新潟県長岡市の「米百俵本舗」の、幕末の長岡藩の英傑河井継之助の親戚である大参事小林虎三郎がなした「米百俵」の故事に因(ちな)んだ、新潟県産の糯米(もちごめ)で作った寒梅粉(みじん粉)と和三盆糖の落雁(らくがん)菓子「米百俵」
新潟県長岡藩の幕末から明治維新にかけての「米百俵」の故事は、小泉純一郎元首相が国会での演説で言及したことからも有名になりました。
「米百俵」の故事は以下の通りかと思います。
幕末新潟県長岡藩と官軍との小千谷談判が決裂した後、長岡藩の英傑河井継之助が陣頭指揮をして奮戦したが(北越戊辰戦争)、官軍に敗れ長岡の町は焦土と化し、長岡藩は官軍により大幅に減知され財政は窮乏し藩士たちは生活に窮していた。
このような窮状を見かねた長岡藩の支藩の三根山藩から百俵の米が長岡藩に贈られることになった。
このとき、河井継之助の親戚でもある長岡藩の大参事小林虎三郎は、贈られた米を藩士たちに配らず、「百俵の米も食べればたちまち無くなる。教育にあてれば明日の1万俵、100万俵となる。」旨説得して、米百俵を売却しその売却金で「国漢学校」をつくりました。
このような熱心な教育により、長岡から後に山元五十六連合艦隊総司令官(元帥)をはじめ多くの錚々(そうそう)たる人材を輩出(はいしゅつ)しました。
以上のような内容だと思います。
今回ご紹介するお菓子の「米百俵」は、以上の故事に因んでつくられた打物菓子(落雁)です。
新潟県産の糯米(もちごめ)を餅にして、それを焼いて砕いて細かな米粉の寒梅粉(みじん粉)をつくり、それに高級砂糖である四国産の和三盆糖を加えて小さな米俵の形に固めた落雁(らくがん)です。
口に入れるとスムーズに溶けて寒梅粉(みじん粉)の香ばしさと和三盆糖の冷涼(れいりょう)で上品な甘さが感じられるとても美味しい上質なお菓子です。
「米百俵」は、16個入り1箱670円です。
購入した場所は、上越新幹線JR越後湯沢駅構内の「CoCoLo湯沢・がんぎどおり」(電話番号025-784-4499)です。
製造者は、「米百俵本舗」(電話番号0258-32-0948)です。
なお、前述の英傑河井継之助は、、岡山県備中松山藩の幕末の高名な儒者「山田方谷」をとても尊敬しており、新潟県長岡から岡山県備中高梁(たかはし)まで山田方谷を訪ねて数ヶ月間「山田方谷」から教えを受けていたとのことです。
「山田方谷」に関しては、2014(平成26)年12月5日岡山県高梁市(たかはしし)の、幕末の有名な儒者「山田方谷(やまだほうこく)」ゆかりの「ゆべしの天任堂」の柚子(ゆず)を使った「結びゆべし」と「柚子もなか」でご紹介しています。
また、寒梅粉(みじん粉)及び和三盆糖については、2015(平成27)年2月9日島根県松江市の「彩雲堂」の、求肥餅(ぎゅうひもち)に薄緑色の寒梅粉を一面に塗布した松江の代表銘菓(茶菓子)「若草(わかくさ)」でご紹介しています。
更に、「米百俵」と同じ落雁(らくがん)菓子については、2015(平成27)年2月28日千葉県松戸市の「ピーナッツサブレー本舗」のピーナッツ(落花生(らっかせい)の外皮(殻(から)にそっくりな形をした、きな粉を固めて作った打物菓子「きなこのPちゃん」(落雁(らくがん))と、2015(平成27)年2月14日島根県松江市の「彩雲堂」の日本三大銘菓の1つに数えられる代表銘菓「山川」(落雁(らくがん)・茶菓子)でご紹介しています。
そして、「米百俵」の故事により輩出された偉人の1人の連合艦隊総司令官山元五十六元帥に関しては、2012(平成24)年1月20日新潟県の「連合艦隊総司令官山元五十六」の大好物の「水まんじゅう」(酒まんじゅう)でご紹介しています。