手のひらの汗
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−神経伝達レベルで汗を止める(2)−

手のひらの汗を神経伝達レベルで止める方法,その第2話.今回は外科的な手術で交感神経を切ってしまおうという究極の方法と,最近試されるようになったボツリヌス毒素を使う方法を紹介しましょう.交感神経を切ってしまうと,手のひらの汗は出なくなっても,多くの場合,代わりに様々な問題が出てくると聞いているので,その選択には十分な注意と覚悟が必要かと思います.

Key word  内服療法神経ブロック療法
 胸部交感神経遮断術A型ボツリヌス毒素

胸部交感神経遮断術あるいは切除術

 横関は「皮膚疾患と発汗異常」の中に,「欧米では以前より交感神経遮断術が広く行われている.近年,内視鏡下で交感神経を高周波で凝固する方法が取り入れられている.Horner症状,神経損傷,血胸などの合併症を引き起こす可能性がある.重篤な多汗症のみに限定すべき.」と書いています.
 これは,胸椎に沿って走る太さ約6mmほどの交感神経幹(sympathetic nerve chain)を,電気メスなどで遮断する方法です.交感神経自体を切断してしまい,中枢と末梢の連絡を絶ってしまうという究極の方法で,小川も「発汗神経のみでなく,皮膚の血管収縮神経も切られてしまうため,その辺りの皮膚の血管は調節されずに開きっぱなしとなる」としていますし,必ずといっていいほど,手のひら以外の他の部位におかしな汗が出る代償性発汗」という副作用を伴います.また一度切った神経は元には戻せないと考えられた方がいいです.
 嵯峨も「外用治療イオントフォレーシス治療に抵抗性の掌蹠多汗症,特に手掌多汗症には胸部交感神経節(T2,T3)切除術が考慮される.これらの方法では長期間にわたってほぼ無汗状態になる.交感神経切除には直視下に切除する方法と,胸腔鏡を用いて切除する方法がある.胸腔鏡的交感神経切除のほうが侵襲が少ないが,胸膜癒着のある症例では施行できない.交感神経切除術には気胸,ホルネル症候群,神経痛,横隔神経麻痺,代償性多汗などの種々の副作用が合併する危険がある」としています.
 ホルネル症候群というのは,手術による第1胸部交感神経(T1)の損傷によって生じるとされ,上まぶたが垂れ瞳孔が縮み,少し眼球が陥没するなどの症状です.手のひらの汗と交換するにはきつすぎますよね.
(参考:横関博雄「皮膚疾患と発汗異常」,小川徳雄「新・汗のはなし」,嵯峨賢次「掌蹠多汗症の治療」)

 胸腔鏡下胸部交感神経遮断術あるいは焼灼術,切除術
  ETS:endoscopic electrocautery of thoracic sympathetic ganglia
 先にも書きましたが,これは胸腔鏡を使って交感神経を遮断する方法で,1996年に保険適用となり急速に普及したようです.最近,朝のテレビ番組で,レベル3の手掌多汗症は手術適用だと言われたドクターがおられるそうです.しかし,この方法は後にも示すようにマイナス面も多く,最後の手段としてお考えいただいた方がいいかと私は思います.
 残念ながら私はまだお目にかかったことがないのですが,代償性発汗の発生予防に注力し,ETSを実施されている山本英博,兼平暁夫というドクターがおられ,そのHP(http://www.tenohira.com/)に詳しく書かれておられるので一読されるといいでしょう.
 術式によっては,片側の遮断で3ヵ所も孔を開ける(私は実際に手術に立ち会いました)場合もあり,胸部に手術痕が残ります.手のひらの汗の悩みが,胸の傷や,代償性発汗の悩みに変わる場合も少なくありません.この点も要注意ですね.
 蛇足ですが,心臓血管外科の手取屋は保険適用前からこの方法に取組み,1995年「レゼクトスコープのループ電気メスを用いて,10例に対し,凝固用電流にて第2,3胸部交感神経節を壁側胸膜の上から肋骨前面が露出するまで焼灼し完全に切離.うち6例は第4神経節にも施行.手術後全例で手掌の乾燥および皮膚温上昇が得られた.第4神経節焼灼例,非焼灼例の間で差は認めなかった」と報告している.大田は「電気メスによる焼灼術の手術手技のみでは対処できない症例が存在.焼灼術は簡便で短時間で行えるなどの利点を有するが,一方では不完全な手術に起因する再発症例や電気メスによる肋間神経の障害に起因する上肢の疼痛,皮膚知覚違和感などが存在する.発汗過多の主体が手掌であればT2+T3,腋窩であればT2+T3+T4をen blocに切除する」とのこと.T4は手掌ではなく腋窩の汗を止めるのに有効なようですね.
(参考:てのひらドットコム,手取屋岳夫ほか「手掌部多汗症に対する内視鏡的胸部交感神経節焼灼術」,大田守雄「多汗症に対する胸腔鏡下胸部交感神経切除術のコツ」)

