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松本清張

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蒼い描点 影の地帯 黒革の手帖 時間の習俗 十万分の一の偶然 砂の器
ゼロの焦点 点と線 眼の壁 渡された場面  Dの複合  

(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 眼の壁

以前読んだ時はもっと面白かったような記憶があるんですが、
今回、「影の地帯」と連続して読んでしまったためか印象が薄い。
この2つの作品は基本構造が似てますね。
それで、私の記憶の中で2つの作品が混ざり合ってしまったようです。

汚職に走る役人、保身に懸命の上役、犠牲になる一般社員、
義憤に駆られた青年と知り合いの新聞記者、登場人物も重なっていますし。

そして、サスペンス感もストーリの流れも、もちろん謎解きも「影の地帯」の方が優れているので、どうしても、こちらはもの足りない印象が残ります。

ただ冒頭の詐欺事件は緊張感がある展開で、引き込まれます。
そのまま経済サスペンスになりそうな展開。

でも、その後の殺人事件は詐欺事件とはまったく違うの大技。
銀座のバーと訳あり風のマダム 右翼の大物 列車から消えた病人
だいたい右翼の大物がこんな手間かけるかしらね。
謎解きのための謎のような気がしました。

清張はリアリティの追及が特徴といわれるけれど、このトリックにはリアリティは感じられませんね。




◆ 影の地帯

これも清張作品としては異色な存在かもしれませんね。
サスペンス風味で、ちょっと外国映画風なシーンもあります。

そして、なんといっても珍しいのは物質トリックが重視されているところ。
動機は一応社会派なのですが、読みどころはトリックしかないといっていいくらいです。

信州の静かな湖に投げ込まれる謎めいた木箱。
住宅街に突然建てられた石鹸工場。
人も通わない深い山奥の閉ざされた村。

ひたすら不気味な雰囲気と、たたみかけるサスペンスで夏休みに読むには最適。

事件を追うのはフリーのカメラマン田代利介。
彼は飛行機の中での美女との出会い心惹かれるが、
その美女には無愛想で風采の上がらない中年男性が同行していた。

その男性に反感を持った田代だったが、なんと田代の行きつけのバーに、その男性がやってくる。さらには店のマダムと密談をしているところを見かけるが、その後マダムが姿を消してしまう。

男性の行動に不審を抱いた田代だったが、東京や信州の仕事先でもその男性を見かけるにあたって、男の謎めいた行動を追うことにする。

しかし謎の男に関係する人間が次々に行方不明になり、ついに田代にも危険が及ぶ。

元になる事件の大筋は予想がつくのですが、その事件と田代が遭遇した謎がどうつながるのかは、なかなか予測できなかったですね。

信州の山深い湖が印象的ですが、今はこんなに静かじゃないのが残念。



 蒼い描点

再読ですが、やっぱり面白かった。
被害者の過去を探るうちに、次々に新しい事実が判明していくという、
私の好きなタイプの推理小説。

探偵役は編集者の若いカップル。
くたびれた刑事は出てこないし、あまりリアリティのない女性心理なども含めて、
清張っぽくない作品かもしれません。


編集者の椎原典子は担当する女流作家の原稿を取るために箱根へ向う。
そこで偶然、暴露記事専門のフリー記者・田倉に出会う。
田倉が箱根にやってきたのは、どうやら典子が担当する女流作家のスキャンダルに関係があるらしい。
警戒する典子だったが、翌日、その田倉が崖から墜落して死んでしまう。
そして、その死は田倉の妻という女性の証言で自殺と判定された。

しかし、前日の田倉の行動から、その死に不審を感じた典子は、
同僚の崎野竜夫と共に田倉の過去の謎を追う。

まずは担当する女性作家から話を聞こうとするが、彼女は突然東京へ戻っていて会えない。しかも彼女の夫が失踪したという。
仕方なくお手伝いの女性に詳しい話を聞こうとするが、その女性も姿を消す。
やがて当の女流作家も失踪し、さらには田倉の妻も行方不明に。

事件の関係者、容疑者が次々と行方をくらまし、ついに誰もいなくなってしまう。
そうなんです。もう1つの趣向は「誰もいなくなった」!

