「算数科指導法」の2コマをするのですが、悪戦苦闘です。学生さんは受身的で、意気込みが感じられないのです。この2コマの講義で、バッチリと指導力を鍛え上げることは不可能です。現場に入ってから鍛えればよいと考えているのですが、算数教育に対しての問題意識を持ち、子どもたちを賢くしてやろうという気概溢れる学生に鍛え上げたいと講義をしているつもりですが、なかなか・・・・・。 F大には15年ほど前から、時々講義に出向いてきたのですが、学生さんも様変わりしてきたということでしょうか。苦戦はまだまだ続きます。
≪10月24日 土曜日≫
毎朝、日課として、何人もの人のブログを訪問する。そうしたら、先週のサークルから学んで、早速実践に移された方の感想が載っていました。
【授業】国語 大造じいさんとがん
おとりのがんを助ける残雪 じいさんはなぜ残雪をうつのをやめたのか?
先日教えていただいた課題提示で授業を進めてみた。
質問ごとにこどもたちは考える。 よく考える。 集中している。
物語にもどる。 しっかり読もうとする。
文学教材をいままで通り一辺倒で読んできたなあ〜〜と 反省しながら時間をすごした。
しっかり考えたので、1時間で課題が終了しなかった。 反省です。(^^ゞ
このたび、学びの園“あしたば”を立ち上げることにしました。約30数年間、教科サークルに携わってきましたが(渡辺は算数、植村は国語)、小学校教師は、ひとつの教科だけでなく、どの分野に対しても教育的力量を高めていかねば、子ども・親の信頼も支援も得られない厳しい状況になっています。そのためにも、一人だけで悩むのではなく、ともに語りあい、ともに学びあう場があったら、どんなにかよいだろうかと考えるのです。 その手助けを、退職教師の2人がさせていただこうというサークルです。
本音は、「市教委の『教師塾』に対抗して・・・」と言いたいところですが、あまり構えるのではなく、気楽に参加でき、教師の輪が広がることを期待しています。
◎会の運営としては、・当面、偶数月の第3土曜日。
・話題を1〜2決めて、学び、深め合う。
・持ち寄った話題について、実践交流・意見交流をする。
・1つの話題は、30分程度として、1回に4つ、5つの話題を採り上げる。
・時には、共同研究者を招き、見聞を広める。
◎会場は、渡辺靖敏宅とする。(裏面参照)
〒462−0013 名古屋市北区東味鋺二丁目2310番地
TEL・FAX 052−901−0291 Eメール nabetyan@mwb.biglobe.ne.jp
◎特典:『教育書』貸し出し ・冊数 制限なし
・貸し出し日数 次に借りたいという人が出るまで ※「教育雑誌」の希望者は、事前に連絡する。

この案内を見た人は、近くの若い意欲のある先生・学生さんに、会を紹介してあげてください。よろしくね。
案内がほしい人は連絡先を教えてくだされば、私より会場案内地図の付いたものを送ります。
≪09月23日 水曜日≫
もう秋分の日です。いつも「春分・夏至・秋分・冬至とは、なんぞや。どんな関係にあるのか」と、子どもたちに問いかけていた頃がなつかしく思い出されます。 また、今年も八田川の土手には真っ赤な彼岸花が咲いています。「ごんぎつね」のふるさと・矢勝川とは比べるまでもありませんが、昨年よりも多いように感じます。そうそう、テレビニュースで≪植物ボランティア≫を紹介していました。私にも、そうした力があったら、もっと楽しく有意義なボランティアガイドができるのになあと思いました。ぼつぼとリトルの植物ガイド図を完成させないといけませんね。
≪09月22日 火曜日≫
妻が海外旅行から帰ってきた途端、もう愛犬イブは興奮状態です。この間、私と2人で余程さみしかったのでしょう。私だって、ちゃんと朝夕の散歩には連れて行ったし、夜 室内に入れるときにはりんごのおやつも欠かさずやったのにねえ。まあ、可愛がり方がねえ。妻のは尋常じゃないからね。しばらくは仕方ないか。
≪09月21日 月曜日≫
今日は敬老の日。敬老の日は9月15日と言っているのは古くて、今は9月の第3月曜日となっているそうですね。本当に、祝日の謂れも無視して、休みを連続化して、経済効果を図ったことはよかったのでしょうかね。少なくとも、教育の分野ではマイナスであると思います。月曜日の休日が増え、カリキュラムが混乱し、学力や集中力の低下を招いている。祝日の意味を通して、国に対する気持ちを高めることを難しくしている(祝日は、天皇家の行事に由来するものが多いけど)。 まあ、どうでもいいけど、休みが続くと、運動不足になってメタボになるから、困ります。
明日、やっと妻が帰ってくる予定です。
≪09月20日 日曜日≫
5月に亡くなられた本山政雄さんの偲ぶ会がやっとありました。亡くなられたのに赤旗の扱いはほんのちょっぴり。民主勢力とは、なんと冷たいんだと、ブツクサ言っていたら、多くの人が「いろいろ事情があって・・・」となだめてくれました。その会が『本山政雄さんを偲ぶ市民のつどい』として、やっと開かれたのです。すごく盛大な立派な偲ぶ会でした。なつかしいお顔も一杯見ました。 それで、思い出しました。初当選の4月は、わが長男の誕生の時、妻が異常出産で入院しているのに、選挙活動のためになかなか見舞いに行かなかった(行けなかった)のを、今も「冷たい人だ」と妻に恨まれています。二期目の選挙のときに、遠山さんが来てくれ、その世話をしたから、遠山先生の日記に私の名が刻まれたこともあるのだから、まあいいか。
≪09月19日 土曜日≫
そうそう昨日明治村に、例の≪清水正道さんの絵とコメント≫を無言館の冊子からプリントして、ガイドの資料にと持って行きました。でも、むちゃ反応が悪かったです。まあ、それは「建物ガイドだから、必要ない」というものでしょう。明治村は生活の臭いがしません。それは、リトルワールドと決定的に違うところです。いや、明治村は否定するかもしれませんね。
これは、麻生や鳩山が“国民の目線”と言ったとき、私が「本当に国民の生活がわかるかな?」と思うのと同じことかな?
