レトロな町並み27−皇居
[2022年12月更新]
大嘗宮一般参観以来、ちょうど3年ぶりに皇居東御苑を訪ねました。紅葉の時期は、久しぶりに乾通りの一般公開も行われていますが、時間が遅かった(乾通りは15時までの入場)ため、パレスホテルすぐ近くの大手門から入場して皇居東御苑のみを散策しました。(こちらは16時まで)
3年前の混雑が遠い昔に感じられるように、皇居東御苑は静けさを取り戻していました。乾通りの一般公開を散策した人たちの帰路にあたり、多くの人たちが大手門の方向へ帰るところ、逆方向に散策しました。乾通りには入れませんが、お堀沿いの長屋である富士見多聞が公開されており、そこから乾通りをお堀越しに眺めることができました。
大手門 | 同心番所 | 百人番所 | 皇居東御苑 | 富士見多聞 |
[2022年4月更新]
都心各地では葉桜になってきた4月中旬の早朝、通勤前に平川門から皇居外苑を散策しました。和気清麻呂像周辺は満開の桜を楽しむことができました。早朝から皇居周辺をジョギングする人たちが多数おられました。
和気清麻呂像周辺 | 平川門 |
[2021年8月更新]
初夏の平日昼休みに皇居外苑を散策しました。二重橋と日比谷公園、第一生命館、帝国劇場、明治生命館の間にある皇居外苑の中に、楠正成公像があります。その周辺は自由に散策できる広い公園になっており、大手町・日比谷等の近隣に勤務する会社員が昼休みに休憩または仕事する姿が見られます。都心の喧噪のない静寂なオアシスという雰囲気です。新型コロナウィルスが懸念される中、密を回避するには絶好の場所と思われます。
二重橋 | 楠正成公像 | 明治生命館 | 旧第一生命館 | 第一生命館と 帝国劇場 |
【旧第一生命館】
皇居沿いの日比谷通り沿い、帝国劇場の隣に旧第一生命館があります。昭和13年(1938年)に竣工した第一生命本館は列柱が並ぶ重厚な古典様式の建物で、当時最先端のオフィスビルであったと言われています。戦災を免れた後、昭和20年(1945年)にGHQに接収され、旧第一生命社長室がマッカーサー総司令官室として使用されたと言われています。
その後平成7年(1995年)に隣接するビルと一体化されて高層階部分が増築され、現在に至っています。東京都選定の歴史的建造物に指定されています。現在もマッカーサー記念室は保存されています。一般公開はされていないようです。
【楠正成公像】
愛媛県の別子銅山200年記念事業として、東京美術学校(現・東京藝術大学)が製作依頼を受けて、作成・献納されたと言われています。明治30年(1897年)の造立で、楠木正成像部分は、高村光雲の作と言われています。上野公園の西郷隆盛像、國神社の大村益次郎像と共に「東京の三大銅像」の一つとされています。周辺は自由に散策できる広場になっています。
[2021年6月更新]
新型コロナ感染症の状況が予断を許さない中、自宅から徒歩圏内のエリアを散策する機会がこの1年間、相対的に増えています。神田明神、湯島天神や、少し足を伸ばして、皇居外苑や日比谷公園、靖国神社等を訪れています。
皇居外苑から日比谷公園にかけてのエリアは、都心にありながら、散策や皇居周辺ランニングをする人を除くと、人はまばらです。平川門から大手門までの内堀通り沿いは、歩道が少し狭くなっており、皇居ランニングの人が頻繁に通るので、散策に少し注意が必要ですが、皇居のお濠を近くで眺めながら散策できるエリアです。平川門と大手門の中間に和気清麻呂像があり、桜や可憐な花が咲いていました。
和気清麻呂は、8世紀(奈良時代末期)の廷臣で、平安遷都を推進したと言われています。昭和15年(1940年)に紀元2600年記念事業として、楠公銅像ともに文武の二忠臣として、建立されたと言われています。
和気清麻呂像 | 平川門 | 大手門 |
[2021年2月更新]
通勤の帰路、皇居前をお濠を見ながら複数回散策しました。1回目は明るい時間に二重橋から桔梗門、三の丸の大手門を散策、2回目は夜の日比谷通りを皇居外苑・和田倉門・パレスホテル沿いに散策しました。いずれもランニングする人がちらほらいる以外は、人通りも少なく、ゆっくり散策することができました。
二重橋 | 大手門 | パレスホテル |
[2020年10月更新]
通勤の帰路、日比谷公園から大手町まで、日比谷通り沿いを皇居外苑のお濠を見ながら散策しました。通勤時間帯の皇居前は人通りも少なく、密を回避したゆっくりとした散策ができました。
明治生命館 | 夕刻の皇居外苑 |
【明治生命館】
