ゆういちろうのページ 2012年

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国民投票で決めよう(2012年12月)

 すっかり雪景色だ。まだ田起こしもネギの収穫も済んでいないのに。ほんの3ヶ月前は夏バテの後遺症に苦しんでいたのに今は寒さに震えている。温暖化なのか寒冷化なのか全くわからない。異常であることは確かであるが・・・。
 黒豆と大豆の収穫はなんとか終わった。かなり落ちたような気もするが、その割には充分な量がいただけたと思う。無施肥無農薬でこれだけいただければありがたい。
 無施肥というのは、化学肥料は勿論有機物も一切入れないと言う農法。厳密には稲藁なども全部出すが、そこまでは労力の面で出来ないので勘弁して貰っている。しかも連作が基本だがこれも勘弁して貰った。近代農法の常識では考えられない農法なのだが、大豆などほとんど収量は変わらないから不思議である。まだまだ農も自然も未知の世界である。
 肥料をやらないので種を撒いた後はひたすら草との格闘である。肥料をやったりすると作物を自分が作ったような気になるが、無肥料だと「貰った」とか「いただいた」という感謝に似た感じになる。春先、フキノトウとかウドなどの野草や山菜が自然に生えてきて有難いのと近い感覚である。
 今年は夏バテで草取りもあまり出来なかった。背丈の倍近くもある草を刈りながらの豆収穫であった。収量はかなり少ないだろうと覚悟していたので余計有難く感じる。
 農薬も肥料もない時代の農家もこんな感じで感謝しながら生きていたのかもしれない。私もこの歳になると今年も野沢菜漬けが食べられたとか、大根漬けが出来たとか季節によっていただく作物がありがたく感じられるようになった。蕎麦も粉にして貰って試しに打った。まあまあの出来である。今年も年末は蕎麦を打って歳を越せるだろう。蕎麦ももちろん肥料も農薬も要らない。
 近代農法は窒素・リン酸・カリで作物は出来るという人間の傲慢な考え方ではないのか。だいたい原生林など肥料も農薬もなく草木はしっかり生きているではないか。
 古代から偶像崇拝は人間の最大の罪と言われてきた。人間の考えた物・作った物に完全な物などない。それを崇めたり信奉しているととんでもないしっぺ返しを受ける事になる。原発などはその典型である。古代と比べて現代は様々な人工物や人工制度に溢れている。まさに偶像だらけの社会なのではないか。マネーも利子も自然界にはないから人間が作った制度・手段にすぎないのに、今では社会の目的になってしまったではないか。憲法9条も偶像崇拝になってはいないだろうか。
 総選挙で世間は騒がしいが、もうほとんど国政選挙には意味がないと思う。一般人の反応が鈍いのも当然だ。どこが政権を取ろうと銀行マネーを前提とする限り財源はほとんどないから何も出来ないだろう。衆参のネジレも解消できないから法案もほとんど成立しない。無理に連立すれば政党政治の自滅である。近代の政治システムは右肩上がりの経済成長とその利益の分配・再配分を争う政党・議会を前提とした制度なので、一旦成長の余地が無くなると分裂・崩壊してしまう。最早、国民投票でしか脱原発も何もかも決めるしかないのでは?

カモ解体施設ができそう(2012年11月)