小説の中でも語られています。
「外国の推理小説の題名にあったわね。"そして誰もいなくなった"って」

クローズドサークルではなく、日本全国版の「誰もいなくなった」
それを成り立たせているのが、素人探偵者という設定なんですね。
警察なら全国捜索が出来ますからね。

清張独特の重厚さはあまり感じられませんが、面白い作品です。


◆ 十万分の一の偶然   松本清張

1980年から81年まで週刊文春に連載された作品。

いわゆる清張のイメージとは少し違う作品かもしれません。
80年代に入って、またトリックものが台頭してきた頃でもあるので、
そんな時代の影響もあるのかもしれませんね。

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東名高速で起きた大事故を捕らえたアマチュアカメラマンの写真が
新聞社主催のニュース写真大賞を受賞する。
しかし、大事故の直後に、あまりに都合よく現場に居合わせたカメラマンに
疑いを持つものもいた。
その一人、事故の犠牲者の婚約者でもあった沼井正平は
問題のカメラマンである山鹿恭介を追い詰める。

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変則的な倒叙物と言えばいいのかな。
ストーリーの流れも速く、緊迫感があるの一気読みしました。

ちょっとネタバレ↓

反転させて読んでね。



山鹿が「中野」を鉄塔に誘導する動機がちょっと無理がある感じ。
異常な状況下で相手の真意を問い詰めるといっても、
そんなに簡単に相手の心理を操れるとも思えない。
場合によっては突き落とすという考えもあったのか。

2つの犯行場面で頭上をかすめる航空機の爆音が
ラストへの伏線だったとは思いませんでした。







◆ 時間の習俗

最初から最後まで徹底的にアリバイ崩し。他の要素は何もなし。
松本清張もこういう作品を書くのかと思ったけど、
「点と線」の流れで考えれば当然か。
私としては「点と線」より、はるかに面白かった。

事件は神奈川県の相模湖畔で起こる。
運送業の業界紙の社長が殺されたのだが、重要容疑者はその時刻、
北九州の門司で和布刈神事を参観し、その様子を撮影していた。
北九州にいた人間が、どうやって相模湖で人を殺すことが出来たのか?
いかにして和布刈神事をフィルムに収めることが出来たのか?
これがメインのアリバイトリック。

昭和36〜37年にかけて雑誌「旅」に連載されたものなので、内容が古いのは仕方ないが、トリックに関係する事情も今とはまったく違う。
そういう意味では、推理するのは不可能と言えるかもしれない。
ただ、当時の事情をよく覚えている人なら、わかるかもしれないが。

それでも鉄壁と思える写真のアリバイ、容疑者の不可思議な行動は最後まで謎解きの緊張感を持続させ読者をひきつける。

事件の捜査に当たるのは「点と線」と同じ三原警部補と鳥飼刑事。
あいかわらず勘と思い込みに頼ってるところは同じですが、こちらの方が推理もトリックもずっと緻密に組み立てられています。
動機は物足りないですが、それはアリバイ崩しでは問わない約束(笑)

この作品で和布刈神事が全国的に有名になったんですよね。
今では和布刈神社の境内に時間の習俗の石碑が建っているそうです。




◆ 砂の器

5月12日午前3時過ぎ、蒲田駅構内で男の他殺体が発見された。被害者は前夜、駅近くのバーで30歳前後の若い男と連れ立って飲んでいるところを目撃されていた。バーの従業員や客の証言で、被害者が東北弁を話していたこと、連れの男と「カメダ」について語っていたことが判明。捜査は東北と「カメダ」に関する情報収集を中心に始まった。

以前に読んだ時は、映画の影響もあって社会派の代表作という印象だったのですが、今読み返してみるとけっこう謎解きのある推理小説でした。
特にトリックの1つは新本格のようで、松本氏がこういうトリックを使っていたとは意外。「カメダ」の謎解きも面白い。ただ、解決に至る情報がひらめきと偶然で、もたらされるのが難点。そこが本格とは違うところでしょうね。

