ゆういちろうのページ 2008年

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歴史の証人(2008年11月)

 まだ11月なのに雪が降り始めた。今年は寒く長い冬になるのだろうか。ようやく豆の収穫と鴨の解体が終わった。あと年内にやりたい主な仕事は、麦踏、豆の選別、来年用の土ふるいの準備などである。農業は終わりがない仕事であるが、追われる仕事はだいたい済んだ。少しは出かけたり読書をしたりできる時間が増える。

 冷凍庫には鴨の肉が入りきらないほど一杯だ。倉庫には米と麦が山と積まれている。ハウスでは大豆が選別を待っている。トマトジュースも廊下に一杯。お酒も清酒が二種類と濁り酒がある。一年半を過ぎた醤油も後は絞るばかりである。どう絞るかはまだ思案中である。蕎麦は残念ながら今年は失敗した。一年間の苦労もたくさんの収穫物に囲まれていると報われた気持ちになる。長く寒い冬でもなんとか乗り越えられるだろう。

 あとはたくさんの収穫物をおいしく有難くいただく工夫という毎日の生活である。この辺は苦手な分野であるが、素材がいいので多少下手でも大丈夫だと勝手に思っている。台所に立つ時間も多少増えるがそれもまた楽しいものである。農業は始めての人でも結構いいものが出来てしまうものである。作物は自分で育ってくれる。人はその手助けをするようなものである。本当に大変なのは収穫とそれを食材にすること。さらには口に入れるまでの準備なのではないだろうか。

本格的な醤油絞りの見学に行ったが、まじめにやると結構大変だ。醤油は毎日かき回すものと思い込んでいたが、全くの迷信だと聞かされて驚いた。月に一回天地返しをするだけでいいのだそうだ。毎日かき回すと雑菌が入ってしまい、腐敗する可能性が高くなるという。置く場所も味噌部屋のような所ではなくなるべく暖かい場所の方が発酵が進む。二年間発酵させたモロミを熱湯で粘度を確かめながら薄める。厚手の布袋に入れて手作りの絞り機でジャッキを使って絞る。鞘から絞り汁が勢い良く滴り落ちる。ぶどう酒のような深い色とおいしい味の醤油だった。それを八十度くらいに熱する。何日か置いておくと灰汁が出てくるので取る。不純物が沈むので上澄みから取ってビンに詰めて出来上がる。30Lくらいのモロミから30升くらいできるらしい。それで二年くらい使えるという。

こんなに本格的な醤油絞りはできそもない。木曾の姉のところから貰った竹で編んだ筒状のものを使ってみようと思っている。竹の隙間から少しずつ醤油が染み出してきて溜まるので、使う分だけすくってくればいい。さてどんな味がするのか楽しみである。

この国も江戸時代まではほとんど自給自足していたのだから、農家はみんなこんな生活をしていたのだろうなあ、と思う。暗い事件や不安な話題ばかりの世の中になってしまって、進歩や発展などを信じる人はもういないのではなかろうか。ドルの暴落とともに「自由」貿易の時代は終わるだろう。食糧とエネルギー自給がこの国の最大の課題になる。ドル帝国と金融資本主義の断末魔を見る歴史の証人に私達はなりそうだ。開国の意味も問われるだろう。

鴨で頭が一杯カモ(2008年10月)

 いよいよ鴨の解体の時期になった。今年はなんと200羽を越えそうである。自分の鴨は50羽だけであるが、各地から頼まれて預かったため池には170羽くらいいる。それに解体当日持ち込まれるのが50羽。それを4日かけて解体する予定であるが、できるかどうかちょっと疑問もある。一番時間と手間がかかるのは羽むしりである。トサツと解体はプロの津村君がいるのでたいした時間はかからないが、羽むしりだけは手作業で時間と人手だけが頼りである。解体施設の建設はまだ時間がかかりそうだ。場所もまだ決まっていない。脱羽機という機械があって羽を取ってくれるが、解体施設の建設に先駆けてこの脱羽機だけでも先に購入したいものである。しかし、あまりたくさん売れるものではないので高価である。構造は洗濯機みたいなものでゴムの突起が中にいくつもある簡単なものらしいが百万円近くもする。