 カモの解体と蕎麦の収穫に追われていたら、黒豆が半分くらい弾けて落ちてしまった。急いで草刈機で刈った。日が短いので中々進まないが、バテバテの夏よりは余程仕事はできる。
 三郷小学校のアイガモ農法の一環での解体で始まり、津村家で三日間250羽くらい精肉にした。アイガモ農家や信大の学生などが集まった。昨年までは我が家でやっていたが準備やら片付けが大変であった。今年はかなり楽をさせて貰った。最後は先日、松本大学の学生がグリーン・ツーリズムの授業で玉ねぎの定植やらカモの解体を体験した。これも毎年恒例になっている。50人くらいバスに乗って来る。焚物でご飯やカモ鍋や五平餅を作ってくれた、幸い天気もよく美味しくいただいた。これも津村家の畑。
 間に合わなかったが、今年中には解体施設もその畑に出来る。基礎工事を少し手伝った。棟上げも終わり外回りはだいたいできた。脱羽機と放血用の器具も中古を見つけてきて修理したそうだ、湯漬機は味噌炊き用の大釜が使えそうである。脱羽機は洗濯機を大きくしてゴムの突起を沢山付けたような機械である。鶏で試したらたったの30秒で丸裸になった。毛抜きの作業が全くいらない。ところがカモは水鳥なのでなかなかうまくいかない。いろいろ試した。鶏と同じ70度のお湯に一分ちょっと漬けるが、この時エアーを下からジャグジーのように出す。その後、脱羽機にかけるとかなり羽根が取れる。手で剥いても綺麗にならないカモはもう一度湯漬けと脱羽機を通すとかなり綺麗になる。まだ色々試行する必要はありそうだが、省力化の可能性は見えてきた。それでもまだ、カモの解体は手間がかかる。細かな羽毛は毛焼きをしなければならない。肉が高い訳だ。
 この施設が出来て保健所などの審査を通り、食肉販売の許可をとれば堂々とカモ肉を販売する事が出来る。アイガモ農法の大きな課題であったカモの処理が解決する。長野県内だけでも3000羽を超えるアイガモが田んぼで使われているらしい。捨てられたり業者にただで持って行かれたりしているようである。
 建設には300万円以上掛かるようだ。津村さん個人で建てた事になるが、アイガモ農家や周囲の協力は必要になる。まだ詳細は決まっていないが、解体料やカモ肉の割引券を発行するなどの資金集めを考えている。もちろん、寄付やカンパは大歓迎である。
 松川村での醤油搾りを見学して、大町駅前の脱原発デモに少し顔を出した。小雨の中80人くらいいただろうか?
 マスコミはGDPが少し下がったくらいで大騒ぎである。GDPが下がれば電気使用量も減る訳だから原発など全く要らなくなる。いいことではないか。結局、「過剰発展」が危険な原発や要らない物を増やしてきた。経済成長至上主義からの脱却が問題なのだ。そうなると利子と銀行マネーが議論の中心になる。マネーのほとんどは銀行が帳簿上に記入した数字であり、それを利子付きで貸し出す「負債」で今の経済は動いている。エネルギーとマネーは絡み合っている。

租税国家の崩壊(2012年10月)

 歯医者には毎週通っている。ついでに他の歯も直して貰うので、当分通院するつもりである。と言っても、歩いて行ける場所に新しく出来た歯科医である。スーパーも目の前にあるし、病院も歩いて行ける範囲に三つもある。便利な地域になったものである。
 稲刈りもなんとか終わった。ヒエだらけの田も5〜6俵くらいは収穫出来た。しかし、ヒエを取るために籾すり機と選別機を二回通したのでかなり減った。まだ少しヒエが入っているが、精米する時に手で拾える程度までには減ってくれたので助かる。
 今年は地区のお祭り当番である。矢原地区は五つの部落で出来ているので、五年に一度はお祭り当番が回ってくる。昔はお祭りが終わってから稲刈りを始めたが、温暖化のためか年々稲刈りが早くなってきたのでお祭りと重なるようになった。9月の土日はだいたい祭りの準備で潰れる。船を三台作る。山に木を切り出しに行ったり、灯籠や幟などの飾りつけで大変である。五年に一度なので思い出しながらやる。毎年なら覚えているがやりきれない。五年に一度くらいが飽きなくて丁度いいので皆参加してくれる。うまく出来ているものである。
 さらに父母がダイヤモンド婚を迎えたので、お祝いにお祭りに親戚を呼ぶと言い出した。母は言い出したら止められない。稲刈りとお祭りとダイヤモンド婚祝いが重なった。私が子供の頃は毎年お祭りに親戚を呼んだり、呼ばれて行ったりしていたが、もうそんな習慣はなくなったようだ。久しぶりに親戚が集まった。母の実家の兄夫婦が亡くなり母の姉も大分ボケてきたので、母はお互い何時死んでもいいようにお別れのつもりでダイヤモンド婚祝いを考えたのかもしれない。実際、子供や親戚に来てもらい準備を手伝って貰う事で葬式の時のため、家の中を知っておいて欲しいと言っていた。死ぬ準備をする人ほど長生きするらしいから、私の父母はプラチナ婚まで生きるかもしれない。
 ところで原発の状況も気がかりである。福島第一原発4号機の燃料プールが崩壊すると日本はほぼ壊滅状態、世界もかなり汚染されると言われているが政府に緊張感はあまり感じられない。東電に任せて置ける状況ではないし金銭を惜しんでいる場合でもない。所詮、マネーは人が作り出した制度に過ぎないのだから、必要な時に必要なだけ供給すべきである。今はなんとか福島の汚染をこれ以上広げないように資金を惜しみなく投入するべきだろう。
 今、IMF・世銀総会が日本で行われているらしいが、ほとんど報道もされないし注目もされない。当然と言えば当然である。IMFと世銀はドル基軸制と銀行システムを確立・維持するために第二次世界大戦中に米英によって作られたものである。そのドルも銀行システムも崩壊寸前になっている。具体的にはギリシャなどに見られるように租税国家の崩壊という形で現れている。日本もいくら消費税を上げようと景気が悪くなるだけで財政は好転しない。そして税収のほとんどが銀行への利払いに使われるようになるだろう。銀行システムを維持するための租税国家は共倒れするしかない。

