鎌倉散策 追加分 ( 朝比奈切通、十二所果樹園展望台 約 149m ) 2019.5.17 登山



【PHOTO & 記録 鎌倉散策 追加分

前回 (4月5日) の下見において、いくつか確認せねばならない事項が生じたため、 再度の下見を行うことにする。

5月17日(金)、前回の下見と同じく、大船駅近くにある タイムズポート大船に車を駐めた後、 大船駅 11時18分発の逗子行きに乗って鎌倉に向かう。
鎌倉駅到着は 11時24分。東口に出て 5番バス乗り場へと向かい、11時38分発の太刀洗行きのバスに乗る。
バス内における出発までの待ち時間が 12分ほどあったが、この間にドンドン客が増え、出発時には立っている乗客が 5〜6人いるような状態であった。
その乗客も、前回と同様に浄妙寺バス停にてほとんどが下車し、十二所神社にて下車したのは小生の他、地元の方 2名だけであった。時刻は 11時57分。

さて、ここからは前回と同じコースを辿ったわけであるが、季節が進んだこともあって前回と変わったことがいくつかある。
まず 1つめは 『 太刀洗水 』 周辺の草がかなり伸びており、『 太刀洗水 』 がよく見えなくなってしまっていること。
2つ目は 朝比奈切通において足下を流れる水が多くなっていて、泥濘 (ぬかるみ) がかなり増えたこと。
3つ目が山道、そして展望台付近の草木がかなり伸びてしまっていること    などが上げられる。

一方で、新たに分かったこともいくつかある。
まずは、前回 熊野神社に参拝した後、山道に入ってから右に進んでしまい、途中で引き返すことになってしまったが、そのまま進んだ場合の降り口を朝比奈切通内で見つけたこと (前回は全く気づかなかった)
そして、今回は展望台にて食事をとったところ、上空に全くトンビの気配が感じられず、安心して食事ができることを知ったこと (たまたまかもしれないが・・・)
また、展望台にある中央のテーブルは直射日光が当たって暑いものの、周囲に木陰がいくつかできているので、敷物を持参すればなんとかなること    など。

そして、今回の下見で確認せねばならなかったことについては、以下に記す。


確認したいことの 1つは、展望台を後にして鉄塔の所から右に下るとまた分岐が現れるが、果樹園の方には下りず、 まっすぐ進んだ場合、次の目的地である光触寺には早く着けるのかということである (光触寺にあるトイレが重要。できるだけ早く着きたい)

分岐を右に下らずにまっすぐ進む。時刻は 13時17分。
この辺は道がしっかりと踏まれているので歩きやすい。
右手を見れば、梅の木の間から鎌倉霊園が見えている。

道はやがて左にほぼ直角に曲がる。
ここで果樹園は終わりということであろう、その曲がり角には果樹園の案内図が立っており、現在地は果樹園の外れを示している。
左に曲がると、写真のような道となる。雰囲気がなかなか良い。

この道は鎌倉逗子ハイランドへと続いているようで、歩く人も多いのであろう、道は良く踏まれていて歩きやすい。

順調に進んでいくと、突然、目の前に写真のような門が現れてビックリする。
但し、鉄の扉の向こうは登山道と同じ側のスペースであり、その左側にコンクリートの万年塀が続いている。
つまり、本来ならば右側の門柱からこちら側に向かって塀があったというのが正しいようで、 鉄の扉は向こう側から在日米軍施設 (あるいは大日本帝国海軍の弾薬庫) に入るための入口だったということなのであろう。時刻は 13時21分。

この門扉を過ぎると、コンクリートの万年塀が続くようになる。
道の方は、その万年塀の際を通ったり、あるいは塀から少し離れて木々の間を通ったりといった状態が続く。

この辺も総じて道は良く踏まれていて歩きやすい。
これならば果樹園を抜けた後、車道歩きをするよりはこちらの道を歩いた方が良いし、また暑さも凌ぐことができると思われる。

