「……大変、申し訳ないのですが……」
シスアード市長の執務室に身なりを豪華にあつらえた初老の人物と騎士が二人居並ぶ。
「人捜しが主となさるこのシスアードでならば探すことが可能とお聞きいたします」
初老の人物が執務席に座る男に言う。
「確かに、貴公等の言うとおりここシスアードは人捜しが主だが」
座る男はエメラルドグリーンの瞳を冷ややかにその3人に目を向けた。
「お願い申し上げます。人捜しを……」
「貴公等ならばシスアードに来ずともゴルドバに行けば可能でしょう」
願いを彼は冷ややかに突き返す。
「我らが探す御方はクララ・セリス嬢。彼の御方はこちらにおいでになると書き置きをなさっているのです。トゥース殿」
そう言う3人の男に執務席に座るは大きなため息をついた。
3人の男の言葉に漸くうなずき、見つけ次第送り届けると依頼を受け付け、見送った後トゥースは足早に部屋を出た。
行き先は決まっている。
トゥース・レイ・ビクトリス。
商業都市シスアードに存在する巨大ギルドを治めている。
若き指導者。
幼い頃からココで育ち、ココの裏も表も見てきた。
冷静な判断力を持ち、時にその判断力は冷酷に発する。
今はどこかに冒険に出ている友人も知らない顔を彼は持っていた。
その彼がどこか冷静さを欠いて足早に歩いている。
そしていつもより乱暴に扉を開けた。
「クララ、どういう事だ」
その部屋にいたのは一人の女性。
ワインレッドの髪にタンザナイトブルーの瞳。
まだ少女と言っても良いかもしれない。
身軽な格好で退屈そうに窓の外を眺めていた。
「トゥース、どうしたの?」
「どうしたのではない。お前の執事と騎士が二人オレの仕事場に来たのだが」
「……もうバレちゃったの?」
そう言うクララにトゥースはため息をつきながら部屋に入る。
「クララ、書き置きがあったと言うが」
「書き置き?した記憶無いけれど……」
「連中はあったと言うが?」
トゥースの言葉にクララは考え込み首を振る。
「あり得ないわ。あなたの所に来るのに書き置きなんて出来ないもの」
そう言いながらクララはトゥースの側に来る。
「きっとゴルドバに寄ったのだわ。ゴルドバの巫女に聞いたと思う」
「既にあたりを付けてココに来た……というわけか」
トゥースの言葉にクララはうなずく。
「だったら帰った方がいい」
「帰りたくない。わたしは、ココにいたいの。せっかく逢いたかったのに」
「だったら送り届ける」
「そんな、わたしはあなたの側にいることも出来ないの?」
「自分の身分を忘れたのか、クララ」
トゥースの言葉にクララは言葉を飲み込む。
二人が逢ったのは幼い頃だ。
クララが誘拐されそうになったことがあった。
ソレを未然に防いだのはその場にいたトゥースだ。
誘拐犯人の手からクララを救い出し、且つ彼等をシスアードに送ったのはトゥース一人の手に寄る物だった。
その後、短い期間ではあったがクララのボディーガードをトゥースが行っていたことがあった。
同年代の子供、二人の身の回りにはあまりそう言う人間は居なかった。
クララの方が特にそうだ。
「だったら、送っていって、トゥース。あなただったら安心して帰れるもの」
「了解した。クララ」
トゥースの言葉にクララは満足そうにうなずく。
「クララ、オレはいつもお前の側にいることは出来ない」
「そんなこと分かってるわ。だからこうやってあたしは逢いに来るの」
「何かあったときには必ず助けに行く。ソレを忘れないで欲しい」
クララの前で片膝を付きそう言う。
「私は、あなたにそんなことをして欲しい訳じゃない」
「コレは、オレの中での誓いだ。クララ・ニア・セリス嬢に対する忠誠だ」
「だから、トゥース」
クララの言葉を遮り、トゥースは立ち上がる。
「いつも側にいられないお前への思いもある」
「え?」
トゥースはクララの身体を引き寄せ彼女の顔をあげる。
そして深く口吻をした。
「逢いたければ手紙を寄越せばいい。すぐに会いに行くから」
「うん」
トゥースの腕に抱かれながらクララはゆっくりとうなずいた。
「えっと、これは何?ディル」
「あぁ、トゥースから頼まれた奴だよ。ドワーフの布織物だよ」
「……いつ頼まれてたの?」
「結構前?」
「………そう…」
ディルから受け取った布織物を胸に抱いてクララはにっこりと微笑んだ。
クララも同じ。
トゥースは本編、闇を纏う男の次の話に出てきます。