ゆういちろうのページ 2009年

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平和とBI(2009年12月)

 やっと大豆の収穫が終わりほっとしている。と同時に急に気が抜けたように気楽になってしまった。一年の農作業も主なものが終わった。しばらくはのんびりとした日々を送ることができそうである。

糖尿病も症状は落ち着いているが、やはり普通の人より若干血糖値は高い。100を下回ることはほとんどないが、異常に高くなることもない。これからの運動不足をどうしようか。手軽に続けられるしかも楽しいものはないだろうか。若い頃はバスケや水泳が大好きだったが、一人では難しいし続かない。鈍った体でもきつくないスポーツがあればいいが、ゲートボールにはまだ早いし、冬は野外は寒くていやだ。まあ、こんな風に悩みながら結局ぐうたら今年の冬も終わってしまうのが落ちではなかろうか。また、困ったことに酒は止められない。最近はワインにはまっている。つまみを食べなければいいのだろうがつい食べてしまう。もう面倒臭いから病気でもいいか。

 安曇野べーシック・インカム研究会もようやく学習会を始めることができた。月一回の資料の読み合わせから始めているが、現実の流れは急速に悪化しているようだ。ドルは来年末くらいにはさらに急落して、最終的には一ドル=10円くらいまで落ちるという本まで出て評判になっているらしい。政府の国債発行額も終戦直後以来始めて税収を超える見込みになってきた。

 そんな情勢の中、ベーシック・インカムへの注目が集まりつつある。日経新聞でさえその有効性を認める記事を書いている。先日はある会で自由に何でも話せるということなので、BIの話をしてきた。BIの会が進めばこういう話をできる機会も増えてくるかもしれない。しかし、BIに関する混乱もまた広がっているように思える。

 例えば、所得税や消費税でBIの財源が出せるという意見も出ているが、税収が落ち込む状況の中ではできっこない。なにしろ、現状のマネー経済では9割以上が利子つきの銀行マネーで、私達がなじんで使っている札やコインはわずか数パーセントなのだ。国や自治体や企業が借金まみれになるのは、究極的にはこの銀行マネーのせいである。

 これは逆に言えば、政府が貨幣発行権を発動しさえすれば簡単に解決するということでもある。実際、1930年代の世界恐慌の時、高橋是清大蔵大臣は国債を日銀に引き受けさせて財政を立て直し恐慌から数年で抜け出している。また、ドイツでもシャハト国立銀行総裁が政府通貨を発行してわずか3年で破産寸前から西欧最強の経済にまでしてしまった。二人ともインフレになる軍拡に反対したため暗殺や投獄された。

 アメリカのニューディール政策はほとんど効果がなかったことは最近の研究で明らかになっているらしい。市民に購買力がないのに電気自動車や太陽光発電をいくら開発しても限界があるのだ。アメリカは結局戦争によって完全雇用を達成し恐慌から抜け出した。オートメ化が進んだ世界では完全雇用など戦争でしか達成できない。雇用とは切り離した所得が必要な明白な反証になっているではないか。平和運動に関わる人もBIと政府通貨に無関心でいるわけにはいかない。

人間の運(2009年11月)

 ようやく稲刈りが終わって、麦の播種にかかるところである。乾燥機や籾摺り機など機械類の掃除をやりながら・・・。ネズミが入るので念入りに掃除をして、木酢を原液でスプレーする。色々試しているが、今年は木酢中心でやっている。市販の煙が出る物もけっこう効いたが、木酢の方が安いし、用途も広い。アイガモの餌用に取ってあるクズ米にも散布したが、ほとんどネズミにはやられなかった。家の中にも所々原液を容器に入れておいてあるが、こちらもかなり効果がある。どうも木酢の匂いが嫌いらしい。畑の芋類がネズミにやられて困る場合も穴に直接入れると効くという。ネズミに困っている人は是非試してはいかがでしょうか。