 羽数が増えたため餌もかなりたくさんいる。100羽くらいまでは自分のところのクズ米と雑草でなんとかなったが200羽近くとなると全く足りない。そこでクズ米を40袋買った。近くの八百屋に頼んで野菜クズを毎日貰ってもいる。もちろん、委託された農家にも負担して貰うし手間賃として鴨の半分はいただく。それを津村君とまた半分に分けるのだ。しかし、あまりたくさん鴨肉があっても食べきれないし、販売もできない。やはりしっかりした施設がないと売れないのだ。これ以上の羽数は当分無理だろう。

 お米はまずまずの出来だった。酒米もコシヒカリも7〜8俵。草だらけになった一枚の田も何とか刈り終わることができた。機械でできなかったところも一反くらいあったが、友人経由で手刈りしてくれる人にあげたので綺麗に稲はなくなった。

 鴨の解体の前に麦を蒔いている。なるべく10月中に蒔きたい。今年は3反5畝の予定である。この規模になるともはや一条蒔きの種まきゴンベイでは無理である。昨年は2反蒔いて足が棒になってしまった。そこで今年はトラクターに付ける5条の機械を購入した。さっそくやってみたがあまりうまくいかない。ある程度経験をつまないとうまくいかないとは思っていた。温湯消毒をしたので湿っていたのが良くなかったようだ。種がくっ付いてうまく落ちてくれない。乾燥に時間をもっとかける必要がありそうである。

 こんな調子で鴨と大豆などの片付けが終わるまで後一ヶ月は忙しい日々がつづきそうである。念願の基礎所得保障制度研究会も今はまだ動けない。しかし、時代は急速に変化している。貨幣と金融制度が根本から崩壊している。おそらく、来年以降外需依存型日本経済は急速に落ち込むだろう。ベイシック・インカムと貨幣・金融の根本改革は世界の急務となる。自民党や公明党も定額減税などというセコイ事を言ってないで、利子なし貨幣の国家発行、金融の国有化そしてBIの導入を目指すべきだ。期待する方が無理かもしれないが・・・。そもそもマネーほど公共性の高いものはないのだから、私企業金融機関出資の日銀などに任せるべきではないのではなかろうか。

破綻歓迎(2008年9月)

 稲刈り真っ最中であるが、天気が続かないのでなかなか進まない。天気さえ良ければ、一日一枚の稲刈りが可能だ。夜、乾燥機に入れた籾を午前中に籾摺りをして袋詰のあと農協へ出荷する。午後は次の田の稲刈りである。機械化のため、この一連の作業がほとんど一人でできてしまう。逆に言えば一人にかかる負担が大きくなってしまった。

作業を頼まれた稲刈りはほとんど終わったので気はかなり楽になった。後は、無農薬の飯米と酒米が主である。中信地区のお米の作柄は平年並みかやや良という報道があった。7月の高温で早生品種や早めに植えた所はけっこう良さそうだが、盆過ぎから雨が続き遅く植えた所はあまり出来がよくないようだ。平均すればまあ平年並みということか。

畑の後に作った田は無農薬、無肥料で大変よくできた。収量は稲刈りをしてみないとはっきりしないが、見たところではまずまずの出来映えである。栽培も深水管理だけで良く、こんなに簡単に有機米ができてしまっていいのか、今までの苦労は一体なんだったのか。簡単に出来れば出来たで恨みがましい気持ちになるのだから人間は勝手な生き物である。畑と田が一年交代でできれば理想的であるが、畑は小麦と大豆が主流になるだろうからこちらの販売先も考えなくてならない。小麦も今年は県内で開発された強力(ゆめあさひ)と今までの中力(伊賀筑後オレゴン)を作った。けっこうあるので、乾麺にしてもらうだけでは消費できそうもない。そこで親戚からパン焼き機を貰ってせっせとパンを焼いている。これも全く便利な機械で素人でも簡単にパンが焼けてしまうのである。有機の地粉だせいか、小味があって大変おいしい。

