**TOP**

 


永井路子

炎環  姫の戦国  望みしは何ぞ  美貌の女帝 太平記紀行 美女たちの日本史

 

 美貌の女帝                毎日新聞社1985  文春文庫 1988

主人公である「美貌の女帝」とは元正帝(氷高皇女)のこと。父は天武天皇と持統天皇の子の草壁皇子、母は天智天皇の娘の阿閉皇女(元明帝)。

物語は氷高が14歳の時から始まります。すでに父の草壁は亡く、祖母の持統帝が皇位にあって、草壁の子の軽皇子(氷高の弟)の成長を待っているという情勢。まず出てくる大きな事件は藤原京遷都。そして高市皇子の死、文武天皇(軽皇子)の即位、持統上皇の死と続きます。

しかし、この文武が25歳で世を去ってしまうことから、藤原氏と蘇我系女帝の対立が深くなります。藤原氏は、この時すでに不比等の娘の宮子を文武の夫人にして、首皇子(のちの聖武天皇)を得ているので、この蘇我系の女性を母としない首皇子の即位を阻むため、草壁皇子の夫人であった阿閉皇女が元明帝として位につき、次に娘の氷高皇女に譲位します。

この後、不比等の死、元明帝の死、聖武帝の即位、長屋王の死、藤原四兄弟の死と事件は続いていきます。

この小説の中では、蘇我系の女性、特に蘇我倉山田石川麻呂の血を引く女性達と藤原氏の対立が描かれているのですが、肝心の持統帝と不比等の関係は今一つはっきり書かれてはいません。

たしかに持統帝が藤原京に遷都したことを考えると、対立はなかったとも言えるのですよね。持統帝の治世になって近江朝の旧臣が復権したことは確か。当時の不比等にまだそれほどの権力はなかっただろうから、彼等を採り立てたのは持統帝。こう考えると持統帝は父である天智派と言えるかもしれません。不比等の正妻は蘇我氏ですしね。

元明・元正帝が不比等と対立していたのは確かでしょう。この時期の藤原氏は一族の娘の生んだ子を帝位につけることを目標としていたのですから、利害の対立がはっきりしています。ただ彼女達には持ち駒が少ないことが難点でした。

元明の息子の文武は藤原氏に捕り込まれ、元正帝は独身だから子供がいない。唯一の可能性は元正の妹、吉備内親王が生んだ長屋王の息子達。長屋王を親王に子供達を皇孫待遇に引き立てて即位を狙いますが、藤原氏の対応も早く、いわゆる長屋王の変で一家は殺されてしまいます。

ここで疑問なのが、なぜ長屋王に嫁いだのは妹の吉備だったのかということ。小説の中では氷高が将来即位すことを予言した占いがあったということになっていますが、それは小説の設定。
嫁ぐ時点では文武が25歳で死ぬとは思ってもいないはずだから、まさか文武亡きあとに備えたとは言えないはず。初の独身の女帝という意味でも謎が残りますね。

それにしても天武帝以後の男性の天皇は、文武、聖武とも「武」の字がつくんですね。直系ということもあるんだろうけど、意味深長・・・



 炎環                    光風社書店1970 文春文庫1978

鎌倉幕府成立から承久の乱までを扱っています。
4編に分かれているのですが、短編集でもなく長編でもない1編1編の内容や登場人物が、複雑に絡み合って歴史の流れていく様を描いています。

1人の人間が、1つの事件が見る人の立場が変われば全く違って見える。違った意味を持ってくることがある。そんな歴史の面白さが良く分かる作品です。

「悪禅師」は頼朝の異母弟・阿野全成。
「黒雪賦」は梶原景時。
「いもうと」は政子の妹で阿野全成の妻、保子。
「覇樹」は北条義時が主人公です。

なんといっても、阿野全成の影の部分と、義時の策士ぶりが良いです(^^)
策謀好きの方には、義時と三浦義村の闘争も深い読み合いも面白いです。



 姫の戦国 上下              日本経済新聞社1994 文春文庫1997

今川氏親の正室で、義元の母である寿桂尼の生涯を描いてます。
寿桂尼は「駿河の大御所」と言われた大政治家ですが、出身は大納言中御門宣胤の娘で公家の姫です。

今川氏親は7歳の時に父の義忠が暗殺されたので、その後国内を平定して家督を継ぐまで時間がかかりました。その為、家督を継いですぐ亡くなってしまうのですが、その後を継いだ長男の氏輝に後継者がいなかったので、またも内乱になってしまいます。

その危機を見事な政治的手腕で乗りきり、国内を平定、さらに拡大したのが寿桂尼。寿桂尼ににとっては、やっと駿河の暮らしに慣れたと思ったら、国の存亡の危機が続いた訳で、のんびりお姫さまをやっていられる状況ではなかったのですね。

今川氏は足利将軍家に非常に近い血筋の名家なのに、義元があまりにあっけなく亡くなってしまった為、どうしても軽く見られてしまう傾向があって気の毒です。 そういえば、今川は義元で滅びたと思ってる方も多いですね。