≪09月17日 木曜日≫
朝から校正をやって、なんとか終了して、「さあ水戸黄門だ」とテレビをつけると、昨日に引き続いて、今日も中止。酒井法子の保釈の特番です。2時ぐらいに保釈金が納められ、通例は2時間後に出てくるというので、大騒ぎなのです。歩道には報道陣が溢れ、上空にはヘリコプターが何機も。昨日のだんなの保釈とは様相が違います。4時29分、出てきました。40日間拘留されていたのに、さすがタレント。化粧なんて止めた方が、きれいだなと思いました。
※私が、酒井法子というアイドルを初めてみたのは、自衛隊員募集のポスターです。
≪09月16日 水曜日≫
政権交代の日より、私も新たな歩みをすることにしました。前を見て進まなくては、「夢」なんて叶うことはありません。40年近く前と同じように、一からの出直しです。こんな年齢になってからでは、ちょっとつらいですが、しゃあないです。
そうそう3時55分から「水戸黄門」の再放送を見ようと思ったら、新政権誕生の特集番組で中止でした。こんなことずうっと前からわかっているのに、朝刊のテレビ番組表を直さないの? 新聞をとる家が少なくなっているから、新聞社は手直ししなくても影響がないと考えているのでしょうか。 まあ、我が家のように日刊紙を3紙もとっているのは変わり者なんでしょうね。
≪09月15日 火曜日≫
明日、数教協の地区協の活動にはしばらくの間(当面、来年3月までの6ヶ月間)参加を差し控えることを事務局長に発送することにしました。こうすることは、相手を喜ばし、勢いづけることになるのは必定なのですが、止むを得ません。全くの貧乏くじを引かされたわけですが、所詮、サークル仲間なんてそんな程度のものでしょう。いい人生の教訓を得ることができました。感謝しなければいけないのでしょうね。
≪09月14日 月曜日≫
昨日は、久しぶりにあいち民研の公開シンポジウム「いま、学校・教師の魅力を考える」に出かけました。それは、大学の講義で現場の生の様子を話すあまり学生さんたちが教師になるのを嫌がってしまはないかという危惧が付きまとっているからです。若い人たちに夢とロマン・魅力を素直に話しかけれたらいいなあと思っているのです。まあ、シンポジウムは、予想外に若い教師・学生が少なくてちょっとがっかりしました。
そして、本日から後期の講義が始まりました。今年度から「算数科指導法」と「算数科研究」の2コマです。対象は2年と1年です。今年は、80人・90人でしたが、1年の「算数科研究」の方がとてもやりやすかったです。反応がよかったです。ところが、昨年度も教えている2年生の方がまた苦戦しました。その原因は、教室の所為ではないかと思えてきました。2年の方は、278人も入れる階段教室です。そこに80人弱ですから、前の方はがら空きです。遠くの学生に呼びかけるような状態の講義では自ずと盛り上がりません。それに対して、1年は200人収容できる平面の教室です。学生の顔もよく見えますから、俄然力も入るというわけです。 やはり楽しい講義でないと、算数も好きになってくれないでしょう。算数の嫌いな教師が算数を教えても、算数好きな子はなかなか増えないでしょうから。
≪09月12日 土曜日≫
今日1日は静かに穏やかに過ごそうと思いました。来週から、後期の講義が始まりますし、妻は海外旅行に出かけるし・・。
部屋の配置換えもしようとやってみましたが、なかなかうまくいきません。一先ず、サークルの集まりを前提にしない形で、配置換えをしました。確かに、一人なら、ゆったりできるスペースがあります。
≪09月11日 金曜日≫
明治村のP清水医院のガイドをしてはいるのですが、今日初めて、清水医院の末っ子の清水正道さんの作品が無言館に展示されていることを知りました。無言館は、戦没画学生の作品が蒐集・展示されている所です。私が無言館を訪問した時はずっと前ですので、意識してみてはいませんし、清水医院のことも全く知らない時です。改めて、本で確認しました。27歳の若さで戦死しています。もっと描きたかったろうにね。
そうそう、明治村でひとつの騒動が持ち上がっています。それは、日本に1つしかないという22蒸気動車をJRが返せと言って来て、しぶしぶ明治村は承諾したらしいのです。今までは、西園寺公望の坐漁荘にしても、富岡の蒸気機関にしても、すべて拒否してきたのに、JRに対しては、名鉄は頭が上がらないということでしょうね。これ、権力・官僚の横暴ではないのですかね。1967年から40年余りの預かり料は膨大になりますよね。楽しみですね?
≪09月10日 木曜日≫
今日は、Uさんと最終調整をして、「学びの園“あしたば”へのおさそい」を印刷しました。いよいよ新しいサークル活動の船出です。ポンポン船でもいいから、沈没しないようにしたいです。でも、前途は多難でしょうね。必ず、妨害が入りますから。
≪09月09日 水曜日≫
『水戸黄門』の大ファンである私は、月曜だけでなく、昼の再放送も視ています。今は、初期の再放送ですが(ちなみに、助さん・格さんは、杉良太郎と横内正)、展開は多岐にわたり、面白いです。定番の「控え居ろう・・・・」と印籠をかざすのも、殆どありません。ところで、この時間帯のコマーシャルがねえ、年寄り向きです。「皇潤」に始まり、「黒酢」「ブルーベリー」「セサミン」「ヒアルロンサン」・・・と続々と出てきます。もうどれか試してみようかな?という気分になりますが、多すぎて、逆にどれも大したものではないのだな?とも思えてきます。3時55分から4時50分は、不思議な時間帯です。ボランティア活動のある時も、4時を目指して、帰路に着きます。
≪09月08日 火曜日≫
活動基盤を追い出された私は、「全国小学校集会」の行われる3月までは、表立っての批判めいた言動は差し控えることにするつもりでいます。つまり、妨害行動はしないつもりです。言いたいけれど、言わないでいるのはつらいことですが、それくらいは礼儀でしょうからね。
だから、つらさを忘れるようなことをしなくては、気が滅入ってしまいます。心底、教育のことを語り合おうという人の輪をつくりたいものだ。
≪09月07日 月曜日≫
退職した時点で、民間教育に関わってきた人の多くは、管理職になった人のように“天下り先”はありません。止む無く「再任用」として、自己の信念を抑えて、授業に関わることになります。不本意でも、家族や生活のためには割り切るより仕方ありません。それで、そうしたこととは別な退職後の生き方はないものか。そのモデルを創りだしてやろうという野心をもって、私の退職後の生活は始まりました。順調に、溌剌と、老け込むこともなく、3年間を過ごしてきました。 まあ、そんな様子を見て、羨ましがられ、反感を買うようになっていたのでしょうね。それに気付かなかった私は、軒先を貸して母屋をとられる事態になってしまいました。出世争いのどろどろした教育界には当たり前のことですが、手弁当のちっちゃな集まりの中にもあることを忘れていました。今までにも何度も嫌な思いを体験してきていたにも関わらず、この3年間があまりにも順調で楽しすぎたからでしょうね。官も民も人間の生き様は変わらない、他人を信用してはいけないということを改めて思い知らされました。後悔先に立たず!!!
今後に夢とロマンを求めて、「おさそいのチラシ」を作りました。活動基盤を失った私は、うまく乗りこえられるかな? 老兵を助けてやろうという心優しい人はまだまだいると信じての取り組み開始です。
≪09月05日 土曜日≫
『全国小学校集会』や『算数サークル』の企画・運営のこじれから、私は身を引くことを宣言したことについて、最後の話し合いをしました。運動論や授業論等の話には一切耳を傾けてもらえませんでした。まあ、これが数教協の教育学レベルなのでしょうか。それにしても、数教協の集会で、板倉氏を最高峰に掲げて運営するのはどんなものでしょうかね。私は、そのような運営に手を貸すことはできません。プライドが許しません。「遠山啓生誕100年、没後30年」という中で、私には納得できるはずがありません。
1971年から続けてきた「名古屋算数サークル」も休会となるようです。40年近くの間には様々な壁があり、なんとか乗りこえてきましたが、「終わり」とはなんとあっさりしたものでしょうか。さみしいです。
いやいや格好をつけて? 私から身を引くと言っていますが、実のところは、数教協から“遠山啓信奉者”の追い出しの波に押し流されたというのが正しいかもしれませんね。 政権交代の嵐は、数教協にも起こっているのです。出るはため息ばかり。老兵は去るのみ。 でも、私は、死ぬまで「夢とロマン」を求めて、筋を通して、歩み続けます。
≪09月04日 金曜日≫
明治村のボランティアの時は、“人生”について、よく語り合います。それぞれが、第一線で活躍してきた方が多く、どう老後を生きるのかを考えてみえます。とても参考になります。私などは、退職後もちょっと目立ちすぎた活動が多く、自制したほうがよいことに気付きました。知らないうちに反感をかっているのです。やはり現職時代と同じような活動スタイルはよくありません。3年過ぎてみて、やっと気がついたのです。退職したら、新たな活動スタイルを創出すること。それをしないで、順調だと思っていると、とんでもないしっぺ返しを食らうということです。これは、とても大切な教訓です。これから、退職をされる方は、ご用心!!
≪09月03日 木曜日≫
近頃、1週間ごとに くしゃみと鼻水に悩まされています。「ちょっと、医者に診てもらった方がいいんじゃないの」と言われても、医者嫌いな私は行きません。いつものように鼻炎の薬を飲んだら、睡魔に襲われます。今日も、朝から、朝寝、昼寝の繰り返し。よく眠られます。食欲もバッチリ。おかげで、体重も増えてきてしまいました。『3ねんねたろう』の気分です。
≪09月02日 水曜日≫
数教協の新委員長が『はじめての水道方式』『はじめての量の理論』という題の原稿を精力的に書いておられます。そのエネルギーには感心するのですが、その執筆のしかた・その内容にはどうも納得がいきません。『量の理論』や『水道方式』は、現場の実態に即したもの、子どもの側に立ったものです。また、遠山先生の言動に対しては、その当時の時代背景・教育状況を踏まえて読み取り、批判すべきだと思います。民間教育運動は、文部省・教委とのたたかいの中で実践を深めてきたのです。数教協も例外ではないのです。ところが、近頃は「政治運動は嫌いだ、関係ない」と、教育情勢に見向きもしない人が増えてきました。 民間教育運動も、その精神から崩れていくようです。
≪09月01日 火曜日≫
今朝の中日新聞の朝刊に、『栄中日文化センター』の講座案内チラシが入りました。私の長年の念願かなって、108講座のうちのひとつを担当します。初回は10月14日で、その後第2.4水曜日の10:00〜11:30です。詳しい内容は、中日文化センターにチラシがあるはずですが、必要ならば、私の方へ連絡ください。送ります。今からワクワクですが、心配なのは、人が集まるのかな?ということです。なにしろ、文化センターも初めての企画なのです。
そうそう講座は「大人のための算数教室」です。この企画が成功して、いろんな分野の教科が企画されるようになると、ひとつの教育運動になると思いませんか。宣伝、よろしくお願いします。
≪08月31日 月曜日≫
夏休みの最終日、いよいよ明日から2学期の始まりだ。防災訓練だ。といっても、ピントこなくなりました。9月の半ばからF大での講義が始まりますが、正式には、後期は10月からですから、少し余裕のある日々が続くかなと思っています。
ところで、昨日の選挙は予想通りの結果となりました。民主だけが大躍進、自民・公明が惨敗。あとは変わらずで、政権交代となります。民主のマニフェストには大丈夫かなと思うことがいっぱいありますが、先ずは、学力テストは11年度からと言わず即座に廃止し、教員免許更新制もすぐ止められます。すぐ何十億という税金のムダ使いがやめられるのです。そうして財源確保をしなくちゃあね。数に驕らず、国民の目線に立って政治をしてもらいたいものだ。できるかな?
