BOOK BOOK こんにちは  2003.8月

我々はもしかして東京でいちばん読書量の多いバンドなのでは?

このコーナーは、3人の精鋭が日々読んだ本の感想を書いていくものです。

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       アオウ        コマツ       スヤマ

★8月25日(月)更新★★★★★★★★★★

高校野球を見に大阪に出かけた。「今度新幹線に乗る時はぜひこれを」とかねてから思っていた通り『新幹線殺人事件』(森村誠一)を携えて。タレント事務所のマネージャーがガラガラのグリーン車で刺し殺される。どうも時刻表トリックと、芸能界ストーリーが分裂しすぎで内容はいまいちだったな。でも、著者の「有象無象のタレント」を見下しきった態度がそこここに顔を出すのを楽しみ、共感しながら読んだりした。

そして、待ってました! 『故郷』(パヴェーゼ 岩波文庫)。宿で読み、球場にて試合と試合の間に読み、阪神電車の中で読み、読了。いい。1行目の「門からぼくにつきまとってきた。」というフレーズに、やられる。ガツーン。ばたっ。主人公は、同じ日に刑務所から釈放になった男とともに、そいつの故郷に帰ることになる。仕事の手がいると男がしつこく誘うためである。出される食事はたいしてうまくもないが、あるものを食うのみである。ほかにすることはない。その男の家族を見渡せば1人はまあまあ美しい女がいるが、やっぱり馬鹿であった。夜は夜としてひたすらに暗く、田舎はどこまでも田舎でみすぼらしく土くさい。その当たり前の空気感に魅了される。

『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ)5巻を発売日に、大阪の書店で買う。これも、そろそろ終了間近かな? こういう群像劇は続けようと思えばいくらでも続くのだろうけど、「もっと読みたい」と思うくらいのとこでスパッと終わらせてほしい気持ちである。

『そうそう そうなんだよ』(山川静夫・岩波現代文庫)伝説のアナウンサー和田信賢の評伝。ノンフィクションとしてすごく出来がいいとは言いかねるが、著者の「誰も書かないなら自分が書くしかない」という気持ちは伝わってくる。

『邪魔』(奥田英朗・講談社)拾った本。何か月もの間、風呂本として活躍したためもうフニャフニャです。こういうの、犯罪小説っていうの? 追われる側だけでなく、追う側にもある「心の闇」や「後ろ暗さ」を書くことが狙い? そんでそこが評価されてる? 私には安手のテレビ用サスペンスドラマ…という読後感しか残らなかったが。

『たまもの』(神蔵美子・筑摩書房)ようやく読みましたよ。どうも、感想らしい感想が浮かんでこないな。というのも、ほれ、私はそもそも「ヒトの恋愛話」に感想を持てないタチだからしょうがないか。しかし、2人の男の間で揺れ動く「著者」目線ではなく、いつも男サイドの目線で読んでしまう。坪内祐三も末井昭もカワイイ男だねー!

『奪還』(蓮池透・新潮社)最近、めっきり報道が少なくなりましたね、拉致問題。

★8月18日(月)更新★★★★★★★★★★

家内制小出版◎ポポタムが新創刊した雑誌『harappa 01』に原稿を書かせていただきました。「お引っ越し」「ごめん」などの作者ひこ・田中さんの講演を中心に構成されている「男の子×女の子」という特集の一環で、「私が女子になれなかったとき」というテーマでエッセイを書きました…まったくぴったりのお題をふられたものです。この雑誌を作っているポポタムのお二方はは何を隠そう10年以上前、我々が「水中、それは苦しい」と初めて出会った『木下大マーケット』を主催していた偉大なる元締めなのである。相変わらず、精力的にやっておりますなあ。くわしくは、以下のURLをご参照ください。

http://popotame.m78.com/

『インプロヴィゼーション』(デレク・ベイリー 工作舎)。ながらく、インプロヴィゼーションは私にとって禁断の領域であった。そろそろ、それについてちゃんと考えなければなるまいと思っていた矢先、音楽美学講座の授業で本書を紹介された。これは、名高いインプロギタリストである著者がジャズ、ロック、インド音楽、バロック音楽などなどのインプロ奏者にインタビューをし、その本質に迫ろうと試みたものである。ゆっくり読み進み中です。去年ごろより「情熱を形にする技術」ということについて考えていたのだが、その答えに一歩近づけるだろうか。

