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河川や海岸部の土地を利用したり、
再開発ビルと軌道を融合させ同時施工したりと、
都市鉄道としての新たな整備方法を積極的に
考案し試行したのも姫路市営モノレールの大きな特徴。
実際には建設されなかった区間でも、
これらの整備方法から考えていけば、
構想ルートが見えてくる、かな。
 

 姫路駅の東を見た図。建設当時でも決定事項ではなかった「姫路本駅」が、どうやらここに構想されていたようですが、真偽のほどは不明。
 ここに駅を作って、在来線駅と新幹線駅の間に拡がる新市街を取り囲む単線ループ、そして北東・北西方面の郊外路線を構想していたのだろうか。
 大将軍駅西方から船場川上流を望んだ構図。昔は高瀬舟を用いて飾磨港と城下を結ぶ姫路の物流幹線だった河川だ。
 しかしここも劣化が進んだ住宅や店舗が多く、それらの近代化も含めたモノレール構想を考えていたのかと勘ぐってしまう。
 船場東ビルから船場川・道路船場線を望む構図。川沿いに構想されていたと言われるモノレールと、その軌道を載せられる構造と言われる船場ビル群(西側の一部)、延伸ルートは名古山方面と野里方面、さてどういうルートが考えられていたのか。

船場ビル(船場地区市街地改造事業)についてはこちら●
 船場川はここから姫路城内堀と並行に北上し、野里方面へと遡れます。しかし城の北側より上流部は川幅も狭くなり用水路的な様相を示しますので、野里ルートとして河川敷を活用するのは難しそうです。この発想は都心環状線の一部や南進ルートで考えられていたものと思われる。
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