≪08月30日 日曜日≫
今日は、大学時代の4回目の同窓会を奈良の飛鳥で行いました。この同窓会は退職を期に始めたのです。現職の頃の様々なしがらみを捨てて集おうという企画です。でも、まだ捨て切れなくて参加してくれない人もいます。みんな退職し、還暦を過ぎているのですから、生まれ変わればいいのにねえ。それに、今回の飛鳥地方は、40年前大学の1年生の時、「史跡旅行」でみんなで歩き回った懐かしい地です。とってもよかったです。また、いつかのんびり歩いてみたいです。ただ、帰り際になって、昼に飲んだ古代の酒?が効いてきて、アルコールに弱い私は、頭がガンガンしてきてしまいました。でも、家に着いた頃には快復し、ほっととしました。
≪08月29日 土曜日≫
明日は、久しぶりの衆議院選挙です。マスコミ報道では、民主党の圧勝のようです。小泉の公約どおり見事に“自民党をぶっこわす”ことになりそうです。それにしても、日本の選挙民はあっちへふらふら、こっちにふらふら、全く浮気ものですね。まあ、議員に骨がありませんから、選挙なんてお遊びに過ぎません。「国の将来を・・・・」なんて考えて投票する人がどれだけいるのでしょうかね。考えようによっては、とても恐ろしい国と言えます。 それも、学校教育で、きちんと民主主義を教えませんし、投票の仕方でも、「児童会は、間接選挙にするよう」強力に指導しているのですから、高まるはずはありません。だから、「18歳に選挙権を下げよう」という目論みがなされるのです。
≪08月28日 金曜日≫
全国学力テスト第3回の結果が公表されました。分析結果に大きな変化はありません。あるはずがないのです。だから、話題になるのは、各県の順位。はっきり申せば、知事が教委・現場脅迫し続けた大阪がどうなったかです。大した効果がなく、またまた口汚く罵っていましたね。こうした選挙民の受けねらいの品性のない行為は止めてもらいたいものです。教育界を混乱させるだけです。落ち着いた学びの環境をつくることが大切であることが分からないのですね。本山政雄さんのように外的条件整備に徹することです。政治屋は、内的なことに口出しをしてはいけないのです。 近頃は、そうした当たり前のルールを平然と破ることが、いかにもすばらしいことをしている思っている人が多すぎる。
≪08月27日 木曜日≫
今日は、とても爽やかに朝の犬の散歩に出かけました。それというのも、昨日、鼻炎の薬を飲んだ後、睡魔に襲われ、昼寝を3時間ほど、夕寝を2時間ほど、そして、11時前には床に着いたのです。まあ1日中寝ていた感じでした。そのおかげなのかとても爽やかなのです。さあ、がんばらなくちゃあ。
ところで、買い物に行って驚きました。テレビでも報道をしてはいましたが、卸売市場もスーパーも野菜が品薄で、値上がりしています。平常の6〜7割の入荷ではないでしょうか。スーパーも陳列棚が減らしてあります。これは、やはり農政のツケではないでしょうかね。 つくづく思いますね。子どもたちには、生きて働く学力をつけてやらないと、人間らしく生きていくことができなくなってしまいます。
≪08月25日 火曜日≫
朝、犬の散歩をしながら、子ども会のラジオ体操を見ていました。第2体操でした。学校では、第2はほとんどしませんから、子どもたちの姿は情けないものです。ところが、その最中、パタッと放送が止まり、地震情報を流しかけました。千葉の方なのにもうラジオ体操はめちゃめちゃです。さらに散歩の途中であった人も「千葉の方でたいへんなことが起きているらしい」と心配そうに語りかけてきました。ところが、あとでわかったのは『誤報』ということでした。しっかりしてほしいね。
それにしても、初めて「緊急地震情報」を生で聞きましたが、いつもラジオを聞いているわけではないからねえ。本当に起きても身構えることはできませんね。“東海大地震”の予知に何年苦しめられるのでしょうかね。苦しむだけならいいか、起きたらおしまいだ。
≪08月24日 月曜日≫
高校野球で、やっと中京大中京が優勝しました。楽勝かと思っていたら、9回2アウトからの猛攻にヒヤヒヤしました。近頃は、浅田、安藤、小塚らフィギアスケートで有名ですが、野球は名電や東邦などに押されっぱなしです。でも、私は中京を応援しているのです。それは、選手を寮に押し込めず、通学を原則としていること。さらに野球付けではなく、演劇鑑賞など心の教育を重視しているところです。 こうした方針が良いとしても勝負の世界は勝たねば評価されません。だから、勝ってほしかったのです。よかったよかった、おめでとう。
そうそう今日パスポートの更新をしました。あと10年、何回海外に行けるかな? 妻と違って、私の予定は何もありません。
≪08月23日 日曜日≫
初期のボランティアガイドの目的は「子どもたちにもわかりやすいガイドができるようになること」でした。それで、区切りがついたら、引退するつもりでしたが、今は「もうしばらく続けよう」という気持ちです。それは、ここ40年間続けてきたサークルから身を引くことにしたので、新しい出会いの場が広がるまで、ボランティア活動をして、人間修行をした方がよいと考えるからです。
そして、今 考えていることは、新しい構想のサークルの名前をどうするかということです。なかなか素敵な名前が思いつきません。書籍の貸し出し規定は「何冊でも、無期限。ただし他に借りたい人が出たときに連絡がつくように連絡先を登録」。これだけにしようと思います。私の蔵書の有効利用です。
≪08月22日 土曜日≫
ぼつぼつ9月以降の準備を始めないといけないなあと思いつつも、今ひとつ集中できません。これから、大きく変わる生活をどう楽しく意義のあるものにしていくのか、正念場です。今までのしがらみを断ち切ることは、そう簡単ではありませんからね。
精神的ストレスが溜まるのは必定です。でも、そこを乗り切って、筋を通す道を選んだのですから、以前のことはあまり振り返らないようにしようと思います。 なんだか無性に栗原先生に会いたくなってきました。
≪08月21日 金曜日≫
今日の明治村は、もの書き集団のガイドが入っていて、「実力のあるボランティアを要請する」とまであるグループのガイド役です。そのため、その作品を調べたり、作品の傾向も調べて、今日を迎えたのです。他のボランティアの人たちも注目の的。みんな「そういうグループは、渡辺さんにピッタリだよ」「扱いがうまいから」なんて無責任なことをいうのです。やはりちょっと緊張して出迎えました。でも、少し話していくにつれ、とても親しく和やかに案内でき、ほっとしました。見解の相違から、言い合いになったら、所長さんに「助けを呼ぶからね」とも連絡しておいたのです。正直、作品から受けた印象とは全然違いました。
夜、本当にしばらくぶりにナゴヤドームに野球観戦に行きました。勝ち試合でご機嫌に帰ってきました。
≪08月20日 木曜日≫
今日もHさん、Uさんと話し合いました。私が出した結論は、単なる思い付きではなく、ここ3ヶ月ほど悩み考え抜いた結論であることを理解してもらいました。あと9月にもう1度話し合う機会がありますが、結論は変わりません。長年所属してきた研究会。籍はしばらく置いたままですが、算数サークルとはおさらばです。私は、遠山理論が変節しないことを願い遠くから眺めていることになります。そして、新たな道を模索していくことになります。しんどいけれども、筋を通して一生を生き抜きたいです。