 麦が蒔き終わったら、いよいよアイガモの解体である。今月終わりから11月3日までを予定している。その後大豆の収穫をして今年の主な農作業もほとんど終わる。それにしても、今年のお米は不作であった。5〜8俵しか取れなかった。5月中旬までに田植えをした人は10俵前後の収量があったが、我が家は6月から植えた。遅い田植えの田ほど収量が少なかった。お盆まで続いた梅雨のせいだろう。頼まれて代掻きや稲刈りをする都合上、どうしても先に頼まれた所から作業をするので、自分のところが最後になってしまうからだ。一緒にやることは一人ではとても無理である。まあ、その分作業料金が入るが、それはなるべく機械の修理代にとっておきたい。何しろ中古機械がほとんどなので修理費が毎年馬鹿にならない金額になる。今年もコンバインの整備・修理費だけで30万円くらいは取られてしまいそうだ。これで5俵しか収量がないのだから頭が痛い。早く所得保障をやってもらわないと続かない。

 まあ、お金に縁がないのは生まれつきみたいなので慣れてはいる。何しろ学生時代の寮生活も悲惨であった。日雇い労働や先輩の飯を盗んだりしてなんとか食いつないでいた。ある夜ふと寮の自動販売機の下につり銭が入ってしまったので、これはいかん、と取ろうとしたらなんとゾロゾロとコインが出てくるではないか。友人と喜び勇んで拾い集めたら、数千円くらいあったのではなかろうか。これはすごい、バイト行くより東京中の自動販売機の下を探した方が手っ取り早くお金になるぞ。と二人で夜の街へ期待に満ち溢れて出かけたものである。残念ながらほとんど収穫がなく、たぶん同じことを考えている人も東京には大勢いるんじゃないか、という結論に達し肩を落として寮に帰った。それ以来、落ちている硬貨は一円でも拾ってしまうようになった。足でそっと踏んで隠し周りに人がいないのを確かめてから拾う。なんとも惨めな姿である。ある日テレビを見ていたら、ビートタケシが「俺は落ちている金は一度も拾ったことがない。芸人は運がほとんどだし、人間の運は一生の内でほぼ同じくらいしかない。くだらない事で運を使いたくないから一切拾わない」と、言っていた。なるほどなあ。だからあんなに売れっ子タレントになれたんだな。私の場合、もうほとんど小銭拾いに運を使い果たしちゃったから今も貧乏しているのかもしれない。

友愛社会ってなあに(2009年10月)

 稲刈りの真最中であるが、天気があやしくなってきた。数日はお休みになりそうである。朝夕の鴨の世話も大変である。170羽くらいはいる。餌はいくらあっても足りない。よく食うやつらである。鴨を飼っているのか、自分が鴨に使われているのか、わからなくなってくる。今に見ていろ、その内、肉にして食ってやるからな。と、つぶやきながら草を刈っては池に放り込んでいる。

 稲刈りで忙しいのに、こんな鴨の世話を毎日していて、ふと、これは日米同盟関係に似ているな、と思った。鴨はもちろん、日本である。アメリカの核と基地に守られ飼われている。しかし、アメリカから見れば金で日本に使われていると感じているのかもしれない。いつか肉にして食ってやるからな、とつぶやいているのかもしれない。

 もともと対等な関係ではないのだ。しかも軍事同盟などもう古い制度で実質的には日米間しかない冷戦の残骸である。また、戦後の世界各地では同盟関係を口実にアメリカは戦争をやってきた。宣戦布告などという野蛮はなくなったかわりに同盟関係やテロが戦争の理由になってしまったのだ。これが日本がずるずるとイラクやアフガン戦争に引き込まれている理由だ。

 鳩山総理は日米の対等な同盟とか核廃絶とか友愛社会とか言っているが、日米同盟の廃止なくしてできるとは思えない。世界からすればアメリカの核に守られての核廃絶宣言はむなしく感じるのではないか。

 裏返せば、国内では憲法9条と日米同盟はセットになってしまっているから、憲法問題に直結するだろう。

 ところで友愛って一体なんなんだろう。あまり具体的な説明を聞いたことがない。鳩山家では三代くらいにわたっての家訓、政治心情のようだ。「自由・平等・友愛」はフランス革命以来人類の目標とされてきたが、いまいち意味がわかりづらい。

 しかし、世界の普遍宗教では「自分がやられて、いやだ、と思う事は人にしてはならない」という、黄金律が共通してある。実は、この黄金律から自由・平等・友愛が導きだせるようだ。普遍宗教にはあまり縁のない日本ではあるが、同じ人間なのだから理解は可能だと思う。また、宗教は普通の人を対象とした教えであり、わかりやすい言葉で説得したものであり、もともと学者や専門家が独占すべきものではなかった。日本人にも充分わかるはずである。

