レオニート王国。
ゴルドバ編纂の歴史書ではたった一度だけ公式の文書に登場している。
神聖アルゴル暦867年、レオニート女王、ゴルドバの巫女に謁見する。
ただその一文のみである。
王国がどうなったか知るものは居ない。
木陰で少女は目の前の少年にそう言う。
「ヒューゴ、私の手を取って」
「レリィ?」
「騎士ごっこですか?レリィさん」
「そうよ、カヴィス」
まだ彼女たちの廻りになにもなかった頃。
レリィ・ダリルート。
彼女のその周辺では常に人の輪が絶えなかった。
その国の名門であるダリルート家の娘である以上に彼女の誰にでも隔てなく接する態度が周囲の人々に好感を持たれていた。
誰にでも和やかに話すがでも親しい人物はそうは多くない。
彼女が唯一本音をさらけ出して話す人間が居るとするならば二人しかいない。
幼なじみでもあり彼女のボディーガード的役割を持ってダリルート家に出入りしているヒューゴ・レイス。
そしてラナール家の跡取りであるカヴィス・ラナール。
彼等ぐらいであった。
「ヒューゴならばレリィさんの騎士にぴったりですね。どうです、こうなったら本格的に騎士のまねごとをしてみたら」
「いきなり何を」
「まねごと?」
「レリィさんは騎士叙勲の授与式を見たことは?」
カヴィスの言葉にレリィは首を横に振る。
そう言う式典にレリィは参加したことがないのだ。
彼女の父親がわざわざ参加する必要はないとそう言うから。
レリィの父親が彼女を忌み嫌って必要ないと言っているのではない、むしろ彼はレリィを溺愛している。
だからこそ上流社会のともすれば社交界となりそうな場所にレリィを連れ出したくないとそう思っているのだろうとレリィは理解している。
「何か良い物はありますか?普通は剣をつかうのですが……、レリィさんの持ち物でも問題ないでしょう」
「でもソレでは勲章になってしまうのではないの?」
「あなたの……という意味が着くから別に問題はないのですよ」
「わたしの……」
嬉しそうに言うレリィにカヴィスはにこやかにうなずく。
当のヒューゴは何とも言えない表情でレリィとカヴィスを見てため息をついた。
「そうだわ、ちょっと待ってて、すぐに取ってくるから」
何かを思いついたのかレリィは二人にそう告げ部屋に戻る。
「何を取りに行くんだろうね」
「楽しそうだな、カヴィス」
「まぁ、そりゃあね。君の百面相を見る機会はそうないからね」
「百面相なんてしたことはない」
「そう思ってるのは君だけだよ。君は初めてあった頃に比べて随分表情が変わるようになった。あんまりにも無表情だからレリィさんの側にいても大丈夫なのかと誰もが心配したくらいだから。君が表情豊かになったのはやっぱりレリィさんのおかげだよね」
カヴィスはヒューゴと初めて出会ったときのことを思い出しながらレリィが戻ってくる姿を見る。
「お待たせしました」
レリィの手にあったのは壁に掛かっていた剣と自室から持ってきたもの。
「剣あったんですね……にしても、装飾用の剣ですか」
「問題ですか?」
「いえ、剣には違いませんから。では始めましょうか」
とカヴィスはやり方をレリィに説明する。
その隣でヒューゴはどこか不思議な感情のままレリィとカヴィスのやりとりを見つめていた。
国がどうなったか、誰も知らない。
永遠の命を持つゴルドバの3人と長い時を過ごすエルフ神族以外。
その騎士、終生、女王からの初めての勲章を付け続けていたという……。