≪08月19日 水曜日≫
今日の午後は、いつもになく自衛隊機の騒音がひどいです。テレビの声も聞こえません。何か起こって緊急発進をしているのでしょうか。国民には全く知らされませんから、不気味なものです。そりゃあ、政権交代が起きる前にクーデターってことも考えられないことはありません。着々と新自由主義史観の、戦争美化の歴史教科書が東京や横浜で採択されているのですからね。あと数年で、そうした教育を受けた子達が、選挙権を行使するわけです。恐ろしいことです。
ところで、Uさんといろいろ話し合いました。互いに夢とロマンを求めて生きていくのが正しいよねとなぐさめ合いました。
≪08月18日 火曜日≫
退職後始めたボランティアガイドの活動は、3年間のつもりで、小中学生用のガイドのあり方を追究するのがねらいでした。
でも今は、少し意味合いが違ってきました。社会教育としての位置づけです。今日も大学生・中学生・小学生と楽しく語り合うことができました。学校での担任として子どもたちと語るのとは全くちがいます。こういう世界に身をおきたいものです。夢とロマンのない世界とは断絶していかなくては、折角の余生が楽しくありません。自己犠牲をしてまで、やることはお断りです。
≪08月17日 月曜日≫
パスポートが今月の25日できれるので、更新に行きました。更新なので、手続きは簡単でした。ただ、区役所でもらった説明書には「返信用の葉書」を準備するように書いてあったので、持っていったら「今年の2月から必要でなくなりました」と言われました。つまり、50円損をしたわけです。「必要なし」の連絡は、役所にもきているでしょうから、書類を渡すとき、添え書きくらいしておくのが、住民サービスというものでしょうに。相変わらず、公務員はたるんでいますね。
※※※私の今後の活動スタイルについての宣言文が届いたようです。ちょっとだけ波紋もありましたが、こんなものかな?という感じ。喧嘩別れではあるけれど、喧嘩別れの形にしたくない。そのための、最善の方法を模索しているのです。
≪08月16日 日曜日≫
一日にひとつずつ確実にやりきるようにしていこうと考えました。そこで、昨日は、私の今後の活動スタイル(生き方)についての宣言文を何人かの人に郵送しました。今日は、頑張って、12月出版予定の書籍の初版ゲラの校正を仕上げました。“一日、1実行”をモットーに努力していこうと思います。 近頃、すぐ眠くなるし、2〜3日おきくらいに、くしゃみと鼻水に襲われています。これが、つらい。きっと、どこか可笑しくなっているのですね。
≪08月13日 木曜日≫
お盆です。我が家は、禅宗なので、結構こまかな形式があるようです。ところが、私は、妻にまかせっきりなので、さっぱり分かりません。お墓に行きます。迎え火を焚きます。毎膳のややこしい調理のことは知りません。これでは、天国へは行けません。そうなのです。リトルのネパール寺院にある「六道輪廻図」のガイドがうまくできません。同じボランティアガイドのFさんが「渡辺さん、これは道徳教育の格好の題材になる。ちゃんと子どもたちに解説してやってね」と、ずうっとプレシャーをかけるのです。仏教文化・仏教芸術をもっと研究しないとねえ。つらいです。
そう、午前中に妹が二人の子どもを連れて来ました。妹のガンはかなり進行しているようです。午後から、二男夫婦が孫を連れてきました。お盆中は、孫中心の生活になります。
≪08月12日 水曜日≫
Hさんから「何故だ!」というTELがありましたが、初稿ゲラの校正に時間を使いました。
ただ、私の所属している数教協が内部崩壊しつつあるような気がして、東京のIさんにTELしました。それにしても『数学教室』の論文には驚きました。30年近く前に、「タマゴパック」方式を振りかざして、数教協潰しに奔走していた方の論とそっくりな内容が、機関誌『数学教室』に載っているのです。いくら自由な発言が保障されていると言っても、納得ができません。正直、今までの実践がバカにされているようなものです。“遠山啓生誕100年、没後30年”という掛け声は、遠山理論を抹殺しようというキャンペーンらしい?????
≪08月11日 火曜日≫
毎日の生活の中で、退職後、週2日をボランティア活動に当ててきました。これは、生活リズムを作る上でも、健康保持の上でも、人生観を広げる上でも、最高の取り組みです。人との触れ合いがあります。教育界とは全く異なるシステムの中で働くことはとても意味があります。人間のおもしろさを体感できるのです。
ただ、近頃は、なんでもボランティアという傾向があり、ボランティアが低賃金労働に押し込める役割を担っているような面があることを忘れてはいけません。見事にボランティアの趣旨を歪めている例がいくつもあるのです。ですから、日本の国民性はボランティア活動なんて根付かない国民性だと感じています。
それでも、退職後のボランティア活動は、お薦めです。
≪08月10日 月曜日≫
「民教連」というのは、運動体です。もし、運動体としての機能をなくしたら、それは、趣味のサークルです。子どもの側に立った実践はできません。子どもの側かどうかは関係なくなりります。今、数教協は、その岐路にあるようです。
かつて、私が、「愛知の民教連運動」から、「あいち民研運動」に足場を変えたときとは、教育状況は違いますが、もう1度、足元を固めなおして、ラストランにしたいと考えました。
ひとつの構想は、1971年から参加してきた“算数サークル”から引退して、“総合サークル=教師塾=教育道場”を立ち上げることです。うまくいくかどうかはわかりませんが、挑戦したいと思います。
≪08月01日 土曜日≫
8月になりました。民間教育研究運動の一番華やかな時期です。でも、今年は・・・・・。
この「教育日記」も、1週間か10日ほどお休みします。 どんな私になって再び登場することになるのでしょうかね。もう私は、ブレません。
≪07月31日 金曜日≫
もう7月も終わりです。でも未だに梅雨明けとはならず、不安定な日々が続いています。私の心と同じです。
いよいよ来週からは全国大会です。きっと楽しいことは何もなく、虚しさだけが残る大会となることでしょう。また大会後に、嫌味たっぷりに感想・意見を述べて幕引きです。政治だけでなく、教育界も狂ってるよ。
≪07月30日 木曜日≫
今日は、大学の前期の最終講義日でした。つまり、学生さんはテスト週間なのです。そして、やっと夏休みとなるのです。
まあ、前期を振り返ってみると、やはりマンネリ化の感は免れません。毎回、少しずつ編成を変えているのですが、毎回、納得のいかない講義日が数回出てしまう。次回は、こうしようかと変えると、また他に影響してくる。その繰り返しなのです。じれったい話ですが、それもなくなってくるということは、講義がマニュアル化して、つまらなくなるのは必定です。悩みつつやった方が新鮮で楽しい講義になるかな?