尖閣問題の本質(2012年9月)

 稲刈りの時期だが、尖閣列島問題でそれどころではない。あ、間違えた。歯痛で稲刈りどころではないのだ。奥歯にバイ菌が入ったのか、急に痛くなったので歯医者にいった。被せてあった金歯を外し、膿を出す処置をしてもらったが、ますます痛くなり腫れてきた。腫れていると麻酔が効かないらしく麻酔なしであった。鎮痛剤と化膿止の薬を飲んで二日寝たらようやく痛みが引いてきた。腫れはまだ少しある。完全な夏バテで弱っていたところに追い打ちのように歯痛がきた。これぞ、弱り目に祟り目という奴だな。稲刈りは若手に任せてしばらくゆっくりしたいものである。
 朝晩はかなり過ごしやすくなったが、日中は真夏並の暑さが続いている。こんな暑い夏が毎年来るとは思えないが、もし来るとしたら加工トマトや夏野菜の栽培はほとんどできなくなりそうである。今年も色々な野菜は作ったが夏バテで収穫が思うように出来なかった。畑も草だらけになってしまった。父母も年々動けなくなってきているので、野菜は自家用だけにした方がよさそうである。加工トマトも面積を減らしたり播種時期を早めて暑さのピークを避けたい。麦と大豆・黒豆の二毛作もどちらかの一毛作に替えたい。半年以上田畑が空くことになるが、その間に水を入れたり何回か起こせば年々雑草の種も減るだろう。体力や家族の状況に応じて栽培形態などを柔軟に変えていける所が百姓のいい所である。麦や大豆の一毛作を何年かやった後ならば、たまには田んぼにしてもそんなに雑草も出ないだろう。それまではアイガモやアヒルに頑張って貰うのがいい。新しい古野式アイガモ農法だととても楽に出来る事もわかった。今年一番の収穫である。とにかく、超省力型にここ数年で農法を変えて行かねばならないようだ。
 それに尖閣や竹島・北方領土といった領土問題も正直気になる。なぜ、東日本大震災・大津波と原発事件でグラグラになっている時期にこんな問題が次々と起こるのだろう。これも弱り目に祟り目ではないのか。最近話題の元外交官の孫崎亨著「戦後史の正体」によると英米は植民地や占領地を解放する時にわざと領土問題をあやふやに残すという。その方が後々紛争の火種と自分の影響力を強く残せる。結局国際政治などという物はエリートの飯の種、いかがわしい代物なのだ。
 また、被害者意識ばかりで考えていても見えなくなる物もある。日本も大変だけれど、実は韓国や中国の方が経済は急速に落ち込んでいるようだ。その国内の不満を領土問題で外に向けさせている面もあるのではないか。グローバル化や自由化は他国に依存する経済なので欧州の恐慌がアジアにも深刻な影響を与えているのだ。その点、震災で一時落ち込んだとは言え内需中心の日本経済は世界と比べるとそれ程大きな影響を受けていないのだ。リーマンショック以降グローバリズムは終焉に向かっている。東アジアではそれが領土問題という形で現れたのだ。問題の本質が外国に依存しない内需中心の自給経済への転換であるのだから、目を逸らさせる領土問題には断固とした態度で当たるべきなのだが・・・。

変化を恐れているのか(2012年8月)

