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暮れも押し迫った年末、平成18年12月16日(土)〜25日(月)悠久の歴史の国「エジプト」
へ旅行しました。今回の旅は目的国と同じエジプト航空だった為、煩わしい途中乗り換えも
無く、所要時間約14時間でカイロへ到着しました。
カイロ到着は真夜中、スーツケースを受け取ったり、カイロ市内のホテルまでの所要時間を
入れると、床に就いたのが1時過ぎ、コテージ式ホテルの客室までの道すがら、夜空を見上
げると、満天の星空!!周りの様子が見えにくい真夜中の事もあり、遥か遠い「エジプト」の
地に居るとの実感が湧いて来ないまま、荷物も解かず床に就く。
私たちが子供時代は日本の何処に暮らしていても、朝早く時を告げる「明けの鐘」が聞えて
来たものですが、このエジプトでは今も、遠くから近くから聞えて来る、祈祷の時間を告げる
コーランの声で目が覚めた。                                     
カーテンを開けて見上げると、眠りに就いた時と同じく、星が満天に輝いていた。      

太古の神秘、悠久の「エジプト」文明の壮大さ、ピラミッドの煌き、神殿の遺跡、ファラオ達が
生きた時代にひたすら思いを巡らせ、旅の出発の朝を迎える。

エジプトの正式な国名は「エジプト・アラブ共和国」、総面積約100万平方キロメートルで世界
最長の「ナイル川」が1508キロに渡って国土を縦断して流れており、その流域両岸に延びる
緑地帯はエジプト総面積の4パーセントにしかすぎない。
サハラ砂漠の一部、東にアラビヤ砂漠、西にリビア砂漠が広がっている。気候は地域差が有
るが、南部は日中40℃以上、北部は32℃前後、冬場の日中は20℃前後、夜は冷え込む。 

エジプトの人口は7,500万人、90%はイスラム教徒、残り10%がキリスト教徒。男性の平均寿
命は65.4歳女性は69.5歳との事。

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エジプト観光初日と最終日にカイロ市内、ピラミッド群が有るギガ地区、エジプト考古学
博物館等を見学する。初日のカイロ市内観光は、来なければ良かったと思う位に第一
印象が最悪でした。
人々の街行く様子を見たり、街の佇まいを見た限り過去に訪れたどのイスラム圏よりも
最も貧富の差が大きく、性格的に観光ずれしている様に思われた。カイロ市内全体が 
不衛生で、特に街の中心を流れる川は日常的に市民のゴミ捨て場と化し、川沿いの道
を何十キロもバスで走ったが、途切れる事無く両岸が延々とゴミの山だった。
他にも紙幣が触ることを躊躇する程に汚く、学校も入学適齢期の子供の数の半分以下
の(午前と午後の二回に分て二部授業をしても)収容規模しかないとの事。当然学校に
行けない貧しい家庭の子供が、その比率だけいる訳ですから、義務教育制度は無い。
全ての社会インフラが未整備で、経済的、政治的にうまくいっていない事が原因かも?

ギザ地区の謎と神秘に満ちたピラミッド群を観光する。 ギザの3大ピラミッドを始め、
階段ピラミッドや屈折ピラミッドなど、様々な形をしたピラミッドを見学、古代王朝時代、
現代から4,500年も前の人間の、計り知れない能力と、其の神秘さに思いを馳せる。

カフラー王のピラミッドとスフィンクス。
クフ王のピラミッド拡大
クフ王のピラミッド内部にある大回廊

クフ王ピラミッドの隣から発掘された
クフ王の聖船。
屈折ピラミッド。
地元産の赤味を帯びた石材で作られた為
赤のピラミッド。

ラクダに乗って!
緑が欲しい。
階段ピラミッド。

町のパン売り。
土産物店。
土産物店。

カイロ博物館 日本でも有名なツタンカーメン
の黄金のマスクを始め、所蔵品12万点以上
快適なホテル室内。
新旧が混在する町の風景。

新旧が混在する町の風景。
メンフィス
アラバスター製 スフィンクス
古王国時代のエジプトの首都「メンフィス」
のラムセス2世の巨像。

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真夜中1時15分モーニングコール2時15分カイロのホテルを出発、昨夜までカイロ
は2連泊だった為、カイロ周辺観光はゆとりが有り、翌日早朝出発を考慮し、早めに
ホテルに帰り午後9時には就寝した事も幸いし、それ程早起きが苦にならなかった。
カイロのホテルは部屋の広さ、設備も問題なく快適だった。朝晩はコートが必要な気
温だったが、日中は暖かくコートは勿論不要、長袖シャツだと冷房が欲しいほど。  
真夜中1時見上げる空は満天に星が輝き、今日も又快晴の一日を約束してくれてい
る様な!、日本、特に新潟の空ではめったに見る事の出来ない抜ける様な空でした。
弁当持参で飛行機に搭乗したが、乗ったまま1時間以上飛び立たず、途中寄港先の
アスワンでも出発が遅れ、順調なら3時間弱で到着するはずが、5時間近く掛かる。 
事情説明も無く、苦情を言う人も居無く、さすが悠久の歴史を持つ国だと思えて来る。

