相続放棄について
2016(平成28)年4月6日改訂
2016(平成28)年4月9日改訂
2016(平成28)年4月26日改訂
2020(令和2)年5月13日改訂
2020(令和2)年5月28日改訂
2021(令和3)年2月7日改訂
2022(令和4)年6月2日改訂
2022(令和4)年6月21日改訂
2023(令和5)年7月28日改訂
1 相続放棄
相続放棄とは,相続そのものを拒否することです。
被相続人の遺産よりも,被相続人の債務の方が大きい場合には,相続財産全部を支払いに充てても,債務が残ってしまいます。
このような場合にまで相続を行えば,相続人は,相続した被相続人の債務の支払のために,相続人固有の財産を提供しなければならなくなり,経済的に酷な場合が生じます。
そこで,相続人が被相続人の債務を相続しなくてもよいように,相続放棄の制度が設けられました。
- 2 相続放棄の期間
- ① 相続放棄をすることができる期間は,民法で定められています。
民法第915条第1項によれば,家庭裁判所に対する相続放棄の申述は,「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内」にしなければなりません。
これを,「相続放棄の熟慮期間」と言います。
- ② そして,「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは,原則的な判例によれば,相続人が相続開始の原因たる事実を知り,自己が相続人となったことを確知したときと判断されています。
- ③ ただし,判例の中には,相続人が,被相続人の死亡の事実,それにより自己が相続人になったことを確知したことに加えて,少なくとも積極財産の一部または消極財産の存在を確知することを要するとしたものがあります。
その判例に従えば,相続開始から3カ月以上たっていても,被相続人に多額の債務があることを知ったときから3カ月以内に,家庭裁判所に相続放棄の申述をすれば,相続放棄が認められる可能性があります。 - ④ 相続人Bが被相続人Aの相続財産について承認または放棄の選択をしないまま死亡し,CがBの相続人となった場合のように,AB間の第一相続の相続関係が不確定な状態で,Bを被相続人とする第二相続が発生する場合を「再転相続」といいます。
- (1) Aが死亡したことを,Bが知っていて死んで,CもBの死亡時には知っていた
- (2) Aの死亡について,Bが知っていて死んで,CはBの死後に知った
- (3) Aの死亡について,Bが知らずに死んで,CはBの死亡時には知っていた
- (4) Aの死亡について,Bが知らずに死んで,CはBの死後に知った
- i まず,(1)及び(2)の場合の「再転相続」について説明します。
- (ⅰ) (1)及び(2)の場合でBがAの死亡を知ってから3カ月の熟慮期間が経過した後にBが死亡した場合は,BについてAの相続放棄の熟慮期間が経過していますので,CはAの相続について相続放棄をすることが出来ません。
- (ⅱ) (1)及び(2)の場合で,BがAの死亡を知ってから3カ月未満で死亡した場合,CがBの相続の開始があったことを知った後,かつCがBの死亡後Aの相続について知った時から3カ月間の熟慮期間内に,CはAの相続について相続放棄をすることが出来ます。(民法916条)
- ⅱ 次に,(3)及び(4)の場合の「再転相続」について説明します。
- (3)又は(4)の再転相続の場合,CがBの相続の開始があったことを知った後,かつCがBの死亡後Aの相続について知った時から3カ月間の熟慮期間内に,CはAの相続について相続放棄をすることが出来ます。(民法916条)
-
第一被相続人A,第二被相続人B,第二被相続人の相続人Cだとして
以上の(1)~(4)のケースが考えられます。
3 熟慮期間の伸長
相続放棄の熟慮期間の3カ月では,被相続人の遺産と債務を調査できず,相続放棄をするべきか否か判断できない場合には,相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所に対して,その3カ月以内に申立てをして,熟慮期間を3カ月以上に伸ばすことも出来ます。
この熟慮期間の伸長申立は,各相続人が個別にしなければならないとされています(最判昭和51年7月1日裁判集民118号229頁)。
熟慮期間の伸長申立書の記載方法や,添付書類などについては,弁護士か家庭裁判所にお問いあわせ下さい。