 では黄金律から導きだせる自由・平等・友愛とは何か。自由とは人からいやなことをされない事。平等とは、自分がされていやなことなら、それを人に押し付けないこと。そして友愛とは、そうした自由と平等が保証される社会を作ること。

 非常に逆説的に聞こえるが、何でも自分勝手にやれることが自由だと思われているのとは全く正反対なものである。平等も能力や資産が平均的な状態という意味ではないということになる。なぜ、こんな大きな違いができてしまったのだろう。一つにはアメリカ的皮相な自由論が世界に広がってしまったことにもあるだろう。

 鳩山首相はこの友愛社会をどう日本人に説明してゆくのだろうか。

金融の正体(2009年9月)

 トマトの収穫が終わったが、長雨の影響で例年の反作以下であった。体は楽だったが収入も半減である。大豆も6月中に播種したものは木ばかり大きくなって実がほとんど付いていない。米も作柄予想はやや不良という発表であるが、稔実が悪く不良になる可能性が高い。つまり今年は野菜、穀物全般的に大不作になると思う。だからと言って、価格が上がるか言うと不況と失業の増大で物価は下がる一方なので、農家の収入は減るしかないだろう。だいたい農作物というのは誰にとっても必要なものだから価格はそう高く設定できるものではない。しかし、国土や文化の保全維持には第一次産業はとても大事なものである。やはり所得保障はなくてはならない制度だろう。

また、農家の副業も重要である。昔は村の中に、油屋とか下駄屋とか紺屋とか色々な副業を表す屋号があって、実際農業をやりながら様々な副業をやっていたものである。酒蔵の杜氏や蔵人も冬場の農家の大事な副業であった。現在でも農作物の加工まで手がけているところは好不況や作柄の影響もあることはあるが、確実な現金収入は確保できている。こうした農家の小規模な副業を支援することも大事な政策だろう。

さて、総選挙は民主党の圧勝に終わったが、その前途は多難と言わざる得ない。長年の自民党政権が終わってせいせいしたが、実際の最大与党は省庁や官僚である。しかも財源と情報を握って操作しているのも財務官僚である。彼らと一体どうやって遣り合い、公約を実現させるのだろう。手ごわい相手である。さらに社会情勢の悪化はより深刻になる。戦後最大の失業率に加え、11月頃には昨年のリーマン・ショックの何倍もの金融破綻の波が世界に押し寄せてくるという海外情報もある。サブプライム問題は不良債権問題のほんの一部に過ぎない。金融は完全にギャンブル化していたのだ。おそらく、これでドルの命運は決するだろう。一時的に異常な円高になる可能性もあるが、「自由貿易」という戦後の幻想は吹き飛んでしまうだろう。輸出は円高で全くできなくなり、輸入も国内産業を潰すことになるし、日本の市場はさほど大きなものではない。民主党がこれらの深刻でラジカルな問題に対処できるとは思えないから、民主党政権もそう長くは続かないかもしれない。

やはり通貨と金融の問題にメスを入れる政治勢力が現れないかぎり根本的解決はできない。そもそも銀行業は詐欺である。預金の十倍もの貸し出しをしている。高利貸しは強欲かもしれないが、持っている現金を貸している。銀行はありもしない金を貸して利子を取っている。そしてその詐欺で設けた金で金融商品というギャンブルに浸ってきた。そして大損したら政府に泣きついたり脅したりして税金で資本注入してもらう。詐欺士で賭博士で恐喝屋というのがその正体である。しかも、通貨の発行権まで銀行の利益を代表する日銀が握っている。これでは財政赤字をなくすことなどできない。アメリカの歴史はこの詐欺師集団・国際金融組織との壮絶な戦いであり最後は負けてしまった。大統領も十人くらいは暗殺されている。リンカーンやケネディーも。

税金廃止(2009年7月)

 久しぶりに痛飲して二日酔い状態である。毎年恒例となった中学の同級会があったからである。農作業の疲れとストレス発散にはちょうどいい。病気もあまり心配ばかりしていても良くないし、たまには気分転換した方がいい、と勝手に解釈している。結局誘惑に負けただけであるが・・・。