足下に時折コンクリート製の境界杭を見ることになるが、その杭には 『 防衛省 』 (防衛庁だったのかもしれない) の文字が見える。
上述のように、この辺は海軍の弾薬庫などがあった場所なので、周辺には 『 海軍 』 と書かれた境界杭も残っているらしい。

送電線の鉄塔の脇を通り抜けると、写真のようなササのトンネルが現れる。
その後、道は再び万年塀の際を通ることになり、それが暫く続くようになる。

万年塀沿いの道が続く中、この辺で右に行く道がないと、このままハイランド方面に進んでしまうぞ と思いながら、 少し慎重に進む。

すると、写真のような標識の立つ木の後方に右に下る道が現れる。
進んできた方向からは、木が邪魔で見落とす可能性のある道なので、注意が必要である。
但し、周辺をよく見ると、色々なサインが見られ、例えば左手の万年塀には 『 光触寺 ↓ 』 と書かれている。 但し、石などで擦って塀に書かれたもなので、落書きにも見えてしまう。
時刻は 13時27分。

光触寺への道が見つかったので一安心。右に道をとる。

しかし、ここからの道はこれまでに比べて状況が宜しくない。
あまり歩かれていないのだろうか、周辺の草が五月蠅いところがあり、また倒木で本来の道が塞がれ、少し歩きにくい斜面を下りなければならないところもある。
また、最後の方は結構 急斜面を下ることになり、ロープも張られてはいるものの、当日のメンバーには少々苦しいかもしれない。

光触寺の山門到着は 13時44分。
驚いたことに、コースタイムは車道歩きの方が早い。
そのため、当日は果樹園経由の道をとることに決める。

写真は下山場所。左に進めば、やがて右手に光触寺が見えてくる。

さて、確認したいことのもう 1つは、『 鎌倉 』 の地名の由来となったという 鎌足稲荷神社の場所確認と、本番当日はそこに立ち寄るべきか ということである。

光触寺を 13時48分に出発、浄妙寺には 14時3分に到着。
拝観料 100円也を支払って浄妙寺の境内に入る。

しかし、鎌足稲荷神社は浄妙寺の境内にはない。
浄妙寺の山門を潜らず、山門の前を通って右に登って行く道を進めば、その突き当たりから神社に行くことができるのである。
小生は、前回 足利尊氏の父である足利貞氏の墓も見逃しているので、浄妙寺の境内に入った次第。
浄妙寺の本堂に向かう途中にて右手に進み、一旦境内から出て山門前からの道に入り、坂道を登る。

道路の突き当たりから案内に従って右手の階段を昇る。
さらには、登り着いた所の左手に鎌足稲荷神社へと続く階段が現れるので、そこを昇る (上の写真)
しかし、この坂道、そして階段の昇りは結構キツい。

鎌足稲荷神社には 14時7分に到着。
祠の手前左側には神社の由緒が書かれた銅板 ? が置かれている。

興味深いのは、神社の後ろの崖に 『 やぐら 』 らしきものがあることで、 鎌足が槍を埋めたのはその崖下なのかもしれない。
しかし、そこは立ち入り禁止となったいる。
この後、足利貞氏の墓も見て、確認事項は全てクリアとなる。

なお、長く歩いた後での鎌足稲荷神社は体力的にキツかろうと考え、割愛することにする。

14時24分、浄妙寺を後にする。
この後、よせば良いのに、大船まで歩いてしまう。

県道204号線を鎌倉方面に進み、途中から脇道に入って鶴岡八幡宮の境内を横切って県道21号線に入る。
巨福呂坂洞門を抜け、建長寺の前を通り、JR横須賀線の踏切手前にて県道を外れて明月院方面へと進む。

明月院の前を通って、そのまま六国見山の登山口へと向かい、登山口には 15時8分に到着。 六国見山三角点を 15時14分に通過、展望台 (写真) には 15時18分に到着する。
後は常楽寺方面へと下り、駐車場には 15時52分に戻り着く。

この日も暑かったが、当日は気温が低いことを願うばかりである。



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