≪07月29日 水曜日≫
今日は、ノーベル賞の益川さんの妹さんと少し長話をしました。私の結婚式(会員制)の実行委員をしてもらった間柄ですが、それほど話したことはなかったのです。7月22日の朝日にも載っていましたが、とってもユニークで、楽しかったです。裏話というのは、もやもやした気分を吹き飛ばしてくれますね。まあ、私の秘密としてしまっておきましょう。ウフフフフ・・・。
≪07月28日 火曜日≫
まあ、あの世へ行ってから、遠山先生に合わせる顔がなくなるようなことはしない。そう心に誓っています。『AMIの目』で「“量の理論”を御旗に、学校に、地域に、家庭に、飛び出せ!」と叫んだのに、今や数教協では無反応。さみしい限りです。年金制度の崩壊よりも、早く組織が崩壊するのではないかと気になります。そんなことに手を貸すつもりはありません。今更、手を汚すことはしません。
≪07月27日 月曜日≫
久しぶりにUさんが来ました。いつもは聞き役になることが多いのですが、私の今後のことについて聞いてくれました。Uさんは、国語専攻で、斉藤喜博研究をしています。話がよく合うのです。今後のことについても賛同してくれました。まあ、私も、退職時点でさっぱりさせればよかったのですが、少し引っ張りすぎました。新たなサークルづくりがうまくいくかどうかは全くわかりません。むしろ困難さの方が大きいでしょうが、気楽に気長に取り組んでいくことにします。
≪07月26日 日曜日≫
この1週間、ず〜っと考えてきましたが、「悔いを残さない活動・行動に徹しよう」ということについて、結論(今後の具体的行動)を決めました。これで、すっきりします。
≪07月25日 土曜日≫
ひょっとして、今日は結婚記念日でなかったかな? 1972年のことですから、もう37年も経つのですね。実は、急に思い出したのです。新婚旅行は、返還されたばかりの沖縄でした。歴教協の沖縄大会にレポートを持っての旅行でした。確か、愛知の仲間は、私が新婚旅行を兼ねていることを知らずに、愛知代表だからと多額のカンパをしてくれました。今思うと、いくらお金がなかったとしても、やっぱり辞退しておくべきだったと思いますね。その後、35年間ほど歴教協の会員ではあったけれど、活動らしい活動は何もしていないものね。恩返しはできていません。
これからは、悔いを残さない活動・行動に徹しようと思います。
≪07月24日 金曜日≫
今日明治村に行ったら、建築ボランティアのFさんが「渡辺さん、元気ないよ!」といきなり言われてしまいました。Fさんは、本当に穏やかで、聡明な方です。以前は、どんな仕事をしておられたのかは知りませんが、Fさんと話ができるととても幸せ気分になります。将来、あんなふうになりたい。私の目標です。
Fさんは、リトルでもボランティアガイドを始められました。是非、会いにきて下さい。紹介しますよ。
≪07月23日 木曜日≫
もやもや気分なので、気分転換の意味を込めて、県美術館の『アーツ&クラフツ展』に出かけた。ただ、「う〜ん」とうなってみていただけです。まあ、インテリアデザインの類がいろいろ展示されていましたが、初期から現代になるにつれて、つまりは豊かになるにつれて、庶民生活から遊離していくように感じました。それが、芸術?なのかは知りませんが、金持ちの贅沢品とおぼしきものが多くなるのです。でも、それは、貧乏人の僻みでしょう。そんな品々が持てるようにしっかり働けばよいのでしょうね。もはや、遅いから、鑑賞して、心だけは豊かになりませんとね。
実は、今回出かけたのも、妻が、私の様子を見て、誘い出したのです。また、来月には野球観戦にも行くようにチケットに手配もしているのです。 心の中がみすかれていますね。
≪07月22日 水曜日≫
伝統をもった研究集会はいろいろある。そうした集会への参加者が頭打ちになっているのは、どの会も同じである。だからといって、参加者を増やすために、その会の伝統というものを抹殺しようというのはいかがなものであろうか。変えたいのであれば、新しく会を立ち上げればよいのだ。軒先を借りて母屋を乗っ取るような行為は慎みたいものである。私からすれば、人間性の欠如した行為であって、教育界ではあってはならないこと。つまり、乗っ取り行為をする者に、教育を語る資格はないのです。伝統ある集会は、遺産が輝きをなくし、集会への参加者も減れば、静かに会を閉じればよいのだ。決して、伝統を否定するような過ちを犯してはならない。乗っ取りではなく、生み出すエネルギーを持たねば、会は発展しないし、研究活動も進まない。
≪07月21日 火曜日≫
「全国小学校集会」については、私は匙を投げています。ただ、形としては、東海地区が引き受けるということですから、地区委員長である私の責任範囲ということになるのでしょうかね。ですから、今度の全国大会の折に「今のままの案でどうぞ」と東海地区に返されたときには、「委員長を辞任する」のが一番よいと考えます。 運動論的にも、授業論の立場からも、数教協活動から手を引くということです。“老兵は去るのみ”ということですね。まあ、仕方ないでしょう。
≪07月20日 月曜日≫
算数サークルの7月例会をしました。また新しい方が参加してくれてうれしかったのですが、全国小学校集会をどうするかで時間をとられて、きっとつまらなかったであろうと思うのです。やっぱり総合サークルを立ち上げたいです。そのほうが、私の蔵書や資料も生かされるというものです。今のままでは、私が死ねば、ゴミとして処分されてしまいます。それよりも、若い人たちに少しでも還元できるようにしたいのです。時間的にも それほど余裕があるとは思えませんからね。
≪07月19日 日曜日≫
昨日は、孫の通う保育園で「夏祭り」がもようされたので、午後東名を走りました。1000円のためでしょう、あちこち渋滞していてイライラしました。事故も多発しているようです。まあ、2年間の限定ではなく、安くするなら全車種行う。そうできないなら、早急に割安を止めるべきだと思います。限定での付けは、すべて国民にかかってくるのですから、“不公平感”という大きな代償だけが残るのは明らかだからです。見通しのない施策に、振り回されるような国民にはなりたくありません。
≪07月16日 木曜日≫
大学の前期の講義も14回目で、来週は補講日でお休み、再来週にテスト?なるものをして終了です。ただ、この週末は、教員採用試験があるので、4年の学生さんはピリピリ。「緊張すると、力が出ないから、もっとリラックス。自分ができないときは、他の人もできないと思えばいいさ」と変な激励を飛ばしていました。
≪07月15日 水曜日≫
梅雨明け宣言はないのに、猛暑がやってきました。朝の犬の散歩も30分ほど早めました。犬小屋のまわりはよしずで囲みました。昼間は外の犬も夜は室内です。暑いので、1時間ほどエアコンをかけ、あとは扇風機です。人間様は、扇風機でガマンしようと努力します。我が家ではお犬様の方がえらいのです。でも、犬はそんなことは感じているはずもありませんけどね。
≪07月14日 火曜日≫
まだ確認してありませんが、私にも定額給付金が振り込まれたという葉書が届きました。でも、国民保険料の増額分の5分の1にもなりません。さみしい話です。
さて、最近隔週みたいになっているリトルのボランティアに行きました。もうすぐ夏休みというのに、修学旅行の小学生が来ます。芦屋市の子たちです。そう、あの新型インフルエンザのため、余儀なく延期になっていたのです。この暑いのにかわいそうな気もしますが、今晩は長良川の鵜飼見物だそうです。先生たち、粋な計らいをしますね。いや、大人が見たかったのかな?
