ときどき日記(20020201〜20020215)

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2002/02/13(水)

 Operaは6.0+日本語スターターキットに戻したら多少安定しました。まだ妙なフリーズ癖が残ってるけど、しばらくはこちらを使った方がよさそう。

 中にビッグコミックシリーズのまんがが入っていると古い知り合いの先輩(なんか変な日本語)に教えてもらい、「一平ちゃん夜店の焼きそば」を買ったらラーメン発見伝が出てきました。なぜわざわざ単行本持ってるのが出てくるかな。ビッグコミックシリーズの単行本は買ってる方が少ないのに。
 それにしても何種類ぐらいあるんでしょうこれ。「ヒゲとボイン」とか「赤兵衛」とかもあったりするのか。でもこれ目当てに毎日一平ちゃん食うのもなあ…

アフタヌーンシーズン増刊2002年Spring

 今号から隔月刊化。うれしいことです。
 読切から。本誌2000年7月号以来というから久しぶりの登場になるもみじ拓「かいじゅうの背番号」。いがぐり頭の元気な息子、やさしい父と母、ここからいきなり両親とも宇宙怪獣だったというお話にもっていって、しかもギャグでなく悲しい話にしてしまう作風は、やっぱりほかの誰とも似てません。寡作でいいからこれからも描き続けてほしい。いつかは単行本にまとまってほしい。そう思います。
 新連載がふたつ。「メルトダウン」(遠藤浩輝)は人間が性を失った近未来が舞台。そこに本物の女の子が降ってきたところで初回は終わり。長くしようと思えばいくらでも長くなりそうな話だけど、さてどうなるか。「神原則夫の人生劇場」というシリーズの第一話として載っている「エミーさん」(神原則夫)はさえないおやじが主人公。「とんぼ」「67000」にこのまんがと、アフタヌーン系で描いているのは一貫しておやじ主人公まんがです。身もふたもない設定と展開の中で浮かび上がるストレートな感情、という内容も一緒。この同じ作者がおやじをコンクリ詰めにする女子高生の麻雀漫画を描いてるのは、わからんこともない気もするけどやっぱりよくわからん。同じコインの裏表なのか。
 連載陣は安定。今回は災いを呼ぶ自分の声を自ら潰した少女のおはなし「錆の鳴く聲」(漆原友紀)が素晴らしいです。山間に響く彼女の声がほんとに聞こえてきそう。これに続いて載っているダメ人間まんが「ラブやん」(田丸浩史)との落差はすさまじく、せめて間に別の漫画はさめばいいのにとも思います。個人的には全然気にしないけど。「もっけ」(熊倉隆敏)はいつもどおり端正、今回は落ち着いてみえる姉(静流)がけっこうあわててておかしかった。

新連載:「メルトダウン」(遠藤浩輝)、「神原則夫の人生劇場」(神原則夫)
最終回:「みんみんミント」(士貴智志)
読切:「破落戸」(小川雅史)、「こちらエデン28号」(和田新介)

ビッグコミックオリジナル2002年3月増刊号

 確かべいふつって歴史の授業で習ったような。くさかんむりに市ってJISコードにないのか。ためしにGoogleで検索したらみんな苦労しているみたいです。
 その北宋の書家が主人公の「墨戯王 べいふつ」(佐々木泉)は、どうやら奇人であったらしいこの主人公の天衣無縫なありまさを描いた漫画。フラッパーでやってる「シュトロとカロン」も個人的には大好きだけど、作者の本領はやっぱり中国物にあるのか、実に堂々たる漫画です。このまんまシリーズ化してしまえ。
 これも読切の「モナミ/モナムール」(さそうあきら)は惚れた相手に振り回される男性を描いた、どこまでが現実なのか定かでないシュールな漫画。シュールといえば「刑務所の前」(花輪和一)は鍛冶屋の娘が主人公の昔話と作者が執着する錆だらけの拳銃の話に、さらに刑務所での話までクロスオーバーし始めて、もうなにがなんだか。すごいです。
 「オレ流忍犬タテガミ」(たくまる圭)はいまだよくわからんがおもしろいのはおもしろい。とりあえず2回目は勧善懲悪なのかな。新人コミック大賞入選作という「This First Step」(石塚真一)はワンテーマに絞ったシンプルな漫画。読み心地のいい漫画でした。


2002/02/12(火)