一方世の中は輸入された事故米が不正に流通していたり、メラニンとかいう物質が入った乳製品が広く出回ったり食の安全問題がまたまた話題になっている。汚染餃子問題もまだ解決していない。もはや何を食べてよいやら全くわからない時代になってしまったようだ。国産で素性のはっきりしたものが再評価されるのだろうが、お米の値段は農家が生産を継続できるだけのものになるのだろうか。

アメリカの金融破綻も目を離せない状況になってきた。もう実質的に恐慌の時代に入ったといっていいのではなかろうか。これは根本的な二つの問題を解決しなければ乗り越えることはできない深刻なものである。一つは何度も書いたドル基軸制の問題。もう一つは利子と金融という資本主義の問題である。マネーを無限に増殖させる利子という制度。マネーを勝手に作り出すことができる金融という制度が破綻しているのだ。おそらく世界恐慌へと発展するだろうが、ドルも金融も一旦破綻するほう方がいいし、私企業である金融を莫大な税金で救済するくらいなら、万人への最低所得保障をする方が安く済むし誰もが納得しやすいだろう。さらにドルが推進したグローバルな経済も破綻するから、毒入り餃子やメラニン入り牛乳・事故米の問題もなくなってしまう。地域経済が中心になるから温暖化も防ぐ。破綻なくして再生もないのだ。

解体施設が欲しい(2008年8月)

 暑い。10年ぐらい前とは質が違う暑さだ。夜、窓を開けっ放しておいても全く涼しくならない。昔ならすぐに風邪を引いてしまっただろう。特に朝の冷え込みがほとんど感じられない。寝苦しい夜が続いている。昼と夜のビールだけが楽しみのような毎日である。寒暖の差が少なくなると信州の米や野菜・果実の味や品質も落ちてしまう。

 トマトは定植が一ヶ月遅れたのでまだ青いものが多い。玉数も少なく収量はかなり減りそうである。しかし、無肥料無農薬で丈夫でおいしいトマトができた。ハウスで作っている生食用のトマトも水も肥料もやらずに2年目であるがけっこう甘い。ホッタラカシなので藪の中から収穫している。ただ植えて時々雑草をとっているだけなのにちゃんとできるから不思議である。

 米は一枚の田を除き順調である。一枚の田はアイガモ用の網を張るのがいやになってしまったので、草だらけになってしまった。半分は諦めている。網張り作業のボランティアを集める方法はないものだろうか。カモは穂を食べ始めたのであげた。今年はなんと170羽を池で飼っている。筑北や松本からも頼まれて預かったからだ。昨年は綺麗に代をかいたが、野鴨がたくさん来てアイガモも真似をして飛び始め苦労したので、今年は背の高い雑草を残したまま池にした。今のところ野鴨は来ない。しかし、170羽の餌をどうしようか・・・悩んでいる。

 鴨の解体施設の話が急に進み始めた。候補地が一つ見つかったからである。まだ正式に決まったわけではないが、地主や周辺の人を説得するためにもある程度の試算をしなければならない。大雑把に計算したところ400万円くらいかかりそうである。解体専用の特殊な機械が150万円もする。基礎と配管工事で100万くらい。コンテナハウスが100万。その内200万くらいはアイガモ農家の出資で賄うつもりだが、後の200万の目途がたっていない。解体用の機械は国内に数社しかないのでほぼ独占価格である。アメリカやアジアで探せば十分の一の価格で買える単純な機械である。平行輸入か直輸入のルートを探しているがまだ見つからない。基礎と配管は知人に相談したら結構安くできるという話。なんとか総額200万上限300万くらいでできれば助かる。なにしろ、売り上げが一羽1000円の解体料で1000羽として年間100万円くらいで維持費が最低50万はかかるのだから、必要性は高い施設ではあるが採算はかなり厳しいボランティアに近い仕事なのだ。雛の生産や田から上げた鴨を預かる事業を合わせてやれば利益はかなり出そうだがこれからの課題である。今は解体施設をなんとかしたいものである。