≪07月13日 月曜日≫
昨晩から都議選でマスコミは話題沸騰。自民党 大敗北! もう自民党は公明党の言いなりでしょう。公明党のポスター「生活を守り抜く」が受け入れられたということですか? 今の状態が生活を守っている状態ですか。 納得がいきませんけどね。
ところで、「自民 敗北!」というより「共産党 惨敗!」ではないですかね。「オール与党対共産党」等と相も変らぬことをぶち上げているから、浮動票をさっぱりつかめない。幹部は、庶民の心をつかんでいないのでは・・・・・・。だから、「政権交代選挙」に簡単に吹き飛ばされてしまうのです。国政になれば、もっと「政権交代」の言葉が飛び交いますよね。・・・・。 まあ、これ以上は書きません。
≪07月12日 日曜日≫
ちょっとゆとりがでてきたためか、グーグー寝てばかりです。野球を見ていてもグーグー。脳みそが固まったみたいです。でも、やっぱりTVを見ていてもグーグー。眠り病になったみたいです。
≪07月11日 土曜日≫
そう言えば、定額給付金ってどうなったのでしょうか。名古屋市は、目茶遅れていると報じてはいるが、何の音沙汰もない。
市の職員はちゃんと仕事をしているのでしょうか。麻生が退陣したら、「もう止め、打ち切りです」なんてことはないでしょうね。もらえるものはもらっておかなくては、税金も払えません。
≪07月10日 金曜日≫
全国大会の講座をどのようにするかを熟慮しなくてはいけません。なんだか眠くなるような中身になりそうでね。まあ、講座ですから、過去の数教協の実績を踏まえなくてはいけません。分科会と混同したような講座がありますが、そうならないようにしなくてはね。さてさて、どうしますか。
≪07月09日 木曜日≫
大学からいい気分で帰ってきたら、「国民保険の納入書」が送られてきていました。それが、なんと「129240円払え」というものです。すでに全額払ってありますから、保険料が129240円高くなったということです。昨年度は、年金にほんのちょっと講師料が増えただけです。全く納得がいきません。 ますます政府与党が憎らしくなってきました。韓国の大統領が全財産を寄付したように、日本も総理大臣になったら、財産を寄付するように条例化したらどうでしょうか。そうすれば、パッパパッパと平気で金をばらまく政治家もいなくなることでしょう。まあ名古屋市の議員もいい加減です。一般職員の給料を減らす幅よりも少ししか減らさないのです。ふざけた話です。市長の給料を800万円する条例だけを可決する。どんな顔をして議場に座っているのでしょうかね。腐りきっていますね。
≪07月08日 水曜日≫
昨日は、リトルが休館でしたので、2日間家にじっとしています。雨模様で、犬の散歩もままならず、完全に運動不足です。つまり、私の健康は、朝夕の犬の散歩と週2回のボランティア活動に依拠しているのです。ですから、このペースがくずれるとちょっと問題です。なにしろ、我が家の犬は、しつけの訓練がしてありませんから、散歩といっても、力仕事なのです。今なんて、汗をかくほどです。でも、犬のえさ代だけで少なくても月1万円はかかりますが、スポーツジムに通う代と思えば、安上がりです。これからも、続けていかないといけませんね。
≪07月07日 火曜日≫
今日は、七夕さまで、年に1度会える日です。でも、私にとっては、父とのお別れの日。今日は父の命日です。あれは、私が高校2年の期末試験の済んだ日の夜でした(S37)。夕食を終え、のんびりテレビを見ていた後、「お風呂に入ったら」と寝転がっていた父を揺り動かしたら、冷たくなっていたのです。いわゆる「ポックリ病」というやつです。あれから、もう46年も経ちますが、父の実家に知らせに真っ暗な中を自転車を走らせた時のことなど鮮明に覚えています。
私の7月7日は、父との「思い出」に会う日です。
≪07月06日 月曜日≫
どうやら中日文化センターでの講座が成立しそうになってきました。 もちろん、受講したい人がいなければ成立しませんがね。こうした講座は、夢でした。もう20年以上前になるでしょうか。朝日文化センターで企画されたのですが、現職であった私は、平日に毎週出講することなどできませんから、ポシャってしまったのです。とても残念でした。あの時からの夢なのです。
講座の内容も楽しいものにしたいと思います。楽しくなくては、学ぶ価値が出てきません。
≪07月05日 日曜日≫
学生さんが「教委の『教師塾』に応募しよう」と言う。「就職に有利であるから」というのが理由である。その『教師塾』は、お墨付きの予備校であり、物言わぬ教師を作り出すための施策のなせるものです。学生さんには「応募してみればいいさ。合格したら、どんなことをするのか、教えてね」と言っておいた。
今、私の夢は、ボランティアで、若い教師向けの“総合サークル”を立ち上げることです。民間の「教師塾」です。民間サークルの総力を上げて、取り組むべきだと考えているのですが、なかなか乗ってくる人はいない。まあ民間サークル自体が骨抜き状態になっている時には、遠声にしかならないけど、そういう思考回路さえする人も皆無なのですかね。 惨めな気持ちになります。
≪07月04日 土曜日≫
前期も終わりに近づき、まとめをしないといけません。「講義の感想文」やら「レジュメ」を整頓したりしました。また、後期の構想も考え始めることにしました。大学の講義にしても もう6年目です。マンネリ化は否めません。新鮮さを売り物にしたいと思っているのに、ネタがいつも同じではねえ。ただ、展開をいろいろ変えているのですが、もうひとつスカッとしないのです。試行錯誤なのです。ぼちぼち安定させたいのですけどね。 まあ、苦労しつつやっていた方が、緊張感があってよいかもしれません。
≪07月02日 木曜日≫
もう7月です。今月から、3年前の退職時のスケジュールに戻ったら、急に生活がゆったりしたものになりました。手持ちぶさにさえ感じますが、毎日がギスギスと過ごすのは、年金生活者にはふさわしくありません。それにしても、1時間の授業を成立させるための教材研究が いかにたいへんであるかを改めて思い知ったのです。お粗末なことでした。
でも、2〜3ヶ月後には、新たな取り組みを始めることになりそうです。貧乏暇なしというやつです。
≪06月30日 火曜日≫
リトルでは、見学の1番目の石垣島の館に、毎日ボランティアを置き、学校団体へのサービスを4月から試験的に行ってきましたが、6月末で試験期間は終わりました。結果は“成果なし”。“ボランティアからの評判をよくない”ということで、常駐は止めになりました。折角の試みだったのにねえ。まあ、学校側がいい加減な手抜きの取り組みをしていることもありますが、ボランティアも、適切な指示が出せていないのではないかと思うのです。学年や学齢を無視したようなガイドは、子どもたちは聞きたくありません。知識の伝授ではなく、比較から何を見抜くかが重要なのです。そのヒントを授けることこそ、ボランティアの使命だと思うのです。
≪06月29日 月曜日≫
今日は、庭の枝打ちをしました。さっぱり手入れをしないものですから、草木は伸び放題。草木には自然のままでしあわせでしょうが、隣の家の屋根に枝がかかってきてはねえ。以前からやらなければと思いつつも・・・・。やっと腰をあげたのです。
隣家にかかっている枝は情け容赦なくバッサリと切り落としました。月桂樹は一番若い枝でしたが、切りました。45リットルのゴミ袋が8つできました。午後もかたづけをしていたら、お天道様が「もう止めた方がいいよ」と雨を降らせてくれました。助かりました。もう何ヶ月もやらねばと思っていたことができて、ホッとしました。
≪06月28日 日曜日≫
本当に久しぶりに“志談塾”へ出かけました。現役を退いた方が殆どの学習会ですが、その知的レベルはとても高い学習会です。実のところ、私はついていけません。知的刺激を受けに出かけているのです。
さて、この日は「北朝鮮と拉致問題を考える」と「メディアリテラシーとしての読書指導」の2本がメインでしたが、他にも次々報告がなされます。そして、討論がバンバンなされるのです。「うへ〜、そんなこと知らなかった」「初耳だ」「そんな本、読んでいないよ」ということの連続です。本当に皆さん、よく本を読んで見えます。活字離れなんてことは、わたし一人です。70代になっても、このように知的好奇心旺盛でありたいものです。 考えてみると、特異な集まりかもしれませんが、私もなんとか新たなサークルを起こしたいと思っています。
≪06月27日 土曜日≫
大垣の“数楽のひろば”に出かけました。年1〜2回の連続講座の形をとっています。今回は「分数」ということでしたが、積み重ねるとどうしても、見えるもの(学力)を示したくなる。しかし、1回の講座で見えるものを示そうとすると、だんだんやる側は苦しくなってきます。楽しいゲームの計画も吹っ飛んで、押し付けがましくなってくるのです。だから、次回は「ゲーム特集にしようか」などと話しました。
“数楽のひろば”は、算数って面白いなあと感じてもらえればよいのですが、それが、何回も積み上げてきた時、つい、それだけでいいのかな? と思ってしまうのです。習熟や定着を目指しても、所詮無理だと割り切ればよいのですが、私はこだわってしまうのです。「渡辺さんは、カリキュラム論をやりたいのでしょ」と言われたことがあります。無意識のうちに陥っているのかもしれません。