 Opera6.01が今日になってまともに動かなくなりました。困ったことにWin98を巻き添えにしてフリーズします。まあWin98自体がかなり不安定になっているので、OSが悪いのかソフトが悪いのかにわかにはわからないのですが。とりあえずMozilla0.9.8で急場をしのぐことに。

 きのう変な本読んだせいで、サモンナイト2への興味がぶり返してしまう。気がついたらいつのまにかリプレイ始めている始末で、でも腐り姫は腐り姫でほっとくわけにはいかないし。いけないことに今年に入ってからゲームやってる時間がどう考えても漫画読んでる時間より長い気がします。まあこういうのはなるようになるまでほっとくしかないのですが。

マジキュー・プレミアムWINTER.2002

 塩野干支郎次が描いてるというので買ってみたのだけど、なんだかよくわからん本でした。ひとことで言うとエロゲーの萌え部分だけを抜き出して漫画と紹介記事を作り出したような内容です。エロ漫画本ではないが、エロ抜きな分かえって悪性度が高いかもしれない。構成がややごちゃごちゃしてるせいかもしれないし、単におれがちゃんと読んでないかもしれないけど、いずれにせよよくわからん本です。
 覚え書き代わりに目にとまった漫画を。「Magi-Cu FAMILIA」(後藤なお)は一見ふつうの漫画だけど、ぶっ壊れた漫画への衝動を内包しているのがおかしいです。いっそ衝動のまま描けばいいのに。「ただいま勇者修行中」(現津みかみ)はふつうのファンタジーもの。「HOT HOUSE」(原田たけひと)は好き放題描いたような変なまんが。絵が少しだけウエダハジメに似てるかな。「GIRLS SCHOOL SCREMERS」(和六里ハル)は今回4ページの番外編だったのでどういう漫画かは不明。「ネコサス・シックス」(塩野干支郎次)は同人誌で発表したののリライトか。比べてみようと思ったけど現物がすぐには出てこなかった。あとで探してみよう。フルカラーの「水音」(高野音彦)は色使いのたいへんきれいな漫画で絵も素朴な感じでまとまってる。漫画というより絵物語というほうが正しいかもしれないけど、いちばん印象に残ったのはこれでした。


2002/02/11(月)

 30半ばにもなって飲み屋で夜明かししちゃいけません。その翌日シミュレーションRPG(HOSHIGAMI)を朝までやるのはもっといけません。風邪ひき込まなかったのが奇跡だ。
 とりあえず手をつけてみた「HOSHIGAMI」は、戦闘部分のシステムはしっかりしてるけど、それ以外の部分がないというかなぜこんなしんどい目をしてゲームを進めなきゃいかんのかという部分でモチベーション付けがうまくいってないというか。さんざ文句いったけどこうやってみるとサモンナイトはそのあたりしっかりしてました。もうふたひねりぐらい効いてるとなお好みなんだけどなあ。

 というわけでターゲットを「腐り姫」に変更。ゲーム中のBGMにギター連奏の静かで物悲しい(片方がアルペジオっぽく進行する)曲があったのですが、これがゲームのBGMには珍しく変な拍子の曲でした(3-3-3-3-4の繰り返しだから16/8でいいと思うんだけどあまり自信はない)。たくさん聞いたことがあるわけではないけど、一貫して変な拍子で押し通すこの手の曲はけっこう好きです。

雑誌連載・読切ほか

ニニンがシノブ伝(1)/古賀亮一(メディアワークス/角川書店・電撃コミックスEX)

 朝4時の飲み屋や朝帰り始発電車の中でも読める素晴らしい本。描いてる内容がすべて何の役にも立たないため、頭を使う必要がまったくないからです。いやねたじゃなくて眠気をまぎらわすためにほんとに読んだらほんとに読めたんだってば。
 内容をひとことで言うと、女の子がひとりとくの一みたいなのとその頭領みたいなのと配下の忍者みたいなのが出てくるまんがです。司会進行役の女の子をのぞくと全員がボケ役で、くの一みたいなのを除く残り全員がだめ(くの一みたいなのもたいがいだめなのですが)。手品のように次々と繰り出されるダメワードの数々を見ているうちに、このまんがを読んで面白いのはそれ自体だめ人間である証しではないかということを天啓に打たれたように悟って、めっきり落ち込んでいる今日このごろです。そのへんの普通のひとにこのまんが読ませてもたぶんなんのことやらわからんに違いない。
 それでも司会進行役がひとりいるだけ「ゲノム」よりましかな(何が?)という気もします。表紙の一見かわいい女の子にだまされて買った人は後悔すること必至。でも表紙にだまされる時点でだめなので後悔しないのかなという気もけっこうするな。まあなんでもいいからインフルエンザに備えて一冊買っといたほうがいいかもしれません。たぶん39度あっても読める。