マンガ報告。『剛球少女』の4巻がどこにいってもないので困っております。 あとひさびさに少女マンガで良かったのが『キス、絶好、キス』(藤原よしこ 小学館)。進展ののろさ具合が昔っぽくて胸キュンするヅラ〜。これが売れてるっちゅうんだから少女マンガ業界も捨てたもんじゃないね。水野純子の短篇集1996〜2002『ファイヤーワークス』(イースト・プレス)。水野純子は全部好きというわけではないんだけど、部分的にヒットするところがあって。これには気に入ってる短編が収録されてるので即買い。これでようやく『アワーズ・ガール』(とっくに廃刊)のバックナンバー捨てられるよ。素晴らしかったのが『スキマスキ』(宇仁田ゆみ 小学館)。隙間を除くのが好きな男と、隙間を除くのが好きな女の恋。アングルもこってて、こりゃあ現代のマンガ界において最高レベルの作品です!心ある人は読むべし。

文庫マンガブームはあいかわらずだが…目を疑うものが発売されていた。『ビバ・バレーボール』(井出ちかえ ぶんか社)。全3巻。3巻は9月発売。くるとこまで来たなあ。『サインはV』(週刊フレンド)や『アタックナンバー1』(週刊マーガレット)に対抗して、りぼんで連載されたバレーボールマンガなのですが……見事にこれだけ後世に残らなかったね。アタックを受けて失明しそうになったり、確か後のほうでは打つと背骨を折るアタックとかが出てきたはず。しかし、こういうマンガを読む時に「オモロ」「トンデモ」「カルト」扱いで読むのは邪道です。やっぱり超本気で読むべきだと思います。私は主人公が落ちこんだ時、何かと「バカバカ、智恵のバカ!」と繰り返すとこが好きです。3巻が楽しみ。

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』(大泉実成 講談社文庫)交通事故にあった10歳の少年がエホバの証人信者であり、両親が輸血拒否をしたことから命を落としたという事件、有名ですよね? 少年時代に信者であった経歴を持つ著者は、その少年に深く思い入れ、自らエホバに接近。取材者ではなく、一般人としてその中に身を投じていく…というスタイルのドキュメント。事件の周辺についてはよくわかりおもしろかったが、このヒトのウットリしがちな文体にはどうも抵抗あるなあ。

『墜落!からの生還』(マルコム・マクファーソン ヴィレッジブックス)。墜落事故から生還した人の証言、ボイスレコーダーに残った機長らの会話により、事故の発生〜墜落、救助活動にいたるまでをリアルに再現する試み。いい企画です。スゴイ。一番衝撃的だったのは、天井に穴があいて雲や青空が見えてた…というエピソード。データでは、1人が空に投げ出されて死亡したということになっている。あなおそろし(洒落のつもりじゃなかったが…)。

『トリカブト殺人疑惑』(山下泰生 世界文化社)。これまた懐かしい事件です。自称・経営コンサルタントという男性がたった5年の間に3人の妻を次々に似たような発作症状で亡くし、莫大な保険金を手にしていたという保険金殺人事件。しかし、3人めの時は保険加入18日後に死んじゃうんだものなあ…あやしいよ、そりゃ。

『思い出のマーニー』上下(ジョーン・ロビンソン 岩波少年文庫)。『トムは真夜中の庭で』が好きな人は、まちがいなく気にいるでしょう。

『ジェニーの肖像』(ロバート・ネイサン 偕成社文庫)。『マーニー』を読んだ後、「幻想の少女」つながりで読みたくなって。詩的な訳文が美しい。訳は山室静です。

★8月11日(月)更新★★★★★★★★★★

『もういちど走り出そう』(川島誠・角川文庫)読了。まあまあ。本が増える一方なので、「まあまあ」レベルの本は即刻売っぱらうことにしてるのだが、これは「まあまあ」でも上の部類、「もう1回読んでみたいかも」レベルに属するので、しばし置いとくことにする。

『崩れる』(貫井徳郎・集英社文庫)本棚でこの本を発見し、とても驚いた。わりと新しい本なんだけど、買った覚えがまるでなかったからである。でも、私が買ったんだよなあ、うちにあるってことは。短編集。まあまあの下。というわけで、部屋のかたすみの「処分する本コーナー」へ速やかに移動した。たぶん、この人長編はもっとおもしろい本を書いてるんじゃないかな?