 搾油機械と燻製もやりたいという話もある。これは一部屋余分に作っておけば後はやりたい人が準備できる。施設の稼働率もあがる。

 これらはFEC自給圏を目指すには必要な施設である。感度のいい自治体ならば率先してやるべきものだが、残念ながらこの辺にはそういう自治体はない。大赤字の巨大トマト施設だけはそびえ立っている。

無肥料栽培(2008年7月)

まだ大豆を蒔いている。この近辺では7月10日が大豆播種の限度と言われているので、かなり遅れてしまった。小麦が倒れたので収穫に時間がかかり、ようやく刈り終わったと思ったら大雨が降って畑に入れなくなってしまったのだ。早生品種の「タチナガハ」なので小麦の後でもなんとかモノになるが、一週間近く遅れたのでどうなるのかわからない。念のためポットに大豆を蒔いておいたので、最後は手で植えるという方法もあるが、ますます時間がかかる。すべての農作業がその分ずれ込んでしまう。

幸い今年の稲は雑草もほとんどなく手がかからない。このままいけば近年では最高の出来になるかもしれない。やはり苗が良かったこととアイガモ達の働きが大きい。しかし、一番楽だったのは5〜6年畑にしていた所である。水田にして田植えをしたきり、後は深水管理でほとんど草もなくいい稲になった。肥料も全くやっていないが、多少の色ムラはあるものの健康的な姿の稲に見える。こんなに楽にできるなら、田畑の輪作にもっと力を入れてみるべきだろう。そのためにも大豆の播種をなんとかやってしまいたい。来年は大豆の後作の稲、2年畑にした後の稲作の実験ができる。稲→小麦→大豆→稲の田畑一年交代の輪作も実験してみたいが、それには専用播種機を購入する必要がありそうだ。播種機があればこんなに大豆の種蒔で苦労することもないし、時期を逃すこともないだろう。「種蒔ゴンベイ」という一条の手押し播種機では小麦一反蒔くのにも一週間かかってしまうし、足が棒になるほど歩き疲れてしまう。

一ヶ月遅れで定植したトマトは驚異的な速さで成長してほとんど一般と変わらないくらいに追いついた。トマトの生命力はかなりのものだと感心する。こちらも無肥料である。ただカモ田の後なので燐酸などの成分は多少あるだろう。そういえば、食糧の輸出規制をする国が増えているが、肥料、特に燐酸の輸出も減るらしい。最大の輸出国の中国が国内市場重視のために燐酸の輸出規制をするという。すでに肥料価格もじわじわと上がっている。無肥料栽培の実験も始める必要がありそうだ。父は肥料で作物は育つと頑固に実践している世代であるが、肥料をやれば病害虫にも弱くなり農薬も使わざるえなくなる。値上がりした肥料代を価格に上乗せできればまだいいが、水産物と一緒で自分で値段を決めることができない。

窒素、燐酸、カリという肥料三要素というのもよくわからない。燐酸は鶏やカモの糞にあるが、餌は草やくず米などが主である。鳥の体内で燐酸に変化するということだろう。窒素も家畜の糞にかなりあるが、これも食べた草が牛などの体内で窒素に変化したということか。昔「ケルブランの原子転換」という話を聞いた。自然界の原子は変化して違う原子になりうる・・・というものである。放射線を出す物質ならばありえそうな話だが、田畑や野山の自然の中で実際に起こるのだろうか。家畜の体内では起こっているのだから不思議ではないとは思うが、メカニズムが実証されればわかるが、無肥料栽培の長年の実践があるという話だけではなかなか納得できない。

過労死社会(2008年6月)

 田も野山も緑一色になりなんだかくどい感じさえする。今年は随分早い梅雨入りである。農作業も毎日天気予報を気にしながらやらなくてはならない。雨ならば田んぼの仕事。晴れれば畑である。この時期は晴耕雨耕で土日休日もなし。さすがに昨日は疲れ果てて半日動けなかった。動こうとすると足がケイレンを起こすので、あきらめて寝ることにしたのだ。

