手のひらの汗
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−代償性発汗−

今回は,胸部交感神経節切除術(ETS)後に生ずる全身性の不快な発汗「代償性発汗」について,今年(2003年)4月に発行された「発汗学」第10巻第1号「松本康ほか:小児手掌多汗症に対する内視鏡的胸部交感神経節遮断後の遠隔成績」を引用しつつ,その最近の知見を紹介する.
その名前故の誤解もあるようなので,ここでその実態について整理してみましょう.

代償性発汗とは

 多汗症ホームページ「てのひらドットコムhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~hyogohp/Surgery.html)」に,次のような記載がある.
 「手術後は,今まであまり気にならなかった部位(第3,4肋骨より下の下半身,たとえば,背中,腹部,大腿部,膝の裏側など)の発汗が増加します.これは代償性発汗(compensatory sweating)といわれます.気温が25度を超えると胸より下の下半身(背中お腹,お尻,太もも,膝の後ろ側など)に,発汗が始まります.エアコンの効いた涼しい部屋にはいると代償性発汗はおさまります.温度依存性の発汗です. (引用:「てのひらドットコム」)」 
 多汗症の手術などで,胸部交感神経幹の働きを障害することによって生ずる下半身などの温熱性発汗を,代償性発汗と呼ぶわけです.

反射性発汗(reflex sweating)と代償性発汗(compensatory sweating)

 代償性発汗という名称ゆえに,その汗にいままで誤解を生じていたところが多分にありますので,その機序について,ここでまとめておきましょう.
 松本らは「小児手掌多汗症に対する内視鏡的胸部交感神経節遮断後の遠隔成績」の中で,「ETS術後の最大の問題点である reflex sweating (代償性発汗)の発症機序に関しては,最近の研究(Lin CC et al.)で以下の様に報告されている.」とし,その内容を紹介している.
 「通常,皮膚の温熱受容体から求心性に視床下部前部に信号が入り,遠心性信号が交感神経節のシナプスを介して汗腺より発汗を誘発し,シナプス後は視床下部に negative feedback として働いているが,ETSを行うことで negative feedback として働かなくなり,温熱性発汗の抑制が減少し,大量の発汗を生じる.この場合の発汗は決して上半身の緊張性発汗を代償するものではなく,脊髄損傷後の reflex sweating と機序的に類似のため,我々は代償性発汗の代わりに reflex sweating という用語を推奨してきた.」
 つまり,汗出せ命令を出した交感神経節後線維からは,元来視床下部に対して汗出せ命令を出したよというフィードバックがかかっており,それで汗の量が適量に保たれているのだが,手術によってそのフィードバックが断たれるために汗が増える(出っ放しになる)との解釈.もちろん交感神経節で手術遮断された以後の神経支配下には,発汗命令は行かないからそこの領域の汗が出ることはないのだが,遮断されていない神経への発汗命令は出っ放しになるのだ.現象を見ると,手のひらの汗が減った分,他の部位に「代償して」汗が増えると思いがちになるのだが,実はそうではないというお話だ.
 ところが,こんな事実もある.「しかし,術後明らかに精神緊張性に体幹下部から発汗する,真の代償性発汗を認める例も僅かながら存在することが分かり,著者らはETS後の特徴的な発汗を post-sympathectomy sweating (交感遮断後発汗)と総称しその中に reflex sweating と代償性発汗が存在すると表現するのが適当ではないかと考えている.」
 なんと,精神的に緊張した時,いままでは手のひらにかいていた汗が,背中やお腹,大腿部にドバッてなことも,起こり得るのですね.まいった..^^;

代償性発汗の出現率

 一部にETSの最大の副作用である代償性発汗の出現が半分程度などという噂を耳にするので,ここで松本らの経験556例中,調査回答の得られた成人(16歳以上)407例での,代償性発汗出現率と出現部位の調査結果を紹介しておきましょう.第4胸部交感神経節(Th4)を含む(腋窩多汗を伴う場合の適応)か否かで差異を認めるようです.また,術式によってもこの差はあると考えられますので,あくまでも参考ということで...
出現率
  割合(%) うち生活に支障をきたす
場合がある(%)
全体(n=407) 88 69
Th2,3群(n=242) 82 62
Th2,3,4群(n=159) 94 73
 出現部位(成人n=407)
背部 82%
腹部 44%
前胸部 79%
大腿部 59%

代償性発汗の対策

 松本らはこの代償性発汗の対策としては「決定的な方法はない」としながら,次のような対症的対処法を挙げているので紹介する.
  1. 約1500mlを目安とした水分制限
  2. 空調機を利用し30℃以上の場所を避ける
  3. 綿50%・ポリエステル50%の下着の着用
  4. サポーターやガードルなどによる体幹の圧迫
  5. 塩化アルミニウムゲルの塗布
  6. 臭化プロパンテリンなどの抗コリン剤の投与
 さらに手術手技上の工夫としても「手掌発汗に関係する外側半分の交感神経遮断のみを行い,内側半分の神経幹による negative feedback を温存する術式も現在試みており,成果を挙げつつある.」とのことで,まだまだ期待は残されているのかもしれない.
 手のひら汗が嫌で手術をし,にもかかわらずまた塩化アルミニウムのお世話になるなんてのは,なんともバカバカしいというか...人に気づかれないような場所に換われば十分だといわれる方も,中にはおみえになるでしょう.手術以外の何をやってもムダだった.手のひらの汗で仕事もロクに出来ないんだ.そのような方にとっては,こういう侵襲の少ない手術が保険適用になったことは福音でしょう.でも決して安直にこの方法を選択されず,このような副作用があるのだということを十分ご理解なさった上で意思決定されることを願います.
(引用・参考:松本康ほか「小児手掌多汗症に対する内視鏡的胸部交感神経節遮断後の遠隔成績」)
手のひらの汗はイオントフォレーシスで,その大半が抑えられるんです.それにもかかわらずに手術をし,その代償性発汗を今度は塩化アルミニウムで止めろなんていうのは,ナンセンスとしかいいようがない.家庭で使える安価な機器があればどんなに患者さんが助かるか..
つい先日,私はあるドクターからこんなお話を,某研究会の懇親会の席でお聞きし,エンジニアとして不甲斐なく思ったところでした.


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