『悪い種子が芽ばえる時』(B・M・ギル 扶桑社ミステリー)美少女が幼児のころから殺人を繰り返すという内容にひかれて読み始めたが、いまひとつ煮え切らない内容にガッカリ。着実に死人は出るが、盛り上がらず。思わせぶりなわりには、悪じゃないのよねー。

今週は本を借りっぱなしだったK図書館に行き、こそこそと本を返した。仕事の資料本を少々と、ミステリマガジンの7月号、吉行淳之介のエッセイ集『雑踏の中で』を借りた。

ひさびさに漫画喫茶に行った。本来マンガを読む目的ではなく、雑誌でネタ拾いをするつもりだったのだが、行ってみたらやっぱりマンガを読んでしまった。『東京エイティーズ』(スピリッツで連載してる?)っての読んでみたけど、そんなにおもしろくはなかった。あとマンガ雑誌各誌を適当に見てたんだけど、『少女コミック』のあまりのエロさに驚愕しました。前からやらしい路線ではあったけど、さらに暴走してる。うっかりすると、青年マンガ誌なんかよりもずっと下品です。それも「オヤジっぽいエロさ」!「いやがっても、ここはこんなに…」とか、そういう感じです。うへえ〜。やっぱし女ってどこかマゾなのか。

そうそう、『生徒諸君!』の続編が始まるらしいね。予告を見ました。「教師編」とありました。生徒がなんかの事件の容疑者になったりして…しかしナッキーは「私は何があっても、生徒を信じます!」とか熱血こく…そんな内容なんかな。雑誌は『BE LOVE』だったかな? 一応チェックしようと思う。

『グズ病が完全に治る本』(三笠書房)。副題は「『言い訳』の生活から『スグやる』生活へ!」。オビには「気がつくと『やるべきこと』が山になっているあなたへ特効薬!」とある。この手の本、生まれて初めて買いました。たぶん、こーいう本に書いてあるようなことは、わかりきったようなことが多い。と、知ってはいる。しかし、それでもこの本を買ったのはズバリ、自分を罰し、辱め、深い反省をうながすためなのである。「おまえごときにはこういう本がお似合いなんだよ!これでも読んどれ!」ってな勢いで。自分に恥をかかすためしっかり表紙を上にし、この1冊だけをレジに持っていく私。仕事の資料ぶって「領収書ください」と言ったりもしない。「カバーかけますか?」と聞かれても「いりません!」。そして、電車の中で『グズ病が完全に治る本』というタイトルを衆目にさらしながら、読むのだった。これが、グズ人間に対する罰である。アハハハハ!(ヤケクソ)

★8月4日(月)更新★★★★★★★★★★

『だれが君を殺したのか』(I・コルシュノウ 岩波書店)ひさびさに再読。主人公の少年が友人クリストフの死の理由をあれこれと考えるのだが、死んだ友をヘンに美化しないところがいい。すがすがしい。心に冷たい質感がポトリと落ちる感じ。10gほどのバターのかたまりが、胃の中に落ちた感じ。繊細で力強くも現実的。コルシュノウの本をもっと読みたくなって探したが、家には他にないみたいだった。あれ?

『君も雛罌粟われも雛罌粟』上下巻(渡辺淳一 文春文庫)与謝野鉄幹・晶子の評伝。情報量は多くて、「ほお、すごくたくさんの資料を調べたのですね(秘書か編集者が?)」とほめてあげたいところだけど、なんかまとまり悪い。あるエピソードと、それに連なるエピソードを並べてつなげてある、という印象で。これだけ長いにもかかわらず「波」を感じさせてくれない。与謝野晶子の評伝では、『千すじの黒髪』(田辺聖子 文春文庫)のほうがおもしろかった。タイプがあまりに違うので比べて語るべきものでないかもしれないが、こちらは著者の想い・解釈の上にひとつの評伝世界が成り立っており、読みごたえを感じた。『晶子曼陀羅』(佐藤春夫 講談社文芸文庫)はまだ読みかけ。これはあらかじめ「小説」と宣言して発表されたもので、そのココロは「登場するのは実在の人物だけど、想像で書いてるから事実と違っても知らないよ〜」ということらしい。もちろんおもしろきゃなんでもいいのさ!

