また、本堂の左手にある崖には 4つのやぐらがあり、 そのうちの 1つには赤い鳥居が建っていて、翁の体に蛇が巻きついた姿をしている宇賀神が祀られている。 三省堂 大辞林によれば、宇賀神とは 『 仏教に説く穀物神。 転じて福の神とされるため弁財天と同一視され、密教にもとりいれられた。多く白蛇の形をとる。』 とのことである。 先程立ち寄った 銭洗弁財天宇賀福神社の奥宮にも
宇賀神 (弁財天) が祀られている。 | |
そして、やぐらの横を進んで本殿の裏手を覗いてみると、庭園を見ることができる。 しかし、海蔵寺の見所はこれだけではない。 |
|
仏殿の左側にある小道を進み、 岩を刳り貫いたトンネルを抜けて右手に進んでいくと、先程述べた十六井戸に至る。 この十六井戸は、岩窟の中に直径 70cmの穴が縦横 4つずつ合計 16個並んでいて、
そこに湧き出た水を湛えているもので、さらには岩窟の中央に観音菩薩像、そしてその下に弘法大師像が安置されている。 十分満足して 12時35分、海蔵寺を後にする。 | |
英勝寺や最初に訪れた壽福寺は線路の手前を右に曲がるのであるが、 ここは真っ直ぐ進んで線路のガード下を潜る。 すぐに左に分かれる道が出てくるが、 その角のところに 『 岩船地蔵 』 を祀った六角形のお堂が建っている。時刻は 12時43分。 このお堂は源頼朝の息女 大姫の守り本尊とされる石造地蔵尊 (岩船地蔵) を祀っているものである。 但し、お堂にあるのぞき窓を覗くと木造の地蔵尊が見え、 大姫の守り本尊である石造地蔵尊は見ることはできない。 |
|
大姫は、人質として鎌倉へ来ていた木曽義仲の嫡男 義高と馴染んでいたが (義仲は大姫の名目上の婿として義高を頼朝に差し出した)、頼朝は近江粟津で木曾義仲を殺害した後、 人質である義高も殺害してしまったのである。 大姫はこのことに大きな精神的ショックを受け、 その影響は生涯癒えることなく 20歳の若さで亡くなったとのことであり、この姫の哀れな死を悼んでこの岩船地蔵に大姫の守り本尊を祀ったものである。 なお、木曽義高の墓は今年 5月の鎌倉散策時に訪れた大船の常楽寺の裏山にある (写真)。 | |
さらにまっすぐ進んでいくと、左に分かれる道の先にやぐららしきものが見えている。
当日のコースには入っていないが、興味を引かれたのでそちらに進んでみると、草木に覆われた崖のところに 2階建てのやぐらがある。 1階部分のやぐらには格子の木製扉がつけられており、
相馬師常 (そうまもろつね) の墓所とのことである。 中を覗いてみると、宝篋印塔や五輪塔が安置されている。 |
鎌倉 1、  鎌倉 2、   鎌倉 3、  鎌倉 4、   鎌倉 5、  鎌倉 6、   鎌倉 7、  鎌倉 8、   鎌倉 9、  鎌倉 10  もご覧下さい。