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山本甲士

(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ ぱちもん

山本甲士さんの5作目。その中ではこれが一番面白かった。
「どろ」「かび」「とげ」ように、苛立ってる人、復讐する人、あこぎな商売にはしる人、
そんな人たちが出てくるところは同じなのですが、それだけではなくて人情味みたいなものもあるんですよ。
市井に生きる人のしたたかさと悲しさ、そして暖かさ。街に生きる人々の生々しい猥雑さが描かれているのですが、それが突き放した視点ではなくて、「みんないろんなものを抱えて生きてるんだよ」という共感を感じさせる描かれ方になっています。
なんというか、イタリア映画みたいな雰囲気を感じました。

内容は連作短編で、前の短編の登場人物の一人が次の短編の主人公として出てくるというパターン。だから登場人物の二面が見えるという仕掛け。
「あの人がまさか」だったり、「やっぱりそういう人だったのか」だったり、そんな楽しみもあります。

でも、ここに出てくる探偵は表紙のようなおっさんのイメージなのかな?
私としては上に書いたようにイタリアの詐欺師みたいな雰囲気であって欲しかったんだけど(笑)
この本、表紙で損してないですか?(笑)

大阪の人はいつも啖呵切ってるのね〜、なんてことはもちろん思わないけど、
迫力あるよね〜(笑)




 バッドブラッド   blog版

マラソンのオリンピック代表選考をめぐるミステリー。でもミステリーを期待するとがっかりします。ただし、スポーツ小説として読むなら充分面白い。マラソンレースの裏にこういう駆け引きがあるなら、これからマラソンを見る目が変わりそう。

秋葉秀作と神辺儀徳はマラソン五輪代表の残るひとつの座をめぐって争っていた。
そんな二人にとって、北九州国際マラソンは最後のアピールの場。しかしその大事なレースで秋葉は給水の失敗から負傷してリタイア、五輪出場の夢を絶たれてしまう。
ルポライターでもある秋葉の兄はレースのビデオを見返すうちに給水所付近で不審な動きをしたランナーに気付き、独自に調査を始める。その結果、レースが公正でなかったことがわかり、弟に罠を仕掛けた相手に対して復讐を計画する。

第1部のマラソンレースの描写は臨場感があって引き込まれるし、キャラクターの設定やエピソードも面白い。それなのに事件が起こった途端に平凡なストーリーになってしまうのが残念。

メインでないキャラクターも印象が薄い。秋葉やその兄も、第一部とその後では別人みたいだしね。特に古野真木子はイメージがバラバラで何を考えているのかわからない。トリックも前例があるし、アリバイ作りにも無理を感じました。



◆ とげ   blog版

誰もがそこそこ人生を楽しんでいそうなのに、自分には世間で起きている嫌な出来事が集中しているように思える・・・。そんな気分の時がありますね。
この小説の主人公・倉永晴之もそんな気分に落ち込んでいる男。

倉永は役所の市民相談室に勤務している。役職は主査。そして毎日、市民から持ち込まれるトラブルの対処に疲れきっている。いや、市民だけでなく責任を回避しようとする役所の体質、仕事の出来ない上司や同僚も倉永の苛立ちの元。家に帰れば車のタイヤをパンクさせられるなど、嫌がらせが続き、さらに妻は飲酒運転で捕まってしまう。

もう、倉永さん、踏んだり蹴ったり・・・
(でもこの言葉、よく考えると「踏まれたり蹴られたり」じゃないのかな?)
でも前作の「どろ」「かび」に比べるとまずは常識的な主人公。今回の倉永は嫌がらせをするのではなく、気の毒にも「される」一方なのだから。
ま、市民の問い合わせは嫌がらせではなくて、あくまで「相談」なんだけど、この本を読んでいると、ほとんど嫌がらせのように感じてしまいます。

ただ倉永は融通が利かない人物とも言えますね〜
だから責任を押し付けられやすく、そのためにトラブルにも巻き込まれやすい。本人が自覚していればいいのですが、まったく自覚していないから無責任な周囲に対していつも怒っている。

