三河百矢場
(資料) 


自宅近くの神社の矢場を歩いて調査しました
現在の行政区では豊川市内が中心になります

30箇所程ありました
その中で現在も奉射的神事(金的神事)が行われている矢場は10箇所ほどです

昭和のはじめの頃の人口がせいぜい2万人にも満たない小さな町です
そこで30箇所というのは非常に弓がさかんに行われていた事が推測できます

昔から三河の弓引きは「百矢場踏んで、はじめて一人前の弓引き」と伝えられてきました
最初にその話を聞いたとき、実際には百矢場はないけれど、
多くの矢場の神事的に参加することではじめて一人前の弓引きになることが出来る、
といった例えで言われて来たと思いました
百矢場もある訳がない、と考えたという訳です

しかし実際に調査してみると隣接する市町村を含めると、百矢場は優に超えていることが判明しました
旧宝飯郡、額田郡という括りで見ると往時の矢場の分布図がはっきりします
豊橋市、新城市、鳳来町、作手村、額田町、音羽町、などを含めると一体幾つになるのか想像もつきません

永禄三年(1560年)に桶狭間の戦で今川義元が織田信長に討ち取られた直後に
徳川家康が蔵人元康の名乗りで
中山庄の天野与惣と鈴木右門三に「弓の事」という免許状を出しています
以下原文

弓之事」
今度依忠節駿遠三之内ハ
不論農工商諸士同様に免畢
若変儀之砌ハ中山手寄召連
加勢不致者也
蔵人元康  (花押)
永禄三年六月七日
中山庄 天野与惣 鈴木右門三

(読み下し)
「弓の事 今度忠節により駿遠三の内は
農工商を論ぜず諸士同様に免じ畢(お)はんぬ
若し変儀の砌(みぎり)は中山(なかやま)手寄召し連れ
加勢致すべき者なり 
蔵人元康  (花押)
永禄三年六月七日
中山庄 天野与惣(あまのよそう) 鈴木右門三(すずきうもんざ)」


以上、このお墨付きが幕藩体制確立後も効力を持ち続けて今に至り
「三河の張り弓」、「三河百矢場」と言い伝えられるように
三河の弓は天下御免の気風を生んだと思われます

これをご覧になった方で近くの神社の祭礼の日に金的神事を行っていたり、
神社に的中額がかかっていたり、
的場や矢道の痕跡が残っていたらご連絡して頂きたいと思います
今後も調査を進めていくつもりです


豊川市及び周辺地区の矢場(順不同)
現在も金的神事が行われている神社には☆印を付けました
説明文の下が現地の写真です

☆ 八幡宮:八幡町 
矢場元(公文):日置流雪荷派免許 中野司
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
 http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/yahata.htm 参照
☆ 伊知多神社:市田町
  矢場元(公文):日置流雪荷派免許 早川嘉喜知
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
 http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/menkyo.htm 参照
 ☆ 八幡社:牛久保町 
矢場元(公文):日置流雪荷派免許 山本良輔
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
このホームページの管理人の所属する矢場
熊野神社:下長山町 
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
本殿に「奉掛星中矢 敬白 享保十三年 吉田流 服部新市末弟 当郷之住 陶山市兵衛尉高命」と記された揚額と
明治二十三年 日置流印西派と記された龍の装飾の施された額あり。
下中央の享保13年(1728年)の奉納額は約300年の風雪に耐えてきた額です
町内の人たちもこの額が何を意味するのか知る方は少ないと思われます。 
篠束神社:小坂井町篠束 
安土:なし 射小屋:なし  揚額:なし 
下右の写真は安土の跡
兎足神社:小坂井町 
安土:あり 射小屋:なし 揚額:なし
下右の神楽殿のすぐ横が矢場
近年、本殿が建て替えられた時に額は取り払われたと思われます 
進雄神社:国府町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
 昭和年代の日置流雪荷派 内藤芳一、長坂三治、その他合計三枚の金奉鵠中の額あり
縣社総社(三河総社):白鳥町  
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
中條神社:中条町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
 ☆星野神社:平尾町
矢場元(公文):日置流雪荷派門人 山田政夫
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり 
   http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/tamesan.htm 参照
稲束神社:平尾町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
 「明治三十五年 日置流雪荷派寺部国松」 「明治三十七年 日置流雪荷派 寺部初太郎」
 「大正元年 吉田流 横浜有仲門人 上林源・」などの金的中の額あり
この横浜有仲は吉田藩日置流雪荷派の師範で「三河弓術風土記」に詳しくあります
http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/hudoki.htm 参照
日置流雪荷派免許 寺部定敬 公文の後、祭礼弓は行われていません
 ☆上千両神社:千両町
 安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/tigiri.htm 参照
 ☆ 熊野神社(通称権現さん):千両町
 矢場元(公文):日置流印西派門人 日恵野勝  
安土:あり 射小屋:なし 揚額:あり
取材に行ったこの日は運良く神事的で使われた、石で組んだ焚き火の跡と、
竹に縄を巻いただけの矢代枕を写真に収めることができました。
いかにも三河の弓術の真骨頂とでも言うべき矢場です
金山神社:上野町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
谷川神社:谷川町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
みちびき不動養学院:大橋町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
素盞嗚神社:麻田町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
右下写真が安土の跡
日置流雪荷派免許 贄 満 公文の後 祭礼弓は行われていません
素盞嗚神社:正岡町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
「金奉鵠中」と記された額一枚が唯一の祭礼弓の痕跡です(右下)
出雲神社:柑子町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
右下写真が安土の跡
三谷原神社:三谷原町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
進雄神社:当古町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
明治から大正にかけて日置流雪荷派の大林亘師範の地元にもかかわらず、今は矢場の痕跡がまったくありません
八幡社:二葉町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
中條新草社:牧野町石原
安土:なし 射小屋:なし 揚額:あり
☆素盞嗚神社:牧野町
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
古式の安土が残っています。
昨年ここの祭礼弓に参加したときは雨降りで
ビニールハウス材の射小屋のおかげで快適でした
☆三明寺(豊川弁才天):馬場町
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
矢場元(公文):日置流雪荷派免許 中尾新三
http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/sensinkan.htm 参照
矢道脇に六地蔵が立ち、下中央写真の奥が安土
☆素盞嗚神社:古宿町
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
矢場元(公文):日置流雪荷派門人 長谷川満久
毎月 月次祭(つきなみ)射会が行われている三河でも数少ない矢場です
☆神明宮:金屋本町
安土:あり 射小屋:なし 揚額:あり
矢場元(公文):日置流雪荷派免許 中尾新三
http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/05sinmeigu.htm 参照
☆進雄神社:豊川西町
安土:あり 射小屋:なし 揚額:あり
☆豊川稲荷
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
矢場元(公文):日置流雪荷派免許 中尾新三
財賀寺:財賀町
安土:なし 射小屋:なし 揚額:なし
 http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/tamesan.htm 参照
☆服織神社:一宮町足山田
安土:あり 射小屋:あり 揚額:あり
矢場元(公文):日置流印西派免許 磯村時夫
http://www5b.biglobe.ne.jp/~fes/04asiyamada.htm 参照



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