週1回の“数楽のひろば”を6月で打ち切ったのも、ここらの問題と大いに関わるのです。もっと年金生活者の取り組むことは、気楽に楽しく取り組めるようにしないといけないということ。第1線から1歩控えたところに活動の場を求めるのが正解ということではないかと考えるのです。
≪06月26日 金曜日≫
現場教師に対する批判を書きます。まあ、わからないでもないですが、そうだから、世間から批判されるのですよという話。
5年前の教え子たちが校外学習で明治村に来てくれました。何人かの子にも出会い、よい思い出ができて、楽しかったです。でもね、中1になっているのですが、この子たち、小6の2月にも明治村に来ているのです。わずか4ヶ月前のことです。
ところが、今回は事前指導もなされていないようで、「しおり」もなく、グループで行動しているだけ。小学校の時と異なることは、私服であること・お小遣いを持っていることでしょうか。出会った子には「建物ガイドに行くと、小学校の時には見れなかった所が見られるよ」と話したりしましたが、高いお金を払っているのに見合うだけの学習ができたのでしょうか。ちなみに、10人の先生が引率してきているはずですが、さっぱり出会いませんでした。確かに、この子たちは問題を起こす心配などない子たちですが、明治村に放り込んで、集合時間まで雲隠れのようでは、ちょっとねえ。 つまらぬ批判を受けないように、教師は襟を正さないとね。
≪06月25日 木曜日≫
いつもの火・水の活動を休止にしたので、なんだかととも久しぶりに外気と接するような気分で、大学に向かいました。もう暑いので、いつものスーツ姿ではなく、楽な服装で出かけました。大学もエアコンが効いていて、快適でした。大学も独立法人になった関係か、6月でもエアコンが入るようになりました。以前は、7月にならないと、入りませんでしたし、夜間の時は、午後9時ピッタリにエアコンも止まっていましたが、そこらは「必要に応じて」ということになったようです。こうしたことは、国でもやってほしいものです。 杓子定規な政策、現実とずれた政策・・・。公務員として、現場に居た時も、ずれているなあと感じていましたが、昨今の政治は、ひどすぎます。呆れてしまいます。
≪06月24日 水曜日≫
最近は、いろんな方のブログを覗くことが多い。本当に、自己の見解をしっかり書いてあるのを見るにつけ、時間を有効に使っているねと感心しています。私は、「ブログにしたら?」という忠告を無視して、相変わらず“教育日記”を書くことにしていますが、中身が薄くなるばかり???。 まあ、「私は、元気にしていますよ」というメッセージを発信している程度のことになっています。 そう、いつも見ているブログに全然書き込みがなくなると、「どうかしたのかな?」と心配になるのも事実です。
≪06月23日 火曜日≫
今日は、リトルのボランティアガイドもお休みにして、一気に原稿を仕上げました。そして、締め切り1週間前だけど、サッサと原稿を送りました。まあ、修正や校正もあるでしょうけど、スッとしました。本当に出版してくれるかな。楽しみです。
さあ、次の出前は、土曜日の大垣市です。参加者数もわかりました。ひと工夫しなくてはいけません。夢とロマンを求めて、頑張らなくちゃあ。
≪06月22日 月曜日≫
退職後3年間、他人が羨むほど順調に来た私の老後生活。ちと頓挫です。また、初心に帰って、練り直し。健康の方は、健康診断を受けていないから、分からないけど、特別悪くもなさそうですから、しばらく1〜2ヶ月充電して、新たな方策を考えましょうか。次の期間は、70歳まで、いや 秋には、日本も政権交代が起きるとすると、世の中 不安定要素も多くなり、少し長いかな? 3〜4年間ぐらいが適当かな? いずれにしても、先ずは健康。そして、生きがい・働きがいをもって過ごさなくては楽しくないですからね。
≪06月21日 日曜日≫
水曜日の『数楽のひろば』の一件から気が晴れません。今後のことについては、決めたのにね。そこで、久しぶりにリトルワールドカレッジに出かけました。「韓国の文化・暮らしについて」の話でした。陳大哲さんの話には、とても夢とロマンがありました。誠実な感じの人でした。教え子の金敏珠ちゃんを思い出しました。 私の大学の講義も近頃ロマンがなくなりつつあるので、とても参考になりました。
※何とはなしに、今渡北小のHPを見たら、先週 リトルに来て、私のガイドを聞いている子どもたちが載っていました。
私、やっぱりあまりかっこよくないですね。
≪06月20日 土曜日≫
屋久島が2011年度から「世界遺産を守るため」に入山制限を実施するという。いよいよそういう時代になってきたのです。世界遺産に登録されれば、観光客がわんさと押しかける。それをねらって、登録運動をするのであるが、人は遺産を守ろう、環境を守ろうという意識などないのが現実です。みんな自己中心です。まあ、これは教育の成果?と言うことになるのでしょうかね。リトルワールドでガイドをしていても、そう感じ、少しでも文化や環境に対する眼が変わらないものかとガイドをするのですが、なかなか・・・。しつこすぎると、嫌われるだけです。
もっと身近では、犬の散歩に出かけても、糞のあとしまつをしない飼い主は減りません。飼い犬にはいくらでもお金をつぎ込みますが、あとかたづけはしないのです。それが、ニッポンなのです。
※そうそう2年前、マチュピチュでも“入場制限”の話を聞きました。
≪06月19日 金曜日≫
昨日、「臓器移植法改正」がすんなりA案に決まった。あまりのすんなりさに驚いた。それは、その前日、国会審議の様子を映し出している場面をニュースで見た。提案説明をしているのに、いねむり議員の多いこと。呆れました。目をつむって聞くのが国会のルールなのでしょうか。そうした議員の投じた票で、人の命が決められるなんてねえ。徴兵制と同じです。 なにしろ、「A案から採決をとると、後のほうのD案が有利になる」とか「内容が十分把握できなくて、棄権する議員が大量に出る恐れがある」「脳死=死となると、死体には健康保険は効かないから、脳死状態の人は、えらいことになる」とか、いろいろ解説していました。いずれにしても、審議がされ尽くしていないのに、大丈夫かとの声が多かったのです。それなのに、あっさりと・・。国会議員って、いい加減ですね。度が過ぎます。
≪06月18日 木曜日≫
今日のクローズアップ現代は「10歳の壁」でした。「なぜ、日本の子どもたちは、考える力が弱いのか」「なぜ、考えようともしないで白紙が多いのか」。「その解決策は?」というものであった。佐藤学のまとめも納得のいくものであった。
その中で、「百マス計算」は、考える力とは無縁のスキルであることを指摘していた。9年前とえらい違いである。
それは、S59・60年頃、NHKの『お母さんの勉強室』で、岸本氏の「百マス計算」を大阪の星野さんが批判をし、全国に広がりかけていた流れをストップさせた。それを、H12.10.31のクローズアップ現代で、陰山氏の「百マス」をとりあげたら、全国的に広がったのだ。NHKが火付け役なのです。そのNHKが「百マス」に疑問を投げかけたのですから、それはそれは意味があると思います。
ただ、今の私の心境は、佐藤学の語ったことをすでに“数楽のひろば”でも実践しているのですが、子どもたちから拒否反応なのです。学者さんの理論をどう具体化し、定着させていくかは難しいことなのです。 だから、現場は、安易な「百マス」で、場を繕おうとするのです。 大阪の橋下が全府下に「百マス」を強要したのも、そんなレベルの話です。
≪06月17日 水曜日≫
昨日と変わり、またまたプチッと切れてしまいました。“数楽のひろば”での出来事です。10ヶ月前とは違って、Hさんに任せて、サッサと帰ってきました。存続の危機ですが、Hさんは後を引き受けてくれそうもありません。私は、郵政の西川社長のように座にしがみつくつもりはサラサラありません。身を引いた方が楽になれると思うのですが、年度の途中で後釜もなく辞めては責任もあるしねえ。 でも、今のまま 引きずっても、私の夢とロマンが実を結ぶ可能性は、現状では低いしね。 強行実施したものの、解決の落としどころが難しい。出るは ため息ばかりなり・・・・・。
≪06月16日 火曜日≫
今日のI小学校は、なかなか真面目でした。聞けば、「大規模校なので、厳しく決まりを守らせている」とのこと。ある面では、よくあるパターンではあるけれど、案外 こうした外へ出かけると気が緩み、勝手な行動をとる子が居るものです。それは、もう5月に学内史跡めぐり(8km)を実施して、体験済みだそうです。子どもたちの集団性は着実に高まっているのですから、成果はでているのです。11月に延期になった修学旅行では奈良でグループ活動をするそうですが、大丈夫でしょう。以前の私の勤務校のように、京都でもできると思いましたね。久しぶりに、よい子どもたちに出会い、スキッとしました。
≪06月15日 月曜日≫
土曜の夜から、久しぶりに長男が帰っていました。もう36になるのですが、身を固めようという気はさっぱりないらしく、親としては心配です。本当に、長男を一人前にしてやろうと骨を折ってくれる女性が出現してくれないかなあと願っているのです。
