**TOP**

 


乃南アサ

■■■

   風の墓碑銘  晩鐘 風紋 あなた  5年目の魔女

(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 火のみち   乃南アサ

一人の陶芸家の一生を描きながら、同時に昭和という時代を描き、
さらに中国青磁・汝窯の歴史解釈も織り込んでいるという、盛り沢山の作品。

正直なところ、なんでいきなり汝窯の歴史?と思わないでもなかったので、
実は汝窯の歴史の部分は、ちょっと飛ばし読みしました(^^;)

---あらすじ---

南部次郎は昭和8年、4男3女の次男として大阪に生まれる。
しかし父親は酒と博打におぼれて働かず、
収入のない一家は生活苦のため満州に渡る。
だが、その満州で父は現地召集で戦死。兄ふたりも亡くなる。

残された一家6人は終戦と共に本土に引き上げ、親戚に身を寄せるが、
その親戚も貧しく、母親は苦労から病床に。

生活の手段のない一家を養うため、姉は都会に出て身を売る。
次郎も懸命に妹たちの世話をするが、やがて母親は亡くなり、
母親の葬儀に借りた金が返せず、借金のために妹まで売られそうになる。
妹を守るために人を殺してしまった次郎は、そのまま投獄される。

刑務所の中で陶芸を覚え、その才能を見出された次郎は、出所後、
陶芸家の道に進み、やがて新進気鋭の陶芸家として注目されるまでなった。

一方、一人残された妹は女優を目指し、芸能界で一応の成功を収める。

兄妹共に成功を収め、順風に思えた生活だったが、
また新たな不運、不幸に見舞われる。

---ここまで---

帯ドラマのような波乱万丈のストーリーですが、
そのわりに予想できるような事件しか起こりません。
上下巻の長さでも面白く読めますが、あまり後に残るものはなかったですね。
昭和を生きてきた人なら、あの頃の自分を重ね合わせて
懐かしい思いに浸れるかもしれません。




 風の墓碑銘 乃南アサ

乃南さんも円熟期ですね。
2003年の「晩鐘」、2004年の「しゃぼん玉」「火のみち」に続いて、
これも見事に構成された小説です。

発端は民家の床下から掘り出された白骨死体。 場所は東京の下町。
長い間、貸家になっていた一軒の家が、 傷みが激しいため取り壊されることになった。 その取り壊しの途中、土台の下から3体の白骨死体が発見される。 2体は若い男女で、1体は胎児か乳児。

鑑定の結果、骨は24年前のものと判明。 当時の借家人を探すことになるが、家主の老人は認知症で当時の記憶はない。 その上、不動産屋とも契約していないので書類も残っていない。 まったく手がかりがつかめず捜査は行き詰るが、 その矢先、家主の老人が殺される。

久々の音道・滝沢シリーズ。実はこのシリーズはちょっと苦手だったりします(^^;)
このシリーズというより、ミステリーの探偵や刑事の私生活が 伏線というわけでもなく長々と描かれているのが苦手。 今回もあいかわらず二人ともにトラブルを抱えてますが、 謎自体がしっかり構成されているので気にせず読めました。

24年前の身元不明の死体の発見というだけでインパクトありますよね。
しかも女性の方は妊娠中か、生まれたばかりの子供を連れている。
そんな女性が姿を消せば当然まわりの人は気付くはずだし、心配もする。
それが24年も不明のまま埋められていた。
この謎だけでも充分引き込まれます。

そこに家主の老人の殺人事件が重なる。
白骨死体との関連か、または認知症で徘徊癖のある老人の人間関係のトラブルか。 こちらの方は簡単に解決するかと思われるが、 捜査が進むと、ここでも意外な過去のつながりが浮かび上がる。

刑事ものなので地味な捜査が中心だけど、 聞き込みと資料から事実が徐々に明らかになってくるところはリアル。
推理を楽しむ展開ではないけれど、小説としてのレベルは高い。
でも人間ドラマに気を取られて、伏線を見逃しました。
名探偵ものならすぐ気付くと思うけど、油断した〜




◆   (乃南アサ)

本を読んで涙したのは久々。事件の謎と、それに翻弄される登場人物達の人生に引き込まれて、一気読みしてしまいました。
                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昭和39年10月、オリンピック開催を目前にして日本中が沸き立っていた頃、藤島萄子は11月に予定している結婚の準備に忙しい日々を送っていた。
萄子の婚約者である奥田勝は刑事という職業柄、オリンピック関連の警備に追われ、なかなか萄子とも会えない日が続いていた。
そんな状況に萄子が不安を感じはじめたある日、奥田から電話が入る。それは「俺のことはもう忘れてくれていい」という突然の別れを告げる電話であった。そしてそのまま奥田勝は行方をくらませてしまった。

翌日、品川埠頭の倉庫で女性の暴行死体が発見された。それは奥田とコンビを組む先輩刑事・韮山の娘、のぶ子であった。現場に奥田の定期入れが発見されたことから奥田は容疑者として追われることになる。
奥田にとって、のぶ子は先輩刑事の娘でしかなかったはずであった。たしかに韮山は奥田を娘婿にと考えていたし、のぶ子も奥田を慕っていたようだが、奥田はあくまでのぶ子のことは妹的存在としか思っていなかった。その二人がなぜ?