稲の苗はようやく立ち枯れ病から開放された。毎年この時期は稲の立ち枯れで胃が痛いが、今年はやっとその苦しみから抜け出すことができた。ただ、万全を期すために様々な対策をとったので、何が一番効果的だったのかわからないのがちょっと残念である。水苗代が良かったのか、山土が良かったのか、はたまたエコホープが効いたのか。エコホープは高価だし温湯消毒で無事にやっている人もいるので替えることができそうだ。立ち枯れ病が出た時のために予備的に少し買っておいてもよさそうである。とにかく今年はなかなかいい苗ができたので田んぼにも綺麗に稲を植えることができた。

その替わりにと言うか今度はトマトの苗を失敗してしまった。発芽までは良かったが、仮植した後大きくならず次第に枯れてきた。こちらも3〜4人分の苗を作っているので大変だ。急遽、土を農協から買ってきて植え直した。一ヶ月近く遅れてようやく回復してきた。原因ははっきりしていて「土」である。田んぼ用の山土が余ったので、それに籾殻クンタンとピートモスを混ぜて作った。田んぼ用の山土は酸性で、籾殻クンタンはアルカリ性である。これに水をかけて2日ほど置きトマトを植えたものはうまく成長したが、それをせずに急いですぐに仮植したものが枯れてしまったのだ。おそらく混ぜた土がなじんでいなかったため生理障害を起こしたのではなかろうか。トマトはもともと強い作物で肥料もほとんどいらないが、人間が間に合わせで即席に作った土には合わなかったみたいである。毎年成功するものもあれば失敗するものも必ずある。アイガモの雛も到着したので、トマトの定植と田んぼの網張りなど当分過密なスケジュールが続きそうである。体調管理も難しい時期である。

格差社会の拡大とともに、若者や中堅層の過労死や過労自殺も一向に減りそうもない。裁判では原告が勝つことも多いが、社会全般で見れば労働条件の改善は進んでいないように思う。農村の担い手もやはりかなりの過重労働に耐えているのではなかろうか。こちらは自営業なので過労死したところで誰を訴えればいいのかわからない。訴える相手がいるだけまだ労働者の方がまし・・・と言えるのかどうか。

労働と所得を切り離す基礎所得保障はこうした現状の解決に有効だし、ポスト工業社会の制度として必然的なものだと思うが、それにしても日本国憲法とそれに基づいた国政はサービス残業・過労死社会の解決にも全く役に立っていない。国際労働条約に基づいてILOに提訴して未批准の条約の批准と執行を政府に迫れば、所得保障がすぐには無理としても、この悲惨で過酷な奴隷労働社会はかなり改善できるはずである。

人口分布のあり方(2008年5月)

 周囲は様々な花が咲き始め随分カラフルになってきた。麦の青さも目に沁みる。種蒔が終わり稲の芽も出始めた。期待と不安が半々である。種蒔・苗床は大勢でわいわいとやるので毎年楽しい行事になった。苗は約十軒分で、責任重大である。自給を主な目的とする人が五軒で半分である。

ロシアではダーチャという制度があって週末は田舎で自給用の畑をやるのが普通になっているという。だから国家が崩壊してもあまり混乱もなかった。わずか5%の農地を解放しただけで食糧不安や政情不安がなくなるのだから、農業はそもそも自給目的の家族経営が最適なのだろう。かたやフィリッピンのように大地主に支配されているところでは米価格の高騰で暴動まで起きている。

日本はどうなのだろう。いよいよ高齢化の影響か、年々請け負いの面積が増えてしまう。新規に就農したいというご夫婦に5反貸したので少し楽になるかと思ったら、ほぼ同じ面積を新たに頼まれた。脳溢血で半身麻痺になったというから大変である。有明の友人の話だと、85歳で大規模に稲作をやっていた人が辞めるので、替わりにやってくれる人を頼んだが、その人はなんと75歳だという。後期高齢者が前期高齢者に頼んだようなもの。我が家とて誰か一人寝込めばほとんど何もできなくなるだろう。幸い両親ともに元気に農作業をやってくれているが、すでに二人とも80台である。限界集落でなくともこんな状況なのだから自給率が低下するわけである。

