手のひらの汗
Content Top Back Next Home

−効果器レベルで汗を止める(2)−

汗腺レベルでの汗止め法,その第2話.今回は水と電気を使う方法だ.

Key word  外用剤イオントフォレーシス

イオントフォレーシス療法

 横関によると「イオントフォレーシス療法は,東北大学の市橋先生が1935年に電流を種々の液体中で通電することにより発汗量が減少することを報告したのが最初」とのことだ.なんと日本人なんですねなんですね..この時はアトロピンやホルマリンなど汗を抑える作用のある種々の液体を使っていたのだが,その後,「1968年,1980年にLevitらが水道水で通電しても発汗を抑制することを報告して以来,欧米では多汗症に対する一般的な治療法とされている(横関)」という.流した電流は直流である.
 ここで私が実際に見せていただいた横関先生の方法を紹介しよう.「右手,右足を水道水で浸した金属トレイの中に入れ右手側を陽極に右足側を陰極にして6〜9mAの電流で通電を20分間行う.この通電を週に1回,毎週繰り返し施行(横関)」する.その結果は「左側はコントロールとして通電せず,左右差を比較.施行後6週間後より効果が表われ始め,12週目では施行前の3分の1にまで減少.副作用としては,ピリピリ感などの不快感小水疱などがあるが,治療を中止しなければならないような重篤な副作用は認めなかった.予備実験として15〜20mAの通電を手掌,足底間で試みたところ疼痛を認めた(横関)」とのことだ.ここでいう「コントロール」とは比較対照元のことで,右側を治療し,その効果をなにもしなかった左側と比較してみているワケですね.
 効果については「週1回イオントフォレーシス療法行うと軽症から中等度の掌蹠多汗症では,治療開始後2か月後には軽快してくる.重症の掌蹠多汗症の方のイオントフォレーシス療法は,毎日施行しないと有効でないことが多い.また中止後の効果持続期間は2−3か月で再発することが多い(横関)」ともあるので,通院治療で行う場合は限界があるかもしれないですね.
 さらに,嵯峨の報告には「治療を中止すると数週間で治療前の多汗状態に戻ったが,週1回の維持療法を続けることにより改善した状態を維持することができた.水道水イオントフォレーシスの標準的治療法としては,耐えられる最大の電流(10〜20mA)で1回30分間,毎日あるいは1日おきに,十分な治療効果が得られるまで(通常1〜3週間)初期治療を行い,それ以後は週1回の維持療法を行うのがよい.主な治療部位を陽極側電極で行う(嵯峨)」とあり,治療のコツとして「Sato et alは,イオントフォレーシスを行う部位にシリコングリースかワセリンを薄く外用すると,汗孔に集中的に電流が流れ,刺激感や発赤などの副作用が減少し,治療効果が上がると報告(嵯峨)」とある.
(参考:横関博雄「皮膚疾患と発汗異常」,Ichihashi T「Effect of drugs on the sweat glands by cataphoresis, and an effective method for suppression of local sweating.」,Levit F「Simple device for treatment of hyperhidrosis by iontophoresis.」,横関博雄ほか「掌蹠局所多汗症のイオントフォレーシス療法(水道水法)の治療効果の定量的評価」,嵯峨賢次「掌蹠多汗症の治療」,Sato K et al.「Generation and transit pathway of H+ is critical for inhibition of palmar sweating by iontophoresis in water.」)

イオントフォレーシスの作用機序

 イオントフォレーシスの作用機序についてであるが,小川先生の書「汗の常識・非常識」には,「電流が流れることで導管に細かな傷ができ,炎症反応によって角質が増殖して導管を塞ぐと考えられる」という記述がある.また「Shelley WBらも「皮膚を流れる直流電流により表皮が非特異的障害を受け角化異常が起き,表皮内汗管が閉塞する(J Invest Dermatol 11,275/291,1948)」としているが,どうも水素イオンによるチャネルブロックもあるようである(嵯峨)」との記述もある.
 Satoは「水の電解により生じる陰極性水槽中の強酸が汗管や汗腺腔のチャネルに作用して,未知の障害を引き起こしたのではないかと考えられる.分泌性のコイル機能(汗管腔にたまった汗を汗腺口に押しやる機能)もこの強酸への曝露により変化を受けているかもしれない」としている.
 ちなみに,この方法,佐藤先生によると,「陰極性電流が陽極性電流より発汗抑制効果を有すること,水が生理的食塩水より優れていること,さらにその効果は流す電流の強さの関数となっていることを確認.皮膚に通電中は,陰極周囲の水のpHは3に低下し,一方陽極周囲の水のpHは10に上昇した.酸性となった水はアルカリ性の水より優れていた」とのことだ.
 五味も自身のページの中で「原理は,汗は汗腺(主にエクリン腺)の基底細胞というところで,細胞の内外をNaイオンとClイオンが移動する時の電気的勾配の差ができることで発汗されるのですが,イオントフォレーシスの電気分解によってできた水素イオンがNaとClの移動を阻害することによって汗の発汗を抑制するもの」としている.
 前に「汗の産生」ってお話をしましたが,この方法は汗腺の細胞レベルで汗を止めてしまうのですね.まぁ,こんな難しいことは,どうでもいいか...
(参考:小川徳雄「汗の常識・非常識」,嵯峨賢次「掌蹠多汗症の治療」,Sato K et al.「Generation and transit pathway of H+ is critical for inhibition of palmar sweating by iontophoresis in water.」,五味クリニックHP