もういくら血糖値を計っても120を超えることはほとんどなくなった。120を超えたら薬を飲むことにしたが、超えないので薬も減らない。血糖値の測定も一日おきくらいにした。たぶん玄米食と体を動かすのが良かったのだと思う。玄米がこれほど糖尿病に効くとは思わなかった。体重も5キロほど減ったが、こちらは毎年この時期になると農作業の激務で減る。そして秋から冬にかけて少しずつ増える。玄米にしたのでこの冬はどうなるだろう。後は冬場の運動不足をどうするかが大問題である。だいたいが怠け者なので仕事がなければ寝転んでいたいのだ。

 稲はだいたい順調であるが、カモを入れた一枚の田に稗が一部大発生したので毎日手取りしている。イネ科の草は食べてくれないので仕方ない。一日2〜3時間、一週間ほどでほぼ取り終わったが、欠株が多かったので稲がほとんどない所もある。トマトは苗を失敗したので病気がだいぶ出ている。あまり収量は期待できないだろう。

さて世の中は解散総選挙で暑い夏になりそうである。新型インフルエンザもじわじわと広がってきている。今のところあまり深刻な病状ではなさそうだが、油断はできないらしい。秋には安曇野市の市長選と議員選挙もある。それにしても、国政は各党の足の引っ張り合いが注目されるばかりであまり建設的な意見が聞かれない。こうなってくると政党や国会という制度も機能していないと言われても仕方が無い。どちらもかなり古い制度であることも確かである。解散のせいでB型肝炎患者の救済法が流れて30万人の署名が無駄になった。私利私欲で解散されたら大変な損失になる。結局、国会という所は私利私欲と野心の塊なのではないか。やはり政治は身近なところでないと機能しないと思う。とは言っても、市町村も年配の地域ボスに牛耳られている。それでも過疎地のように本当に困っているところではかなり民主的な首長や議会が現れ始めている。中川村の曽我村長のように基礎所得保証にはっきり賛意を表明している人も出てきた。もはやこうした地域からの声でしかこの国は変えられない。地域間格差と世代間格差がそれだけ深刻になってきている。若者の不満は今のところ表面化していないが、衝動的テロや犯罪という形でしか訴える場も機会もない。これも政治の機能不全を端的に表している。例えばBIを積極的に打ち出している政治家は田中康夫しかいない。兵庫県の尼崎から民主党の応援で衆議院選に出るらしいが、政権交代になったら閣僚か官房に入る可能性もあるという。貨幣・金融を公共制度にすればBIはもちろん、財政破綻も解決する。さらには税金も原則廃止できるだろう。1〜2%の利子で充分財政を賄うことができる。教育・医療などの無料化も可能だ。これくらいの夢を語る政治が今必要ではないか。

性格習慣病(2009年6月)

 田植えが終わりカモも30羽放した。あと20羽を放す田に網を張るところである。疲れもピークに達する頃である。何しろカモを放したばかりは心配で夜中も見に行く。夜回り先生ばりも忙しさである。放したその日の11時ごろ見に行ったら、早速キツネか狸らしいものが目をギラギラ光らせて隣の麦畑に逃げ込んだ。翌日には10羽放した全部が網の外に出てウロウロしているではないか。調べたら網が何箇所も敗れて穴が開いていた。これでは出てしまう。獣が開けたのではなく、長年使っている内に破れて開いてしまうものだ。糸で応急処置をしたらなんとか出なくなった。

大豆や黒豆の播種もそろそろ準備しなくてはいけない。大豆の後は無農薬で簡単にお米ができる。そこで、大豆と米の輪作実験を今年からやってみるつもりである。安曇野市が安曇野ブランドの一つとして黒豆の生産・加工・販売に力を入れ始めたので、黒豆を試しに少しやってみようと思った。販売が苦手というかそこまで手が回らないので、黒豆と米の輪作がうまく行けば販売先も困らない。その代わり米と小麦が余り気味になっている。食料備蓄のつもりで今は在庫を抱いているが、古くなればカモの餌にする、という手もある。人がいいので200羽も預かるので夏から餌が全くたりなくなるのだ。無農薬で勿体ないが、生産に追われるばかりで販売する気力まで沸いてこない。両方やるのは一人ではしんどくなってきたようである。また、テンショウ米というのも試している。これは有機肥料兼除草剤のようなものでちょっと匂うが効果はありそうで、今のところ草はあまりない。有機認証も取っているようだ。

