手のひらの汗
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−神経伝達レベルで汗を止める(1)−

手のひらの汗を神経伝達レベルで止める.その方法には,薬剤を使って働きを止めるものから,薬剤で神経をブロックしたり,外科的に切ってしまって信号を遮断するという激しいものまでがある.今回は,その第1話として神経を切る前の段階までをお話しましょう.

Key word  内服療法神経ブロック療法
 胸部交感神経遮断術A型ボツリヌス毒素

内服療法

 抗コリン剤
 飲み薬として「抗コリン剤」が使われることがあります.コリオパン,プロバンサイン,硫酸アトロピンなどです.私は昔,このコリオパンという薬を十二指腸潰瘍で腹が痛むとき,よく飲んでました..^^;
 小川は「新・汗のはなし」の中で「アトロピンなど抗ムスカリン薬を使えば,神経末端で遊離されたアセチルコリンが効果器のレセプターに作用するのを阻止する.しかし,これは汗腺だけでなくいろんなところに副作用をもたらす.たとえば唾液の分泌を抑制し,ノドがカラカラに.だから実用的ではないのである.」と書いています.汗の神経は「コリン作動性」なんてお話を前にしましたが,この伝達自体を薬剤で止めてしまおうってワケですね.ところがこのコリン作動性の線維は副交感神経の節前,節後線維全部なのです.つまり副交感神経の機能まで止めてしまう.これが様々な悪さをするんですね.
 嵯峨も「propanthelin(プロバンサイン)を1日45mg投与し,耐えられれば1日150mgまで増量」という処方を示しながら,「発汗を抑制するほど多量に抗コリン薬を用いると,視覚調節障害,口渇,悪心・嘔吐,嚥下障害,頭痛・頭重感などの副作用が上回り,実際的使用には耐えない」としている.
 横関からは「口渇,調節麻痺性視力障害,便秘などの副作用が強いため用いるべきでないという意見もありうるが,重症の掌蹠多汗症に注意深く使用すれば有効なことがある」という意見もありますが,いずれにせよ難しい処方だということですね.
プロ・バンサイン
一般的名称:臭化プロパンテリン
製造販売元/**ファルマシア株式会社
1953年8月に販売開始された大変古い薬です.抗コリン性鎮痙剤で,当初は胃・十二指腸潰瘍などの分泌・運動亢進並びに疼痛の薬効で薬価基準に収載されているのだけれど,あとから「多汗症」を追加したんだね.眼の調節障害,口渇,心悸亢進など様々な副作用が,添付文書に記載されているよ.
 自律神経調整剤
 横関によると自律神経を調整する薬剤,グランダキシンが使われることもあるという.添付文書の効能・効果には「自律神経失調症,頭部・頸部損傷,更年期障害・卵巣欠落症状における頭痛・頭重,倦怠感,心悸亢進,発汗等の自律神経症状」と発汗が記載されている.抗コリン作用,筋弛緩作用が若干あるそうだ.
(参考:小川徳雄「新・汗のはなし」,嵯峨賢次「掌蹠多汗症の治療」,横関博雄「皮膚疾患と発汗異常」)

神経ブロック療法

 これは交感神経に麻酔薬を注射して,その働きを止めようという方法です.
 経皮的交感神経節ブロック
 横関は,交感神経節ブロックによって「支配領域の血流量増大,皮膚温上昇,鎮痛作用,発汗停止が起こる.エタノール,フェノールなどの神経破壊薬を用いると半永久的にこのような作用が続く.胸部交感神経節ブロックは,神経節が胸膜や体性神経に近接しているため気胸やアルコール性の神経炎が生じやすく,適応が限られていたが,X線透視下で行うなど,手技の改良により合併症の発生率は減少し,効果も確実になってきた.下肢のブロックは通常,半永久的に持続するが,上肢の場合,上腕神経叢に至る交感神経の解剖学的な個人差や多数の側副路のため再発率が高い」と記述しています.
 嵯峨は「交感神経切除術よりもはるかに侵襲は少なくなる.しかし,効果は永久的ではなく,数ヵ月から数年とされている.また経皮的交感神経節ブロックでも交感神経切除術と同様な副作用の危険がある」.この後で交感神経切除術について述べますが,その前段の選択肢ということになりますか...
(参考:横関博雄「皮膚疾患と発汗異常」,嵯峨賢次「掌蹠多汗症の治療」)
 星状神経節ブロック
 星状神経節は喉,第7頚椎(C7)のところにある星の形に似た神経節で,頭,首,上肢,肺,心臓,胃など上半身を支配する交感神経の通り道となっています.ここに局所麻酔薬を注入し,一時的に麻痺させる方法なんですね.注入は数分で終り,その後30〜40分の安静をとる.私は傍らで見ていて,ちょっと自分は嫌だなぁと思う(経験がないので)のですが,針を刺す痛みはチクッとする程度だそうだ.
 若杉によると「ストレスにより過緊張となった交感神経を,麻酔薬で解き正常に戻す」ことで,自律神経失調を改善するとのことだ.一度の注射だけでは効かず,効果が表われるまでに何度も行わねばならないのが難点かも.
 麻酔科ペインクリニックでよく行なわれているので,興味があれば訪ねてみられるのも一手かもしれない.詳細は,武蔵野病院http://www.musashino-hospital.or.jp/)のホームページを参考にされてもいいでしょう.
 ■光線治療
 東京医研梶ihttp://www.tokyoiken.co.jp/)というところから,スーパーライザーという近赤外線(0.6μm〜1.6μm)の光線治療器が販売されている.近赤外線は生体深達性の高い波長帯とされ,この光線の臨床応用の中で,星状神経節ブロックの試みがある(鈴木聡美ほか:手掌多汗症者における発汗量測定の経験,後藤幸生ほか:自律神経機能6パラメータから見た星状神経節近傍光線療法の影響).
 しかし,これに松田は疑問を投げかける.「健康成人10人を対象とし,左側PIRISG(星状神経節近傍照射,東京医研社製スーパーライザーHA-550)を20分間施行.照射前,照射10分,20分の時点での両側拇指発汗量,皮膚温を比較したが有意な変化を認めなかった」と.
 光線で自律神経バランスが取り戻せ,手掌多汗が改善するのなら,とても興味深いところであるのだが...
(参考:若杉文吉「星状神経節ブロック」,鈴木聡美ほか「手掌多汗症者における発汗量測定の経験」,後藤幸生ほか「自律神経機能6パラメータから見た星状神経節近傍光線療法の影響」,松田富雄ほか「直線偏光近赤外線の星状神経節近傍照射が手指発汗に及ぼす影響」)
薬を飲んで汗を止めるなんてのは無理のようですね.ちなみに抗コリン剤を外用(塗り薬)で使ったという報告もありますが,制汗作用が低く使いものにならなかったとか...
星状神経節ブロック,これはペインクリニックの創始者・若杉先生によると,自律神経に関わる様々な症状に効果的だという.試してみる価値はあるかもしれませんね.


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