「俺は、父親を見習っている」と嘯いているのです。まあ、そんな奇特なしっかりした女性はなかなかいません。「あ、あの人が嫁になってくれるといいなあ」と思っても、「いやです」と言われそうで、声もかけられない私です。
≪06月14日 日曜日≫
今また、私の手元には、多額の市民税・県民税がきています。年金生活者にどうしてこのように多額の税をかけてくるのでしょうか。そうして、庶民から略奪した税をでたらめに平気で使う政治家・役人は許せません。「生活を守る○○党」などと嘘っぱちに騙されない知恵くらいは身に付けたいものです。 本当に、次々とできもしないようなことを国会で強行に決めているのは、国民のためではなく、策略です。つまり、政権が交代した時、実行不可能なことを決めておけば、次の政権は不履行となり、政権能力がないと攻撃できるわけです。攻撃材料をできるかぎり作っておこうというのが、今の政権与党の薄汚い戦略なのです。 こんなことのために税金は払いたくないですね。
≪06月13日 土曜日≫
今日は、少し朝寝坊をしていたら、サイレンがウーウーとやかましくなっています。野次馬で外へ出ると、近所の人たちもみんな出ていました。まさに近所付き合いだと感じましたね。サイレンはレスキュー隊の出動でした。特殊車が続々と来ました。
レスキュー隊の出動を要請した家の方がびっくり。今回は、ほんのちょっとした事故でしたから。まあ、名古屋市の一番外れのすみっこにある地域にもすぐ来てくれることはよくわかりましたが、もっとたいへんな災害時には、“川向こう”と下げ荒まれている私の地域は、きっと救助も後回しでしょう。高額の市民税の見返りの薄い地域なのです。
≪06月12日 金曜日≫
政治の世界は混沌としていますが、日本を破滅に導く恐れのある法案は続々と通されています。ドサクサに紛れて、どこまで借金を増やすのでしょうか。それが、国民の生活を守ることでしょうかね。政治家の奴らの顔や声を聞くだけでも嫌悪感があります。そしてまた、総務大臣の辞任。彼の弁では、正義の通らない内閣ということです。ただ、ここでも小泉の亡霊におののいている自民党の姿があるのです。社民は民主と連立するという。政界再編は起きそうな雰囲気になってきましたね。その次にくるのは、いよいよ憲法改正ですか。
≪06月11日 木曜日≫
ぼつぼつ次の仕事に手をつけないといけませんが、今日はホッと一息という状態で、午前中 整理に時間を費やし、午後は大学に行きました。その次というのは、「分数」の公開授業です。多分、低学年から高学年の子までの幅広い参加者ですから、どこに視点を置くのか苦慮しますが、いろいろ学び、考えることも多く、収穫もあるので、やりがいはあります。先ずは全体の構想から考えなくては・・・・・・。
≪06月10日 水曜日≫
午前中、原稿書きが思いの他進んで、午後 ご機嫌な気分で“数楽のひろば”へ出かけました。妻からは「近頃、よく怒っているようだから、糖分をとって出かけなさい」なんて言われています。でも、やっぱりブスッとなりました。厳しくやろうと決意しています。だって、大学の講義よりもうるさくて集中できてないんですからね。「うるさい」のは全員ではなく、そのために迷惑を被っている子もいます。「おもしろ教室」は、勝手なことをするところではないですからね。3年生としての自覚を持たせないといけませんね。教室経営の問題です。
≪06月09日 火曜日≫
まだ腰が重くて仕方ないのですが、原稿書きを頑張りました。ちょっぴり進みました。先が見えてきた感じもします。まあ、これを最後に原稿書きは止めようと思うのです。いつまでも、現役を退いた者ががんばっているようでは若い人が伸びません。
若い人の活躍の場を奪うことになってはいけませんからね。年寄りは、前線を退き、うしろでがんばればよいのです。又は、今までとは違った分野で、立場で、新たな歩みを選んだ方がいいかなと思っているのです。
≪06月08日 月曜日≫
「疲れだけが残った集会」のためか、今朝から腰の調子が思わしくない。腰をかがめて、まさに年寄り。情けない姿です。だから、集中して取り組めません。まあ、こういう日は無理をせず、だらだらと過ごすのが一番。
ところで、明日のボランティアはお休みにしました。それは、ボランティアの数が多いようなので、リトルも無駄な経費はかけない方がいいだろうと、私から「休み」を申し出たのです。つまり、最近 ボランティアの志願者が増えているのです。結構なことなのですが、どうやら再雇用の状況が悪く、職につけない人が増えている。それで、家でぶらぶらしているよりも、少しでも社会のお役に立とうと応募する人が増えているのではないかと思うのです。ボランティアの数が増えれば、ガイドの質が向上するわけではありませんが、「善し」としておきましょうか。
≪06月07日 日曜日≫
6・7日と、地区協「研究大会」がありました。私は地区委員長として、責任をとり、辞任するべきではないかと考えています。それは、大会を催すに当たって、すべてお任せにしていました。大会案内・宣伝・研究内容、さらには大会の主旨。でも、やりもしないでいうのはちと問題ではあるのですが、取り組みがとても甘く、大会の参加者もがっかりするほど少なかったです。まあ、これが12月に行う「研究会議」ならば、「まあまあまあ」と言えるかもしれませんが、地区大会というのは、研究成果を多くの人に知ってもらうための集会です。運動的側面の強い集会のはずです。 であれば、新しく参加する人を増やすにはどうしたらよいかという策がなくては・・・・。開催時期・開催場所・集会の意図・内容について、参加したくなるような方策は何もなかったのです。そんな形で進めたことの責任は委員長にあるということです。 途中辞任を模索していきたいと思います。
まあ、全国小学校集会を引き受けてきたとの話もあるけれど、何の根回しもなく、できるわけがない。疲れだけが残った集会でした。
≪06月05日 金曜日≫
今日は雨。野外施設である明治村にとっては、雨は大敵です。ところが、埼玉の中学生が修学旅行できていました。
なぜか。 そうです。新型インフルエンザの余波です。聞けば、金沢・高山・京都が予定コースのようですが、行き先変更で京都が明治村になったのだそうです。京都と明治村ではねえ。がっくりだったでしょうね。まあ、修学旅行が中止になるよりはいいかな。 ニュースでもやっていましたが、京都の打撃は想像以上のようですね。
≪06月04日 木曜日≫
今日は、天安門事件の日でした。20年も前のことです。そして、この『知的生活をするための教育日記』を書き始めたのも20年前のことでした。この『教育日記』の方が、天安門事件より少し早いので、中国の民主化運動を意識していたということはありませんが、職場の民主化を意識し、何かをやりださねばと考えての行動であったのは事実です。
私は、1985年に「日教組を脱退」していましたし、1986年から「法則化批判」を展開しました。この前後は、日本の戦後民主教育の大きな曲がり角でした。あれから20年ですか、早いものです。 今の私は、充実しています。
≪06月03日 水曜日≫
“数楽のひろば”がありました。もう学校では終わってしまったらしいのですが、「等分除」についてやりました。すんなり進むかと思いきや、手間取りました。まだ不十分な理解のままの子がいたということです。九九もパッパとは出てこないようです。もう少し、習熟の取り組みが必要です。じゃあ、すぐできてしまう子はどうかというと、等分除の意味はつかめていません。でも、無頓着で、「どうして、学校でやらないことをしなくてなならないの?」という感じ。だんだんイライラしてきましたが、じ〜っと我慢しました。もう3年目の付き合いなのですが、まだ、「量」の大切さがしみこんでいないのですね。
≪06月02日 火曜日≫
本日、リトルのボランティアに出向くと、なんと火曜日のボランティアの人数が過剰になっているのです。3年前、私は人員が一番不足しているので火曜日に固定したのですが、状況は変わってきているのですね。そこで、過剰な日は、私は引き下がる。つまり、その日はお休みとすることにしました。 リトルの学芸の方は言い出せなくて困っているだろうと思うのです。平日の火曜日は、来館者の一番少ない日です。ボランティアだけが過剰であるというのは異常ですからね。
≪06月01日 月曜日≫
6月の予定表をみると、驚くほど日程が詰っています。退職してから、だんだん忙しくなるとは思っても見なかったことですが、喜んでいいのでしょうね。体調もほどほどですし、動けるうち 邪魔者扱いされずに動けたら幸せなことです。ただ、「退職者はあまり前面に出るべからず」という教えは踏み外さないようにと心に決めています。
さて、今日は、昨日から孫が来ていて、かなりペースが乱れてしまいましたが、孫に嫌われないように努力したつもりです。それは、「おじいちゃん、遊んでくれない」と孫が嘆いているという声を耳にしたこともありますしね。つらいところですが、もう“家族中心”に行動しなくてはいけませんものね。
--------------------------------------------------------------------------------------
過去のページへ
2009年前半
2008年
2007年後半
2007年前半
2006年後半
2006年前半