【    和賀が前衛音楽家というのは超音波殺人の伏線だったんですね。
7歳の子供時代の顔の記憶だけ、30歳で成功した後の顔がわかるのかな?  まあ、顔が変わってない人もいるから絶対無いとはいえないけど、疑問も感じますね。 
 】

もっと詳しいあらすじ




◆ 点と線

時刻表を使ったトリック「4分間の空白」で有名になった古典的名作。
博多の海岸で発見された男女の遺体は、当初単純な心中事件と思われたが、
男性の方が汚職事件の渦中にある人物であったことから、殺人事件の様相を帯びる。
しかし、容疑者として浮かんだ人物には、事件当日北海道にいたという
鉄壁のアリバイがあった。

再読しての感想は「あれ、こんな話だっけ?」(笑)
もちろん基本のラインは覚えていたものと同じなのですが、細部がかなり違う。
特にトリック。学生時代に読んだ時は、次から次へと繰り出されるトリックに感動し、
さらに感激した記憶さえあるですが、再読した今は疑問のほうが大きかった。
時刻表から空白の時間を見つけたことはすごいと思いますが、たしかにこれなら、
他の推理作家さんが、トリックのタブーに兆戦したくなるのもわかりますね。

【  なんと言っても、現在ではダイアグラムを使ったアリバイトリックに飛行機の利用と共犯者の存在は使わないのが暗黙の了解でしょう。飛行機を使えば列車に追いつくのは簡単ですからね。使っても追いつかない、そこからさらに複雑なトリックがあるというのはありですが。
他にも、女性二人とフルコースの食事をして、その後タクシーで駅へ向かい、わずか4分間の合わせるのも神業的に難しいことですよね。捜査陣が顔写真を持って確認していないのも、不自然な気がしました。





◆ 黒革の手帖

ドラマを先に見たので銀座のクラブの話かと思ったら、見事なクライムノベルでした。
後半の種明かしでやっと騙されていたことに気づくほど(^^ゞ。
ドラマを見ていて原作を読むつもりの方はお早めに!

--あらすじ--
原口元子は帳簿管理も任されるベテラン銀行員。
しかし、便利に使われるだけの女子行員の生活に嫌気が差し、その知識と経験を基に大金の横領を図る。その横領も支店長の藤岡と次長の村井にばれてしまうが、そのあとは銀行の架空名義預金者リストを元に二人を脅迫、横領の罪を問わないという念書を得る。
そして元子はその資金で銀座にクラブをオープンする。さらにクラブの顧客の脱税やの裏口入学斡旋の弱みを握って金を出させてのし上がっていこうとするが、元子の行き先には思わぬ落とし穴が待っていた。
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元子と彼女の店の顧客たちの、お金をめぐる騙し合い、
そこに銀行経営、脱税、裏口入学などの経済情報を盛り込んだ内容。
クラブの経営と不動産についても詳しく書かれていて面白い。

切り札になる法律は、まだ有効なのかな?
法律にしては面白いといえば面白いけど、変な記述があるものですね。

元子のやり方にはいろんな感想があるだろうけど、
商売というのは博打的要素が大きいよね。
地道にやるなら冒険はいらないかもしれないけど、
大きくしようとしたら、どこかで賭けに出ないと駄目なんだろうな。




◆ Dの複合

タイトルのイメージから、企業陰謀ものなどを連想してしまいますが、
内容は古代史ミステリー。

無名の作家・伊勢忠隆は旅の雑誌に民俗学的伝説をさぐる旅のレポートを連載することになり、その取材のために丹後半島を訪れた。しかし宿泊した木津温泉で奇怪な事件に遭遇する。その後も伊勢が訪れる場所には、奇妙な出来事が続いた。