エジプトの南端、スーダンとの国境に近い砂漠の地に建つ、世界遺産「ラムセス2世大
神殿」を見学する。神殿エリアの入り口は裏側にある為、最初は一見ただの岩山にし
か見えませんが、10分位歩いて正面に廻りこっむと、広大なナセル湖が目に飛び込
んで来る、目をターンさせ山側に目を移すと、朝の輝く太陽に照らされた、偉大な世界
遺産「ラムセス2世大神殿」と「ネフェルタリ王妃神殿」が目に飛び込んで来る。其の存
在感と迫力に圧倒される。

3,300年前に此れほどの建造物を作れるとは?時代を超えた人間の能力に感嘆。
神殿内部に足を踏み入れると、ラムセス二世の巨大な立像が両側に8体並び見る人
を圧倒する。到着した日の夜午後6時から防寒具に身を固め、音と光のショーを見学
する。当日は日本人観光客が多かった為、日本語でのショーとなった。         
私たち日本人としては、分かり易く遠いエジプトの地でショーを見学している様には思
いなかった。 音響効果、映像共に大迫力で、広大なナセル湖を背後に暗闇の中、
満天の星の下、光の中に浮かび上がるアブシンベルの二神殿に感動する。

ラムセス2世の王墓
ラムセス2世大神殿(アブシンベル神殿)。
ネフェルタリ王妃神殿。 ラムセス2世大神殿入り口。

ラムセス2世大神殿内部。
アブシンベル宿泊ホテル。
ブーゲンビレアが咲き誇るホテル。

アブシンベルからナイル川に沿って、来た時と
は逆に、観光バスで北上する。出発時観光関
連バスや小型自動車を一箇所に集め、何十台
も連なって、前後を小銃を装備した警察や
軍隊の護衛に守られ、各観光バスにも小銃を
持った警官が乗り込み、厳重警備の下、最終
目的地のカイロまで、何日も掛けて観光しな
がら移動する。

又道中観光ポイントには、至る所に軍隊、警察
が厳重警備しており、日頃こんな情景を見慣れ
ていない私たちは、異様な光景に写りますが、
政情が不安定なイスラム国やヨーロッパ諸国
の観光客は、むしろ安心するとの事。大変な国
に来たものだと思うと共に、最近日本の国も、
犯罪のニュースを毎日のように聞きますが、
まだまだ、日本は安全な国だと実感しました。



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アブシンベルよりナイル川に沿って北上280k、ナイル川岸に開けた小さな町アスワン
ナイル川の流域が最も狭くなった場所に位置し、水辺の周辺以外は砂漠が迫りナイル
を縁取る緑と、迫り来る黄色い砂漠とが鮮明な対象をなし、独特な美しくも厳しい景観
をなしている。 アスワンで特筆すべきは、4,000年前から神殿建設の石切り場で、
ルクソールのカルナック神殿やオベリスク、ピラミッドの材料である石材など数々の建
築に使われた石が、ここから運ばれて行った。
オベリスクの切り出し途中の石も、其のまま残っており、あれだけの大きくて長い一本
物をどうやって切り出し、運んだのか?と想像すると、ただただ驚くばかりです。   

アスワンハイ・ダム1971年完成。その規模は
クフ王のピラミッド17基分に達する。
ダムの建設による人造湖「ナセル湖」は世界
第二の人造湖で、長さは500キロmに達する。
アスワンのホテルも最高だった。

ホテルのベランダからナイル川とその背後に
迫って来る砂漠を望む。
採石場 切りかけのオベリスクが見られる,石
材に亀裂が幾つか見つかった為放置された。
採石場跡全景。

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アスワン・ハイ・ダムの建設で水位が上がり、水没から救う為、石一つ一つ解体
されて近くのアギルキア島に移築された。  フィラエ島の主神殿はイシス女神と
その夫オシリス神、その息子ホルス神に捧げる為つくられた。

ナイル川から見たフィラエ島
フィラエ神殿第一塔門
神殿壁面のレリーフ

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コム・オンボ神殿はエドフとアスワンの中間に位置し、古代エジプト時代の
旧神殿の上にプトレマイオス朝により建設された神殿でローマ時代に完成した。