皇居沿いの日比谷通り沿い、馬場先門近くにある重厚な建物は明治生命館です。建物は1934年(昭和9年)竣工で国の重要文化財に指定されています。終戦後には、アメリカ極東空軍司令部として使用するために、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収され、対日理事会の会場として使用されたと言われています。1階店頭営業室や、対日理事会の会場となった2階会議室等が公開されており、資料・展示室と併せて見学することができます。
[2019年12月更新]
大嘗宮一般参観の最終日前日、生憎の雨天の中、再度待ち時間0分の坂下門前に行き、皇居東御苑を訪ねました。今回は乾通り一般公開も行われており、まず紅葉の乾通りを散策しました。その後、西詰橋から皇居東御苑へ入り、大嘗宮を参観しました。
[2019年11月更新]
11月21日から12月8日までの期間(9:00〜16:00 最終入場は15:00)、皇居東御苑にて大嘗宮一般参観が行われています。これは本年11月14〜15日に大嘗宮の儀が行われた大嘗宮を一般に公開するもので、一般公開終了後、大嘗宮は取り壊されると言われています。
生憎の雨天で寒い11月23日、坂下門前の待ち時間が0分ということで、訪れてみることとしました。途中一度も止まることなく、手荷物検査、セキュリティチェックまで行くことができ、坂下門から入場し、左手に宮殿や宮内庁を見つつ、皇居東御苑へ入りました。桔梗門側の百人番所、大番所から上り、東御苑に入ると、その中央部、天守台の手前に大嘗宮があります。雨天で空いているとはいえ。相応の人がいて、空いたスペースを探して前に出て写真を撮り、また後ろに下がり、を繰り返しながらゆっくり進みます。大嘗宮を正面右側から入り、正面を左側に進み、その周りを一周するように左側から奥へ回ります。紅葉も見頃で美しい東御苑を満喫しました。(なお、紅葉の皇居乾通りの一般公開は未だ今週は行われておらず、本日時点では乾通り方面へは行けません。)
[2019年4月更新]
桜の時期と紅葉の時期に皇居の乾通りが一般公開されています。平成最後の桜満開の週末に皇居乾通りを散策しました。その後、通年公開されている皇居東御苑を散策しました。天守台跡や二の丸庭園、三の丸尚蔵館を訪ね、三の丸尚蔵館では天皇陛下の展示を見学いたしました。
乾通りの北の端にある乾門からは、北の丸公園や千鳥ヶ淵公園、靖国神社が徒歩圏内であり、千鳥ヶ淵公園や靖国神社の満開の桜も併せて散策が可能です。
皇居乾通りの桜の一般公開 | ||||
二重橋 | 宮内庁 | 天守台跡 | 二の丸庭園 | 三の丸尚蔵館 |
[2017年1月更新]
約4年ぶりに皇居を訪れました。
【巽櫓】
江戸時代に19か所あった江戸城の櫓のうち、現存する3つの櫓(富士見櫓、伏見櫓、巽櫓)の1つです。桜田巽櫓と言われています。
【桔梗門】
皇居外苑から皇居東御苑に渡る場所にあり、1614年(慶長19年)に建てられたと言われています。門の鬼瓦に、最初に江戸城を築いた太田道灌の家紋の桔梗紋が刻まれているとのことです。皇宮警察本部や宮内庁へ勤務される方や関係者のみが通行できるようです。
【旧枢密院庁舎】
枢密院の庁舎として、1921年(大正10年)に現在の場所に、国会議事堂から現在の場所へ移設・新築されたと言われています。鉄筋コンクリート2階建ての重厚な建築であり、改修されて現在は皇宮警察本部の庁舎として使用されています。
【済寧館】
1883年(明治16年)に建てられた皇居内の武道場で、現在の建物は1933年(昭和8年)に建てられたものと言われています。華族や宮内官、皇宮警察官の武道稽古に使用され、現在は皇宮警察本部の武道場として使用されています。天皇陛下や皇太子隣席の武道大会も開催されています。
巽櫓 | 桔梗門 | 旧枢密院庁舎 | 済寧館 |
江戸時代まで徳川幕府の居城であった江戸城跡が、明治時代(1868年)以降、皇居となっています。千代田区にあ皇居は、東京都心にありながら、自然豊かなエリアとなっており、お堀の周りは、ジョギングコースとして人気が高いエリアになっています。
皇居の東側にある皇居東御苑は一般公開されており、月・金曜日と年末年始等を除き、入場散策が可能です。皇居の一般参観は、土日・年末年始・夏季等を除く期間に事前予約により、1日2回受け付けているようです。天皇誕生日と新年の一般参賀は、予約不要で入場できます。
二重橋 | 伏見櫓 | 富士見櫓 | 宮内庁庁舎 | ||
長和殿における一般参賀(天皇誕生日) |