『平面いぬ。』(乙一 集英社文庫)短編集。期待通りよかったわーん。表題作は、女子高生がナゾの中国人に彫ってもらった刺青の犬が勝手に動き出す…という話。これだけ聞くと、なんだか安いような気がするでしょ? 私も最初はそう思ったけど、どっこい素敵なお話でした。乙一、いいねー。石田衣良が直木賞とったんなら(村山由佳は無視)、次は絶対乙一もとると見た。きっと一年以内にとるであろう、と予言しておこう。

『黒いハンカチ』(小沼丹 創元推理文庫)ふうーん。かの小沼丹に、こんなミステリ短編集があったとは。昨今ちまたにあふれる「身の周りの小さなナゾを解く素人探偵もの」のほとんどには食指を動かさぬ私だが(無闇にマンガっぽくてクサくて軽いのが多い)、これは嫌味なくて良かった。じょーひん。さっすがー。

『緑は危険』(クリスチアナ・ブランド ハヤカワミステリ文庫)の再版に喜んだと思ったら、今度はブランドの代表作『はなれわざ』が文庫化。わーい! ずっと手に入らなかったので待ってたよ。

最近、川島誠をぞくぞく角川が文庫化しているが、『もういちど走り出そう』も出ました。こりゃ、まだまだ出るかな? しかし、珍しく読み進まない。現在半分くらいでストップしております。みなさん、どう?

あと、科学コラム集『カメレオンは大海を渡る』(橋元淳一郎 ハヤカワ文庫)をパラパラ読んでます。遺伝子とかナノテクとか、そーいう話題です。私のくせになぜ科学? と疑問を覚えつつも。

吉祥寺にミステリ小説専門の書店がこっそりオープンしました。その名も「TRICK+TRAP」。マンションの一室で、それほど広くはないんだけどけっこう本がぎっしりと。書斎みたいな感じのお店です。

 http://www3.to/trick-trap

 

★8月25日(月)更新★★★★★★★★★★

いつもと同じでアレコレ、ペラペラめくってるワケだが、ハッキリ読んだと言えるのは、アオウに借りた『グズ病が完全に治る本』(S・ロバーツ 三笠書房)である。とにかく綿密にメモを取りながら読んだのだからマチガイないのである。で、一体オレはどんな種類のグズ病か(笑)、というと「多忙らしく見えるが、その実は、達成しやすい活動に没頭しており、もっと大切な仕事に取り組んでいない」型なのであった。他にも「自分にレッテルを貼り」がちで、「問題はもっと複雑である」という自動的な思考が頭の中に埋まっているようなのである。ムカついたので、ガンバる事にする!

仕事場の同僚に貸す本を、部屋の中で探してるが見つからない。彼女はごく素朴な20のカワイイ女の子なのだが、話してたらびっくりするような事を言ったのだ。「わたしはごく最近いねむり運転をして、家の近所の電信柱を折った。さいわいケガはなかったが、車はダメになり、家族はさっそく新車を買った」

この話のどの部分に人はグッとくるのかオレには判らないが、少なくともオレは「電信柱を折った」という部分にものすごく惹かれたのである。はっきり言ってリスペクト!しかも「根本からポッキリ」らしいのである。スゲー!オレには出来ねー。いかにクルマの力を借りたとはいえ、オレにはムリだ。オレは物事を簡単に諦めたりしないヘビのようにネチネチとした男なのだが、いま断言しよう!オレは生涯けして電信柱を折る事はない!・・・いまちょっと放心してしまった。いや、しかし実はそれでもほんの少しだけまだ、その可能性を考えているオレがいる事も合わせて告白しよう。しかし、いかにオレが世間的にムダな事(オレはそう思ってない!)やあり得ないこと(オレはそう思ってない!)を好むとはいえ、わざわざ電信柱を折る根拠も動機もあまりに稀薄なのだ。だから、たぶん、かなりトーンが落ちてしまうのだが、実際には折らないだろうなあ(嘆息)。とてつもなくいま淋しい。「あきらめ」とか「敗北」とか人が呼ぶのはきっとこういう感情なんだろうなあ。