さらに、真面目で正義感が強く警察官という職業に誇りを持っていた奥田が、殺人事件を起こすことは考えられない。諦めきれない萄子は真相を確かめるために奥田の行方を探す。一方、韮山は娘の敵として警察を退職して奥田を追うことになった。
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真面目な警察官と暴行殺人事件。さらに容疑者になった刑事は、弁明をするでもなく逃亡。その裏に何があったのか?
関係者の隠された素顔が少しづつ明らかになっていく。

ツッコミ系で言えば「メロドラマ」「韓国ドラマみたい」とも言えるんですけどね。
奥田が隠している謎は最後まで読む人を引き付けると思います。

昭和39年あたりの世相やニュースも折り込まれているので、そういう点でも面白いかも。そういえば最近でこそ、温泉といえば女性客がメインのようだけど、この頃はまだ男性のための歓楽街だったんですね。熱海が危険なところという感覚は、わからないよね。

ネタバレ→【  ちょっと前なら、一般家庭の娘と暴力を職業とする人間の結びつきは、あり得ない、現実感がないと思ってしまうけど、桶川事件があった後では納得してしまいますね。寺瀬の粘着質な性質も、現実に存在する人間として受け入れなくてはならないでしょう。
勝はまったくの巻き込まれで、被害者でしかないのだけど、起こってしまったことは消せない。通り過ぎた道は引き返せない。分かれてしまった道は戻せない。それが悲しいです。 
 】




◆ 晩鐘 (乃南アサ)

-あらすじ-

あの事件から7年後。犯人の松永の二人の子供、大輔と絵里は11歳と8歳になり、長崎の母親の実家に預けられて育っていた。そんな時、同じ敷地内に住む従兄弟の歩が殺される事件が起こる。
一方、被害者高浜則子の次女は25歳。父親の再婚で家を出て住宅メーカーに勤務、一人暮らしをしているが、姉の結婚もあって1人取り残された孤独の中にいた。
長崎で歩が殺されたことにより大輔が東京の母親の元に戻ったこと、また7年前の事件を取材していた記者の建部が事件のその後の取材を始めたことによって、再びそれぞれの関係が変わっていく。

「風紋」の続編。
本を見た時はあまりの厚さに(上下巻で1200ページ以上)ちょっとためらってしまったんですが、読み始めてしまうとそんなことは気にならない。あっという間に引き込まれました。

7年・・・記憶は薄れるけど、まだ過去にはならない微妙な時間なんですね。
こういう事件に関わってしまった人は、その前後では世の中のすべてが変わって見えてしまうのだろうと思いました。そんな大事件でなくても、家族に重大なことが起こった時には、社会が遠くに行ってしまったような感覚に襲われることはありますよね。
特に加害者と血のつながった家族には逃げ場がない。この中でも松永の弟の苦悩が一番印象に残りました。

「風紋」が密度の濃い内容だったので、続編によって印象が変わってしまうことも心配だったのですが、そんな心配は杞憂。「風紋」に勝るとも劣らない緊張感と密度です。

でもこの作品を読んでいると、あらためて女性の適応能力ということを考えてしまいました。昔から「嫁入り」という日常環境の変化を体験してきた女性は、常に新しい環境に自己を適応させる能力を求められてきた。環境を変えられないなら自分が変わるしかない。男性は社会との関わりの中で自己を認識するけど、女性は自己を確定して社会と関わっていく。

乃南さんといえば、女性の恐さを描くことで定評のある作家さんですが、この作品では女性の強さを描いてるとも言えますね。この小説は、自分の置かれている現状を認識しながら、現在に適応しようとしている女性たちの物語とも言えるのではないでしょうか。

このあともまだ続きそうですね。




風紋 ・上下      乃南アサ    双葉文庫

乃南アサの代表作といえば直木賞受賞の「凍える牙」なんでしょうけど、私としては、この「風紋」を挙げたいです。内容は犯人探しではなくて、前半は心理ドラマ、後半は一部法廷推理になっています。

被害者高浜則子は46歳の主婦。家族は夫と、二浪中の長女、高2の次女の4人家族。そのどこにでもいそうな主婦が次女の父兄会に出席したあとに他殺体で発見される。しかも犯人は長女の元担任。そこから起ってくる残された家族の悲劇が中心に描かれています。

