遙か昔の物語。
僕は何時かそれを君に話すときが来るのだろうか。
今はまだ手は届かない。
夜の海に浮かぶ月のように。
「ん〜」
「ん〜」
「ん〜」
んー。
みんなで頭を抱えてしまったレコーディング。
突然アレンジでもめてしまったのだ。
アレンジはいつもはチェスターが作っている。
でも今回はチェスではなくクロンメルが作っている。
滅多にないけれど、本人がこんなアレンジってどうだろうと言ったので聞いてみたらなかなか良かった。
それで進むはずだったんだけど、サビで止まってしまった。
いや、止まったんじゃない。
サビで総合プロデューサー様であるラテスとの間で意見が割れてしまったのだ。
アレンジャーでもあるチェスターの意見はラテスの意見もクロンの意見も分かる、というもので。
そう言ったせいで、悩んでいるのはクロンとラテスだ。
そのせいでレコーディングは止まってしまった。
他の曲は終わっている。
そう、残りがそれだけ。
「一旦、休憩にしようか。休んだ方が、良い案浮かぶよ。ラテスもクロンも」
僕の言葉に一旦レコーディングは休憩となった。
決まれば良いんだけど。
アレンジ次第で歌い方が実は変わってくるのがチェスやクロンの曲だ。
僕も居なくちゃならない。
外に出れば夜。
僕は気分転換する必要はないんだけれど、…神殿内をぐるぐる巡っている内にいつの間にか外に出ていたらしい。
スタジオはカイサリー島でも海の見える場所にある。
ラプテフ本土は方角的には見えないけれど、ドコまでも続く海原は、夜は特に果てがないように思えてきた。
「〜〜〜〜」
ピアノ……じゃない、チェスターが抱えているキーボードの音が聞こえた。
「元気出た?」
誰かの声。
チェスターの声が風に乗って聞こえてくる。
誰かと話しているのだろう。
「ありがとう、チェスター」
届いた音に僕は驚いた。
そこにチェスターと一緒にいるのはシェラだ。
「気にしなくて良いよ。シェラ」
「でも、チェスターが」
「うん。僕は聞いててあげるから」
聞こえてくる声。
僕には何を話しているのか、内容までは聞こえない。
気になって僕は二人に気付かれないように二人の会話が聞こえるところまで近づいた。
月が海を煌々と照らしている。
その明かりは眩しいくらいで海の方を向いているチェスターの顔は分からないけれど、こちらに向けているシェラの表情だけは分かった。
どこか泣きそうなシェラ。
「あたしね、側にいたいの」
誰の?
「チェスター。あたし、好きなの。大好きなの」
……………。
「分かってたよ、僕は。でも気がつかない方がおかしいよね」
「………」
「泣かないで、シェラ。泣いてたらみんながどうしたんだって思うよ。君は笑っていた方がいい。笑っていつものようにしててごらん」
「うん」
「大丈夫、君は可愛いから。先に戻っておいしい珈琲をボク達のために入れて。そうすればレコーディングも終わるよ」
「うん」
シェラがこっちに向かってくる。
僕は慌てて柱の影に隠れた。
シェラは誰が好き?
チェ…………、考えたくない。
僕は妹だと思ってたんだけどな……。
こんな感情がシェラに対してあるなんて思いも寄らなかった。
最初はクロンメルが連れてきた。
シェラの家とは隣同士のクロン。
チナさんに押しつけられたと言って小さなシェラを連れてきた。
面倒をみたのはクロンじゃなくって僕。
って言うかシェラが僕になついたんだよな……。
知らない間に大人になって、僕がニスクの神官になると同時にシェラがラテスの神官になった。
僕の後を追いかけてただけだと思ってたのに、いつの間にか……。
「で、マレイグどうするの?」
「はっチェスターっっ」
突然、チェスターの顔が目の前に現われた。
い、いつの間に……。
「あのさぁ、ボクが気がつかないと思ったのかな?」
「いや、え…あの……えっと……」
いつ、チェスターはボクのこと気付いたんだ?
いや、チェスなら気付くだろうけど。
「で、シェラの告白聞いたマレイグはどうするのかな?」
「あれは……」
「マレイグは気付かないか」
何がだよっ。
「気付かないふりしてる?そっちの方が先か。マレイグは自分の気持ち押し殺しそうだし」
だから、なんだよっ。
「シェラはもてるよ〜〜。ってラテスが言ってた。カイサリー島に観光に来る人間の中にはシェラが目当てって言う奴も多いみたいだよ〜〜」
そんな話聞いてないぞ。
「妹でもいいけどさ。マレイグもそろそろ自覚してるよね」
……チェスターに全部見抜かれてる……。
何でだ?
「ボクさぁ、一応プロデューサーだよ?ラテスは総合プロデューサー様だけど、どっちかって言ったらスポンサー様だしね。まぁ、少なくとも、マレイグより外で見てるボクの方が君のこと把握してるかも知れないよ?」
……参りました。
「で、自覚したのいつ?あぁ、つい最近かな?」
「あのさ、チェス……」
「大丈夫、気付いてるのボクだけだから。ラテス様は別の意味で分かってるだろうけど」
「で、シェラは……」
あのチェスに向かって言った言葉の意味は……。
「……………………ボクがいうことじゃないよ。マレイグがシェラに気持ち伝えて……じゃないとね」
チェス相手じゃない?
「さて」
意味ありげにチェスターは笑う。
あぁ、どういう意味だよ。
今まで妹として接してきたシェラ。
……僕は手をのばしても良いのだろうか。
そうすれば手が届くだろうか。
「そろそろ戻ろうか。多分良い結果出てるだろうし」
チェスターの言葉にうなずき、僕達はスタジオへと戻る。
月が静かに夜の海を照らしている。
レコーディングが終わってもし、まだ月が夜の海を照らしていたら。
僕は手を伸ばしてみよう。
そう、思った。
初恋です、一目惚れです。マレイグの側にいたい一心でラテスの神官になりました。
でも、妹としてしかみてもらえない。
……今回のレコーディングでマレイグが歌った歌(どれにしよう)を聞いて思わず泣いてしまいました。
それに気付いたチェスターがシェラを連れ出して話を聞いていた所をマレイグが見つけてしまった……所です。
シェラとマレイグは……7歳ぐらいの年齢差ってどこかに書いたような気がします。
チナさんはシェラのおばあちゃんです。