「ずいぶん電柱代、金とられたでしょう?」

「たぶん親が払ったと思うけど知りません」

オレには親に払わす気概も甲斐性もない。wショック!この人の運転する車の助手席に乗って、真っ白くまぶしい海をめざすことを一瞬夢見た。

 

貸してあげようと思った本はギマールの「わかれ路」である。全てのドライバー必読の最高のファンタジーです。機会があったら読みなさい。オレはがんばるよ。部屋に埋もれてる文庫本一冊探すことが出来ないようじゃ、もうおしまいだからさ。

★8月18日(月)更新★★★★★★★★★★

お盆です。お晩です。帰省の為の深夜バスチケットを取りそこねたので、東京におりました。オレの東京ライフもン10年を超えるワケで、しかし一度も盆と正月を過ごしたことがなかったのです。今回はじめてなのよ!ただただダラダラと暮らしました。かつて我々の曲で「東京・ストライク・バックなんとか」というのがありましたが、アオウは曲中で「お盆の東京はすいてて気持ちいい」と歌っておりました。本当だった!ビックリしたー!ふと気づくと,マジそうだった!!

オレは阿佐ヶ谷に好ましい喫茶店をいくつか発見し、嬉しかったのです。外は雨。家の近所から離れずサ店ライフ。とくれば文庫をめくって、ときそうなものですが別にとりたてて何も読まなかったのです。もっとスライムゲルナメクジー状に溶けて妄想の海に浸っていたのですねー。ヨシヨシ。

一冊だけハイスピで駆け抜けたのは、ドイツロック音楽の本。カン、ファウスト、クラフトワークの事が書いてあったよ。て言うか、それはただ今日読んでたから覚えているだけの事。もうホントぜんぜん記憶無くて困っちゃうんだよねー。オレの身の回りの人間には「オレ昨日何してた?」と尋ねられた経験のある人が多いハズ(笑)。たしかにちょっと腹立たしいよねー(笑)。スゴいメモるんだけどさー、全部どっかいっちゃうのよ。あ、町田康のエッセイをパラッと。たぶん新しめなヤツ。あんま面白くなくてやめたと思う。オレもっと小説書いてるのかと思ってたら、ほとんどエッセイばっかで、これまたビックリ。昔、音楽誌かなんかに連載してたのは、たまたま読んで笑ったから、たぶん面白かったんだろうけど。ネタがつきたのかね。素な感じがフツーにまずしい感じでキツかったなー。

★8月11日(月)更新★★★★★★★★★★

えーと、なにがあったか全くおもいだせない!(笑)。読んだ本は・・・んー、確か、林望の書いた「書斎術」とかナントカってのを読んだのだ。オレはついに、というかやっと、というかパソ導入しようと思いたったので、何かそれに関する情報が欲しい、と思ったのだ。他には・・・んーと、ヤバいね(笑)。なんか木曜以前の記憶が完全にないのである(素)。そう!そうそう、たぶん「プロレス対柔道」とかいうタイトルの本も読んだのだ。東スポが出してる本だったな。あとは・・・・「殺人鬼」!綾辻行人のスプラッターなのだ。かつて読んだことあるんだけど、寝苦しくて睡眠導入剤がわりにパラパラめくってみたっけ・・・。あ、コレ続き読もうっと!スゲー面白いよ!男女数人のグループが、伝説の殺人鬼が棲む山に登ってヒドイ目に遭う、という話だねー。オレ、こういう極限状態モノって結構好きでさー。「バトルロワイアル」とかもさー、「オレ絶対生き残る自信ある!」とか出してる出版社の人に言って「スゴイ自信ですねー」とかアキレられちゃったりしてさー(笑)。小説じゃないけどさ、「CUBE」とかさ、そのシチュエーションもう望むところ、って感じなんだよね。「羆嵐」はゴメンだけど(笑)。これはヤバイよー。吉村昭ね。あー「殺人鬼。」はやく出ないかなー。新刊で買っちゃうかもなー。あー、あとスチルネルの「唯一者とその所有」を読めそうなのだ。かつて読んだような気もするが、そうでないかもしれないのでちょっと楽しみ。家の中をキレイにしたいのだ。現在はなんか・・・あ、サミー・ディビス・ジュニアの伝記もナナメ読んだったのだ。もうこの辺で・・・。「殺人鬼」読みます。あー、あとアオウが読んでるグズ病の本借りるのだー!