一言で言うと要領が悪いんだけど、けっこう多いタイプだから端から見ていると気の毒になる。そういう意味では共感できる人も多いかもしれません。

でも、これこそ究極の報復ですよ。



◆ かび   blog版

伊崎友希江は35歳の主婦。夫と幼稚園に通う娘と3人暮らし。日常に小さな不満はありつつも平凡な日々を送っていた。そんなある日、夫の文則が脳梗塞で倒れてしまう。
夫は地元企業ヤサカの研究所に勤務していたが、深夜までの激務で疲労を溜めていた。夫の病気の原因は仕事のストレスと考える友希江であったが、会社側は責任を認めないばかりでなく、まだ回復の見込みのある夫を切ろうとしていることがわかる。会社の対応に不信感を持った友希江は新聞社に投稿するが、ヤサカと新聞社はその投稿を握りつぶしたばかりでなく友希江の家族の仕事にまで圧力をかけてきた。あまりの理不尽さに友希江は報復を考える。

会社の対応は、いかにも「やるだろうな」というもの。それに対して友希江の報復は、かなり常軌を逸している。しかし大きな組織に一主婦が対抗するとしたら、あれくらいしか手段がないのかもしれない。ふつうは、あんなことまではしないだろうし、第一、そう都合よく知識を持った知り合いが見つかることもないでしょう。出来たとしても実行する勇気は出ないのがふつうの人間。ある意味、友希江は行動力がある。ただ、そこまで追い詰められていたとも言えますが。(そんなこと言うと某有名作品も否定してしまうかもしれないですが^^;)

役所での様々な手続きについても考えさせられました。
悪意の人にかかれば文面だけの規則は脆いものですね。

でも最後に放った一撃は見事。大きな組織はほとんど「叩けば埃の出る」体質だろうから、最初からこういうところを狙えばよかったのよね。犯罪や報復はやってはいけないけど、泣き寝入りもまた社会をゆがませる元。言うべきことははっきり言ったほうがいい。そういう意味での勇気も出る作品。

ふだん本を読まないような主婦の間でも話題になってる作品らしいので、イライラしてる人には特におすすめ。みんないろいろ怒ってるんだなと変な安心も出来ました(笑)

山本甲士作品を2作読んだわけですが、なかなか面白かったです。作者は、ちょっとしたことで平凡な人間の人生が狂うような、巻き込まれ方犯罪を描きたいそうですが、私もそういう作品は好きなので期待しています。



◆ どろ   blog版

隣人との嫌がらせテロ報復合戦。
これを読んですっきりするか不快になるか・・・、人によって分かれるところでしょうが、
ネットの祭りを読む気分で楽しみました。
ラストが意外で面白い。

岩室孝行は妻と中学生の息子と大阪泉山市の建売住宅に住んでいる。市役所勤務。
その隣りに越してきた手原和範はペットの葬儀社で営業をしている。家族は妻と娘二人。

岩室と手原、2軒のトラブルのきっかけはありがちなものだった。
手原家の庭の雑草が茂り放題で、一部が岩室の家の敷地にはみ出していたこと。
そのことについて岩室が苦情を言うと、手原は岩室の飼っている犬の騒音がうるさいと返してきた。
それだけで終わっていたら互いに不快な思いをしただけで済んでしまったのだろうが、続いて岩室家の新聞が抜き取られるというトラブルが起こる。
さらには岩室の家の前に手原家の客が違法駐車。
ここまで来て岩室は報復を考えた。
それは犬の糞を手原家の庭に投げ込むというささやかなもの。
しかしそれに対して手原は岩室の庭に咲いていたコスモスをすべて千切り捨てるという報復をする。
こうして報復合戦は過激になっていった・・・

世の中にはこんなにいろいろな嫌がらせの方法があるのかと驚く本。
最初は「家庭や仕事のストレスをこんなことで発散するとは情けない」と批判的に読んでいたのですが、読み進むうちに、二人が次にどんな嫌がらせを考えるか楽しみになってしまうのが不思議(笑)
報復バトルをしているのは両家の夫だけで、妻や子供は知らない。
そこが深刻な悲劇ではなく、どこか滑稽に読めるポイントかも。

読んでいて一番ストレスを感じる存在は岩室の市役所の上司!
こういう上司がいるのよね。

ストーカーやすべての嫌がらせは、いわゆる「関係性の強要」ということなのでしょう。
他人と強く関わりたいという欲求から出たもの。
そういう意味では、【 あの終わり方は ハッピーエンド?(笑) 

最近注目している作家さんです。


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