コム・オンボ神殿
女神の壁面レリーフ
壁面レリーフ

神殿から見たナイル上流
壁面外科手術用具のレリーフ
エジプト国旗。

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新王国時代の旧神殿跡に紀元前237年エジプト神話によるホルス神を祀った神殿。

エドフ神殿
神殿前で
ホルス神の像

エドフ神殿至聖所
神殿内部のレリーフに埋つくされた列柱。

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ルクソールの町はギリシャ人からテーベと呼ばれていた。カイロから南へ670キロに
位置し人口は8万人、テーベの人達はルクソールをエジプトの首都に定め、新王国
時代(紀元前1539年〜前730年)のほぼ全時代ここに首都を制定し続けた。
ルクソールの人々は古代からのエジプトの習慣に従い、ナイル東岸は日常暮らす
地区、西岸は専ら埋葬儀礼や埋葬場所として区別していた。
15世紀に渡りこの習慣は守られ、東岸にはルクソール博物館の他
カルナック神殿
などルクソールで重要な神々の神殿が有る。西岸には古墳群や
ルクソール葬祭
神殿
がある。

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65ヘクタールに及ぶ広大な遺跡は、人間の手により建造された世界最大の
建築物で、今から3,500年前セテイ1世とその息子ラムセス2世により建設さ
れた。カルナック神殿の壮大さは言葉に言え尽くせない程、大阪城の石垣が
庭石程度にしか思い無くなってしまう。
これぞ世界遺産と言う言葉がピッタリで佐渡金山を世界遺産に申請する運動
が有るが、もっと世界を見た方が良いのではと思ってしまう。

トドメス1世とハトシェプト女王の
オベリスク。
ラムセス2世の像
カルナック神殿内部のレリーフに埋めつくされた
巨大列柱。

カルナック神殿入り口。
カルナック神殿内部のレリーフに埋めつくされた
巨大列柱。
アメンテフ3世の葬祭殿から運ばれた、太陽の
化身として崇められた、スカラベの大彫像。

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カルナック神殿から南に3キロに建てられた神殿。神殿正面の入り口前に
ラムセス2世建設の高さ25mのオベリスクが建っている。本来は2本建って
いたが、エジプト王モハンマド・アルが、1831年フランス王ルイ・フィリップに
贈呈してしまった。現在はパリのコンコルド広場に建てられている。

ルクソール神殿中央入り口
ルクソール神殿 スフィンクスの参道
メムノンの巨像 アメンテフ3世葬祭殿だったが
現在残念ながら跡形もない。入り口の扉両側に
置かれていた巨像だけが今もそこに佇む。

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紀元前1515年ハトシェプト女王の為に建設された神殿。現在は消滅し
現存しないが長い参道の両側にスフィンクス像の参道が続いていた。
神殿は3つの階段式テラスで構成されており、壁面には女王の生前の
活躍の場面や当時の神話がレリーフとして、今も色鮮やかにそのまま
残されている。

長い長い参道 葬祭殿まではオープン式の
車で送り迎してくれます。
葬祭殿から反対側を見る。
歴史授業として、エジプトの子供達が沢山
見学に来ていました。

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有名なツタンカーメンの王墓を始め、岩盤を繰り抜いて地下深く
造られた王墓の数々を見学する、壁一面隙間無く描かれた色彩
豊かな壁画が今も鮮やかに残り、往時の様子を伝えてくれる。

王家の谷の入り口 ここから歩いて進む。
王家の谷までの道のりは長い。
休憩所より王墓を望む。

ツタンカーメン墓の入り口に有る説明看板。
ツタンカーメン墓の発掘当時の説明看板。
王墓の入り口。

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アレキサンドリア市内と周辺観光地を見学する。エジプトへ来て初めて西洋風
な美しい市街地と地中海の明るくてお洒落な海岸線を見る。
アレキサンドリアは紀元前332年にアレキサンドロス大王が建設した地中海最
大の貿易港の一つです。

海岸線に添って林立するビル群。
部屋、景観共に最高の宿泊ホテル。
サイドベイの要塞。

ポンペイの柱 古代神殿の跡、現在は高さ
30mの柱しか残されていない。
アレキサンドリア博物館。
数十店も集中している、女性下着専門店。

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エジプト国内のこまごまとした情報

街頭に有る店の看板。
街頭に有る店の看板。
街頭に有る店の看板。

道路に設置されているゴミかご。
街頭に有る公衆電話。
道路の交通標識。

エジプト人の好物料理ハトの飼育場
エジプト古代の象形文字ヒエログリフの
アルファベット訳。
JTB添乗員と現地ガイド。




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