血糖値は120前後で安定しているが、緊張と疲れのせいか、ついビールを毎晩飲んでしまうようになった。酒でも飲まねばやっていられない。隣に出来たスーパーも毎晩11時まで営業しているので、誘惑に負けてつい買いに行ってしまう。血糖値が落ち着いて油断もあるが、この時期のストレスも大きい。閉店間際に行くと売れ残ったてんぷらやモツ煮が、ようこそ待ってましたとばかりに半値のシール張って微笑んでいる。「そうかそうか、俺のために今まで頑張って待っていてくれたんだな」と思うが、「いや俺は今色々事情があって買ってあげられないんだ」と手を引っ込める。すると、「にいさん、にいさん、ぴちぴちしたかわいいのがいっぱいいるよ。百円ポッキリで食べ放題○○放題だよ。ちょっと寄ってきましょ」と鳥のから揚げが誘惑するのである。糖尿病は生活習慣病と言われるらしいが、誘惑に弱い性格から来る性格習慣病かもしれない。糖尿病になったのは半分はこの11時まで営業するスーパーにも責任があるんじゃないか・・・と逆恨みもいいところであるが、試しに訴えてみたいものである。惣菜とパン屋からのいい匂いが常に漂ってくるので食欲を刺激するのだ。幸い我が家は下水道の加入を断り、この時期は毎日父が糞尿を薄めて畑に散布しているので、パンと惣菜の匂いを消してくれる。やはり匂いに対抗するのは匂いに限る。営業妨害と言われたら、その時こそ糖尿病の責任を取れ、と訴えてやろう。

勇気と有機を(2009年5月)

 血糖値は110前後で落ち着いている。随分下がったものである。十日間の入院で、すでにかなり落ち着いていたが、たまに200近辺になることもあった。最近は高くて150くらいである。

 食事は入院中から始めた玄米菜食が基本であるが、肉や魚も少しは食べる。糖質ゼロの缶ビールを時々飲むのが楽しみである。

カロリー計算はほとんどやっていないが、三食しっかり食べているので、あまりお腹はすかない。間食もほとんどしなくなった。

やはり玄米の威力はすごいと思う。腹持ちがいいし、よく噛むようになったから満腹感がある。ネットで調べると、玄米は毒素をよく排出するが鉄分やカルシウムまで一緒に排出してしまうので、歯や骨が弱くなる、と書いてあった。今のところそういう兆候はないが、なるべくミネラル分の多い海草や小魚などを食べるようにしている。海草やきのこ、コンニャクはいくら食べてもカロリーがほとんどないのでいいそうだ。

 体重も2〜3キロ痩せた。腹がずいぶん引っ込んだような気がする。

 5月初めに伯父さんが亡くなり、葬儀があった。その前後はさすがに血糖値が上がった。弔辞も頼まれたのでかなり緊張したしストレスもあった。食事も油っこい物ばかりだしお酒も少し飲んだ。親戚でもかなり糖尿で悩む人がいるらしいこともわかった。なにしろ、40歳以上の三人に一人が糖尿病かその予備軍だという。ゼイタク病である。亡くなった伯父は戦後、31歳で失明したが中国への徴兵から帰国、敗戦後の栄養不足が原因だ。病気の原因も50年でずいぶん変わったものである。

 弔辞はみんなに褒められたが、もう二度とやりたくない。原稿を書くのに二晩かかるし、当日は極度の緊張で胃が痛くて仕方なかった。自分の命まで縮むような気がした。しかし、頼まれて断ることができないのが弔辞やお別れの言葉であるようだ。もうそういう事を頼まれたり頼んだりする年代になってしまったということである。

 そういう訳で、葬儀の前後はかなり血糖値が上がったが、その後はすぐに下がった。農作業が目一杯入っていたので、体が糖分を消費したからかもしれない。稲の苗は順調に育っているが、トマトは昨年に続き大失敗である。山土はトマトには合わない。来年は絶対止めよう。田んぼや畑の土でやっていた頃はほとんど大きな失敗もなく育っていた。全く土も自然もわからないことばかりである。昨年は仮植しなおして田植えの後にトマトを定植した。だいぶ成長が遅れたが盆過ぎに雨が続かなければかなり収穫できたと思う。今年は植え替えずにこのままの苗で定植することにした。なんとか追いついて欲しいものである。

