四阿山 ( 四阿山:2,354m、 三角点は 2,333.2m ) 2014.11.11 登山


【PHOTO & 記録 四阿山 5】

再び樹林帯に入った後、抜け出した所からは、 四阿山山頂部が良く見通せるようになる。 見事なピラミッド型である。

道の方は、一旦少し下って登り返し、 四阿山山頂へと続く尾根に入ることになる。

すぐに記憶通りの木の階段が現れる。
最初に四阿山に登った 1992年にはこの木の階段はなく、 2005年の 2回目の登山において 目の前にこの階段が現れた時には、少々ビックリしたのだった。
やや興ざめでもあるが、自然保護の観点から致し方あるまい。

階段を登りながら左方を見れば、根子岳は既にこちらよりもかなり低い位置にある。
根子岳の標高は 2,207mで、四阿山の標高は 2,354m。この場所は、根子岳よりも恐らく 100m近く高くなっていると思われる。

根子岳の右後方には 高妻山、焼山、 火打山妙高山が見えており、 さらに、高妻山の左手に、先程まで雲の下にて見えなかった戸隠山方面も見え始めている。
無論、北アルプスが良く見えるのは言うまでもない。

木の階段を登り終え、一登りすれば、 まずは上州祠が現れる。
上州祠はかなり傷んでおり、以前登った時にはあった正面の軒を支える 2本の柱がなくなっており、さらには扉も壊れて外れてしまっている。 痛々しい限りである。

なお、前回の登山記録では、ネットで調べた上でこちらを信州祠としていたが、 今回、この祠が向いているのは東の方、上州側なのでこちらは上州祠というのが正しい と気が付いた。
ただ、ネット上には こちらを信州祠としている登山記録も多くあり、実際 迷うところである。
しかし、今回 こちらを上州祠とすべきと結論づけた。

上州祠からさらに先へと進む。
途中、石垣に囲まれた石祠の前を過ぎ、少し進めば 四阿山の最高点であり、 標柱も立っている信州祠の前に到着する。時刻は 10時12分。

この信州祠も外壁が剥がれていて かなり傷んではいるものの、 軒を支える 2本の柱は残っており、扉も付いたままである。

なお、前述の通り、前回の登山記録ではこちらを上州祠としていたが、 先の理由により、こちらを信州祠とする。

祠の周りには数人の人が居たので、 そのまま休まずに先へと進み、今回も三角点を踏むべく、北峰 (写真) を目指す。

ということで、信州祠のある頂上は南峰となるが、その位置関係から頂上を西峰、 三角点のある峰を東峰と呼ぶ場合もあるようだ。

なお、 四阿山という名の由来は、 日本武尊が東征の際に自分の妻を恋しく思い、『 吾妻よ 』 と言ったため という説など、諸説あるようだが、 山の形が東屋 (あずまや) の屋根に似ているためというのが、一番尤もらしいと思われる。
その場合、上州祠から信州祠までの間が、屋根の大棟にあたるということであろう。



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