ファミ通ブロス2002年3月号

 なんとなく買う。定期購読するには至らないけどときどき買って読みたくなる、自分にとっては微妙な位置にある雑誌です。全体としてなんとなく少女まんがっぽいのが多いのはどうしてかな。ガンガンもそうなんだけど。
 読んだ中でいちばん印象に残ったのは「Colors」(啄木鳥しんき)。典型的ハイ・ファンタジーのしっかりしたおはなしで、絵もたいへんきれいでよいです。これは単行本で追ってもいいな。「HoneyRose」(船戸明里)はふわりとした髪としんどい展開でさすがに存在感がある。もうすこしネーム少なめの方が個人的にはいいかな。あと読切4コマ「末広くん」描いてた天野真歩は同人サークルWARA*WARAの人。初登場とのことでした。

大江戸防衛軍Z/伊藤勢(コミックドラゴン2002年3月号)

 えー、ギャグです。扉のあおりに「壮大なスペースオペラが幕を開ける!」とか書いてるけどうそついちゃいけません。ギャグです。
 登場人物はモンコレのカッツェとかコルボとかナスターシャとか。舞台は江戸、いや大江戸か。でもって田沼や平賀や服部半蔵(十代目)が出てきて、「越後屋 そちもワルよのう」「いえいえ あなたさまにはかないませぬ」とか「よいではないかよいではないか」「あ〜れ〜」(くるくるくるくる)とかやってます。隠密同心心得之条ってどれくらい人口に膾炙してるんだか。
 最後は全裸にされて恥じらう巨大ロボットとタコ型宇宙人と合体して巨大化した越後屋の一騎討ち。作者の趣味丸出しのまんがだけど、まあ、いいんではないでしょうかたまには。こういうのなかなか描けなくてストレスたまってんだろうし。ばかな漫画は嫌いじゃないし。

サモンナイトコレクション(ソフトバンクパブリッシング)

 やっとこさ入手したサモンナイト1・2本。漫画は巻頭2ページでした。これはまあ、おまけかな。
 基本的には飯塚武史=黒星紅白のイラストがたくさん載ってるというそれだけの本なんですが、おれはこの人のイラストがたくさん載ってればそれだけで満足なんでそれだけでも十分満足です。満足なんだがエンディングイラスト集とか見ると知らない言葉がいっぱい載ってる。宿業ルートってなにさ。誓約者ルートってなんだか1のキャラクタばかりぞろぞろ出てきてるんだけどいったいこれは。2はラスボス戦があんまりきつかったんでクリアした瞬間放り出してしまったのだけど、どうももう少しやったほうがいいみたいです。しょうがねえ今からでもやるか。
 言葉の端々からさらに続編が出ることが伝わって、どうやら3も準備中ということのようです。3はもうやんないみたいなことを2の感想で書いたけど、この調子だとたぶん買うなこりゃ。しょうがねえなあおれも。


2002/02/08(金)

 予定通りHOSHIGAMIと腐り姫を買ったはいいが、僕と僕らの夏のことをすっかり忘れていた。今度こそ発売されたんだろうか。それ以前にゲーム3つも一度に買って…いやこういうのは買っとくのが大事なのだ。現在インストール待ち3つ、やりかけ2つ、放置プレイ中2つ。

雑誌連載・読切ほか

ぱペットレボリューション(1)/真 伊藤(講談社・ワイドKC)