 望みしは何ぞ               中央公論社1996 中公文庫1998

藤原道長の息子・能信を主人公にして、藤原氏の凋落の序章の時代を描いたもの。
道長には2人の夫人がいますが、能信の母は正室として待遇されていた倫子ではなく、源高明の娘・明子です。

道長は2人の夫人を対等に扱っていたらしいですが、子供達の待遇は全く違っていました。倫子の子は、彰子をはじめとして女子は全員後宮に入っていますし、男子は頼通が太政大臣、教通が左大臣と出世しています。

一方、明子の子では後宮に入った女子はいませんし、長男頼宗もやっと右大臣になっただけでした。その中で、能信は野望を持って密かに機会を狙っていったわけですが、結果は平安時代の終焉に向かっての速度を早めただけかもしれません。

道長の息子世代の凋落の原因は、満を持して入内させた次女以下の3人の娘が合わせてたった1人の男の子しか産まなかった事。それなのに息子達のところには入内させるべき女の子が少なかった事。彰子腹の天皇が病弱で短命で子供の数が少なかった事などですが、結局は近親結婚の弊害でしょうが、危ういところに立脚した政権だった事は言えるでしょう。



 太平記紀行                             中公文庫

単なる史跡ガイドではなく、太平記ゆかりの地を巡りながら、あの時代の歴史の謎を解き明かそうとする内容。歴史ブームから取り残された南北朝時代、このややこしく判りにくい時代を、実際に現場に立つことにより少しでも解明しています。

なかでも、寺社勢力の見直しと言う視点が新しい。現代の日本では宗教勢力は過小評価されていますが、広大な荘園と強大な僧兵を持った大寺院は、権力と武力を備えた大勢力であったといえるでしょうね。宗教的視点は現在の歴史の視野から外れてしまった感じがありますね。



 「 美女たちの日本史」               中央公論社

2001年NHKカルチャーアワーで放送された内容を加筆修正してまとめたもので、著者が小説の中で描いた歴史上の女性達に付いて時代順に語られている。

特に、現在までの歴史研究で、あまり取り上げられることのなかった女性たちの立場、政治的位置付けなどに付いて著者なりの新しい見解が多く、大変示唆に富んだ内容になっています。

まず、元正天皇の項で語られるのが、女帝は中継ぎではなく正当な統治者として政治も行ったということ。この時代、実は女帝の政権下でこそ大きな改革が行われたんですよね。この中にも「声を大きくしておっしゃってください」と書いてあるので、ここにも書いてしまいますが、推古帝から称徳帝まで奈良時代十六代のうち八代が女帝であるというのも、知らない方が多いみたいですね。(厳密に言う奈良時代ですと七代のうち四代が女帝)

続いて、国母として天皇に強い影響力を発揮し道長政権を支えた東三条院詮子や、上東門院彰子。紫式部や清少納言に代表される女房勤めの実態。平家の隆盛に大きな貢献した建春門院滋子と、平時子などが登場します。

建春門院滋子は後白河天皇の女御で時子の異母妹。大変な美女で後白河院の寵愛を一身に集めます。この滋子の出世、そして時子との連係が平家政権確立に大きく貢献したという話。ところで、時子が二条天皇の乳母で従三位だってご存知でした? 

そして、永井さんといえば北条政子。頼朝を振った伊東祐親は先見の明がなく、頼朝と政子をくっつけた時政は先が見えていたというような見解がありますが、歴史を結果から見てしまうとつまらないと言う典型かもしれませんね。

そして私の好きな寿桂尼、お市の方、北の政所おねね、淀殿、おごう、を通して語られる戦国女性の役割と生き方も新しい見解かもしれません。彼女達は政略結婚の道具としてだけ使われる悲劇の存在ではなく、実は実家の利益のための情報収集や、実家と婚家の調整役に大きな役割を負っていたんですね。

そうそう、秀吉の正室の名前は「ねね」だという説も面白かったです。で、そのおねねは従一位。これは大名武将も無視できませんよね。淀殿は無位。勝ち目ないですね。

全体に、小説で語られて新しい女性像が時代の流れに中でまとめて読めるので、とてもわかりやすい内容になっています。女性史入門編にどうぞ。



 

「北条政子」講談社1969 角川文庫1974 講談社1978 文春文庫1990

「悪霊列伝」毎日新聞社1977 新潮文庫1984 角川文庫 1999

「つわものの賦」 文藝春秋1978 文春文庫1983

「相模のもののふたち  中世史を歩く」 有隣新書1978  文春文庫1986

「王朝序曲 上下」角川書店1993 角川文庫1997

「歴史をさわがせた女たち 日本篇」 文藝春秋1975 文春文庫1978

「ごめんあそばせ独断日本史」 中央公論社1985 中公文庫1988

「裸足の皇女」 文藝春秋1985

「異議あり日本史」 文藝春秋1989 文春文庫1992

「永井路子の日本史探訪」 角川文庫1999


◆出版作品リスト◆

**TOP**

 

 


鮎川哲也 内田康夫 清水義範 奥田英朗 杉本苑子 永井路子 東野圭吾 宮部みゆき エラリー・クイーン