ドライオニック

 ネットでよく見かける「汗どめ器」なるもの,それが「ドライオニック」.原理は,そのページによるとイオントフォレーシスとのことだ.詳細は米国・General Medical社のサイト(http://www.drionic.com/Page_J1.htm)をご覧いただきたい.
 私はその器具を持っているわけではなく,また実物を見たこともないので,コメントできる立場にないのですが,ページを見た感想を少し書かせていただきます.
 上で,イオントフォレーシスは「陰極性電流が陽極性電流より発汗抑制効果を有する」ということを書きました.このドライオニックを写真で見てみると,手のひらまたは足の裏を,平面で通電する構造ですよね.ということは+極−極とも手のひら,または足の裏.おそらく指先を+極にして通電するのでしょう.となると,手根の方の減汗効果はあまり期待できないような気もします.
 そして価格です.いままでは個人輸入でしか買えなかったようですが,最近日本の代理店ができたようです.さて,これがいいことなのかは...$125の商品が\75,000と明記され,大特価\50,000だそうです.手間賃?流通コスト?アフターケア? 構造的には,バッテリーと可変抵抗くらいですよね..(~ヘ~;)ウーン

改造にはご注意を

 さて,ME(医用工学)エンジニアの私としては,前からどうしても書いておかなければならないと思っていたことがあります.それは,これもネットで見かける,ドライオニックの改造のお話.間違っても市販のACアダプターなどを電池代わりに直結しないで下さい.命を落としかねません.直流だから大丈夫.そう思う方がおられるかもしれません.しかし,どこかがショートして,交流電流が流れたらどうでしょう.マクロショックで心臓は痙攣を起こし(心室細動)てしまいます.家電品のACアダプターは「医療用具」としての安全性を考慮した設計にはなっておりませんので,どうぞご注意くださいませ.
 どうしてもとおっしゃる方,改造はいがくんのページ「好きな人の手」が,私は分かりやすく感じました.あくまでも自己責任でね.
マクロショック
皮膚の表面から電流が流れ込んで起こる電撃(感電ショック)をいいます.人間の身体は商用周波数帯(50Hz,60Hz)の交流電流を通しやすく,これが100mA以上になると,心室細動を起こす可能性があるといわれています.約1mAでビリビリ感じ始め,10-20mAになると筋肉が収縮し,離せなくなる.これが直流だと5.2mAからやっと感知できる程度なんだってさ.

交流式イオントフォレーシス療法

 痛みや熱傷などの副作用を避けるために,交流電流を用いた交流式イオントフォレーシスなんていうのもある.Reinauerらは0〜16V,4.3kHzという周波数の電流で掌蹠多汗症の治療を試みている.治療効果が表れるのが直流式に比べるとやや遅い傾向があったそうだが,副作用が軽減されることは,多汗症者にとっては朗報といえるだろう.
 前にもご紹介した愛知医科大学.ここの皮膚科では,この方法を用いた「多汗症外来」を開いていると聞く.お近くにお住まいで通院できる時間のある方は,一度覗いてみるのも悪くはないかも...
(参考:Reinauer S et al.「Iontophoresis with alternating current and direct current offset (AC/DC iontophoresis) : a new approach for the treatment of hyperhidrosis.」)
水道水を用いたイオントフォレーシス療法.私は平成3年の5月,東京にある某大学病院・横関先生の発汗異常外来でこの方法を見た.目の前で手のひらからみるみる汗が噴出し滴るほどになる.その方が何度か治療に通い,ほとんど汗が出なくなった手のひらを出し,これで普通に試験が受けられます.先生ありがとう.満面の笑顔で帰っていかれた姿を私はいまでも覚えている.


Copyright(c) YuuStar 2003 All Rights Reserved.(2003/5/24) Page Top