 一日中ぐったりしている。特に新潟の津南へトマトを持っていってからは体が重い。私の加工用トマトの畑は青枯れ病でほとんど全滅してくれたので、日中は暑さを理由にほとんど外には出ない。朝と夕方に少し動く程度である。他の人は豊作のようで大変そうである。こちらは収入はかなり減るが熱中症にはならないですむかもしれない。何しろ夜も暑くて頭がクラクラする。隣のスーパーが11時までやっているので、クーラーで体を冷やしに行くが外に出ると余計に熱く感じてしまう。冷たい物ばかり食べたり飲んだりしているので内蔵が弱っているようだ。口の回りがチクチク痛い。朝・昼・晩と缶ビールを飲む日もある。しかし、ビールを飲んだからと言って涼しくなる訳でもない。いつまでこんな暑さが続くのだろうか?
 田んぼの草もほぼ諦めた。いいのはカモ田の一枚だけで後の3枚はコビエがかなり出た。除草剤を半分使った一枚もほとんど草はないし出来も良さそうである。
 カモは古野式で試した田はとても良かったので増やしてやる予定である。その田のカモは上げたが一羽だけ逃がしてしまったのでまだ田にいる。一羽ならそれ程稲の被害もないのでそのままにしてある。もう一枚のカモ田はヒエが多いのでまだカモを入れてある。稲の穂も少し食べられているが、もう少し様子を見るつもりである。津南では昨年からアイガモは辞めてアヒルで除草をやっている。アヒルの方が足ヒレが大きく除草効果が高いし、全く飛べないのでアイガモのように逃げる事がないという。見た目はほとんど変わらなかったが、まさに真っ白なアヒルが多かった。私も来年はアヒルでやってみよう。
 預かったカモは池で元気にしている。200羽くらいだろうか。色んな人が持ってくるのでよくわからなくなってきた。昨年は死にそうなガリガリのカモを夜中に入れにきた人がいたようだ。可哀相に溝に車がハマって苦労した後があった。皆カモの後始末に困っているようだ。こちらも慈善事業でやっている訳ではないので、餌代(預り料)で一羽500円貰っている。近所のスーパーで貰った野菜屑とくず米・屑小麦で今の所なんとかやっている。稲刈りが始まればまた、新しい屑米が出る。それまでなんとか雑草をやったりして繋いでいる。
 解体施設は今年も間に合いそうにないが、我が家ではやらなくてよさそうである。三郷の津村さんの空き地か鳥小屋の前あたりにテントを張ってやることになりそうである。母は根っからの信州人なので人が来るとお茶やお昼を出さないと気がすまない。しかし、80も半ばになると出来なくなってしまうのが苦痛らしい。それで我が家ではできなくなったという訳である。もともと正式な解体施設が出来るまでの間に合わせである。徐々にではあるがアイガモ農法をやる人も増えているので解体施設も急がなくてはならない。有機農法推進法ができて十年以上になると思うが、行政はなかなか本腰を入れてやらない。当分は個々の農家の努力に頼るしかないのか。原発といい農業政策といいこの国の支配者達は変化を嫌い恐れているみたいである。

心が折れそう(2012年7月)

 最悪の夏になりつつある。順調だったトマトがこの一週間で半分くらいになってしまった。青枯れ病が大発生してしまったからだ。まだ増え続けている。毎日10株くらいは抜いて捨てている。
 青枯れ病とはジャガイモなどで経験した人も多いと思うが、ある日突然青いまま萎れてしまう病気である。ナス科を中心によくあるウイルスによる病気だ。自家用野菜の場合はそれ程気にする病気ではないが、加工用トマトにとっては壊滅的な打撃を与える。25年くらいやってきて初めて経験した。土壌に入ったウイルスによる感染なので、私の畑だけである。田んぼにしても4〜5年は残るらしいから、この畑ではトマトを諦めるしかない。
 萎れている茎を根元からもぎ取ると、茎の皮の内側が年輪状に茶色くなっているのが特徴。水や栄養がいかなくなるので、一晩で萎れてしまう。断面を水に漬けるとウイルスが出て白濁するらしい。乾燥に弱く、湿った所で繁殖して感染する。有機トマトを長年作っている人も何度か壊滅的経験をしているようだ。どうもマルチが土中の水分を吸い上げて湿度を上げ、それに雨などが加わるとウイルスが繁殖するようだ。マルチを剥がすのが感染を食い止める唯一の方法かもしれない。自家用野菜ではあまり広がらないのは、そんなにマルチを使わないからだろう。加工用トマトではマルチを使わない訳にはいかない。通路もマルチなので畑全体が黒い。が、これからはマルチをどう減らすかが課題になりそうである。マメ科のものとの混植実験の畑は今のところ異常はない。
 マルチ剥しをすぐにでもしたいところだが、田んぼも草だらけになってしまい大変である。動力除草機もあまり調子が良くない。修理に出してようやく帰ってきたが、やはりパワー不足で大きくなった草を退治できない。そこでいよいよ、草刈機で田んぼの中に入っている。刃は株間用の直径20センチくらいの物を付けている。多少稲を切っても仕方ない。それより、稲とヒエを見分けるのが難しい。いっそ、酷い所は稲もろとも刈りたい衝動に駆られる。実際、それをやらないと全部の田を回る事は出来ないだろう。全く、除草剤とはすごい発明だと今更ながら納得する。私も歳をとってきたから、いつまでも草と戦えるものでもない。来年は面積を減らすか、除草剤だけは使う田を増やそうか、悩むところである。
 草と病気との闘いは一体いつまで続くのだろうか?いっそ諦めてしまいたいが、そう簡単に諦める訳にもいかなし・・・。毎日少しずつやって行くしかない。後はなるようにしかならない。
 九州は大雨で大変だし、東北は地震と津波の被害からなかなか復興できない。とりわけ福島の半分くらいは人の住める場所ではなくなってしまった。日本中大変で私の苦労などは比べるレベルのものでさえないが、本人にとってはやはり心が折れそうになる今年の作物の状態なのである。
 ところで福島の放射線モニタリングポストの回りは除染して低い値しか出ないらしい。矢沢永ちゃんが、誰も事故の責任を取らない国に未来などない、と怒っている。