 マガジンZ創刊以来連載の4コマ。2年分たまってめでたく単行本に。少女まんが畑でけっこうキャリアの長い人だというのは、最近初めて知りました。これが初単行本です。
 4コマ漫画ではあるけれど、この漫画はのんびりラブコメお色気付き、としてとらえるのがよさそうな気がします。主人公の右手に宇宙人が寄生という特異な設定は放置したまんまののどかな日常の話ばっかで、いや1本1本はきちんと4コマとして作ってあるのだけど、4コマとしてのおもしろさもさることながら、主人公と右手の変なのと幼なじみと友達たちのどうでもいいといえばどうでもいいやりとりがいい。実は主人公は高校中退という設定で、確かに作中でもいつもぶらぶらしてるけど、それに伴う深刻なエピソードが出てくるわけでもありません。いつもひまで楽しそうです。
 2巻が出るのはまた2年後かな。まあまたのんびり待つつもりだけど、それより過去に描いた漫画がこれをきっかけにまとまったりしないかなあ。知り合いの間では意外なくらいこの本を買ってる人が多かったし、首尾よく売れてるといいのですが。


2002/02/07(木)

 生まれて初めて、1日にヤンジャンを2冊買う。あした職場に忘れたのを回収してから読めばいいのに、忘れたら忘れたで意地でも読みたくなる。やれやれ。

 そういや昨日書くの忘れてましたが「マサとお嬢さん」がアッパーズの新人漫画賞で奨励賞に入っていました。名義は津田久恵になってましたが。

雑誌連載・読切ほか

キノの旅V/時雨沢恵一(電撃文庫)

 5冊め。今回は一話一話が短めなせいか全十話収録。うち第八話はキノ・エルメスコンビもシズ・陸コンビも登場しない話で、もしかしたらこれは初めてか。それともこの妙齢の女性はキノの何年後かなのか。
 内容と文章はこれまでどおり、よくも悪くも安定してます。そのなかで戦闘シーンに終始する「英雄達の国」が一番印象に残る。キノという主人公がいわゆるいい人では決してないという、これまでの物語でも幾度となく示されたことが、いきなり襲ってきた七人組を全滅させるこのエピソードではとりわけ浮き彫りになっています。だからといって悪い人というわけでもむろんない。そのどちらでもない位置に主人公を立たせ続けることに、この作者はとりわけ注意を払っている。そう言っていいかもしれません。
 例によって黒星紅白の手によるイラストは、今回は表紙も目次ページの絵もいつもとイメージが違って見えて少しびっくりしました。こんな大きな目を描く人だったっけ。各話の冒頭に見開きモノクロイラストが描いてあるのもいつもどおりだけど、この人の絵はモノクロはモノクロでたいへんいい、ということに、今さらのように気づいた感があります。モノクロイラストのほうはどこか滅びの気配が漂っているのだな。


2002/02/06(水)

雑誌連載・読切ほか

ガープス・ルナル・リプレイ1/ぷろぽりす2(まっさおこのき)

 ガープスというのはTRPGのシステムの1。ルナルはグループSNEの一員・友野詳がガープス用に作ったゲーム世界。でもってリプレイはTRPGのプレイの様子を本とか漫画とかにしたものです。TRPGがわからん人はGoogleででも検索してつかあさい。
 この本は続きものになるとのことですが、1冊目はキャラクター紹介と導入でおしまい。このペースで行くとシナリオひとつに何冊かかるんだろとちょっと心配になるけど、読んでて楽しいからいいや。コミティアでルナルのリプレイ漫画が(しかも買ったことのあるサークルで)手に入るとは思わなかったです。
 それはそうとシャロッツ+ウィザード+リャノ+アルリアナ+ミュルーン+フェリアというパーティ構成はえらく偏ってる気がするのですが。異種族ばっかだし青の月がひとりもいないじゃん。キャラシート見るかぎりではウィザードがパーティのまとめ役になりそうだけど、体力バカというか壁役がひとりもいない。肉弾戦になったとき大丈夫なんだろうか…というのはよけいなお世話だな。やるほうも読む方も楽しけりゃそれでいいか。

ハヤニエ/よみねこ(よみねむこ)

ゆうれいのいる教室/よみねこ(よみねむこ)

 どちらも暗い話なのだけど、それを正面から描いているためかどこかすがすがしい読後感が残ります。「ハヤニエ」は少し変わった、ときおりひどく暗い表情を見せるクラスメイトと、彼が(おそらく恋愛感情ではなく)気になる少女の話。「ゆうれいのいる教室」は夏の暑い日に亡くなった幼なじみを持つ少女が、夜の教室で出る幽霊が彼だと思い、正体を見届けようとする話。絵はこの2冊のあいだにけっこう変わっていて、どちらかというと漫画的にデフォルメの効いたあとのほうの絵のほうが、柄の大きな感じがして好きかな。

