初めは記憶をなくした彷徨い人。
かすかに残る記憶を頼りに彼女の元にやってきた。
「こんばんは、女王陛下」
夜、彼はその大きな窓から部屋にやってくる。
「また来たのか」
そう女王が言っても彼は笑ってかわす。
気をつけるべき女王が戸締まりをしないからだ。
彼が来るのを待っている。
「賓客として迎えると言っただろう?私の名と、証。そなたの力を見せれば、我が城は扉を開けざるを得ない」
「そこまで仰々しくはしたくないんですよ。誰かの元へと忍んでいく。それがスリルなのだとどこかで読みませんでしたか?」
「三文小説のような物をお前が読むとは思わなかった」
「僕を何だと思ってるんですか?女王陛下。僕だって小説ぐらいは読みますよ?三文小説だって面白い。良い暇つぶしになる。女王陛下だってそれを三文小説と仰るのだからご存じじゃないんですか?」
「私も同じように暇つぶしだ」
女王陛下は苦笑いを浮かべながら彼の言葉に応える。
彼もまた同じ様な苦笑い。
女王陛下と彼はいつしか他愛もない会話をし他愛もない時間をつぶしていた。
初めは全くそんな時間を過ごしていなかったのだが。
「いつか、僕も目を覚まし、時を見続ける日がまた来るのでしょうか」
突然、何かを思い出したかのように彼が呟く。
「……、それが望みなのか?」
「分かりません。少なくともあなたと同じ様な時は過ごせない……」
「………」
女王は彼を見つめる。
その視線はどこか切ない。
「あなたが、そんな目をするとは……思いも寄らなかった……」
女王のその表情が意外だったのか彼は目を伏せる。
「あなたは、それを望むのですか?前は望まなかったそれを…」
その言葉はどこか非難をしているようで、けれどどこか縋っているような声で彼は女王に問い掛ける。
「何を、言いたいのだ?」
女王は彼が何を言いたいのかが分からない。
「さて、僕にも分かりません。なぜだか、不意に言葉が現われたんです」
困ったように彼は言う。
その時だった。
『陛下、失礼してもよろしいでしょうか』
扉の外から何者かの声が聞こえる。
「今、手が離せない。少し待て」
「畏まりました」
その会話を聞き彼は窓へと向かう。
「では、またお邪魔します」
「また来るのだろう?」
女王は彼に問い掛ける。
さっきの会話が最後だと思えてならないからだ。
「もちろん。では、良い夢を」
そう女王陛下に笑顔を向けて彼は夜の中へと飛び出していった。
女王陛下の部屋に執事が入ってくる。
「いつか、また時が経てば分かるでしょう。もう、全ての時が近づいてきている。時の守人が目覚めるでしょう。僕は……僕もまた望めばあなたと同じ時が過ごせるのでしょうか」
その様子を見ながら彼はそう呟いた。
「僕はあなたと居ることを望んでも構わないのでしょうか。そうすれば、解き放たれる?ウィル・キオス……君は、望む?」
彼は夜空を見上げ今何処とも知れない彼の友人の名を呟いた。
一人以外。出しても良いよねって思っただけで。
なかなか出てこないけど、名前だけの存在感は大きい人ですよ……まったく。
備忘録:時の守人?シーム、クライン、クヴィンテッド
守人でいいかなぁ………。