★8月4日(月)更新★★★★★★★★★★

このコーナーは7月中休んでいたのだが、精神衛生の上では、まったくその方がよいのである。休みの間に読んでいたのは車谷長吉のエッセイと村上春樹「海辺のカフカ」団鬼六「アナコンダ」泉大八「団地妻」サミュエル・フラー「バトルロイアル」等だった。べつに感想はないのだ。

「団鬼六、東海林太郎をうたう」という未聴のCDをオレは持っているのだが、ある時ある人に「東海林太郎も団鬼六も好きだけど一緒にするのはどうかなあ」と言われた。そうかもなー。

オレは蛙の鳴き声が大好きで、今年の夏こそ録音に行こうと思っている。オレが聴いたうちで良かったのは、善福寺公園。ただ、もう何年も前なので、今はダメになってるかもしれない。日野にもかつていい場所はあった。しかし近くを国道が走っているせいでトラックの走る音が時折入ってしまうのだ。これも昔の話だ。仕事場に安孫子(字が違うかも)から通ってる人がいて、そこでは今でも蛙の大合唱が聴けるそうだ。いいよなー。アメイセイソウ、という言葉があったと思うが、アメイはたぶん蛙が鳴く、の意。セイソウはなんだろう?

蝉が鳴く、か?騒がしい、というそれだけの事なのか?よく知らないのだ。変換してもムダだろうが、やってみる。アメイセイ荘、アパートの名前になってしまった。もしかしたらそんな言葉はないかもしれない。どうでもいいのだ。

雨の日に武蔵野市の北部やかつての保谷、田無あたりにいけば、蛙の声が聴けるかも知れない、と今思いついた。

★8月25日(月)更新★★★★★★★★★★

石川忠司氏の『孔子の哲学 「仁」とは何か』(河出書房新社)を読んだ。ひさしぶ りにこの人の本を読み通して、「分かってるヤツの書くことばは、やはり効くな・・ ・」と、遠方の友人が良いシゴトをやっているウワサを聞きつけて嬉しくなるような 気分にひたった(まあ、この人のこと、ちょっと知ってて、ライヴにも来てもらったことあるんだけど)。

この本で読み解かれている「仁」は、高潔さ、力強さ、磊落さなどとはいっさい無縁のところにある。ニンゲンは苦しみ・嫉妬・煩悶などにのたうちまわるけれども、そうした苦しみ・嫉妬・煩悶などを突き抜けて達観しないようにするために全力を動員する、そこにこそ「仁」はあると、石川くんは言うのだ。えっ、ふつう、賢者は達観し、悟りの境地に至り付くものではないのか?引用します :「こうして孔子および彼の門下生は、もっともらしい「解答」=「真実」をもって自らの迷い=混乱を誤魔化そうとせず、まさに「あるがままに」春秋時代の大地を、すべてにおいて紊れきった時代の底を逞しく、ブルージーにローリングしていく。・ ・・『論語』一冊を厳密に「孔門のブルース」と呼ぶことに、ぼくは何のためらいも感じない。」石川くんは果たして「カッコわるいことはなんてカッコいいんだろう」と言おうとしてるんだろうか。たぶんそんなことはない。でも、ホントの弱者は自らの「運命」を厳然と肯定し、「オレって、とにかくスゲー。スゲーとしか言いようがない」と叫んで山野を駆けめぐるツァラトゥストラの方であり、オイラたち人間の「情けなさ」や「みっともなさ」を直視してる孔子の方が、直視できないニーチェ的 「超人」なんかより断然ツヨイ、と石川くんが語るとき、自分自身のカッコ悪さを最近イヤというほど思い知らされてるわしなんかは、読んでてほとんど落涙しそうになるよ。