新境地(2012年6月)

 夜中に足がつるのはようやく治まったが、まだまだ忙しい日が続く。台風もやけに早くやって来たが、野菜には恵みの雨になったようだ。台風が来る前に大麦を刈ることができてホッとしたら、おやおやの原稿を忘れてしまった。
 トマトは雨が少ないのが良かったのか順調である。このままうまくいって欲しいものである。アイガモも順調に大きくなっている。畦波シートと電気柵だけの田も害獣にはやられていない。しかも、田植えの後すぐにカモを入れる事ができたので草もほとんどない。小屋造りと出入口を塞ぎテグスを張ればカモを入れられる。もし、この方法が最後までうまくいけばアイガモ農法もかなり規模を広げてもできそうである。
 もう一枚の田は従来通り、田植え後に網を張ってから小屋や電気柵を設置したが何日も掛かってしまいヒエで真っ青になってしまった。とても手では取りきれない。深水を20日間保てばヒエは浮くという話なので、今は毎日水を一杯入れて様子を見ている。コナギ対策はその後考える事になる。
 チェーン除草もやってみたがあまり効果はなかったようだ。古い田植え機にチェーンを付けて二度回ったが、端に来るとどうしても方向転換しなくてはならないので苗を踏んでしまう。そのため苗がほとんどない所もできてしまった。なんのための除草かよくわからない。しかし、心境とすれば草さえなければ稲などどうなっても構わないくらいである。それほど雑草には苦労してきた。
 昔から「上農は草を見ずして草を取る。中農は草を見てから草を取る。下農は草を見ても取らない」と、言われている。草が出てからでは大変苦労するという意味だろう。私の場合は稲はどうせあまり収量は多くないのでもうどうなってもいいから、なるべく草を減らしたい。「稲を見ずして草を取る」という心境に近い。これはもう百姓にとっては全く新しい境地でなかろうか。何しろ作物はどうなってもいいから雑草を減らしたい、という意味なのだから上農の上を行っている。「超農」と言ってもいいくらいであるが、あまり褒めてはもらえそうもない。
 ところで国のエネルギー政策も新境地を開いて貰いたいものだが、原子力マフィアの巻き返しか原発再稼働を決めた。安全性も需給見通しも全く説得力も根拠もない。福井県で大きな事故が起これば、この国にはもう人は住めなくなるだろう。8割の国民が不安に思っていて、過半数の人が再稼働に反対しているにも関わらず・・・である。これはもう、国民に対するテロ以外の何ものでもない。今の政権にオウムのテロを批判する事はできない。それ以上の民族抹殺的なテロを仕掛けていると言っても過言ではない。実際、今回の事故では東京でさえチェルノブイリ時の基準では「放射線管理区域」や「希望移住区域」のレベルになってしまったのだ。
 国家が人民に対して行うテロには、一体どう抵抗したらいいのだろうか?。まずはこの再稼働がオウムなど比較にならない程の国民に対するテロ以外の何ものでもないことを広める必要がある。

朝飯前(2012年5月)