やはり最低所得保障制度で人口を分散させるのが日本では一番いい方法ではなかろうか。首都圏や他の大都市に7000万人も集中し、かたや鳥取県は60万人を切るという偏った人口分布のもとでは食糧もエネルギーも自給不可能である。もちろん、温暖化を防ぐこともできない。

戦後の共産圏のような自民党一党独裁政権のもと、工業で稼いだ富を公共事業で全国にばら撒いて政権を維持してきた。その際、「国土の均衡ある発展」というのが公共事業ばら撒きの名目とされた。しかし、その結果が限界集落やら廃村やら夕張市のような破綻自治体の増加である。国土保全や均衡ある発展を言うならば人口の適正な分布を問題にすべきなのに、全くそういう議論は聞かれない。人口分布のあり方が問題となれば、最終的には基礎所得保障制度の導入にゆきつくだろう。BIはまず脱石油と食糧自給を目的として人口分布を考慮して段階的に行うのがいいと思う。まず、過疎地や限界集落と言われる地域に住む人や移住する人には無条件で支給する。次に、大都市圏以外の地域で、FEC自給に関わることを条件とする参加所得を行い。最後にある程度の人口分散が実現したら全国的にやればいい。金額は一人月5万円くらいから始めたらどうか。夫婦で10万、子供一人いれば15万。自給的な農業をやれば結構いい生活ができるのでは。もちろん、足りないと思う人は稼げばいい。

問題はこの世界的な大転換期に暫定税率一つ変えることができない省庁天皇制の国をどうするか・・・ということである。炭素税をBIの財源にすればいいだけなのに。

教育の目的(2008年3月)

 急に暖かくなったので、急に忙しくなった。毎年思うことだが今年こそは苗をうまく育てたいものだ。色々情報も集めた。まず、田んぼの土には立ち枯れ病の菌がたくさんあるので、これを山土に変えた。2トンダンプ一台を仕入れて篩い機にかけた。これにピートモスと籾殻薫炭を混ぜる。種籾の消毒も今年はちょっと金をかけた。エコホープという高価な生物農薬を買った。これは自然界にある菌を濃縮したものである。立ち枯れ菌を他の菌で抑えるというものである。略して「菌抑」。塩水選で丈夫な種籾を厳選したあと、一昼夜エコホープの液に漬けた。その液はタンクに取っておいて、もし立ち枯れが出た場合に散布する予定である。

 育苗資材も変えるつもりである。出芽までの一週間は低温と加湿による酸欠を防ぐ。そのためにトンネル資材を購入する予定である。出芽後は常時灌水で立ち枯れ菌を抑える。考えられる対策はだいたい考えた。

 それから、稲藁対策。先日波田の自然農法研究センターで稲作研究会があったが、ほとんどがこの藁対策の話であった。藁は腐るのに6〜8年かかるという。標高が700m以上の所ではほとんど腐らないので、ハザ掛けにして出した方がいいそうだ。それ以下の標高ではある程度腐るようだが、田一枚一枚違うし、その年の気候によっても違う。それを見極めるのが難しいようである。冬季灌水や早期灌水ではほとんど藁は腐らないという。一枚の田は冬中水を張っておいたがどうしようか。不耕起で植えれば藁の害はないそうだが、根が表面にしか張らないので倒伏しやすいという。ちょっと悩むところである。

 一方、中信地区のアイガモ農家が集まって新年会をやったが、そろそろアイガモの解体施設を作りたいという話になった。検討委員会を作って可能性を探ることになった。三郷の津村さんがいよいよ養鶏を始めたいというのでこの機会に解体施設も近辺に欲しい。県の食肉衛生検査所に話を聞きに行ったら、充分実現可能であることがわかった。場所探しが一番の課題になりそうである。