自分以外の者に悔恨や羨望を抱かず、すべてはオノレの選んだ道として全肯定するニーチェ的「あるがまま」VS肯定も否定もせずに自分のダメさ加減から逃げも隠れもせず、嫉妬や悔恨にむしろどっぷり浸ろうとする石川くん的「あるがまま」。こんな風に二項対立に図式化したってどうにもなりはしないんだけど、わし自身は20代後半までの超ゴーマン野郎だったころはアットー的にニーチェ側の人間だったなあ、ということがこの図式をたてると視えてくるよ。で、40代前半である今は?と いうと、どうしても石川くん側に行ってしまうのだ。いかに自分が悔恨と嫉妬と「あがき」に満ちてて、「威厳」みたいなものからホトホト見放されてるのかが分かって きてしまったからねえ。ああ。こんな風に書いていたら、ニーチェがツァラトゥストラと一緒に岩山の上でわしを呼んでるじゃないか。「お前は負けたのだ。お前は道徳にひざまづいた弱者だ。かつて、あれほど「仮面」「虚構」こそ人間の本当のすがただ、と断言してはばからなかったお前ではないか」そこでわしは哲人たちに背を向け て、山を下り始めるのだ。「いいんです、もう。あなたのコトバで自分をいくら鼓舞したって、自分はこんなにみっともない、ということを見つけてしまったんですから。ぼくは同い年で足立区民の石川くんのところに出かけます。探さないでください」One more cup of coffee before I go, to the valley below(ボブ・ディラン).

★8月18日(月)更新★★★★★★★★★★

おっ。わしのやってるボサバンドのメンバーからメールでお知らせが。『ボサノヴァの歴史外伝 パジャマを着た神様』が4月に出ているというではないか。カヴァーには海辺でギターを抱えるジョアン・ジルベルトとアントニオ・C・ジョビンがおるとのことで、あーこれは直ちに読まねばと思っております。ジョアンは9月来日ですよ。一体全体ホントに彼はちゃんと演奏してくれるんでしょうか。

千駄ヶ谷の呑み屋で紹介されたM氏にPHP新書『おとなの温泉旅行術』をもらった。この本の“平成温泉番付”によると、横綱は大分の由布院温泉であるようだ。目次をみると、「若い女性の間に生まれた混浴への渇望」という章があるが、コレはPHP編集部がとくに目次だてをつくるにあたって力を込めた項目なのであろう。

★8月11日(月)更新★★★★★★★★★★

「この本には何かあるっ!」とにらんで平台からレジ直行、という新刊書にときどき出会いますよね。 今回はそんな感じで購入してしまった本について。 『孔子の哲学 「仁」とは何か』(石川忠司、河出書房新社)です。これは吉祥寺のパルコで買ったもの。オクヅケは6月30日の発行。「道徳の系譜」というシリーズの1冊で、同シリーズには鵜飼哲、小泉義之、永井 均、といったクセのある執筆者が名を連ねている。もちろんこの石川くんも、「クセ」だらけの人であることは言うまでもない。『現代思想 パンク仕様』の頃(95〜6年)から愛読しているが、まさか孔子を書くとは思わなかったので、「おっ」 と思って即買いしてしまった。 この人の文章の流れは独特で、きまじめに哲学用語を連ねて論脈を組み立てているかと思うと、突然「ああ、でも、こないだJR武蔵野線で見かけたオタク野郎は素晴らし かったな・・・」と慨嘆しはじめ、それがやがて浅井健一の歌詞の長い引用に入り込んでいったりする。また、分析哲学的に孔子の重要概念「仁」を解き明かしているはずが、「あるギタリストがジョン・リー・フッカーの「ブギ・チレン」を弾き語って いるとしよう」と唐突な例証に突っ走ったりする。この前触れのなさが小気味いい。 まだ全部読んでないし、いろいろと石川くん(わしと同い年)については書きたいの で、ちゃんとしたレポートは次回に。

 次の本は:『レイアウトの法則 アートとアフォーダンス』(佐々木正人、春秋社) である。コレは昨日、仕事に飽きたのでちょっと三省堂をふらっとしに行ったとき、 エスカレーター前にドーンと平積みだったのを「おっ」と思って即買いしたもの。オクヅケは7月25日発行。知覚心理学の新しい認識理論である「アフォーダンス」ってナニ?というおベンキョーの興味もあったが、わし自身、もうすこし自分の視覚的センスを訓練したいなっと望んでいた折りも折りだったので。それと「これ読んで、 レイアウトの腕前が向上したら、シゴトの上でほめてもらえるかも」という物欲しげ なシタゴゴロもあったのにゃっ。 あと、山崎努が書いた役者稼業の考察本もどっかの文庫に入ってるらしいんで、ソレも見に行かなきゃ。 8月は本が売れない売れないと、版元も書店もボヤいているが、まあ本屋さんは冷房 効いてるし、暑さしのぎにわしはよく行くな、夏になると。あんまり遠出しないせい もあるがね。 ということで今回は、何にも読んでいないんですよー、というオハナシでした。