 毎日、フル稼動である。5時半には目覚めてしまう。若い頃はどうしても起きられなかったが、今ではどんなに遅く寝ても朝は早い。こんな所にも歳を感じる。とは言っても、この忙しい時期だけである。
 早起きのおかげで、日食をじっくり観察できた。6時半頃にはすでに太陽が欠け始めた。約一時間近い天体ショウである。畑に落ちていた黒マルチとサングラスを通して綺麗に見えた。携帯で写真を撮ろうとしたが何故か映らない。マルチを通した肉眼では三日月のように欠けて見えるが写真には映らなかった。この辺では金環とはいかなかったが、かなり近いところまでいった。
 日食だと知らなければ、やけに今日の太陽の光は弱いなあ・・・位にしか感じなかっただろう。黒マルチのおかげで太陽が欠けていくのがよくわかった。あの絶対的な存在である太陽でさえ欠ける事があるんだなあ・・・とやけに哲学的な思いがした。こんな大規模な日食は後300年は来ないらしいから、貴重な体験を多くの人が持った。
 天気も今年はちょっと変わっている。いつもの年よりだいぶ寒い。加工用トマトは定植した翌朝2℃の霜で100本位やられた。その後も5℃の霜で若干葉先が黄色く枯れた。知人の話だと、陰暦だか旧暦でいくと今年は5月20日までは3月だと言う。確かインカだかの暦でも今年は特別な年だったと思う。
 とにかく寒いおかげで畦草があまり伸びないので助かる。霜の害もそんなに大きくはない。早起きで仕事はかなり順調に進んでいる。朝飯前の仕事とはよく言ったものである。2時間近く朝食までに動くことが出来る。今年一番目の畦草刈りはこの朝飯前の仕事になった。それでも一週間から10日は掛かった。また、田んぼや畑の石拾いも朝の日課である。毎年少しずつ拾ってはいたがまだ沢山ある。今年はかなり拾う事ができた。この石拾いはかなり癖になる。石を見るとどうしても拾いたくなってしまうのである。しかも意外に大きな石が土の中から出てくると、思わず「やったー、これは大物だぞ」と思ってしまうのだ。
 拾った石は最初は河原に捨てていたが、勿体ないので近くの採石場に持っていくようになった。これは喜ばれた。よく田んぼを重機で掘り返しているのを見た人も多いと思う。あれは田んぼの下にある土木関係の骨材となる石を採っているのである。合計すれば軽トラ3〜4台分くらいは運んだと思う。
 今年のアイガモ農法は福岡の古野さんの真似をして、稲を植える前に畦シートと電気柵を張る事にした。うまく行けば通年張りっぱなしにできる。かなり労力を減らす事が可能になる。毎年なかなか網張りが間に合わずアイガモを入れる前に草が出てしまう。今年は小屋とその周りの網張り、それとカラス除けのテグス張りをやればアイガモを入れる事ができる。ただ電気柵は0・5秒の間隔にしないと獣が飛び込んでしまうらしい。網をやらないから電気柵だけが頼りである。今年は研修生と二人でアイガモ農法をやるのでかなり楽になるだろう。トマトは昨年の失敗から色々な豆との混植を試してみるつもりである。

地方の反乱(2012年4月)

 ようやく梅が咲いたと思ったら、杏や菜の花などが一斉に咲いた。例年より一週間は遅れているんじゃないか。農作業もかなり遅れている。遅い春のおかげでのんびりさせて貰った。これから一挙に忙しくなりそうである。
 冬の間ハマっていたフェイス・ブックも眺める程度になった。農作業が始まるとあまり気持ちに余裕がなくなるからである。特に昨年はトマトの育苗で大失敗してしまった。
 今年は畑の土は使わず、発芽には買った無肥料の土を使い、仮植には田んぼの土をフルイにかけて使う。ハウスも違うものを使った。病気の原因はトマトの後の畑の土を育苗に使ったためだと思う。もし他の原因だったら今年も病気になるかもしれない。今の所、他の原因は思い当たらない。
 一番目の研修生であるSさんが鹿児島へ移住することになった。以前から九州へは様子を見に行ったりしていたが、急に決まったようである。向こうで何をやるのか、まだ決まってはいないようであるが、過疎地で高齢化した所らしいので歓迎されるかもしれない。それに家賃も年間3万円くらいだと言うから安い。Sさんが今住んでいる家は月3万円である。また原発事故以来、お米の売れ行きがかなり落ちているらしい。自然農のネットワークで販売していたが、信州産がそれ程汚染されているとは思えない。過剰反応か風評被害だろう。移住の理由は色々あるだろうが、元々、大阪の中心街が出身なので定住性があまりないのかもしれない。
 Sさんの後をそっくり継ぐ形で、昨年福島から避難してきたYさんが入る事になった。4人目の研修生になる予定である。今年から45歳までの新規就農者には国から年間150万円出るそうだ。研修生にも2年間、就農してからは5年間出る。Yさんもこの制度を使えそうである。いい制度だと思うが、やはり家の問題はこれからも大きな課題になるのでもう一歩積極的な政策を出して貰いたいものだ。この辺は市町村の役割が大きい。空き家バンクなどの取り組みも大事だが、最初は公営住宅でもいいと思う。余裕ができたら家や土地も購入出来るからそれを補助する制度があればいい。何れにしても職員や首長にやる気が求められている。
 ただ、こうした制度も中核農家育成を目的としているようだ。要するに大規模農家である。農家への直接所得保障制度もやはい中核農家のためと思える。TPPや自由貿易を進めながら、中小の農家を切り捨てて大規模農家を育成するという政策の一環だと思う。しかし、これも平地が少なく山間地がほとんどという国土の特徴を全く考えていない政策である。半農半X型の小農こそが、こうした国土を生かし保全していくには一番適していると思えるし、原油の生産がピークを迎えた現在、石油大量消費型の大規模農業の先行きも怪しくなっている。
何れにしても、市町村がこれからの政策立案の主役になるだろう。政権争いに明け暮れる国にはあまり期待できない。大阪の橋下はよくわからんが、地方の反乱を象徴している面もある。 

