仕える
参照:神権,奉仕

地上における主の業に携わること。神の選ばれた僕は、神の業に仕えるために、神から召されなければならない。心から仕える者たちが主の御心を行うとき、彼らはその公式の務めにあって主を代表し、主の代理人として行動することになる(教義64:29)。そのようにして、人類の救いに必要な働きをするのである。主は聖徒たちを完全な者とし、奉仕の業を行わせるために、使徒、預言者、伝道者、大祭司、七十人、長老、監督、祭司、教師、執事を立てられた(1コリ12:12-28;エペ4:11-16;教義20;107章)。

  • 主が彼を選び出して、主の名によって立って仕えさせられる(申命18:5)。
  • 人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり(マタ20:26-28)。
  • わたしがあなたに現れたのは、これを伝える務に、あなたを任じるためである(使徒26:16-18)。
  • あなたがたがかつて聖徒に仕え、今もなお仕えて、御名のために示してくれた愛(ヘブ6:10)。
  • 奉仕する者は、神から賜わる力による者にふさわしく奉仕すべきである(1ペテ4:10-11)。
  • 彼らは互いに教え、互いに仕え合った(3ニフ26:19)。
  • 十二使徒は、福音の教導者を聖任しなければならない(教義107:39-40)。
  • これらの七十人は巡回教導者となる(教義107:93-97)。
  • 長老たちは教会の常任教導者となるために聖任されている(教義124:137)。


    仕える天使
    参照:天使

    月の栄え
    参照:栄光の階級

    最後の裁きの後に人々が住む3つの栄えの階級で2番目のもの。

  • パウロは月の輝きにたとえられる月の栄光を見た(1コリ15:40-41)。
  • ジョセフ・スミスとシドニー・リグドンは月の栄えの世界の栄光を見た(教義76:71-80)。
  • 月の栄えの世界の栄光は、星の栄えの世界の栄光に勝っている(教義76:91)。
  • 月の栄えの王国の律法に従えない者は、月の栄えの栄光に堪えられない(教義88:23,30,38)。


    慎み
    参照:謙遜

    謙虚で節度ある上品な行いや外見。慎み深い人は、度を越した行為や見せかけの行動をしない。

  • 神は皮の着物を作って、アダムとエバに着せられた(創世3:21[モセ4:27])。
  • 女はつつましい身なりをし、適度に慎み深く身を飾るべきであって(1テモ2:9)。
  • 慎み深く、純潔で、家事に努め(テト2:5)。
  • 自分の衣服が高価なことで強情になって高ぶり(ヤコ2:13)。
  • あなたの衣服はすべて簡素であるようにしなさい(教義42:40)。
  • わたしたちは、純潔、徳高くあるべきことを信じる(箇条1:13)。


    つぶやき
    参照:背く

    神の目的や計画、また神の僕に対して不平や不満を言うこと。

  • 民はモーセにつぶやいて言った(出エ15:23-16:3)。
  • ユダヤ人らは、イエスについてつぶやき始めた(ヨハ6:41)。
  • レーマンとレムエルは多くのことでつぶやいた(1ニフ2:11-12[1ニフ3:31;17:17])。
  • あなたは見ていないもののことでつぶやいてはならない(教義25:4)。



    参照:家族,結婚

    つまずく;つまずかせる
    参照:(なし)

    神の律法を破ること。罪を犯すこと。人を苦しめたり、傷つけたりすること。人を不愉快にしたり、いらだたせたりすること。

  • もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい(マタ5:29)。
  • わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、海の深みに沈められる方が、その人の益になる(マタ18:6[教義121:19-22])。
  • 多くの人がつまずき、また互いに裏切り、憎み合う(ジ-マタ1:8)。