モノログ/YELLOW TAG(アオゾラ透湖)

 短編が4つ。1つめと4つめは喧嘩するほど仲がいいカップルの話で、3つめは母親に見えない妖精(みたいなの)を追ってるうちにたったができてしまった赤ん坊の話。2つめは青空眺めて煙草くわえて上機嫌で歌ってた女性が、いきなり涙がぼろぼろ出てきてとまどう話。どれもそれぞれいいのだけど、この2つめが一番いいです。とても気持ちよさそう。

HARMONICS/直立不動産(鈴木ちょく)

 8月のコミティアで買った本の続き。ベーシストの男性とサックス吹きの女性(というのは珍しいような…)との喧嘩みたいなセッションが見せ場の本です。手堅くまとめた印象。


2002/02/05(火)

 なんや知らんが2日ほど沈没しておりました。犬も歩けば棒に当たる。

雑誌連載・読切ほか

快楽天2002年3月号

 「ブルマー2002」(SABE)「幻のひとさらい」(朔ユキ蔵)「はたち」(米倉けんご)となぜか連載陣がみな読切を。そういう特集号なんだろうか。
 「ブルマー2002」は「ブルマー1999」「ブルマー2001」の続き…って説明になってないけど。カンフー映画の主人公みたいな顔したブルマー大好き兄弟が主人公の…って説明しても結局よくわかんないな。このシリーズが載るたびに一瞬「なんつうタイトルだ」と思うのだけど、でも実際にそれは1999年であり2001年であり、2002年であるのです。なんだか不思議。
 「幻のひとさらい」は前後編の前編。とりあえず少女が占い師みたいなのにさらわれつつある。「はたち」はまだなにものでもない20歳男子のまことに青くさい一編で、このひとのこういう漫画はかなり好きなので読めてうれしい。でもなんだか再録っぽいな…と思ったらもとはヤングチャンピオン2000年4月15日号掲載作だそうです。だったらおれ読んでるはずだなあ。なぜ覚えてないんだ。
 「PESTE」(道満晴明)はもはや漂白されきったような内容。この人はいったいどこまで行くのだろう。不覚にもタイトルにウケてしまった「ヤれそうイきそう桜荘」(堀博昭)はタイトルどおりのバカエロまんがでした。

読切:「ゆうげには苺をたべて」(三浦靖冬)、「着ぐるみ王子」(たこりーな画伯)、「幻のひとさらい」(前編)(朔ユキ蔵)、「PESTE」(道満晴明)、「ブルマー2002」(SABE)、「メディカル☆エスサイズ」(神寺千寿)、「はたち」(再録)(米倉けんご)、「ヤれそうイきそう桜荘」(堀博昭)

碁娘伝/諸星大二郎(潮出版社・希望コミックス)

 舞台設定は唐の天宝年間(740年〜750年頃)。「碁を打つ如く剣を振るい 剣を振るうが如く碁を打つ」碁娘なる謎の女が主人公の連作です。いちおう中国物というくくりでいいのかな。
 じつは諸星大二郎の漫画の感想を描くのはけっこう苦手で、なぜなら「諸星大二郎の漫画である」という以外の言葉がなかなか見つからないからです。この漫画もそうで、これを例えば横山光輝や佐々木泉が描いても全く別の漫画になって、それはそれでありだろうけどこの味はでない。うまいのか下手なのかさえ判じがたい独特の絵と併せて、初めて碁娘のまとう妖艶さも気迫も立ち上がってくる。いやだれの漫画でも多かれ少なかれそうなのだけど、特にこの人はいつまでたっても誰にも似ていないのです。これもまたいまさら書くようなことでもないなあ。
 この漫画自体はわりと純粋な娯楽作で、あれこれ考えずとも読むことができます。碁の局面が出てきて面白い、という場面はあまりなかったけど、主人公が囲碁用語を相手に諭しながら戦う最終話は楽しかった。それにしても初出がコミコミというのには驚きました。


2002/02/02(土)

水の牢獄/咲田哲宏(角川スニーカー文庫)

