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篠田節子

 



(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 「聖域」

新興宗教を扱った作品ということで、なんとなく敬遠してたんだけど、
宗教というより日本人の死生観を使った作品ですね。


文芸誌の編集者である実藤は退職した同僚が残した荷物を整理するうちに、
その中から未完の原稿を見つける。
確認のため原稿に目を通した実藤は、その重厚な内容に魅入られてしまう。
編集者としての熱意をかき立てられた実藤は、作者を見つけて小説を完成させ、
出版することを考える。
しかし作者の行方は不明で、関係者も関わりにならないことを忠告する。


「聖域」というのは、この未完の小説のタイトルなのだけど、
これが私の苦手なタイプの小説でして、そこでまず挫折しそうになりました(^^;)
「聖域」の主人公である仏教僧の理想とする理念に共感できないんですよね。
むしろ対立するで東北の人々の現実的で厳しい概念の方がわかりやすい。
実藤や三木、篠原のウエットな感情に違和感を感じてしまいました。

神や仏は、あなたの心の中にいる、
あるいは、亡くなった人はあなたの心の中で生きている、
よく言われる言葉ですが、その言葉をどう捉えるか、
それをテーマにした作品なのかな・・・

この結末を虚無と取るか理性と取るか・・・
私には救いに読み取れましたが。

本題とは関係ない話なんですが、この小説の感想を検索したら、
ブログではなくてホームページが多くヒットしました。
文庫化されてからも11年経つ作品なのでそういう結果になったんでしょうが、
簡単に書けるブログと違ってホームページの書評は読み応えがありますね。

続きはネタバレでもないけどテーマに関係することなので隠します。


死んだら無に帰して何も残らないって救われる気がするけど、
日本人は魂が残る思想の方が救われるんでしょうね〜





「逃避行」

50歳の主婦・妙子が家族を捨てて愛犬ポポと逃げる話。

なぜ逃げなくてはならないかというと、犬が隣家の子供を噛み殺してしまったから。
隣家の不登校児が妙子の家の庭に勝手に入り込んで放されていた犬を虐待。
パニックになった犬がその子を咬み殺してしまう。

刑事責任は免れたが、夫と娘は世間体を考えて殺処分に同意。
納得できない妙子は犬を連れて家を出る。

何度も繰り返される言葉「人は裏切るけど犬は裏切らない」
もうこれがテーマでしょう。
それにしても、この夫と娘はひどい。

ただ妙子も家族に依存しすぎていたところはあるんですよね。
自分の体も人生も自分で責任持たないとね。

妙子がポポを処分するという家族の意見に怯えたのも、
ポポに自分を投影してしまったからでしょう。
必要な時だけかわいがって役に立たなくなれば見捨てる。
家の中の自分の立場と同じだと思ったのかもしれない。

犬の飼い方については考え方の差が出る部分だと思いますが、
殺された子供が小学生で、虐待を繰り返していたことを考えると、
飼い主にも道義的責任はあると思いますね。
子供が庭に入れないようにするとか、犬だけで放さないとか、
引っ越すとか、予防法はあったと思います。何より犬がかわいそうだから。

1つ疑問に感じたのは今時の50歳の主婦って、
ここまで世間知らずじゃないと思うんですけどね。たとえ専業主婦でも。
それともうちのまわりが下町だから主婦も活動的で、
山の手の奥様はこんなものなのかな〜

ネタバレということもないけど隠します。


狩をするポポを見て驚く妙子に、犬に比べて猫はまだまだ野生だと思った。
街猫でも、ふつうに狩りしますから。おみやげもいろいろ持ち帰る・・・
でも殺した獲物は持ち帰らないのよね。おみやげはいつも半殺し状態。
飼い主は迷惑してますが、動物の狩りのマナーなのかしらね。

夫がひどいヤツというのは犬のことではなくて、妙子の病気のことです。
まあ、自分の体のことなのに夫任せという妙子にも責任はあるけど。





◆ 「天窓のある家」

短編9編を収録
9編の主人公はすべて、どこにでもいるような30・40代の男女。
しかし内面に抱えている不満不平は、今まさに爆発…

「家鳴り」が面白かったので読んでみたのですが、
これはちょっと趣向が違う作品群。
こういう不満を溜め込んでる主人公の話はあまり好きではないんだけど、
なぜか読み始めると止まらなくなるんですよね。

「友と豆腐とベーゼンドルファー」の有子は30代の主婦。
彼女の夫は妻には何の相談もなく「非人間的な競争社会」である会社を辞める。
家族の生活は有子のパート収入にかかり、
有子は食事の時間も取れないほど働かねばならなくなる。
「こうして夫は人間性を回復し、有子は人間性を剥奪された。」
それなのに、さらに夫は突然とんでもないことを言い出した。

「パラサイト」の祥子は公務員の夫と1DKのアパートで暮らしている。
しかし友人の奈々実は経済力のある両親の家で優雅な独身生活を楽しんでいる。
ブランド物で着飾って母親と買い物や旅行を楽しむ奈々実を
祥子は「寄生虫」と呼んでいた。
しかし久しぶりに会った奈々実は思いがけない生活を送っていた。