A型ボツリヌス毒素療法

 汗腺の分泌部には交感神経節後線維の末端が取り巻いているというお話を,前に「汗の産生」のところでしましたね.A型ボツリヌス毒素には,末梢のコリン性のシナプスに作用しアセチルコリンの遊離を抑制する働きがあります.これを利用して汗を止めようという方法.抗コリン剤の話を1つ前にしましたが,あれは神経末端から遊離されたアセチルコリンを,受け側の効果器側でブロックしているのに対し,この毒素はアセチルコリンの遊離自体を止めてしまうんですね.
 ところで「ボツリヌス」って,あの食中毒の菌だよね..なんて思われました? はい,その通り.この毒素を,なんと手掌多汗症の治療に使ってしまうという試みが1999年,ドイツのマンハイム大学病院Natascha Fackelらから報告されている.「手の多汗症難治性症例に対する選択肢としてボツリヌス毒素Aの注射があるが,注射の仕方を工夫すれば優れた成績が得られる」とのことだ.手のひらを徹底的に殺菌した後に,片方の手のひらにつき,およそ1cm間隔で約40回の皮内ないし皮下注射を実施し,2週間後に汗の量を評価.調査拒否1例を除き3例全例が明らかに減少していたそうだ.1例で手の指に軽度の筋力低下を伴う巧緻運動の障害を認めたが,完全に可逆的な障害であったとのこと.同氏によると,その効果は約10ヵ月持続するという.
 また横関からも「手掌に120mUのA型ボツリヌス毒素を6か所に分けて皮下に投与すると2週間後には明らかに発汗が抑制され,さらに13週間以上効果があることが明らかにされた.副作用は11症例中3症例に局所の筋力低下を訴えた.また,全例に毒素の皮下投与時の激しい疼痛が認められた」とある.
 このA型ボツリヌス毒素.日本ではボトックス注という商品名で,米国アラガン社より販売されている.ボトックス..聞かれたことありますか?
 そう,最近「しわとり」目的に,美容整形なんかで使われ,テレビでやってますものね.ただし薬剤としての適用は,眼瞼痙攣,片側顔面痙攣,痙性斜頸に限られ,多汗症はない.保険適用になっていない分自費になりますし,皮下投与時の激痛対策,これをうまく行えば,手掌多汗症にとっては望ましい選択肢の1つになり得る可能性があるのかもしれません.
 腋窩に対する事例もネット上で公開されているので,参考にされるといいでしょう.
http://www.so-net.ne.jp/medipro/nankodo/xforeign/nejm/344/344feb/xf3440488.htm
(参考:Natascha Fackel et al,横関博雄「皮膚疾患と発汗異常」)
手術で交感神経を切る..恐ろしいですね.まだ経験の浅い方法ですし,特に思春期くらいのあなた.その後の人生,身体がどんなになっていくか分かりませんよね.プチ整形感覚に捉えてはいけません.よーく考えてみてくださいね.
食中毒の元凶ボツリヌス.これが多汗症に効くとは意外でしたね.でも,この方法はひょっとすると...日本でも薬事承認が下りるといいのにね.


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