 かなり、批判めいたこともたくさん書いてます。批判というよりレベルとしては悪口に近いかもしれない。不快に思われるかもしれないけどどうかご容赦ください。

 この本は「スニーカー・ミステリ倶楽部」というシリーズの一冊として発行されている。裏表紙の内容紹介には「戦慄のホラー・ノベル」と書いてある。ミステリなんだかホラーなんだか、いまひとつ位置づけがよくわからない本である。
 もしこれがミステリだということであれば、ミステリとしてはどうかと思う。意志を持った水のような存在が犯人(?)で、それが人間でない時点で論理的な行動を期待してはいけないのかもしれないけど、それでもミステリであるからには、最後にああなるほどと納得する説明が欲しい。だが主人公が「よくわからないけど」と言いながら説明する真相はやっぱりよくわからなくて、原因結果の結びつきに必然性があまり感じられない。読み終わったあともう一度読み返した理由の半分はよくわからなかったからで、読み直しても正直やっぱりよくわからなかった。謎があって伏線をひいて最後に明らかになるというスタイルをこの小説が意図的に採用しているのは確かで、でも結果的にそれが成功しているようには思えない。
 ホラーとしてはどうか。怖い怖くないという感覚はたいへん個人差が大きいので難しいが、読んで怖いという感じは受けなかった。たとえばの話、人間が人間を次々と殺すのはホラーだけど、宇宙人が人間を次々と殺すのはホラーではない、気がする。あくまで個人的にはだけど、殺す側が自分に近い存在である方が怖さが増す気がする。(読者としてはの話で、実際に自分が体験する分には、生命の危険を感じたらぜんぶ怖いだろうけど。)そもそもこの小説は怖い話として書かれたのではないようにように思うし、だからホラーとしてはという問い自体が成立するかも疑わしい。

 ところで。
 買ったその日に読み始めて、ぶつぶつ言いながら読んでいたこの本が、結果的に読み終わるまで自分をくぎづけにして、しかも読み終わったあとずっと、かなり昂奮したままだったというのが、一方では確かな事実として存在する。さっきもう一度最初から読み返したと書いたが、その理由のもう半分はそうせずにはいられなかったからである。ひとりの読者である自分をそうさせたなにかが、この本にあることは間違いない。
 読み返して確認したところでは、どうも自分が引きずり込まれたのは、270ページあるこの小説の最後の50ページあたりからであるらしい。高校生の男の子である主人公と同級生の女の子が、仲間を次々と殺した存在から逃れるために、物語の舞台となったペンションの部屋にふたりでこもる。誰も助けられなかった自分のふがいなさを責める彼女を主人公が励まし、やっとここから彼らは反撃に転じるのだが、その中で主人公が口にする「おれたちだって、ゆるやかに続いているんだよ」という言葉は、その少し前の場面で、すでに人間としての意志を半ば失った登場人物のひとりが彼女に言った「あなただって、ただの一時的な集合体」という言葉と対をなしている。分子レベルでとらえれば離合集散を繰り返してたまたま今そうなっているだけ。人間がそういう存在でしかないことを指摘したその言葉に対し、主人公が彼女に伝えたことは、今自分と彼女がたまたま一緒にいて話をしていることが、自分たちにとってどうなのか、ということである。十六年しか生きていないありふれたちっぽけな人生が、自分たちにとってはどういう存在なのか、ということ。
 つまりたぶんこれは、ひょっとして、いやきっとそういう小説なのだ。無数にある中のひとつでしかない、「生きる意味なんて、ない」その人生をなぜ生きるのか、答えなんてないこの問いのひとつの答えを読者に伝えようとしている、そんな小説なのだと思う。「竜が飛ばない日曜日」を読んでからずっと、もしかしたらあれはたまたまだったのではないかという不安を実は持っていたのだけど、あれがまぐれではないことも、この作者に伝えたいことが確かにあることも、どちらもわかった。よくわかった。
 だからこんどは、登場人物たちの死に依ることなしに、その伝えたいことを書いてほしい。極限状態に置かれて初めてクリアになることを極限状態を利用せずに描くのはとても難しいことだけど、でもこの作者ならきっとそれができる。そう思う。

 もうひとつだけ、この小説のラストについて触れておきたい。解決を求める読者には消化不良を起こさせそうなこの小説のラストを、自分はこんなのありなのかと目の醒める思いで読んだのだが、後半50ページのなかでもとりわけ最後のこの9ページには、この小説のテーマが凝縮されているように思う。この9ページ−とりわけ最後の一文は、たぶんずっと忘れない。自分が自分であるうちは。


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