前半は浦島伝説と羽衣伝説に関する考察が中心で、この部分はそこそこ面白い。
でも後半の事件部分は、やや無理矢理な印象ですね。
特に数字の謎と事件の結び付きはかなり強引。
数字の謎だけなら興味深いのですが。
135に関する謎は一時ブームにもなりましたよね。
日本人の思い込みを突いたもので、あらためて知るとけっこう驚きます。

それにしても松本清張の作品はタイトルが印象的。
この「Dの複合」も、なんともミステリアスなイメージを連想させますが、他にも「球形の荒野」「聞かなかった場所」「ゼロの焦点」などは思わず本を手にとってしまいそう。でも、ベストはやはり「点と線」でしょうか。単純にして謎めいてますね。




◆ ゼロの焦点

昭和33年発表。
36年に映画化され、ヤセの断崖を観光名所、自殺の名所にした名作。
ある世代の人には北陸のイメージを決定付けたとも言える作品。
私の母もこの作品に描かれた重く雲の垂れ込めた北陸、そして、角巻の女性が雪の中を歩く能登半島に憧れていました。

そういう意味では清張は地方色を取り入れるのが上手い作家ともいえますね。
これと同時の読んだ「渡された場面」も、唐津や玄界灘に面した鄙びた漁港の雰囲気が作品に重みを加えてました。

ストーリーは、新婚早々の夫が失踪。見合い結婚で夫の過去を知らない新妻が夫の過去を探る旅に出るというもの。失踪した人間の過去が明らかになる私のとても好きなパターンではあるのですが、この作品ではちょっと捻った設定になっています。

雑誌「宝石」に鮎川哲也の「黒い白鳥」と同時期に連載されていたのは有名な話。
リアルタイムで読んでいた人にはスリリングな連載だったでしょうね。

舞台となったのは昭和33年ということで、やはり移動・通信手段はかなり違います。それに社会常識も。なんたって自分の母親に敬語ですよ。今ではありえないですよね(笑)
動機も時代背景を写したものになっています。

小説としては新婚早々の妻が探偵役だったり、真相に近づいた人間が次々と殺されたり、一気読みしてしまう面白さですが、ミステリーとしては、かなり難点が多いと言えます。砂の器を再読した時にも感じたことですが、真相が判明するきっかけとして偶然に頼ることが多いんですよね。
推理をするのが一般人ということで、いろいろと不整合が出てくるのは仕方ないですが、いろんな場面で都合のよい飛躍があるという印象は強いです。

以下、ネタバレで書いてみます。反転させて読んでくださいね。


広告取次ぎという職種で責任者の下宿が不明で会社は困らないのか?
緊急の時はどうするんだろう?

伏線だとは思うけど、昼間に夫、あるいは上司の失踪について訊きに来た客に
ウイスキーを出すものか?
それにしても都合よく毒入りウイスキーを飲む被害者たち。

鵜原より、英語を話しただけで前身がわかるような女性を受付においておく方がはるかに危険。田沼久子も鵜原と同時に消すべきでしょう。

曾根を自殺したことにして消すのはいいが、なにも実際に崖っぷちに立たなくてもいいのでは?
そうすれば突き落とされなかったんだから。

鵜原の兄がクリーニング屋を探すというのは謎めいていて惹かれる設定だけど、
弟の下宿を探すという意味では、あまりに迂遠な手段。







◆ 渡された場面

これはタイトルに惹かれて読んだ作品。
玄界灘に面した鄙びた漁港。そこの宿で創作をしていた作家が捨てた原稿を、
ある事情で手に入れた同人作家が自作として発表してしまった。
しかし、その原稿には四国で起こった殺人事件につながる事実が描かれていた。

前半は倒叙物にもなっていて、後半は四国県警の捜査。
九州で作家が書いた小説と四国の事件がどうつながるかということが
まず一番の興味。
さらには、もうひとつの事件が明らかになる過程が後半の見せ所。

でも、もうひとつ熱心に語られているのが、地方でブンガクする青年たちのこと。
純文学に対する思い込みや思い上がりに同人作家たち、
地方の同人世界に厳しい批判を展開しています。
これが一番の読みどころかも。


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