 急に忙しくなったので、基礎所得保障制度の研究はしばらくお休みになりそうである。資料集めは進めているが中身の検討は暇ができたらやるということになろう。ベーシック・インカムを考えるサイトもできたので、こちらで討論は進むかもしれない。不労所得を批判する人もいるが、現実には土地や株などの売買で莫大な不労所得を得ている人がいる。かたや、普通選挙によって成人には皆選挙権があるが、資金や資産は万人にはない。若者を中心に圧倒的に無産階級が多い。基本的な資産がないと利益誘導型の政治に陥りやすくまともな政策論争ができない。近代は万人に選挙権は与えたがまともで自由な政策論争ができるための基本資産や教育は充分には与えられなかった。BIが参加所得・市民所得とも言われるのも、こうした背景がある。教育の本来の目的も学力ではなく社会のあり方に責任を持つ市民の育成にある。政治も経済も混沌としてきた今だからこそ、じっくり社会のあり方を考えたいものである。

ドリカム新年会(2008年2月)

 毎年冬の農閑期にどこかへ旅行に行きたいと思っているが、今年も実現しそうもない。まあ、あまり行きたいところもないが、気分転換にはいいと思っているのだが、色々野暮用ができて行けない。まずは歯医者に週一度行かなければならない。去年の春頃から左右上下の奥歯に被せてあった金歯が次々と取れた。物がうまく噛めなかったが、忙しがって冬まで放っておいたのだ。歯科医に行っている間に、今度は前歯が一本ポロリと抜けた。若い頃から少し動いている歯だったが、ここ数年ぐらぐらしていて、ついに先日リンゴを齧ったら抜けてしまった。奥歯だけでなく前歯もなくなるとさすがにご飯も食べにくい。前歯は喋る時に空気がスースー抜けて話にくいことがわかった。それに笑うと目だってしまうので、手で隠してオホホ・・・と上品にやらないといけない。

 人間ドッグにも行ってみたい。旅行よりこっちの方が先かもしれない。昨年のアイガモ会の会長の急死もあるし、この近辺で51歳で亡くなっている人がけっこういる。病気が主だが事故死もある。昔は42歳が厄年と言われていたが、寿命が延びたので厄年も伸びているんじゃなかろうか。その51歳になってしまったし健康診断などずっとやってなかったので一度人間ドッグとやらに行ってみようか・・・と弱気なって考えているのだ。調べてみたら保険が利かないので5〜6万円もかかる。ちょっと躊躇する金額である。

 それに基礎所得保障の研究会を作る呼びかけにもあまり反応がないので、しかたなく英語の原文を買って、自分でその翻訳も始めてしまった。忘れかけた英語でしかも論文形式なのでとても難しい。一日かけて数行ということもある。まあ英語の勉強をやり直すくらいの気持ちでやっているが、この分では一年や二年では終わらないかもしれない。今はパソコンでいいソフトがあるので翻訳もやりやすいと思うが、そのパソコン操作に慣れるのは英語を翻訳するのと同じくらい難しいときている。気長にやるしかあるまい。

 産業の合理化とオートメ化が進み、市場が飽和状態になった現在、基礎所得保証制度は時代の必然である。例えば、昔十人でやっていた仕事が一人でできてしまうとすると、残りの九人はどうすればいいのか。新しい仕事を作ることもできないのだ。労働をしなくては所得が得られないという「働かざる者食うべからず」という思想はもう成り立たない。現在はサービス産業が主流だがその大半は潜在的失業者と言えよう。無理に仕事を作れば経済の犯罪化が進む。実際新しい経済分野といわれるものは如何わしいものが多い。そこで、労働と所得を切り離して誰でもが充分暮らしていける所得を保証しようということである。お金にはならないが社会が必要とすることは山ほどあるのだから、所得が保証されれば、過疎地に住もうという人もけっこういるはずである。