分水嶺(2012年3月)

 犀川沿いのランニング、いやウォーキングは天気が続かないのであまり行けない。たまに行ってもあまり景色は変わらない。芽吹きも草もほとんど見えない。まだ春は遠いのか? 釣り人と鳥はいつもいるが、魚が釣れているのを見たことがない。
 今年はあまり急いで農作業を進めない方がいいかもしれない。昨年はトマトが大失敗であった。6人とも駄目だったから、たぶん苗に菌が入ったせいだろう。その対策も考えてから始めるから、少し遅れるのは仕方ない。
 研修生は4月から就農する。農地はなんとか確保したが家がなかなか見つからない。空き家はかなりあるのだがすぐに貸してはくれない。いつまでもアパート暮らしという訳にはいかない。やはり一軒家が農家には必要だ。時間はかかりそうだが探してゆくしかない。最後は自分で建てる事も視野に入れておいた方がいいかもしれない。県や市町村も本腰を入れて対策を立てて欲しいものである。新市庁舎に莫大な予算を使うより公営住宅を充実させて被災者や新規就農者を優先的に入れて欲しいものだ。
 震災と原発事故から一年が経とうとしているが、状況はあまり変わっていない。復興も事故処理も遅々として進まないように見える。それにしても海からは津波、山からは土砂が襲う、という大変な国なんだと、今更ながら思い知らされる。世界の地震の2割は日本列島に集中している。こうした国土の特徴を考慮しない技術は技術の名に値しない。原発はもちろん、コンクリートだらけの護岸もいとも簡単に津波に破壊された。今回の震災は色々な意味で分水嶺になるが、輸入ものではない国土に適した技術思想というのもその一つだろう。
 また、大きな災害にも関わらず秩序や思いやりを忘れずに対処した東北の人々は世界から賞賛された。特に欧米の個人主義に基づいた社会が進んでいると言う考え方は崩壊した。欧米社会も経済破綻を始め様々な問題で病んでいるのだ。ネットでは世界で文明人と呼べるのは日本人だけだ、という意見まで見かけるという。
 ところが東京電力や政府のエリートは嘘と誤魔化しに終始している事も世界に知れ渡った。日本には絆や他者を尊重する優れた人々と腐れきったエリートという二つの社会があるという認識は中国にさえ広がったようだ。
 復興が中々進まないのも、中央集権と縦割り行政が大きな壁になっている。被災地域は広範で状況も様々なのだから、一律に上から押し付けるという訳にはいかない。
 ところで、小出さんを始め反原発の良識的な旗手でさえ、「原子力ムラ」という言葉をよく使うがこれはもう辞めて欲しい。原子力とムラとは全く関係がない。そもそも原発を作る技術も資金もムラにはない。しかも、ムラや地方には他所から入った人で議員や首長になった人も多いから原子力マフィアの閉鎖性とは正反対である。ただ、議会や選挙という欧米から輸入した制度もムラには合わなかったのではないか。私のムラでも全戸から交代で代表を出すし、選挙ではなく話し合いや推薦で区長や役員を選ぶ。しかも報酬も微々たるものである。

エリート社会主義(2012年2月)