 面目丸つぶれの糖尿病、毎年失敗だらけの有機農家ではあるが、悲観していても仕方がないので、逆に利用しようと最近は考えている。これからは「毎年の農作業の失敗にもめげず、糖尿病にさえも果敢に戦いを挑む有機農家」をキャッチフレーズにして売り出したい。全国の40歳以上三割の糖尿病およびその予備軍の人々に勇気と有機農産物を与える救世主という触れ込みもいい。転んでもただでは起きないぞ。

面目丸つぶれ(2009年4月)

 四季がなくなり冬と夏の二季になってしまったかのような暑さの中、なんと本格的な農作業が始まる矢先に入院してしまった。3月終わり頃から体調がおかしくなった。いくら水を飲んでも咽喉がからからに渇く。体がいつもだるくてすぐ疲れる。何を食べても美味しくない。経験したことがない体調の悪化である。あまりにだるいので近所の病院で見てもらった。症状から糖尿病ではないか、と思い尿検査をしてもらったら、やはり糖が検出された。採血して血液検査の結果を待つことになった。

 日常生活や仕事にはあまり影響はなかったので、検査結果を聞いて驚いた。血糖値が400以上もあったのだ。健康な人ならば高くても110くらいだそうで、すぐ入院した方がいいと言われた。しかし、農作業が始まり入院などしていられる時期ではない。外出は自由にしていい、と言われたので一週間という条件で入院することにしたのだ。初めての入院である。

 今までの不摂生な生活が祟ったのだろう。冬はほとんど動かず、3月は飲み会で暴飲暴食も何回かあった。慢性的肥満でもある。

 治療は食事療法と血糖値に合わせたインシュリン注射である。食前に血糖値を測りインシュリンを打つ。一日2000キロカロリーの食事をバランスよく摂る。寝る前、10時に最後の血糖値測定と注射。間食は一切だめで、水かお茶しか飲めない。朝食後と昼食後に外出届けを出してハウスの開け閉めや野良仕事をやる。運動はなるべくやった方がいいのだ。午後5時には病院に帰って検査をする。夕食後は10時まで本を読んだり休んだりしている。なんと規則正しい健康的な生活だろう。

 食事はけっこうおいしいし、量的にも満足している。肉や魚は少なく、味も薄いが想像していたほど厳しい食事制限ではない。2000kcalは充分なくらい豊かな食事内容である。やはり玄米がいい、ということなので主食は玄米に替えてもらった。退院したら基本的に玄米菜食にするつもりである。長年やりたいと思っていたが周囲の反対でなかなかできなかった食生活である。夢は思い続ければいつか叶うというが、こんな形で叶うとは思わなかった。喜ぶべきかどうかは疑問だが・・・。断食も効果があるらしいから、いつかやってみたいものである。

 血糖値はようやく200台まで下がった。100近くまで下がることもある。その日の調子や運動量でかなり変動するが、400を超える事は少なくなった。味覚もなんとか元に戻ったようだ。咽喉の渇きやだるさも少なくなり、かなり体調はいいが油断はできない。合併症も怖いし一生付き合う病気だとも言われている。

 退院したらインシュリンは止めて薬で様子を見るそうだ。食事療法を基本にして、血糖値は自分で図って管理する。そのために入院中から指導してもらい自分でやっている。指先に針を刺して血を出し測定器で測る。何回かやって覚えた。「もう完璧ね」と、看護士さんに褒められたが、こんな事で褒められるのはなんだか恥ずかしい気がした。いずれにしても、糖尿病とは有機農家の面目丸つぶれの醜態である。

マネーとBI(2009年3月)

 日帰りで東京まで行って来た。バスの乗車券までネットで買える便利な時代である。風邪で一週間寝たので病み上がりのフラフラ状態での外出だ。

ベーシック・インカムの実現を探る学習会に参加するためである。講師は穂高にも来てもらった関曠野さんである。遠くは沖縄からも参加者があった。新党日本の田中康夫も元気であった。中川村の曽我村長や、日本で初めてBIの試算を行った小沢教授も京都から駆けつけていた。豪華なメンバーである。100人を超す参加者で部屋は満杯で立ち見の人もいた。それだけBIに対する社会的な期待が大きくなっているということだろう。実際、ネットで調べるとそれこそ様々な人がBIに賛意を示している。経済学者が一番反応が鈍かったが、一部の学者もようやくBIの必要性を言い出した。