    参照:忌まわしい行い,汚れ,邪悪,背く,不義,不信心

    神の戒めに故意に従わないこと。

  • その罪を隠す者は栄えることがない(箴言28:13)。
  • あなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなる(イザ1:18)。
  • 罪人は死に、義人は救われる(エゼ18章)。
  • 神の小羊は世の罪を取り除く(ヨハ1:29)。
  • バプテスマを受け、あなたの罪を洗い落としなさい(使徒22:16)。罪の支払う報酬は死である(ロマ6:23)。
  • 人が、なすべき善を知りながら行わなければ、それは彼にとって罪である(新ヤコ4:17)。
  • わたしが罪の兆しに震えおののくようにしてください(2ニフ4:31)。罪を抱いたまま死ぬ者は皆、災いである(2ニフ9:38)。
  • 罪を見て忌み嫌うのを禁じることができなかった(アル13:12)。
  • 罪から幸福へ回復されると思ってはならない(アル41:9-10)。
  • 主はほんのわずかでも、罪を見過ごしにされることはない(アル45:16[教義1:31])。
  • 幼い子供たちは、罪を犯すことができない(モロ8:8)。
  • 悔い改めるには、罪を告白して捨てなければならない(教義58:42-43)。
  • 赦さない者の中にはもっと大きな罪が残る(教義64:9)。
  • いっそう大いなる光に対して罪を犯す者は、いっそう大きな罪の宣告を受ける(教義82:3)。
  • 罪を犯す者には以前の罪が戻る(教義82:7)。
  • わたしたちが自分の罪を覆い隠そうとするとき、天は退き去る(教義121:37)。


    罪がない
    参照:(なし)

    責められるべき点がないこと。

  • 堕落前のアダムとエバは、罪のない状態にあった(2ニフ2:23)。
  • 罪のない者の血は彼らを責める証拠となり(アル14:11)。
  • 人の霊は皆、初めに罪がなかった(教義93:38)。
  • 罪のない者が正しくない者とともに罪に定められることのないため(教義104:7)。
  • ジョセフ・スミスとハイラム・スミスには何の罪もなかった(教義135:6-7)。
  • 子供は世の初めから罪がない(モセ6:54)。


    罪の宣告
    参照:最後の裁き,裁き

    罪に対して裁決を下すこと、あるいは神によって罪ありとされること。

  • 悪い計りごとを設ける人は主に罰せられる(箴言12:2)。
  • それは、この世と共に罪に定められないために、主の懲らしめを受けることなのである(1コリ11:32)。
  • わたしたちの言葉、行い、思いはわたしたちを罪に定める(アル12:14)。
  • これらの事柄を知っていて行わないので、罪の宣告を受けることになり(ヒラ14:19)。
  • 働くことをやめれば、わたしたちは罪の宣告を受けるに違いない(モロ9:6)。
  • 自分の兄弟の過ちを赦さない者は、主の前に罪があるとされる(教義64:9)。
  • いっそう大いなる光に対して罪を犯す者は、いっそう大きな罪の宣告を受ける(教義82:3)。
  • 彼らが悔い改めて、『モルモン書』を思い起こすまで、全教会は依然としてこの罪の宣告の下にある(教義84:54-57)。


    罪の赦し
    参照:イエス・キリスト,悔い改め,贖罪,赦し

    悔い改めを条件に過ちが赦されること。罪の赦しは、イエス・キリストの贖罪によって可能になる。キリストを信じる信仰を持ち、罪を悔い改め、またバプテスマの儀式と、聖霊の賜物を受けるための按手の儀式を受け、神の戒めに従う人は、罪の赦しを得る(箇条1:3,4)。

  • あなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなる(イザ1:16-18)。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの血である(マタ26:28[ヘブ9:22-28;教義27:2])。
  • 悔い改めなさい。そして、罪のゆるしを得るために、バプテスマを受けなさい(使徒2:38[ルカ3:3;教義107:20])。
  • イエスを信じる者は、罪のゆるしが受けられる(使徒10:43[モサ3:13])。
  • キリストは、わたしたちが罪の赦しを求めることのできる源である(2ニフ25:26)。
  • 罪の赦しを保つには、貧しい人や乏しい人に助けを与えなければならない(モサ4:11-12,26)。
  • 悔い改める者はだれであろうと、憐れみを受け、罪の赦しを得る権利を持つ(アル12:34)。
  • 戒めを守ることは罪の赦しを生じ(モロ8:25)。アロンの神権は罪の赦しのために水に沈めるバプテスマの鍵を持つ(教義13:1[教義84:64,74;箇条1:4])。
  • 自分の罪を悔い改めた者は赦され(教義58:42-43[エゼ18:21-22])。
  • これらの者は、罪の赦しのための身代わりのバプテスマについて教えを受けた(教義138:33)。