 昨年から若者が中心になってドリカム新年会というのをやっている。自分達の夢を多いに語り合おう、そして少しでも実現させようという会である。実際昨年夢を語った何人かはみごとに実現させている。私は昨年酔っ払って夢を語ることさえできなかったので、何も実現しなかった。そこで、今年はお酒に負けずに夢を語ろう・・・と表明していたが、やはりお酒に負けてしまった。それでも何か話したことは覚えているが、その内容はさっぱり覚えていない。これでは夢を語ったとは言えまい。随分酒にも弱くなったようだ。

 まあ私の場合、基礎所得保障制度を実現しよう・・・とか、象徴天皇制をやめて日本を共和国にしようとか、すぐには実現しそうもない夢ばかりである。唯一身近な話題はお嫁さん探しくらいか。あとで聞いた話によるとしきりに「押しかけ女房募集中」とか言っていたらしい。何事も面倒くさがり屋なので、お嫁さんを探すのも面倒くさいのである。こんなぐうたらで前歯なしおじさんに果たして押しかけてくれる人がいるのだろうか。今年のドリームも儚いものになりそうである。

恐慌(2008年1月)

 毎日少しずつやっていた大豆の選別がもうすぐ終わる。今年の味噌と醤油用である。初めて作った醤油は今年の秋に絞る予定である。今のところ順調だと思う。一番大変だったのは梅雨から夏にかけてで、毎日2〜3回かき混ぜなければ発酵で容器から溢れてしまう。

大豆の選別はまず、トオミで風選別してゴミを取ってから木の箕で転がしたりしながら良い豆だけ選ぶ。味噌は5〜6軒の人が一緒に作るので選別もやってもらった。残り100kを一人でほぼ一ヶ月かけてやった。農協に頼めば機械で綺麗に選別してくれるがお金がかかる。ただでさえ安い大豆だし、くず大豆は田んぼの抑草に使えるので自分でやっている。大豆の自給率は0.9%。世界の相場は上がり続けているが、それでもまだ外国産は安い。工業製品や金融の黒字で円が高いせいである。いつまで続くかわからないが・・・。

アメリカから始まった株安が世界中に広がっている。単なる不況ではなく世界恐慌の始まりだという意見が次第に強くなっている。1930年代の恐慌は世界経済をリードしてきたイギリスの衰退に関係していた。今回はアメリカのドル基軸制の終焉と深い関係がありそうだ。つまり、景気の良し悪しといった資本主義経済の波といったものではなく、経済のシステムが壊れつつあるのだ。前者を風邪に例えるとすると、後者は脳血栓みたいなもので致命的な影響がある。もしこの恐慌説が本当ならば経済は止めどなく縮小するだろう。世界中に失業者が溢れ、自治体や国の財政は破綻状態になる。経済のグローバル化が逆に恐慌を世界に広め深刻化させる。とりわけ深刻なのは日本の食糧自給率の低さであろう。どんな国でも食糧だけは自給する体制ができているが、この国だけは違った。果たして工業製品の代わりに食糧を提供してくれる国があるだろうか。

随分前から、これからは軍事ではなく人間の安全保障の時代だと言われてきた。鳥インフルエンザの問題は大きく取り扱われるようになってきたが、まだ政府は本腰を入れているとは思えない。食糧安全保障などほとんど関心がなさそうである。危機管理能力が全く無い国なのだ。どうしてこんな国になってしまったのか。占領憲法を左右ともに信奉している、もともと異常な国だから・・・というのが私の意見だ。

それはともかく、この国の政府に期待することができないとしたら私達はこの危機をどう乗り越えたらいいのだろうか。個人レベルで備蓄を始めるしかないのだろうか。農家も消費者も穀物など保存できるものは少し多めに取っておき様子を見るということか。それが商店や地域レベルでできればなおいいだろう。1930年代の恐慌の時は減価する地域通貨が世界に広がった。オーストリアのベルグルという都市は有名である。公共事業を地域通貨で支払うことで失業者を減らし財政も再建できた。今ならば地域通貨で基礎所得保障をするというのがベストだろう。それにしても自給率が低すぎるのは多くの人の生命に関わる事態であることに変わりはない。大豆もあまり売らずに少し多めに取っておこう。


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