これは現在の状況が単なる不況ではないと人々が気づいたせいだろう。風邪ならばしばらく寝ていれば直るが、癌ならば手術をなるべく早くやった方がいいのだ。患者が気づき始めたので、仕方なく医者も手術の必要性を言い始めたということのようだ。

癌の原因は簡単である。前回紹介したダグラスの論理である。総需要(労賃・報酬)は常に総製品価格より少ない。生産財(設備・原材料費・利払い・減価償却費など)の分だけ常に足りないからである。経済が成長している時はいいが、その見込みさえなくなってきた。特にアメリカがドルを刷って気前良く買っていた時代は終わってしまった。お金、つまり社会的信用がドルや米国債の暴落とともに崩壊しつつあるのだ。

そもそも現代のマネーは、イギリスのイングランド銀行が17世紀に始めたものだ。英国が戦費調達のために国債をイングランド銀行に引き受けてもらい、その銀行券を使って戦争を行った。その時から全くの私企業であるイングランド銀行が英国を支配してしまった。紙幣発行権を独占するという形で。また、銀行は預かった預金の10倍くらいの貸付をやっている。一般に「信用創造」といわれるが、実際は無からマネーを勝手に作れる特権を持っている。しかも、利子付で貸し出せるので濡れ手に粟である。しかし、この利子の付いた私的マネーは生産にしか使われない。けっして需要不足を補うという公的な役割を果たすことはできないのだ。

ダグラスの主張はマネーは公的に発行管理されなければならない。また、需要不足は国民配当(BI)で補う。さらに消費と生産のギャップがある時は公的マネーで値引き販売をする。消費税とは全く逆の提案をしている。具体的には民主的な国家が発行する社会インフラとしてのマネーによって生産と消費を均衡させ安定した経済を作り出すことを目的としている。財源の心配は全くなくなるし、マネーは道路や水道・電気のようなインフラと同じである。誰もが最低限生活に必要なものを「切符」として保証される。後は芸術をやろうが有機農業をしようが何をしようが自由である。また、マネーは消費されることによって生産現場に命令を出す。銀行による恣意的なものでない公的な命令として生産を消費に合わせて制御できるようになるだろう。

政府貨幣で基礎所得保証を(2009年2月)

 生暖かい日が続く。二月とはとても思えない。ぐうたらしていられなくなってきたので、ハウスのビニール張りの準備を始めた。味噌作りも中旬から始まるので、麹用の精米もやっている。会議の予定もけっこう入っている。この時期だけは様々な会議にも顔を少し出せる。

 3月8日には東京で基礎所得保証の講演会がある。参加する予定であるが、県外に出るのはもう4〜5年ぶりではなかろうか。全く出不精になってしまった。その後、3月終わり頃には基礎所得の話をしろ、と言われている。そのための勉強もかねての東京行きである。

 まったく、年収も200万円以下の金に縁がない私が、なんでこんなにマネーの勉強をしなくてはならないのか。と、時々思う。購入した書籍もたくさん溜まってきた。金に縁がないので、経済用語がよくわからず苦労している。しかし、面白いことは事実である。自分の知らない世界が徐々に開かれていく気分である。複雑怪奇な現代社会を理解するには、その社会を支配しているマネーを通して見るのが一番である。

 今、話題になっている政府貨幣の発行も実に面白い。ケインズ経済学者の丹波春喜氏の本を読むと素人でもわかる。国の財源としては三つの方法がある。一つは国債を発行する。次に税収によるもの。最後に独自に貨幣を発行する。一と二は国民に負担を強いるもので現状ではさらに経済を悪化させる可能性が高い。政府貨幣の発行は国民になんの負担も掛けずに現状を打開できると言っている。その先にはバラ色の未来が開ける。この点には多いに疑問があるが、政府貨幣の発行自体にはやり方さえ民主的なものであれば依存はない。他に方法がなくなってきているのでいずれ政府もやらざる得ないだろう。それが自民や省庁の体制維持のために使われれば超インフレとなる可能性もある。逆に基礎所得保証に使われればかなりいい社会になるんじゃないか。

