「銀さん、これ拾ったんだけどいる?」
なんてラーメン屋の癖してそばがメニューにあるお店の店主から。
古びたカセットに入ってた曲は、糖分必須の身体のオレでさえも砂を吐きそうなLove song、だった。
「気に入った訳じゃないんだけどね」
ラーメンを作りながら私は言う。
「彼氏でも出来たか?」
なんて銀さんは言う。
彼氏…。
なんて最初に浮かんだのは長髪のメニューにそばを加える理由を作り出したあの男。
「別に」
「そうかぁ?」
「そうだよ。ラーメン、いらないのかい?」
「いやいや、ラーメン食べに来たのにその仕打ちはねえだろうが」
「あんたがくだらないことばっかり言うからだよ」
「くだらないって」
「銀さん?」
「すみません」
にらみきかせて銀さんを黙らせる。
銀さんは知ってるのだろうか。
あの男の事。
なんて考えるのはよそう。
余計な気を持って振り回されるのはごめん。
「なぁ」
「まだ何か言いたいのかい?」
「じゃねえよ。ただな、ラーメン屋にそばなんておかしいだろうって事をさ」
「私そばが食べたいアル」
「だからオマエなぁ」
銀さんは今日は一人じゃない。
チャイナ服の可愛い女の子を一人連れてる。
「ラーメンもそばも同じ麺類ネ。麺類だったら何でも言いアル」
「ラーメンが絶品だとしても、そばそうだとは限らんのだよ、神楽君」
「銀さん、あなたどこまで失言繰り返せば気が済むのかしら?」
包丁突きつけて言ってみる。
「わぁ、済まん待て待て待て。ラーメンも絶品だけどそばもぜっぴんだなぁ〜」
棒読みの台詞が何故か涙を誘う。
「銀ちゃんなさけないアルよ」
「泣けてきたのは銀さんがあまりにも情けないからなのね」
チャイナ服の可愛い女の子、神楽ちゃんのオーダーに答える形でそばを作る。
「どうぞ、召し上がれ」
「わぁ、そばアル!!」
喜んで彼女は食べ始める。
「そう言えば、この前ヅラとそば食べたアル」
「おまっこの前っていつだよ」
「この前…昨日?」
「きのっオマエねえ昨日をこの前とは言わねえよ!!!っつーか、ヅラとのんびり飯なんざ食ってんじゃねえよ。オマエもヅラになりてえのか?」
「それはイヤアルナ」
ヅラ??
銀さんと神楽ちゃんの会話。
「ヅラはいつもそばアル」
「あぁ、あいつ無類のそば好きだから。そうだ、そば大好きカツラさんって呼んでやるか?神楽、知ってるか?いつでもどこでもそば大好きカツラさんはそば離さねえんだぞ」
「まじでか?」
「おうよ。ジャンプ読んでても忍者が飛び込んできても幽霊がやってきてもそば大好きカツラさんはそばをすすってんだ。すげーだろ」
「すげーな」
……カツラさん??
「一つ聞いてもいい?」
「ん?」
何を聞こうって言うんだろう。
「あのカツラさんって黒髪のこう長い人?無表情で」
「???ヅラの事知ってるのか?」
銀さんは驚いた顔を見せる。
「…………………………有名じゃない。攘夷志士桂小太郎って言ったら」
彼は………有名人だ。
良い意味ではなくもちろん悪い意味で。
「どうしたアルかそのなが〜〜〜〜〜〜い沈黙」
「…………………………………気のせいよ」
そう言って何かを言われる前に二人に背を向ける。
「気のせいまで長かったアル」
「ふ〜ん、そう言うことか?」
理由に気づいたように二人はこそこそと話して楽しんでる。
気のせいとか……そう言うんじゃなくって。
あの男をヅラと呼ぶ位なのだから仲が良いのだろう。
「たまには食べに来い」
と伝言をしてもらおうかと思ったけどやめた。
二人が店を出るまで、何度も言い出そうとしたけれども。
言ってどうするんだろう。
言ってどうなるんだろう。
よく分かんないよ。
変な感情。
変な感覚。
また来るかと思って楽しみにそばをメニューに入れたって言うのに。
……楽しみにしてるんだ。
アタシは。
あの男がこの店に来ることに。
贅沢なこと言ってる気がする。
「幾松殿」
って呼ばれるあの声、結構気に入ってたんだけどな。
なんてね。
「幾松殿、どうかなされたのか?」
「は!?」
我に返ればそこにはあの男。
「……どうしたんだい。もう来ないはずじゃ…」
「ここのそばがうまいと聞いたものでな」
そうメニューに目を移して言う。
「じゃあ、注文は?ラーメンって言ったら殺すよ?」
「もちろん、そばだ。たぬきそばで」
「あんたねぇ」
この男の言葉にため息付きながら、なんだか楽しいなんて。
「面倒持ち込んでないだろうねぇ」
「いや、今日は特にない。真撰組に追われてるわけでもないから安心して欲しい」
「了解」
客が入り切れた時間。
一人のために加えたメニューを作る。
「また来るんだろう?」
なんて聞いても良いだろうか。
幾松さんは京都の芸者さんで逃げ隠れしてた桂さんを匿っていた人です。維新後には桂さん(木戸孝允)の奥さんになるんです。
神楽…も加えてしまった。幾松と銀さんだけじゃ回らなかったので。神楽も一緒に。
おそば大好きカツラさん=ラーメン大好き小池さんです。
桂×幾松になるとは思わなかったんですけどね。