★8月4日(月)更新★★★★★★★★★★

三島の『宴のあと』を読んでみました。みなさまは三島はどの作品が好きですか?三島は、豪華絢爛だけども軽薄な作品と、スキャンダラスでバカな作品と、地味だけど 完成度と密度の濃い作品と、まあだいたいそんな3パターンぐらいに分類してもいい かと思うんだけど、この『宴のあと』は三番目のカテゴリーに入る作品ですね。他には、たとえば『金閣寺』と『愛の渇き』がここにくるという気が致します。ちなみに 一番目の範疇には例の4部作(なかんずく第3巻・4巻)をぶちこんでしまいたい。 で、二番目にはなんといっても『禁色』ね。コレ、すごくスキで何度も読んだんです よ。バカだから。でも、「三島はやはり優れた文章書きだった」と再認識したいとき には、第2カテゴリーの作品群を読むのがイイわよねえ。『午後の曳航』も、ココか な。で、第2カテゴリーの作品は、概してページ数が少ないのね。まだ読んでないけ ど、『音楽』ってのがあるでしょ。アレ、もしかしたら「スキャンダラスだけどバカじゃない」のコーナーに入るのかもしれない。今度読んでみます。

またまたデリダで恐縮なんだけど、いま読んでるのは『友愛のポリティクス』(みすず書房)です。ちょっとまえに、守中高明さんの『脱構築』を読んでいたんで、「おお。これぞたぶん、脱構築の手法が縦横に駆使された著作に違いなかろう」と勝手に思いこんでおります。ニーチェと、カール・シュミットなる政治学者、ナチスに重要な理論的基礎を与えたといわれるその二人の論考を引用し、かつ大胆にシャッフルしてデリダ一流の手法を開陳し、「友愛」と「敵対」の対立様態を限りなく無に近づけようとする。ということはどういうこと?「お友達はいない?そして敵もまたいない ?」「お友達でいることは敵同士でいることと矛盾するか?」ブランショもナンシーもそうだけれど、彼らフランスの思想家の言う「友愛(アミティエ)」という概念 に、ハードボイルド・ダンディズムに通ずるものを感じてしまうのね。「愛しているからこそ、突き放しあう、オトコとオトコのクールな関係」みたいなものをね。とくにバタイユとブランショは、そういう間柄だったんじゃないかなあ。守中さんに「ブランショって、すっごい女好きだったんじゃないですか」って言ったら、「そうなんですよね」と答えていらしたけど、「ブランショって、すっごいオトコ好きでもあったんじゃないですか」と付け加えてもよかったかも。 はい。ハードボイルド・ダンディズムが出てきたところで、この本です:ヘミング ウェイ『日はまた昇る』。新潮文庫が新訳を出してくれました。高見浩氏の訳です。 さっそく読んでみました。この作品、わしの好きヘム本ナンバーワンです。いやーオトコとオトコはイイ。特に、戦争が絡むと(この本の場合、第一次大戦ね)、友愛のダンディズムはより輝くものだわね。「あのね、本当にどんなに楽しかったか、きみらにはわからないだろうな。あの戦争以来、楽しいことはあまりなかったもの」スペインの山奥で、つかの間、主人公と釣りを介して交流するイギリス人の吐く、別れのセリフ。こういう一文を読むと、つい「ウッ」ときてしまうのが、わしの知られざる意外なセンチメンタリティーなのであるにゃー。このセリフのあと、別れ際、アメリカ人とイギリス人のオトコたちは、パブでワインを互いに奢りまくるのである。「飲めよ、こんどはオレがおごるよ、ほら、いいから飲めよ」新訳によって会話の切れぐあいもソリッドに生まれ変わり、「悪態をつき合ってばかりいるけどホントは強く愛し合っていることがマルわかり」な場面では、オトコたちの「お友達=敵対関係」の 様相が、よりナマナマしく浮き彫りにされたといえる。あと、こたえられないのは、 酔っぱらってるときのオトコの口調の訳文ね。なにしろ禁酒法時代、酒が飲みたい一心でヨーロッパに来てるアメリカ人ばかり出てくるんで、酔漢の描写に関しては大変に参考になりますですよ。