 また、大戦前後に活躍したイギリスのC・H・ダグラスの本も面白い。ネットで探してようやく昭和初期に発行された訳本を手に入れることができた。社会を一つの工場に例えると、大雑把に言うと、製品価格は労賃と生産財を足したものである。ところが、人々が使えるのは労賃だけであるから、製品全部は売れないのである。残りはローンという形で未来に負担を回すか、外国に売りつけるしかない。ローンに頼れば現在のアメリカのような借金社会になってしまう。貿易に頼れば、これは各国同じ状況なのだから貿易戦争になってしまい、本当の戦争にまで繋がってしまう。

解決する方法は生産財の分だけ所得を国民に上乗せするしかないわけである。これが近代で基礎所得保証制度が提唱された最初の論理のようだ。実に単純と言えば言えるが、まだ全部理解しているわけではない。つまり、生産財の分だけ国家が政府貨幣を発行して国民に分配すれば、他国に押し付けず、さらにローン地獄にならずに経済社会が成り立っていくということらしい。講演会の後ならば、さらに詳しく説明できるかもしれないが、私の理解力がそこまであるのかどうか、実に怪しいところである。

ライフスタイル(2009年1月)

 わずか2ヶ月だがのんびりぐうたらできる毎日である。世の中は不況で大変なようだが、それは輸出に頼っている一部の企業が今のところ中心だ。外需は経済の1〜2割くらいらしいから、関係するところは大変かもしれないが、意外と内需の比率が大きいので、底を打つのも早いのかもしれない。だいたい自動車や家電は1970年代に各家庭に行き渡っていて飽和状態。すでに斜陽産業だったのだ。

 正月には川崎の姉夫婦が1週間滞在した。近々こちらに引っ越す予定で家を探す目的もあった。義兄が定年退職したのを機に安曇野への移住を考えた。しかし、あまり時期的にはよくなかったようだ。川崎の自宅が不動産の値下がりで、売れるかどうか怪しくなってきた。首都圏では不動産価値の下落は急激だ。

 いつもは親子3人でまるで通夜のような正月だが、今年は姉夫婦のおかげで久しぶりに賑やかな正月だった。とはいっても姉夫婦も子供がいないので大人5人での落ち着いたものである。

 一年間続いた歯の治療だが、実はまだ終わっていない。週に一度の治療だし、4箇所も銀歯が取れていた。治療中に前歯は一本抜けるし虫歯もいくつか見つかった。もうぼろぼろなのだ。この冬中になんとか治療を終えたいものである。それと、この数年老眼が急速に進んでいる。30センチくらい離さないと新聞が読めなくなったので、父のお下がりの老眼鏡で読み始めた。それが今では50センチくらい離さないと読めなくなった。いくらなんでも急速すぎやしないか。聞くところによると紫外線が老眼の主な理由だという。ほとんど野外での仕事なので紫外線は防ぐことはできない。なるべくサングラスをかけるよう心掛けてはいるが、常時という訳にはいかない。歯ほど日常の生活には影響はないが、本や新聞を読む時には必ず老眼鏡を掛けなければ読めないので不便である。なんとも老化とはいやなものである。

 今は本もゆっくり読める時期だ。しかし、農繁期にはあまり読んでなかったのでなかなか集中できない。そこでまずミステリーを何冊か読んで本に集中できるようにする。その後、主に基礎所得や貨幣問題の本を読む。ドルもいよいよ危なくなってきたようだ。アメリカはカナダとメキシコを巻き込んで、北米でユーロのような共通貨幣アメロとかいうものに切り替えるという噂もある。これは戦後の日本が行った新円切り替えのようなものらしい。つまり暴落しそうなドルを廃止し、ついでに莫大な外国からの借金もチャラにしてしまおうという話らしい。中国と日本は莫大な米国債を抱えているので、それが紙くずになるということだ。これで世界の今までの貨幣制度はほとんど崩壊する。それと同時にアメリカ型の生活様式も破綻する。アメリカが世界に押し付けてきた自由貿易とは実はアメリカ型のライフスタイルの押し付けでもあった。庭付きのマイホームにマイカーなどなど。住宅ローンとビッグスリーの破綻はその前兆だった。もともと生活様式はローカルなものでしかない。世界中がローカルな生活様式へと回帰する時が来たようだ。


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