 たまにランニングをしている。天気のいい日だけであるが。犀川の河川敷の護岸コンクリの上でストレッチもしたりする。ほんの30分くらいである。息も続かないし、汗をかいてその後冷えるのも嫌だから。雪を頂いたアルプスも綺麗だしカラスや白鳥・カワウ・鳶などもいる。川ではたまに大きな魚が跳ねることもある。土日は釣り人やラジコン飛行機を飛ばす人もかなりいる。そんな風景をぼんやり眺めながら、体と相談しながらゆっくりと走る。まあ、半分以上は歩いたり眺めたりしているのだが・・・。
 水泳やトレーニングもいいが、ランニングはお金がかからないからいい。天気の悪い日にはプールにも行ってみたいと思うが、今年はまだ行っていない。
 昨年は久しぶりに蕎麦を作ったので、蕎麦打ちもたまにやる。麺切りカッターを買ったのでかなり細く長く切れるし楽になった。かなりのスグレモノである。味もいいし腹持ちもいい。信州の冬はやはり蕎麦打ちだと思った。研修生などにも教えているが、結構上手に打てるようになった。自家用なら充分である。蕎麦打ちで一番難しいのは麺を伸ばす時である。綿棒に巻いて徐々に伸ばしていくが、なかなかうまくいかない。特に四角く伸ばすのが難しい。丸いと切った麺の長さが揃わない。端はどうしても短くなってしまう。それもいいが、売り物にはならない。私もまだそこまで上手に伸ばすことはできないが、少しずつ四角くなってきたような気がする。「習うより慣れろ」で、粉があるだけ打ってみたい。
 味噌作りの仲間で、今年から醤油も一緒に作ることになった。説明会に行ったが、なかなか面白そうである。農薬の話が半分以上だった。最近問題になっているネオニコチノイド系殺虫剤の危険性についてである。昆虫が死ぬのだから人間にも影響はあるだろう。何回も書いているが、人間が作りだした物質には推定有罪(有害)が原則である。作り出した方に立証責任がある。放射性物質もそうである。害がないという人がいたら、それを証明する責任は言ったその人にある。
 それにしても、大変な負の遺産を人類は残してしまった。大人には皆責任があるのは事実である。しかし、一億総懺悔という意味ではない。物事を決定した人達がいるのだから、そういうエリートの責任をまず明確にする必要がある。しかし、まだ今回の原発事故では誰も責任を取っていないし、刑事訴訟も起こっていない。一億総懺悔はエリートの責任を有耶無耶にする口実に過ぎない事は敗戦の時経験しているではないか。電事連や経産省・安全委員会や保安院・大学やマスコミ人もその対象になる。一般の大人の責任は、そうしたエリートの過ちを追求出来るかどうかにかかっていると思う。
 明治維新は身分制社会を無くしたかもしれないが、大学を頂点とした新たな差別を作りエリート支配とエリート社会主義を作り出してしまった。さらに一般人には弱肉強食の資本主義を押し付けた。これ以上エリートに舵を取らせて置いたら地球は破滅するしかないだろう。

FACE BOOK(2012年1月)

 FACE BOOKにハマっている。ツイッターはまだ使い方がわからないのでやった事はない。パソコンを始めてからは主にメーリング・リストで情報を貰ってきたが、MLは閉じた仲間でのやり取りなので、次第に話題も少なくなっていくようである。FACEBOOKはかなりオープンなシステムである。友達として承認しあった仲間だけでなく、そのまた友達の情報や意見も読むことができる。MLより色々な意味で広がりが感じられる。イスラム国家での市民の蜂起や欧米やロシアでのデモなどもF・Bが大きな役割を果たしたというのもわかるような気がする。ロシアのプーチンはテレビを最大限に活用して大統領になったが、今はネットでの選挙違反暴露問題で逆に追い詰められている。情報源はマスコミからネットへと確実に変わってしまったのだ。
 私はもっぱら原発とマネー問題の情報や意見を自分のページに載せたり集めたりしている。福島第一原発の4号機は今でも大変危険な状態にあるようだ。使用済み核燃料プールが最上階に剥き出し状態である。昨年3月の爆発でボロボロになっているので、余震の度に倒壊するのではないかと心配されている。剥き出しなのでもし倒壊すれば半径250キロくらいは避難しなければならないらしい。首都圏はだいたい入ってしまう。実際正月に地震があった時は冷却水が漏れた。放射線濃度もかなり上がったようだが、ほとんど報道されなかった。FBではパニック状態になった人もいる事がわかる。また、福島で暮らしている人の日誌やブログも紹介される。体調がかなり悪化している人もいる。毎日不安との闘いでそれでも様々な事情で地元を離れる事ができず暮らしている。自分が同じ立場になってもそんなに簡単に故郷を離れる事はできないと思う。
 福島はこんな状況なのに、政府は消費税の事ばかり言っている。消費税などいくら上げても景気が悪くなるだけで税収も上がらず財政再建などできないだろう。消費税が高い西欧でもだいたいの国が財政は逼迫しているし失業率も高い。今消費税など上げれば、それこそ「明日は我が身」である。もはや租税国家というシステムが破綻しているのである。それに、まだ多くの人がマネーは国と日銀が発行していると勘違いしている。ほとんどのマネーは銀行が無から作り出しているコンピューター上の数字に過ぎない。だから国家も借金だらけになるのだ。
 アメリカには伝統的に税金廃止運動があるらしい。独立する前のアメリカでは各州で独自にマネーを発行していたので、税金も財政破綻もなかったからその記憶がそういう運動を支えてきたのだろうか。インフレやデフレという問題は残るが、やはりマネーは基本的に公共制度なのだと思う。必要な所には必要なだけ支給されるべきであろう。今の東北の状況にまさしく当てはまるではないか。
 もちろん銀行も預金の範囲内であれば今まで通りの融資ができる。信用創造というありもしない資金で利子を取ったり博打を打つ事が禁止されるのだ。まさにこれが今の世界経済の最大の攪乱要因なのだから。

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