4 相続放棄を行う具体的手続
相続放棄を行うためには,相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所に対して,相続放棄の申述書を,熟慮期間内に提出する必要があります。
相続放棄の申述書の記載方法や,添付書類などについては,弁護士か家庭裁判所にお問いあわせ下さい。
5 相続放棄の効果
相続放棄の手続を行った相続人は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされ,被相続人の債務を相続しません。
そのため,相続人は,被相続人の債務の保証人や連帯債務者になっていない限り,被相続人の債務を支払わなくてもよくなります。
ただし,相続放棄をした場合には,同時に被相続人の財産も一切相続できませんので御注意下さい。
積極財産は相続するが,消極財産(負債)は相続放棄する,積極財産の一部のみ相続してその他は相続放棄する,ということはできません。
そして,相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき,また相続人が相続放棄をした後であっても,相続財産の全部もしくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときは,単純承認したものとみなされますので,ご注意下さい。(民法921条1号,3号)
なお,相続人が受取人になっている生命保険金や受領者が指定されている退職金は,遺産には含まれませんので,その相続人が相続放棄していても受領することができます。
詳しくは,「2016(平成28)年4月14日生命保険金や死亡退職金の,相続時の取扱いについて」を参照して下さい。
また,祭祀承継については,財産の相続とは法的には別問題ですので,相続放棄した相続人であっても,系譜(家系図),祭具等(仏壇,仏具,位牌),墳墓(お墓。墓石の所有権や,墓地の使用権)等の「祭祀財産」を承継することは,理論上は可能です。
詳しくは,「2016(平成28)年3月30日「祭祀承継」に関する法律問題」を参照して下さい。
6 相続放棄による,次順位の相続人の相続
相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされます。
そのため,第1順位の相続人(被相続人の子や孫等の直系卑属)が,全員相続放棄した場合には,第2順位の相続人(被相続人の父母等の直系尊属)が法定相続人となります。
さらに,第2順位の相続人(被相続人の父母等の直系尊属)が,全員相続放棄した場合には,第3順位の相続人(被相続人の兄弟姉妹,又は甥姪)が法定相続人となります。
このように,法定相続人が存在している限り,相続が発生します。
被相続人に多額の債務があるために,先順位の相続人全員が相続放棄した場合でも,後順位の相続人がいれば,その者が相続人となってしまいます。
この場合,後順位の相続人は,熟慮期間内に相続放棄の手続を行わなければ,単純承認したものとみなされて,被相続人の債務を相続してしまいます。
相続放棄が可能な期間は限られているため,少しでも不安がある場合には,早めに,弁護士にご相談下さい。
7 代襲相続の不発生
相続放棄によりその相続人は最初から相続人ではなかったことになりますから,相続人の子(被相続人の孫やひ孫)や被相続人の甥や姪に代襲相続は発生しません。(参考・民法887条2項・3項,889条1項2号・2項)
8 相続人の不存在
相続人が全員相続放棄した場合には,相続人が不存在の状態になります。
相続人が不存在の場合には,相続財産は,法人となります(民法951条)。
この場合,相続財産に法律上の利害関係を有する者は,家庭裁判所に申立てをすることにより,相続財産の管理人(2023(令和5)年4月1日より「相続財産清算人」となりました。以下「相続財産清算人」といいます。)を選任してもらうことができます。
相続財産清算人は,被相続人の遺産と債務を調査して,被相続人の債権者等に対して被相続人の債務を支払うなどの清算業務を行い,清算後残った財産を国庫に帰属させることになります。
なお,特別縁故者(被相続人と特別の縁故のあった者)に対する相続財産分与がなされる場合もあります。特別縁故者については,2008(平成20)年12月15日改訂「特別縁故者に対する相続財産の分与」を参照して下さい。