他、「手帳」「天窓のある家」「世紀頭の病」「誕生」「果実」「野犬狩り」「密会」



◆ 「家鳴り」   旧題「青らむ空のうつろの中に」

短編7編を収録。

ミステリーではありません。なかなかジャンル分けの難しい小説集だけど、
ホラーというより恐怖小説、というより「日常の崩壊」というのが一番近いかな。

震災難民、介護、ペットロス、育児放棄、倒産、住宅ローン破産、不倫、
日々ニュースに取り上げられる現代の課題が一味違う視点で描かれています。

問題提起をするような、ありがちな重苦しい小説ではありません。
まあ、暗いのは暗いけど、なにより結末が予想外。
「このテーマだと、こういうふうに進んで、こう終わるだろうな」と予想して読むと、
見事に裏切られて、話は違う方向に進んでいく。
その裏切られ方とラストが恐怖小説なのに快い、不思議な読後感でした。

篠田さんは犬好きというのも伝わってきました。
動物好きな人が持つ現実肯定観みたいなものが
恐怖を描いているのに重くならない素因かもしれませんね。

以下は各話の感想。
ミステリーではないのでネタバレというわけでもないけど、
あらすじも書いてあるので、未読の方はご注意。



幻の穀物危機
ペンション地区でパン屋と喫茶店を経営する一家。
そこへ首都の震災で避難してきた難民が押し寄せる。
突然の人口流入で食料は底を付き、略奪が始まる。
「まさかそこまでは」という衝撃と、
逆に徹底的に戦う人たちがゲーム的でバイオレンス映画を思わせる。
いつどんな状況でも食料を持つ人は強いというのはたしかでしょうね。

やどかり
世間知らずの若者と、男を得ることに知恵のすべてを使う女。
中学生だけど、少女というより女だよね。
騙されてるよ〜と思って読みながら、どこか笑ってしまう。
少女が18才くらいなら、ふつうの恋愛小説かも(笑)

操作手
嫁の手より介護ロボットの手が優しいと感じる老女。
機械に介護されることは非人間的なのか、逆に気楽なのことなのか。
この感覚は時代と共に変わっていくことかも。

春の便り
娘も寄り付かない寝たきりの老婦人。しかし最近毎日お見舞いが来る。
・・・こういう病院があるといいのに。

家鳴り
ペットロスの話は多いけど、これは妻を犬の代わりにしたということなの?
餌をあげるというのは、やっぱり生き物と接する楽しみの第一なんでしょうね。

水球
学歴の無さをカバーするために人一倍働き、郊外に家を建て2時間半かけて会社に通い
出来の悪い息子を三流大学に入れ、「世の中をナメるな」と言っていた男が
女はナメてたって話かな(笑)

青らむ空のうつろの中に
これも人でないものの癒しという話なのかもしれませんが、
難しい話でした。


◆  ロズウェルなんか知らない

UFOで村おこしをするお話。

最近、旅館再生という番組をよく見かける。
つぶれかけてる旅館をリニューアルして、客を呼べる宿に変えるという内容だが、そこで一番大きな障害となるのが、古いサービスの固定観念から逃れられないご主人。
私が見た、ある宿のご主人は、部屋数を減らして個室露天風呂付の広い客室に変えるというプランに最後まで同意しなかった。
この本に出てくる地方の民宿の主人たちも同じ。

舞台は駒木野という過疎に悩む小さな町。
20〜30年前までは首都圏から一番近いスキー場としてにぎわっていたが、
交通機関の発達とともに、新幹線からも高速道路からも遠い駒木野は見捨てられていった。町では去っていった客を呼び戻そうと、行政主導でありきたりの村おこしを計画するが、ことごとく失敗。いよいよ危機感を感じた青年クラブの面々は、オカルトによる村おこしを考える。UFO、古代遺跡、不可思議現象・・・。役場や老人たちの批判にさらされながらも、徐々に客は集まり始めていた。

しかし、そんなも青年クラブのメンバーも観光やイベントについて、よくわかっているわけではない。計画を実行するたびに、予想もしない結果が出てしまう。それでも彼らは人を集めることの裏側を学び、開き直っていく。

・イベントとは盛り上がるための場であって、テーマが問題なのではない。
・他のところと同じものがないからダメなのではなくて、他と違うから人が集まる。
・すべてのことに説明が必要なわけではない。説明できないことに魅力がある。
・人は隠されたものを知りたがる。
・テンションの高さというものは演出である。
・バッシングという名の宣伝。

お客さんを集めるということは、高度な発想の転換が必要なんですね。
見せたい人と見たい人、売りたい人と買いたい人、ふつう私たちは両方の立場を交互に体験している。それでも立場が変わると、相手の求めるものが見えにくくなる。
たとえば、自分が客である時は、人の入らない店の欠点がすぐわかる。
ところが、店側の人間になってしまうと、その欠点が見えなくなる。
性別や年齢、職業によって求めるものも違うものね。それだけ、相手の立場になって考えるということが難しいということなんだろう。そう考えると、客がそれを求めていることに気づかないことまで求めさせてしまプロはすごい。

ここまで書いていて思ったけど、これはネット初心者がいきなりサイトを始めて、
トラブルに巻き込まれてしまった時の騒動記とおなじ展開かもしれない(笑)

ちょっと前には、なにげなく書いた文章を巨大掲示板にさらされて、荒らされてネットをやめる人がいた。でも今は故意に煽るような文を書いて、自分であちこちの掲示板に晒し、人を集めて広告収入を得るという時代なんだものね。発想の転換だよね。

ところで、あのUFOは??



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