突然母親を奪われた一家、突然夫が逮捕された妻と子供。「犯人意外のすべてが被害者」と言う作者の言葉が重く捉えられます。

被害者になる主婦が父兄会に出かけるまでの日常と、帰って来ない母を待つ次女の徐々に緊迫する感情。その、不安に陥っていく過程で日常が変化していく対比が圧倒的で、一気に読ませます。

6年ぶりくらいの再読なんですが、当時は普通の主婦が殺される事件は、まだまだ珍しかったころ。だからそれだけ衝撃的な内容だったんですよね。最近は主婦が被害者になる殺人事件も増えてますが、主婦の生活範囲が変わってるんでしょうか?  それとも人間関係が濃密になりやすいのか?
サラリーマンが職場の人間関係で悩んでも、めったなことでは殺人事件にはならないですよね。




あなた    (乃南アサ)     新潮社

・・・私はあなたをずっと見てる。ずっと、ずっと・・・
・・・あなたのことは何もかも知っている。

「新潮ケータイ文庫」で配信された小説。
二浪の予備校生である秀明は、3回目の受験を控えて体調不良に悩まされていた。やがて彼のまわりで説明できないおかしな事が起こり始める。

いわゆる憑き物ホラーというジャンルですね。
前半のほとんどは、タラシ(死語かな)の秀明の女性遍歴なので、退屈してしまうし、後半になってやっとホラーらしくなるものの、展開はありがちで、種明かしも消化不良でした。

でも携帯のサービスの1つとして、小説などほとんど読んだことのない子供たちに向けて書かれたものと思えば、こういう書き方が有効なんでしょうね。
それに深夜の携帯で「今もあなたを見てる。ほら部屋の隅を見てごらん」なんて読んだら、やっぱり怖いような気がするし(笑)
・・・しかし、いつ勉強してるんだこの男は〜?

ちょっとしたツッコミ→ 【 しかし二浪で、こんなに女ばっかり追いかけていて早稲田とは、余程優秀なのか? 早稲田のイメージダウンに追い討ちかけることになりそうだが(笑)  】




◆ 5年目の魔女   (乃南アサ)   幻冬舎文庫

町田景子は、同僚である“貴世美”の不倫騒動に巻き込まれて、会社を辞める羽目に陥った。それから5年、建築関係の会社でインテリアの勉強を続けていた景子は、町で偶然に昔の同僚萩原織絵に出会う。織絵から貴世美の消息を聞いたことで、景子は貴世美に会ってみたいと思い、彼女の足取りを追うことになる。しかしその時から、貴世美の気配が景子に付きまとう。

男にはどうしてもわからないらしい、あるタイプ女の怖さを描いたもの。
こういう女ってけっこう居るし、こういう女に引っかかる男もけっこう居るのよね(笑)
女の方も、その本性を隠してるわけじゃないから、同性から見ると、このタイプは一目瞭然なんだけど、男にはいくら話しても通じない。面白いよね(笑)
でも景子もかなり危ない・・・(^^;)




◆   乃南アサ

西 俊太郎は25歳にしてフリーター。一度は商社に就職したものの、仕事が性に合わず退職。親が残してくれたアパート経営を本職にしようかと悩んでいるところ。
俊太郎の両親は亡くなったばかりで、現在は母親代わりで高校教師をしている長姉秀子、耳が聞こえない高校生の妹・麻里子の兄弟3人で暮らしている。しかし、麻里子の世話を一手に引き受けていた母親が亡くなったことで3人の関係も変わってしまった。

結婚を考えている相手がいるにもかかわらず、長女としての責任から一家を支えようとする秀子。障害者である妹を守るのは兄である自分しかいないとわかっていながらそのことに重圧を感じる俊太郎。姉と兄の負担になることを恐れる麻里子。母親の死から3人の関係がギクシャクしたものになってしまっていた。
そんな時、近所で女子高校生が連続して襲われる通り魔事件が起こり、麻里子の友達も被害者になってしまう・・・

通り魔事件に関しては動機など、不自然なところが多く、あまり納得できる解決ではありませんでした。この小説は「あとがき」にもあるように、推理ものというより家族の再生を描くことが目的のようです。それにしてはあまり突き詰めた問題提起にはなっていないような気もしますが。

障害を持つ家族を支える苦悩といっても(特に親ではなく兄弟)、麻里子の障害が比較的軽いものであることから、俊太郎が麻里子から逃げる心理があまり素直に伝わってこないんですよね。ただこういう設定だと、ほとんどの場合、兄は妹を守るナイトのような存在に描かれますが、俊太郎が全面的に妹を支える役割の重さに臆する気持ちも同感できる気がします。


**TOP**


鮎川哲也 内田康夫 清水義範 奥田英朗 杉本苑子 永井路子 東野圭吾 宮部みゆき エラリー・クイーン