生命保険金や死亡退職金の,相続時の取扱いについて
1 生命保険金請求権
生命保険とは,保険契約のうち、保険者が人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うことを約するもの(傷害疾病定額保険契約に該当するものを除く。)をいいます(保険法2条)。
生命保険契約に基づく生命保険金請求権のうち,死亡生命保険金請求権(以下,単に「生命保険金」と言います。)は,受取人と指定された者が直接受け取ることができる権利であり,相続開始時に被相続人に帰属していた財産(遺産・相続財産)ではありません。
そのため,遺産分割の際には,生命保険金は,相続財産ではないと扱われます。
ただし,相続税法上は,生命保険金は,「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条)。
民法上の取扱いと税法上の取扱いが違いますので,注意が必要です。
2 生命保険契約の受取人を変更する行為は,遺贈又は贈与ではない
生命保険契約には,積立預金のような性質を持っているものがあり,それらは実際上,一種の財産として扱われています。
また,保険金の受取人となっていれば,保険金を受け取ることができます。
そのため,保険契約上の受取人を変更する行為は,経済的には,財産を譲り渡しているのと同じとも考えられるため,遺贈又は贈与となるのではないか,ということが問題となります。
この点最高裁は,「自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできない。」と判断しています(最判平成14年11月5日民集56巻8号2069頁)。
ただし,この事例は,被相続人に妻子がおり,被相続人は当初,死亡保険金の受取人を妻にしていたところ,その後妻との折り合いが悪くなったために,受取人を被相続人の実父に変更した事例であり,法的な問題は,「保険金受取人の変更が遺留分減殺請求の対象となるか否か。」であったことに注意が必要です。
また,特別受益については,別途,相続人間の公平という視点での検討が必要です。
特別受益については,「遺産分割における特別受益及び寄与分について」を参照して下さい。
また,遺留分については,「遺留分」,「遺留分の事前放棄」,「遺留分減殺請求権の実務的な行使方法とその効果」,「遺言無効確認訴訟と、仮に遺言が有効だったときにその遺言が遺留分を侵害する場合の遺留分減殺請求権の実務的行使方法」を参照して下さい。
3 生命保険金と特別受益について
生命保険金は,上記のとおり,相続財産ではない,と扱われます。
そのため,相続が開始した際に,共同相続人の一人が生命保険金を受け取っていても,その生命保険金は相続財産ではないことから,原則として,遺産分割の際に対象となる遺産ともされず,また特別受益ともされません。
しかし,被相続人の遺産の総額に比べて,生命保険金の額が極端に大きいなどの事情がある場合にまで,生命保険金を遺産分割の対象から除いてしまうと,共同相続人間の公平が保たれない事例もあると考えられます。
最判平成16年10月29日決定民集58巻7号1979頁は,「被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。」と判示しています。
特定の相続人に対して,他の相続人よりも多くの遺産を承継させたい場合に,生命保険契約を活用するケースもあるようですが,保険料の額と支払時期,相続開始時の遺産総額と,特定の相続人が受け取った生命保険金の額,生命保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情等によっては,特別受益規定の類推適用の主張がなされるなど,後になって紛争を引き起こす可能性もあります。
少しでも不安があれば,予め弁護士に相談した方がよいでしょう。
特別受益については,「遺産分割における特別受益及び寄与分について」を参照して下さい。
4 死亡退職金について
労働者が在職中に死亡したことによって,受給権の発生する退職金を,死亡退職金といいます。
死亡退職金の受給権者は,就業規則などで定められていることが多いのですが,民法の相続人の規定とは異なる定め方も多いようです。
判例は,死亡退職金について,受取人を定める規定を解釈し,民法の相続人とは範囲・順位が異なって定められている場合には,相続財産にはならず,遺族固有の受給権があるとしています(最判昭和55年11月27日民集8巻6号815頁 最判昭和60年1月31日)。
受取人の規定がない事例であっても,相続財産に当たらないと判断した判例もあります(最判昭和62年3月3日家月39巻10号61頁)。
なお,死亡退職金についても,相続税法上は,「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条)。
5 相続放棄をしても,生命保険金,死亡退職金は受給できます。
上記のとおり,相続人が受取人になっている生命保険金や受領者が指定されている退職金は,遺産には含まれません。
従って,ある相続人が生命保険金の受取人になっていたり,死亡退職金の受領者と指定されていれば,その相続人が相続放棄をしても,生命保険金や死亡退職金を受領することができます。
相続放棄の手続等については,「相続放棄について」を参照して下さい。